【DA】リーンエスの耳
●ある部族の女性と、おうさま
桃色が混じった浅緑の長髪をさらりと靡かせる、薄紫の瞳の女性が一人。熱気漂うドワーフ王国の鍛冶街を行く。
(迷宮神メダル 、沢山手に入りましたね)
目元は涼やかに。しかし心中は浮き足立っていた。
なにせ神材は今、この王国でも話題沸騰中だ。街のそこかしこから、やれ持ち込まれた神材が、頼まれた加工がどうのと漏れ聞こえてくる。
実際、鍛冶と武、双方を重視する部族出身の彼女――ヴィルヘルミナから見ても、神材は興味深い品であった。
(予約した鍛冶場はあっちですね)
色鮮やかな石畳を軽やかに蹴り、曲がり角を右へ向いた瞬間、足を止める。
(あれは……)
軽やかなステップを踏んでいる。眼に入ったのは、ヴィルヘルミナもよく知る人物だ。
「おっ、ミーナじゃん! よっす~♪」
紅梅色の大きな三つ編みと、じゃらじゃらと腰からぶら下げた五本の刀。くるくると表情を変える松葉色の瞳。
ドワーフ王国 の匠王たるシグルランが、片手を大きく振ってヴィルヘルミナに駆け寄る。
「シグちゃんじゃないですか。元気にしていましたか?」
ヴィルヘルミナの表情は常に涼やかで、そうそう揺るがない。
しかし心の中では神材を沢山得た喜びと、自分を友達として扱ってくれるシグルラン と再会できた喜びが手を取り合ってダンスしていた。
「アタシはいつもアゲアゲだし! ミーナはどんなバイブス?」
シグルランは片手でキツネを作って、自分の喋りに合わせてその口をパクパクさせる。
ヴィルヘルミナの表情は柔らかな伶俐を湛えたままだが、おどけるシグルランに内心和んではいる。
「私は神材を手に入れて、シグちゃんに会えてとてもいい気分です」
まっすぐに想いを伝える。大人になるほど難しくなるそれをすんなりと行えるのは、ヴィルヘルミナの長所 と言えた。
しかしその言葉によって、状況は急速に変化する。シグルランの大きな瞳が、ひときわ大きく見開かれた。
ついさっきまでは和やかだったはずの空気が、肌がヒリつく神妙なものへと変貌する。
「ミーナ今、神材っつった?」
「はい、言いましたよ。今日は神材の刀を打つつもりです」
シグルランの顔つきが引き締まり、常日頃漂わせているあそびのようなものが消え失せた。
(やはり匠王――おうさまですね)
自然、ヴィルヘルミナの気持ちも引き締まる。
「おっ、いいじゃ~ん。アタシも見ててよき?」
シグルラン の目が三日月型に細まり、口の端がニッと吊り上がる。
「ええ、シグちゃんが見ているならより一層、頑張れそうです」
対して、ヴィルヘルミナの表情は変わらない。そも誰の前であろうと、半端な鍛冶 をするつもりなど最初からないのだが。
しかし今から打つものは刀の一つである太刀。立ち会うはシャルガネ居住区に伝わる刀を現代に蘇らせた刀匠王・シグルランだ。
「今できる全てを、持てる全てをシグちゃんにお見せします」
まっすぐな瞳をシグルランに向け、誓う。
「オケオケー!」
見せてみろ、と言わんばかりの強い瞳が、ヴィルヘルミナを見つめ返した。
●月の光に宿る虹
気合いを入れるように、浅緑の髪を高い位置で括る。大きな炎や熱した金属を扱う鍛冶場の温度は恐ろしいほどに高くなる。
ヴィルヘルミナはすでにうっすらと汗をかいているが、鍛冶が始まればこんなものでは済まないことはよく知っていた。貸し出された水袋は、邪魔にならない場所に沢山置いてある。
「それでは始めます」
「おう! 期待してんぜ~」
