レイウェスト・バルダス

 帝都での戦いから、もう半年近く経ったのだな。
 ようやくシルトラース帝国にも春が来て、帝都の復興にも本格的に取り組むことができそうだ。

 私は帝都で戴冠し、第二十六代シルトラース帝国皇帝として即位した。
 これから私は、皇妃メアリーと共に、民のため、そして大陸中の人々から受けた恩を返すため、命尽きるまで帝国を支え続ける。

 冒険者たちよ。
 そなたらは、帝国崩壊のあの日から今に至るまで、私の戦友であった。
 感謝する。……本当に、感謝している。

 私は、共に戦い、私を支え、世界を救った冒険者という英雄達を。
 そなたたち一人一人を、生涯忘れることはない。

 皆のこれからを、私は帝都から見守っているよ。
 また会える日を、楽しみにしている。

AnnihEpica -幻創の箱庭- 完

アニエピカ終了スケジュール詳細はこちら

●AnnihEpica
 微睡みが、玻璃の如く横たわっている。
 それを自覚できるようになった彼女は呼吸を意識する。神である身の彼女にとって本来は不要な営みであるが、こうすることで心身が安らぐことをかつて知ったのだ。
 
 彼女は永きに渡る闘争の末に得た、尊き別れを思い返す。
 美しく、色鮮やかな記憶一つ一つを手繰れば、この時間も存外寂しくは感じない。再び眠りが訪れるまで、それを味わおうとしていたその時。

 つと。一柱の神は遠くに影を見た。

『聞こえるか、火生みの』
「……なんだ。私の眠りが浅くなったそばから。狙い澄ましたようで気持ちが悪い」
『呵呵ッ! こちとら火の具合を見ることにかけちゃ、お前さんより年季がいってるからな』
 たしかに、と彼女は納得した。同時に、それだけ気にかけていたのだろうとも知れ、若干の申し訳なさも感じる。
『まあ、まだ無理が効く様子じゃあねぇけどよ。知りてえだろ、どうなったかよ』
「……それもまあ、見透かされているようで気持ちが悪いが、その通りだ」
『そうだろう、そうだろう。お前さんはちょいと薹(トウ)が立っちゃいるが、その辺まだ不慣れっぽいからな』
 彼女はいよいよ肩の力を抜いた。相手は後輩にあたる神だが、言葉に誤りはない。彼女がこの地に降り立ってから長いが、その多くが戦いの記憶で塗りつぶされている。僅かに触れた人の世の香りに、年甲斐もなく浮ついてしまうのはそれ故だ。
 でも、いつか燃やす。あいも変わらず髭を伸ばしているのだろう。全身炙り尽くしてやる。鉄よりも固く決意しながら、彼女は続きを促した。
「では、聞かせてもらおうか。私が気持ちよく休めるように、面白おかしく語り聞かせてくれ」
『おゥ、任せとけ。んじゃあな……まずはこれだけは言っとかなくちゃなんねぇな』
 帳の彼方に感じる影が、愉快げに肩を揺らす。

『最後の征竜が死んだよ』
「……は?」

 其の口から語られるは、神代から在る火生の神ですらも驚嘆した一大叙事詩。
 神々の多くが消え、神代の仕組みすらも崩壊したロスガリア大陸で、それでも紡がれていくこととなる物語の長い長い序章にして――神々の箱庭、その消失の叙事詩(アニエピカ)である。

●
「めでたし、めでたしと」
 リーンエス王家第二王子ウィリアム・リーンエス――もとい、公爵家に婿入りしたウィリアム・バデーニ公爵は力強く拍手を鳴らす。
 ウィリアムの視線の向こうでは、レイウェスト・バルダスが正式に帝位を継承するための式典に臨んでいた。
 今日この日。崩壊した帝都において、レイウェストとメアリーの婚姻と同時に、皇家としての戴冠式を行っている。バルダス皇家の黒と紅を基調とした装いに身を包んだレイウェストの傍らには、ウィリアムの妹であるメアリー・リーンエスが並び立つ。
 帝都崩壊後数年を経て、更には人智が及ばぬ大決戦を経た帝都の復興はいまだ途上である。かろうじて埃こそ払われているものの、ありあわせの資材で何とか取り繕った帝城の一角はスラム街と見紛うほどの見窄らしさだ。
 それでも、ウィリアムは誇らしかった。典雅ではないこの在り方を、だからこそ良しとするレイウェストの選択が。貴族主義や暗闘に浴してきたウィリアムにとっては好ましかったのだ。

