【DA】リーンエスの耳
コルネリウス・アーラ/
フェアロス・アーラ・アスプロス
ライラック・アーラ
『ノベルタイトル:愛しき時間を花束にして』白葉うづき
●
鳥の囀る声がする。瞼をノックする光に急かされるようのろのろ瞳を開け、見慣れた天井をぼんやりと見つめた。過ごし慣れた場所、幾度も寝起きをした寝床はどうにも離れがたい。心地よい微睡みに意識を奪われそうになりながら、コルネリウス・アーラは身体を起こした。
「おはようございます、ライラお姉ちゃん」
「おはようコルネ! もっとゆっくり寝ててよかったのよ」
キッチンへ行くと、野菜をちぎり、快活に笑うコルネリウスの姉――ライラック・アーラが朝食を用意していた。
「これでも寝すぎてしまったくらいですよ。父さんは……部屋ですね」
「そう。帰ってきても熱心よね。悪いけどコルネ、呼んできてもらえる?」
「はい」
見慣れた扉をくぐり、見慣れた廊下を歩いていく。ここはコルネリウスの育った家、フィルエス大森林の片隅にある大切な居場所。久しぶりの帰省は、父であるフェアロス・アーラ・アスプロスとも一緒だ。
コルネリウスは学園卒業後、王国の黒鋼竜侯爵領で過ごすことを決めている。父も大陸中での研究を続けることを予定していた。手紙での近況報告は続くものの、こうして家族で顔を合わせ、ゆっくりと実家で過ごす時間は取れなくなってしまうだろう。
だから父と帰省する期間を合わせ、一緒に実家で過ごすことにした。この家に滞在する数日間はきっとコルネリウスに、家族にとってとても大切な時間になる。それはきっと、大好きで大切なものに触れ、もう一度宝箱にしまい直す時間。
廊下の軋む音は前より大きくなっただろうか。窓から見える風景、他愛のない落書き、高さを競うようリボンが結ばれた柱。思い出が刻まれたすべてを楽しみながら、コルネリウスは扉をノックした。
「父さん? ……失礼します」
扉を開け、覗いてみる。そこには背中を向けた父がいた。どうやら本に集中しているらしい。小さい頃から何度も見た光景に重なり、コルネリウスはふと思いつく。
(もう、機会がないかもしれないですし)
そわそわと近付き、背中から思い切り抱き着いた。
「わ」
「おはようございます、父さん」
「ふふ、おはようございます、コルネ。呼びに来てくれたんですね」
「驚きました?」
「はい、とっても」
ふわりと笑ったフェアロスは本を置き、優しい手付きでコルネリウスを撫でる。
「昔も思い出しました、研究で少しだけ部屋にこもっていた父さんに、遊ぼうってねだって」
「あの頃から元気いっぱいでしたね、コルネは」
思い出話をしながら父へ頭を寄せる。しばらくして来た姉は、呆れまじりにご飯できたよ、と笑った。
●
「それで、フェアちゃんったら走り出しちゃって――」
焼き立てのパンに色鮮やかなサラダ、スープに綺麗なジャムの入った瓶。テーブルの上は賑やかな朝食が並び、カップからはお茶の香りが柔らかく香る。朝食を食べながら、手紙には書ききれなかった近況をお互いに報せ合う。
「それで、今日は予定ないのよね」
「ゆっくりしに来ましたから」
「本当? 遅くまで灯りがついてたけれど」
「おや、見られていましたね」
「熱心なんだから」
楽しげな二人に、コルネリウスも微笑む。
「父さんの気持ちも分かります。安心できるからこそ、作業が捗るんですよね」
「コルネを味方につけたわね、父さん。羨ましいわ!」
「私はライラお姉ちゃんの味方でもありますよ」
「コルネ~!」
抱き着く姉をよしよしとコルネリウスは撫でる。嬉しさを表現するようカラカルの耳が跳ねるように動き、尻尾が緩く揺れた。そんな光景を穏やかに見つめながら、フェアロスはカップを傾ける。
