【DA】リーンエスの耳

レピド・クロサイト
『ノベルタイトル:夢の名前』おおくまねこ
●
レピド・クロサイトには夢がある。それは自分の手で孤児院を設立すること。その為には、児童福祉についての知識はもちろん、経営学や世界の法律(どこの国に設立するかによって守らねばならないルールも変わってくるだろう)など、幅広い知識を学ぶ必要がある。そこで、レピドはパンクリアース学園に入学した。ここで6年間勉強し、夢の実現の為の地盤を整えるつもりだ。だが、その前に最初にレピドがやりたいと思っていることが一つある。それは……。
「孤児院の名前を決めておこう。自分の夢には名前を付けておきたい」
●
「これは……酷い」
「……そうか」
とりあえず知り合いの意見を聞こうと思い、平民御用達の食堂(と言っても貴族の為の学校内の食堂なのでそれなりに豪華ではある)で食事をしていた4年生、トリン・レッドカーペット(レピドが愛読しているドゥジンシ『救世主伝説フォルトゥナ』シリーズの作者)にレピドがリストアップした名前を見せたところ、反応は極めて芳しくなかった(ちなみに昔はレピドは聴講生だったからか敬語を使われていたが、レピドが一年生になったせいか言葉遣いはタメ語にランクダウンした)。レピドが先輩に見せた名前のリストは、こんな感じだった。
・踊る子猫亭
・プレデター・デスファング
・キジトラパーク
「冒険者の店丸パクリのやつもダメだけど、プレデター・デスファングってなに? 必殺技?」
「いや……牙とか爪とか入ってた方がかっこいいから子供に受けるんじゃないかと思って……」
「領主にふざけてると思われるよ。あと、キジトラパークってなに。趣旨変わっちゃってるじゃん」
「……猫の名前を付けることで親しみやすいようにだな……」
「ダメダメ。捨て猫の養護施設と勘違いされちゃうよ」
「そうか……」
(キジトラパークは自信があったんだが)
まさかの全没を喰らってしまい、レピドはしょんぼりした。
「じゃあ、ショウガパークはどうだ?」
「アウト」
懲りずにレピドが代案を出してみると、トリンは冷たく一蹴した。
(どうも俺にはネーミングセンスというものが欠けているようだ。孤児達が、胸を張って名乗れるような、孤児院の名前を考えなければ……)
●
昼食を終えた後、レピドは午後の授業に出た。午後の最初の授業はテニスだ。初めてやるスポーツだが、レピドはルールブックは事前に読み込んでおり、細かいルールもちゃんと把握している。学園生達がテニスウェア(みんな金持ちなのでテニス用の着替えぐらいは当然持っていた)に着替え、体育座りで待っていると、定刻を告げる鐘と共に角刈りの体育教師がやってきた。
(テニスか……やったことはないが楽しみだ)
「体育教師のタイヴァーだ! みんなよろしく! よし! じゃあみんな、適当にペア作って」
「えっ」
だが、非情にも体育教師は(爽やかに)適当な組み合わせでペアを組むように生徒達に要求した。周りの生徒達はみなてきぱきと2人組を作っていたが、聴講生上がりの元冒険者であり、授恵者であることがクラスで知れ渡っていたレピドは当然のように溢れてしまった。というか学園の仕組み上、年齢にある程度ばらつきはあるもののクラスメートの多くは十二歳前後である。体格的に大人なレピドは授恵者でなくても敬遠されるのが必然であった。
(どうしたものか)
レピドがクラスメートのペアが出来ている様を眺めていると、一人の少年がニヤつきながら話しかけてきた。
「お前、ハミってるんだろ? 俺が組んでやるよ」
とても偉そうな調子でレピドに話しかけてきたのは、10才ぐらいのいかにも生意気そうな少年だった。名はフラペチーノ・シルバークレスト。始まりの百家に連なる名門・シルバークレスト伯爵家の次男である。その家柄と、生まれついての授恵者であったがゆえに、幼い全能感に溢れていた彼は、「いっちょ年上の授恵者でもボコボコにしてやるか」という傲慢なまでの自己顕示欲に突き動かされ、レピドに話しかけてきたのだ。
「ありがとう、助かる」
だが、レピドはフラペチーノの悪意には全く気付かなかった。フラペチーノが善意からあぶれている自分に手を差し伸べてくれたものと思い、素直に礼を言った。
(よかった……一人だけ見学だったらどうしようかと思った。流石はパンクリアース学園だ。幼い子供にも教育が行き届いている)
「フラペチーノさん、そんな赤毛、やっちまってください!」
「エリートのフラペチーノさんなら聴講生上がりなんて余裕っすよ!」
二人の順番がやってきた。取り巻き達やクラスメートが見守る中、レピドとフラペチーノがコートに入る。
「よし、来い」
「待て待て! なんでラケットを二本持ってんだ!?」
「……俺は二刀流に慣れているんだが。ダメなのか?」