 それは、各地から招待された要人たちも同じなのだろう。ウィリアムは呆れを覗かせているハーフビーストの女性――ヴィルジニア・テレーザ・セルッティにウィンクをひとつ。
「君もそう思わないかい?」
「言い方が俗っぽくてなんだかねぇ……アタシにとってはこれからが本番だ。気楽に構えられるほどじゃあない」
 エラトゥーン都市同盟の商人のなかでも頂点に立つ彼女は、いの一番に崩壊した帝国に張った。その価値は現帝国においては計り知れず、王家の出であるウィリアムと並ぶ最高位の貴賓として扱われている。
 ビッグオウム(ゴールディ)の協力のもと空路で駆けつけた彼女の装いは、絢爛豪華の一言に尽きる。青を基調とした豪奢なドレスと、品を崩さぬ程度にさらされた、輝く白肌。そして、ゆらりと揺れる長い狐尾と、狐耳。ウィリアムの視線がそちらに移ったことに、ヴィルジニアは不敵な笑みを返した。
「ま、ちょっとは窮屈な思いをすることも減りそうだしね。アタシとしちゃそっちのほうに高値をつけたい」
「それは同感。僕も、種族に依らず愛するのがモットーだったから」
「……はい、はい。奥方たちとも上手くやれんなら何も言わないよ。でもまあ……この絵が描き切れたことは良かったんじゃないかねえ」
 ヴィルジニアは万雷のごとき拍手の中で歩みを進めるレイウェストと、生真面目な彼が背負う重荷を検分するように目を細める。
「そりゃあ、この国は借金塗れさ。返すには途方もない時間が掛かるだろう。けれど、銭が巡る限り死ぬことはない。あの子――レイウェスト皇帝だけの負債じゃないなら、実質タダみたいなもんさ。役目さえ果たしてくれれば、この国はどうにでもなる」
 大陸に必要なのは、『天秤』だ。復興はそのための課題の一つに過ぎない。帝国は血でリーンエス王国と誼を結び、金と恩義で都市同盟に縛られる。そこが釣り合う限り、帝国は三竦みの一角を担い続ける事ができる。

「自浄されつつあるとはいえ、内憂の絶えぬ王国。寡頭ではないからこそ、守勢が主となる都市同盟(ウチ)。ドワーフ王国は基本的に引きこもりで、野心がない。とくれば、この大陸はいつか割れちまう。多少の金子を吐いてでも、それが鎹の一つになるなら安いもんさ」
 大陸を取り巻き続けた思惑。その盤面に関わり続けた者は、誰しもが思い描いていた絵図だった。問題があったとしたら、盤面そのものを揺るがす存在や事件、そして、それぞれの国家の足元の弱さか。それらを乗り越えられたのは、そこに取り組み続けた人々の成果にほかならない。
「……種族格差も火種の一つだろうしね。その意味では、貴賓として遇されるハーフビーストは長らくいなかっただろうから……」
「それがアタシだけの役得にならないようにはしたいところだね。ねえ?」
 アンタもわかっているだろう? という仕草に、ウィリアムは軽く頷いた。この大陸には――こと王国には、今しばらくの平穏と調和が望ましい。ヴィルジニアのそれには彼女の事情も交じるだろうが、リーンエス王家としても純血主義に楔を打つ必要があると考えている。リザードマンとの混血であることがわかったレイウェストにメアリーが嫁ぐこともその一つだし、ヒューマン以外の授恵者を切り捨てることが大いなる損失であることなど、算盤を弾くまでもないことだった。

