征竜問答

クーネ
なるほど、帝国の皇位にいま一番近い者は征竜に会いに行っているのだな?
知らない間にそんな事になっているとは、クーネさんは想像もしなかったぞ。
ああ、私はクーネさん。北の方から来た。強い者、強くなりそうな者は大好きだ。
ぜひぜひ、よろしく頼むよ。新しい授恵者君達。
極北に赴いたレイウェスト・バルダスが征竜と邂逅したようです――!
●
銀嶺の世界。そそり立つ氷山が風を遮ってはいるものの、荒々しい風がたてる激しい音が耳を聾する。ヒルルクたちの住まいとは異なり、国の冬を凌ぐ厳しさだった。吐く息がまたたく間に凍えるほどの冷気の中、レイウェスト・バルダスは決然と眼を開き、眼前の超存在と向き合っている。
巨きく、畏しく。
そして、美しい竜であった。
白鱗の中、幾重にも伸びる龍角によって縁取られた頭部に浮かぶ、四対の金眼。かつての近衛騎士に似た色合いは、ところどころに見られる蒼銀の鱗や角によってどこか非生物的な神秘さを有していた。後脚を折りたたんで寝そべった竜は、前脚を使って上体をわずかに起こしていた。そうして、六対の翼をわずかに揺らす。その巨体は、ゆうに100メートルを越そうというほどだ。
直前まで一緒にいたはずのヒルルクの姿はない。レイウェストだけが、この場所へと招かれたようだった。
わずかに竜が――征竜が、口を開く。身構えたレイウェストに対して、征竜は。
“くだらぬな 帰るがよい 小さきものよ”
幾重にも折り重なる声色で、にべもなく断絶を突きつけた。
●
見限られた。
そう感じた瞬間、レイウェストの怯懦が弾けた。
この場に来たのは征竜の助力を得るためのものだった。もとはヴィルジニア・セルッティの提案を受けてのものだったが、現状と、帝都にあるであろう大樹の存在、そしてエフレムの離脱を思えば、征竜の助力があることの価値は計り知れない。
これは、その決断のもとに帝国将軍リカルダ=C=アーレンスらと冒険者たちが繋いだ道であり、傷ついた難民や兵たちの負担を減らすために彼が取れる、数少ない方法であった。
レイウェストはエフレムを失った。だが、民は残り、兵も在る。
彼自身、知己と剣を得て、知らねばならないと告げたのだ。
それは、帝国皇族として真なる国是――征竜の脅威からこそ人類を守るのだという国是を曲げてでも果たしたいことだった。
だから。
「帰るわけにはいかないな。私とて背負うものがある」
言い放つ。
レイウェストがここで征竜の不興を買ったところで、状況が今よりも悪化する可能性は低いと見積もっていた。そもそもとして、神代の存在である征竜の価値観を自身が満たせるとは思ってもいなかった。
だから、論理を手繰る。皇族としてのもう一つの責務を礎に口を開く。
「――貴方が我らの願いを受け容れないことは初めから解っていた。征竜。貴方は人類の守護者ではない。故に、私の願いを聞き入れる理由がない」
ただの狂信で彼らを追って極北までたどり着いたヒルルクらの先祖が、征竜にとっての例外なのだ。レイウェストは、征竜たちが過去の大帝国を滅ぼしたことを知っている。
しかし征竜はこの機会を設け、更にはヒルルクをこの場から退けた。そこにまだ、見込みがある。
おそらくは――征竜にとって不都合な事実が在るはずだ。
「征竜。神代より在る、創造神の子よ」
レイウェストは声を張った。
「かつて貴方は……貴方がたに憧れた蜥蜴たち共々、戦ったはずだ。抗ったはずだ。なのになぜ今、貴方はここにいるのか。これだけの力を持つ貴方が、この大陸の危機を前に座し続けている理由はあるのだろうか。その理由を、教えてほしい。これに答えられないのであれば、私はこう考えざるを得ない」
