【DA】リーンエスの耳
コルネリウス・アーラ/
フェアロス・アーラ・アスプロス
アルド・シャウアー
『ノベルタイトル:君の道に灯りをともす』白葉うづき
●
「そんなに緊張しなくていいんですよ」
「う、うん。そうだよね」
そう言いながら少年が出した足は、手と同じ方向だ。僅かによろける彼を支えつつ、コルネリウス・アーラはほんの少し背の小さな男の子――アルド・シャウアーに手を差し出す。少年は嬉しそうに手を伸ばし、きゅっと握った。
二人は今、リーンエス王国から続く道を歩いていた。王国からほど近く、とある小さな街にフェアロス・アーラ・アスプロスが滞在しているらしい。学園が休みとなる合間のちょっとした旅だ。
「お姉ちゃんのお父さん……フェアロス、さん?」
「はい。教会でお話しましたね」
「フェアロスさんは、研究をする人、なんだよね」
「ええ。エーテルについての研究を長い間しているんですよ」
コルネリウスの父は、フィルエス大森林に居を構える賢者とも呼ばれる人物だ。かつてはシルトラース帝国の軍で魔法研究にも携わっていた治療者 であり、今は世界を周りながら自らの知識や経験を役立てている。百以上の年を重ねた彼の知識は薬草学や植物知識をはじめ幅広く、アルドの気になっているエーテル研究という分野にも造詣が深い。
「そんなにすごい人、なんだ」
だんだんと声が小さくなり、視線を彷徨わせる少年は今年学園に入ったばかりの一年生だ。授業を受け、学園で過ごし、そしてギルドで依頼を受けるうちに、『研究者はとても忙しい』というイメージを持ったらしい。
「忙しい人なのに、いいのかな」
少年を理解した上で、コルネリウスは微笑む。
「大丈夫ですよ。アルドくんにも会ってみたいと言っていましたから」
「え! 僕のこと知ってるの?」
「手紙でアルドくんのことや、グナーデ教会のこともお話したことがありますよ」
コルネリウスとフェアロスは仲の良い父子だ。定期的に連絡を取り合うことで、お互いの動向もある程度知っている。
「そっか……何だか照れくさいね」
「父のこと、もっとお話ししますか? そうすれば、緊張も和らぐかもしれません」
「うん!」
アルドは楽しそうにコルネリウスの話に耳を傾ける。やがて遠くの方に、目的地が見えてきた。
●
程なくして辿りついた街は、畑風景の広がる素朴な場所だった。外周をぐるりと魔獣除けの柵が巡り、街中には整備された小川が流れている。フェアロスは街の宿屋に泊まっているらしく、コルネリウスとアルドは街の人に道を聞いた。
「すぐ近くにあったね」
「旅人向けの宿屋ですから。ああ、この建物みたいですね。すみませーん!」
「はい」
コルネリウスの呼びかけに、随分と聞き慣れた声が答えた。急ぐようにして顔を出したのは、まさに探していた人物。フェアロス・アーラ・アスプロスその人。
「よく来ましたね。長旅で疲れたでしょう、部屋に行って荷物を下ろして来なさい。話は通してありますから」
「ええと」
コルネリウスがひと呼吸置く。
「どうして父さんが宿屋の応対をしてるんですか……?」
何でもないように話を進めようとする父に、至極真っ当な疑問をぶつけた。きょとんとしていたフェアロスは、ああ、と微笑む。
「宿屋の方が買い物に出かけるとのことで、少しの間、代わりをお願いされたんです」
「そ、そうですか」
随分と不用心だとは思うが、父なら有り得ないことではないと何故だか納得してしまった。それから、窺うように見ていた少年の肩に両手を置く。
「父さん、こちらがアルドくんです」
「貴方が……こんにちは、初めまして」
微笑むフェアロスに、緊張の取れないアルドがぴんと背筋を伸ばす。
「うん、あ、はい! こんにちは、アルド・シャウアーと言います」
「フェアロス・アーラ・アスプロスと申します。素敵なお客さんが来てくれて、とても嬉しいですよ」
「あ、ええと、こちらこそ」
「それでは荷物を置いてきますね。父さん、部屋を教えてくれますか?」
「ええ、案内しましょう」
二人が移動しはじめると、緊張の糸が緩んだのかアルドは深く息を吐く。そうしてすぐに頬をぱちぱち叩いて、二人の後を追った。
部屋から出ると、ちょうど宿屋のおかみさんが戻ってきていた。フェアロスは留守を預かっていたお礼を言われた後、二人の待つ外へと出てくる。