「……もはや冒険者の隆盛たるや語るべくもない。武力のみならず、様々な技能を有する彼らは官民問わず引く手数多、とくればね。冒険者としてでも、その後の身の振り方一つとっても、国に与える影響は大きいよ」
 大きな決戦を終えて以後そうであったように、これからも冒険者の取り込みは国を挙げての一大事業なのだ。

●
『とまあ、こんな調子で人の世は一応落ち着きつつある。しばらくは平和だろうよ』
「正味なところ、私にはまったく分からなかったが……」
 政治、治世といったことと無縁だった彼女にはとんと理解が及ばなかった。当時は野山で魔獣やクリーパーをしばいていればそれでよかったからだ。ともあれ、ヒトはヒトらしく在ることができている、ということだろう。であるならば、それでよい。
 ……ただ、心残りもある。
「世界樹が消え、征竜も消えたとなれば、エルフやリザードマンは辛かろうな……」
 彼女が眠りにつく前の、自身の信徒たちの悲哀が思い返され、胸が締め付けられる想いだった。
『ところがなぁ、これがまた、上手いことやっている。ディズルの連中にとっては魂の研鑽そのものが否定されたわけじゃなければ、蜥蜴がヒトになった事実が消えたわけでもねえ。初めこそ憧れありきだったかもしれねえが、生き様は魂に根付いている。良きにつけ悪しきにつけ、神のネタも割れたしな。混乱はさほど大きくはない。部族単位ではそりゃあ、細々あるみてぇだけどな』
 大きく、影が動いた。髭をしごいているのだろうが、彼女は横になっている認識なので、眼前でそれをされるのは少しばかり気分が悪い。
『エルフの連中は……そういう意味では大したもんだな。世界樹との関係も深かっただろうに、氏族の意思決定も、生き方にも向き合っている。征竜はただ征竜らしく在っただけだが、エルフたちに関しちゃぁ、神代のモンが常に存在し、身近で敬っていたあたり――火生みの。お前さんと信徒の関係に近いからな』
 言葉に、更に胸が詰まった。いやまあ、私が信徒と一緒にいたときは名前も変えていたし……とか、一緒にいることができた期間はそんなに長くなかったし……とか、言いたいことはそれなりにあるのだけれども、それで否定できるほど安い事柄ではなかった。
 眼前のこいつの底意地の悪さまで赦すつもりはないので、あとで裁きを下すつもりではあるが。
「……まあ、そうだな」
 苦い声で彼女がそう答えると、影は大きく肩を揺らした。
『呵呵っ! 征竜はともかく、世界樹まで消えて迷宮のは大忙しだ。口ではブツブツいってるが、お前さんがさっさと元気になるのを待ってるぞ』
「ふーむ……」
 聞けば聞くほどに、懐かしさと――期待が、こみ上げてくる。もう、彼女を縛る強大な這者はいないのだ。彼女が思うまま、かつて愛おしく感じていたシグモルでの日々を過ごすことができる。
「お前は変わらず、ドワーフ王国にいるのか?」
『ん? いや、今はリブラネスタだぜ。物作りは続けてるけどな! ドワーフ王国(あそこ)はもう、俺みたいなやつの手がなくてもやりたいように生きていけるからな』
「それは重畳」
 彼女は――火生の神ボルガニスクは、少女のような笑みとともに目を閉じた。再び訪れた眠りの気配に身を委ねるために。
「いい話が聞けた、ヴィンダールヴル。ヒトから成りし最古の一柱よ。いつかお前に会えるのが楽しみだ……」
『……お、……て……』
 目覚めが唐突だったように、眠りは急速に訪れた。塗りつぶされていく意識のなかで、不安をいだくことはもはやなかった。