静かながらも芯のあるヴィルヘルミナの宣言に、大きな水袋を持ったシグルランがひらひらと手を振った。
(噂には聞いていましたが、これほどとは……)
熱された神材は、想像よりも素直に炎を受け入れた。とはいえ初めて扱う素材だ。玉鋼の作成と同様に、三日三晩、寝ずの作業は覚悟しないといけないだろう。
腕を組み仁王立ちするシグルランを振り返る。
「この作業の間は近くの宿で休んでいても大丈夫ですから」
「あのさ、アタシはミーナの『お見せします』に『オケオケー!』したんだかんね」
動く気配すら感じさせない。
ヴィルヘルミナは笑いたくなった。確かにそう約束しましたね、と。
しかし目の前で最初の変化を迎える神材に集中すべく、口をつぐんだ。談笑するのはまたあとだ。
三日後。じゃらじゃらと音を立てていた山ほどの神材は、光に当てると虹色に輝く白銀色の塊へと変貌していた。
「最初はこういう色じゃなかったのですが、私のイメージ通りに……。神材は不思議ですね」
「いーね! アタシも神材、バチバチに打ちたくなったわ!」
大粒の汗をかき、眼の下にくまを作ったまま、二人は仕上がった金属の塊を興味深げに眺めた。
しばしの休憩――主に食事と睡眠を挟んでから、いよいよ本題と言える部分に取りかかる。
(これはやっぱり、シグちゃんの領域です)
ヴィルヘルミナは思う。自分はまだまだ足りないと。
シグルランなら、祖父なら、自分などよりよほど上手く神材を扱うだろうと夢想して、やめる。
(私もその領域に、ほんの少しでも踏み入らなくては)
塊を熱する。柔らかくなったそれを叩いて均等に伸ばす。それから急速に冷やす。
汗を洗い流して、たっぷり水分補給してきた。けれど鍛冶場の熱気はすぐに、体内の水分を汗に変えて流してしまう。
小割りの前に汗を拭い水を飲みつつ、炎に照らされる薄紫の瞳で、頬を上気させるシグルランを見る。
(笑顔、ですね)
鍛冶をする者と見学する者。置かれている状況こそ違う。しかし鍛冶が一番楽しい、とばかりに笑みを浮かべ視線を注ぎ続けるシグルランを見ていると。
(負けられません)
まだまだ神材や炎との戦いは続く。ヴィルヘルミナはこの作業の中での更なる技術向上を強く願った。
(これは外側。これは内側に差し込んで)
顔に流れる汗をさっと拭い、集中を切らさない。慎重に、大胆に。砕いた神材の性質を見極めテコ台に積み上げてゆく。
神材の山に湿らせた和紙を被せ、藁灰をたっぷりとまぶし、その上に泥汁をかけた。
(ここからが腕の見せ所、ですね)
積み沸しの始まりだ。ふいごで調整した風を炉に送る。炎が膨らんだり、火花が散ったりして、二人の影が鍛冶場に大きく伸びる。
(あつい、ですが……)
初めて扱う素材だ、一瞬の油断が命取りになる。
額を濡らす汗を肩にかけたタオルで拭い、ふいごで巧みに炎を操る。タイミングを見計らってテコ棒とテコ台を動かす。
(そろそろ、でしょうか)
音で判断し、テコ台を取り出す。神材は熱で黄色く染まっている。
大槌を握ったヴィルヘルミナは、奥歯を噛み締めた。果たして未知なる素材 は次にどのような反応を見せるのか。
「いきます」「いったれ」
トン、トンと確認するように神材を叩いてゆく。
(素直さは失われましたが、妙に柔いですね……)
本当に不思議な素材である、エーテル的な変化も激しい。今度は大槌に反発するような気質が生まれた。しかしヴィルヘルミナの力量故に、割れる気配はなく。
何度か繰り返し鍛着の行程を終え、水分補給をしてから本沸しへと駒を進める。
