【DA】リーンエスの耳

ダミアン・ライゼンナクト

フン……白薔薇公め、直々に『招待状』を寄越すとはな。
まあ良い。私もちょうど、あの腹黒の顔を見たいと思っていたところだ。
それに『龍逓架』の件で帝国周りも騒がしい。我がリーンエス王国としても、他人事ではなかろうな。

●シルトラース帝国 南部鎮守都市ヴィント
 ――即時通信網構築用装置『龍逓架(りゅうていが )』

 それは、大陸の地下深くに存在する膨大なエーテルの流れ『龍脈』に接続し、文字通り即時の通信を可能とする装置。かつてのシルトラース帝国――帝国魔導院において秘密裡に研究開発され、1220年夏には実用可能な段階まで達していた兵器だ。

「……それは確かな情報か。ベルク」
「はい――残念ながら」

 シルトラース帝国北西部の滅亡した小都市、ルグランブラード。其処から南部鎮守都市ヴィントまで誰よりも早く達する必要があったベルク・オスマットの顔には、疲労の色が濃く浮かんでいた。

 彼女は、急がなければならなかったのだ。
『龍逓架』がメドゥの指先の手に渡った。その事実を、一秒でも早くレイウェスト・バルダス皇子とバルディオン将軍へ上奏するために。

「……そなたの忠心に、感謝せねばな」
「身に余る光栄に存じます。……しかし、この件は直ぐに冒険者ギルドへ報告されましょう。その後は」
「王国、同盟――世の動きを注視する立場の者には、瞬く間に知れ渡るでしょうな」

 ベルクとバルディオンの言葉に、レイウェストは頭を抱える。
 役目を終えたベルクが皇子の執務室を辞した後、絞り出すようにして漸く出せた声は、殆ど獣の唸りに近かった。

「父上は……どこまでこの国を……!」

 詳細はともかく、かつての帝国で『龍逓架』という通信装置の開発が行われていたこと自体は、皇族の端くれとしてレイウェストも聞かされていた。それが、リーンエス王国への侵攻を前提とした開発であることも。
 今や亡国となった旧帝国は、アシムベート・グリオウ(ディズル大湿地帯 )との密約のみに留まらず、王国との開戦をごく近い未来に行うべく着々と準備を整えていた。その最たるものが『龍逓架』だ。
 旧帝国が崩壊した今、諸外国の支援に頼る他ない帝国(レイウェスト )にとって、『龍逓架』が存在した事実が明るみに出ることは不都合以外の何ももたらさない。かつて、帝国が他国への侵略を目論んでいた動かぬ証拠であるから――というだけではなく。

「しかし、殿下。クライス殿の見立てが正しく、メドゥの指先が『龍逓架』を持ち去ったとなれば……他国からの追及は避けられますまい」
「……そうだな、バルディオン。いま問題にすべきは、父上がそれらを作らせたことではない」

 帝都シルトラースをはじめ、帝国全土の都市に出現した天霧りに消ゆる幽界樹(ミスティアニ・アストラキル )。帝都のそれが本体でその他が分樹であるのか、それともアストラル界に本体を残したままこの世(マテリアル界 )に樹状の末端部分を出現させているのかは意見が分かれるところだが、いずれにせよ、なぜそれらが帝国の都市にのみ現れたのかを解明できた者はいなかった。
 ――つい先日、ベルクら冒険者とともにルグランブラードを訪れた元帝国魔導院エスタル支部長クライス・アクバーが解き明かすまでは。

「――帝国各地の、幽界樹が出現した都市には必ず帝国魔導院の支部が置かれ、『龍逓架』が設置されていた。クライス殿が調査した全ての都市において、支部があった地点と幽界樹が出現した地点が一致する。そして、幽界樹の出現がみられなかったルグランブラードでは……帝国が崩壊する数日前に、『龍逓架』が盗まれていた。つまり、動作中の『龍逓架』がない場所に幽界樹は出現しない」

『龍逓架』が発する魔法的な信号が龍脈を伝って幽界樹に感知され、分樹を呼んだ。クライスのその推測は、状況的に正しいと言わざるを得ない。
 そして、その『龍逓架』が、『青の中指』ジルベルや『緑の人差し指』ラネンターカム、メドゥの右腕らメドゥの指先幹部の手に渡ったという報告は、ロスガリア大陸に生きる全ての人類――いや、全生物にとって最悪のシナリオを想像させる。