●
 重厚な雰囲気に包まれた式典は、最後の行程を結ぼうとしていた。
 エルフ代表――グレイオンスの手によって、レイウェスト・バルダス新皇帝がドワーフ王国から贈られた極彩色の冠を戴く。グレイオンスがこの役目を担うのは、フィルエス大森林を帝国の上位と据えてのものではなく、帝国崩壊に連なる一連の事件のなかで世界樹が喪われたことに由来する。世界樹自身の意向もあり、両者に遺恨がないことを示すためのものであった。
 ドワーフ王国が総力をあげて作り上げた冠は華々しくもあるが、何よりも重厚な雰囲気をまとっていた。戴冠したレイウェストが堂々たる態度で進み出ると、拍手が止んだ。静寂を背に、レイウェストは要人たちや将兵、民たち——その中にはゴブリンたちの姿もある——を見渡しながら高らかに声をあげる。

「シルトラース帝国の民よ、今日、そなたらの前でこの冠を戴くことに誇りと、その重さを感じている」
 レイウェストの顔には陰りはない。だが、壮烈な決意が滲んでいた。
「帝都が崩壊したあの日。あの惨状は、今も私の目に焼き付いたままだ。突然の災厄から手を引かれ帝都から逃げ延びた私は、運命の巡り合わせによって生き残ったそなたらを目にすることができた。……あの時、シルトラース帝国は、まだ此処にあるのだと、そう実感できたからこそ、私は今日、此処まで進み続けることができた。『民がここにいる限り、帝国も生き続ける。民を、少しでも安らかにせねばならない』、と」
 居並ぶひとりひとりを見渡しながら、言葉を継ぐ。
「……我ら皇族の過ちで、帝国は崩壊した。民も多くが亡くなった。全てが明らかになった今、皇族の唯一の生き残りとして、私はその罪と向き合い、贖わねばならない。だがそれは――この首一つで贖えるものではないだろう。だからこそ私はこの罪を背負い、生涯に渡りそなたらの声となり、帝国を支え続けることをここに誓う」
 彼の声は厳かで、言葉には強い決意が込められている。
「シルトラース帝国の民、一人ひとりに告ぐ。そなたらこそが、帝国である。そして今日この日、此処こそが始まりだ。より強く、より豊かで――安らかな未来を、我らが子々孫々に残す轍なき道の、始まりだ。これより我らは神々の楔から解き放たれた新しい時代を生きる。これから百年、千年。我らバルダス皇家は、そなたらに望まれる限りそなたらとともに在ると、約束する。だから、どうか」
 最後に皇帝は、こう結んだ。

「――生きてくれ。力の限り。以上」

 力強い拍手が沸き起こり、その反響は即席の城壁を超えて彼方まで広がっていく。メアリー・バルダス皇后は、レイウェストの背を見守りながら、その向こうに広がる光景を心に刻みつけていた。これが、新たな帝国の興りになること。皇族は、咎人としてこの国に奉じることを広く宣言したことを――決して忘れぬようにと。

 この日。シルトラース帝国は、新たな一歩を踏み出した。多くの苦難とともに、確かな明日へと向かって。

●
 戴冠式より数ヶ月を経た頃。帝国は、新たな秋を迎えていた。
 陽が落ち、帝都全体が寝静まった頃となっても、皇帝の執務室は煌々と照らされたままである。燃料は国の管理下にあるため、夜半は最低限の照明のみ灯されている帝都において、ある意味で馴染みの景色となっていた。

「王国で新規に目覚める授恵者が減り、貴族に偏っていた割合も減ってきている、と……これは聖剣や竜喰らいの影響が無くなったからという説があるのか? 帝国全体でも授恵者として目覚める者の数は減ってきていることを思うと、幽界樹の存在は授恵者増加の一助となっていたのだろうか……私自身も、あの一件で授恵者になったことを思えば頷けるが……」
 レイウェストは山積みにされた報告書を漁っては、一つ一つを記憶にとどめていく。政務を熟すにあたり、前もって知見を得ておくことも政治感覚の訓練になるし、判断も早く下せるようになる。
 生真面目なレイウェストは自身の見識の狭さと、政治的な意味での意地悪さに欠けていることが短所だと捉えていたので、できる備えは積んでおきたかった。結果として連日の夜更かしが常態化しているので、メアリーやバルディオンには渋い顔をされている。
「ボルガニスク様の頬に赤み……こういう報告も上がるのか……」
 報告書には、『時折苦虫を噛み潰したような顔もしている』とあるが、内容と筆跡からは報告者の喜びが感じられる。眠れる神となって久しいボルガニスクが目覚めたとしたら、シグモルの人々にとってはこの上ない喜びだろう。慶事の際には、自ら赴こうと心に決めた。
「それから……ゴブリンとハーフビーストの子が生まれ……ハーフビーストで生まれた、と」
 次の書類は、出産報告である。戸籍についての帝国全土での管理が始まり、出産については月次での報告が上がるようになっている。匿名化されているが、このゴブリンは知人の兵士であった。ゴールディから入植し、シルトラース帝国軍に参加していた。つい、頬が緩む。
 ゴブリンと異種族の子で、『いずれかの種族のみ』で生まれる者が現れた。それもまた、この大陸における変化の一つだ。