「いよいよですね」
誰に聞かせるでもなく、言葉がこぼれた。藁灰と泥汁を変え、炉の中にテコ台を入れる。
(風は弱めに、全体に炎を行き渡らせましょう)
手も心も休める暇はない。しかしヴィルヘルミナの心は、炉の炎以上に盛り上がっていた。
そして鍛錬に入る。
「アタシが横座、やっか?」
かつて祖父の指示に従い、大槌を振るっていたころを思い出す提案だった。
「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取りますね」
シグルラン の申し出に深く頭を下げて、ヴィルヘルミナは最大限の敬意を払う。
言ってしまえば、これはヴィルヘルミナの新たな相棒を生む試練なのだ。敬愛すべきおうさまの申し出であっても、それを受け入れることは決してできない。
「どうか、最後まで見ていてください」
「なるりょ! 水飲んで見学させてもらうかんなー!」
汗だくの顔のシグルランが歯を見せて笑う。ヴィルヘルミナもほんの少し口角を上げてみる。口の端がひくつくだけに終わった。
全体を見ながら叩くべき箇所と強さを即座に判断し、神材を均等に伸ばしては折り曲げてゆく。
汗と鍛錬の結晶はいよいよ刃を形作った。
(想像した完成図にかなり近くなりました)
神材を熱しながらの作業は、ヴィルヘルミナに過剰な負担をかけた。眉にまで垂れてきた汗が眼に入る前に拭う。
時間と気力、双方との戦いだ。ほんの僅かに気を抜けば集中はぷつりと切れてしまうかもしれない。
(……負けません)
何度だって思う。自分はまだ未熟なのだ。だからこそ伸びしろを信じ、刀を打つように己を鍛え続ける必要がある。
今、この瞬間だってそうだ。
(この太刀を、名刀と呼べる品にしてみせます)
ヴィルヘルミナは折れない信念を磨き続けている。
「マジッスッゲー! 神ってるぅ!」
シグルランが激しく興奮している。無理もない。ヴィルヘルミナだって心の中では喜んでいるのだ。
光浴びて虹色に輝く太刀――月虹 が今、完成した。
「シグちゃんにそこまで言ってもらえるなら、私も少しは自信を持って良いのかもしれませんね」
ヴィルヘルミナはというと、安堵感から脱力し、金属や灰でざらつく床にぺたりと座り込んでいる。
それでも冗談を言う精神的余裕はあるのだ。鍛冶師として少しは成長したと信じたい。
「ミーナ、今コイツを振るだけの力、残ってる?」
「少し休憩すれば戻ると思います」
言いながら、ヴィルヘルミナは台の上に手を伸ばして水袋を探した。今は立ち上がることすらできない。
「待ってろ。とってやっからさ」
シグルランがヴィルヘルミナの口元に水袋を差し出す。ヴィルヘルミナはその優しさをどうにか受け取って、口の中に注ぎ込んだ。
口の端から漏れた何滴かが顎を伝い首筋を濡らすのが、心地よく感じる。
●切れ味
鍛冶場を後にして、二人は近くの広場へと向かった。ここでは皆、芸を披露するかのように己が鍛えた武器を振るっている。
「私もよろしいでしょうか?」
ヴィルヘルミナは断ってから、身長の八割ほどもある月虹を携え広場の中央へと歩く。
鍛え抜いた授恵者故の圧倒的な膂力で、長大な太刀をまっすぐ横に振るった。
軽い。ひらりと舞う木の葉を易々と切った。しかし。
「っぐ!」
(これは……とんだじゃじゃ馬ですね)
ただでさえ疲労している身体に、代償とばかりにエーテル的な負荷を押しつけてくる。
続いて、新品の木人をスパッと真っ二つにした。縦にだ。周囲から拍手が沸き起る!
