【死軍】ヴァイセントラフ砦防衛戦 2
バルディオン & ???
(IL:ひお/ハレのちハレタ)
「バルディオン様。お元気ですか。私たちは元気です。
一度死んでしまいましたが、偉大なる死霊術師ヤコブ・ヴィリアン様のおかげで再び生き返りました。
いまは王国を滅ぼすために行進しています。バルディオン様も志あらばヤコブ様の義挙に加わりましょう。
にくい王国を滅ぼすために、私たちは生き返りました。
ぜひ一緒に戦ってください。あなたのティオル」
ぐしゃり、と手の中の紙が握りつぶされた。
バルディオンの愛息、ティオルはまだ5歳だ。このような流暢な文など書けるはずもない。
自分を私などとも呼ばない。舌足らずな声で「ボクね?」と喋っていた、その声が今も耳に浮かぶ。
「将軍、兵たちのもとにも同じものが届いています。宛名と、名前以外寸分違いません」
「そうか……」
バルディオンは、将軍だ。帝国に仕える将軍だ。私情に判断を曇らされてはならない。
だが。どう読み取っても、またどう判断しても。
このふざけた申し出を受ける理由など、ありはしなかった。
●
「なるほど、いいよ。王国軍は君達に助力しよう。……といっても、ここにいるだけだけどね」
バルディオンの要請に、王国第二王子ウィリアム・リーンエスはそう快諾した。
彼の隣に立つ銀髪の男性に、砦の幕僚たちの目が向く。
この優雅な印象の美青年こそが、王国の北の盾アーチボルト辺境伯その人だった。
名門貴族ではあるが、王国内での立場は貴族主流よりも王族に近い。
王国としては、おのれの利にばかり目が行く貴族派のものを事態に関わらせたくはない。
その意味でも、彼は王国が用意できる最良の人選だった。
ウィリアム自身の少人数ながら精鋭の手勢に、王国辺境伯の率いる1000名の兵。
それと、砦が動かせる限度いっぱいの3000が、防衛に使える戦力となろう。
「アーチボルト辺境伯の兵であれば、万軍に勝ろう。国境を挟んで対峙していた我らがよく知っている」
「それは、どうもありがとうございます」
静かに微笑を湛える辺境伯に、バルディオンはにこりともせず頷いた。
二人は、わずか半年前であれば、仲良く卓を運んでいるはずもない間柄だ。
しかし、猪の顔をした将軍の表情が硬いのはそれが原因ではなかった。
すでに資料は配られている。ヴァイセントラフ砦の軍人たちが受け取った手紙の内容も。
それを王国の将が目にする間、深い沈黙が落ちた。
「早速、軍議に入ろうか。作戦はあるのかい?」
自らを差し置いて、あえて仕切りを入れたウィリアムに、バルディオンは軽く頭を下げる。
それから、低い声を発した。
「ヴァイセントラフ砦に拠り、敵を迎え撃つ」
今度の静寂もまた、王国の者の言葉で砕かれた。もう一人の青年の声で、だ。
「敵はゾンビなのでしょう? であれば、火計に勝る計は無いと思うのですが」
「その通りだ。だが、それはできぬ」
「兵が望まない、と?」
ロスガリア大陸では、遺体が損なった状態では死者の魂が旅立てぬといわれている。
儀式も経ずに燃やされた場合もそうであり、辺境伯が尋ねたのもその点だった。
「いや。そうではない。我らには、冬を越す用意がないのだ。火計に使う物も」
「……なるほど。そこまでは思い至りませんで、失礼いたしました」
一礼し、辺境伯は座に戻った。何のことは無い。後にケチをつけようとする王国内の者へのパフォーマンスだ。
そののちは、それ以上の異議も出ることは無く。
オブザーバーとして座っていた冒険者ギルドの支部長も、ギルドとしての協力を約束した。
「それでは。今この時より、ヴァイセントラフ砦防衛作戦の行動を開始する」
「応!」
かくして、事態は動き出した。
●
「ふふ……」
ヤコブ・ヴィリアンは大変ご満悦だった。周囲を埋め尽くす亡者の声と行軍の音。なるたる甘美。なんという優美。なんという――壮麗。
「いやはや、善なる行いの、なんと心地よいことでしょう……ああ! なんと! ワタシは公明で! 正大で! 強大でぇ! ……ああ、優しいのでしょう」
命を失ってなお、王国を打破しようという美しい志を有する同胞たちの声を、よもや帝国臣民が――それも、知勇で知られる猛将バルディオンが無視しようなど、毛先ほどにも思っていない。
彼の脳裏には、数万にも及ぶ亡者たちと、帝国の勇たる国境兵たちが、列を成して王国を食い荒らす様が鮮明に描かれている。実力をもって帝国社会を駆け上がったバルディオンと、真実の貴種たるヤコブが、腐れきった王国に引導を渡すのだ。
「すうぃ〜と……」
言葉とともに、ヤコブが手をのばす先には、ハーフビーストの少年の姿があった。
縁があると分かった者と部下が報告してきた者の名を、ヤコブは知らない。ただ、バルディオンの縁者であるということは知っている。猪頭の少年の毛は血でへばりついて硬かったが、ヤコブ・ヴィリアンはそんな些事で同志を差別したりなどしない。
「お父上とお会いできるのが楽しみですねぇ……」