「何かしたいことがあるのでしょうか、ライラ」
「そうなの!」
フェアロスの言葉に、ライラックは宣言した。
「皆で散歩に行きましょう!」
●
フィルエスの森は常春であり、温かな気候の続く場所だ。それでもわずかな気温変化はあるようで、生えている植物や花も時期によって異なる。家の近くにある花畑も、訪れる日によって色彩や花の種類も変わっていた。コルネリウスは大きく息を吸い、そうして吐き出す。甘くて爽やかな、すがすがしい気配に満ちていた。
「いつ来ても気持ちがいいですね」
「ええ、心が安らぎます」
懐かしむように遠くを見ながら、フェアロスは近くの切り株に腰を落ち着ける。その切り株も樹齢何百年という年輪を刻み、切り株からも周りからも命が芽吹いていた。
「新しく生えてきたこっちの樹、もっと小さかったような気がします」
「成長したのよ、この樹もコルネも」
同じように切り株に座り、ライラックは腕を上げて体を伸ばし、ぱたんと下ろした。
鳥が空高くに飛び、影が過ぎる。青々とした緑の木々は柔らかく風に揺れ、鳥の鳴き声や川のせせらぎと一緒に森の歌を響かせていた。ゆっくりと、足の向くままに歩いては止まっていたコルネリウスは、鳥の落としたろう綺麗な花を拾う。
「お姉ちゃん、お願いしてもいいですか」
「あら、いいわよ。久しぶりに作りましょうか」
ライラックはいくつか材料を集め、蔦を使ってそれを器用に繋ぎ合わせる。あっという間に可愛らしい花冠が出来た。
「お姉ちゃんの花冠、いつ見ても綺麗ですね」
「すっかり上手になったわ。はい、コルネ」
コルネリウスの頭に白い花弁の花冠が乗せられる。軽い重さとともに、穏やかで甘い香りが香った。
「やっぱり白がよく似合うわ……もう、いつまで経っても天使ね!」
「わ、苦しいですよ」
抱きしめられながら、コルネリウスはにこにこと微笑むフェアロスに気付く。優しくコルネリウスとライラックを見つめ、目が合ったコルネリウスに瞳を細めた。
「昔を思い出していたのです。皆で遊びに来て、陽が落ちるまで過ごしたこともありましたね」
「コルネは走り回って元気いっぱいだったわね。父さんの薬草取りも手伝ったりして」
コルネリウスも昔に思いを馳せる。兄姉と父と走り回り、遊んで笑って、一緒に過ごした日々。
「届かないところに材料の葉っぱがあったら持ち上げてもらったりして……その時、世界が一変して見えましたね。その景色がもう一回見たいと、後でねだったりもして」
「やってみましょうか」
「え? ――わぁっ!」
瞬間、ふわりと浮遊感がコルネリウスを襲い、視界が高くなった。抱き上げるように抱えられたらしい。フェアロスは得意気に鼻を鳴らす。
「どうです、昔以上に力持ちでしょう」
「え、ええと」
「世界は変わりましたか?」
問われて、コルネリウスは遠くを見る。
「はい。昔も、今も。新しく見えることばかりです」
「次はあたしにお願いね、父さん」
「お、お姉ちゃん!?」
下ろされてから、再び視界が高くなる。上機嫌に抱き上げる姉に、コルネリウスもつられるように笑っていた。
●
クローゼットのひとつを開くと、さまざまな種類、色の洋服が整然と並べられていた。きっと彼女が合間合間に作ったものだろう。大きいサイズから小さなサイズ、新しいものから古いものまで、丁寧にしまわれている。
ライラックが手渡した一着を持ち、布で作った簡単な仕切りの中へ。それは春を思わせる装い。淡緑の胸元にリボンをあしらい、花のように幾重にも布を重ねた、すらりとしたシルエットを持つスカート。それを着て、コルネリウスはカーテンを開いた。
「いいわね。やっぱりすごく似合う」
「素敵ですね。季節を感じます」
