【DA】リーンエスの耳
コルネリウス・アーラ/ アルベイル・ライゼンナクト
『ノベルタイトル:例えば、好きな人が出来たなら』弓月 蒼
●『竜』を愛した森人の話
例えば、家族と何処かで出かけるとしたら。
例えば、友人たちと一緒に集まるとしたなら。
例えば、もっともっと大人になった時には。
例えば、より大勢を護れるくらい強くなれたら。
今は難しくても。明日はまだ無理でも。それでもいつか、きっと。
そんな風に想い描く。時の先に見定めて歩く為の標。
唯人の多くはそんな。“憧れ”と言う形も無い祈りに望みを託しその短い生を歩んでいく。
けれど森人の多くは、そうではないらしい。もっとずっと曖昧模糊として、漠然としていて。
長い長い時間をかけて漸く、自分の居場所だとか。生き方だとかを、偶々手元に来た物から選んでいく。
掴みには行かない。選ばれには行かない。決して多くない旅する森人を除けば彼らは善良で閉鎖的だ。
短命種と長命種。そこに横たわった時間の壁は絶対的で。取り返しがつく様な物ではない。
時間と言う物に対する感覚。生きると言う事に対する価値観も、必然として大きく乖離する。
唯人の社会の隣で、様々な種族を家族として抱える『竜の寵姫』コルネリウス・アーラは。
そんな森人に在っては異端であり、変わり者であり、世間ずれしていると言って良いだろう。
彼女の価値観はより唯人に近しく。だからこそ、その流れる時間の差異がよりはっきりと見える。
自分にとっては道の半ば。けれど彼にとっては、それはいずれ至るべき道程の果て。
例えば、本気で好きな人が出来たなら。したい事が沢山あった。
コルネリウスにも、憧れがあった。まるでそれが当たり前のことであるように。
今は――――今はどうだろう。いずれ、必ず、彼が居なくなる日がやって来ると言うことが。
ただ、寂しくて。恐くて。それでも――――後悔だけはしたくなくて。
■
彼女の想い人――――『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトは多忙だ。
『王国』と言う国土に在っても、彼ほど多くの柵を抱えた人間はそうは居ない。
居城である竜館の執務室に在っても。領内の施設に居ても。他貴族の領まで遠征していても。
王国の別邸に居る時ですら彼の裁可、采配を必要とする確認事項は数限りなく降り積もって行く。
それらを淡々とこなしていく姿には確かに憧憬と尊敬を禁じ得ないけれど。それはそれ、これはこれ。
貴族でも何でも無い。現在の社会的身分たるや平民の学生、でしかないコルネリウスにとって。
早足で駆けていく様な彼の手を取り制止の声を上げる。と言うのは途方もない障害の高さだ。
彼の恋人――――いわゆる寵姫、と言う立場を得て数カ月。今も尚。彼女はその感覚を振り切れていない。
「どうした、今日のパンは焼き立てを持って来させた筈だが」
「……うっ……や、頂きます……けど……けどっ!!」
一緒に朝食。周囲にはささやかな人払いがされており2人きり。恐らく貴重な隙間時間だろうに。
アルベイルは時に彼女を呼んでこうして共に過ごす時間を設けてくれる。彼女が何を訴えた訳で無くとも。
彼の足枷にはなりたくない。そう思うとどうしても遠慮がちになる彼女に慮って。と言う事が。
分かればこそその気持ちは嬉しい。それは勿論嬉しい、けれども。そう――――けれども、だ。
(……いつまで?)
