【呑竜】眠れる竜は王国を呑むか

ウィリアム・リーンエス
これが今生の別れかもしれない――、みたいな悲壮感で行動を分けたのに、一ヶ月であっさり再会すると拍子抜けじゃないかい?
メアリー・リーンエス
仕方ありませんわ。グリゼルダが国内に入ったとあれば、お兄様が王都を出て自ら囮に成るのは危険ですもの。今は、国内のどこでもお兄様の婚約者選びの話で持ちきりです。グリゼルダの性格からすれば、すぐにどこかで馬脚を現すのは確実ですわね。
レイウェスト・バルダス
……リーンエス王家には、苦労を掛ける。己の血筋について、知らなかった事が言い訳にならないことは理解しているつもりだ。
ウィリアム・リーンエス
うん。僕が言っても安心できないだろうけど、僕達は君の血筋を理由に、何かを得ようとは思っていないよ。無論、帝国の復興に際して、最大の後援者としての正当な利益は存分に享受するつもりだけれど、混血である事を弱みとしてつけ込む気は無いんだ。
メアリー・リーンエス
それよりも、レイウェストには『龍逓架』の対策で協力していただきますわ。国境や領境の検問で発覚した物が現時点でも複数在りますの。すり抜けて持ち込まれた物が一つも無い、と言うことはありえませんわね。『幽界樹』が実際に出現するまで見つけようが無い、という事態が変われば良いのですけれど。
レイウェスト・バルダス
……それならば、すぐに良い返事が出来そうだ。私は父に皇帝としては及ばずとも、その差を埋めるだけの優秀な者が味方してくれている。
伝統と革新で揺れるリーンエス王国へ、迫る更なる危機。メドゥの右腕が人知れず介入の動きを見せる中、黒鋼竜ライゼンナクトは不満貴族を糾合しつつあった。
(8月24日より 【呑竜】眠れる竜は王国を呑むか 連動シナリオリリース予定!)
assignment【呑竜】眠れる竜は王国を呑むか 概要
「【呑竜】眠れる竜は王国を呑むか」は、レイウェスト皇子とメアリー王女の婚約が進む中、ヒューマン至上主義という旧来の価値観からくる内部対立に揺れるリーンエス王国を扱います。
assignmentここまでの流れ
アシムベートがレイウェスト皇子の実父であるという知らせが大陸中を駆け回り、それでも王家はメアリー王女との婚約を進めていく。反感を露わにする貴族に対し、王家はウィリアム第二王子の臣籍降下を発表し、第三派閥の形勢を匂わせた。強硬な姿勢を固める貴族派末端の動きを受け、一時の協調を見せていた二大公爵家は再び道を分かつ事となった。
(8月23日追記)
複数の方面で『龍逓架』が持ち込まれている事が判明し、リーンエス王国は『幽界樹』への対処法を知り、婚約の儀に向けて来訪したレイウェストへ協力を呼びかけた。一方、皇帝ヨゼフと決裂したメドゥの右腕、左腕は王国への介入に本腰を入れる。内憂外患で揺れる大国で、貴族派筆頭たる『黒鋼竜』ライゼンナクト家は過激派諸家を糾合する動きを見せつつあった。
person_pin関連NPC
亡国となった帝国の皇族の、唯一と思われていた生き残り。皇帝ヨゼフとその子女である第三皇女イダとの間に生まれた生粋の皇族と言われていたが、実際はリザードマンの大酋長アシムベートとイダの間の息子であった。大陸一の美姫と謳われた母譲りの長く、美しい髪と気難しげな真紅の瞳の持ち主。エフレムとともに帝都から脱出して以降、帝国復興のために周囲の協力を得ながら奮闘していた。ヴィント奪還作戦に於いてエフレムに不審を抱き、帝国滅亡の真相を問いただした結果、彼と袂を分かつこととなった。
(8月23日追記)
婚約の儀の準備のために招かれていたリーンエス王国へ『龍挺架』が持ち込まれていたことを受け、クライス・アクバーらを連れて王国入りを果たす。
《本連動での動き》
アシムベート・グリオウにより自身も知らぬ出生の秘密を明かされ、動揺しつつもメアリー王女の身を案じている。
ウィリアム・リーンエス王子の妹にあたるリーンエス王国第一王女。人形のように可憐な容姿からは想像もつかない行動力と気の強さで、周囲を驚かせることもある。現王家唯一の王女であり、国王や王太子、ウィリアム王子の寵愛を一身に受ける影の女王。