「それでは行きましょうか」
「どこに行くんですか?」
「あの森へ。大丈夫です、何度か調査に訪れましたが、魔獣の類はいません」
二人を伴う形でフェアロスは歩いていく。ゆったりとした歩調の中、フェアロスは少年とコルネリウスを振り返った。
「改めて、はるばるよく来てくださいました。シャウアーさんは今年から学園生でしたね」
「はい! お姉ちゃ、あ、コルネリウスさんたち、に、……ご協力をいただいて、成し遂げることが出来ました」
どうやらアルドは、フェアロスとの会話を先生や教授と話す時の口調に決めたようだ。最近礼儀作法もよく勉強しているらしく、以前あった言いよどみも少なくなっていた。練習の成果、と言わんばかりにコルネリウスを向いて得意げにしている。
「コルネから話を聞いています。薬草や、エーテルの研究にも興味があるのですね。それなら、私が力になれるかもしれません」
「僕も聞いてます! お姉ちゃ、あ、えっと」
「お姉ちゃんでいいんですよ、アルドくん」
「ええ。どうぞ話しやすいように話していただければ嬉しいですから」
二人の言葉に、顔を見比べた少年は頷く。
「ごめんなさい、すごい人だって思ったから、ちゃんとしなきゃと思って……でも、何だか安心しました」
「安心、ですか?」
「お姉ちゃんの言った通り、とても優しい人」
微笑んだ少年に、二人も顔を見合わせ笑う。
「それにしても、コルネはお姉ちゃんが板についてきたのですね……昔はあんなにも小さな子だったというのに、時の流れを強く感じます」
「お姉ちゃんの小さい頃、ですか? なんだか想像がつかないです」
「気になりますか?」
「あの! 父さん、あまり余計なことは……ほら、今日しか時間がないのですから、役立つお話をしてあげてください」
「おや、そうですか? ふふ、ならそうしましょうか」
やがて三人は森の入り口に到着した。少年を振り返り、瞳を見つめながらフェアロスは微笑む。
「それでは、この広大な世界の一端に触れてみましょう」
●
森の中は静寂に包まれていた。さわさわと葉が揺れ、歩くたびに草むらが擦れて揺れる。青々とした森の風景は柔らかい日差しが降りそそぎ、心地よい光を与えていた。恵みに満ちた森だと、コルネリウスは感じる。
「この世界の興りは御存じでしょうか」
「世界は、ええと……神様……『世界を創った創造神が、澱を掬いあげて、このマテリアル界を御造りになった』」
「ええ、有名な神話ですね。この世界にあるすべては澱……エーテルから出来ているといっても過言ではありません」
大地、海、空をはじめとした世界を形づくるもの。木々、川、地形、天候にもエーテルは関わり、影響を与えている。
「私たちにも生まれた時からエーテルが巡っています。その扱いに長けた者たちは、『神の祝福 』を授かった者、いわゆる『授恵者 』と呼ばれますね。私たちはそれぞれが持つ性質に合わせ、エーテルを扱うことが可能です」
「それぞれの性質、ですか?」
「はい。例えば、貴方と私、貴方とコルネは使える魔法が違いますね。似た性質 を持っていても、その魔法の色や形、現れ方も異なることがあります。これは授恵者が魔法を習得した後、考え方や力の捉え方などでエーテルの扱いやすい形が変化していく可能性を意味しています」
フェアロスは柔らかく語る。少年の疑問には寄り添い、表情を見ては置いて行かないよう歩調を緩める。少年もまた物怖じせずに質問を重ね、真剣な瞳でそれを享受する。エーテルについての特別講義は続いていった。
「コルネ、元気ですか?」
「え。はい、元気いっぱいですよ」
「それは、貴方の中に巡るエーテルが安定しているということだと、私は考えています。エーテルが少なすぎたり多すぎたり、怪我や病気をしてもエーテルの乱れが起こり、身体に不調を感じてしまう。その時は外傷を治すことでエーテルの乱れを戻し、精神共に安定をした状態に戻るのだと」
そこまで話をしたところで、フェアロスは手招き、コルネリウスとアルドを導く。指し示された森の端っこは、僅かに枯れが混じっていた。
「けれど、大地に巡るエーテルの乱れは、私たち治療者 でも治すことは出来ません。大陸は今、病魔に侵されつつあるといえばわかりやすいでしょうか」