「色々な種類の服を揃えておくのは悪くないわよ」
洋服の裾を伸ばし、ライラックは細部や遠目からの見た目も確認しながら話す。
「懐かしいわね。昔は新しい服を着たら、皆に見せに走っていっちゃって」
「お姉ちゃんの服、着たら嬉しくなってしまって……小さい頃の私はきっと、早く見せたいってじっとしてられなかったんです」
「さすがあたしの天使……!」
この家では時折、家族をモデルとした、姉が作った洋服を着るファッションショーが開かれていた。昔話に花を咲かせながら、ライラックは頷く。
「いい感じ。コルネはふわふわのスカートもよく似合うけど、パンツスタイルもすらりとしてるから素敵よね。自分のよく似合うもの、知っておくと役に立つわ」
きっとね、とウインクする姉に、コルネリウスは柔らかく微笑んだ。
言葉には出さないけれど、彼女はコルネリウスのことを心配しているのだろう。これからコルネリウスが過ごすことになる場所は、気の抜ける場所も時間も限られる。今までの生活以上に苦労するだろうことを知っている。コルネリウスにファッションショーを頼んだのも、彼女なりに思うところがあったのだろう。
「回ってみて……うん、素敵。理想以上――」
「お姉ちゃん?」
途切れた声に姉を見る。立ち上がった姉は、胸元にコルネリウスを抱きしめた。
「あたしの愛するコルネ。あたしと過ごした時間も、いつかコルネや父さんの中で過去になる日が来る」
コルネリウスは目を見張る。
「だからこそ一日たりとも欠かさずに、あなたに愛情を注いできたの。あたしが後悔しないように。コルネが愛に満ちた日々を心の拠り所にできるように。優しいコルネは寂しがって泣いてしまう日が来るかもしれない。でも大丈夫。あたしとあなたの思い出は幸せでいっぱいでしょ? きっと思い出す内に笑顔が戻ってくる」
彼女はハーフビースト、コルネリウスはもちろん父、末妹もエルフ。同じ家族とはいえど、歩める時間は違う。その時間を知りながら、ライラックは家族の傍にいてくれた。大切な皆の大切な家を、守ってくれていた。
「それに、あなたの周りにはかけがえのない絆がある。それはあなたを助け、支え、導いてくれる。迷わず進んでいいの。でも、疲れたら休んだっていいの。あなたのすべてをあたしが肯定してあげる」
優しく背中を叩いた後、ライラックは身体を離して目を合わせる。
「愛しいコルネ。あたしたちの天使。あなたならきっとどこまでも羽ばたいて、あたしたちにしてくれたように、幸せを皆の元に運んでくれる。あたしの大好きで大切な、自慢の妹。きっと兄さんも姉さんも誇りに思ってる。いつまでも大好きよ、コルネ」
柔らかく細める瞳に雫が見えた途端――コルネリウスは思い切り彼女を抱きしめていた。
「おねえ、ちゃ、……っ」
「よしよし」
色んな感情で体中がいっぱいになる。想いがあふれ出て止まらない。それが少しでも伝わることを願うかのよう、コルネリウスは強くライラックを抱きしめ続けた。
●
父の指示を聞きながら、コルネリウスとライラックは植物の手入れを行う。枯れ掛けた葉や花を取り、鉢植えの土を入れ替え、十分育ったものは地面に植え替えた。
「コルネ、顔に土がついていますよ」
「あ、本当ですか? 後で顔を洗います! わ、」
「こっち向いて……うん、いいわ」
ハンカチで汚れを拭ったライラックが、満足そうに笑う。
植物の世話の後は、家の傷んだ場所を直したり、掃除をしたり。コルネリウスは空を見る。木々で囲まれた家に、陰がかかってきていた。
(もう、こんな時間なんですね)
楽しい時はあっという間だ。
「コルネ、お手伝いしてくれる?」
「はい、今行きます」
