【DA】リーンエスの耳
海神 江流/ シルヴィア・A・カペル
『ノベルタイトル:学園の未来を案じて』おおくまねこ
●
10月下旬。パンクリアース学園は破壊された施設の修復を急いでいた。しかし、今もなお、パンクリアース学園には、破壊の爪痕が色濃く残る場所がある。それは、グリゼルダとの決戦の戦場となった中庭である。
「なかなか、双方派手に暴れたようだね」
立ち入り禁止の区切り柵の外側から中庭を眺めながら、シルヴィア・A・カペルは苦笑した。幸い、校舎には大した被害は出ていないとのことだが、学園の中庭に残るダメージは色濃い。中庭のランドマークであるウィリアム黄金像が無傷なのが不思議なほどだ。この破壊っぷりは、グリゼルダやゾンビたちだけでなく、冒険者の攻撃のダメージも、もちろんあるだろう。だからといって、彼らを責める気にはなれない。むしろ、中庭だけで被害を収め、ウィリアム王子も無事だったことにシルヴィアは感謝さえしていた。
「もう、すっかり寒くなってきたな」
マントで自分の体を抱きしめながら、シルヴィアはぽつりと呟いた。
(帝都奪還が成れば、各国と冒険者ギルドの『盟約』も終わる。この学園はこれからどうなっていくのだろう)
荒野にそびえ立つウィリアム像をぼんやりと見上げながら、シルヴィアはぼんやりと学園の未来について考えていた。盟約が終われば、冒険者達を縛るものはなくなる。いきなり同世代の皆がギルドを去るということはないだろうが、今ほど、冒険者が聴講生として活発に学園に出入りすることは、少なくなっていくのではないだろうか。その一方で、王家主導の学園の改革はこれからも進んでいくだろう。平民と貴族の間の軋轢は、これまで以上に激しくなっていくはずだ。シルヴィアが懸念しているのは、学園のヒエラルキーにおける圧倒的弱者である、『平民非授恵者』の保護の観点だ。リーンエス王国は貴族が特権階級である時代を終わらせるべく、様々な改革を進めてはいるが、授恵者のように特別な力を持たず、貴族のような後ろ盾をもたない平民は、どう甘く見積もったとしても、シルヴィアの生きている間は弱者であり続けるだろう。
「何か、貴族と平民の結びつきが強まるような制度が、必要なんじゃないだろうか。優秀な才能を持つ平民が、社会的地位と潤沢な資金を持つ貴族から適切なサポートを受けられたなら……」
その時、シルヴィアの中に、あるイメージが浮かんできた。それは、姉妹の絆をテーマとした、シルヴィアのお気に入りの小説のワンシーン。容姿端麗な上級生が、才能あふれる後輩美少女を桃園で義理の妹認定するシーンだった。
「兄姉制度こそ、平民生徒のための制度なんだ。……そうだ。江流にも相談してみよう」
●
「やあ、江流」
「ん。シルヴィか。卒業してもまた学園に来て……余程暇なのか? と思われるからちょっと考えたほうがいいぞ。
生徒会室にふらりと現れた侯爵家令嬢の友人の顔を見て、江流は苦言を呈した。
「『王国の貴族は貴族であるだけで特別で価値がある』ってのが常識なんだろ?」
江流は婚約者の言葉を思い出しつつ、そう続けた。江流にとって婚約者がもちろん唯一無二の特別な存在であることと、彼女が貴族であることの因果関係については、ひどく哲学的な上、話が長くなりそうなのでさておき、ちょくちょく学園や冒険者ギルドの店に出没する目の前の侯爵家令嬢には、江流の婚約者が言うような、一般論としての貴族的プレミアム感はあまり感じない。
「そう邪険にしないでくれよ。今日はいい話を持ってきたんだ。お茶でも飲みながら話さない?」
シルヴィアは江流の嫌味などどこ吹く風で、江流の向かい側に座る。江流はため息をつき、緑茶とおまんじゅうを引っ張り出してきた。生徒会室に出入りするメンバーの中でも、江流とシルヴィアは和菓子党なのだ。
●
「なるほど、兄姉制度」
「ああ。貴族でも冒険者でもない学生……つまり、平民が在学中に貴族に伝手を作るのはやはり困難だと思うんだ」
江流の言葉に、シルヴィアは頷いた。
