イメージノベル『シルトラース帝国崩壊』1

レイウェスト・バルダス
帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが……。
できる限り、詳細に話すつもりだ。長くなるかもしれない。それでもよければ……
●
――思っていたよりも、騒がしいものだな。
レイウェスト・バルダスは胸中で呟いた。リブラネスタの中でも要人たちが集う会議場は、レイウェストの生家である帝城と比べても豪奢なものだった。
赤い絨毯が敷かれた会議場の中心には、サウゼル大森林から切り出したという巨大な木製の円卓が据えられており、様々な装いの人々が案内されては、それぞれの席についていく。多くは側近や護衛を伴っており、時間とともに物々しさが目立ってきた。
開催までは、まだ時間がある。
誰も彼もが、会議場の奥に座るレイウェストを一度は眺めては、側近や護衛、あるいは臨席の要人と言葉を交わす。地位のある人々の集まりと聞いて、厳粛な場を想像していたレイウェストであったが、『期待』を裏切られた形であった。
このあたりは帝国と同盟という風土の違いもあるのかもしれない。
――いや。
そうでも、ないのだろう。エルフも、ハーフリングも、ドワーフも、リザードマンも、ハーフビーストも、ゴブリンも……もちろん、ヒューマンも、種族出自を問わず、高揚の気配がある。
無理もない。帝国崩壊の事実が、他でもない皇族唯一の生き残りの口から語られるのだ。
「……エフレム。やはり、見つからないか」
「ええ」
レイウェストは後ろに控えるリザードマン――レイウェストの近衛騎士エフレムに問うたが、その答えは簡潔なものだった。レイウェストの吐息に、わずかばかりの力が籠もる。
そこに。
「時間だ。始めようじゃないか」
レイウェストの隣から、女性の声が響き渡った。リブラネスタの代表である『女狐』ヴィルジニア・テレーザ・セルッティ。自由を示す青色のターバンを巻いた彼女の一声で、会場はまたたく間に静まりかえる。
「リブラネスタへようこそ、お客人! 特に、フィルエス大森林やシグモルの民にとっては、少々遠回りな道程となったと聞いている。まさか、ビッグオウムどもが飛ぶことを嫌がるとは夢にも思わなかった。……なぁ、ドン・ゴーフル?」
すこし掠れたヴィルジニアの声と皮肉げな視線が、円卓の反対側、黒いシャツに――スーツ、というらしい――装束を身にまとう、緑肌のゴブリンへと向けられた。ゴブリンたちの都市国家『ゴールディ』の長であるドン・ゴーフルは、眼前に積み上がる菓子を摘みながら、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「あァ? 俺たちの仕込みだってェのか、『女狐』」
「――とまぁ、このゴブリンはこっち側だから、安心してくれていい。エルフのお客人も、そう険しい顔はしないでおくれよ。今日は長くなる。できるだけ、リラックスしていこうじゃないか」
「配慮には、感謝するが」
外界に出てくるエルフにしては珍しい、皺の混じった壮年のエルフ――灰火の氏族、『ルイン』の者であることを示す、灰色のローブと赤い輝石の耳飾りをつけている――グレイオンスは、銀嶺に似た瞳をレイウェストへと向けた。
「我らが茶番に付き合う道理はない。我らにとって重要なのは、此度の災禍、あの『魔生の霧』が世界樹に及ぶか否かであり、」
「オイオイノッポ! 俺にきったねェ色目を使ったことに対する詫びにしちゃァ、随分と舌が回るじゃァねェか。あァ? 最近じゃゴブリン狂もチラホラいるみてェだがてめェもそのクチかよ」
「…………」
ドン・ゴーフルの野次につられるように会場から失笑が生まれ、心底不快げに鼻を鳴らしたグレイオンスは口を閉ざした。相手にしないことにしたらしい。だが、混沌は止まらない。
「ヤッバ! あのエルフ、ゴブリンに口で負けてんじゃん!」
ちょうどグレイオンスの反対側に座っているドワーフ王(女性であるから女王と呼ぶべきだが、慣習からドワーフ王と呼ぶことになっている)、シグルランが桃色の三編みを揺らして大笑すると、会場は最早収拾がつかなくなった。
予想外の流れに目をむいていたレイウェストであったが、視線を感じて振り向くと、ヴィルジニアがこちらを横目にみやり、白皙に笑みを浮かべている。場は温めた、というところだろうか。
――ひょっとすると私は、頼ってはいけない人物と縁を結んでしまったのでは……?
