【DA】リーンエスの耳

メアリー・リーンエス

この避暑地に来るのも久しぶりですわね。今回は、あまり休暇を楽しむという用件でもありませんでしたが……。海賊も捕縛できたようですし、さっさと引き上げましょう。そろそろ原稿に取りかからないと夏のお祭りに間に合いませんもの。
いつか、あの方と一緒に訪れる機会があれば、今回よりはのんびり過ごしたい物ですわね。

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「平和な景色ですこと」

 メアリー・リーンエス王女は目の前に広がる光景にそう呟く。天気は晴れ、海は穏やかで水遊びには最高の日取りだった。南方の大島に彼女が来たのは、残念ながら遊びのためではない。

「メドゥの指先に毒された海賊が巣食ってはいたようですが、『龍逓架』を持ち込まれた形跡は無かったようです」
「そう。良かったですわ」

 エスト・ポーラ市を脅迫し、同盟内部の混乱を呼んだメドゥの指先の魔手が王国南方迄伸びて来ていた、その事後調査が彼女の目的である。こうして海を歩く姿を見せるのは、民に不安を与えぬための工作だ。わざわざ王族が動くほどの事か、と感じるのは事態の深刻さを知らぬ者であろう。冒険者ギルド経由でもたらされた情報が正しいのであれば、『龍逓架』は設置させた場所にあの『幽界樹』の分樹を出現させる事が出来るらしい。

「ここは王家の避暑地ですから、自然は豊かだけれど普段は最小限の人しかおりませんもの。もしもそのような物が持ち込まれていたとしたら、大変な事になったでしょう」

 帝国が不測の事態で滅亡して以後、大陸の一強となった王国の座は安泰ではない。国家として王国と並び立つ勢力は確かになくなったが、守るべき国家を失いテロリストと化した皇帝ヨゼフ・バルダスの脅威はいまだ大きい。だというのに、外敵を失った王国内では時勢を見極められぬ愚かな貴族が蠢動していた。リーンエス王国がこの世界の指導者となるには、内憂を払わねばならない。

「その為の、婚姻。レイウェスト殿下からすれば、王国の手は拒めなかったでしょうけれど。これであの方も更に狙われる身になるのでしょうね」

 メアリー自身は、レイウェストとの政略結婚に異論はない。王国にとって最大の利益を生む婚姻は王族の務めでもあり、その立場を離れて考えたとしてもレイウェスト個人に対する感情は悪くないのだ。国難にあり、自分のような王族教育を受けていないにも関わらず毅然と立つ姿勢には敬意を抱く。燃えるような恋は無くとも、彼との間に両親の間にあるような穏やかな愛を育む事は出来ると思った。それもこれも、彼女とレイウエストが生き残る事が出来れば、だが。危険なのは国内の有力貴族だけではない。

「メドゥの右腕、と言ったかしら。何故、あの吸血鬼がリーンエス王国を狙うのか……。そこに鍵が一つあると思うのですけれど」

 最初は、メドゥの左腕が主体となって皇帝ヨゼフと組んでいるのだろうとメアリーも考えていた。征竜を殺す。とある冒険者がメドゥの左腕の残留思念を読み取った際に得られた、彼女の意志がそれだ。メドゥの左腕の目的が征竜の殺害だというならば、それは帝国の国是とも合致する。皇帝ヨゼフがボルガニスク神や『魂喰らう
 黒泥晶』、それに世界樹の力を欲したのも、征竜を討つためではないかと思われる。神代から生きる征竜を個人の武力で殺すなどという事は、メアリーには想像もしがたい。数百年ぶりに極北を出た征竜は、八つの目と三対の翼を持つ小山のような姿であったという。考えるまでもなく、メアリーの剣が届く相手には思えなかった。戦士として高みにいるウィリアムであれば、ヨゼフの考えも分かるのであろうか。

「けれども、左腕はともかく、右腕の方は帝国のヨゼフ帝に理由も無く協力しているのではなさそうですわね。その理由が分かれば、敵の間に隙を生む事もできるのでしょうか」

 ニコラ・ゴルティエ元侯爵の造反に便乗し、王国へ攻め込んできた吸血鬼たちには目的がある様だった。コートネイ伯爵領の領都を滅ぼしたメドゥの右腕は父王や王太子ではなく第二王子ウィリアムを狙い、王都へ侵入した吸血鬼たちは王族よりも王都中庭にある聖剣を狙う意図が感じられたのだ。王家にはあの聖剣が『竜喰らい』を封じているとも、砂漠であった王国を豊かな土地に変えたとも伝えられているが、あくまでも伝承に過ぎない。リザードマン達が守る大湿地帯の封印のように定期的な儀式がある訳でもなく、貴重な遺物として丁重に祀られている訳でもない。貴重な歴史こそあれど、彼女達の認識としては野ざらしのオブジェなのだ。少なくとも扱いだけを見るならば、ウィリアムが振るう王家伝来の剣や、レイウェスト皇子の持つ『征竜の虹宝剣』等の方が遥かに重いように思える。

「……ですが、逆にそれが不自然だとも言えますわね。調べても、中庭の聖剣についてはある程度以上の事が残されていない……」

 ただ王家の者だけが、口伝で守る事を伝えられている。しかし、守る事が必要ならば厳重な覆いを作り警備を置けば良い物を、そうはなっていない。せいぜい中庭の景観を損なわない程度の祠を建てて雨風を防いでいるくらいだ。おそらくは、王女である彼女には知られていない、王や王太子しか知らない知識があるのだろう。さらに深く考えに沈もうとした彼女の意識を、寄せては返す波音が引き留めた。

「わたくしの悪い所ですわね。このような美しい景色を前に、考え事をすれば政略や謀略のことばかり。何か、可愛らしい事でもしてみましょうか。……貝殻に耳を当てれば、波音が聞こえるというのは本当かしら?」

 つと、波打ち際に顔を出していた貝殻に手を伸ばす。中に何も住み着いていない事を確認してから、恐る恐る耳に当てた少女の顔が、年相応の笑顔を見せた。

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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0