「病魔?」
「大地に巡るエーテルを、吸い上げてしまう存在がいるのです」
「それって……」
少年がきゅっと口を引き結ぶ。きっと彼も知っている――今現在の帝国の惨状を生み出したその存在を。そのせいで彼ら孤児が生まれ、あの神父の居場所も失われたことを。コルネリウスは柔らかく少年の背を支える。今のこの子ならば受け止め、考えられると確信があった。そんな彼だと思ったからこそ、自分は今こうしている。
「そうですね。アルドくんの考えている通り、幽界樹の影響で枯れつつある大地が増えているようです」
「最近は分樹と呼ばれる存在も確認されています。今もなお、その病魔は大地を襲っているのです」
「そうなんですね……一度枯れた大地は、ええと……エーテル浄化者がいれば、大丈夫?」
「おや、よくご存じですね」
「神父がそうだから。……そっか。神父は、その力が嬉しかったんだ」
「嬉しい、ですか?」
「えっと……そんなものに僕らは負けないぞって」
「生まれ育った地を蝕むものに対抗する手段、ということですか。そうして、今ある大切な場所を守る力を手に入れた」
「うん、そんな感じ」
コルネリウスはふと気付く。
「アルドくんがエーテルに興味を持ったのは、メルチスさんがいたからでしょうか」
少年が敬愛する神父は、高い治癒能力を持つ授恵者であり、エーテル浄化者でもあった。その彼を傍で見ていれば、おのずと興味が湧いてもおかしくない。
「そう、かも……神父みたいに出来たらって思ったから。……あの、フェアロスさん」
「はい、何でしょうか」
「僕もエーテル調査のお手伝い、してもいいですか?」
「ええ、もちろんです。コルネも手伝ってくれますか?」
「はい」
三人は森を歩き回り、周辺のエーテルの流れを調べる。その間も特別講義は続いていった。
「見たことない薬草だ」
「コルネはわかりますか?」
「これは少し苦いですが、たくさん水を含んでいる不思議な薬草です。煮立てると水の量が倍に増えて、野営にも役立ちます」
「よくできました、その通りです」
手を伸ばし、フェアロスがコルネリウスを撫でる。コルネリウスも嬉しそうに頬を緩めたが、アルドの視線にはっとし、慌てて身を引いた。
「と、父さん、その……照れてしまいますから」
「そうですか? ふふ、わかりました」
「お姉ちゃんはフェアロスさんが、フェアロスさんはお姉ちゃんが大好きなんだね」
嬉しそうにアルドが言う。そうですよとフェアロスが返し、コルネリウスについて語り出すのもまた照れくさかったけれど、彼女も止めることはなかった。
●
宿に帰ると、既に夕食の時刻。食堂に用意されたのはパンや野菜のスープといった素朴なものだ。三人は席に着く。
「それでは、いただきます」
「「いただきます!」」
パンは温かく、野菜スープの具も食べがいがあった。アルドがじゃがいもを崩し、じっと見つめる。
「どうしましたか?」
「ええと……野菜もエーテルの恵みで育ったんですよね。そう考えると、エーテルについて知ることって、世界を知ることなんだなって」
「確かにそうですね。戦う時も、エーテルの性質について知っていて損はないと思います」
「今日は色んなお話が聞けて、本当に楽しかったです。僕も、たくさん考えることが出来ました」
少年の瞳が輝き、充実した表情にコルネリウスもまた胸が満たされる。
「アルドくんにとって、有意義な時間が過ごせたようで良かったです」
「うん! エーテルについて知れば知るほど、すごく興味が湧いてきたよ。それに、フェアロスさんみたいに人の役に立てるんだなって知れたのも……すごく嬉しい」
そう言ってフェアロスを見る。彼が今、分樹に関する調査を手伝っていることも少年は承知していた。
「お話しながら考えてたんだ。僕、人の役に立ちたい、この力を役立てたいと思ってたけど、どうしていいか全然わからなかった。勉強すればそのやり方がわかるんじゃないかって思って……その通りだった。僕、フェアロスさんみたいになりたいな」
「私みたいに、ですか?」
「ん、と……」
ゆっくり、少年は自分の言葉をまとめる。
