【DA】リーンエスの耳

エル=バ=ノイアン/ シルヴィア・A・カペル
コンラート・マフダル

『ノベルタイトル:青薔薇の新婚旅行』広大野人
●青薔薇の新婚旅行 ~帝国北部鎮守都市オルセン~
 青薔薇(カペル)の紋章が標された旗をなびかせ、馬車の列が街道を進む。
 花領やさまざまな主要都市を巡る外遊は、結婚と爵位の継承を経て多忙極まるシルヴィア・A・カペルとエル=バ=ノイアンの二人に、先代が提案してくれた旅でもあった。
 その目的地の一つ、帝国北部鎮守都市オルセンを目指していた。
「街道はこのまま真っ直ぐだが、それるのか?」
 先導する馬車が街道から外れた為、ノイアンが疑問を口にした。
 シルヴィアが微笑を浮かべつつ、昨夜届いた手紙を見せる。
「オルセン太守からのご案内だよ」
「どこに連れていかれても、俺は構わないが……それだけ、シルヴィアを信用しているという事か」
 思案する仕草をみせたノイアン。
 王国貴族とはいえ、外交権がある訳ではない。
 地理的にも離れ過ぎているので相互に影響力を発する事も無い。
 ただの交易相手に、帝国の――それも唯一残存する鎮守都市となれば立場が違う。公称3万の民を治める太守は、王国でいえば王族や公爵にも近い存在かもしれない。
 その太守が自ら出迎えるというのだから、破格の待遇とも言えるだろう。
「そんなに気難しく考える事はないよ、ノイアン。太守様は、とても気さくな方だから」
「わかった。シルヴィアの夫として恥ずかしくない振る舞いをしよう」
 馬車の窓から、葡萄棚が見えて来た。

 オルセンの屈強な精兵を引き連れたコンラート・マフダルが馬上から、馬車を降りてくる二人を迎える。
「遠路はるばるご苦労。カペル卿」
 太守の台詞にシルヴィアはスカートの裾を軽く持ち上げ、帝国式の作法に則って、挨拶を返した。
「お久しぶりです、太守様」
「公的な場ではありますが、友として、そして、オルセンの恩人として来訪を歓迎します。気を楽にして下さい」
 コンラートは愛馬から身軽に降りると、穏やかに告げる。
 戦中に感じていた鏃のような鋭さはほとんど感じない。一連の騒動が終わり、多忙ながらも、この太守にも余裕が出来たのだろうか。
「ご配慮、感謝です。そして、この度、正式に爵位を継承した事と、生涯、共にする伴侶を得た事をご報告致します」
 シルヴィアの言葉に続き、ノイアンが頭を下げた。
「“カペルのノイアン”として、『人類の盾』に、ご挨拶申し上げます」
「新婚旅行の良き思い出になれるよう、是非、オルセンで楽しく過ごして貰いたい――が、その前に、やるべき事は済ましておきましょうか」
 太守が腕を振り、控えていた兵士達がサッと移動する。
 そこには、組み立て最中の葡萄棚や研究用の耕作地が一面に広がっていた。
 寒冷地であるオルセンでも耕作可能な葡萄品種と古代遺跡から出土した古の植物の種の共同研究の意見交換が、オルセンに訪れた理由の一つだからだ。
 白衣を纏い、眼鏡の位置を直しながら、いかにも研究者ですという女性が、場の空気を読まずに畑の真ん中で手を大きく振っていた。
「……ノイアン殿に紹介しよう、研究所の所長であるトレイシーだ。少々、変わっている故、失礼な所もあるかもしれないが」
 苦笑を浮かべる太守にノイアンは真面目に頷いた。
「人となりと経過については、シルヴィアからよく聞かされています」
「私にはまだ伴侶はいないが、長老共がよく言っている。夫婦間で会話が弾むのは素晴らしい事だと。よき相手と結ばれたのですね、カペル卿」
 揶揄うような態度のコンラートにシルヴィアが応えた。
「その通りです、太守様。ノイアンと過ごす毎日は私にとって幸せそのものです。ですから、太守様も、そろそろお考えになった方がよろしいかと?」
「これは手厳しい。最近は長老共も口煩くて敵わないのだ」
 思ってもいないシルヴィアからの反撃に、コンラートは笑みと両手を挙げるのであった。