(やはりエーテルが……)
切れ味は折り紙付きだ。どう飼い慣らすか、それだけが問題であって。
「……木人は弁償しますね」
「いいもん見せてもらったからこのくらい構わねぇよ!」
広場の管理者は鼻歌交じりに新しい木人を用意する。観客と化した鍜冶師たちは口笛を吹いたりヴィルヘルミナを真似たりした。
「ミーナ、やるじゃん♪」
シグルランは肘でヴィルヘルミナを小突いて、イタズラっぽく笑っている。
●仕事のあとのお楽しみ
「乾杯」「カンパーイ! ウェーイ!」「うぇーい。……うぇい?」
宿の一室。汗を流した二人は、ヴィルヘルミナが持ち込んだ蒸留酒で月虹の完成を祝った。
酒場でもよかったが、ヴィルヘルミナは広場でだいぶ目立ってしまったし、シグルランは刀匠王だ。何が起こるかわかったものではない。実際、広場でも見事な太刀を作り上げたヴィルヘルミナに興味を引かれた者や、シグルランに気付いた者達が群がってきて大変だった。
二人きりのお祝いも、それはそれで楽しい。周りを気にせずグビッと飲んで、脱力する。眠くなったらすぐ寝てしまえるのも良い。
――その前に聞きたいことが一つあるのだが。
「シグちゃん」
真剣と好奇の入り交じった声だった。
「『神の焔』って、一体どんなものなのでしょうか?」
王の特権たる炉。それについて尋ねてみたかったのだ。
その質問にシグルランは眉尻を下げる。彼女らしからぬしおらしい表情をしたかと思えば、期待の籠もった視線をヴィルヘルミナにぶつけてきた。
「『匠王』になって確かめてみてよ。マジ感動するからさ」
返ってきたのはヴィルヘルミナの予想に果てしなく近い答えだ。
挑めと。アタシを越えろと誘 う。ヴィルヘルミナにはその素質があると、暗に告げる。
――ヴィルヘルミナ自身は未だ、その確信を持てずにいるのだが。
「んー。いいもん見せてもらったから、ちょっとだけ教えっけど」
『神の焔』は実在する。そしてシグルランが今まで使ってきた炉とは根本的に違う。
「アタシがいま最高の刀を打てるのは『神の焔』があっから! っても過言じゃないかもな」
最高の道具 を紹介した上で、唯一それを使うことのできるおうさまを越えろと宣 うのか。
「……興味は、あります」
ヴィルヘルミナの口から歯切れの悪い言葉がポツリとこぼれる。
『神の焔』を知りたいとは思う。もしも使えたのなら二度と手放さないと思うのかもしれない、そうも考えた。
(世の中そんなに甘くはないとは思いますけどね)
『神の焔』に至るにはまず、シグルランを越えなければいけない。シグルランの領域に踏み込んですらいないのに、その偉業を越える。そのために鍛練以外の何が必要か、皆目見当がつかない。
万が一越えたとして、世間は自分 をどう思うのだろうか。生意気と見られ、軽んじられてもおかしくはない。
(匠王 を目指すかは、まだわかりませんけれど――)
「時間をかけてゆっくりと、考えてみたいと思います」
ヴィルヘルミナはまだ若い。可能性の路は長く、複雑に分岐して広がり続けている。
桃色が混じった浅緑の長髪をさらりと靡かせる、薄紫の瞳の女性が一人。熱気漂うドワーフ王国の鍛冶街を行く。
(迷宮神メダル 、沢山手に入りましたね)
目元は涼やかに。しかし心中は浮き足立っていた。
なにせ神材は今、この王国でも話題沸騰中だ。街のそこかしこから、やれ持ち込まれた神材が、頼まれた加工がどうのと漏れ聞こえてくる。
実際、鍛冶と武、双方を重視する部族出身の彼女――ヴィルヘルミナから見ても、神材は興味深い品であった。
(予約した鍛冶場はあっちですね)
色鮮やかな石畳を軽やかに蹴り、曲がり角を右へ向いた瞬間、足を止める。
(あれは……)
軽やかなステップを踏んでいる。眼に入ったのは、ヴィルヘルミナもよく知る人物だ。
「おっ、ミーナじゃん! よっす~♪」
紅梅色の大きな三つ編みと、じゃらじゃらと腰からぶら下げた五本の刀。くるくると表情を変える松葉色の瞳。
ドワーフ王国 の匠王たるシグルランが、片手を大きく振ってヴィルヘルミナに駆け寄る。
「シグちゃんじゃないですか。元気にしていましたか?」
ヴィルヘルミナの表情は常に涼やかで、そうそう揺るがない。
しかし心の中では神材を沢山得た喜びと、自分を友達として扱ってくれるシグルラン と再会できた喜びが手を取り合ってダンスしていた。
「アタシはいつもアゲアゲだし! ミーナはどんなバイブス?」
シグルランは片手でキツネを作って、自分の喋りに合わせてその口をパクパクさせる。