冒険者稼業で愛用していた神材刀よろしく、二本ラケットを装備していたレピドは教師から激しいツッコミを受けた。とたんに見学していたクラスメート達からは爆笑の声が上がる。レピドが読んだルールブックには「ラケットは一本のみ」というルールは常識過ぎて書いていなかったようだ。
「駄目に決まってるだろ! ラケットは一本だけだ!」
「そうだったのか……」
レピドはラケットを一本に持ち替え、仕切り直した。
「お前は授恵者だそうだな。だが残念だったな。俺も授恵者だ!」
サーブ権を得たフラペチーノは初っ端から鋭いサーブを打ち込んできた。歴戦の勇士であるレピドとは異なり、お金持ちのボンボンであるフラペチーノのエーテルはさほど鍛えられてはいない。しかし、幼い頃からテニスを含む英才教育を受けてきたフラペチーノのサーブは、クラスメートはおろか、教師も瞠目する威力であった。
(ワンバウンドで返せばいいんだな)
しかし、レピドは難なく打球のコースを眼で追った。右利きのフラペチーノが左手で球を上に放り、打ち降ろして打って来たから、球はレピドから見て外側に跳ねるはずだ。
ダンッ。
「なに?」
しかし球はレピドの予想に反し、内側。レピドは慌てて球を迎撃したが、水平に薙ぎ払われたボールはコートの外に飛び出してしまった。
「螺旋球」
フラペチーノは決めポーズを取り、不敵に笑った。
「なるほど、勉強になった」
レピドはフラペチーノの技術に感嘆していた。実際にはボールに回転がかかっていただけなのだが、レピドはエーテルによる超常現象だと勘違いした。
(あの摩訶不思議な球の跳ね方。恐らく今の技は彼のオリジナルスキル……! あの年齢でオリジナルスキルを開発するとは!)
「少しは楽しませてくれよ」
フラペチーノが再びサーブを放った。レピドは球の軌道を見逃さぬよう目を凝らしたが、今度は先ほどよりもかなり遅い球だったせいで体が泳いでしまい、レピドは空振りしてしまった。
「緩急は苦手か? 素人」
(フェイントに引っかかるとは……勘が鈍っているかもしれない)
不慣れな球技とはいえ、幽界樹を討伐した頃の自分であれば今のような単純なフェイントに引っかかることは恐らくなかっただろう。レピドは気を引き締め、三度目のサーブに備える。
「喰らえ、龍牙弾!」
パコン!
軽快な打撃音と共に今までで最速の打球が飛んできた。しかし、ただ早いだけならばレピドの眼には止まっているも同然。レピドは完璧なタイミングでラケットを振った。
「!」
「ここだ!」
(テニスのルール……相手のコートに球を打ち込む時はワンバウンドでなくてはならないが、相手選手に直接球が触れた場合も相手がアウトになる。つまり、相手のサーブを撃ち返して相手選手に直接球を打ち込むのが一番てっとり早い!)
ゴウッ!
「うおおおおっ!? あぶねえ!」
風を切り、レピドの打った打球がフラペチーノの胸元目掛けて打ち込まれた。だが、あわや命中と言う所でフラペチーノは身を翻し、殺人ライナーを回避した。まっすぐに飛んだ球は運動場にあった時計まで飛んでいき、命中。ガシャン、と音を立てて(高そうな)時計が落下してきた。
「なん、だと……?」
唖然とするフラペチーノ。
「……しまった」
「こらー! 備品を壊すなー!」
レピドが破壊された時計を呆然と見ていると、横で見ていた教師が怒鳴った。
●
レピドは担任に呼び出され、バチクソに怒られた後、ペナルティとして廊下の掃除1週間が課された。
「いきなり退学になるかと思った……掃除程度で済むなら安いものだ」
「おや、あんた入学早々罰を喰らったのかい。まあ、しっかりやんな。あんたはあっちの廊下を頼むよ」
「了解した」
本職の掃除のおばちゃんに掃除道具を手渡され、レピドは熱心に掃き掃除をしていく。冒険者稼業で鍛えられた観察眼は地味に役立ち、レピドが担当した場所はピカピカになったので、掃除のおばちゃんにも褒められた。
「なかなか筋がいいじゃないか。今日はもう帰っていいよ」
「世話になった。では俺は寮に戻るとしよう。今頃ショウガが俺の帰りを――ん?」
その時、レピドは真面目そうな少年が一人で教室の掃除をしていることに気付いた。年齢は十代半ばぐらいだろうか。
「あの子も罰を受けたのだろうか?」
「ああ、あの子は違うと思うよ。たぶん、誰かに掃除当番を押し付けられたんだろう。かわいそうにねえ」
「そうか……悪いが、もう少し掃除道具を借りる」
レピドはモップを手に教室に乗り込み、少年の掃除を手伝うことにした。
「ありがとう」
「いいんだ。……アンタも平民なのか? 貴族には見えないが……」
「いや、僕は一応貴族なんだけど……グランメー男爵家の六男。オーラないかなあ……」
「それはすまない」