いつまでこうしていられるだろう。彼の歩く道が、険しく。困難に未知、優しくない事はもう見えている。
何処かで罪を負うかもしれない。罰せられる日が来るかもしれない。例え彼が一切悪意とは無縁であっても。
そういう人を好きになった自覚はある。この世界は、立場と意思を以て高みを目指す人に決して優しくはない。
時の流れだって……きっと、自分が思うよりも遅くはない。
「……ベル」
「何だ、ルナ」
名を。特別な呼び名で呼ばれて思わず視線が揺れる。耳がそわつく。流石に未だ慣れない。
彼の声を鐘に例えた呼称も。それを楽し気に受け入れてくれた事にも、鼓動が躍る。
けれど、いつまでも甘えてはいられないと言う気持ちが彼女の背を押す。彼はもう動き出している。
彼の――――『竜』の隣に並び立つ『姫』を自認するなら。自分もそろそろ動き出さないといけない頃合いだ。
「お願いが、有るんですが……」
きっと、彼は待ってくれるだろう。例え今決断しなくても、一年でも、二年でも。花が咲くのを待つように。
だとしても。コルネリウスは一瞬でも早く一緒に同じ物を見られるようになりたかった。
――――だから。
■
大きな戦いがあった。多くの犠牲があった。『帝国』では国家の崩壊に伴い大勢の難民が流出した。
『王国』内でも高位貴族の乱が頻発し、何人もの兵が、騎士が死に、その家族が残された。
そう言った場合、一番最初に居場所を失うが弱者であり。即ち老人と子供だ。
降爵に当たり規模こそ縮小したが、『竜』の領内だけでも難民孤児の受け入れ施設は両手の指ほど存在する。
「領主様直々の推挙とお聞きしましたが……本当に宜しかったのですか?」
「勿論です! これからどうぞ宜しくお願い致します……!」
そんな孤児の世話をしたいと希望するコルネリウスに、アルベイルは殆ど疑問を挟まず了承を示した。
彼女には国内の。未だ実感として理解し切れていない“戦争が起きるとどうなるか”を学ぶ必要があった。
彼が“知性の敗北”と形容する力に依った革命を阻止する為にも経験と知見が不可欠だった。
願わくば、いずれは領内の孤児院全てを見て回りたいとすら思っていた。それは、学園では学べない事だ。
「それで、どう感じた」
「……どんな種族だとしても、子供は子供でした」
「そうだな」
「思うよりずっと賢くて、大人の嘘と偽りを見ていて、少なく無い子達が絶望を抱えていました」
「それが、国が民を遺し亡くなると言う事だ」
「何があっても、子供にあんな目をさせるのは間違っていると思います」
いざ現実と対面してみれば。かつての冒険者と言う立場がどれほど恵まれていたか思い知る。
いや、今もそうだ。少なくとも、コルネリウスには故郷が有り、家族が有り、友人が居て、恋人が居る。
独りの心細さに苛まれる事もそうない。それが“恵まれている”事だと改めて気付く事も、多くない。
それがある日一方的に、強制的に、抗う余地無く奪われた子供が何を見たのか。理解は、容易ではない。
「私は、弱い者だけが一方的に不利を押し付けられる世界が嫌いです。
……もし今、この『王国』がそうなのだとしたら……変えたいと、思います」
涙を滲ませ絞り出すように伝えた彼女に。彼は瞳を伏せて静かに頷いた。
席を立ち、何も言わず抱き寄せてくれた。コルネリウスはしがみ付いて、泣かない様に必死に耐えた。
今哀しいのは彼女ではない。ずっと哀しいのは、親を喪った子供達だ。同情はしても憐れむべきではない。
そうしてただ話を聞き、頷いてくれた事に。彼女がどれだけ救われたか。気付いていただろうか。
コルネリウスは週に二度。領内の孤児院を順繰りに巡る様になった。
■
それを露店で見つけたのは、そんな孤児院巡りを始めて幾許か経った頃の事だった。
孤児院は主に小規模の都市に多く、地価も物価も高い中・大規模の都市では余り見掛ける事が無い。
必然、院務めの侍女たちには娯楽が少なく、領内を巡る吟遊詩人や旅商人の動向には敏感だ。