「まだ可能性に過ぎない。だが、もしメドゥの指先が既に装置の設置方法を――いや、それどころか装置自体の解析や複製を終えていたとすれば……」

 バルディオンを見るレイウェストの瞳が、揺れた。

「メドゥの指先(やつら )は、大陸のどこへでも、いくらでも――幽界樹を出現させられる」

 父帝ヨゼフが企てていた侵攻計画など温いと思えるほどの事態が、ロスガリア大陸全土を襲うやもしれない。
 それは一年後か、半年後か――それとも、明日か。

●リーンエス王国 アルヴァローエン公爵領
 王都グランスパーダの東、『白薔薇』アルヴァローエン公爵領。広大な領地の一角、公爵家の静養地として知られる林間の館に、ひとりの男が招かれていた。
 浅黒い肌に精悍な体つき、鋭い眼光で油断なく周囲を窺うその男には、王国における『死の商人』の異名が良く似合う。

「――こうしてお会いするのは久しぶりですな。アルヴァローエン卿(白薔薇公 )」
「招待に応じてくださり感謝します――ライゼンナクト卿(黒鋼竜公 )」

 互いに人払いを済ませ、対面に座したのは、リーンエス王国における二大公爵家の当主。『黒鋼竜』ライゼンナクト公爵家当主ダミアン・ライゼンナクトと、館の主――『白薔薇』アルヴァローエン公爵家当主ウォレス・アルヴァローエンのふたりだった。

 片や王党派筆頭、片や貴族派筆頭。リーンエス王国を代表する貴族家同士とはいえ、社交の場を除いて対面する機会はそう多くない。
 ましてや、家臣すら退出させた密室で……ともなれば、互いに当代初のことと言える。

「アドリーヌ嬢(長女様 )と御令孫(孫娘様 )方にご挨拶をと思いましたが、こちらへは?」
「領都に居ります。孫達はまだ幼く御転婆が過ぎますから、挨拶だけで貴方(ライゼンナクト卿 )を疲れさせてしまう」
「それは頼もしい。以前にお会いした際は長年男児に恵まれぬ上に婿殿が急逝されたと嘆かれておいででしたが、幸い我が国の勇ましき第二王子は未だ独り身であらせられる。アドリーヌ(未亡人 )嬢……いや、お若い御令孫(孫娘様 )方ともお似合いでしょうな」
「上の孫は9歳ですよ。御冗談を。……後継の男子に困らぬ卿こそ羨ましい」

 和やかに、緩やかに探り合い、朗らかな言葉に毒を乗せる。
 貴族らしさの骨頂とも言うべき会話の後に、ふと、沈黙が落ちた。

「――ライゼンナクト卿。私は貴方を、貴族派筆頭として今日ここにお呼びした」
「でしょうな。私がこうして応じたのも、貴方が王党派筆頭の立場であるからこそ」

 紫と緑の視線が絡み合い、白と黒の公爵が互いに、ごくわずかに首を縦に振る。
 何も言わずとも、全てわかっているとでも言うように。

「かの国(帝国 )の滅亡、そしてパンクリアース学園の改革。それらは我ら貴族派にとって、正しく切っ掛けであった。――セオドア・グスタフ(前学園長 )、レギンレイヴ侯爵、ファブランド侯爵、バルヴィック侯爵……全て我が貴族派に属する家だ。かのゴルティエ候は法衣貴族ゆえ、立場こそ王党派と言えようが……実際に縁を持つ者は王党派より貴族派に多い。表裏合わせればの話ではあるがな」

 ダミアン――黒の公爵が挙げた名は、いずれもリーンエス王国において多大な影響力を有する貴族派貴族であり、謀反や策謀によって国を震撼させ、今は滅亡した家名である。バルヴィック侯爵に限っては未だ逆賊として討伐の最中であるものの、その家名が後世に残る見込みは既に無い。
 それだけではない。帝国崩壊からわずか三年弱の間に、地方レベルでは幾つもの貴族派貴族家が取り潰しや領地縮小の沙汰を受けた。最近の例では、王国南西部のジルクック伯爵が悪事を暴かれ領地の一部を没収されている。