レピドは素直に謝った。ちなみに少年がたまたま気弱だったから良かったが、レピドの言葉は相手によっては侮辱罪に問われてもおかしくはない危険な発言だった。
「いいけど、それあんまりよそで言わない方がいいよ。服装でなんとなく分かるかもだけど、奇抜な格好の貴族だっているわけだしさ」
「そうだな。覚えておく」
貴族っぽくない雰囲気の貴族もいる。レピドは一つ賢くなった。
「で、アンタはなんで一人で掃除してるんだ」
「他にも掃除当番はいたけど押し付けられちゃったんだよ。もう一人は伯爵家の次男だから、逆らえなくて」
「なんてことだ。そんな不届きものがいるなんて」
レピドは衝撃を受けた。レピドには貴族の友人知人が多々いる為、王国の民のような身分意識は薄い。そして、貴族は己の役割をやり遂げる立派な人々だと思っていたからだ。
「ぷっ。それもあんまり言わない方がいいよ」
レピドの言葉に、少年は噴き出した。
「そうなのか。アンタは――」
そこで、レピドはまだ少年の名前を聞いていないことに気付いた。
「僕の名前? カルダモン。二年生」
「カルダモンか。いい名だな(ショウガに似てて)。俺はレピド。一年生だ」
「後輩じゃん。でもその割には貫禄あるね」
「そうか? 俺は聴講生もやっていたからかもしれない」
「ベテランってこと? いや、元聴講生ってことは君冒険者か! 凄い!」
「そうなのか?」
波長が合ったのか、レピドとカルダモンの話は弾んだ。
「レピドはなんでこの学校に入学したの? 幽界樹討伐戦に参加した英雄なら、引く手数多だと思うんだけど」
「俺は孤児院を作りたいんだ。その為には色々と勉強しなければいけないことがある」
「レピドはやりたいことがあってこの学校に来たんだね。凄いな……」
「そうでもない。入るのはけっこう大変だった。この国の貴族はあの試験を楽々と突破する者ばかりだと聞いているし」
「いや、それただのコネ……まあいいや。レピドの話をもっと聞かせてよ。冒険者ってどんなことをするの?」
「色々だ。たとえば、吸血鬼やドラゴンとゲームをしたり――」
「おい、カルダモォオオン! 掃除全然進んでねーじゃんよぉ!」
「「!」」
突然、教室の入り口から下品な怒鳴り声が聞こえた。レピドとカルダモンは驚いてそちらを振り向く。するとそこには、いかにもガラの悪そうなトサカ頭の学園生が立っていた。
●
「忘れ物をしちまって取りに戻ってきたら……さぼって仲良くおしゃべりとはどういうことだ? オレまで先公に怒られちまうだろ」
威嚇するように舌打ちしながら近づいてくるトサカ頭。カルダモンは何か答えようとしたが、先にレピドが口を開いた。
「掃除をさぼったのはアンタの方だろう」
「ああん?」
レピドが淡々と糾弾すると、トサカ頭はギロリとレピドを睨みつけた。カルダモンはビクリとしたが、本物の殺し屋やテロリスト、帝国宮廷を支配した世界最強の拳士など、数々の強敵と渡り合ってきたレピドには、十代半ばの少年の威嚇など、チワワの吠え声と大差なかった。相手が伯爵家の御曹司であるという事実も、レピドにとっては大した意味はない。その結果はともかくとして。
「なんか文句でもあんのか? 平民風情が」
「今日の掃除当番は元々お前だったと聞いている。他人に仕事を押し付けるのは貴族らしくないぞ。貴族とは、自らの責任を果たす立派な存在のはずだ」
「んん?」
貴族かくあるべし――。微妙にポイントのズレたレピドの説教に、トサカ頭は眉をひそめた。
「『ノブレス・オブリージュ』だったか? 分かったらお前もホウキを持て。一緒に掃除をしよう」
レピドは無表情のままホウキを突き出したが、トサカ頭がそれを受け取るはずもなく、彼は激昂し、レピドに殴りかかろうとした。
「先公みてえなこと言いやがって! 誰がやるかってんだよ!」
シュッ。
しかし、素人のパンチが熟練のシーフであるレピドに当たるはずもない。レピドは難なくトサカ頭の拳を躱すと、ピタリとホウキを彼の首元に突きつけた。
「うっ」
「あ、すまん。つい」
うっかり昔の癖で降伏勧告の仕草をしてしまったレピドはすぐにホウキをどけた。今のやり取りでレピドがただの平民ではないと気づいたのか、トサカ頭は
「ちっ。覚えてろ!」
絵に描いたような捨て台詞を残し、教室から立ち去っていった。
「レピド君! 大丈夫!?」
「問題ない。忘れ物をしたと言ってたから、また戻ってくるだろう」
「僕は戻って来ないと思うな……」
実際、トサカ頭が教室に戻ってくることはなかった。なお、彼は後日レピドとカルダモンに報復しようとしたが、この件がレピドにたくさんいる貴族の友人・知人の誰かの耳に入り、トサカ頭の企てはあっさり叩き潰され、大人しくなったという。
●
数日後。レピドはカルダモンと一緒に食堂で昼食をとっていた。せっかくなので、レピドはカルダモンにも孤児院の名前の件を相談してみることにした。
