【DA】リーンエスの耳

ヴィルヘルミナ/ オルファレナ・アルヴァ・クラティアス

『ノベルタイトル:春の木陰に、花の咲く』弓月 蒼
●偶然、みっつ

『弧月』ヴィルヘルミナには、すべき事がある。
 それは時に、鍛冶の道を極める事であり、それは時に、武の道を邁進することである。

 酒焼けも無く髭も好まない、外観こそ山人(ドワーフ )らしくないと良く評される彼女ではあるが。
 その芯の部分。本質として、何かしらの信念を愚直に貫くことを由とする、と言う部分など。

 まさに之、即ち古式ゆかしき山人(ドワーフ )気質そのものであり。そして、逆を言うならば。
 それ以外のことには極端に無頓着で興味関心が薄い――――と言う部分もまた、その種族性に依る。

 ――――例えば、何かがほんの少し違っていたら。
 ボタンを1つ、掛け違えていたら。交わした言葉が、2つ足りなかったなら。

 あと3度ほど顔を合わせることが少なければ。そんな、本当にささやかなすれ違いで。
 彼女はこの、『学園』に在ってもやはり、自分の本質に従って日々を粛々と送っていた事だろう。

「ヴィル! 待たせてしまったかしら? ごめんなさいね!」

『学園』校舎。駆けて来る小さな影。明るく弾む様なその声色。周囲にあまり居なかったタイプだ。
 彼女は何時でも自分の気持ちを身体中で表現しようとする。特に……その瞳。

 きらきらと、鮮やかに光を返す紺碧。まるで子供じみた、あまりにも真っ直ぐな好意の眼差し。
 それが決して誰にでも向けられる物ではない為、ヴィルヘルミナは余計に擽ったさを感じる。

 彼女は『王国』の貴族基準で考えたなら、いっそ驚くほどに無垢で純粋な部分を残しているが。
 さりとて『学園』内では限りなく最高位に近い貴族――――『白銀(クラティアス )』の令嬢である。

 お転婆で闊達に見えて勉学分野でも十分高い水準の結果を残しているし、思う以上には聡い。
 権謀術数こそ不得手ではあるようだが、貴族的な立ち居振る舞いは卒なく一分の隙も無い。

 そんな彼女と、一部族の族長候補とは言え一介の山人(ドワーフ )に過ぎないヴィルヘルミナ。
 両者が交流を持つことは、決して“当たり前”で括れる様な話ではない。

 最初は、無茶な問題ばかり出るという『学園』の入学試験への興味本位。
 好奇心旺盛な山人(ドワーフ )らしい、と言う事も出来るだろうが、そも合格を期待した物ではなく。

 それが何の因果か『学園』への入学権を勝ち取ってしまった。これが、1つ目の誤算。

 次は、入学直後。“高位貴族”故に学級(クラス )で距離を取られていた彼女をただ見守っていた筈が。
 入学時の縁も恩義もあればこそ。つい、気になって少しばかり余計に世話を焼き続けてしまった。

 あくまで彼女が学級(クラス )で居場所を見つけられる迄、と思っていたのに。これが、2つ目の誤算。

 漸く、『学園』が落ち着いて周囲に人も増えてきたのに、何故か今度は彼女自身がおかしく。
 その焦燥した姿が気になって、相談に乗っている間にすっかり友人と呼べる立場になってしまった。

 (本来は身分違い。友人、という関係が成立する相手ではない……と、思っていた筈なんですが)

 何がと言えば。今更、ヴィルヘルミナ自身も深入りし過ぎた自覚がある。これが3つ目の誤算。
 どれ一つ欠けていても。どの巡り合わせが無かったとしても。きっと、今ほど親しくはならなかった。

 そんな、彼女。王国社交界の『白銀の薔薇』こと――――オルファレナ・アルヴァ・クラティアスは。
 3月も過ぎ行くこの日、17歳の誕生日を迎える。

「誕生日おめでとうございます。オルファ」

「嬉しい、ありがとうっ!」

 ピンヒールの靴で器用に跳びついて来る彼女を受け止めるのも、すっかり慣れてしまった。
 と言うより、慣れよりも一層困ったことに。

 (彼女には、出来るだけ元気で幸せで居て欲しい……なんて、素面で思うのだから)

 我が事ながら、なかなかやられていると。どうにもこればかりは認識せざるを得ない。
 非常に稀有な。或いは……あまり、直視するのも面映い話ではあるものの。

 恐らく、私は彼女をその位には大切に思ってしまっている、という事なのだろうと。
 標準よりやや小柄な。その分だけあって随分軽いオルファレナの体躯を抱き留めながら自嘲する。