レイウェストは自らの対面に座す、リーンエス王国の王族代表であるウィリアム・リーンエス王子を見やる。にこやかに左手を掲げる彼からの勧めと助けのもとでこの場にたどり着いたレイウェストとしては、恩人とは感じつつも物申したい気分はある。自分は生真面目で融通が利かない。だから、欲を言えば厳粛な開催を望んでいたのだが……。
「……それでは、私から述べさせていただく」
第八位皇位継承者であるレイウェストにとって初めての戦場が、幕を上げた。
「帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが――」
●
夕焼けで照らされた室内、レイウェストはリーンエス王国の歴史書に目を通していた。未だ夏盛り。自室の窓はすべて開け放たれているが、風が強いシルトラースの地であっても射し込む西日の暑さは抑えきれず、レイウェストの額にはわずかに汗が浮かんでいる。
皇族の読み物であるためか、専門の文官の手で写本された各頁は読みやすく整理されており、加えてところどころに識者の注釈が書き込まれている特製品である。
レイウェストは皇族ではあるものの、授恵者ではない。能力主義、実力主義を掲げるシルトラース帝国、ましてやその皇族とあっては、穀潰しに価値はない。レイウェストに限らず、授恵者になれなかった皇族は帝国の発展に寄与する学問に身を捧げる者が多い。レイウェスト自身もまた、武芸を学びはしているものの、軸足は学問に置かれている。
ただ、大陸一の美姫と謳われる母譲りの美貌が外交的価値を有していることは、事実であった。
『あまりに美しすぎるために人心を乱す』という理由でレイウェストの母親にヴェールを被ることを命じ、後宮からの出入りの制限をした――父であり、夫でもある――皇帝が、彼女を外交の任から解いて久しい。そのような経緯から期待されている内容に不安はありつつも、皇族の役目として果たさねばならないものという責任感から、夜が深まるまで書物に向かうことが日課となっていた。
彼の近衛騎士であるエフレムは不在だ。元々は母の近衛騎士であったリザードマンは、レイウェストの出生以降はレイウェストの近衛騎士となっている。レイウェストにとっては全幅の信頼を置く半身とも言える存在であるが、卓越した召喚術の技量や術師としての能力から、他所から要請が掛かることが多い。直接的な役務からは遠いレイウェストとしては申し訳無さもあるが、求めに応じてエフレムを任に当てることもまた、レイウェストに求められている役割でもあった。エフレムは現在、帝国騎士への教導に臨んでいる。
書物に向かうレイウェストの胸中をちろりと焼く焦燥を含め――何気ない日常の一時であった。
ぞ、と。粘質な風が、レイウェストの背を撫でるまでは。
「……?」
レイウェストは傍らに立て掛けていた長剣を手に、窓から外を伺った。帝城を中心に円状に広がる帝都は、夕日に染め上げられ赫々と燃えているかのよう。レイウェストにとっては見慣れた光景であったが、その至るところから、多量の黒影が舞い上がる。
鳥だ。と、そう思ったのもつかの間のこと。床が――否、帝都そのものが鳴動しているかのような振動に襲われる。
「これ、は……!」
強大に過ぎる振動に、彼方此方から軋む異音が鳴り響く。耳を聾するかのような轟音に達するに至る。帝城が保たない、そう直感したが、授恵者ならぬレイウェストには如何ともしがたい。窓枠にしがみつきながら、なんとか座り込まずにいることが精一杯だった。
「くっ……!」
皇帝陛下。母上。せめて、その二人の安全を……と、窓辺にしがみついていたことをやめ、床に這う。匍匐しながらでも、せめて、この身で果たすべきを果たさねば――と思っていた、その時のことだった。
「が、っ」
強烈な酩酊感に襲われ、たまらず吐瀉する。
先程から感じている粘質な空気の不快感。それに加えての強大な振動のためか、はたまた。
――毒、か?