ヴィルヘルミナの表情は柔らかな伶俐を湛えたままだが、おどけるシグルランに内心和んではいる。
「私は神材を手に入れて、シグちゃんに会えてとてもいい気分です」
まっすぐに想いを伝える。大人になるほど難しくなるそれをすんなりと行えるのは、ヴィルヘルミナの長所 と言えた。
しかしその言葉によって、状況は急速に変化する。シグルランの大きな瞳が、ひときわ大きく見開かれた。
ついさっきまでは和やかだったはずの空気が、肌がヒリつく神妙なものへと変貌する。
「ミーナ今、神材っつった?」
「はい、言いましたよ。今日は神材の刀を打つつもりです」
シグルランの顔つきが引き締まり、常日頃漂わせているあそびのようなものが消え失せた。
(やはり匠王――おうさまですね)
自然、ヴィルヘルミナの気持ちも引き締まる。
「おっ、いいじゃ~ん。アタシも見ててよき?」
シグルラン の目が三日月型に細まり、口の端がニッと吊り上がる。
「ええ、シグちゃんが見ているならより一層、頑張れそうです」
対して、ヴィルヘルミナの表情は変わらない。そも誰の前であろうと、半端な鍛冶 をするつもりなど最初からないのだが。
しかし今から打つものは刀の一つである太刀。立ち会うはシャルガネ居住区に伝わる刀を現代に蘇らせた刀匠王・シグルランだ。
「今できる全てを、持てる全てをシグちゃんにお見せします」
まっすぐな瞳をシグルランに向け、誓う。
「オケオケー!」
見せてみろ、と言わんばかりの強い瞳が、ヴィルヘルミナを見つめ返した。
●月の光に宿る虹
気合いを入れるように、浅緑の髪を高い位置で括る。大きな炎や熱した金属を扱う鍛冶場の温度は恐ろしいほどに高くなる。
ヴィルヘルミナはすでにうっすらと汗をかいているが、鍛冶が始まればこんなものでは済まないことはよく知っていた。貸し出された水袋は、邪魔にならない場所に沢山置いてある。
「それでは始めます」
「おう! 期待してんぜ~」
静かながらも芯のあるヴィルヘルミナの宣言に、大きな水袋を持ったシグルランがひらひらと手を振った。
(噂には聞いていましたが、これほどとは……)
熱された神材は、想像よりも素直に炎を受け入れた。とはいえ初めて扱う素材だ。玉鋼の作成と同様に、三日三晩、寝ずの作業は覚悟しないといけないだろう。
腕を組み仁王立ちするシグルランを振り返る。
「この作業の間は近くの宿で休んでいても大丈夫ですから」
「あのさ、アタシはミーナの『お見せします』に『オケオケー!』したんだかんね」
動く気配すら感じさせない。
ヴィルヘルミナは笑いたくなった。確かにそう約束しましたね、と。
しかし目の前で最初の変化を迎える神材に集中すべく、口をつぐんだ。談笑するのはまたあとだ。
三日後。じゃらじゃらと音を立てていた山ほどの神材は、光に当てると虹色に輝く白銀色の塊へと変貌していた。
「最初はこういう色じゃなかったのですが、私のイメージ通りに……。神材は不思議ですね」
「いーね! アタシも神材、バチバチに打ちたくなったわ!」
大粒の汗をかき、眼の下にくまを作ったまま、二人は仕上がった金属の塊を興味深げに眺めた。
しばしの休憩――主に食事と睡眠を挟んでから、いよいよ本題と言える部分に取りかかる。
(これはやっぱり、シグちゃんの領域です)
ヴィルヘルミナは思う。自分はまだまだ足りないと。
シグルランなら、祖父なら、自分などよりよほど上手く神材を扱うだろうと夢想して、やめる。
(私もその領域に、ほんの少しでも踏み入らなくては)
塊を熱する。柔らかくなったそれを叩いて均等に伸ばす。それから急速に冷やす。
汗を洗い流して、たっぷり水分補給してきた。けれど鍛冶場の熱気はすぐに、体内の水分を汗に変えて流してしまう。
小割りの前に汗を拭い水を飲みつつ、炎に照らされる薄紫の瞳で、頬を上気させるシグルランを見る。
(笑顔、ですね)
鍛冶をする者と見学する者。置かれている状況こそ違う。しかし鍛冶が一番楽しい、とばかりに笑みを浮かべ視線を注ぎ続けるシグルランを見ていると。
(負けられません)
まだまだ神材や炎との戦いは続く。ヴィルヘルミナはこの作業の中での更なる技術向上を強く願った。
(これは外側。これは内側に差し込んで)
顔に流れる汗をさっと拭い、集中を切らさない。慎重に、大胆に。砕いた神材の性質を見極めテコ台に積み上げてゆく。
神材の山に湿らせた和紙を被せ、藁灰をたっぷりとまぶし、その上に泥汁をかけた。