王都産の少し洒落た装飾品など並べられた日にはすぐ話題に上がる。そしてコルネリウスにも付き合いがあった。
(……綺麗な柘榴石)
装飾より、横に除けられた宝石の方に視線が行った。まるで彼の瞳を思い出す鮮烈なまでの紅。
幾らか悩んで露天商と再三再四交渉し、その粘り腰に商人側が遂に折れた頃には、すっかり日が暮れていた。
そうして手づから加工し更に幾許か。漸く満足の行く完成を見た頃には手に入れて半月が経過していた。
「――――先輩を、お慕いしています」
別に人並み外れて器用ではないコルネリウスにとって、装飾品を自作すると言うのは決して容易ではなかった。
けれど自分が想う物を彼に贈りたいと言う思いは、想像以上の原動力となって彼女を突き動かした。
学園生活の最中金属加工について調べるのは大変だったが、紆余曲折を経て漸く出来た世界に唯一つの品。
その日は当のアルベイルも久々に登校して来る筈で、直接渡そうと早起きし意気揚々と彼の教室へ向かう。
結果、遭遇したその状況は。如何にコルネリウスとて一度も想像した事が無い訳では無い。と言う場面だった。
薄金の髪に真紅の瞳。この1年で一気に大人びたアルベイルの前に、良く似た長い金髪の線の細い女生徒。
染み一つ無い透明感のある白い肌の、唯人の綺麗な女の子。きっと貴族の御令嬢だ、と直感する。
声は届いていた。思考が理解を拒絶する。心臓が早鐘を打つ。両手で抱えた小箱を持つ手が震えた。
沈黙が空く。沈黙が恐い。それが、彼が言葉を捜す仕草だと知っているから。
盗み聞きなんて良くないのに、足は全く動かない。――――戦場なら、こんな事、絶対に無かった。
彼女は無力だった。やっぱり彼も同じ種族が良いのかな、と悪い妄想が一瞬過ぎる。
信じたいのに、信じたくても、恐い。だって自分は庶民で、森人だ。自信が無い。
……無い。
だって、コルネリウスは未だ――――一度も
永遠にすら感じられる数秒が過ぎた。アルベイルが小さく嘆息を零すと口を開く。
発せられた声は、然程珍しくも無い。普段通りの淡々としたそれだったけれど。
「すまないが、俺の方は貴公に興味が無い」
――――幾ら何でもあんまりじゃないだろうか、と思ってしまったのは。勝手過ぎるだろうか。
■
「どうして、貴女が泣きそうになっているのか」
「……ベルの、日頃の行いに聞いてみて下さい」
「心当たりがまるでない」
「……そういうところですよ……っ!」
ほっとして。膝から崩れた所を捕捉された。勿論泣きながら立ち去った女生徒の姿はない。
早朝、もう少しすれば同教室の生徒らが登校して来る。猶予が、それほどある訳ではない。
気合を入れて整えて来た髪型も化粧も擦ってしまって滅茶苦茶だ。気持ちの面でもボロボロだった。
折角頑張って用意した贈り物なのに、どうしてここぞ言う時にこうなってしまうのか。
何処か自暴自棄めいた想いで、困惑を滲ませ見下ろす彼に衣裳の裾を整えながら小箱を差し出す。
首を傾げ開かれた中身は、柘榴石に風鈴草を飾った腕装飾。
感謝・誠実な愛・共感――――その花には彼女の思い出と、精一杯の想いが込められていた。
じっと贈り物を見下ろすアルベイルの視線がコルネリウスに向いた。そのことにほっとする。
困ったことに。それはもう困ったことに。自分は彼の視線を独り占めしたいらしいと、そう思い知って。
笑ってしまいそうな。困惑交じりの笑顔と共に。彼女はただ思うままに声を上げた。
「……好きです」
色々考えて来たけれど。少しでも彼の力になれるように。同じ場所に居られるように。
同じものを見て、同じように考えらえるように。沢山沢山頭を捻って、一生懸命悩んで来たけれど。
「ベルのことが、好きです。私は何も持っていないけれど。高い理想も、貴い身分も、同じ種族でもないけれど」
多分ただ、想いを。願いを。夢を。憧れを。言葉にするなら――――それはとても単純なことだった。
「貴方の隣は、私が良い。他の誰にも譲りたくない。ずっと一緒に居たいです……好きです。大好きです」