 葡萄畑と植物研究所の視察と意見交換を終えて、その夜は宴の席が開かれた。
 オルセン上層部や長老の紹介もあり、実質的には今後の『商談』を視野に入れた交流の席だ。
 持参した『花領の薔薇』と『大森林の琥珀』も振舞われ、高い評価が直に得られたのは大きな収穫だろう。
「オルセンの人々は誇り高い。これからも『人類の盾』で在り続けるだろう」
 シルヴィアの言葉に、宴に参加した人々が大いに頷き、手を叩く。
 征竜への備えとして構えていた鎮守都市に先祖代々、住み続けている彼らの誇りが命よりも重い事は、一時であれ共に戦ったシルヴィアもよく分かっていた。
 演説するように両手を広げ宣言する。
「共に戦った人々に恥じない自分で在りたい」
 鳴り止まらない拍手。
 そこにコンラートが一段高くなっている台座から高らかな声を発した。
「今宵、友好の証である、この美味なる葡萄酒(ワイン)に、我らオルセンの民は誓おうではないか。100年経とうとも、我らと青薔薇(カペル)の友情は決して色あせない事を!」
 人々が歓声と共にグラスを掲げる。
 オルセンの地に足を運んだシルヴィアの目的は無事に達成したはずだ。
 やや堅苦しかった宴は歓談が始まり、皆が笑顔で言葉を交わし合う――沢山の想いを繋いだ葡萄酒を、多く人々が口につける姿は、感慨深くもあった。
 シルヴィアはコンラートに寄ると感謝の気持ちを告げる。
「太守様、ありがとうございます」
「それはこちらの台詞ですよ、カペル卿。支援の申し出も、重ねて感謝したい」
 オルセンは都市自体が無事だったが、その為に、多くの人々が集まっている。ゆえに、慢性的な食糧不足は続いているのだ。
「それも、ただの援助ではなく、雇用を創出しての重層的な支援。その優れた手腕、許されるものなら、是非とも、オルセンに招きたかったです」
 太守からの最大限の賛辞にシルヴィアは微笑を浮かべて応えた。
「一方的な施しは、オルセンの地には馴染めないと考えましたので」
 王国から帝国の――それも北の地に位置するオルセンに生鮮食品を運ぶには遠すぎる為、何らかの加工が必要になる。
 加えて、加工品を運ぶ材料の確保と馬車の用意、道中の護衛も必要だ。
「オルセンからは極北山脈で採掘される鉱石や宝石、質の良い木材を輸出される。対等な関係であるような配慮のおかげで、私も調整がし易かった。カペル卿のおかげだ」
「レート的には『支援』という形ですが、あくまでも『対等』と思っています」
 食品を運んだオルセン到着後の帰路には、オルセンからの交易品を輸送する事になっている。
 これら一連の事業をプロジェクトとして、シルヴィアは商会を立ち上げさせたのだ。
 いつか、支援が終わった後も、この商会は交易業を継続する事が出来る。もちろん、将来的なワインの輸送という目的も兼ねての事でもあるが。
「遺跡近くに設けた葡萄苗の方は、生育が順調と聞いています。もし、オルセン郊外の葡萄棚がスロースタートしても、形にはなりそうです。我々(オルセン)が足並みを崩す訳にもいかないですから」
「環境が異なる二カ所での同時栽培。どのような違いが出るのか、興味がありますね」
 生育状況は勿論、葡萄の品質にどう影響するのかも気になるところだ。
 また、遺跡から出土した古代の種も発芽しており、こちらも、この先の進展が楽しみなところである。
「結果は、定期的に連絡します。カペル卿の動きにも影響があるはずですから」
 その連絡は太守ではなくトレイシーが担う事になるが。
 オルセンの復興は大きな山場を迎えている。太守としても、色々な事に注視しなければならないはずだ。
「太守様は、忙しい日々が続きそうですね」
「それはカペル卿も、同じでしょう」
 新たなに注がれた葡萄酒を見つめながら、二人は笑い声を合わせた。
 いつかきっと、オルセン産のワインを飲みながら、語り合う日が来ることを願って。