「色んなことを知っていて、それをどうやって役に立てていくか知っていたり、考えたりすることが出来る人。それに、とっても優しい。……あのね、神父に似てる、っていうのもある、かな」
「どんな方なのでしょうか」
「神父は……全然怒らなくて、優しくて穏やかで、僕たちのことばっかり考えていて、治療の力が凄くて……お酒が強くて、時々抜けてて、あんまり絵は上手じゃなくて……あ、この辺は似ていないかな」
フェアロスはまた微笑む。
「貴方が大好きで、貴方も大好きな人、ですね」
「はい! 僕の、親代わりのような人」
少年の口から親、という言葉をコルネリウスは初めて聞いた。それから少年は、ぽつぽつと話し出す。帝国が崩れ行く時にはぐれたまま、ずっと会えていないこと。神父が何度も調べても駄目だったこと。
「そうだったんですね……」
「二人とも、よく『アルドのやりたいことが見つかると良いね』って言ってくれたんだ。……僕、出来てるかな。お姉ちゃんたちのおかげで、出来た気がする」
ありがとうと紡ぐ言葉は、少し震えている気がした。
「寝てしまいましたね」
「今日だけでたくさんお話をしてしまいましたから、疲れてしまったのでしょう。とても利発な子ですね」
「はい。それに、とても優しいんです」
フェアロスの部屋で、まだ三人はお話をしていた。コルネリウスとフェアロスが家族について話すのを聞いている内にうとうとし、寝てしまったようだ。その寝顔はあどけない。
「この子が未来に取る選択肢を広げることが出来たと、そう感じますね」
「そうだといいな、と思います。今日は本当にありがとうございました、父さん」
「いいえ。愛する娘のため、それに未来の光のためですから」
「そうですね。こうして見守ることが出来るというのは、幸せだとも思います」
フェアロスは手を伸ばし、またコルネリウスを撫でた。
「貴方が掛け替えのないものに出会い、こうして導きの光を灯す姿を見られることは、私にとっても本当に幸せなことです。本当に大きく立派になりましたね、コルネ」
「父さん……」
優しく、温かく包み込む言葉に胸が熱くなる。少年の柔らかい寝息を聞きながら、コルネリウスは父に寄り添い、温もりに身を委ねた。
「そんなに緊張しなくていいんですよ」
「う、うん。そうだよね」
そう言いながら少年が出した足は、手と同じ方向だ。僅かによろける彼を支えつつ、コルネリウス・アーラはほんの少し背の小さな男の子――アルド・シャウアーに手を差し出す。少年は嬉しそうに手を伸ばし、きゅっと握った。
二人は今、リーンエス王国から続く道を歩いていた。王国からほど近く、とある小さな街にフェアロス・アーラ・アスプロスが滞在しているらしい。学園が休みとなる合間のちょっとした旅だ。
「お姉ちゃんのお父さん……フェアロス、さん?」
「はい。教会でお話しましたね」
「フェアロスさんは、研究をする人、なんだよね」
「ええ。エーテルについての研究を長い間しているんですよ」
コルネリウスの父は、フィルエス大森林に居を構える賢者とも呼ばれる人物だ。かつてはシルトラース帝国の軍で魔法研究にも携わっていた治療者 であり、今は世界を周りながら自らの知識や経験を役立てている。百以上の年を重ねた彼の知識は薬草学や植物知識をはじめ幅広く、アルドの気になっているエーテル研究という分野にも造詣が深い。
「そんなにすごい人、なんだ」
だんだんと声が小さくなり、視線を彷徨わせる少年は今年学園に入ったばかりの一年生だ。授業を受け、学園で過ごし、そしてギルドで依頼を受けるうちに、『研究者はとても忙しい』というイメージを持ったらしい。
「忙しい人なのに、いいのかな」
少年を理解した上で、コルネリウスは微笑む。
「大丈夫ですよ。アルドくんにも会ってみたいと言っていましたから」
「え! 僕のこと知ってるの?」
「手紙でアルドくんのことや、グナーデ教会のこともお話したことがありますよ」
コルネリウスとフェアロスは仲の良い父子だ。定期的に連絡を取り合うことで、お互いの動向もある程度知っている。
「そっか……何だか照れくさいね」
「父のこと、もっとお話ししますか? そうすれば、緊張も和らぐかもしれません」
「うん!」
アルドは楽しそうにコルネリウスの話に耳を傾ける。やがて遠くの方に、目的地が見えてきた。