真っ直ぐに。これ以上無くただ真っ直ぐに。伝えた言葉にアルベイルの視線が揺れる。
この日、先に視線を逸らしたのは。珍しく彼の方だった。
「……言いたい事は分かった。それと――――」
例えば、本気で好きな人が出来たなら。現実は思う以上に上手く出来ないし。憧れ通りには行かない。
不安なことも、辛いことも、苦しいことも幾らもある。きらきらばかりしていない。全然違う。
けれどいつかの自分に教えられることが、また一つ増えた。それは憧れのもう一歩先の話。
あなたが好きになる人は、強くて、賢くて、不器用で、頑張り屋で、意地っ張りで――――
「……俺も、ルナと同じように思ってはいる」
――――好きになって良かったと。そう思える人だよ……と言う。きっと一番大切なこと。
『竜』を愛した森人は。そうして醒めやらない未来を夢に見る。
ずっと醒めない、夢を見る。
例えば、家族と何処かで出かけるとしたら。
例えば、友人たちと一緒に集まるとしたなら。
例えば、もっともっと大人になった時には。
例えば、より大勢を護れるくらい強くなれたら。
今は難しくても。明日はまだ無理でも。それでもいつか、きっと。
そんな風に想い描く。時の先に見定めて歩く為の標。
唯人の多くはそんな。“憧れ”と言う形も無い祈りに望みを託しその短い生を歩んでいく。
けれど森人の多くは、そうではないらしい。もっとずっと曖昧模糊として、漠然としていて。
長い長い時間をかけて漸く、自分の居場所だとか。生き方だとかを、偶々手元に来た物から選んでいく。
掴みには行かない。選ばれには行かない。決して多くない旅する森人を除けば彼らは善良で閉鎖的だ。
短命種と長命種。そこに横たわった時間の壁は絶対的で。取り返しがつく様な物ではない。
時間と言う物に対する感覚。生きると言う事に対する価値観も、必然として大きく乖離する。
唯人の社会の隣で、様々な種族を家族として抱える『竜の寵姫』コルネリウス・アーラは。
そんな森人に在っては異端であり、変わり者であり、世間ずれしていると言って良いだろう。
彼女の価値観はより唯人に近しく。だからこそ、その流れる時間の差異がよりはっきりと見える。
自分にとっては道の半ば。けれど彼にとっては、それはいずれ至るべき道程の果て。
例えば、本気で好きな人が出来たなら。したい事が沢山あった。
コルネリウスにも、憧れがあった。まるでそれが当たり前のことであるように。
今は――――今はどうだろう。いずれ、必ず、彼が居なくなる日がやって来ると言うことが。
ただ、寂しくて。恐くて。それでも――――後悔だけはしたくなくて。
■
彼女の想い人――――『黒鋼竜』アルベイル・ライゼンナクトは多忙だ。
『王国』と言う国土に在っても、彼ほど多くの柵を抱えた人間はそうは居ない。
居城である竜館の執務室に在っても。領内の施設に居ても。他貴族の領まで遠征していても。
王国の別邸に居る時ですら彼の裁可、采配を必要とする確認事項は数限りなく降り積もって行く。
それらを淡々とこなしていく姿には確かに憧憬と尊敬を禁じ得ないけれど。それはそれ、これはこれ。
貴族でも何でも無い。現在の社会的身分たるや平民の学生、でしかないコルネリウスにとって。
早足で駆けていく様な彼の手を取り制止の声を上げる。と言うのは途方もない障害の高さだ。
彼の恋人――――いわゆる寵姫、と言う立場を得て数カ月。今も尚。彼女はその感覚を振り切れていない。
「どうした、今日のパンは焼き立てを持って来させた筈だが」
「……うっ……や、頂きます……けど……けどっ!!」
一緒に朝食。周囲にはささやかな人払いがされており2人きり。恐らく貴重な隙間時間だろうに。
アルベイルは時に彼女を呼んでこうして共に過ごす時間を設けてくれる。彼女が何を訴えた訳で無くとも。
彼の足枷にはなりたくない。そう思うとどうしても遠慮がちになる彼女に慮って。と言う事が。
分かればこそその気持ちは嬉しい。それは勿論嬉しい、けれども。そう――――けれども、だ。
(……いつまで?)
