イメージノベル『シルトラース帝国崩壊』5

レイウェスト・バルダス
帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが……。
できる限り、詳細に話すつもりだ。長くなるかもしれない。それでもよければ……
●
金髪碧眼の人物であるということがはっきりわかる距離まで、その人物はゆっくりと歩いてきた。距離にして5メートルほどで、歩みが止まる。エフレムは杖を掲げたまま、身動き一つしない。
レイウェストは、ここまでエフレムが警戒を露わにしているところを――あの災厄以来――初めて見たため、男が近づくにつれ、緊張を強いられることとなった。
「自己紹介をしても?」
「……どうぞ」
術師の後方で剣を構えるレイウェストは、情けなさを感じながらも頷きを返した。エフレムが――どこか、遠くを見ているような気がしたのだ。だから、眼前の人物との対応を請け負うことにした。
「私はウィル。冒険者だ。そちらは……なかなか、特徴的な装いをしておられるが」
「え、ええ……そうかもしれないな」
――なにが、そうかもしれない、だ!
言いながら、レイウェストの内心は混乱を極めていた。何を言うべきか咄嗟に思い至らない。相手は一見すると友好的な態度だが、エフレムの警戒の理由がわからない以上、うかつな答えを返せないことも大きい。
「……ふむ、それでは、そちらがどなたかを当ててみせてもよろしいかな? 何、僕にはこういうことにちょっとした心得があるんだ」
一方で、相対する青年は陽気極まる調子で、レイウェストたちが応じるのも待たずに、こう続けた。
「まず、そちらのリザードマンの術師は、名高き『智者』のエフレム殿とお見受けする。美姫イダ・バルダスから賜ったといわれる、征竜をあしらったその宝杖。近衛騎士にのみ許されたその装束――こちらはまず、間違いないと思われますが?」
「…………」
エフレムも、レイウェストも答えを返せなかった。エフレムの胸中は慮ることはできないが、レイウェストとしては、「それもそうだ……」以上の感想が出てこなかった。それを得意げに、爽やかな笑みとともに開陳する眼の前の人物も、急に胡散臭く感じられてきた。
「そうなると、そちらの御仁は……レイウェスト・バルダス殿下ですね」
「……ああ」
近衛騎士を伴う人物として、レイウェストの容姿を見れば、まず外しようがないだろう。白けた気分になったことを隠す気力がなく、レイウェストは若干、肩を落としてしまった。
「貴方は、この事態においても無事だったのだな。冒険者……ウィルとやら」
「僕からすれば、あなた方が無事であることのほうが驚きではあるのですが……ううむ、そうだなあ」
快活に笑っていたウィルと名乗った冒険者はくるりと表情を変え、何事か思い悩む様子となる。レイウェストが気になったのは、レイウェストを皇族だと看破――というのもおこがましいが――した上で口調が砕けたことだった。レイウェストは冒険者と関わりを持ったことはないが、あくまでも平民であることを思うと、考えがたい変心ぶりである。
――やはり、盗賊か、あるいは。
この事態の首謀者が、皇族の生き残りを追ってきたか。レイウェストの視線が鋭くなったことに気づいたか、ウィルは深く、息を吐いた。
「……腹芸はやめようか。すまない。ええと……」
ウィルは言いながら、くしゃり、となでつけていた髪を下ろす。そうして手櫛で髪を整えたのち、当初と同じようなにこやかな笑顔で、こう言ったのだった。
「やあ、久しぶりだね。レイウェスト殿下」
―・―
「……?」
「僕さ! 覚えていないかな。殿下の誕生式典の時、何度か挨拶をしただろう? ウィリアムだよ」
「ウィリ、アム」
「ウィリアム・リーンエス。リーンエス王国の、第二王子さ!」
「…………は?」
確かに。装いは全く異なるが、声や容貌、そして王族らしからぬ馴れ馴れしい口調には覚えがある。ただ、髪型の印象以上に、何かが変わったような気がした。これも、授恵者としての権能だろうか?