――クラブ活動を含め、学園内のコミュニティは閉鎖的なものも多い。建前上、学園内では平等ということになっているが、やはり身分の上下による影響は小さくなく、貴族の学生は圧倒的有利な立場にある。貴族の学生が平民学生に掃除当番を押し付けたりすることはザラであり、クラブやサロンも、貴族は貴族、平民は平民と、自然と近しい身分のものたちで構成されるケースが多い。
商家の娘・メイ率いるドゥジケット準備会や、とりあえずウィリアム王子を賛美しておけば入部の推薦がもらえる第二演劇部のような、様々な身分の者が所属するクラブも全くないではないが、あれらは色んな意味でレアケースである。
「学園のコミュニティに所属することは貴族にとって社交界の縮図の一面もある為、学園の冒険者ギルドの窓口には、貴族以外の学生から人間関係に端を発した相談が寄せられることも想定する必要があるし、仲裁として部員が立ち会う事もありえる」
「うん、そうだな。冒険者ギルドクラブに持ち込まれる依頼は、生徒同士のトラブルの仲裁がメインになるだろう」
江流は同意した。そもそも、江流の公約は貴族と平民の格差を埋めるためのものである。それができなければ、わざわざ学園に手間暇かけてギルド窓口を設置する意味はない。
「さて、ここからが本題。冒険者ギルドに依頼が来る過程において、相談者が兄姉のような存在を欲する事もある筈だ」
「ふむ。依頼としては、まあ、あり得るのかな。学園生同士のトラブル解決なら、アフターケアも大事だし」
江流自身が対応したこれまで依頼の多くは「●●を解決してほしい」という、課題解決型のものがほとんだ。だが、稀に「●●の話を聞かせて欲しい」、とか「いいアイデアを求む」と言った依頼を受けたこともある。冒険者が依頼人の相談に乗るのは基本的にはその時限りだが(個人的に親交がある場合はもちろん別である)、中には、継続的に相談に乗ってほしい、という依頼が来ることだってあるかもしれない。
「また、学園生同士のトラブルの解決を行った場合、いったん事件が解決しても、そこで話が終わらない、というケースはあり得る。例えばこういうケースはどうだろう。
依頼人は吹奏楽部の四年生、平民の『A』だとしよう。依頼内容はこうだ。
『貴族の上級生……『X』としようか。……が、吹奏楽コンクールに出場できなかったことを妬んでおり、コンクールへの出場が決まった『A』に嫌がらせをしてきている。なんとかしてほしい』」
「ふむ、厄介なケースだな。普通にありそうだけど」
「うん。相手が魔獣や犯罪者なら退治して解決なんだが、こういうケースの場合は厄介だよ。よほど悪質なケースならば、証拠を掴めばXを退部に追い込めるかもしれないけど、そこまでの対応を学園に要求することはやはり難しいだろう。Aの学園での立場も考えればなおさらだね」
シルヴィアの言葉に、江流は渋い顔をした。
「そこでだ。平民のAにもし、強力な後援者がいれば、たとえAが平民でも、Xはそもそも手が出せないんじゃないか?」
「……! なるほど」
シルヴィアの言っていることは正論だ。平民学園生であっても、所属する派閥や交友関係によっては、比較的平穏な学園生活を送れるケースがある。シルヴィアと江流に近しい人物で言えば、今代の生徒会長パーシアが部長を務める第二演劇部の雑用係の平民学園生や、授恵者の友人・知人が異常に多いマリリン・クリニエーラなどがこのケースに当たる。
「貴族以外の学生が学園生活で困った際に相談を受けたり、助けてあげられる存在として兄・姉のようなサポート役がいれば……江流、君の公約も実現に近づくと思う」
「そうだな」
江流は再び頷いた。
●
「でも、シルヴィの想定だと下級生にはメリットはあるが、上級生側、特に貴族が下級生の平民と繋がるメリットを実感させないと、お花畑の理想論の域を出ないぞ」
江流が厳しく指摘すると、シルヴィアは沈黙した。
「それに、情報の管理についての問題もある。俺の懸念事項はこの2つだ」
「ふむ。確かに。その辺りの問題をクリアしないと、どの道学園の稟議も通らないか……」
シルヴィアは江流の指摘はもっともだと頷いた。