《本連動での動き》
レイウェストとの婚約の儀を王都で挙行することを宣言し、ヒューマン至上主義者の憎悪を一身に集めている。
リーンエス王国の第二王子。文武ともに優れた才能を有した《授恵者》であるが、王族らしからぬ軽薄さ故に近親以外の王族からは見下され、対立する貴族からも「毀れ者(こぼれもの)」と揶揄されている。王国の代表として冒険者ギルド本部のあるリブラネスタに派遣されているが、本人はこれ幸いと市井を味わい、自らも依頼をこなす日々であるだとか。
(8月23日追記)
正妻予定:エルヴィラ・バデーニ 側妻予定:パーシア・アイオーラ
《本連動での動き》
国策により、長きにわたる放蕩生活に終止符を打つこととなる。正妻、側妻、愛妾の区別はあれども広い階層から複数の妻を娶る可能性もあり、王国内では玉の輿狙いの女性がざわついているようだ。
貴族派貴族バデーニ公爵家の長女。バデーニ家は始まりの百家ではなく、領地の規模も侯爵並であるが数代前の語られぬ功績により公爵となった。辺境伯や公爵と渡り合うには厳しい身代であるものの、無難に領地運営をこなし敵を作らず今代まで長らえている。なお、当人の体格はぽっちゃりしており、気にはしているがダイエットが苦手である。
《本連動での動き》
エルヴィラの婿は次期公爵となることがほぼ確実であったため、ウィリアムの臣籍降下に際して名乗りをあげた。婚姻の暁にはウィリアムが公爵となり、現公爵は引退する事を宣言している。
シルトラース帝国近衛連隊出身の元軍人で帝国魔導院エスタル支部長。最愛の妻と娘を帝国崩壊時に失って以後しばらくは攻撃性の塊のような時期もあったが、現在は生来の子供好きの性格が復活し、他人の子供の世話を焼いていることが多い。幽界樹の最大の脅威である【黒い霧】への対策【凝黒紋具】を制作した。
《本連動での動き》
暗殺集団『天陽道』の蠢動に気づき、更なる幽界樹封じの方法として新たな仕組みを作ろうとしている。
リーンエス王国二大公爵家の一つ、貴族派の筆頭である『黒鋼竜』ライゼンナクト家の当主。貴族原理主義的思想に染まった、王権を拒む貴族たちのとりまとめ役である。あくまで王家の臣下を演じつつ、自らの権利を守ろうとする穏健派と、王家を廃しいずれは自らが王権を奪おうと画策する過激派が入り混じっていた貴族派の手綱を取りきれず、反乱を起こして鎮圧される高位貴族が複数出るなど、ここ数年に派閥は急速に弱体化を進めた。
《本連動での動き》
王家の中央集権化の動きは理解しており、そこに至るまでの影響力争いで王家に後れを取った敗者であると自認する。一部貴族派の過激な発言に呼応する動きを見せているらしい。
リーンエス王国二大公爵家の一つ、王党派の筆頭である『白薔薇』アルヴァローエン家の当主。臣下としての貴族の役割に徹する貴族たちのとりまとめ役である。中央集権を進める王家のもとにあって王党派貴族に既得権益の全てを奉還する程の覚悟は無い。忠誠と引き換えに、なんとか自分たちの地位と権利を残すべく王家へ働きかけてきた派閥である。
《本連動での動き》
より王家の希望に近い第三派閥の成立を、そこに加わることこそが唯一未来があると看破するもののここまでの王党派筆頭としての立場からそうは動けない。
メドゥの指先足指幹部『青の親指』。死霊術師。魔獣やクリーパー・亜人と人類の死体を縫合して作る改造ゾンビ、『キメラゾンビ』の作成を得意とするゾンビメイカー。
《本連動での動き》
ウィリアムのストーカー。(グリゼルダ製造のものとしては)最強のキメラゾンビ『レミーラ』と共に国境を破って王国に侵入したことが確認された。
メドゥの指先の大幹部。非常に強力な吸血鬼であり、また血を媒体とする混沌魔術の使い手でもある。常に楽しげに振る舞う彼だが、よく見れば作った笑顔であることもわかるだろう。征竜との共闘に反発した左腕と行動を共にし、ヨゼフ一派から距離を取った。左腕とは長い縁であるようで、相互に協力する場合もあるようだ。
《本連動での動き》
王国内の混乱の背後にその影があるらしい。王国へ混乱を招く理由が何かあるようだが?