 宴の席なのに白衣姿のトレイシーは浮いていたが、だからこそ、ノイアンは彼女と言葉を交わしていた……単に話せる相手が他にいなかった訳ではないが、シルヴィアにスポットライトが当たる形になったので、やや手持ち無沙汰だった。
 母親譲りの顔立ちの良さのおかげか、貴婦人らが集まって来るのが逆に疲れてしまい、葡萄棚を案内してくれたトレイシーに声を掛けたのだ。
「ノイアンさんは、あまりお酒を飲まないのですね」
 トレイシーは幾度かおかわりしていたが、ノイアンはまだまだ一杯目。
 誤魔化すように、可愛らしい名前の根菜で作られたスープを飲んでいた。
「……俺は下戸だからな」
「こんなに美味しいのに、勿体ない」
 遠慮しない台詞にノイアンは正直に答える。
「酒の良し悪しはわからないんだが……こっちの菓子は好みだ。葡萄の果汁を生地に練り込んでいるのか」
 視線の先には、幾つもの菓子が並んでいた。
 その中でも焼き菓子はとても美味しく、また、良い香りが楽しめる逸品だった。シェフの話によると、果汁をかなり煮詰めるという。
「葡萄を栽培していくのなら、葡萄酒以外の使い道も検討するものさ。特に、提供された王国産の苗の中には糖度が高い品種もあったからね」
 研究者っぽい言葉を発しながら、彼女はグイっと葡萄酒を呷った。
 ノイアンは頷いて応えつつ、新たな酒を断りながら、話を続ける。
「葡萄の糖度を上げるのに『寒さ』は重要だ。帝国ともなると多少の調整が必要だろうが、それはどこの国の農地でも変わりない」
「そうそう。どこの土地に行っても、その土地に適したように合わせないといけない……人と似ていると思わないかい?」
「家名は土壌と変わらないと?」
 トレイシーの問いにノイアンは質問で返した。
 手入れをしないと荒れてしまう事も、同じ作物だけを作り続ける弊害も、水害も、日照りも――無理矢理、当て嵌めれば、そんな解釈は出来そうだった。
 そういう意味で言えば、青薔薇(カペル)を活かすも殺すも、自分達次第とも受け取れる。婿入りという立場のノイアンにとっては他人事では無い。
「植物の研究者として、『土壌』の管理は専門だからね。色々と説明するよ」
「聞かせてくれるというのなら、聞こうではないか」
 これから先の事に役に立つかどうか分からないが、菓子を手に取るノイアンだった。