いつまでこうしていられるだろう。彼の歩く道が、険しく。困難に未知、優しくない事はもう見えている。
何処かで罪を負うかもしれない。罰せられる日が来るかもしれない。例え彼が一切悪意とは無縁であっても。
そういう人を好きになった自覚はある。この世界は、立場と意思を以て高みを目指す人に決して優しくはない。
時の流れだって……きっと、自分が思うよりも遅くはない。
「……ベル」
「何だ、ルナ」
名を。特別な呼び名で呼ばれて思わず視線が揺れる。耳がそわつく。流石に未だ慣れない。
彼の声を鐘に例えた呼称も。それを楽し気に受け入れてくれた事にも、鼓動が躍る。
けれど、いつまでも甘えてはいられないと言う気持ちが彼女の背を押す。彼はもう動き出している。
彼の――――『竜』の隣に並び立つ『姫』を自認するなら。自分もそろそろ動き出さないといけない頃合いだ。
「お願いが、有るんですが……」
きっと、彼は待ってくれるだろう。例え今決断しなくても、一年でも、二年でも。花が咲くのを待つように。
だとしても。コルネリウスは一瞬でも早く一緒に同じ物を見られるようになりたかった。
――――だから。
■
大きな戦いがあった。多くの犠牲があった。『帝国』では国家の崩壊に伴い大勢の難民が流出した。
『王国』内でも高位貴族の乱が頻発し、何人もの兵が、騎士が死に、その家族が残された。
そう言った場合、一番最初に居場所を失うが弱者であり。即ち老人と子供だ。
降爵に当たり規模こそ縮小したが、『竜』の領内だけでも難民孤児の受け入れ施設は両手の指ほど存在する。
「領主様直々の推挙とお聞きしましたが……本当に宜しかったのですか?」
「勿論です! これからどうぞ宜しくお願い致します……!」
そんな孤児の世話をしたいと希望するコルネリウスに、アルベイルは殆ど疑問を挟まず了承を示した。
彼女には国内の。未だ実感として理解し切れていない“戦争が起きるとどうなるか”を学ぶ必要があった。
彼が“知性の敗北”と形容する力に依った革命を阻止する為にも経験と知見が不可欠だった。
願わくば、いずれは領内の孤児院全てを見て回りたいとすら思っていた。それは、学園では学べない事だ。
「それで、どう感じた」
「……どんな種族だとしても、子供は子供でした」
「そうだな」
「思うよりずっと賢くて、大人の嘘と偽りを見ていて、少なく無い子達が絶望を抱えていました」
「それが、国が民を遺し亡くなると言う事だ」
「何があっても、子供にあんな目をさせるのは間違っていると思います」
いざ現実と対面してみれば。かつての冒険者と言う立場がどれほど恵まれていたか思い知る。
いや、今もそうだ。少なくとも、コルネリウスには故郷が有り、家族が有り、友人が居て、恋人が居る。
独りの心細さに苛まれる事もそうない。それが“恵まれている”事だと改めて気付く事も、多くない。
それがある日一方的に、強制的に、抗う余地無く奪われた子供が何を見たのか。理解は、容易ではない。
「私は、弱い者だけが一方的に不利を押し付けられる世界が嫌いです。
……もし今、この『王国』がそうなのだとしたら……変えたいと、思います」
涙を滲ませ絞り出すように伝えた彼女に。彼は瞳を伏せて静かに頷いた。
席を立ち、何も言わず抱き寄せてくれた。コルネリウスはしがみ付いて、泣かない様に必死に耐えた。
今哀しいのは彼女ではない。ずっと哀しいのは、親を喪った子供達だ。同情はしても憐れむべきではない。
そうしてただ話を聞き、頷いてくれた事に。彼女がどれだけ救われたか。気付いていただろうか。
コルネリウスは週に二度。領内の孤児院を順繰りに巡る様になった。
■
それを露店で見つけたのは、そんな孤児院巡りを始めて幾許か経った頃の事だった。
孤児院は主に小規模の都市に多く、地価も物価も高い中・大規模の都市では余り見掛ける事が無い。
必然、院務めの侍女たちには娯楽が少なく、領内を巡る吟遊詩人や旅商人の動向には敏感だ。
王都産の少し洒落た装飾品など並べられた日にはすぐ話題に上がる。そしてコルネリウスにも付き合いがあった。
(……綺麗な柘榴石)
装飾より、横に除けられた宝石の方に視線が行った。まるで彼の瞳を思い出す鮮烈なまでの紅。
幾らか悩んで露天商と再三再四交渉し、その粘り腰に商人側が遂に折れた頃には、すっかり日が暮れていた。
そうして手づから加工し更に幾許か。漸く満足の行く完成を見た頃には手に入れて半月が経過していた。
「――――先輩を、お慕いしています」