夕飯もずっと楽しい時間だった。三人で料理を作り、出来た料理をテーブルに並べ、食卓を囲みながらまた話は弾んだ。話の中心になるのは、なんだかコルネリウスが多かった気がする。今では恥ずかしいものから、忘れていたような思い出まで、二人は大切な記憶を優しくなぞるように話してくれた。
「父さん、お姉ちゃん」
夕食後。お茶を飲む三人を、淡いランプの光が照らす。立ち上がったコルネリウスは、二人の座るソファの前に歩んだ。
「ぎゅっとしても、いいですか」
「もちろん!」
「ええ、いつでもいいですよ」
ライラック、そしてフェアロスを順番に抱きしめた。それから間に座り、二人の手を優しく握る。こうしていると、本当に幼い頃に戻ったようだった。
「私がこの家に来てから、どれだけの日々が過ぎたでしょうか。どれだけの思い出が生まれ、どれだけの笑顔を浮かべたでしょう。それはどれも数えきれず、どれもが今の私を作ってくれました」
例えば料理の仕方、道具の使い方、植物の世話の仕方。すべて大好きな家族から教わったもの。自分の些細な振る舞いも考え方も、ひとつひとつが家族とともに培われて来た。
「父さんと出会い、お姉ちゃんたちに出会って、この家で育って。私は、何にも囚われることなく生きてこられました。けれど森の外は、温かな場所とはまた違う場所でした」
コルネリウスたちの『家族』には、種族という垣根はない。けれど、世界はそんなに優しい場所ではなかった。種族が立場がと、誰かが誰かをがんじがらめにし、壁を作り上げていることをコルネリウスは知った。
「外に出た私は、夢が出来ました。誰もが幸せに過ごせる、そんな世界」
何にも縛られない、自由な世界。
その世界は誰もが羽を伸ばし、どこまでも飛んでいける。
「そして……いつの間にか私には、その夢を一緒に叶えたい人が出来ていました」
お互いを必要としあう、愛する人。
家族とはまた違う温もりを与えあえる大切な存在。
迷いながら、それでも前に進んで掴んだ今。
枝葉を伸ばしたその根には、いつでも『家族』という大きな存在があった。
「ありがとうございます。父さん、お姉ちゃん。ずっと、ずっと。大好きです」
コルネリウスは微笑む。
幸せな気持ちも、感謝も、とめどない想いがあふれてきた。
ライラックが、フェアロスが優しく、強く抱きしめる。
「コルネと家族になれて、あたしもたくさん幸せをもらったわ」
「私こそ、言葉にしきれないほどとても、とてもたくさんのものをいただきました。貴方たちと家族になれたことは、これ以上ないほどの幸せです。私と、私たちと家族になってくれて――本当に、ありがとうございました」
森の中で育まれた、ある一つの家族。
小さな光が寄り添い合い、そこに愛が生まれた。
それは、互いの心に温かなともしびを灯し続ける。これから先も、ずっと。
●
「それにしても……」
コルネリウスの布団を直しながら、ライラックは呟く。
「いざ訪れると寂しいものね」
「何の話ですか?」
「大切な人が出来たんでしょう?」
「あ」
コルネリウスの頬が赤くなる。
「ええとあの、その話はまたゆっくり……」
「そう? もしドレスが必要になるなら言ってね、とびっきりのものを作るから。ああでも、王国には腕の良い仕立て屋もたくさんいるわよね。たくさんお色直しをするのも良いと思うわ。あたしたちの天使ですもの、どんなドレスも似合うに決まってるから!」
「もう、お姉ちゃんってば。……そっちにいってもいいですか?」
「もちろん。おいで、コルネ」
顔を見合わせてくすくすと笑い合い、隣の温もりにぴったりと寄り添う。
幸せな心地に包まれながら、コルネリウスは目を閉じた。