「ただ、今の王国の情勢は、王家が貴族の力を削ごうとして動き始めたばかりだ。特定の貴族に力が集中するのは望ましくないが、貴族は自分達の利権を守るために、様々な形での力を欲しているタイミングでもあるだろう。俺の今後を鑑みれば、他の領に利益になるような事言うのはまずいんだが……」
江流はそこで一度言葉を切った。江流とシルヴィアは友人だが、江流は卒業後、とある王国貴族に婿入りすることが内定している。王国貴族の同士の関係は複雑で、基本的にはどこもライバル関係だ。
「……有能な人材はどこの領主も欲しくなる時勢になっていくだろ。貴族側は人材発掘、平民は自身の売り込み先やパトロンを得る機会ってのを、前に押し出すべきだろうな。で、それが一部の貴族のみの益にならないよう、統制するスタンスとして兄姉制度ってのを使う感じにしたら?」
「なるほど。それなら上級生側にもメリットがある形になるね」
江流の言葉に、シルヴィアの顔がパアっと明るくなる。
「委託業務を行う部が窓口となって、信頼できる人材に繋いで貰えるのは利用者側にとって利点であるし。ああ、あと……部員=運営スタッフとして考える場合、兄姉登録にクラブの部員である必要はないと思う。人材を欲している者が人材の希望を踏まえて登録し、紹介したり、マッチングイベントとして交流会を開催する――というのはどうかな。私的ではあるが、縁も築けるし、頼れる人がいるというのはこの学園においては大切だ」
「うん、いいと思う。あとはトラブル防止策も必要だね」
「トラブルの防止策としては、ギルド部(仮称)を介する為、兄姉締結、解除には責任が伴う……という約定を盛り込もう。制度を悪用されない為、禁止事項を了承させての話になるだろうけど、トラブル発生時は事前に介入を明言して良いと思う」
「ああ。それぐらいはやっとかないと、学園の認可もまず降りないだろうな」
制度の悪用については、江流も気になっていたところだ。貴族側が任意に破棄できるとなると、突然梯子を外された平民の方は酷いことになりかねないし、破棄をちらつかせて、実質奴隷のように酷使した挙句、卒業ギリギリのタイミングで放逐する――と言った悪行さえもまかり通ってしまう。
「俺としてもギルド窓口が公約通り出来たとしたら、単純な問題じゃない話も出てくるだろうし、継続的にフォローが必要なケースを学園側に引き継ぐルートとして考えれば悪い話じゃないと思う」
「ありがとう。じゃあ、ギルドクラブにシステムとして組み込んでくれるんだね」
「まあ、学園とギルドの了承を得られたらの話だけどね。――あと、これは一つ貸しにしとくけどいいよな?」
「貸し? 君の婚約者の背中を押したのは私だよ?」
シルヴィアがにっこりと微笑むと、江流は「ぐぬぬ」と唸り、それ以上は言い返さなかった。
●
「ギルドクラブに、兄姉制度か……できるかな?」
シルヴィアが立ち去った後、江流は机から冒険者ギルドの嘱託職員の雇用条件に関する書類を机に広げ、首を捻っていた。
シルヴィアの提案は面白いと思うし、実現すれば学園の平民の地位向上に寄与するものだと江流も思っている。ただ、江流の中に一抹の不安材料はあった。それは、冒険者ギルド側からストップがかかるケースだ。冒険者ギルドの窓口を学園に設置する条件は実のところかなり厳しい。財源の問題や、学園とは別組織である冒険者ギルドの窓口を置くことに関する学園側からの条件はクラブとして設立し、寄付を募ることで達成する予定なのだが、学園の規定以外にも、ギルドクラブには強力な制約が存在する。それは、冒険者ギルドの服務規程である。
一、冒険者ギルドの名称は、冒険者ギルドから委託された業務にのみ利用できる。
一、嘱託職員は冒険者ギルド職員であることを強く自覚し、冒険者ギルドの政治的中立性が疑われるような行動は殊に慎むこと。
※これは嘱託職員の監督の下で、ギルド業務に従事する者も同様である。