(ここからが腕の見せ所、ですね)
積み沸しの始まりだ。ふいごで調整した風を炉に送る。炎が膨らんだり、火花が散ったりして、二人の影が鍛冶場に大きく伸びる。
(あつい、ですが……)
初めて扱う素材だ、一瞬の油断が命取りになる。
額を濡らす汗を肩にかけたタオルで拭い、ふいごで巧みに炎を操る。タイミングを見計らってテコ棒とテコ台を動かす。
(そろそろ、でしょうか)
音で判断し、テコ台を取り出す。神材は熱で黄色く染まっている。
大槌を握ったヴィルヘルミナは、奥歯を噛み締めた。果たして未知なる素材 は次にどのような反応を見せるのか。
「いきます」「いったれ」
トン、トンと確認するように神材を叩いてゆく。
(素直さは失われましたが、妙に柔いですね……)
本当に不思議な素材である、エーテル的な変化も激しい。今度は大槌に反発するような気質が生まれた。しかしヴィルヘルミナの力量故に、割れる気配はなく。
何度か繰り返し鍛着の行程を終え、水分補給をしてから本沸しへと駒を進める。
「いよいよですね」
誰に聞かせるでもなく、言葉がこぼれた。藁灰と泥汁を変え、炉の中にテコ台を入れる。
(風は弱めに、全体に炎を行き渡らせましょう)
手も心も休める暇はない。しかしヴィルヘルミナの心は、炉の炎以上に盛り上がっていた。
そして鍛錬に入る。
「アタシが横座、やっか?」
かつて祖父の指示に従い、大槌を振るっていたころを思い出す提案だった。
「ありがとうございます。お気持ちだけ受け取りますね」
シグルラン の申し出に深く頭を下げて、ヴィルヘルミナは最大限の敬意を払う。
言ってしまえば、これはヴィルヘルミナの新たな相棒を生む試練なのだ。敬愛すべきおうさまの申し出であっても、それを受け入れることは決してできない。
「どうか、最後まで見ていてください」
「なるりょ! 水飲んで見学させてもらうかんなー!」
汗だくの顔のシグルランが歯を見せて笑う。ヴィルヘルミナもほんの少し口角を上げてみる。口の端がひくつくだけに終わった。
全体を見ながら叩くべき箇所と強さを即座に判断し、神材を均等に伸ばしては折り曲げてゆく。
汗と鍛錬の結晶はいよいよ刃を形作った。
(想像した完成図にかなり近くなりました)
神材を熱しながらの作業は、ヴィルヘルミナに過剰な負担をかけた。眉にまで垂れてきた汗が眼に入る前に拭う。
時間と気力、双方との戦いだ。ほんの僅かに気を抜けば集中はぷつりと切れてしまうかもしれない。
(……負けません)
何度だって思う。自分はまだ未熟なのだ。だからこそ伸びしろを信じ、刀を打つように己を鍛え続ける必要がある。
今、この瞬間だってそうだ。
(この太刀を、名刀と呼べる品にしてみせます)
ヴィルヘルミナは折れない信念を磨き続けている。
「マジッスッゲー! 神ってるぅ!」
シグルランが激しく興奮している。無理もない。ヴィルヘルミナだって心の中では喜んでいるのだ。
光浴びて虹色に輝く太刀――月虹 が今、完成した。
「シグちゃんにそこまで言ってもらえるなら、私も少しは自信を持って良いのかもしれませんね」
ヴィルヘルミナはというと、安堵感から脱力し、金属や灰でざらつく床にぺたりと座り込んでいる。
それでも冗談を言う精神的余裕はあるのだ。鍛冶師として少しは成長したと信じたい。
「ミーナ、今コイツを振るだけの力、残ってる?」
「少し休憩すれば戻ると思います」
言いながら、ヴィルヘルミナは台の上に手を伸ばして水袋を探した。今は立ち上がることすらできない。
「待ってろ。とってやっからさ」
シグルランがヴィルヘルミナの口元に水袋を差し出す。ヴィルヘルミナはその優しさをどうにか受け取って、口の中に注ぎ込んだ。
口の端から漏れた何滴かが顎を伝い首筋を濡らすのが、心地よく感じる。
●切れ味
鍛冶場を後にして、二人は近くの広場へと向かった。ここでは皆、芸を披露するかのように己が鍛えた武器を振るっている。
「私もよろしいでしょうか?」
ヴィルヘルミナは断ってから、身長の八割ほどもある月虹を携え広場の中央へと歩く。
鍛え抜いた授恵者故の圧倒的な膂力で、長大な太刀をまっすぐ横に振るった。
軽い。ひらりと舞う木の葉を易々と切った。しかし。
「っぐ!」
(これは……とんだじゃじゃ馬ですね)
ただでさえ疲労している身体に、代償とばかりにエーテル的な負荷を押しつけてくる。
続いて、新品の木人をスパッと真っ二つにした。縦にだ。周囲から拍手が沸き起る!
