【DA】リーンエスの耳

レピド・クロサイト

『ノベルタイトル:ロード・トゥ・ヘル』おおくまねこ

●ロード・トゥ・ヘル
 これはレピド・クロサイトがまだ『非授恵者の暗殺者・ブラッド』だった頃。シルトラース帝国が超大型級クリーパー『天霧りに消ゆる幽界樹(ミスティアニ・アストラキル )』の召喚によって崩壊するよりも少し前の物語である。

●出立の日
「ここも今日で見納めか」
 1219年秋。身支度を整えたブラッドは住み慣れた寄宿舎を振り返り、感慨深げに呟いた。流れる雲を見上げながら正門までブラッドが歩いていくと、寄宿舎の寮母(マザー )が最後の見送りに来ていた。
「さようなら、ブラッド。あなたならきっと帝国でもうまくやっていけるわ」
 別れを惜しむように、ブラッドに微笑みながら手を差し出すマザー。その微笑みは実の母のように慈愛に満ちていた。しかし、ブラッドはその微笑みが偽りの仮面に過ぎないことに気付いていた。
 ――ブラッドの生活していた寄宿舎は普通の寄宿舎ではない。ブラッドは物心着いた頃から、とある組織の子飼いの暗殺者だった。無論、寮母もそれを知っており、彼女はブラッドや他の暗殺者達を監督する立場にあった。

(いつ頃だっただろうか。彼女の『嘘』に気付いてしまったのは)
 ブラッドは幼い頃からカンの鋭い少年であった。故に、ある時気付いてしまった。マザーがブラッドや他の暗殺者に向ける笑顔は、道具を管理するのに都合がよいからそうしているだけに過ぎないということに。組織の連中はブラッドや他の暗殺者達に自分達がいかに不自然な状態に置かれているかを気付かせないよう厳重に管理していたが、ブラッドは「仕事」で外に出た時に、自分達が普通ではないことを悟り、組織への疑惑を深めていった。

(だが、だからと言って寄宿舎から抜け出すわけにはいかなかった。そんなことをすれば、組織は必ず追手を差し向けるだろう)
 ブラッドはいつの間にかいなくなってしまった仲間の中には、仕事で失敗した者だけではなく、そういった離反者も混ざっていたに違いないと推測していた。もし組織に追われることなく、寄宿舎を離れられる者がいるとすれば、それはただ一つだけ。自分のように、「商品」として暗殺者を必要としている後ろ暗い連中に売り渡された場合だけだ。

(俺達は組織にとって都合のいい道具に過ぎない。歯向かえば殺される。寮母だけではない。組織の連中はみんな同じだ。俺も、他の連中達にも人間扱いなんてされていなかった)
 レピドは寮母の張り付いたような笑顔をぼんやりと見ながら、厳しかった組織での暮らしぶりについて思い出す。

(唯一、例外は俺達に暗殺術を仕込んでくれた先生ぐらい――おっと)
 ブラッドはその時、自分が返事をしないせいで寮母が困惑していることに気付いた。
「ああ、世話になった」
 ブラッドはすっと手を差し出し、マザーと最後の握手を交わした。

●或る出会い。
「さて、指定の馬車は明日だったな。今夜はどこに宿を――ん?」
 リブラネスタに着き、宿屋を探して街をうろうろしていたブラッドは、目の前の公園に植えられた大きな木の周りに、子供が5~6人ほど集まっていることに気付いた。ブラッドは無視して通り過ぎようとしたが、子供達はブラッドに気が付くと、なぜか彼を包囲してしまった。

「なあ、あんた冒険者だろ? ちょっと俺達を助けてくれよ」
「いや、俺は冒険者じゃない」
 ブラッドは即座に否定した。実際に冒険者ではないからだ。
「じゃあ、あんた何者だ?」
「それは、だな……」
 ブラッドは答えに詰まった。まさか「出荷されていく暗殺者だ」などと答えるわけにもいかない。