●
程なくして辿りついた街は、畑風景の広がる素朴な場所だった。外周をぐるりと魔獣除けの柵が巡り、街中には整備された小川が流れている。フェアロスは街の宿屋に泊まっているらしく、コルネリウスとアルドは街の人に道を聞いた。
「すぐ近くにあったね」
「旅人向けの宿屋ですから。ああ、この建物みたいですね。すみませーん!」
「はい」
コルネリウスの呼びかけに、随分と聞き慣れた声が答えた。急ぐようにして顔を出したのは、まさに探していた人物。フェアロス・アーラ・アスプロスその人。
「よく来ましたね。長旅で疲れたでしょう、部屋に行って荷物を下ろして来なさい。話は通してありますから」
「ええと」
コルネリウスがひと呼吸置く。
「どうして父さんが宿屋の応対をしてるんですか……?」
何でもないように話を進めようとする父に、至極真っ当な疑問をぶつけた。きょとんとしていたフェアロスは、ああ、と微笑む。
「宿屋の方が買い物に出かけるとのことで、少しの間、代わりをお願いされたんです」
「そ、そうですか」
随分と不用心だとは思うが、父なら有り得ないことではないと何故だか納得してしまった。それから、窺うように見ていた少年の肩に両手を置く。
「父さん、こちらがアルドくんです」
「貴方が……こんにちは、初めまして」
微笑むフェアロスに、緊張の取れないアルドがぴんと背筋を伸ばす。
「うん、あ、はい! こんにちは、アルド・シャウアーと言います」
「フェアロス・アーラ・アスプロスと申します。素敵なお客さんが来てくれて、とても嬉しいですよ」
「あ、ええと、こちらこそ」
「それでは荷物を置いてきますね。父さん、部屋を教えてくれますか?」
「ええ、案内しましょう」
二人が移動しはじめると、緊張の糸が緩んだのかアルドは深く息を吐く。そうしてすぐに頬をぱちぱち叩いて、二人の後を追った。
部屋から出ると、ちょうど宿屋のおかみさんが戻ってきていた。フェアロスは留守を預かっていたお礼を言われた後、二人の待つ外へと出てくる。
「それでは行きましょうか」
「どこに行くんですか?」
「あの森へ。大丈夫です、何度か調査に訪れましたが、魔獣の類はいません」
二人を伴う形でフェアロスは歩いていく。ゆったりとした歩調の中、フェアロスは少年とコルネリウスを振り返った。
「改めて、はるばるよく来てくださいました。シャウアーさんは今年から学園生でしたね」
「はい! お姉ちゃ、あ、コルネリウスさんたち、に、……ご協力をいただいて、成し遂げることが出来ました」
どうやらアルドは、フェアロスとの会話を先生や教授と話す時の口調に決めたようだ。最近礼儀作法もよく勉強しているらしく、以前あった言いよどみも少なくなっていた。練習の成果、と言わんばかりにコルネリウスを向いて得意げにしている。
「コルネから話を聞いています。薬草や、エーテルの研究にも興味があるのですね。それなら、私が力になれるかもしれません」
「僕も聞いてます! お姉ちゃ、あ、えっと」
「お姉ちゃんでいいんですよ、アルドくん」
「ええ。どうぞ話しやすいように話していただければ嬉しいですから」
二人の言葉に、顔を見比べた少年は頷く。
「ごめんなさい、すごい人だって思ったから、ちゃんとしなきゃと思って……でも、何だか安心しました」
「安心、ですか?」
「お姉ちゃんの言った通り、とても優しい人」
微笑んだ少年に、二人も顔を見合わせ笑う。
「それにしても、コルネはお姉ちゃんが板についてきたのですね……昔はあんなにも小さな子だったというのに、時の流れを強く感じます」
「お姉ちゃんの小さい頃、ですか? なんだか想像がつかないです」
「気になりますか?」
「あの! 父さん、あまり余計なことは……ほら、今日しか時間がないのですから、役立つお話をしてあげてください」
「おや、そうですか? ふふ、ならそうしましょうか」
やがて三人は森の入り口に到着した。少年を振り返り、瞳を見つめながらフェアロスは微笑む。
「それでは、この広大な世界の一端に触れてみましょう」
●
森の中は静寂に包まれていた。さわさわと葉が揺れ、歩くたびに草むらが擦れて揺れる。青々とした森の風景は柔らかい日差しが降りそそぎ、心地よい光を与えていた。恵みに満ちた森だと、コルネリウスは感じる。