(やはりエーテルが……)
切れ味は折り紙付きだ。どう飼い慣らすか、それだけが問題であって。
「……木人は弁償しますね」
「いいもん見せてもらったからこのくらい構わねぇよ!」
広場の管理者は鼻歌交じりに新しい木人を用意する。観客と化した鍜冶師たちは口笛を吹いたりヴィルヘルミナを真似たりした。
「ミーナ、やるじゃん♪」
シグルランは肘でヴィルヘルミナを小突いて、イタズラっぽく笑っている。
●仕事のあとのお楽しみ
「乾杯」「カンパーイ! ウェーイ!」「うぇーい。……うぇい?」
宿の一室。汗を流した二人は、ヴィルヘルミナが持ち込んだ蒸留酒で月虹の完成を祝った。
酒場でもよかったが、ヴィルヘルミナは広場でだいぶ目立ってしまったし、シグルランは刀匠王だ。何が起こるかわかったものではない。実際、広場でも見事な太刀を作り上げたヴィルヘルミナに興味を引かれた者や、シグルランに気付いた者達が群がってきて大変だった。
二人きりのお祝いも、それはそれで楽しい。周りを気にせずグビッと飲んで、脱力する。眠くなったらすぐ寝てしまえるのも良い。
――その前に聞きたいことが一つあるのだが。
「シグちゃん」
真剣と好奇の入り交じった声だった。
「『神の焔』って、一体どんなものなのでしょうか?」
王の特権たる炉。それについて尋ねてみたかったのだ。
その質問にシグルランは眉尻を下げる。彼女らしからぬしおらしい表情をしたかと思えば、期待の籠もった視線をヴィルヘルミナにぶつけてきた。
「『匠王』になって確かめてみてよ。マジ感動するからさ」
返ってきたのはヴィルヘルミナの予想に果てしなく近い答えだ。
挑めと。アタシを越えろと誘 う。ヴィルヘルミナにはその素質があると、暗に告げる。
――ヴィルヘルミナ自身は未だ、その確信を持てずにいるのだが。
「んー。いいもん見せてもらったから、ちょっとだけ教えっけど」
『神の焔』は実在する。そしてシグルランが今まで使ってきた炉とは根本的に違う。
「アタシがいま最高の刀を打てるのは『神の焔』があっから! っても過言じゃないかもな」
最高の道具 を紹介した上で、唯一それを使うことのできるおうさまを越えろと宣 うのか。
「……興味は、あります」
ヴィルヘルミナの口から歯切れの悪い言葉がポツリとこぼれる。
『神の焔』を知りたいとは思う。もしも使えたのなら二度と手放さないと思うのかもしれない、そうも考えた。
(世の中そんなに甘くはないとは思いますけどね)
『神の焔』に至るにはまず、シグルランを越えなければいけない。シグルランの領域に踏み込んですらいないのに、その偉業を越える。そのために鍛練以外の何が必要か、皆目見当がつかない。
万が一越えたとして、世間は自分 をどう思うのだろうか。生意気と見られ、軽んじられてもおかしくはない。
(匠王 を目指すかは、まだわかりませんけれど――)
「時間をかけてゆっくりと、考えてみたいと思います」
ヴィルヘルミナはまだ若い。可能性の路は長く、複雑に分岐して広がり続けている。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。