・猫の穴
・レピド孤児院
・元冒険者の孤児院
etc……。
レピドが新たにリストアップした名前を見せられ、カルダモンは苦笑した。
「猫の穴は意味不明だから論外として……この中だと、『レピド孤児院』が一番マシかな。アルスパーダ王立孤児院っていう名前の孤児院が王都にもあるし」
「そうなのか。王都にも孤児院があるのは知らなかった」
満を持して繰り出した「猫の家」が一蹴されたのはショックだったが、王都内にも孤児院があると知れたのは思わぬ収穫だった。
「家系はどう? 孤児院の名前ってある程度法則性があって、『~の家』っていうのはけっこうあるよ」
「なるほど、家系か……」
レピドは記憶にある孤児院の名前をいくつか思い浮かべてみた。言われてみると、確かに「~の家」という名称の孤児院はいくつかあった気がする。
(そういえば、俺の育った孤児院の名は『曙光の家』という名前だと、あの男は言っていたな……)
ふと脳裏にハイテンションな変態仮面の姿が浮かんでしまい、レピドはぶんぶんと頭を振った。記憶を失う前のレピドが育った場所の実態は暗殺者を育成・派遣する非合法組織だったので、似せる気にはあまりならないが、非合法組織の隠れ蓑だっただけに、孤児院の名前はむしろありふれたものだったのかもしれない。
「なるほど……じゃあ『キジトラの家』はどうだ?」
「猫から離れろ」
「駄目か……」
レピドは遠い目をした。
「レピドの家」
「自宅じゃん。もうちょっとシンボリックな名前の方がいいと思う」
「シンボリックな名前か……考えてみる」
新たな課題を得たレピドは、カルダモンに礼を言い、午後の授業に向かった。
●
「ショウガ、今日のおやつはマグロのすり身だぞ」
「にゃ~ん♪」
放課後、レピドは愛猫のショウガを膝の上に乗せ、中庭のベンチでくつろいでいた。ベンチのすぐ側には、レピドもそれなりに関与した学園名物・ウィリアム黄金像がそびえ立っている。台座には実は非常用の地下シェルターの入り口があるのだが、中がどうなっているのかはほとんど知られていない。レピドは入学したての頃、うっかり中に入ろうとし、警備のおじさん(実は退役した王国騎士)に叱られたことがある。
「にゃー」
おやつを食べ終わった後、しばらくするとショウガはレピドの膝の上から降り、中庭を散歩し始めた。レピドは「そろそろウンコだな」だなと身構え、スコップと袋を持ってショウガの後を追う。
「……駄目だ、ショウガ! そこはトイレじゃない!」
レピドは思わず叫んだ。なんとショウガは、ウィリアム黄金像の台座の前でウンコをしようとしたのだ。不敬罪と概念は知らずとも、ウィリアム黄金像にそんなことをすれば恐ろしいことになることはレピドにも容易に想像はついた。バデーニ公爵(ウィリアム第二王子)か、その側室からお呼び出しの手紙が来てしまう! たぶん左手の手袋付きで。
「ショウガ! ちょっとこっちに来い!」
「ニャッ!?」
レピドはショウガを抱きかかえ、安全圏まで離脱したのだった。
●
「ふう。ショウガを学園で散歩させる時は気を付けないと……」
人気のない林に移動したレピドはショウガのフンの始末をし、汗を拭った。大慌てで移動したためか、いつの間にか後ろで括っていた髪がほどけていた。髪留めをどこかに落としてしまったようだ。
「ん。ここはちゃんと隠しておかないとな」
レピドはポケットから予備の髪留めを取り出した。レピドの後頭部では今もホムンクルスの証たる『賢者の石』が輝いている。普段は学園生にみられないよう髪で隠しているのだ。
「そうか、賢者の家はどうだろう……いや、賢者の石の家……違うな。賢者の石……宝石……輝石……そうだ、輝石の家だ!」
ふとしたきっかけで新しいアイデアを得たレピドは思わず叫んだ。
●
「うん、いいんじゃない?」
「僕もいいと思うよ。『奇跡』とダブルミーニングっていうのもいいと思う」
(ダブルミーニング……? なんだそれは)
後日、トリンとカルダモンに相談したところ、『輝石の家』は好評だった。レピドは好感触にぐっと拳を握り締める。
「二人とも、ありがとう。これでようやく俺の夢に名を与えることができた」
「「どういたしまして!」」
レピドは僅かに口角を緩め、ショウガを愛でている二人に礼を言った。こうして、レピドは自分が建てる予定の孤児院に『輝石の家』という名前を付け、夢の実現のために勉学に励むのだった。……パンクリアース学園卒業までには様々なトラブルに見舞われる気もするが、それはまた別の話である。
レピド・クロサイトには夢がある。それは自分の手で孤児院を設立すること。その為には、児童福祉についての知識はもちろん、経営学や世界の法律(どこの国に設立するかによって守らねばならないルールも変わってくるだろう)など、幅広い知識を学ぶ必要がある。そこで、レピドはパンクリアース学園に入学した。ここで6年間勉強し、夢の実現の為の地盤を整えるつもりだ。だが、その前に最初にレピドがやりたいと思っていることが一つある。それは……。