別に人並み外れて器用ではないコルネリウスにとって、装飾品を自作すると言うのは決して容易ではなかった。
けれど自分が想う物を彼に贈りたいと言う思いは、想像以上の原動力となって彼女を突き動かした。
学園生活の最中金属加工について調べるのは大変だったが、紆余曲折を経て漸く出来た世界に唯一つの品。
その日は当のアルベイルも久々に登校して来る筈で、直接渡そうと早起きし意気揚々と彼の教室へ向かう。
結果、遭遇したその状況は。如何にコルネリウスとて一度も想像した事が無い訳では無い。と言う場面だった。
薄金の髪に真紅の瞳。この1年で一気に大人びたアルベイルの前に、良く似た長い金髪の線の細い女生徒。
染み一つ無い透明感のある白い肌の、唯人の綺麗な女の子。きっと貴族の御令嬢だ、と直感する。
声は届いていた。思考が理解を拒絶する。心臓が早鐘を打つ。両手で抱えた小箱を持つ手が震えた。
沈黙が空く。沈黙が恐い。それが、彼が言葉を捜す仕草だと知っているから。
盗み聞きなんて良くないのに、足は全く動かない。――――戦場なら、こんな事、絶対に無かった。
彼女は無力だった。やっぱり彼も同じ種族が良いのかな、と悪い妄想が一瞬過ぎる。
信じたいのに、信じたくても、恐い。だって自分は庶民で、森人だ。自信が無い。
……無い。
だって、コルネリウスは未だ――――一度も
永遠にすら感じられる数秒が過ぎた。アルベイルが小さく嘆息を零すと口を開く。
発せられた声は、然程珍しくも無い。普段通りの淡々としたそれだったけれど。
「すまないが、俺の方は貴公に興味が無い」
――――幾ら何でもあんまりじゃないだろうか、と思ってしまったのは。勝手過ぎるだろうか。
■
「どうして、貴女が泣きそうになっているのか」
「……ベルの、日頃の行いに聞いてみて下さい」
「心当たりがまるでない」
「……そういうところですよ……っ!」
ほっとして。膝から崩れた所を捕捉された。勿論泣きながら立ち去った女生徒の姿はない。
早朝、もう少しすれば同教室の生徒らが登校して来る。猶予が、それほどある訳ではない。
気合を入れて整えて来た髪型も化粧も擦ってしまって滅茶苦茶だ。気持ちの面でもボロボロだった。
折角頑張って用意した贈り物なのに、どうしてここぞ言う時にこうなってしまうのか。
何処か自暴自棄めいた想いで、困惑を滲ませ見下ろす彼に衣裳の裾を整えながら小箱を差し出す。
首を傾げ開かれた中身は、柘榴石に風鈴草を飾った腕装飾。
感謝・誠実な愛・共感――――その花には彼女の思い出と、精一杯の想いが込められていた。
じっと贈り物を見下ろすアルベイルの視線がコルネリウスに向いた。そのことにほっとする。
困ったことに。それはもう困ったことに。自分は彼の視線を独り占めしたいらしいと、そう思い知って。
笑ってしまいそうな。困惑交じりの笑顔と共に。彼女はただ思うままに声を上げた。
「……好きです」
色々考えて来たけれど。少しでも彼の力になれるように。同じ場所に居られるように。
同じものを見て、同じように考えらえるように。沢山沢山頭を捻って、一生懸命悩んで来たけれど。
「ベルのことが、好きです。私は何も持っていないけれど。高い理想も、貴い身分も、同じ種族でもないけれど」
多分ただ、想いを。願いを。夢を。憧れを。言葉にするなら――――それはとても単純なことだった。
「貴方の隣は、私が良い。他の誰にも譲りたくない。ずっと一緒に居たいです……好きです。大好きです」
真っ直ぐに。これ以上無くただ真っ直ぐに。伝えた言葉にアルベイルの視線が揺れる。
この日、先に視線を逸らしたのは。珍しく彼の方だった。
「……言いたい事は分かった。それと――――」
例えば、本気で好きな人が出来たなら。現実は思う以上に上手く出来ないし。憧れ通りには行かない。
不安なことも、辛いことも、苦しいことも幾らもある。きらきらばかりしていない。全然違う。
けれどいつかの自分に教えられることが、また一つ増えた。それは憧れのもう一歩先の話。
あなたが好きになる人は、強くて、賢くて、不器用で、頑張り屋で、意地っ張りで――――
「……俺も、ルナと同じように思ってはいる」
――――好きになって良かったと。そう思える人だよ……と言う。きっと一番大切なこと。
『竜』を愛した森人は。そうして醒めやらない未来を夢に見る。
ずっと醒めない、夢を見る。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。