鳥の囀る声がする。瞼をノックする光に急かされるようのろのろ瞳を開け、見慣れた天井をぼんやりと見つめた。過ごし慣れた場所、幾度も寝起きをした寝床はどうにも離れがたい。心地よい微睡みに意識を奪われそうになりながら、コルネリウス・アーラは身体を起こした。
「おはようございます、ライラお姉ちゃん」
「おはようコルネ! もっとゆっくり寝ててよかったのよ」
キッチンへ行くと、野菜をちぎり、快活に笑うコルネリウスの姉――ライラック・アーラが朝食を用意していた。
「これでも寝すぎてしまったくらいですよ。父さんは……部屋ですね」
「そう。帰ってきても熱心よね。悪いけどコルネ、呼んできてもらえる?」
「はい」
見慣れた扉をくぐり、見慣れた廊下を歩いていく。ここはコルネリウスの育った家、フィルエス大森林の片隅にある大切な居場所。久しぶりの帰省は、父であるフェアロス・アーラ・アスプロスとも一緒だ。
コルネリウスは学園卒業後、王国の黒鋼竜侯爵領で過ごすことを決めている。父も大陸中での研究を続けることを予定していた。手紙での近況報告は続くものの、こうして家族で顔を合わせ、ゆっくりと実家で過ごす時間は取れなくなってしまうだろう。
だから父と帰省する期間を合わせ、一緒に実家で過ごすことにした。この家に滞在する数日間はきっとコルネリウスに、家族にとってとても大切な時間になる。それはきっと、大好きで大切なものに触れ、もう一度宝箱にしまい直す時間。
廊下の軋む音は前より大きくなっただろうか。窓から見える風景、他愛のない落書き、高さを競うようリボンが結ばれた柱。思い出が刻まれたすべてを楽しみながら、コルネリウスは扉をノックした。
「父さん? ……失礼します」
扉を開け、覗いてみる。そこには背中を向けた父がいた。どうやら本に集中しているらしい。小さい頃から何度も見た光景に重なり、コルネリウスはふと思いつく。
(もう、機会がないかもしれないですし)
そわそわと近付き、背中から思い切り抱き着いた。
「わ」
「おはようございます、父さん」
「ふふ、おはようございます、コルネ。呼びに来てくれたんですね」
「驚きました?」
「はい、とっても」
ふわりと笑ったフェアロスは本を置き、優しい手付きでコルネリウスを撫でる。
「昔も思い出しました、研究で少しだけ部屋にこもっていた父さんに、遊ぼうってねだって」
「あの頃から元気いっぱいでしたね、コルネは」
思い出話をしながら父へ頭を寄せる。しばらくして来た姉は、呆れまじりにご飯できたよ、と笑った。
●
「それで、フェアちゃんったら走り出しちゃって――」
焼き立てのパンに色鮮やかなサラダ、スープに綺麗なジャムの入った瓶。テーブルの上は賑やかな朝食が並び、カップからはお茶の香りが柔らかく香る。朝食を食べながら、手紙には書ききれなかった近況をお互いに報せ合う。
「それで、今日は予定ないのよね」
「ゆっくりしに来ましたから」
「本当? 遅くまで灯りがついてたけれど」
「おや、見られていましたね」
「熱心なんだから」
楽しげな二人に、コルネリウスも微笑む。
「父さんの気持ちも分かります。安心できるからこそ、作業が捗るんですよね」
「コルネを味方につけたわね、父さん。羨ましいわ!」
「私はライラお姉ちゃんの味方でもありますよ」
「コルネ~!」
抱き着く姉をよしよしとコルネリウスは撫でる。嬉しさを表現するようカラカルの耳が跳ねるように動き、尻尾が緩く揺れた。そんな光景を穏やかに見つめながら、フェアロスはカップを傾ける。
「何かしたいことがあるのでしょうか、ライラ」
「そうなの!」
フェアロスの言葉に、ライラックは宣言した。
「皆で散歩に行きましょう!」
●