「孤児院の名前を決めておこう。自分の夢には名前を付けておきたい」
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「これは……酷い」
「……そうか」
とりあえず知り合いの意見を聞こうと思い、平民御用達の食堂(と言っても貴族の為の学校内の食堂なのでそれなりに豪華ではある)で食事をしていた4年生、トリン・レッドカーペット(レピドが愛読しているドゥジンシ『救世主伝説フォルトゥナ』シリーズの作者)にレピドがリストアップした名前を見せたところ、反応は極めて芳しくなかった(ちなみに昔はレピドは聴講生だったからか敬語を使われていたが、レピドが一年生になったせいか言葉遣いはタメ語にランクダウンした)。レピドが先輩に見せた名前のリストは、こんな感じだった。
・踊る子猫亭
・プレデター・デスファング
・キジトラパーク
「冒険者の店丸パクリのやつもダメだけど、プレデター・デスファングってなに? 必殺技?」
「いや……牙とか爪とか入ってた方がかっこいいから子供に受けるんじゃないかと思って……」
「領主にふざけてると思われるよ。あと、キジトラパークってなに。趣旨変わっちゃってるじゃん」
「……猫の名前を付けることで親しみやすいようにだな……」
「ダメダメ。捨て猫の養護施設と勘違いされちゃうよ」
「そうか……」
(キジトラパークは自信があったんだが)
まさかの全没を喰らってしまい、レピドはしょんぼりした。
「じゃあ、ショウガパークはどうだ?」
「アウト」
懲りずにレピドが代案を出してみると、トリンは冷たく一蹴した。
(どうも俺にはネーミングセンスというものが欠けているようだ。孤児達が、胸を張って名乗れるような、孤児院の名前を考えなければ……)
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昼食を終えた後、レピドは午後の授業に出た。午後の最初の授業はテニスだ。初めてやるスポーツだが、レピドはルールブックは事前に読み込んでおり、細かいルールもちゃんと把握している。学園生達がテニスウェア(みんな金持ちなのでテニス用の着替えぐらいは当然持っていた)に着替え、体育座りで待っていると、定刻を告げる鐘と共に角刈りの体育教師がやってきた。
(テニスか……やったことはないが楽しみだ)
「体育教師のタイヴァーだ! みんなよろしく! よし! じゃあみんな、適当にペア作って」
「えっ」
だが、非情にも体育教師は(爽やかに)適当な組み合わせでペアを組むように生徒達に要求した。周りの生徒達はみなてきぱきと2人組を作っていたが、聴講生上がりの元冒険者であり、授恵者であることがクラスで知れ渡っていたレピドは当然のように溢れてしまった。というか学園の仕組み上、年齢にある程度ばらつきはあるもののクラスメートの多くは十二歳前後である。体格的に大人なレピドは授恵者でなくても敬遠されるのが必然であった。
(どうしたものか)
レピドがクラスメートのペアが出来ている様を眺めていると、一人の少年がニヤつきながら話しかけてきた。
「お前、ハミってるんだろ? 俺が組んでやるよ」
とても偉そうな調子でレピドに話しかけてきたのは、10才ぐらいのいかにも生意気そうな少年だった。名はフラペチーノ・シルバークレスト。始まりの百家に連なる名門・シルバークレスト伯爵家の次男である。その家柄と、生まれついての授恵者であったがゆえに、幼い全能感に溢れていた彼は、「いっちょ年上の授恵者でもボコボコにしてやるか」という傲慢なまでの自己顕示欲に突き動かされ、レピドに話しかけてきたのだ。
「ありがとう、助かる」
だが、レピドはフラペチーノの悪意には全く気付かなかった。フラペチーノが善意からあぶれている自分に手を差し伸べてくれたものと思い、素直に礼を言った。
(よかった……一人だけ見学だったらどうしようかと思った。流石はパンクリアース学園だ。幼い子供にも教育が行き届いている)
「フラペチーノさん、そんな赤毛、やっちまってください!」
「エリートのフラペチーノさんなら聴講生上がりなんて余裕っすよ!」
二人の順番がやってきた。取り巻き達やクラスメートが見守る中、レピドとフラペチーノがコートに入る。
「よし、来い」
「待て待て! なんでラケットを二本持ってんだ!?」
「……俺は二刀流に慣れているんだが。ダメなのか?」