帝都を覆う異常と我が身に起こった異変を、他国や外敵の侵略行為と結びつけたレイウェストは、頭を振ってその考えを振り払う。吐き気はひどく、目眩により足腰も定まらない。これが毒によるものだとするならば、レイウェストを狙う動機に欠ける。このような異常事態を引き起こしうる存在がいたとして、レイウェストがその眼中に入るはずもない。
■■■■■■■■■――――!!
鳴動を貫いて、ひとびとの叫喚が響いた。すぐに、それらを飲み込む硬質な音が響く。怨々と。轟々と響く、それ。音は次第に巨大に、近くなる。ああ、と。レイウェストは理解し、呻くほかなかった。
崩れているのだ。この帝城が。こんなにも脈絡なく。こんなにも、呆気なく。為すすべもなく――崩れ去るのか。死ぬのか。
「……っ、あ……!」
酩酊感を無理やりにねじ伏せて、身を起こす。なんとか。なにか、できることを……!!
崩落の音は、すぐそこにまで迫っている。聞き知った声が悲鳴となり、消えていく。
「、あ、ああ…………っ!」
これしかない、と。レイウェストは直観に従い、剣を杖代わりに立ち上がる。酩酊感に歯を食いしばることで耐えながら、窓枠へと至り――。
「、……っ!」
飛んだ。
そこに、レイウェストはまず安寧を感じた。酩酊感は未だ残るが、あの強大な鳴動から開放されたことが、この上なく心地よい。血の色にも似た空を見上げながら、レイウェストは落下していく。明瞭になった思考の中、もはや為す術がなくなったレイウェストは、目を閉じた。
水堀がないことは、レイウェストだってわかっていた。そこにあるのは、庭園に過ぎないと。
けれど、これしかなかった。
加速を感じながら、墜落を体感しながら、レイウェストは待つ。待つ先に訪れるものが、死であっても、もう、構わなかった。自分は皇族として、出来ることはやりきった。だから。
だから――。
「殿下…………っ!」
待ち望んだ声が聞こえたとき、かつて無いほどの緊張に晒されていたレイウェストの視界が、暗転した。
――思っていたよりも、騒がしいものだな。
レイウェスト・バルダスは胸中で呟いた。リブラネスタの中でも要人たちが集う会議場は、レイウェストの生家である帝城と比べても豪奢なものだった。
赤い絨毯が敷かれた会議場の中心には、サウゼル大森林から切り出したという巨大な木製の円卓が据えられており、様々な装いの人々が案内されては、それぞれの席についていく。多くは側近や護衛を伴っており、時間とともに物々しさが目立ってきた。
開催までは、まだ時間がある。
誰も彼もが、会議場の奥に座るレイウェストを一度は眺めては、側近や護衛、あるいは臨席の要人と言葉を交わす。地位のある人々の集まりと聞いて、厳粛な場を想像していたレイウェストであったが、『期待』を裏切られた形であった。
このあたりは帝国と同盟という風土の違いもあるのかもしれない。
――いや。
そうでも、ないのだろう。エルフも、ハーフリングも、ドワーフも、リザードマンも、ハーフビーストも、ゴブリンも……もちろん、ヒューマンも、種族出自を問わず、高揚の気配がある。
無理もない。帝国崩壊の事実が、他でもない皇族唯一の生き残りの口から語られるのだ。
「……エフレム。やはり、見つからないか」
「ええ」
レイウェストは後ろに控えるリザードマン――レイウェストの近衛騎士エフレムに問うたが、その答えは簡潔なものだった。レイウェストの吐息に、わずかばかりの力が籠もる。
そこに。
「時間だ。始めようじゃないか」
レイウェストの隣から、女性の声が響き渡った。リブラネスタの代表である『女狐』ヴィルジニア・テレーザ・セルッティ。自由を示す青色のターバンを巻いた彼女の一声で、会場はまたたく間に静まりかえる。
「リブラネスタへようこそ、お客人! 特に、フィルエス大森林やシグモルの民にとっては、少々遠回りな道程となったと聞いている。まさか、ビッグオウムどもが飛ぶことを嫌がるとは夢にも思わなかった。……なぁ、ドン・ゴーフル?」