 宴が終わり、用意された寝室までの長い廊下を、月明りが照らす中、シルヴィアとノイアンの二人が並んで歩く。
 差し込んだ銀光を大理石が反射して幻想的な空間を創り上げていた。
「随分と、楽しそうに話していたね」
 シルヴィアの含みがありそうな口ぶりに、何の事を指しているのか、ノイアンは瞬時に理解した。
 宴の大部分を、植物の研究者と話して過ごしていたからだ。
「……彼女とは土いじりの話しかしていない」
 事実ではあるが、まるで言い訳のような台詞だと思った。
 ノイアンは咳払いをしてから、話を続ける。
「もちろん疑われているとは思ってはいない。ただ俺が、お前に誤解されたくないだけで……いくらでも情熱を傾けられるものとはいえ、愛する者には敵わない」
「知っているよ。そもそも、彼女の事は私の方がよく知っているのだから」
 まるで悪戯好きの子供が浮かべるような笑顔を向けるシルヴィア。
 トレイシーが研究一筋の人間である事は疑いない。常に研究が最優先――だからこそ、ジードは彼女に『神実』を託したのだろうから。
 一方、思いもしなかったシルヴィアの一面と表情に、ノイアンは気恥ずかしさを覚えた。正直、ずるいと思うし、愛する妻がこんなにも愛おしい存在だと改めて感じる。
「俺は、シルヴィアと共にありたいと願い続けている。これから先もずっと。それは決して揺るぎない事だ」
 ノイアンの告白にシルヴィアは数歩先へ進むと銀光を浴びた白く輝く長い髪をなびかせて振り返った。青薔薇を主調とした礼装がふわりと舞う。
 まるで夜空から現れた伝説の聖女のようだ。
「それは私も同じだ。勿論、君に愛され続けるように、務め続けよう」
 舞踏前の挨拶のような作法を魅せたシルヴィアに、ノイアンは歩み寄って右手を差し出した。
 そういえば、宴ではダンスが無かったと思い出す。オルセンの仕来りなのか、コンラートが自らの身長を気にしてからか分からないけれど。
「シルヴィア」
「ノイアン」
 互いの名を呼び、手を取り合った。
 月明りの廊下で二人だけの宴が始まるのだから。

●文集と肖像画と新しく紡がれる日々へ
 その日、パンクリアース学園にシルヴィアとノイアンの姿があった。
 新婚旅行からカペルに帰る前、王都に立ち寄ったのだ。目的は要人との交流と、学園に足を運ぶ事だった。
 シルヴィアは夫を伴って正門を通る。事前の許可は得ている為、守衛が姿勢を正して迎えてくれた。
「さて、どこから巡ろうか。最後は学生棟と決めているんだけどね」
 シルヴィアの言葉に、ただ付いていくしかないノイアンはいつもの調子で応える。
「任せる。だが……そうだな、折角ならただ案内されるだけじゃなくて、シルヴィアの思い出と共に、案内されたいな」
「それは構わないが、長いぞ」
 生徒会副会長でもあったので、語れるエピソードは沢山ある。一日では足りないのは明らかだ。
「何の問題もないな。強いていえば、家に帰るのが遅れて、業務が増えるという事だ」
「……それは、あまり好ましくない。先代にも、皆にも、迷惑を掛ける」
 急に現実に引き戻される雰囲気になる二人。
 元々、長期の新婚旅行だったからスケジュールの多少のズレは想定済みだ。けれど、王国内に居ると、どうしても考えてしまうのは仕方ない事だろう。
 ノイアンは思いついたような表情を、愛する妻に向けた。
「ならば、俺だけに伝えられる思い出に限ろうか」
 新婚らしい提案にシルヴィアが少し迷いながら応えた。
「守秘義務があるから、どこまで言えたものか」
 頭の中で色々な記憶を呼び起こしながら、真面目な返答の割に、シルヴィアはノイアンの腕を取る。
 最初は――生徒会室を目指そうと思ったからだ。