冒険者稼業で愛用していた神材刀よろしく、二本ラケットを装備していたレピドは教師から激しいツッコミを受けた。とたんに見学していたクラスメート達からは爆笑の声が上がる。レピドが読んだルールブックには「ラケットは一本のみ」というルールは常識過ぎて書いていなかったようだ。
「駄目に決まってるだろ! ラケットは一本だけだ!」
「そうだったのか……」
レピドはラケットを一本に持ち替え、仕切り直した。
「お前は授恵者だそうだな。だが残念だったな。俺も授恵者だ!」
サーブ権を得たフラペチーノは初っ端から鋭いサーブを打ち込んできた。歴戦の勇士であるレピドとは異なり、お金持ちのボンボンであるフラペチーノのエーテルはさほど鍛えられてはいない。しかし、幼い頃からテニスを含む英才教育を受けてきたフラペチーノのサーブは、クラスメートはおろか、教師も瞠目する威力であった。
(ワンバウンドで返せばいいんだな)
しかし、レピドは難なく打球のコースを眼で追った。右利きのフラペチーノが左手で球を上に放り、打ち降ろして打って来たから、球はレピドから見て外側に跳ねるはずだ。
ダンッ。
「なに?」
しかし球はレピドの予想に反し、内側。レピドは慌てて球を迎撃したが、水平に薙ぎ払われたボールはコートの外に飛び出してしまった。
「螺旋球」
フラペチーノは決めポーズを取り、不敵に笑った。
「なるほど、勉強になった」
レピドはフラペチーノの技術に感嘆していた。実際にはボールに回転がかかっていただけなのだが、レピドはエーテルによる超常現象だと勘違いした。
(あの摩訶不思議な球の跳ね方。恐らく今の技は彼のオリジナルスキル……! あの年齢でオリジナルスキルを開発するとは!)
「少しは楽しませてくれよ」
フラペチーノが再びサーブを放った。レピドは球の軌道を見逃さぬよう目を凝らしたが、今度は先ほどよりもかなり遅い球だったせいで体が泳いでしまい、レピドは空振りしてしまった。
「緩急は苦手か? 素人」
(フェイントに引っかかるとは……勘が鈍っているかもしれない)
不慣れな球技とはいえ、幽界樹を討伐した頃の自分であれば今のような単純なフェイントに引っかかることは恐らくなかっただろう。レピドは気を引き締め、三度目のサーブに備える。
「喰らえ、龍牙弾!」
パコン!
軽快な打撃音と共に今までで最速の打球が飛んできた。しかし、ただ早いだけならばレピドの眼には止まっているも同然。レピドは完璧なタイミングでラケットを振った。
「!」
「ここだ!」
(テニスのルール……相手のコートに球を打ち込む時はワンバウンドでなくてはならないが、相手選手に直接球が触れた場合も相手がアウトになる。つまり、相手のサーブを撃ち返して相手選手に直接球を打ち込むのが一番てっとり早い!)
ゴウッ!
「うおおおおっ!? あぶねえ!」
風を切り、レピドの打った打球がフラペチーノの胸元目掛けて打ち込まれた。だが、あわや命中と言う所でフラペチーノは身を翻し、殺人ライナーを回避した。まっすぐに飛んだ球は運動場にあった時計まで飛んでいき、命中。ガシャン、と音を立てて(高そうな)時計が落下してきた。
「なん、だと……?」
唖然とするフラペチーノ。
「……しまった」
「こらー! 備品を壊すなー!」
レピドが破壊された時計を呆然と見ていると、横で見ていた教師が怒鳴った。
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レピドは担任に呼び出され、バチクソに怒られた後、ペナルティとして廊下の掃除1週間が課された。
「いきなり退学になるかと思った……掃除程度で済むなら安いものだ」
「おや、あんた入学早々罰を喰らったのかい。まあ、しっかりやんな。あんたはあっちの廊下を頼むよ」
「了解した」
本職の掃除のおばちゃんに掃除道具を手渡され、レピドは熱心に掃き掃除をしていく。冒険者稼業で鍛えられた観察眼は地味に役立ち、レピドが担当した場所はピカピカになったので、掃除のおばちゃんにも褒められた。
「なかなか筋がいいじゃないか。今日はもう帰っていいよ」
「世話になった。では俺は寮に戻るとしよう。今頃ショウガが俺の帰りを――ん?」
その時、レピドは真面目そうな少年が一人で教室の掃除をしていることに気付いた。年齢は十代半ばぐらいだろうか。
「あの子も罰を受けたのだろうか?」
「ああ、あの子は違うと思うよ。たぶん、誰かに掃除当番を押し付けられたんだろう。かわいそうにねえ」
「そうか……悪いが、もう少し掃除道具を借りる」
レピドはモップを手に教室に乗り込み、少年の掃除を手伝うことにした。
「ありがとう」
「いいんだ。……アンタも平民なのか? 貴族には見えないが……」
「いや、僕は一応貴族なんだけど……グランメー男爵家の六男。オーラないかなあ……」
「それはすまない」