フィルエスの森は常春であり、温かな気候の続く場所だ。それでもわずかな気温変化はあるようで、生えている植物や花も時期によって異なる。家の近くにある花畑も、訪れる日によって色彩や花の種類も変わっていた。コルネリウスは大きく息を吸い、そうして吐き出す。甘くて爽やかな、すがすがしい気配に満ちていた。
「いつ来ても気持ちがいいですね」
「ええ、心が安らぎます」
懐かしむように遠くを見ながら、フェアロスは近くの切り株に腰を落ち着ける。その切り株も樹齢何百年という年輪を刻み、切り株からも周りからも命が芽吹いていた。
「新しく生えてきたこっちの樹、もっと小さかったような気がします」
「成長したのよ、この樹もコルネも」
同じように切り株に座り、ライラックは腕を上げて体を伸ばし、ぱたんと下ろした。
鳥が空高くに飛び、影が過ぎる。青々とした緑の木々は柔らかく風に揺れ、鳥の鳴き声や川のせせらぎと一緒に森の歌を響かせていた。ゆっくりと、足の向くままに歩いては止まっていたコルネリウスは、鳥の落としたろう綺麗な花を拾う。
「お姉ちゃん、お願いしてもいいですか」
「あら、いいわよ。久しぶりに作りましょうか」
ライラックはいくつか材料を集め、蔦を使ってそれを器用に繋ぎ合わせる。あっという間に可愛らしい花冠が出来た。
「お姉ちゃんの花冠、いつ見ても綺麗ですね」
「すっかり上手になったわ。はい、コルネ」
コルネリウスの頭に白い花弁の花冠が乗せられる。軽い重さとともに、穏やかで甘い香りが香った。
「やっぱり白がよく似合うわ……もう、いつまで経っても天使ね!」
「わ、苦しいですよ」
抱きしめられながら、コルネリウスはにこにこと微笑むフェアロスに気付く。優しくコルネリウスとライラックを見つめ、目が合ったコルネリウスに瞳を細めた。
「昔を思い出していたのです。皆で遊びに来て、陽が落ちるまで過ごしたこともありましたね」
「コルネは走り回って元気いっぱいだったわね。父さんの薬草取りも手伝ったりして」
コルネリウスも昔に思いを馳せる。兄姉と父と走り回り、遊んで笑って、一緒に過ごした日々。
「届かないところに材料の葉っぱがあったら持ち上げてもらったりして……その時、世界が一変して見えましたね。その景色がもう一回見たいと、後でねだったりもして」
「やってみましょうか」
「え? ――わぁっ!」
瞬間、ふわりと浮遊感がコルネリウスを襲い、視界が高くなった。抱き上げるように抱えられたらしい。フェアロスは得意気に鼻を鳴らす。
「どうです、昔以上に力持ちでしょう」
「え、ええと」
「世界は変わりましたか?」
問われて、コルネリウスは遠くを見る。
「はい。昔も、今も。新しく見えることばかりです」
「次はあたしにお願いね、父さん」
「お、お姉ちゃん!?」
下ろされてから、再び視界が高くなる。上機嫌に抱き上げる姉に、コルネリウスもつられるように笑っていた。
●
クローゼットのひとつを開くと、さまざまな種類、色の洋服が整然と並べられていた。きっと彼女が合間合間に作ったものだろう。大きいサイズから小さなサイズ、新しいものから古いものまで、丁寧にしまわれている。
ライラックが手渡した一着を持ち、布で作った簡単な仕切りの中へ。それは春を思わせる装い。淡緑の胸元にリボンをあしらい、花のように幾重にも布を重ねた、すらりとしたシルエットを持つスカート。それを着て、コルネリウスはカーテンを開いた。
「いいわね。やっぱりすごく似合う」
「素敵ですね。季節を感じます」
「色々な種類の服を揃えておくのは悪くないわよ」
洋服の裾を伸ばし、ライラックは細部や遠目からの見た目も確認しながら話す。
「懐かしいわね。昔は新しい服を着たら、皆に見せに走っていっちゃって」