睨め上げるレイウェストの紅眼に、光が爆ぜる。絶対存在を前にして、彼は。
「つまり――我々に事態を丸投げにするおつもりか、と」
告げた瞬後、世界が闇に沈んだ。
●
レイウェストの周囲から光が絶えた。氷山も、自身の姿さえもだ。ただ一つ、征竜の姿だけが在る。
“我を試すか 小さきものよ”
「……そうとも。私は貴方を知らない。だが、私の考え通りならば、貴方には私に用があったはずだ」
ただ、レイウェストは征竜に相対するに値しないと判断されただけで。
暗闇の中、レイウェストは笑った。笑ってみせた。問答無用で命を奪われたり、追い返されなかったばかりか、対話の姿勢を引き出せたことに。
根拠は、あったのだ。一年前。征竜は沈黙を破り、極北からヒルルクを派遣した。
それは、征竜自身は事態を認識し、更にはその必要性を感じたからにほかならない。帝国を崩壊させた『天霧りに消ゆる幽界樹』の侵略を、征竜は認識している。しかし、超越者たる征竜が――神代の存在であり、強大無比なる者が、『神代の再現』と謳われる程度の幽界樹に手を出さないのは何故か。
ひとつ。そもそも、幽界樹は、征竜にとって、この大陸の危機にはあたらない。
否。それは、ヒルルクを今なお派遣し続けている現状と齟齬がある。征竜は、探り続けているはずだ。帝国での事態が、どのような変遷を辿るかを。
残る可能性を、皇族たるレイウェストは識っている。
「時は征歴550年。シルトラース帝国の前身ともいえる大国、『シル・ウァキア』は征竜、貴方がたに焼かれた。しかしその時、一人の老人が征竜のうち一体と相打ちになった。シルトラース帝国の国父イェーラウ・バルダスが残した口伝であり、帝国に伝わる宝剣の由来にもなっている」
そのことから想起される可能性。
征竜が、超越存在らしからぬ慎重さを見せる理由は――、
「貴方は」
凛然と征竜を見つめたレイウェストは、こう結んだ。
「その生命を狙われていると、知っているのではないか。そして――」
神に届き得る|者に、おびえているのではないか、と。
●
“――――”
落ちた沈黙に、レイウェストはじっと耐えていた。不興を買う恐れがあっても、征竜が慎重な姿勢を崩さないことへの推察を敢えて明かしたことには、二つの理由がある。
ひとつは、レイウェスト自身が征竜の求める価値を満たせないにしても、その懸念を埋めることは――その事情を知るものとして――可能であることを示し、協調の足がかりとするため。
そしてもう一つ。征竜が慎重になっている対象は、この事態を引き起こしたエフレムに対してなのか、はたまた、『天霧りに消ゆる幽界樹』に対してなのかを把握するためだった。
ごうと、風が吹いた。
“その無謀を今は認めよう”
“たとえ神座に至らずとも その一端を知るものよ 貴様に応じよう”
――神座……?
知らぬ言葉に、思考を巡らせる。神座に至る。征竜はそう言った。
ヒトが、神座に、至る?
「――、っ、……!」
そのことについて言い掛けて、その息が詰まる。言葉にすることが出来ない。呼吸を強引に留められた喉が、引きつった吐息を零すばかり。
“口にしてはならない 小さきものよ”
“足りぬのだ 何れもが 足りぬ”
“我と契ろうというのならば 証を立てよ”
“神座に至らんとし 世に害を成すものを”
“殺せ”
「それ、は、エフレムを……」
思考が切り替わると同時に、呼吸が戻る。しかし、レイウェストは言葉を継げずにいた。征竜は、エフレムを危惧している。
そして、神座に至りかねないエフレムを殺せと言っている――?
