【DA】リーンエスの耳

メアリー・リーンエス
ゴールディやドワーフ王国が帝国を支援するという宣言をした国際会議ですわ。王国や同盟にとって寝耳の水だったようですわね。
過日。リブラネスタで秘匿性の低い会合が行われた。主催者はいつもの女狐ヴィルジニア・テレーザ・セルッティ……、ではない。
「おう、俺だ」
ゴールディの影の王、ドン・ゴーフルその人だった。出席しているのはいずれも国家組織を代表する面々だ。
その点は、帝国滅亡後の対策会議と変わらないが、席についている顔ぶれは幾分変わっている。
「チーッス。なあなあ、これ飲んでいいの?」
「おう、いいぜ」
「やったー、焼き肉パーティの前祝いー」
ドワーフ王国から、今代のドワーフ王シグルランその人がやってきている。
フィルエス大森林から慇懃な委任状が届いたのは、ゴーフルだけでなく彼女とも顔を合わせることに胃の辺りの危機を感じたか。
また、王国からはウィリアムではなく実務派の文官が来ているようだ。そして今一人の新顔が――
「ちょっと、シグさん、昼間から……っていうか、会議前にお酒飲む人がありますか!」
「は? これお茶だし? 安全安心だし? ゴールディ特産の……」
「もっといけません!」
表向きはシグルランの護衛と言う立場ではあるが、実質的な辺境都市群の顔役の一人でもあるキサキ・アカネだった。
言動だけを見れば面倒見の良いお姉ちゃんと言った風だが、シグルランはドワーフなので実際の年齢は推して知るべし。
「ドン・ゴーフル殿。今日はお招き感謝する」
「おう、殿とかはいらねぇぜ、兄弟」
「……わかった。ドン・ゴーフル。それと私の立場上、兄弟は止してほしい」
「チッ、ノリが悪ぃなあ……。ま、その辺はおいおいな」
レイウェスト・バルダスとドン・ゴーフルの話しぶりに、何やら嫌なものを感じてヴィルジニアが目を細めた。
レイウェストが積極的に交渉を行っているのは知っていたが、よもやこの男に何らかの言質を与えてしまったのでは? と。
そして、悪い予感は的中する。
「今日はな、レイウェスト殿下と俺の間で合意した内容をお前達にも伝えようと思ってな。わざわざご足労願ったわけだァ……」
ガリガリとキャンデーを齧って一拍溜めてから。ゴーフルは大きな口をにんまりとゆがめて笑顔らしきものを作った。
「俺達は帝国につく。帝国を取り返して、復興するときには応分の分け前を貰うってェ約束でな」
「……な、なんですと!?」
王国代表が目をむいた。現状、帝国への領土的野心が最も強いのは自国、ついで同盟がライバルだと踏んでいたのだ。
まさか大陸の反対側から名乗りを挙げるものが居ようとは、と想定外の事態に歯噛みする。
この会談の結果が自分の失点にならないよう、ウィリアムは自らの出席を避けたのだろう。
逆に言えば、あの優秀な王子の配下をもってしても、この合意を防げなかった、ということになる。
(ドン・ゴーフル……。侮れぬ)
菓子を貪り食う胡散臭いゴブリンの親玉という外見に騙されてはならぬ、と今更ながらに王国代表は気を引き締めた。
その脇で、いっそ気の抜けるような甘い口調で、ヴィルジニアが問う。
「応分……ってのはどれくらいの取り分なのさ?」
「おいおい、俺ぁ、まだ働きもしないうちから取り分をよこせっていう業突く張りじゃねぇぜ?」
「馬鹿な! 白紙ということか!」
王国代表の顔色が青を通り越して白くなった。せめてもの抗議の意を示すように机をたたく。
だが、レイウェストはその非難を予測していた。それゆえに内心はともかく表向きは動じず。
「我が国は知っての通り、余裕がない。差し伸べられた手を余さず握って、それでもまだ全てを救うに遠く足りないのだ。
帝国は広く、そして歴代国是に従う者は種族を問わずに受け入れて発展してきた。私もその意を継ごうと思う」
「……って言ってはいるがなあ。俺達ゴブリンはそんなに大勢いるわけじゃねぇ。住むのに場所も選ばねぇ。
ゴールディの仲間が全員引っ越しても、帝国から見りゃ端っこの都市一個ってなもんだ。悪い買い物じゃねぇと思うぜ?」
ああ、確かに悪い買い物ではない。だからこそ王国にとっては大問題だ。
帝国に恩を売って甘い汁を吸う競争相手は少ないほど良い。
(ウィリアム王子、お恨みしますぞおお)
現在の帝国は、人類共通の敵であるクリーパーの占拠下にあるが、その事は少なくとも外交の場では問題外だ。
王族派と貴族派の間ですら、議論にすらならぬ。問題は、その共通の敵を討った後の配分なのだ。
王国は、というより王国の守旧派貴族は、土地を得るために血を流す覚悟があり、それ以上に新たな領土に飢えている。
王国貴族が切り取り放題とばかりに帝国へ侵攻しないでいるのは、王族派が何とか彼らの野心に楔を打っているからだ。
……だというのに、頭上を飛び越えてのこの一撃。しかも、相手は貴族が嫌う異種族の、さらに低く見られているゴブリン族。
この場にいるのが王族派の文官ではなく貴族派の貴族なら、手袋を叩きつけて宣戦布告すらしかねない一件だった。
それを知ってか知らずか、ゴーフルはニヤニヤした笑みを崩さずに言葉を続ける。
「手始めに、舎弟をいくらか……、何とかいう砦に送っておいた。いいように使ってくれ、殿下」
「感謝する。ドン・ゴーフル」
(……チッ。やられたねえ)
という事は、確実にもう一手。もう一方の対抗馬である自分たち都市同盟への牽制も行っているはずだ。
この男は、交渉ごとに関してはおそらく彼女の知る限りで最も手ごわいプレイヤーなのだから。
「それだけじゃねぇ。帝国奪還のために頑張っている冒険者たちのために、イイ物が入手できるよう手を打った。
授恵者用の武具にはサウゼル産の素材がありゃああるだけいいってなもんだ。そうだろ?
俺からの……いや、ゴールディのゴブリン族からの年始プレゼントって奴さ」
そう。冒険者ギルドを通して協力しているリブラネスタへもカウンターを当ててくるのは当然だ。
予測していたからこそ、ヴィルジニアは王国の文官ほどに顔に出すことは無かったが、ゴーフルの笑みを止めることはできなかった。
しかし。
このまま一人勝ちしそうな、得意絶頂のゴーフルを背後から刺したのは、暢気にお茶のお代わりを要求していたシグルランだ。
「そうそう、アタシらもさあ。シグモル火山から買い付けてる奴。ダマスクスとかバンバンだすよ~。なんならドワーフの鍛冶師もつけちゃうし? 」
「あ? どういうこった?」
「アタシらもレイレイとオトモダチってこと。みんなで楽しくハッピーにならないとじゃん?」
慌てて振り返れば、レイウェストが頷いている。確かに、帝国皇子は差し伸べられた手を握った。
ただ、差し伸べられた手は一本ではなかったという事だ。
(執筆:紀藤トキ)