 感情が表に出ない、とされる自分自身の性質を――――今ほどありがたく思うことも、そうはない。

●必然、ふたつ

「流石に『学園』も今の時期は静かね?」

「まあ、お休みに態々校舎までやって来る人なんて多くは無いですからね」

『学園』は現在、来年期の入学の準備期間であり進級する面々の多くは里帰りなどしている時節。
 勿論寮住まいの貴族令嬢、令息なども居る為、誰もが皆と一括りに出来る物でもないが。

 例えば普段であれば、『学園』の中庭と言えば『百合園会』などがお茶会を開いている事も多いが。
 現在は静かな物だ。と言うより、ヴィルヘルミナの性格的にそうでもなければ呼び出しなどしない。

 オルファレナとヴィルへルミナは、中庭に備え付けられたテーブルに向かい合い。
『白銀の薔薇』が自ら淹れた――――と言う一部貴族なら褒章(ステータス )になりそうな紅茶を並べていた。

「オルファの方は、最近は如何ですか?」

「ん……どうなのかな。最近は、結婚がどうの、婚約がどうの、みたいな話ばっかり」

 困ったように微笑む彼女の表情には、この一年ずっと消えない憂慮の陰が滲んだままで。
 それでも一生懸命に普段どおりを演じ続ける姿には、オルファレナの生来備えた芯の強さが顕れている。

 だから、ヴィルヘルミナもまたそこで無理に救いの手を差し伸べたりはしない。
 それはきっと、彼女が本来経ておかなくてはならない成長の機会を損なう事に繋がるからだ。

 ……ただ、同時に。

「何か、手が必要なことが有ればいつでも声を掛けて下さい」

 もしも。そんな彼女が“救いを求める”ことが有るのだとしたなら。
 自分だけでは、どうにもならない事態に巻き込まれ、助けて欲しいを乞われたとしたなら。

 恐らく、私は“そうする”だろうと言う確信がある。それが或いはどれほど危険な橋であっても。
 だから、ヴィルヘルミナは常にこれだけは伝えることを忘れない。

 私は貴女の味方だと。それを伝えておかなければ、独りで抱え込む事は目に見えているからだ。

「うん、ありがと。 ……あ、それで贈り物って何かしら!」

 そう言って、オルファレナが露骨に話題を変えたことを理解しながらも。
 敢えて其処は指摘せず。ヴィルヘルミナは小さな包みをテーブルの上へ置くと彼女の前へ寄せた。

 甘やかしている。とは思うが、同時にせめて一緒に居る時くらいは笑顔で居て欲しい。
 と、そんなことを思う自分が居ることを否定するのも難しい。そこはなかなか割り切れる物でもなく。

「? このサイズ……だと……あ! 待って待って正解は待って! 当てさせて!!
 んー……あ! 分かった、ブローチ? 物語でもあるわよね、これを私だと思って、みたいな」

 ――――それは暗殺者の毒矢などを受け止めて砕け散る奴では?
 と、果たしてそんな発想が脳裏を過ぎったが。まあしかし、当たらずしも遠からず、ではある。

 オルファレナの百面相を見ているのも、まあ……それはそれで愉しい一時ではあるのだが。
 惜しくもハズレな以上静かに首を横に振る他はない。案の定、彼女は眉を寄せて考え込むが。

「ヴィルの事だから装飾品かな、って思ったのだけれど……もしかして武器とかかしら。
 魔法の杖に据える宝石飾りとか……うー、難しい……! もう、降参だわ。答えは何だったのかし」

 ら。と言う声は途切れた。自分の事を考えて、贈り物をしてくれるなら何でも嬉しいのだけれど。
 そんな事を考えながら、包みを解いたオルファレナは2度、3度とその中身を確かめる。

 それはある装飾品を入れる。その用途に特化した小箱だ。端から見れば凡そ誰でも分かる。
 その装飾品には様々な意味が付随する。けれど、中でも最も有名な物は必然、2つ程に絞られる。

 円を描く事から、永遠の絆を意味し。常時着けられる事から、その相手の所有権を主張する。極めて、特別な。

「……これ」

『白銀(クラティアス )』は侯爵家だ。家格もあって妙齢の姫君への贈り物は決して少なくない。
 特に、良くも悪くも『白銀の薔薇』は社交界の有名人だ。そういった意味で、装飾品も見慣れている。