 ちらりと、記憶をよぎるものがあった。その違和感を辿ろうと、紙面を眺めていたところ……。

「レイウェスト!!!」
「うわあっ!?」
 突然、耳元に大声が飛び込んできた。慌てて顔を上げれば、わかりやすく不満顔をしたメアリーと、ひどく申し訳無さそうなバルディオンの姿が並んでいた。敢然とした様子で、メアリーは口を開く。
「今日で百日目ですわ、レイウェスト」
「一体何の話だ、メアリー……?」
「勤続、百日目です!」
「きんぞく……?」
 レイウェストは拍子抜けした顔でバルディオンを見やる。すると、バルディオンは頭を垂れた。
「我らも、あの崩壊以後の緊急事態の連続に毒されておりましたばかりに……戴冠以前より数年に渡り、陛下は休養らしい休養を殆どとっておりませぬ」
「戴冠以後百日間に至っては、一日たりとも休日を設けていないですわ! 今夜も皇帝は執務室にいるようだ、などと民の口の端に上るほどです!」
 レイウェストは困り顔になり、頭を掻いた。
「休むといってもなあ。皇帝だぞ、私は……」
「そこを何とか……兵士や文官たちも、皇帝が休んでいないのに我らが休むわけにはいかぬと聞かぬのです……」
 そう言われてしまうと、レイウェストも弱るしかない。配下には自らを労って欲しい。しかし、皇帝業務に関して言えば、自分はメアリーに劣後する才覚しかないのだ。片手落ちは避けたい――などと、煩悶していると。
「陛下」
 ひたと見据えてくるメアリーの視線の鋭さに、射抜かれた。
「バルダス皇族であるがゆえの罪の意識でこの国を動かすことに、私は異を唱えませんわ。それは陛下にとって、何よりも強い動機ですもの。けれど――凝り固まった心で回せるほど、この国は軽くありません。私は、そう思います」
「……それは……」
「私は先程、休むと申し上げました。漫然と休むことに心が動かないのでしたら、……陛下はやりたいことは、ないのですか? 何か、心のままに打ち込めるような」
 言葉に曳き出されるように。解を得た。

「……そういえば私はまだ、冒険者なのではないか?」
「うげげ、ですわ……」
 どこか茫洋とした顔つきで零れた言葉。メアリーはすぐに結論までたどり着いてしまい、天を仰いだ。
「ああ、そうだな……確かに、私もやりたいことはあったんだ……憧れていたんだ。彼らの直向きさに」
 言葉にすればするだけ、象られていく。自由だけではない。責任だけでもない。彼ら、彼女らはそれぞれの理由と生き方のもと、眼の前の出来事に挑み続けていた。その物語に――憧憬を、抱いていたんだ。ずっと。ずっとだ!