瞬後、レイウェストの右手の甲に熱が爆ぜた。同時に全身を熱が巡り始める。激痛とともに煌々と輝きを零す手の甲を押さえ、苦悶するレイウェストに征竜は更に言葉を投げた。
“我が証を授ける その耳目を我に捧げよ”
“加えて 一つ忠告しよう”
応じることも出来ぬまま、レイウェストは次の言葉を最後に意識を手放した。
“亜人どもの首魁に”
“崩堕の兆しがある”
“心せよ ――”
執筆:ムジカ・トラス
銀嶺の世界。そそり立つ氷山が風を遮ってはいるものの、荒々しい風がたてる激しい音が耳を聾する。ヒルルクたちの住まいとは異なり、国の冬を凌ぐ厳しさだった。吐く息がまたたく間に凍えるほどの冷気の中、レイウェスト・バルダスは決然と眼を開き、眼前の超存在と向き合っている。
巨きく、畏しく。
そして、美しい竜であった。
白鱗の中、幾重にも伸びる龍角によって縁取られた頭部に浮かぶ、四対の金眼。かつての近衛騎士に似た色合いは、ところどころに見られる蒼銀の鱗や角によってどこか非生物的な神秘さを有していた。後脚を折りたたんで寝そべった竜は、前脚を使って上体をわずかに起こしていた。そうして、六対の翼をわずかに揺らす。その巨体は、ゆうに100メートルを越そうというほどだ。
直前まで一緒にいたはずのヒルルクの姿はない。レイウェストだけが、この場所へと招かれたようだった。
わずかに竜が――征竜が、口を開く。身構えたレイウェストに対して、征竜は。
“くだらぬな 帰るがよい 小さきものよ”
幾重にも折り重なる声色で、にべもなく断絶を突きつけた。
●
見限られた。
そう感じた瞬間、レイウェストの怯懦が弾けた。
この場に来たのは征竜の助力を得るためのものだった。もとはヴィルジニア・セルッティの提案を受けてのものだったが、現状と、帝都にあるであろう大樹の存在、そしてエフレムの離脱を思えば、征竜の助力があることの価値は計り知れない。
これは、その決断のもとに帝国将軍リカルダ=C=アーレンスらと冒険者たちが繋いだ道であり、傷ついた難民や兵たちの負担を減らすために彼が取れる、数少ない方法であった。
レイウェストはエフレムを失った。だが、民は残り、兵も在る。
彼自身、知己と剣を得て、知らねばならないと告げたのだ。
それは、帝国皇族として真なる国是――征竜の脅威からこそ人類を守るのだという国是を曲げてでも果たしたいことだった。
だから。
「帰るわけにはいかないな。私とて背負うものがある」
言い放つ。
レイウェストがここで征竜の不興を買ったところで、状況が今よりも悪化する可能性は低いと見積もっていた。そもそもとして、神代の存在である征竜の価値観を自身が満たせるとは思ってもいなかった。
だから、論理を手繰る。皇族としてのもう一つの責務を礎に口を開く。
「――貴方が我らの願いを受け容れないことは初めから解っていた。征竜。貴方は人類の守護者ではない。故に、私の願いを聞き入れる理由がない」
ただの狂信で彼らを追って極北までたどり着いたヒルルクらの先祖が、征竜にとっての例外なのだ。レイウェストは、征竜たちが過去の大帝国を滅ぼしたことを知っている。
しかし征竜はこの機会を設け、更にはヒルルクをこの場から退けた。そこにまだ、見込みがある。
おそらくは――征竜にとって不都合な事実が在るはずだ。
「征竜。神代より在る、創造神の子よ」
レイウェストは声を張った。
「かつて貴方は……貴方がたに憧れた蜥蜴たち共々、戦ったはずだ。抗ったはずだ。なのになぜ今、貴方はここにいるのか。これだけの力を持つ貴方が、この大陸の危機を前に座し続けている理由はあるのだろうか。その理由を、教えてほしい。これに答えられないのであれば、私はこう考えざるを得ない」
睨め上げるレイウェストの紅眼に、光が爆ぜる。絶対存在を前にして、彼は。
「つまり――我々に事態を丸投げにするおつもりか、と」