メドゥの指先の大幹部。飛行術を用い、また世界の障壁の裂け目を広げる儀式なども知っている無感情な女性。右腕とは長い縁であるようで、相互に協力する場合もあるようだ。その目的は征竜の打倒であるという。
《本連動での動き》
征竜と手を組んだヨゼフ一派の元へわざわざ訪れ、自身がかつて征竜の巫女であった事と征竜が人の味方ではなく御せる存在でも無い事を告げてヨゼフらの決断を罵る。
その後は失意の中、メドゥの右腕と共に行動しているようだ。
崩壊した帝国の皇族の生き残りである皇太子レイウェストの護衛騎士。護衛騎士の中で唯一のリザードマンであること、クリーパーを召喚し支配することを得手とする《召喚術》の達人であること、そして寡黙に過ぎる性格から『語らずの智者』の異名を持つ。亡国の騎士となっても単身で各国の介入からレイウェストを守る忠義の人物……と思われていた。ヴィント奪還作戦における不自然な立ち回りから、レイウェストに帝国崩壊の引き金を引いたのが彼であると看破され、袂を分かつこととなる。
《本連動での動き》
幽界樹の活発化とレイウェストの危地を察し、王都へと助言のために訪れる。クライス・アクバーが『状捜楔』の製造に適した材料の選定で行き詰まっていることを知り、名乗らずに助言を置いていった。
menu_book関連用語・情報
ウィリアムの創る第三派閥【集権派】
王家への中央集権体制の確立を進めたい王家は、権益の拡大を狙う貴族派でも権益の維持を願う王党派でもなく、時が来れば全ての権利を王家へ奉還する事を約した【集権派】を設立する。失う権利のない法衣貴族はともかく、領地貴族の多くにとってその公約に益はなく、彼らの誇りも傷つける選択だ。しかし、そこに早く参画することで領主権は無理でも未来の有力家系としての影響力を保持するべく、既存派閥から集権派へ鞍替えを考える目聡い者もいる。その多くはウィリアムの元へ奥方を送り込む事を画策しているようだ。
王家の中央集権化の動きと、それに伴う貴族の動きについては詳しくはこちら。
龍脈即時通信装置『龍逓架』(8月23日追記)
崩壊前のシルトラース帝国が実用段階直前にまで開発を進めていた通信装置で、帝国内主要都市の魔導院に設置されていた。龍脈を利用した遠隔地同士の即時通信装置であり、リーンエス王国との決戦に備えて設計された。この龍逓架が発する魔法的な信号が龍脈を通じて帝都の幽界樹に感知され、帝国内の各都市に幽界分樹を呼び寄せたと推測されている。その推測は【泥乱】における帝国近衛連隊の行動により実証された。
また、メドゥの指先が一つを確保していたが、それを元に新たに量産している可能性がある。
(8月23日追記)
龍逓架は数多くの部品から構成されるが、中でも発信器、増幅器、分波器、分配器の4つが重要とされている。
龍脈異常探知装置『状捜楔』(8月23日追加)
龍脈の異常が発生した位置を知る為の紋具装置。大型の杭の様な形をしており、頂部には球状の表示部が結合されている。球状表示部には龍脈異常が発生した方角に向けて、おおよその距離が色(青=徒歩で行ける距離、黄=馬を飛ばして行ける距離、赤=ビッグオウムでないと到底行けない様な距離)で示される。
近距離の青と黄の間は十段階ほどに細分化され、細かい距離が判明するが、遠距離の黄と赤の間は三段階ほどでしか判断出来ず、大雑把なものとなる。量産性に優れ、実用化して間もないが十分な数が製造されている。固定式と可搬式の2種類があり、王都の他幾つかの拠点には固定式が設置されている。
この装置はクライス・アクバーが制作したが、完成までには、多くの冒険者やエルフの賢人、元帝国近衛連隊長、謎のフードの男といった多様な面々の協力があったらしい。
龍脈
ロスガリア大陸の地下深くを流れるエーテル地脈。エーテル浄化者はここに働きかけてエーテル浄化儀式を行っている。