 大図書館で司書に挨拶をし、薔薇の庭園を散策。中庭を抜けて訓練場で軽く汗を流した後、二人は談話室が設けられている学生棟に向かった。
 既に授業が開始されているので、学生棟の談話室に人の気配は無かった。
 授業をサボって談話室に引き籠るような学生がいても困るが、何らかの理由があって談話室が居場所になっている学生がいても、それはそれで良い事なはずだ。
「……発案者が、あの研究者と仲が良いのか。思ったよりも、世間は狭いんだな」
 窓から見える外の景色を見つめながら、ノイアンは呟いた。
 とある半獣人の冒険者は、友人の1人だ。それが、オルセンで『土いじり』を語り合った研究者に最も親しい相手だったとは……つくづく、不思議な縁だと思う。
 機会があれば、今度、話してみてもいいかもしれない。あの研究者にしろ、友人にしろ、驚くだろうけど。
 そんなノイアンの心中を知らぬまま、シルヴィアは本棚の一角に辿り着いていた。
「部員や訪れる人々に『皆に読んで欲しい本』を置けるスペースが、確か、此処かな」
 興味深そうにノイアンが寄り添う。
「既に、幾つかの本が置かれているな。政治物から伝記物……が、多い、な……」
 歯切れの悪い台詞の意味をシルヴィアも分かっていた。
 真面目な本が多い中に、ドゥジンシ的なものも混じっていたからだ。
「それなりに本の数も増えているから、良い傾向だと思う」
「所蔵図書のおかげで、色々と知識を深めることができた。最初は一冊読み解くのにも苦労したが、書物も……悪くはない。談話室にも様々な本が置かれるのは良い事だ」
 ノイアンは置かれている本の背表紙を眺めながら言った。
 しかも、ここに置いてある本は『誰かが』読んで欲しいと置いていったもの。その本を読めば、置いた人物と話題を共有できるのだ。
 コミュニケーションの始まりには、とても有効だろう。
 ちなみに置かれている本は私物が原則だ。持出厳禁とはいえ、破損や紛失のリスクはある。それにも関わらず、皆に読んで欲しい(布教)として、置いていくのだから、強い意志を感じた。
「絵本もそこそこあるな」
 感心したようなノイアンの言葉にシルヴィアは頷く。
 伝記物を文字だけではなく、絵で表現され、とても読みやすく、作中の人物がどんな想いや願いを大事にし、そして決断してきたのか、簡単に理解できた。
「中には読み書きが苦手な子もいるからね」
「母や一族の誇りは、血や武具といった形で遺されていた。母はともかく、一族の中には読み書きがおぼつかない奴もいたようだから」
 懐かしむようにページをパラパラと捲り、ノイアンは絵本を戻す。
 その間に、シルヴィアは本棚の一角を整頓してから、鞄を開いていた。
 取り出したのは一冊の文集。かつての卒業生徒が、想いを残すために記したそれは、冒険者としての依頼の最中、シルヴィアの手に渡ったものだ。
 シルヴィアは隣に寄り戻って来た彼へ、物静かに告げる。
「君と一緒に母校を歩きたかったんだ」
 政治に関わる身となって、改めて、ジドが……彼が抱えていた『欠落』の大きさを感じた。
 一時は、彼が目指した理想の重さに気持ちが圧し潰されそうにもなったが、あの時から成長し、大切な存在を得た今なら、しっかりと向き合える。
 文集を開き、彼が記した文字にシルヴィアは指先を当てた。
「種族や身分に囚われず、一人ひとりの力を活かす社会を目指した貴族がいた事を……異端な思想とされ潰された過去がある事を、私は今の学生達にも知って欲しいと思う」
 この談話室には様々な人が訪れる。
 国や立場を問わず、交流部が、国を想う人々と縁を紡ぎ、夢を交わし、未来へと繋ぐ、切っ掛けの場所になるようにと――祈りを込めるシルヴィア。
 文集を置いた手に、ノイアンが優しく手を重ねる。
「受け継がれる形に違いはあれど、これもまた、未来への祈りだったんだろうな」
「あぁ」
 微笑みながらシルヴィアは頷いた。
 目指す形は遠い。けれど、諦めて欠落を抱えないようにするには――言葉を交え続ける事だと思う。
 思えば、ジードや組織(ソーン・クリエ)の幹部達は孤独だったのではなかろうか。ジードの夢や理想は共有されていたが、大事な所がぽっかりと抜けていた。
 その結果が、トレイシーの離反であり、ゾンバルダの裏切りを招いた。組織としての形はあったが、実は皆、孤独だったのだ。
 同じ轍を踏まない為にも、交流部が人々の一助になれば良い。
「彼らと同じ志でなくとも良い。変革を恐れず希望を持って歩んでほしい」
 ノイアンの言葉が何よりも暖かく感じる。