「多くが、貴族派の中でも『過激派』と見做されていた家です。しかし、穏健派とされていたバルヴィックが王家に弓引き、どちらとも言えぬ家々までも尻尾を出して裁かれる。今や貴族派に過激派も穏健派も無いと見る者が増えつつあります。……ライゼンナクト卿のように力ある大貴族(寄り親 )の庇護下にある家は、まだ良いでしょうが」
「……滅びた家々に連なる家、遠くとも縁のある家。そういった家は少なくない。小貴族が滅亡の余波を恐れて王党派に転じた(寄り親を替えた )例もあるようですな」

 多くの反乱、粛清において、メドゥの指先が何らかの形で関与していたことも、貴族派に暗く濃い影を落とした。
 代々庇護を受けてきた寄り親を替えるなど、リーンエス王国においては不義理の極みとも言える。貴族の寄り親と寄り子の間には血縁関係がある場合も多く、関係性を断つのは容易ではない。
 しかし、寄り親がレギンレイヴやファブランドなど、逆賊とされ滅亡した家と縁続きにある家であれば話は別だ。貴族間の婚姻は多くの場合、同一の派閥内で行われる。歴史ある大貴族であればあるほどその血は広く受け継がれ、家が滅びた際に貴族社会で『縁続き』と見做される家は無数に生まれる。
 一方で、王家は貴族家の中でも貴族派の大貴族が新たに寄り子を得るなどの勢力拡大について、特に警戒を強めている。直近の事例を見れば、貴族派だけが名指しで警戒される事も当然だ。そんな状況下では、貴族派といっても確固たる思想や主義主張を持たぬような小貴族家が王党派に転じることで家を守ろうと考えても不思議ではない。

「しかし、それでは困ります。おわかりですか、ライゼンナクト卿」
「ええ、そうでしょうな」

 白の公爵が柔和に目を細め、黒の公爵は驚くでもなく鷹揚に頷いてみせる。

「現王家が推し進める改革――国家中枢への平民の登用、中央集権化。我ら王党派は王家に忠誠を誓う立場であれど、貴族の特権を削ぎ落す改革に対し、全面的に賛同しているわけではありません。一方で、貴族のみが特権階級として君臨する現在の王国社会にも、限界を感じている」
「……我が国では長きにわたり、授恵者に占める貴族の割合が高かった。国防の要となる王国騎士団ですら、多くを貴族からの登用で賄える程度には。だが、今は違う」

 帝国崩壊以降、大陸全土で急増した授恵者。リーンエス王国においても、かつてない数の授恵者が新規に誕生し、現在に至るまでその勢いは衰えていない。
 貴族であれ、平民であれ。ヒューマンであれ、王国では忌み嫌われる異種族であれ。何の区別も規則性もなく、次々と授恵者が生まれ出る。その状況は確実に、貴族主体であった王国社会に影響を与えるだろう。
 現在は全ての国において新規授恵者の囲い込みは禁止されているが、これが解禁されたらどうなるか。世界中で授恵者の奪い合いになりかねない。
 国家として滅びた帝国は兎も角、都市同盟や辺境都市群と奪い合うとなれば、ヒューマンの貴族でなければ重要なポストに就けない王国は、授恵者側からみて旨味に欠けると判断される可能性がある。
 優秀な授恵者をどれだけ確保できるかが国力の維持と強化に繋がることはこれまでの歴史の常識であり、二大公爵が王国の社会構造に懸念をおぼえるのも自然なことであった。

「王国と我ら貴族の未来を見据え、貴方はこう仰りたいのですな? アルヴァローエン卿。――互いに役割を演じ分けよう、と」
「話が早い。我ら(王党派 )は王家に忠実な犬を演じ、平民の登用を含む『改革』を推し進める。貴方がた(貴族派 )はそれに異を唱えるものとして、貴族が有する権利を最大限残させるよう動く。表向きの平等の中で、あくまで貴族が上に立ち、優秀な平民を囲い込む形で受け容れる――最終的には、そのような社会を」

 そのためには、貴族派には三名の侯爵を失ってもなお、王党派に対抗しうる規模の派閥で居てもらわなければならない。白の公爵が言外に匂わせたそれを、黒の公爵は静かに受け入れた。

「『龍逓架』なるものの話はお聞きでしょう。メドゥの指先は我ら貴族派のみならず、王党派にも間違いなく手を伸ばしている。油断なく目を光らせる必要があるでしょうな」
「ええ――お互いに」


 未だ激動の最中にあるリーンエス王国。
 1223年3月、白と黒――二大公爵家の当主により何らかの密約が交わされたらしいとの噂が、暖かな春の日差しの中にふわりと流れた。


 執筆:桃谷かな
アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0