幽界分樹
帝都シルトラースに聳える幽界樹を「本体」と見做した場合の、帝国内主要都市に出現した幽界樹の「分樹」。ただし幽界樹については未だ不明点が多く、帝都に出現した幽界樹が本体であるか、それとも地中やアストラル界などに真の「本体」が存在するのかは判明していない。
黒い霧(8月23日追加)
幽界樹周辺にただよう黒い霧は、範囲内の生物の行動や認識を阻害し、方向感覚等を狂わせる。クリーパーへの悪影響は無い。ある程度実力のある授恵者であれば影響を軽減できるが、一般人はそこに存在するクリーパーが見えないことすらあり、黒い霧の除去が奪還作戦には必須事項と言える。
かつてはレイウェストの持つ宝剣を用いた儀式魔術で散らすことしか出来なかったが、クライス・アクバーが制作した【凝黒紋具】により一定範囲の霧を結晶化し、戦闘等に支障が無い程度まで空気中から除去できるようになった。
征竜との盟約を結び、ヨゼフ・バルダスは極北の地を離れて根拠地たる帝国西部鎮守都市『ヨラヒム』の城館へと帰還した。ナサニエル・バルバスティン宰相を始めとした配下がヨゼフを出迎える。
「征竜めを手懐けての無事のご帰還、心よりお喜び……」
老人の声は、城館の壁面を吹き飛ばした大爆発によって遮られた。反応し、即座に身構える皇帝配下の様子に、襲撃者は目も向けない。
「……ヨゼフ・バルダス。貴方には失望した。世界の敵たる征竜と手を結ぶなど、愚かしさの極み」
崩れた壁の向こうに浮く人影は二つ。淡々とした口調の中に隠せぬ憎悪を込めたメドゥの左腕と、宥めるようにその肩に手を回したように見える メドゥの右腕。色の気配もない男女の組み合わせに、ヨゼフは鋭い目を向ける。世界の覇者たらんとする彼にとっても、その両名は警戒すべき相手であった。
「貴殿は征竜を恐れるが、その力。余ならば飼い慣らせよう。あれは力こそ強いが知能は低い」
左腕が征竜を憎んでいたことは知っている。それ故に、ヨゼフは言葉を選んだ。征竜ほどでは無いにせよ、この二人も彼の側にある強力な駒であった。しかし、それも今日までだと左腕は言う。
「……手綱を握れると、そう侮った結果が平原帝国の滅亡よ。愚かな人間は歴史から何も学ばない。私は愚かな人間に、これ以上力を貸すことはない」
「ふん。まるで知っているかのように物を言うではないか」
決別は避けられぬと知り、そう言葉を返したヨゼフを見下ろしながら、左腕は小さく呟いた。
「私は知っている。……私は、あの日、平原帝国の滅亡を見届けた『征竜の巫女』なのだから」
真偽を疑うように眉をひそめるヨゼフと、小声で疑いの声を述べる臣下達と。平原帝国の滅亡は新暦550年のことだ。正しいとすれば左腕の年齢は700歳に近いことになり、長寿で知られるエルフの寿命の倍を超える。が、寿命という言葉の枠外にいる右腕が空気を読まぬ言葉を差し挟んだ。
「僕はそのときからの左腕ちゃんの友達なんだよ。ヨゼフ君とも仲良しだけど、付き合いの長さは左腕ちゃんがずっと上だから、ごめんね」
「……何を勝手な事を」
「良い。そのまま行かせてやれ」
怒りを見せる臣下を、ヨゼフは一声で抑えた。ここまで言う以上、彼らは去る心算であろうが、まだ盤面の上ではヨゼフの敵の敵のままだ。ここで無駄に争う必要は無いと彼は判断した。怒りを城館に叩きつけて発散した左腕の手を取って、右腕は蝙蝠に姿を変えてのんびり空を行く。
「また根無し草に戻っちゃったねえ。左腕ちゃんはこの後どこに行く? 僕と一緒に来る?」
「……好きにして」
「そっかあ。それじゃあ王国まで付き合って貰おうかな。古い約束をそろそろ果たせそうなんだよね。君は僕と違ってまだヒトの範疇だから、約束破りにもならないだろうし。前は話が通じなかったグリゼルダも、今回は相談に乗ってくれそうな気がするんだ」
へらへらと楽しそうな右腕に、つい先刻まで怒りを露わにしていた左腕が無気力に追随する。向かう方角は南であった。