――麗しき『共闘』の申し出が、よもや断られようなど露ほども思っていないのであった。
執筆:紀藤トキ
一度死んでしまいましたが、偉大なる死霊術師ヤコブ・ヴィリアン様のおかげで再び生き返りました。
いまは王国を滅ぼすために行進しています。バルディオン様も志あらばヤコブ様の義挙に加わりましょう。
にくい王国を滅ぼすために、私たちは生き返りました。
ぜひ一緒に戦ってください。あなたのティオル」
ぐしゃり、と手の中の紙が握りつぶされた。
バルディオンの愛息、ティオルはまだ5歳だ。このような流暢な文など書けるはずもない。
自分を私などとも呼ばない。舌足らずな声で「ボクね?」と喋っていた、その声が今も耳に浮かぶ。
「将軍、兵たちのもとにも同じものが届いています。宛名と、名前以外寸分違いません」
「そうか……」
バルディオンは、将軍だ。帝国に仕える将軍だ。私情に判断を曇らされてはならない。
だが。どう読み取っても、またどう判断しても。
このふざけた申し出を受ける理由など、ありはしなかった。
●
「なるほど、いいよ。王国軍は君達に助力しよう。……といっても、ここにいるだけだけどね」
バルディオンの要請に、王国第二王子ウィリアム・リーンエスはそう快諾した。
彼の隣に立つ銀髪の男性に、砦の幕僚たちの目が向く。
この優雅な印象の美青年こそが、王国の北の盾アーチボルト辺境伯その人だった。
名門貴族ではあるが、王国内での立場は貴族主流よりも王族に近い。
王国としては、おのれの利にばかり目が行く貴族派のものを事態に関わらせたくはない。
その意味でも、彼は王国が用意できる最良の人選だった。
ウィリアム自身の少人数ながら精鋭の手勢に、王国辺境伯の率いる1000名の兵。
それと、砦が動かせる限度いっぱいの3000が、防衛に使える戦力となろう。
「アーチボルト辺境伯の兵であれば、万軍に勝ろう。国境を挟んで対峙していた我らがよく知っている」
「それは、どうもありがとうございます」
静かに微笑を湛える辺境伯に、バルディオンはにこりともせず頷いた。
二人は、わずか半年前であれば、仲良く卓を運んでいるはずもない間柄だ。
しかし、猪の顔をした将軍の表情が硬いのはそれが原因ではなかった。
すでに資料は配られている。ヴァイセントラフ砦の軍人たちが受け取った手紙の内容も。
それを王国の将が目にする間、深い沈黙が落ちた。
「早速、軍議に入ろうか。作戦はあるのかい?」
自らを差し置いて、あえて仕切りを入れたウィリアムに、バルディオンは軽く頭を下げる。
それから、低い声を発した。
「ヴァイセントラフ砦に拠り、敵を迎え撃つ」
今度の静寂もまた、王国の者の言葉で砕かれた。もう一人の青年の声で、だ。
「敵はゾンビなのでしょう? であれば、火計に勝る計は無いと思うのですが」
「その通りだ。だが、それはできぬ」
「兵が望まない、と?」
ロスガリア大陸では、遺体が損なった状態では死者の魂が旅立てぬといわれている。
儀式も経ずに燃やされた場合もそうであり、辺境伯が尋ねたのもその点だった。
「いや。そうではない。我らには、冬を越す用意がないのだ。火計に使う物も」
「……なるほど。そこまでは思い至りませんで、失礼いたしました」
一礼し、辺境伯は座に戻った。何のことは無い。後にケチをつけようとする王国内の者へのパフォーマンスだ。
そののちは、それ以上の異議も出ることは無く。
オブザーバーとして座っていた冒険者ギルドの支部長も、ギルドとしての協力を約束した。
「それでは。今この時より、ヴァイセントラフ砦防衛作戦の行動を開始する」
「応!」
かくして、事態は動き出した。
●
「ふふ……」
ヤコブ・ヴィリアンは大変ご満悦だった。周囲を埋め尽くす亡者の声と行軍の音。なるたる甘美。なんという優美。なんという――壮麗。
「いやはや、善なる行いの、なんと心地よいことでしょう……ああ! なんと! ワタシは公明で! 正大で! 強大でぇ! ……ああ、優しいのでしょう」
命を失ってなお、王国を打破しようという美しい志を有する同胞たちの声を、よもや帝国臣民が――それも、知勇で知られる猛将バルディオンが無視しようなど、毛先ほどにも思っていない。
彼の脳裏には、数万にも及ぶ亡者たちと、帝国の勇たる国境兵たちが、列を成して王国を食い荒らす様が鮮明に描かれている。実力をもって帝国社会を駆け上がったバルディオンと、真実の貴種たるヤコブが、腐れきった王国に引導を渡すのだ。
「すうぃ〜と……」
言葉とともに、ヤコブが手をのばす先には、ハーフビーストの少年の姿があった。
縁があると分かった者と部下が報告してきた者の名を、ヤコブは知らない。ただ、バルディオンの縁者であるということは知っている。猪頭の少年の毛は血でへばりついて硬かったが、ヤコブ・ヴィリアンはそんな些事で同志を差別したりなどしない。
「お父上とお会いできるのが楽しみですねぇ……」
――麗しき『共闘』の申し出が、よもや断られようなど露ほども思っていないのであった。
執筆:紀藤トキ