「お姉ちゃんの服、着たら嬉しくなってしまって……小さい頃の私はきっと、早く見せたいってじっとしてられなかったんです」
「さすがあたしの天使……!」
この家では時折、家族をモデルとした、姉が作った洋服を着るファッションショーが開かれていた。昔話に花を咲かせながら、ライラックは頷く。
「いい感じ。コルネはふわふわのスカートもよく似合うけど、パンツスタイルもすらりとしてるから素敵よね。自分のよく似合うもの、知っておくと役に立つわ」
きっとね、とウインクする姉に、コルネリウスは柔らかく微笑んだ。
言葉には出さないけれど、彼女はコルネリウスのことを心配しているのだろう。これからコルネリウスが過ごすことになる場所は、気の抜ける場所も時間も限られる。今までの生活以上に苦労するだろうことを知っている。コルネリウスにファッションショーを頼んだのも、彼女なりに思うところがあったのだろう。
「回ってみて……うん、素敵。理想以上――」
「お姉ちゃん?」
途切れた声に姉を見る。立ち上がった姉は、胸元にコルネリウスを抱きしめた。
「あたしの愛するコルネ。あたしと過ごした時間も、いつかコルネや父さんの中で過去になる日が来る」
コルネリウスは目を見張る。
「だからこそ一日たりとも欠かさずに、あなたに愛情を注いできたの。あたしが後悔しないように。コルネが愛に満ちた日々を心の拠り所にできるように。優しいコルネは寂しがって泣いてしまう日が来るかもしれない。でも大丈夫。あたしとあなたの思い出は幸せでいっぱいでしょ? きっと思い出す内に笑顔が戻ってくる」
彼女はハーフビースト、コルネリウスはもちろん父、末妹もエルフ。同じ家族とはいえど、歩める時間は違う。その時間を知りながら、ライラックは家族の傍にいてくれた。大切な皆の大切な家を、守ってくれていた。
「それに、あなたの周りにはかけがえのない絆がある。それはあなたを助け、支え、導いてくれる。迷わず進んでいいの。でも、疲れたら休んだっていいの。あなたのすべてをあたしが肯定してあげる」
優しく背中を叩いた後、ライラックは身体を離して目を合わせる。
「愛しいコルネ。あたしたちの天使。あなたならきっとどこまでも羽ばたいて、あたしたちにしてくれたように、幸せを皆の元に運んでくれる。あたしの大好きで大切な、自慢の妹。きっと兄さんも姉さんも誇りに思ってる。いつまでも大好きよ、コルネ」
柔らかく細める瞳に雫が見えた途端――コルネリウスは思い切り彼女を抱きしめていた。
「おねえ、ちゃ、……っ」
「よしよし」
色んな感情で体中がいっぱいになる。想いがあふれ出て止まらない。それが少しでも伝わることを願うかのよう、コルネリウスは強くライラックを抱きしめ続けた。
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父の指示を聞きながら、コルネリウスとライラックは植物の手入れを行う。枯れ掛けた葉や花を取り、鉢植えの土を入れ替え、十分育ったものは地面に植え替えた。
「コルネ、顔に土がついていますよ」
「あ、本当ですか? 後で顔を洗います! わ、」
「こっち向いて……うん、いいわ」
ハンカチで汚れを拭ったライラックが、満足そうに笑う。
植物の世話の後は、家の傷んだ場所を直したり、掃除をしたり。コルネリウスは空を見る。木々で囲まれた家に、陰がかかってきていた。
(もう、こんな時間なんですね)
楽しい時はあっという間だ。
「コルネ、お手伝いしてくれる?」
「はい、今行きます」
夕飯もずっと楽しい時間だった。三人で料理を作り、出来た料理をテーブルに並べ、食卓を囲みながらまた話は弾んだ。話の中心になるのは、なんだかコルネリウスが多かった気がする。今では恥ずかしいものから、忘れていたような思い出まで、二人は大切な記憶を優しくなぞるように話してくれた。