レピドは素直に謝った。ちなみに少年がたまたま気弱だったから良かったが、レピドの言葉は相手によっては侮辱罪に問われてもおかしくはない危険な発言だった。
「いいけど、それあんまりよそで言わない方がいいよ。服装でなんとなく分かるかもだけど、奇抜な格好の貴族だっているわけだしさ」
「そうだな。覚えておく」
貴族っぽくない雰囲気の貴族もいる。レピドは一つ賢くなった。
「で、アンタはなんで一人で掃除してるんだ」
「他にも掃除当番はいたけど押し付けられちゃったんだよ。もう一人は伯爵家の次男だから、逆らえなくて」
「なんてことだ。そんな不届きものがいるなんて」
レピドは衝撃を受けた。レピドには貴族の友人知人が多々いる為、王国の民のような身分意識は薄い。そして、貴族は己の役割をやり遂げる立派な人々だと思っていたからだ。
「ぷっ。それもあんまり言わない方がいいよ」
レピドの言葉に、少年は噴き出した。
「そうなのか。アンタは――」
そこで、レピドはまだ少年の名前を聞いていないことに気付いた。
「僕の名前? カルダモン。二年生」
「カルダモンか。いい名だな(ショウガに似てて)。俺はレピド。一年生だ」
「後輩じゃん。でもその割には貫禄あるね」
「そうか? 俺は聴講生もやっていたからかもしれない」
「ベテランってこと? いや、元聴講生ってことは君冒険者か! 凄い!」
「そうなのか?」
波長が合ったのか、レピドとカルダモンの話は弾んだ。
「レピドはなんでこの学校に入学したの? 幽界樹討伐戦に参加した英雄なら、引く手数多だと思うんだけど」
「俺は孤児院を作りたいんだ。その為には色々と勉強しなければいけないことがある」
「レピドはやりたいことがあってこの学校に来たんだね。凄いな……」
「そうでもない。入るのはけっこう大変だった。この国の貴族はあの試験を楽々と突破する者ばかりだと聞いているし」
「いや、それただのコネ……まあいいや。レピドの話をもっと聞かせてよ。冒険者ってどんなことをするの?」
「色々だ。たとえば、吸血鬼やドラゴンとゲームをしたり――」
「おい、カルダモォオオン! 掃除全然進んでねーじゃんよぉ!」
「「!」」
突然、教室の入り口から下品な怒鳴り声が聞こえた。レピドとカルダモンは驚いてそちらを振り向く。するとそこには、いかにもガラの悪そうなトサカ頭の学園生が立っていた。
●
「忘れ物をしちまって取りに戻ってきたら……さぼって仲良くおしゃべりとはどういうことだ? オレまで先公に怒られちまうだろ」
威嚇するように舌打ちしながら近づいてくるトサカ頭。カルダモンは何か答えようとしたが、先にレピドが口を開いた。
「掃除をさぼったのはアンタの方だろう」
「ああん?」
レピドが淡々と糾弾すると、トサカ頭はギロリとレピドを睨みつけた。カルダモンはビクリとしたが、本物の殺し屋やテロリスト、帝国宮廷を支配した世界最強の拳士など、数々の強敵と渡り合ってきたレピドには、十代半ばの少年の威嚇など、チワワの吠え声と大差なかった。相手が伯爵家の御曹司であるという事実も、レピドにとっては大した意味はない。その結果はともかくとして。
「なんか文句でもあんのか? 平民風情が」
「今日の掃除当番は元々お前だったと聞いている。他人に仕事を押し付けるのは貴族らしくないぞ。貴族とは、自らの責任を果たす立派な存在のはずだ」
「んん?」
貴族かくあるべし――。微妙にポイントのズレたレピドの説教に、トサカ頭は眉をひそめた。
「『ノブレス・オブリージュ』だったか? 分かったらお前もホウキを持て。一緒に掃除をしよう」
レピドは無表情のままホウキを突き出したが、トサカ頭がそれを受け取るはずもなく、彼は激昂し、レピドに殴りかかろうとした。
「先公みてえなこと言いやがって! 誰がやるかってんだよ!」
シュッ。
しかし、素人のパンチが熟練のシーフであるレピドに当たるはずもない。レピドは難なくトサカ頭の拳を躱すと、ピタリとホウキを彼の首元に突きつけた。
「うっ」
「あ、すまん。つい」
うっかり昔の癖で降伏勧告の仕草をしてしまったレピドはすぐにホウキをどけた。今のやり取りでレピドがただの平民ではないと気づいたのか、トサカ頭は
「ちっ。覚えてろ!」
絵に描いたような捨て台詞を残し、教室から立ち去っていった。
「レピド君! 大丈夫!?」
「問題ない。忘れ物をしたと言ってたから、また戻ってくるだろう」
「僕は戻って来ないと思うな……」
実際、トサカ頭が教室に戻ってくることはなかった。なお、彼は後日レピドとカルダモンに報復しようとしたが、この件がレピドにたくさんいる貴族の友人・知人の誰かの耳に入り、トサカ頭の企てはあっさり叩き潰され、大人しくなったという。
●
数日後。レピドはカルダモンと一緒に食堂で昼食をとっていた。せっかくなので、レピドはカルダモンにも孤児院の名前の件を相談してみることにした。