(この条文は、冒険者ギルドの看板を使って、ギルドとは全く関係ない商売とかやったり、ギルド職員としての仕事中に、特定個人や組織に便宜を図ったりといった、好き勝手は許しませんよ、って意味だと思うんだけど、もしかすると、学園内の人材マッチングにも適用される可能性があるな……シルヴィアの企画が通るかどうかは賭けになるかも……)
冒険者ギルドは数百年の伝統を持つ大陸有数の組織であり、『政治的中立性』は組織の根幹理念と言っていい。だからこそ、帝都崩壊後に各国の間で授恵者争奪戦が発生しないよう、『帝国崩壊後に覚醒した授恵者は帝都の件が片付くまでは、冒険者ギルドの所属とする』という盟約の落としどころと成りえたのだ。江流の知る限りにおいても、その理念は徹底されていた。さすがに無条件でどんな依頼も受けるわけではなく、目的や依頼内容にもよるが、冒険者の宿敵と言って差し支えない『メドゥの指先』の幹部であったヤコブ・ヴィリアンや、同じく何度も敵対してきたヨゼフ派の一組織であった、『帝国近衛連隊』からの依頼さえも受理したほどである。
冒険者ギルドは冒険者が業務外で誰と仲良くしようが、受付嬢が(勤務時間外なら)連日朝まで飲んだくれていようが、干渉してはこないが、ギルドクラブの活動内容については、立ち上げの際も、立ち上げ後も、厳重な監査が行われるだろう、と江流は踏んでいた。
『踊る子熊亭』のように、宿屋や酒場など、いわゆる『冒険者の店』が冒険者の派遣業務と、飲食店等を併設しているケースは特に珍しくないが、人材交流サービスが果たして『ギルドクラブ』の活動内容として認めてもらえるかどうかは、江流には分からなかった。もしかすると、シルヴィアの提案は彼女が考えているよりも、ギルドクラブとは相性が良くないかもしれない。
「まあ、実際にできるかどうかはやっぱり、学園とギルドに確認してみないと分からないか……」
江流は不安を胸の隅に追いやり、緑茶をすすった。
10月下旬。パンクリアース学園は破壊された施設の修復を急いでいた。しかし、今もなお、パンクリアース学園には、破壊の爪痕が色濃く残る場所がある。それは、グリゼルダとの決戦の戦場となった中庭である。
「なかなか、双方派手に暴れたようだね」
立ち入り禁止の区切り柵の外側から中庭を眺めながら、シルヴィア・A・カペルは苦笑した。幸い、校舎には大した被害は出ていないとのことだが、学園の中庭に残るダメージは色濃い。中庭のランドマークであるウィリアム黄金像が無傷なのが不思議なほどだ。この破壊っぷりは、グリゼルダやゾンビたちだけでなく、冒険者の攻撃のダメージも、もちろんあるだろう。だからといって、彼らを責める気にはなれない。むしろ、中庭だけで被害を収め、ウィリアム王子も無事だったことにシルヴィアは感謝さえしていた。
「もう、すっかり寒くなってきたな」
マントで自分の体を抱きしめながら、シルヴィアはぽつりと呟いた。
(帝都奪還が成れば、各国と冒険者ギルドの『盟約』も終わる。この学園はこれからどうなっていくのだろう)
荒野にそびえ立つウィリアム像をぼんやりと見上げながら、シルヴィアはぼんやりと学園の未来について考えていた。盟約が終われば、冒険者達を縛るものはなくなる。いきなり同世代の皆がギルドを去るということはないだろうが、今ほど、冒険者が聴講生として活発に学園に出入りすることは、少なくなっていくのではないだろうか。その一方で、王家主導の学園の改革はこれからも進んでいくだろう。平民と貴族の間の軋轢は、これまで以上に激しくなっていくはずだ。シルヴィアが懸念しているのは、学園のヒエラルキーにおける圧倒的弱者である、『平民非授恵者』の保護の観点だ。リーンエス王国は貴族が特権階級である時代を終わらせるべく、様々な改革を進めてはいるが、授恵者のように特別な力を持たず、貴族のような後ろ盾をもたない平民は、どう甘く見積もったとしても、シルヴィアの生きている間は弱者であり続けるだろう。
「何か、貴族と平民の結びつきが強まるような制度が、必要なんじゃないだろうか。優秀な才能を持つ平民が、社会的地位と潤沢な資金を持つ貴族から適切なサポートを受けられたなら……」