 けれど、“指輪”は別だ。それがどんなささやかな物であれ。
 未婚の令嬢に贈るには余りにも垣根(ハードル )が高過ぎ、場合によっては失礼にすら相当する。

 貴族と貴族の間柄であれば、令息は元より令嬢であっても、これを贈る事には多大な抵抗が生じる。
 だから勿論。その意味する所をオルファレナはよくよく理解しており。

 ヴィルヘルミナが平然と、しれっと、指輪を贈ってきた事に。率直に言って混乱し。
 目を白黒させ、数度大きく瞬きし。その最終的な着地点として――――

「~~~~っっっ!!!!」

 頬に朱が射してくる事を如何なる手段を以ても止めることが出来なかった。
 何せ、つい先日。とある祭事にて親しい友人から一冊の恋物語を勧められ、読了したばかりだ。

「どうしました、オルファ」

 贈った側のヴィルヘルミナが平然としているのだから、平然と受け取れば済んだ話だろうに。
 と言うか、これで相手が男女を問わず“貴族”でさえあればもっと自然と応対出来たろうに。

 友人にはそう出来ないのがオルファレナであり、間も悪ければ条件も悪かった。と言うか――――
 ――――幾ら何でも、不意打ちにもほどがある。

●たった、ひとつの

「あ、あのあのあのあの、わ、私、その、え……と、指輪って、その」

 客観的に。それはもう至極客観的に、贔屓目無しに。
 同性として見ても、オルファレナと言う少女は見目の整った可愛らしい風貌をしている。

 妙齢の、結婚に適した御年頃の、高位貴族の、白銀の、と言った付随物を全部取り払ったとして。
 ただ一個人として見た所で、性格含め惹かれる貴公子の一人二人まあ、居るだろう。

 だからこそ。ヴィルヘルミナは間髪入れずからかわない訳には行かなかった。何か謎の衝動があった。

「ああ、それ手作りなんですよ。気に入って貰えたら嬉しいんですが」

「てじゅっ!?」

『白銀の薔薇』が噛んだ。とても可哀想だが、何かこう小動物が一生懸命迷路で足掻いているような。
 得も知れぬ可愛らしさを感じてしまうのはどこか歪んでいるだろうか。自分では良く分からない。

「え、と……あ、そう! 分かった! あれね!! あの、お友達で指輪を交換する奴!! 私知ってる!!!」

 何とかぐらつく自意識と現状認識を立て直そうとするオルファレナの必死さに。
 不覚にも漏れてしまったヴィルヘルミナの、声を喉で殺すようなくつくつと言う笑いに。

 最早どう足掻いても隠せないほど赤面していた侯爵令嬢が、驚いたように目を丸くする。
 なるほど。確かに極々親しい間柄の同性が、互いの絆を確かめ合う為に指輪を交換する。

 なんてやり取りも貴族と言う、それこそ物語の中から間違いで出て来てしまった様な立場なら。
 行われていても不思議ではないか。とヴィルヘルミナもまた可笑しな納得をしてしまった訳だが。

 もしかして、からかわれていたのだろうか。と気が付いたオルファレナはと言えば。
 漸く呼吸する時間を得られたと言わんばかりに、深く息を吐いてゆっくりとテーブルへ突っ伏す。

 貴族の令嬢としてはお世辞にも褒められた礼儀作法ではないが、こればかりは仕方あるまい。

「もう……仕込み(サプライズ )にしたって悪い冗談だわ。
 胸が未だ早鐘を打ってる。唯でさえうちは身体が丈夫じゃないのに、早逝したらヴィルの所為よ」

 恨みがましく上目遣いで見て来るオルファレナに、果たして何と答えるのが正解だったろう。
 そんな無防備な表情を向けられる。そういった立場に居ることが、嬉しく、幸せだなんて。

 新たに見せる表情一つ一つに。例えばこんな時間がもっと続けば良いのになどと。
 そんな益体もないことを考える位には、彼女という存在が、自分の中で大きくなっていること。

 それは――――きっと。それだけはきっと、真実(ほんとう )だろうから。

「そうですね。もしそんな兆候が見えた時は責任を取る……くらいの覚悟は、持っておきます」

「あー、言ったわねー? 本当に本当に、びっくりしたんだから。冗談でなんか済ませ――――」

 指輪を造った時は、作業に没頭するあまり贈る相手の指のサイズなど考えもしておらず。
 結果出来上がった物は、今の自分の技術を注ぎ込んだ物。と満足こそしていたものの。

 いざ、着けて貰うまで“果たしてどの指になら合うだろう”――――と、其処だけ不安だった。
 けれど、今のやり取りを通して他を試してみよう。とは結局遂に思えなかったから。

 ヴィルヘルミナは僅かに瞳を細めると。白銀の令嬢が恐る恐ると未だ着けていない指輪を掠め。
 その左手の薬指にするりと通してはしれっと涼やかに微笑んでみせた。

 そんな機会が――――或いは必要が――――ないから普段は泰然自若と見せているけれど。
 なるほど、案外意識すれば笑えなくも無いんですね私? とは――――新たな発見ではあったけれど。