すこし掠れたヴィルジニアの声と皮肉げな視線が、円卓の反対側、黒いシャツに――スーツ、というらしい――装束を身にまとう、緑肌のゴブリンへと向けられた。ゴブリンたちの都市国家『ゴールディ』の長であるドン・ゴーフルは、眼前に積み上がる菓子を摘みながら、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「あァ? 俺たちの仕込みだってェのか、『女狐』」
「――とまぁ、このゴブリンはこっち側だから、安心してくれていい。エルフのお客人も、そう険しい顔はしないでおくれよ。今日は長くなる。できるだけ、リラックスしていこうじゃないか」
「配慮には、感謝するが」
外界に出てくるエルフにしては珍しい、皺の混じった壮年のエルフ――灰火の氏族、『ルイン』の者であることを示す、灰色のローブと赤い輝石の耳飾りをつけている――グレイオンスは、銀嶺に似た瞳をレイウェストへと向けた。
「我らが茶番に付き合う道理はない。我らにとって重要なのは、此度の災禍、あの『魔生の霧』が世界樹に及ぶか否かであり、」
「オイオイノッポ! 俺にきったねェ色目を使ったことに対する詫びにしちゃァ、随分と舌が回るじゃァねェか。あァ? 最近じゃゴブリン狂もチラホラいるみてェだがてめェもそのクチかよ」
「…………」
ドン・ゴーフルの野次につられるように会場から失笑が生まれ、心底不快げに鼻を鳴らしたグレイオンスは口を閉ざした。相手にしないことにしたらしい。だが、混沌は止まらない。
「ヤッバ! あのエルフ、ゴブリンに口で負けてんじゃん!」
ちょうどグレイオンスの反対側に座っているドワーフ王(女性であるから女王と呼ぶべきだが、慣習からドワーフ王と呼ぶことになっている)、シグルランが桃色の三編みを揺らして大笑すると、会場は最早収拾がつかなくなった。
予想外の流れに目をむいていたレイウェストであったが、視線を感じて振り向くと、ヴィルジニアがこちらを横目にみやり、白皙に笑みを浮かべている。場は温めた、というところだろうか。
――ひょっとすると私は、頼ってはいけない人物と縁を結んでしまったのでは……?
レイウェストは自らの対面に座す、リーンエス王国の王族代表であるウィリアム・リーンエス王子を見やる。にこやかに左手を掲げる彼からの勧めと助けのもとでこの場にたどり着いたレイウェストとしては、恩人とは感じつつも物申したい気分はある。自分は生真面目で融通が利かない。だから、欲を言えば厳粛な開催を望んでいたのだが……。
「……それでは、私から述べさせていただく」
第八位皇位継承者であるレイウェストにとって初めての戦場が、幕を上げた。
「帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが――」
●
夕焼けで照らされた室内、レイウェストはリーンエス王国の歴史書に目を通していた。未だ夏盛り。自室の窓はすべて開け放たれているが、風が強いシルトラースの地であっても射し込む西日の暑さは抑えきれず、レイウェストの額にはわずかに汗が浮かんでいる。
皇族の読み物であるためか、専門の文官の手で写本された各頁は読みやすく整理されており、加えてところどころに識者の注釈が書き込まれている特製品である。
レイウェストは皇族ではあるものの、授恵者ではない。能力主義、実力主義を掲げるシルトラース帝国、ましてやその皇族とあっては、穀潰しに価値はない。レイウェストに限らず、授恵者になれなかった皇族は帝国の発展に寄与する学問に身を捧げる者が多い。レイウェスト自身もまた、武芸を学びはしているものの、軸足は学問に置かれている。
ただ、大陸一の美姫と謳われる母譲りの美貌が外交的価値を有していることは、事実であった。
『あまりに美しすぎるために人心を乱す』という理由でレイウェストの母親にヴェールを被ることを命じ、後宮からの出入りの制限をした――父であり、夫でもある――皇帝が、彼女を外交の任から解いて久しい。そのような経緯から期待されている内容に不安はありつつも、皇族の役目として果たさねばならないものという責任感から、夜が深まるまで書物に向かうことが日課となっていた。