「ははっ! 騙すような真似をしてすまない。王子の立場でこのあたりをウロウロしているのが見咎められると、困ることになるだろう? できればこれは、内密にしておいてくれると助かるよ」
「…………いや、それは…………」
混乱極まるレイウェストは、寝不足と疲労で鈍った頭を必死に回転させる。眼前の人物がウィリアム・リーンエスであることは、間違いでは、ないだろう。考慮すべきは……何故、ウィリアムが帝国領地にいるか。それから。『あなた方が無事であることのほうが驚き』と言った理由。そして。
エフレムを見やる。近衛騎士はまだ、警戒を解いていない。
だから。
「……お久しぶりです。ウィリアム殿下。先程は失礼をいたしました」
「いや、なに。こちらこそすまない。事情があったとはいえ……」
「――ですが、ウィリアム殿下は、まだ私に隠し事をしていらっしゃいますね?」
「隠し事、かい?」
「例えば……兵を、伏せておられる、だとか」
おおよそ考えられる範囲で、レイウェストにとって最悪と言える筋書きを思い描きながら、言う。
すでに、王国との国境防衛を担うヴァイセントラフ砦はクリーパーか、あるいはリーンエス王国の手によって陥落し、ここにいるウィリアムは王国軍の先遣隊。ウィリアム自身は授恵者で、索敵に長けていることは疑いようがない。何らかの手段でレイウェストたちを先に発見したウィリアムたちは、周囲に兵を配した後、エフレムの油断を誘うべく、行動にでた。目標は、レイウェストの身柄の確保。あるいは――、
「隔意が無いのであれば、その証を立てていただきたい。私たちには、虚言を弄する時間も――余裕も、無いのです」
「…………いや、なるほど」
ウィリアムは両手を掲げたまま、苦笑を浮かべた。
「エフレム殿。貴殿は一体、どのような目をしているのかな。術師にしてはあまりに……はあ、連れてきたのも、密偵としては手練の部類なのだが……皆、隠れるのは止めだ!」
言葉と同時、100メートルほどの距離にばらばらと人影が三人分、現れる。それを見やったウィリアムは、大きく頭を振る。どこか、演技がかった仕草であった。
「悪あがきはやめよう。エフレム殿は全て見ておられるよ。これ以上心証を悪くすると僕の命に関わる。君たちの矜持もあるだろうが、聞き入れてくれないか?」
そうすると、さらに五人の人影が草原に表れた。いずれも軽装で、一見すると冒険者にしか見えない旅装である。レイウェストは空恐ろしさを感じながらもそれを表情には出さぬように、鋭く言う。
「エフレム」
「……彼らで全て、かと」
警戒を解かぬままに短く応じたエフレムに、レイウェストは今度こそ若干得意げな表情となり、ウィリアムを見上げた。続きは、という意図を汲んだのだろう。ウィリアムは深く吐息をこぼすと、
「言い訳をさせてもらってもいいかな?」
「どうぞ」
「この状況で、おそらく帝都から現れたであろう貴方たちの身の潔白を信じることができなかったのさ」
金髪碧眼の人物であるということがはっきりわかる距離まで、その人物はゆっくりと歩いてきた。距離にして5メートルほどで、歩みが止まる。エフレムは杖を掲げたまま、身動き一つしない。
レイウェストは、ここまでエフレムが警戒を露わにしているところを――あの災厄以来――初めて見たため、男が近づくにつれ、緊張を強いられることとなった。
「自己紹介をしても?」
「……どうぞ」
術師の後方で剣を構えるレイウェストは、情けなさを感じながらも頷きを返した。エフレムが――どこか、遠くを見ているような気がしたのだ。だから、眼前の人物との対応を請け負うことにした。
「私はウィル。冒険者だ。そちらは……なかなか、特徴的な装いをしておられるが」
「え、ええ……そうかもしれないな」
――なにが、そうかもしれない、だ!