「ありがとう、メアリー!」
「きゃっ!?」
 急に両肩を掴まれたメアリーの驚嘆に構うことなく、レイウェストは立ち上がった。
「息抜きをしてくるよ、メアリー、バルディオン。とりあえず……そうだな。3日ほど。恐らく大丈夫だと……思うのだが、どうだろう」
「は、はい! 政務であれば私のほうでも対応できますし」
「これで国内に触れを出すことができます。こちらも否やはございませぬ」
「よし……よし」
 いそいそと旅支度を始めるレイウェストは、数年に及ぶ半野戦生活故にかやけに手際が良い。あっという間に旅装になったレイウェストは、執務室の窓に向かった。
「では、ビッグオウムの手配に行ってくる。後は頼む」
 そのままぴゅーっと、授恵者の恩恵を活かして窓から飛び出した。
「へいかぁ~! せめて供を連れてくださいましー!」
 後ろ髪に届く声に、レイウェストの頬が自然と緩む。あの時も、こうして窓から飛び出したんだった。
 けれど、あの時とは何もかもが違っていた。それがまたどうしようもなく、レイウェストの心を浮足立たせている。

 ―・―

 夜を徹してビッグオウムを飛ばし、リブラネスタにたどり着いた。最初はこの街からだと、心が自然と定めていた。
「……そういえば、私用でビッグオウムを使うのは禁止ではなかったか?」
 まあ、細かいことは抜きにしよう。その気になれば皇帝の護送を冒険者ギルドに依頼すればよい。そも、悪用するわけでもないのなら、皇帝権限でお願いしたらなんとかなる気がする。思えば、帝都崩壊直後のウィリアムだって蛇の道とか言いながらビッグオウムを使っていたではないか。ともあれ、久しぶりのリブラネスタを満喫しながら冒険者ギルドへと歩いていると、

「お、親方ァ~~!?」「水! 水もってこい!」「この火消えねえぞ! なんだこれ!」

 大工房の方からそんな悲鳴が聞こえてきた。はて、この街はこんなに騒がしかったかな――と思っていると、愉快そうに歩いてくる少女の姿が目に入った。
 白髪で。体の一部に蒼炎を宿していて。ちょっとだけ地面から浮いている少女であった。半透明であることも尋常ではない。通行人には見えていないようで騒ぎにはなっていないが、レイウェストには確りと見えていた。

 間違いない。火生の神、ボルガニスクだ。報告によると半透明ではなかったから、何かしらの事情があるのだと知れる。呆然としていると、目があってしまった。
「……こんにちは」
「おお! レイウェスト! レイウェストではないか?」
 いやに上機嫌なボルガニスクに会釈をする。
「私をご存知なのですね、ボルガニスク様……お加減はよろしいのですか?」
「ふふん。身体のほうは今ひとつだが、この通り。ようやっとこうして思念だけ遠出できるようになってな。お礼参りをしていたところだ。とはいえ、無理が効く身でもないから……実のところ、眠くてかなわん。張り切りすぎたな」
 ――神の眠りをおしてやってくるほどの事情があったのだろうか。
 レイウェストは深くは追求しないことにした。どちらかというと、いつシグモル火山に訪問すべきか、とか、このことを彼らに伝えるべきか――というところが気になって仕方がない。『お忍び』の気配もするので、深く掘り下げるつもりはないのだが。
「レイウェスト。お前もどこかに向かっているのか?」
「ええ、まずはギルドのほうに……なにか依頼があればそれを受けて、なさそうであれば、世話になった人々のもとを巡ろうかと」
「そうか、そうか……ふぁ」
 満足げに頷いていたシグモルは、眠気に負けてあくびを一つ。片手を掲げると、そのまますうっと、溶けるように消えていく。
「いつになるか分からんが、目覚めたらシグモル火山に来ると良い。大量の甘味で歓迎するとも」
「それは……ありがとうございます。いつか、報せが来たら、必ず」
 言葉を残すボルガニスクが完全に消えていなくなるまで見送ったのち、レイウェストは歩を進めた。通うには遠く、けれどたしかな憧れを抱いていた場所へ。

「げっ、れ、いうぇ……ええっ?」
 緑髪の受付嬢の渋い声で迎えられたことは、少しばかり心外だったけれど。

 ――これは、彼にとって新たな序章(プロローグ)。
 レイウェスト・バルダスの憧憬から始まる物語であり、冒険であり、新たな叙事詩の序文であり。
 この大陸の誰もが紡いでいる、数多ある物語の一つだった。