 しばしの間の後、シルヴィアは思い出したように鞄から肖像画を取り出した。
 学園交流部が主催のピクニック。その様子を描いたものだ。
 交流部にとって初めてのイベントでもあり、兄姉制度一件目のマッチングが成立した記念日でもある。
「これも飾らないと……どこがいいだろうか?」
 首を傾げて部屋の中を一巡。
 一番目立つのは入口正面。しかし、陽の光を受け止める南側も良いし、太陽が昇る東側も縁起が良さそうだ。
 悩んでいるとノイアンが進み出る。
「ならば、西側が良いだろう。何か、辛い事を抱えた者は後ろめたい気持ちになる。陽が昇る希望から目を反らし、日中の明るさも眩しく感じるものだ」
「ノイアン……」
「北側は入口正面だから目立つ。ならば……夕陽が沈む風景を寂しく眺める者を、見守るように、西窓の枠上が良いだろう」
 彼だからこその選択。それが間違っていないとシルヴィアは思えた。
 肖像画をしっかりと抱えて、シルヴィアが西側の窓へと近づき、そして、窓枠の上に向かって手を伸ばす――。
「「……」」
 残念ながら、シルヴィアの背が届かなかった。
 ちょっと複雑そうな表情を浮かべた彼女に、ノイアンは表情が緩みそうだったが、ぐっと堪える。
「俺が……いや、俺が付けてしまっては、意味がないな」
「椅子があっても届かなそう」
 脚立か梯子があれば良いだろうが、倉庫までは少し距離がある。
 暫く悩んだ後、ノイアンが顎先に手を当てながら告げた。
「肩車だな」
 シンプルながらも、一番確実な方法だ。絵面を気にしなければの話だが。
 幸い、談話室周辺に人の気配なく、人目に触れない。多少、スマートさを欠けても問題は無いだろう。
「僅かだが、恥ずかしいな」
 やや顔を逸らしながら呟くシルヴィア。
「俺達は夫婦だ。やましい関係でも、怪しい事をする訳でも無い。釘と槌は持って来ているのか?」
 勢いで押し切ってしまおうとノイアンが矢継ぎ早に確認を取る。
「準備は大丈夫。最初から壁に打ち付ける予定だから」
「よし、なら行くぞ!」
「まっ――」
 心の準備が整うよりも先にノイアンがすっと腰を落としながら、シルヴィアを掴み、肩に乗せた。
 冒険者だけあって、二人のバランス感覚は優れたものだ。まるで一流の体操選手を見ているようなあざやかさ。
「……落ち着かない、な」
 女当主の夫は椅子にでも梯子にもなる……なんて噂が立っても痛くも痒くもないが、釈然としない。
「俺は大丈夫だから、しっかりと備え付けるんだぞ。万が一にも外れたら問題だからな」
「分かっている」
 釘を打ち込み、緩みがない事を確認。
 後は肖像画を掛けるだけだ。
「よし、これで――」
「肖像画も掛けると仰っていたので、梯子を持って来……あぁ、これは変なタイミングでお邪魔しましたな」
 入口から聞こえた声は、老人司書だった。微笑ましい光景に、穏やかな表情を浮かべている。
 そして、慌てて降りる、降ろそうとするシルヴィアとノイアンを老人司書は先に手を振って制した。
「お気にされる事ではありません。ジド様も、突拍子の無い事をされる御方でした。立場を大切にされる気持ちも分かりますが、誰しもひとりの『人』である事。時に、それをみせる事も、大事だと思いますからの」
「お心遣い、感謝します」
 肩車から降りたシルヴィアはスカートの裾を整えながら、軽く頭を下げた。
 老人司書の言葉に少し救われた気がする――肩車した事ではなく、どんな偉人も、伝記に残っている事が全てではなく、きっと、今のような、『人』らしい一面があったのだろうと思えたからだ。
 それだけで、スッと気持ちが楽になった気がする。ジードが口にしていた『人』らしさの原点は、きっと、こんなどこにでもある、光景だったのかもしれない。
 シルヴィアとノイアンは二人の手で飾り付けた肖像画を見上げた。
 この絵が、これから新しい縁を紡いでいく、そんな確信と共に――。

assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ

メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。

墓標、白き追憶/弓月 蒼
トゥーリ/アストリッド・リーヴァイス
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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0