・猫の穴
・レピド孤児院
・元冒険者の孤児院
etc……。
レピドが新たにリストアップした名前を見せられ、カルダモンは苦笑した。
「猫の穴は意味不明だから論外として……この中だと、『レピド孤児院』が一番マシかな。アルスパーダ王立孤児院っていう名前の孤児院が王都にもあるし」
「そうなのか。王都にも孤児院があるのは知らなかった」
満を持して繰り出した「猫の家」が一蹴されたのはショックだったが、王都内にも孤児院があると知れたのは思わぬ収穫だった。
「家系はどう? 孤児院の名前ってある程度法則性があって、『~の家』っていうのはけっこうあるよ」
「なるほど、家系か……」
レピドは記憶にある孤児院の名前をいくつか思い浮かべてみた。言われてみると、確かに「~の家」という名称の孤児院はいくつかあった気がする。
(そういえば、俺の育った孤児院の名は『曙光の家』という名前だと、あの男は言っていたな……)
ふと脳裏にハイテンションな変態仮面の姿が浮かんでしまい、レピドはぶんぶんと頭を振った。記憶を失う前のレピドが育った場所の実態は暗殺者を育成・派遣する非合法組織だったので、似せる気にはあまりならないが、非合法組織の隠れ蓑だっただけに、孤児院の名前はむしろありふれたものだったのかもしれない。
「なるほど……じゃあ『キジトラの家』はどうだ?」
「猫から離れろ」
「駄目か……」
レピドは遠い目をした。
「レピドの家」
「自宅じゃん。もうちょっとシンボリックな名前の方がいいと思う」
「シンボリックな名前か……考えてみる」
新たな課題を得たレピドは、カルダモンに礼を言い、午後の授業に向かった。
●
「ショウガ、今日のおやつはマグロのすり身だぞ」
「にゃ~ん♪」
放課後、レピドは愛猫のショウガを膝の上に乗せ、中庭のベンチでくつろいでいた。ベンチのすぐ側には、レピドもそれなりに関与した学園名物・ウィリアム黄金像がそびえ立っている。台座には実は非常用の地下シェルターの入り口があるのだが、中がどうなっているのかはほとんど知られていない。レピドは入学したての頃、うっかり中に入ろうとし、警備のおじさん(実は退役した王国騎士)に叱られたことがある。
「にゃー」
おやつを食べ終わった後、しばらくするとショウガはレピドの膝の上から降り、中庭を散歩し始めた。レピドは「そろそろウンコだな」だなと身構え、スコップと袋を持ってショウガの後を追う。
「……駄目だ、ショウガ! そこはトイレじゃない!」
レピドは思わず叫んだ。なんとショウガは、ウィリアム黄金像の台座の前でウンコをしようとしたのだ。不敬罪と概念は知らずとも、ウィリアム黄金像にそんなことをすれば恐ろしいことになることはレピドにも容易に想像はついた。バデーニ公爵(ウィリアム第二王子)か、その側室からお呼び出しの手紙が来てしまう! たぶん左手の手袋付きで。
「ショウガ! ちょっとこっちに来い!」
「ニャッ!?」
レピドはショウガを抱きかかえ、安全圏まで離脱したのだった。
●
「ふう。ショウガを学園で散歩させる時は気を付けないと……」
人気のない林に移動したレピドはショウガのフンの始末をし、汗を拭った。大慌てで移動したためか、いつの間にか後ろで括っていた髪がほどけていた。髪留めをどこかに落としてしまったようだ。
「ん。ここはちゃんと隠しておかないとな」
レピドはポケットから予備の髪留めを取り出した。レピドの後頭部では今もホムンクルスの証たる『賢者の石』が輝いている。普段は学園生にみられないよう髪で隠しているのだ。
「そうか、賢者の家はどうだろう……いや、賢者の石の家……違うな。賢者の石……宝石……輝石……そうだ、輝石の家だ!」
ふとしたきっかけで新しいアイデアを得たレピドは思わず叫んだ。
●
「うん、いいんじゃない?」
「僕もいいと思うよ。『奇跡』とダブルミーニングっていうのもいいと思う」
(ダブルミーニング……? なんだそれは)
後日、トリンとカルダモンに相談したところ、『輝石の家』は好評だった。レピドは好感触にぐっと拳を握り締める。
「二人とも、ありがとう。これでようやく俺の夢に名を与えることができた」
「「どういたしまして!」」
レピドは僅かに口角を緩め、ショウガを愛でている二人に礼を言った。こうして、レピドは自分が建てる予定の孤児院に『輝石の家』という名前を付け、夢の実現のために勉学に励むのだった。……パンクリアース学園卒業までには様々なトラブルに見舞われる気もするが、それはまた別の話である。
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
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