AnnihEpica(アニエピカ) -幻創の箱庭- 完

執筆:ムジカ・トラス
祝祭のロスガリア2024年01月22日
「祝祭のロスガリア」連動とは、帝都奪還作戦が成功した影響による、世界中のお祭りムード、そしてそれに便乗したメアリー王女(メイ)の主催で行われるドゥジン信者の為の大規模イベント【ドゥジケット大礼拝祭】にまつわる一連の出来事を指す。
1/2/3
祝祭のロスガリア
【学進】パンクリアース学園の未来2024年01月17日
【学進】連動は、リーンエス王国首都「グランスパーダ」内に存在する巨大教育施設「パンクリアース学園」における1223年度の学園祭・体育祭と、1224年度生徒会総選挙選挙の記録である。貴族の推薦を必要としない「冒険者」の入学に揺れた学園。リーンエス王国と貴族社会が騒乱期にあった1223年は行事の延期が相次ぎ、生徒達の日常は失われていた。混迷の時代を経て、学園はようやく、一年で最も賑わう時期を迎えることができた。
1/2/3/4/結果発表はこちら!
【学進】パンクリアース学園の未来
【聖祭】聖霊節20232023年12月08日
新暦1223年、今年も聖霊節の時期がやってきた。
今年は帝都シルトラース奪還作戦に世界中から人が送られている。それでもロスガリア大陸の人々にとって聖霊節は、一年の終わりの大切な行事。今年もきっと、人々の数だけ思い出が生まれることだろう。
1/2
【聖祭】聖霊節2023
【帝国】帝国奪還連動 帝都決戦編2023年10月30日
『預言の魔女』オペラは、帝国皇帝ヨゼフ・バルダス一派と征竜が帝都に現れる夢を見た。
帝都奪還を目指す皇子レイウェストの前には、黒い霧を吐き仔を操る『天霧りに消ゆる幽界樹』、人の心を失い人の世を乱す祖父と母、更には人の世の繁栄を恐れ人を粛清せんとする征竜までもが立ちはだかる。
全ては、帝都シルトラースで決する。
1/決戦特設1/褒章一覧/決戦特設2/エピローグ/褒章一覧
【帝国】帝国奪還連動 帝都決戦編
【幻秋】夢幻と現の収穫祭2023年10月01日
【幻秋】連動は、1223年の収穫祭の時期に起こった一連の事件の総称である。
『天霧りに消ゆる幽界樹』による不作、リーンエス王国の騒乱、超大型クリーパーの襲来を受けたリブラネスタ――世界は今、数々の脅威に晒されている。一方で、去年までは見られなかった不思議な生物や現象も各地で確認されている。人々は今年、収穫の秋にどのような体験をするのだろうか。
1/2
【幻秋】夢幻と現の収穫祭
【呑竜】眠れる竜は王国を呑むか2023年07月24日
アシムベートがレイウェスト皇子の実父であるという知らせが大陸中を駆け回り、それでも王家はメアリー王女との婚約を進めていく。反感を露わにする貴族に対し、王家はウィリアム第二王子の臣籍降下を発表し、第三派閥の形勢を匂わせた。強硬な姿勢を固める貴族派末端の動きを受け、一時の協調を見せていた二大公爵家は再び道を分かつ事となった。
1/2/学園の状況/決戦特設/エピローグ/褒章一覧/学園の状況2
【呑竜】眠れる竜は王国を呑むか
【嵐竜】嵐逆巻く魔海竜2023年07月13日
冒険者達の本拠地、リブラネスタが滅亡する!?
とんでもない未来が予知された。
はたして冒険者達は、リブラネスタを救う事ができるのか!?
1/2/3/4
【嵐竜】嵐逆巻く魔海竜
『シルトラース帝国崩壊』2020年09月29日
突如として訪れたシルトラース帝国の崩壊。
皇族唯一の生還者となったレイウェストの目線で語られる、『AnnihEpica』の前日譚。

1/2/3/4/5/6/7/8/9
『シルトラース帝国崩壊』

これまでの『AnnihEpica』

イベントページ一覧

全 373 ページ

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0