その時、シルヴィアの中に、あるイメージが浮かんできた。それは、姉妹の絆をテーマとした、シルヴィアのお気に入りの小説のワンシーン。容姿端麗な上級生が、才能あふれる後輩美少女を桃園で義理の妹認定するシーンだった。
「兄姉制度こそ、平民生徒のための制度なんだ。……そうだ。江流にも相談してみよう」
●
「やあ、江流」
「ん。シルヴィか。卒業してもまた学園に来て……余程暇なのか? と思われるからちょっと考えたほうがいいぞ。
生徒会室にふらりと現れた侯爵家令嬢の友人の顔を見て、江流は苦言を呈した。
「『王国の貴族は貴族であるだけで特別で価値がある』ってのが常識なんだろ?」
江流は婚約者の言葉を思い出しつつ、そう続けた。江流にとって婚約者がもちろん唯一無二の特別な存在であることと、彼女が貴族であることの因果関係については、ひどく哲学的な上、話が長くなりそうなのでさておき、ちょくちょく学園や冒険者ギルドの店に出没する目の前の侯爵家令嬢には、江流の婚約者が言うような、一般論としての貴族的プレミアム感はあまり感じない。
「そう邪険にしないでくれよ。今日はいい話を持ってきたんだ。お茶でも飲みながら話さない?」
シルヴィアは江流の嫌味などどこ吹く風で、江流の向かい側に座る。江流はため息をつき、緑茶とおまんじゅうを引っ張り出してきた。生徒会室に出入りするメンバーの中でも、江流とシルヴィアは和菓子党なのだ。
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「なるほど、兄姉制度」
「ああ。貴族でも冒険者でもない学生……つまり、平民が在学中に貴族に伝手を作るのはやはり困難だと思うんだ」
江流の言葉に、シルヴィアは頷いた。
――クラブ活動を含め、学園内のコミュニティは閉鎖的なものも多い。建前上、学園内では平等ということになっているが、やはり身分の上下による影響は小さくなく、貴族の学生は圧倒的有利な立場にある。貴族の学生が平民学生に掃除当番を押し付けたりすることはザラであり、クラブやサロンも、貴族は貴族、平民は平民と、自然と近しい身分のものたちで構成されるケースが多い。
商家の娘・メイ率いるドゥジケット準備会や、とりあえずウィリアム王子を賛美しておけば入部の推薦がもらえる第二演劇部のような、様々な身分の者が所属するクラブも全くないではないが、あれらは色んな意味でレアケースである。
「学園のコミュニティに所属することは貴族にとって社交界の縮図の一面もある為、学園の冒険者ギルドの窓口には、貴族以外の学生から人間関係に端を発した相談が寄せられることも想定する必要があるし、仲裁として部員が立ち会う事もありえる」
「うん、そうだな。冒険者ギルドクラブに持ち込まれる依頼は、生徒同士のトラブルの仲裁がメインになるだろう」
江流は同意した。そもそも、江流の公約は貴族と平民の格差を埋めるためのものである。それができなければ、わざわざ学園に手間暇かけてギルド窓口を設置する意味はない。
「さて、ここからが本題。冒険者ギルドに依頼が来る過程において、相談者が兄姉のような存在を欲する事もある筈だ」
「ふむ。依頼としては、まあ、あり得るのかな。学園生同士のトラブル解決なら、アフターケアも大事だし」
江流自身が対応したこれまで依頼の多くは「●●を解決してほしい」という、課題解決型のものがほとんだ。だが、稀に「●●の話を聞かせて欲しい」、とか「いいアイデアを求む」と言った依頼を受けたこともある。冒険者が依頼人の相談に乗るのは基本的にはその時限りだが(個人的に親交がある場合はもちろん別である)、中には、継続的に相談に乗ってほしい、という依頼が来ることだってあるかもしれない。
「また、学園生同士のトラブルの解決を行った場合、いったん事件が解決しても、そこで話が終わらない、というケースはあり得る。例えばこういうケースはどうだろう。
依頼人は吹奏楽部の四年生、平民の『A』だとしよう。依頼内容はこうだ。