「父さん、お姉ちゃん」
夕食後。お茶を飲む三人を、淡いランプの光が照らす。立ち上がったコルネリウスは、二人の座るソファの前に歩んだ。
「ぎゅっとしても、いいですか」
「もちろん!」
「ええ、いつでもいいですよ」
ライラック、そしてフェアロスを順番に抱きしめた。それから間に座り、二人の手を優しく握る。こうしていると、本当に幼い頃に戻ったようだった。
「私がこの家に来てから、どれだけの日々が過ぎたでしょうか。どれだけの思い出が生まれ、どれだけの笑顔を浮かべたでしょう。それはどれも数えきれず、どれもが今の私を作ってくれました」
例えば料理の仕方、道具の使い方、植物の世話の仕方。すべて大好きな家族から教わったもの。自分の些細な振る舞いも考え方も、ひとつひとつが家族とともに培われて来た。
「父さんと出会い、お姉ちゃんたちに出会って、この家で育って。私は、何にも囚われることなく生きてこられました。けれど森の外は、温かな場所とはまた違う場所でした」
コルネリウスたちの『家族』には、種族という垣根はない。けれど、世界はそんなに優しい場所ではなかった。種族が立場がと、誰かが誰かをがんじがらめにし、壁を作り上げていることをコルネリウスは知った。
「外に出た私は、夢が出来ました。誰もが幸せに過ごせる、そんな世界」
何にも縛られない、自由な世界。
その世界は誰もが羽を伸ばし、どこまでも飛んでいける。
「そして……いつの間にか私には、その夢を一緒に叶えたい人が出来ていました」
お互いを必要としあう、愛する人。
家族とはまた違う温もりを与えあえる大切な存在。
迷いながら、それでも前に進んで掴んだ今。
枝葉を伸ばしたその根には、いつでも『家族』という大きな存在があった。
「ありがとうございます。父さん、お姉ちゃん。ずっと、ずっと。大好きです」
コルネリウスは微笑む。
幸せな気持ちも、感謝も、とめどない想いがあふれてきた。
ライラックが、フェアロスが優しく、強く抱きしめる。
「コルネと家族になれて、あたしもたくさん幸せをもらったわ」
「私こそ、言葉にしきれないほどとても、とてもたくさんのものをいただきました。貴方たちと家族になれたことは、これ以上ないほどの幸せです。私と、私たちと家族になってくれて――本当に、ありがとうございました」
森の中で育まれた、ある一つの家族。
小さな光が寄り添い合い、そこに愛が生まれた。
それは、互いの心に温かなともしびを灯し続ける。これから先も、ずっと。
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「それにしても……」
コルネリウスの布団を直しながら、ライラックは呟く。
「いざ訪れると寂しいものね」
「何の話ですか?」
「大切な人が出来たんでしょう?」
「あ」
コルネリウスの頬が赤くなる。
「ええとあの、その話はまたゆっくり……」
「そう? もしドレスが必要になるなら言ってね、とびっきりのものを作るから。ああでも、王国には腕の良い仕立て屋もたくさんいるわよね。たくさんお色直しをするのも良いと思うわ。あたしたちの天使ですもの、どんなドレスも似合うに決まってるから!」
「もう、お姉ちゃんってば。……そっちにいってもいいですか?」
「もちろん。おいで、コルネ」
顔を見合わせてくすくすと笑い合い、隣の温もりにぴったりと寄り添う。
幸せな心地に包まれながら、コルネリウスは目を閉じた。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。