「この世界の興りは御存じでしょうか」
「世界は、ええと……神様……『世界を創った創造神が、澱を掬いあげて、このマテリアル界を御造りになった』」
「ええ、有名な神話ですね。この世界にあるすべては澱……エーテルから出来ているといっても過言ではありません」
大地、海、空をはじめとした世界を形づくるもの。木々、川、地形、天候にもエーテルは関わり、影響を与えている。
「私たちにも生まれた時からエーテルが巡っています。その扱いに長けた者たちは、『神の祝福 』を授かった者、いわゆる『授恵者 』と呼ばれますね。私たちはそれぞれが持つ性質に合わせ、エーテルを扱うことが可能です」
「それぞれの性質、ですか?」
「はい。例えば、貴方と私、貴方とコルネは使える魔法が違いますね。似た性質 を持っていても、その魔法の色や形、現れ方も異なることがあります。これは授恵者が魔法を習得した後、考え方や力の捉え方などでエーテルの扱いやすい形が変化していく可能性を意味しています」
フェアロスは柔らかく語る。少年の疑問には寄り添い、表情を見ては置いて行かないよう歩調を緩める。少年もまた物怖じせずに質問を重ね、真剣な瞳でそれを享受する。エーテルについての特別講義は続いていった。
「コルネ、元気ですか?」
「え。はい、元気いっぱいですよ」
「それは、貴方の中に巡るエーテルが安定しているということだと、私は考えています。エーテルが少なすぎたり多すぎたり、怪我や病気をしてもエーテルの乱れが起こり、身体に不調を感じてしまう。その時は外傷を治すことでエーテルの乱れを戻し、精神共に安定をした状態に戻るのだと」
そこまで話をしたところで、フェアロスは手招き、コルネリウスとアルドを導く。指し示された森の端っこは、僅かに枯れが混じっていた。
「けれど、大地に巡るエーテルの乱れは、私たち治療者 でも治すことは出来ません。大陸は今、病魔に侵されつつあるといえばわかりやすいでしょうか」
「病魔?」
「大地に巡るエーテルを、吸い上げてしまう存在がいるのです」
「それって……」
少年がきゅっと口を引き結ぶ。きっと彼も知っている――今現在の帝国の惨状を生み出したその存在を。そのせいで彼ら孤児が生まれ、あの神父の居場所も失われたことを。コルネリウスは柔らかく少年の背を支える。今のこの子ならば受け止め、考えられると確信があった。そんな彼だと思ったからこそ、自分は今こうしている。
「そうですね。アルドくんの考えている通り、幽界樹の影響で枯れつつある大地が増えているようです」
「最近は分樹と呼ばれる存在も確認されています。今もなお、その病魔は大地を襲っているのです」
「そうなんですね……一度枯れた大地は、ええと……エーテル浄化者がいれば、大丈夫?」
「おや、よくご存じですね」
「神父がそうだから。……そっか。神父は、その力が嬉しかったんだ」
「嬉しい、ですか?」
「えっと……そんなものに僕らは負けないぞって」
「生まれ育った地を蝕むものに対抗する手段、ということですか。そうして、今ある大切な場所を守る力を手に入れた」
「うん、そんな感じ」
コルネリウスはふと気付く。
「アルドくんがエーテルに興味を持ったのは、メルチスさんがいたからでしょうか」
少年が敬愛する神父は、高い治癒能力を持つ授恵者であり、エーテル浄化者でもあった。その彼を傍で見ていれば、おのずと興味が湧いてもおかしくない。
「そう、かも……神父みたいに出来たらって思ったから。……あの、フェアロスさん」
「はい、何でしょうか」
「僕もエーテル調査のお手伝い、してもいいですか?」
「ええ、もちろんです。コルネも手伝ってくれますか?」
「はい」
三人は森を歩き回り、周辺のエーテルの流れを調べる。その間も特別講義は続いていった。
「見たことない薬草だ」
「コルネはわかりますか?」
「これは少し苦いですが、たくさん水を含んでいる不思議な薬草です。煮立てると水の量が倍に増えて、野営にも役立ちます」
「よくできました、その通りです」
手を伸ばし、フェアロスがコルネリウスを撫でる。コルネリウスも嬉しそうに頬を緩めたが、アルドの視線にはっとし、慌てて身を引いた。