『貴族の上級生……『X』としようか。……が、吹奏楽コンクールに出場できなかったことを妬んでおり、コンクールへの出場が決まった『A』に嫌がらせをしてきている。なんとかしてほしい』」
「ふむ、厄介なケースだな。普通にありそうだけど」
「うん。相手が魔獣や犯罪者なら退治して解決なんだが、こういうケースの場合は厄介だよ。よほど悪質なケースならば、証拠を掴めばXを退部に追い込めるかもしれないけど、そこまでの対応を学園に要求することはやはり難しいだろう。Aの学園での立場も考えればなおさらだね」
シルヴィアの言葉に、江流は渋い顔をした。
「そこでだ。平民のAにもし、強力な後援者がいれば、たとえAが平民でも、Xはそもそも手が出せないんじゃないか?」
「……! なるほど」
シルヴィアの言っていることは正論だ。平民学園生であっても、所属する派閥や交友関係によっては、比較的平穏な学園生活を送れるケースがある。シルヴィアと江流に近しい人物で言えば、今代の生徒会長パーシアが部長を務める第二演劇部の雑用係の平民学園生や、授恵者の友人・知人が異常に多いマリリン・クリニエーラなどがこのケースに当たる。
「貴族以外の学生が学園生活で困った際に相談を受けたり、助けてあげられる存在として兄・姉のようなサポート役がいれば……江流、君の公約も実現に近づくと思う」
「そうだな」
江流は再び頷いた。
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「でも、シルヴィの想定だと下級生にはメリットはあるが、上級生側、特に貴族が下級生の平民と繋がるメリットを実感させないと、お花畑の理想論の域を出ないぞ」
江流が厳しく指摘すると、シルヴィアは沈黙した。
「それに、情報の管理についての問題もある。俺の懸念事項はこの2つだ」
「ふむ。確かに。その辺りの問題をクリアしないと、どの道学園の稟議も通らないか……」
シルヴィアは江流の指摘はもっともだと頷いた。
「ただ、今の王国の情勢は、王家が貴族の力を削ごうとして動き始めたばかりだ。特定の貴族に力が集中するのは望ましくないが、貴族は自分達の利権を守るために、様々な形での力を欲しているタイミングでもあるだろう。俺の今後を鑑みれば、他の領に利益になるような事言うのはまずいんだが……」
江流はそこで一度言葉を切った。江流とシルヴィアは友人だが、江流は卒業後、とある王国貴族に婿入りすることが内定している。王国貴族の同士の関係は複雑で、基本的にはどこもライバル関係だ。
「……有能な人材はどこの領主も欲しくなる時勢になっていくだろ。貴族側は人材発掘、平民は自身の売り込み先やパトロンを得る機会ってのを、前に押し出すべきだろうな。で、それが一部の貴族のみの益にならないよう、統制するスタンスとして兄姉制度ってのを使う感じにしたら?」
「なるほど。それなら上級生側にもメリットがある形になるね」
江流の言葉に、シルヴィアの顔がパアっと明るくなる。
「委託業務を行う部が窓口となって、信頼できる人材に繋いで貰えるのは利用者側にとって利点であるし。ああ、あと……部員=運営スタッフとして考える場合、兄姉登録にクラブの部員である必要はないと思う。人材を欲している者が人材の希望を踏まえて登録し、紹介したり、マッチングイベントとして交流会を開催する――というのはどうかな。私的ではあるが、縁も築けるし、頼れる人がいるというのはこの学園においては大切だ」
「うん、いいと思う。あとはトラブル防止策も必要だね」
「トラブルの防止策としては、ギルド部(仮称)を介する為、兄姉締結、解除には責任が伴う……という約定を盛り込もう。制度を悪用されない為、禁止事項を了承させての話になるだろうけど、トラブル発生時は事前に介入を明言して良いと思う」
「ああ。それぐらいはやっとかないと、学園の認可もまず降りないだろうな」
制度の悪用については、江流も気になっていたところだ。貴族側が任意に破棄できるとなると、突然梯子を外された平民の方は酷いことになりかねないし、破棄をちらつかせて、実質奴隷のように酷使した挙句、卒業ギリギリのタイミングで放逐する――と言った悪行さえもまかり通ってしまう。