告げた瞬後、世界が闇に沈んだ。
●
レイウェストの周囲から光が絶えた。氷山も、自身の姿さえもだ。ただ一つ、征竜の姿だけが在る。
“我を試すか 小さきものよ”
「……そうとも。私は貴方を知らない。だが、私の考え通りならば、貴方には私に用があったはずだ」
ただ、レイウェストは征竜に相対するに値しないと判断されただけで。
暗闇の中、レイウェストは笑った。笑ってみせた。問答無用で命を奪われたり、追い返されなかったばかりか、対話の姿勢を引き出せたことに。
根拠は、あったのだ。一年前。征竜は沈黙を破り、極北からヒルルクを派遣した。
それは、征竜自身は事態を認識し、更にはその必要性を感じたからにほかならない。帝国を崩壊させた『天霧りに消ゆる幽界樹』の侵略を、征竜は認識している。しかし、超越者たる征竜が――神代の存在であり、強大無比なる者が、『神代の再現』と謳われる程度の幽界樹に手を出さないのは何故か。
ひとつ。そもそも、幽界樹は、征竜にとって、この大陸の危機にはあたらない。
否。それは、ヒルルクを今なお派遣し続けている現状と齟齬がある。征竜は、探り続けているはずだ。帝国での事態が、どのような変遷を辿るかを。
残る可能性を、皇族たるレイウェストは識っている。
「時は征歴550年。シルトラース帝国の前身ともいえる大国、『シル・ウァキア』は征竜、貴方がたに焼かれた。しかしその時、一人の老人が征竜のうち一体と相打ちになった。シルトラース帝国の国父イェーラウ・バルダスが残した口伝であり、帝国に伝わる宝剣の由来にもなっている」
そのことから想起される可能性。
征竜が、超越存在らしからぬ慎重さを見せる理由は――、
「貴方は」
凛然と征竜を見つめたレイウェストは、こう結んだ。
「その生命を狙われていると、知っているのではないか。そして――」
神に届き得る|者に、おびえているのではないか、と。
●
“――――”
落ちた沈黙に、レイウェストはじっと耐えていた。不興を買う恐れがあっても、征竜が慎重な姿勢を崩さないことへの推察を敢えて明かしたことには、二つの理由がある。
ひとつは、レイウェスト自身が征竜の求める価値を満たせないにしても、その懸念を埋めることは――その事情を知るものとして――可能であることを示し、協調の足がかりとするため。
そしてもう一つ。征竜が慎重になっている対象は、この事態を引き起こしたエフレムに対してなのか、はたまた、『天霧りに消ゆる幽界樹』に対してなのかを把握するためだった。
ごうと、風が吹いた。
“その無謀を今は認めよう”
“たとえ神座に至らずとも その一端を知るものよ 貴様に応じよう”
――神座……?
知らぬ言葉に、思考を巡らせる。神座に至る。征竜はそう言った。
ヒトが、神座に、至る?
「――、っ、……!」
そのことについて言い掛けて、その息が詰まる。言葉にすることが出来ない。呼吸を強引に留められた喉が、引きつった吐息を零すばかり。
“口にしてはならない 小さきものよ”
“足りぬのだ 何れもが 足りぬ”
“我と契ろうというのならば 証を立てよ”
“神座に至らんとし 世に害を成すものを”
“殺せ”
「それ、は、エフレムを……」
思考が切り替わると同時に、呼吸が戻る。しかし、レイウェストは言葉を継げずにいた。征竜は、エフレムを危惧している。
そして、神座に至りかねないエフレムを殺せと言っている――?
瞬後、レイウェストの右手の甲に熱が爆ぜた。同時に全身を熱が巡り始める。激痛とともに煌々と輝きを零す手の甲を押さえ、苦悶するレイウェストに征竜は更に言葉を投げた。
“我が証を授ける その耳目を我に捧げよ”
“加えて 一つ忠告しよう”
応じることも出来ぬまま、レイウェストは次の言葉を最後に意識を手放した。
“亜人どもの首魁に”
“崩堕の兆しがある”
“心せよ ――”
執筆:ムジカ・トラス