「――――へぇ!?」

 とりあえず、今は。悲鳴じみた声を上げる彼女の指に、自分の作品がぴたりと嵌ったこと。
 その満足感を優先して、それ以外について考えるのはまた今度で良いだろうと思うのだ。

「ああ、綺麗に入りましたね。やっぱり、その色はオルファに良く似合います」

 白銀の花細工に、紺碧に輝くミスラル宝玉。彼女を想って刻んだ、世界でたったひとつの指輪。
 始まりは偶然で交わりは必然、それなら――――今この時は、きっと作為。

 それでも良い。何かが違っていたら何処か遠い出来事として、彼女を見ていたかもしれないけれど。
 もうこの少女が傷付いている姿も、落ち込んでいる表情も、見たくはなくて。

 そんな気持ちを指輪に込めて贈ってしまうほど。どうしようもなく、本音なのだから。

「……なんか、ヴィルがやたら愉しそうなのが気になる……」

「言うまでもない事ですが、責任を取るんですから外さないで下さいね?」

「外しちゃ駄目なの――――!?」

 小動物めいた悲鳴を重ねるオルファレナに、“冗談です”と言ってあげたらどんな顔をするだろう?
 などと考えながら。例えばそんな一時を、全くかけがえの無い物だと思うから。

 困ったものだと笑うヴィルヘルミナの姿は。誰が見ても幸福そうだと呼べたに違いない。
 春の暁、2人の娘が『学園』の中庭に咲く。学舎の木陰で、ひっそりと。

●ぜろ

 さて――――此処までは、ヴィルヘルミナの先手(ターン )。
 そして、此処からはオルファレナの後手(ターン )である。

 実のところ、彼女は昨今実家と学園を行き来する大変忙しない日々を送っていた。
 17、ともなれば同年代の貴族令嬢達は皆が皆、婚約者が居て当たり前の世代である。

 或いは既に結婚していても別に早いとは言われない。つまり彼女はいよいよ逃げ場を失っていた。
 である以上、そう言った“浮いた話”に関しては、山人(ドワーフ )風に言って尽きること無き鉱脈の如し。

 求婚者など幾らでも居る。それらを軒並みお断りしているのが今現在のオルファレナだ。
 しかし、それはそれこれはこれ。彼女は家の事情を理由として結んだ絆を蔑ろにしたくなかった。

 時に。オルファレナは自分が“この人にはお世話になってる”と思ったことを気にするタイプである。
 されっ放しは主義に反するし、お祝いをしてくれならお祝いもしたい。

 折しも、彼女の誕生日とヴィルヘルミナの誕生日はきっかり1ヶ月ほどズレていた。
 気付いてから準備している間に、当の本人から呼び出されたオルファレナの心中如何ばかりか。

「――――なら、ヴィルヘルミナも。遅れちゃったけど、お誕生日おめでと……!」

 尚、全くの余談では有るが。彼女の異名『白銀の薔薇』は当然『白銀(クラティアス )』という血筋に拠る物だ。
 しかし彼女自身。その異名を定着させる為に、積極的に白薔薇の装飾を身に着けたりもしている。

 それは有る種の威光であり、そして権威付けでもある。つまり自身の家による身分証明を兼ねる。
 ――――閑話休題。

「……え、あ。ありがとうございます?」

 オルファレナから差し出された小包みの中身は、白薔薇を飾った首飾り(チョーカー )。
 先にも在ったように、その装飾は身分証明を兼ねる物である。

 つまり、この人は『白銀の薔薇』が立ち場を証明する。と、外部に示しているに等しく。
 それは彼女なりの庇護であり、愛情でもあるが、そもそもが貴族にとっての“首飾り”。

 喉に。即ち、その人物の“生死に寄り添う物”である為に“傍に居たい”という意味を持つ。
 この“傍ら”は、ヴィルヘルミナがからかい半分で贈った“薬指の指輪”に勝るとも劣らず。

 人生の傍ら、と言う意味合いを内包する、ある意味貴族令嬢(しょうじょ )らしい独占欲付き零距離射撃(じげんばくだん )と言える。
 これが一方通行であればまだ笑い話で済む話だが、双方向だとちょっと信憑性を帯びてくる。

 (首飾り……似合う服、有ったでしょうか)

 首を傾げるヴィルヘルミナの内心はともかく。漸くお返しが出来たオルファレナは大変満足そうであり。
 そんな両者が果たして何処へ向かっているのかは、この時点では最早ようと知れない。

 勿論――――その、ちょっと窒息しそうに重い贈り物の隠喩に、貴族社会に疎い人間(ヴィルヘルミナ )が気付くのにも。
 まだ、それなりの時間が必要なようだった。

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