「俺は……行商人だ」
 ブラッドは嘘をついた。
「嘘だ! それにしては、荷物が少なすぎるわ」
「行商人だって? それにしては体つきがやけに筋肉質だぞ。妙だな……」
 子供達は妙にカンが良く、ブラッドの嘘は即座に看破されてしまった。

(面倒だな……このまま騒ぎになったら、こいつらも組織に消されてしまうかもしれない。できれば目立たずにこの街を去りたいんだが……)
「……実は俺は冒険者なんだ」
 子供達の身を案じたブラッドは折れ、自分は冒険者だという彼らの主張を呑んだ。
「ほら、やっぱり!」
 最初に絡んできた少年は得意げに胸を張った。

「で、冒険者のあんたに依頼があるんだ。あそこの木の上に子猫がいて、降りられなくなってるんだ」
 少年が指差した方を見ると、確かに木のてっぺんに子猫がおり、必死に枝にしがみついていた。登ったはいいが、降りられなくなってしまったのだろう。
「……」
 子猫は身じろぎ一つせず、地上を睨みつけていた。木はせいぜい7、8メートル程度の高さだが、小さな子猫にとっては、着地に失敗すれば致命傷になりかねない高さだった。

「お願い、助けてあげて!」
「タダでとは言わねえ。礼なら弾むぜ。この近所のパン屋のモーニングセット無料券を一枚やろう!」
「今なら蛇の抜け殻もつけるぜ! 授恵者(レシーバー )なら木登りぐらい簡単だろ?」
(俺は授恵者どころか、冒険者ですらないんだが……)
 ブラッドは困惑した。いつの間にか自分は授恵者にまで祭り上げられてしまったらしい。なお、世界に大量に授恵者が発生し、冒険者=授恵者のイメージが世間に広まるのは、帝国が崩壊した後のことである。

「分かった、引き受けよう」
 しかし、ブラッドは子供達の頼みを引き受けた。別に報酬が魅力的だったわけではないが、授恵者ではなくとも、身の軽さには自信があった。
(とっとと猫を助けてここを立ち去ろう)

「離れていろ」
 ブラッドはバックパックを地面に降ろし、木の幹に足をかけると、シュルシュルと蛇のように素早く木を登っていく。あっという間に木の頂上まで登り切ったブラッドは子猫をしっかりと抱き、地上へと無事に帰還した。

「「やったあ! すごい!」」
「ありがとう! 赤い冒険者の人!」
 子供達は拍手喝采でブラッドを迎えた。救出されたキジトラ模様の子猫は、ブラッドの腕をペロペロと舐めている。
(真っ当に感謝されたのは何時(いつ )振りだろうか)
 ブラッドは子猫を離してやった。子供達は子猫を取り囲み、夢中になって抱き上げたり、餌をやったりしている。

(好都合だな。今のうちに逃げよう)
 偽冒険者は暗殺者へと戻り、足早にその場を立ち去った。子供達や子猫の無垢な目でこれ以上自分を見られたくなかったから。

●地獄の入り口
「やあ、君がブラッド君だね! ようこそ、シルトラース帝国へ。君の噂は聞いているヨ。長旅ご苦労様、と言いたいところだが、君を手に入れる為にはそれなりの元手が掛かっているんダ。さっそく、一仕事してもらいたイ」
「ああ。俺は、次は誰を殺せばいい?」

 ブラッドは淡々と、次の標的の説明を求めた。
 所属が組織から帝国過激派(帝国実力派 )に変わってもやる事はきっと変わらない。自身がどこまでいっても道具でしかない事も。ただ一人、自分に暗殺技術を仕込んでくれた「先生」だけは自分や他の暗殺者候補生たちを人間として扱ってくれたが――。

(……もしも授恵者に生まれていたら、俺も人として生きられただろうか)
 ブラッドはまだ知らない。近い未来、一度目の死を経て自分が授恵者となることも。あの日助けたキジトラ模様の子猫と再会し、そして彼が心の支えとなることも。この時の彼は、己の運命をまだ知るよしもなかった。

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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。

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