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征竜の力を借りたヨゼフ・バルダスによる全世界への宣言を受け、真っ先にレイウェストへの支持を表明したのはドワーフ王国であった。
「この素早さは、事情を知っている私でも驚きです」
「いつか、こういう日が来たときにはウチらはレイレイっちを応援するって、皆への根回しも全部済んでたしね」
友人として来訪していたキサキ・アカネに対して、ふふんと胸を張るシグルラン。かつて邪竜バイアーディスによって多大な被害を受けたときに、彼女たちはリザードマンの賢者より助力を得ていた。その対価として賢者が告げたのが、レイウェストの力となること。
「あの時、エフレ……ええっと、謎の賢者サンが助けてくれなかったら、うちらの酒蔵のマミダは無くなってたからね。ウチらは内輪で喧嘩もするけど、酒の恩義は何にも勝るってコト」
頑固で我が儘な者も多いドワーフ族が一致団結することなど、滅多にない。続いて、レイウェストが同族と知ったディズル大湿地帯のリザードマン、ヴィント政権と一蓮托生のゴールディが国内を纏め、ヨゼフにより多大な被害を被ったフィルエス大森林やシグモル火山帯もまた、その後に続いた。帝国の最大の擁護者であるリーンエス王国はレイウェストの隣に王女メアリーを送り込むことで意を明らかにしている。海からの大難に対するエラトゥーン都市同盟はそれどころではないのだが、勢力を代表する人間の振る舞いとしては異例なことに、ヴィルジニア個人の名でレイウェストを支持する旨の表明が成されていた。
「世界中の皆が私の子の味方をしてくれて、あの男は今どんな気持ちかしら? ふふふ」
帝都に在るイダ・バルダスはいつも以上に愉しそうに笑う。もはや帝都全域を覆うほどに葉を茂らせた『天霧りに消ゆる幽界樹』は彼女の周囲にだけ暖かな日差しを落としていた。城壁の内側には人の建造物の残骸は既に無く、うねる根と『幽界樹の仔』たるクリーパーがうごめくのみ。この世の理外の庭園には、傾国の魔女ともう1人。
「そうね、エフレム。あなた、休暇を取ってはいかが? 働き過ぎは美しくないわ? そう、良くないことだと思うの。それに、あの子のお祝いにも行きたいでしょう?」
「拙は、皇子と会うことはできません」
「ならば遠くから一目見るだけでもいいと思うの。だって、あなたは今までずーっと、よく働いているもの。頑張った後にはお休みがあるのが当然だわ」
イダが何を考えているのかは分からない。一つ、言えることが在るとすれば彼女の行動基準は全てが善意であるということ。それが独善の極みで在ろうと、彼女なりに良かれと考えている。そして、一度思いついたら誰に否と言われようと曲がることはない。
「さあ、お行きなさい、エフレム」
「……は」
イダがそう命じると、エフレムは首肯した。彼は、他者の願いを拒絶しない。ここに在るのは善意の怪物と、自我無き怪物と、異界の巨大樹。既に、帝都は人の住む場所では無かった。
●
全智とは言えぬにせよ、数多の使い魔 を駆使するエフレムが知ろうとした事で、その目や耳を逃れ得ることは少ない。人の世界の防諜は相手が人間か、あるいはこの世の理の中にある魔法や生物である事を前提としている。
「……以前に訪れたよりも、一部の区画の人間が少ないようであるが……。ふむ、夏期休暇……?」
パンクリアース学園の様子から季節を知る程度に浮世離れしたエフレムだが、現在のリーンエス王国が置かれた複雑怪奇な状況を、王都に到着してから一日の間に概ね把握していた。国内情勢がきな臭いこともあり、普段ならばそろそろ帰省から戻ってくる貴族学生が領地にギリギリまで留まっているケースもあるようだ。
「……幽界樹の動きは、このように波紋を広げたか。とすれば、あの時の……?」