言いながら、レイウェストの内心は混乱を極めていた。何を言うべきか咄嗟に思い至らない。相手は一見すると友好的な態度だが、エフレムの警戒の理由がわからない以上、うかつな答えを返せないことも大きい。
「……ふむ、それでは、そちらがどなたかを当ててみせてもよろしいかな? 何、僕にはこういうことにちょっとした心得があるんだ」
一方で、相対する青年は陽気極まる調子で、レイウェストたちが応じるのも待たずに、こう続けた。
「まず、そちらのリザードマンの術師は、名高き『智者』のエフレム殿とお見受けする。美姫イダ・バルダスから賜ったといわれる、征竜をあしらったその宝杖。近衛騎士にのみ許されたその装束――こちらはまず、間違いないと思われますが?」
「…………」
エフレムも、レイウェストも答えを返せなかった。エフレムの胸中は慮ることはできないが、レイウェストとしては、「それもそうだ……」以上の感想が出てこなかった。それを得意げに、爽やかな笑みとともに開陳する眼の前の人物も、急に胡散臭く感じられてきた。
「そうなると、そちらの御仁は……レイウェスト・バルダス殿下ですね」
「……ああ」
近衛騎士を伴う人物として、レイウェストの容姿を見れば、まず外しようがないだろう。白けた気分になったことを隠す気力がなく、レイウェストは若干、肩を落としてしまった。
「貴方は、この事態においても無事だったのだな。冒険者……ウィルとやら」
「僕からすれば、あなた方が無事であることのほうが驚きではあるのですが……ううむ、そうだなあ」
快活に笑っていたウィルと名乗った冒険者はくるりと表情を変え、何事か思い悩む様子となる。レイウェストが気になったのは、レイウェストを皇族だと看破――というのもおこがましいが――した上で口調が砕けたことだった。レイウェストは冒険者と関わりを持ったことはないが、あくまでも平民であることを思うと、考えがたい変心ぶりである。
――やはり、盗賊か、あるいは。
この事態の首謀者が、皇族の生き残りを追ってきたか。レイウェストの視線が鋭くなったことに気づいたか、ウィルは深く、息を吐いた。
「……腹芸はやめようか。すまない。ええと……」
ウィルは言いながら、くしゃり、となでつけていた髪を下ろす。そうして手櫛で髪を整えたのち、当初と同じようなにこやかな笑顔で、こう言ったのだった。
「やあ、久しぶりだね。レイウェスト殿下」
―・―
「……?」
「僕さ! 覚えていないかな。殿下の誕生式典の時、何度か挨拶をしただろう? ウィリアムだよ」
「ウィリ、アム」
「ウィリアム・リーンエス。リーンエス王国の、第二王子さ!」
「…………は?」
確かに。装いは全く異なるが、声や容貌、そして王族らしからぬ馴れ馴れしい口調には覚えがある。ただ、髪型の印象以上に、何かが変わったような気がした。これも、授恵者としての権能だろうか?
「ははっ! 騙すような真似をしてすまない。王子の立場でこのあたりをウロウロしているのが見咎められると、困ることになるだろう? できればこれは、内密にしておいてくれると助かるよ」
「…………いや、それは…………」
混乱極まるレイウェストは、寝不足と疲労で鈍った頭を必死に回転させる。眼前の人物がウィリアム・リーンエスであることは、間違いでは、ないだろう。考慮すべきは……何故、ウィリアムが帝国領地にいるか。それから。『あなた方が無事であることのほうが驚き』と言った理由。そして。
エフレムを見やる。近衛騎士はまだ、警戒を解いていない。
だから。
「……お久しぶりです。ウィリアム殿下。先程は失礼をいたしました」
「いや、なに。こちらこそすまない。事情があったとはいえ……」
「――ですが、ウィリアム殿下は、まだ私に隠し事をしていらっしゃいますね?」
「隠し事、かい?」
「例えば……兵を、伏せておられる、だとか」
おおよそ考えられる範囲で、レイウェストにとって最悪と言える筋書きを思い描きながら、言う。
すでに、王国との国境防衛を担うヴァイセントラフ砦はクリーパーか、あるいはリーンエス王国の手によって陥落し、ここにいるウィリアムは王国軍の先遣隊。ウィリアム自身は授恵者で、索敵に長けていることは疑いようがない。何らかの手段でレイウェストたちを先に発見したウィリアムたちは、周囲に兵を配した後、エフレムの油断を誘うべく、行動にでた。目標は、レイウェストの身柄の確保。あるいは――、
「隔意が無いのであれば、その証を立てていただきたい。私たちには、虚言を弄する時間も――余裕も、無いのです」
「…………いや、なるほど」
ウィリアムは両手を掲げたまま、苦笑を浮かべた。
「エフレム殿。貴殿は一体、どのような目をしているのかな。術師にしてはあまりに……はあ、連れてきたのも、密偵としては手練の部類なのだが……皆、隠れるのは止めだ!」
言葉と同時、100メートルほどの距離にばらばらと人影が三人分、現れる。それを見やったウィリアムは、大きく頭を振る。どこか、演技がかった仕草であった。
「悪あがきはやめよう。エフレム殿は全て見ておられるよ。これ以上心証を悪くすると僕の命に関わる。君たちの矜持もあるだろうが、聞き入れてくれないか?」
そうすると、さらに五人の人影が草原に表れた。いずれも軽装で、一見すると冒険者にしか見えない旅装である。レイウェストは空恐ろしさを感じながらもそれを表情には出さぬように、鋭く言う。
「エフレム」
「……彼らで全て、かと」
警戒を解かぬままに短く応じたエフレムに、レイウェストは今度こそ若干得意げな表情となり、ウィリアムを見上げた。続きは、という意図を汲んだのだろう。ウィリアムは深く吐息をこぼすと、
「言い訳をさせてもらってもいいかな?」
「どうぞ」
「この状況で、おそらく帝都から現れたであろう貴方たちの身の潔白を信じることができなかったのさ」