彼の近衛騎士であるエフレムは不在だ。元々は母の近衛騎士であったリザードマンは、レイウェストの出生以降はレイウェストの近衛騎士となっている。レイウェストにとっては全幅の信頼を置く半身とも言える存在であるが、卓越した召喚術の技量や術師としての能力から、他所から要請が掛かることが多い。直接的な役務からは遠いレイウェストとしては申し訳無さもあるが、求めに応じてエフレムを任に当てることもまた、レイウェストに求められている役割でもあった。エフレムは現在、帝国騎士への教導に臨んでいる。
書物に向かうレイウェストの胸中をちろりと焼く焦燥を含め――何気ない日常の一時であった。
ぞ、と。粘質な風が、レイウェストの背を撫でるまでは。
「……?」
レイウェストは傍らに立て掛けていた長剣を手に、窓から外を伺った。帝城を中心に円状に広がる帝都は、夕日に染め上げられ赫々と燃えているかのよう。レイウェストにとっては見慣れた光景であったが、その至るところから、多量の黒影が舞い上がる。
鳥だ。と、そう思ったのもつかの間のこと。床が――否、帝都そのものが鳴動しているかのような振動に襲われる。
「これ、は……!」
強大に過ぎる振動に、彼方此方から軋む異音が鳴り響く。耳を聾するかのような轟音に達するに至る。帝城が保たない、そう直感したが、授恵者ならぬレイウェストには如何ともしがたい。窓枠にしがみつきながら、なんとか座り込まずにいることが精一杯だった。
「くっ……!」
皇帝陛下。母上。せめて、その二人の安全を……と、窓辺にしがみついていたことをやめ、床に這う。匍匐しながらでも、せめて、この身で果たすべきを果たさねば――と思っていた、その時のことだった。
「が、っ」
強烈な酩酊感に襲われ、たまらず吐瀉する。
先程から感じている粘質な空気の不快感。それに加えての強大な振動のためか、はたまた。
――毒、か?
帝都を覆う異常と我が身に起こった異変を、他国や外敵の侵略行為と結びつけたレイウェストは、頭を振ってその考えを振り払う。吐き気はひどく、目眩により足腰も定まらない。これが毒によるものだとするならば、レイウェストを狙う動機に欠ける。このような異常事態を引き起こしうる存在がいたとして、レイウェストがその眼中に入るはずもない。
■■■■■■■■■――――!!
鳴動を貫いて、ひとびとの叫喚が響いた。すぐに、それらを飲み込む硬質な音が響く。怨々と。轟々と響く、それ。音は次第に巨大に、近くなる。ああ、と。レイウェストは理解し、呻くほかなかった。
崩れているのだ。この帝城が。こんなにも脈絡なく。こんなにも、呆気なく。為すすべもなく――崩れ去るのか。死ぬのか。
「……っ、あ……!」
酩酊感を無理やりにねじ伏せて、身を起こす。なんとか。なにか、できることを……!!
崩落の音は、すぐそこにまで迫っている。聞き知った声が悲鳴となり、消えていく。
「、あ、ああ…………っ!」
これしかない、と。レイウェストは直観に従い、剣を杖代わりに立ち上がる。酩酊感に歯を食いしばることで耐えながら、窓枠へと至り――。
「、……っ!」
飛んだ。
そこに、レイウェストはまず安寧を感じた。酩酊感は未だ残るが、あの強大な鳴動から開放されたことが、この上なく心地よい。血の色にも似た空を見上げながら、レイウェストは落下していく。明瞭になった思考の中、もはや為す術がなくなったレイウェストは、目を閉じた。
水堀がないことは、レイウェストだってわかっていた。そこにあるのは、庭園に過ぎないと。
けれど、これしかなかった。
加速を感じながら、墜落を体感しながら、レイウェストは待つ。待つ先に訪れるものが、死であっても、もう、構わなかった。自分は皇族として、出来ることはやりきった。だから。
だから――。
「殿下…………っ!」
待ち望んだ声が聞こえたとき、かつて無いほどの緊張に晒されていたレイウェストの視界が、暗転した。