旧帝国以外に幽界樹が生えたと言う情報もエフレムは淡々と受け入れたが、そこで何かが引っかかった。そう、以前に、彼に知識を乞うた者が居たはず。そのときに与えた知識は、この状況であればどのように生かされるであろうか。常人には理解できぬ速度でエフレムの思考が回る。
「あれは殿下に害をなす、やもしれぬ。拙は……、それを正さねばならぬ」
錆び付いた器械が数十年振りに動きだすように、エフレムはこの時、誰かからの願いを受ける前に自ら行動しようとしていた。『道を違える事』はレイウェストの願いであり、彼に直接会うことは叶わぬ。であるならば他のことでバランスを取ろうと彼は考えた。
「アクバー殿。貴方の問いへの答えを拙は知っています。その用途に用いるべき素材は……」
フードを深く被った長身の陰が、クライス・アクバーの元に現れたのはその晩の事である。彼の助言により最後のピースが嵌まった『状捜楔』は、クライスらの想定していた水準をついに達成した。『状捜楔』は『龍逓架』の作動による龍脈の変動について、その起点への方角と大まかな距離を確認する装置だ。二基を用いれば『龍逓架』の所在をかなりの精度で割り出せるだろう。
●
メドゥの右腕、左腕、エフレム、そしてグリゼルダ。王国内を怪物達が跋扈する。そんな中で、人中の怪物というべき傑物ダミアン・ライゼンナクト公爵は、王都の邸宅に籠もり、手元に届いた書簡を余人に任せずに自ら選り分けていた。本来であれば一読後に燃やすべき性質の物も、今回は残さねばならぬ。それがライゼンナクトの命脈を繋ぐ事になるかも知れない。
「……王国への反乱。その失敗に終わった首謀者として我が名が残るか、それとも水際で阻止した忠国の士として残るか。いずれも真実では無いが、後者の方がましではあろう」
貴族派の中には古くからの密約があった。王家が貴族派にとって不都合な存在になったときには、ライゼンナクトが旗印として反旗を翻すという物だ。もちろんそのような書面にはなって居らず、表向きには王国に危機が迫ったときにはライゼンナクトを中心に纏まろう、という約定だが貴族派の強硬派の中ではその含意は公然の秘密である。ダミアンはソレを利用し、派閥の中の過激な面々へ渡りを付けた。
「授恵者の多い王国騎士団、まして近衛を相手にするには雑兵が幾らいても邪魔だ。やるならば少数精鋭。各家に数名しかおらんであろう授恵者を、当主の護衛として連れて集まれば数の上では王国騎士団を凌駕する。……ククク、いくらかは情報を操作したにせよ、そんな威勢の良いだけの話に乗る程度の連中は、この先の王国には不要であろう」
王都外にあるライゼンナクトの邸宅の一つは、厳重に隔離された地下会議室を持つ。それらの当主を決起集会と称して誘い、まとめて殺す。それがダミアンの計画だ。当主自身が有力な授恵者である場合もある。確実に殺すべく、毒入りの茶や酒を振る舞うだけでなく、地下室ごと崩落させる仕掛けも用意する念の入れようであった。自らの死まで織り込んだ彼の計略が最大限にうまくいけば、王国へ反乱の意思と力を持つ貴族家の多くは彼の元に集まり、そして死ぬ。各自がバラバラに領地で反旗を翻すよりも、一カ所で火の手が上がる方が鎮圧は早い筈だ。その途上で流れる血が結果的に多くなったか少なく済んだかは、彼では無い誰かが後世に判断すれば良い。
「時勢を読めぬ愚か者を、操りやすいからと野放しにしておいた付けにしては、高く付いたわ。生き残るウォレスと私と、いずれが面倒な役回りかはわからんがな」
どのように成るにせよ、犀は投げられた。貴族派の中の過激派は自身の護衛として少数ながら選りすぐりの戦力を率いて彼の元へ集ってくるだろう。その戦力が本当にまとめて使用されるようなことになれば、王国騎士団とて易々と勝ちは得られまい。王国の混乱はまだこれからが本番だった。
執筆:アルパカコネクト運営