「俺としてもギルド窓口が公約通り出来たとしたら、単純な問題じゃない話も出てくるだろうし、継続的にフォローが必要なケースを学園側に引き継ぐルートとして考えれば悪い話じゃないと思う」
「ありがとう。じゃあ、ギルドクラブにシステムとして組み込んでくれるんだね」
「まあ、学園とギルドの了承を得られたらの話だけどね。――あと、これは一つ貸しにしとくけどいいよな?」
「貸し? 君の婚約者の背中を押したのは私だよ?」
シルヴィアがにっこりと微笑むと、江流は「ぐぬぬ」と唸り、それ以上は言い返さなかった。
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「ギルドクラブに、兄姉制度か……できるかな?」
シルヴィアが立ち去った後、江流は机から冒険者ギルドの嘱託職員の雇用条件に関する書類を机に広げ、首を捻っていた。
シルヴィアの提案は面白いと思うし、実現すれば学園の平民の地位向上に寄与するものだと江流も思っている。ただ、江流の中に一抹の不安材料はあった。それは、冒険者ギルド側からストップがかかるケースだ。冒険者ギルドの窓口を学園に設置する条件は実のところかなり厳しい。財源の問題や、学園とは別組織である冒険者ギルドの窓口を置くことに関する学園側からの条件はクラブとして設立し、寄付を募ることで達成する予定なのだが、学園の規定以外にも、ギルドクラブには強力な制約が存在する。それは、冒険者ギルドの服務規程である。
一、冒険者ギルドの名称は、冒険者ギルドから委託された業務にのみ利用できる。
一、嘱託職員は冒険者ギルド職員であることを強く自覚し、冒険者ギルドの政治的中立性が疑われるような行動は殊に慎むこと。
※これは嘱託職員の監督の下で、ギルド業務に従事する者も同様である。
(この条文は、冒険者ギルドの看板を使って、ギルドとは全く関係ない商売とかやったり、ギルド職員としての仕事中に、特定個人や組織に便宜を図ったりといった、好き勝手は許しませんよ、って意味だと思うんだけど、もしかすると、学園内の人材マッチングにも適用される可能性があるな……シルヴィアの企画が通るかどうかは賭けになるかも……)
冒険者ギルドは数百年の伝統を持つ大陸有数の組織であり、『政治的中立性』は組織の根幹理念と言っていい。だからこそ、帝都崩壊後に各国の間で授恵者争奪戦が発生しないよう、『帝国崩壊後に覚醒した授恵者は帝都の件が片付くまでは、冒険者ギルドの所属とする』という盟約の落としどころと成りえたのだ。江流の知る限りにおいても、その理念は徹底されていた。さすがに無条件でどんな依頼も受けるわけではなく、目的や依頼内容にもよるが、冒険者の宿敵と言って差し支えない『メドゥの指先』の幹部であったヤコブ・ヴィリアンや、同じく何度も敵対してきたヨゼフ派の一組織であった、『帝国近衛連隊』からの依頼さえも受理したほどである。
冒険者ギルドは冒険者が業務外で誰と仲良くしようが、受付嬢が(勤務時間外なら)連日朝まで飲んだくれていようが、干渉してはこないが、ギルドクラブの活動内容については、立ち上げの際も、立ち上げ後も、厳重な監査が行われるだろう、と江流は踏んでいた。
『踊る子熊亭』のように、宿屋や酒場など、いわゆる『冒険者の店』が冒険者の派遣業務と、飲食店等を併設しているケースは特に珍しくないが、人材交流サービスが果たして『ギルドクラブ』の活動内容として認めてもらえるかどうかは、江流には分からなかった。もしかすると、シルヴィアの提案は彼女が考えているよりも、ギルドクラブとは相性が良くないかもしれない。
「まあ、実際にできるかどうかはやっぱり、学園とギルドに確認してみないと分からないか……」
江流は不安を胸の隅に追いやり、緑茶をすすった。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。