「と、父さん、その……照れてしまいますから」
「そうですか? ふふ、わかりました」
「お姉ちゃんはフェアロスさんが、フェアロスさんはお姉ちゃんが大好きなんだね」
嬉しそうにアルドが言う。そうですよとフェアロスが返し、コルネリウスについて語り出すのもまた照れくさかったけれど、彼女も止めることはなかった。
●
宿に帰ると、既に夕食の時刻。食堂に用意されたのはパンや野菜のスープといった素朴なものだ。三人は席に着く。
「それでは、いただきます」
「「いただきます!」」
パンは温かく、野菜スープの具も食べがいがあった。アルドがじゃがいもを崩し、じっと見つめる。
「どうしましたか?」
「ええと……野菜もエーテルの恵みで育ったんですよね。そう考えると、エーテルについて知ることって、世界を知ることなんだなって」
「確かにそうですね。戦う時も、エーテルの性質について知っていて損はないと思います」
「今日は色んなお話が聞けて、本当に楽しかったです。僕も、たくさん考えることが出来ました」
少年の瞳が輝き、充実した表情にコルネリウスもまた胸が満たされる。
「アルドくんにとって、有意義な時間が過ごせたようで良かったです」
「うん! エーテルについて知れば知るほど、すごく興味が湧いてきたよ。それに、フェアロスさんみたいに人の役に立てるんだなって知れたのも……すごく嬉しい」
そう言ってフェアロスを見る。彼が今、分樹に関する調査を手伝っていることも少年は承知していた。
「お話しながら考えてたんだ。僕、人の役に立ちたい、この力を役立てたいと思ってたけど、どうしていいか全然わからなかった。勉強すればそのやり方がわかるんじゃないかって思って……その通りだった。僕、フェアロスさんみたいになりたいな」
「私みたいに、ですか?」
「ん、と……」
ゆっくり、少年は自分の言葉をまとめる。
「色んなことを知っていて、それをどうやって役に立てていくか知っていたり、考えたりすることが出来る人。それに、とっても優しい。……あのね、神父に似てる、っていうのもある、かな」
「どんな方なのでしょうか」
「神父は……全然怒らなくて、優しくて穏やかで、僕たちのことばっかり考えていて、治療の力が凄くて……お酒が強くて、時々抜けてて、あんまり絵は上手じゃなくて……あ、この辺は似ていないかな」
フェアロスはまた微笑む。
「貴方が大好きで、貴方も大好きな人、ですね」
「はい! 僕の、親代わりのような人」
少年の口から親、という言葉をコルネリウスは初めて聞いた。それから少年は、ぽつぽつと話し出す。帝国が崩れ行く時にはぐれたまま、ずっと会えていないこと。神父が何度も調べても駄目だったこと。
「そうだったんですね……」
「二人とも、よく『アルドのやりたいことが見つかると良いね』って言ってくれたんだ。……僕、出来てるかな。お姉ちゃんたちのおかげで、出来た気がする」
ありがとうと紡ぐ言葉は、少し震えている気がした。
「寝てしまいましたね」
「今日だけでたくさんお話をしてしまいましたから、疲れてしまったのでしょう。とても利発な子ですね」
「はい。それに、とても優しいんです」
フェアロスの部屋で、まだ三人はお話をしていた。コルネリウスとフェアロスが家族について話すのを聞いている内にうとうとし、寝てしまったようだ。その寝顔はあどけない。
「この子が未来に取る選択肢を広げることが出来たと、そう感じますね」
「そうだといいな、と思います。今日は本当にありがとうございました、父さん」
「いいえ。愛する娘のため、それに未来の光のためですから」
「そうですね。こうして見守ることが出来るというのは、幸せだとも思います」
フェアロスは手を伸ばし、またコルネリウスを撫でた。
「貴方が掛け替えのないものに出会い、こうして導きの光を灯す姿を見られることは、私にとっても本当に幸せなことです。本当に大きく立派になりましたね、コルネ」
「父さん……」
優しく、温かく包み込む言葉に胸が熱くなる。少年の柔らかい寝息を聞きながら、コルネリウスは父に寄り添い、温もりに身を委ねた。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。