【DA】リーンエスの耳
「お義母様、折り入ってご相談があります」
「はい、伺いましょう」
エスト・ポーラの港の近く、人通りもまばらな路地に佇む小さな喫茶店の奥の席。
マスターがコップを磨き上げる音だけが響く静かな空間で、リサ・ベイカーは正面に座る義母メリッサ・ベイカーと向き合っていた。
「えっと、ご相談というのは、先日いただいた手紙の件なのですけど……」
「はて、どの話かしら。ベイカー商会グランスパーダ支店創設案の件? それとも、フィリップのパンクリアース学園入学の件かしら? ああ、もしかして――――」
「あ、あの! そうじゃなくて、その……ぉ――ぁぃ――の件なんですが……」
「何かしら、聞こえないわ?」
「お、お見合いの件ですっ!」
可愛らしく首をかしげるメリッサに、耳まで真っ赤に染めたリサは恨めし気な視線を向ける。
先月、下宿先であるパンクリアース学園の寮に届いた一通の手紙が届いた。差出人はリサの実父セドリック。
義母であるメリッサとは定期的に手紙のやり取りをしているが、実父であるセドリックとはよほどのことがない限り手紙を交わさないから、だからこそ、もしかしてベイカー商会になにかあったのかと、リサは内心緊張しながら開封してみるが、中身を見た途端、緊張は呆れに変わった。
文体が事務的なのは今に始まった事ではないのでいいとして、問題は手紙の内容だ。
セドリックはリサにお見合いの話を寄こしてきた。
今までもこういったお見合いの話は何度かあった。これでもエスト・ポーラにその名を知られるベイカー商会の長子なので、取引先や同盟の有力者からは見ればそれなりにお買い得な物件なのだろう。
もちろん、自分の立場は分かっているし、そういうことが世の通例だっていうことも知っている。家のためを思えば、積極的に相手を探すべきなのだろうということも。
でも、それらはすべて断ってきた。両親には申し訳ないけど、冒険者として忙しかったのもあるし、学園生活が充実していたからそれどころではなかったというのもある。何より、恋愛というものがよくわかっていなかったからかもしれない。
「ふふ、やっぱりその件ね。わかっているわ、まだ貴女には早いものね。大丈夫よ、お父様には私の方から言っておきますから」
「ち、違うんです! その……せっかくいただいたお話なので、お、お受けしようかと」
「え……?」
また消え入りそうな声でそう言ったリサに、今度はメリッサが驚く番だった。
「一体どういう風の吹き回し……? あれほど興味がないと言っていたのに」
「えっと……その、学園の友人が婚約することになりまして」
「学園の友人というと……例の侯爵令嬢さんかしら」
そう問いかけたメリッサに、リサはあちこちに視線を彷徨わせつつも続きを話す。
頻繁に手紙を交わすメリッサには、リサの言う友人が『白銀の薔薇』だという事はすぐに伝わった。メリッサは居住まいを正し、義娘の話にじっと耳を傾ける。
「彼女は悩んでいました。自分の立場を思えば、家の為に婚姻することは当然だと理解しているのに、実際に自分が何をどうすればいいのかまるで分らないって。そんな彼女のお話を聞いていると、なんだかわたしとかぶる部分があるなって……あ、もちろん立場はぜんぜん違うんですけど、その……」
「ゆっくりでいいから、ちゃんと聞かせて」
「……はい。だからわたしは迷う彼女に言ったんです、“結婚って今をよりよい未来へ繋げるための行為ですよ”って」
「そう、素敵な言葉を贈ったのね」
「そうなんでしょうか……、すごく“知ったかぶり”な言葉だったんじゃないかって、今になって思うんです」
「リサさんは、侯爵令嬢さんにその言葉を贈ったことを後悔しているの?」
「い、いえ、言ったことに後悔はありません。でも、結婚はもちろん恋愛もまともにしたことのないわたしが本当に言っていい言葉だったのかなって……」
「なるほど、だから今回のお見合いを受ける事にしたという訳ね」
「調子がいいとは自分でも思っています。彼女には豪語しておいて、自分はまだお見合いすらしたことがないなんて……」
リサは大きく息を吐くと小さく「よしっ」と気合を入れ、彷徨わせていた視線をメリッサに向けた。
「お、お義母様は今回のお見合いのお相手を知っていたりしますかっ!」
そう言うとともに、リサはセドリックから送られてきた手紙を机の上に滑らせる。
「ええ、もちろん知っていますよ」
メリッサは手前に寄せられた手紙に僅かに視線を落とすと、そう答えた。
「あ、あの……その方はどんな方なんでしょう。怖い方だったりしませんか?」
「あら、おかしなことを言うのね。熟練冒険者のあなたが人を怖がるなんて」
「そ、それとこれとは話が別ですっ!」
「ふふ、ごめんなさい。お相手はリブラネスタに店を構える商会の次男坊さんね」
「あ、やっぱり商人さんなんですね」
リサは机の上に置かれた手紙に書かれている名前に視線を落とす。その商会名に聞き覚えはなかったけれど、メリッサが知っているのであれば素性は問題ないのだろう。それに、自分の娘を嫁がせる先として父が吟味した商会だろうから、“格”も確かなはず。
容姿や性格がわからないのは不安材料だけど、それは実際会ってみて確認すればいいだけだし、もし合わないのならその時はその時で……。
「ふふ」
じっと手紙を睨みつけながらぶつぶつと何やら呟いているリサを見てメリッサが嬉しそうに微笑んだ。
「お義母様……?」
「ふふ、ごめんなさい。リサさんが随分と真剣だったから」
「えっ、そんな雰囲気出てましたか……?」
「ええ、今回のお見合いを真剣に考えてくれているのね。お見合い相手を探して東奔西走していただろうあの人の努力も報われるわ」
窓の外から僅かに見える港の景色を眺めながら、メリッサは嬉しそうに笑う。
「お義母様、わたしももう子供じゃありません。今回のお見合いが商会の為だっていうことはちゃんと分かっているつもりです。でも、やっぱりそれだけじゃ嫌なんです。ただ商会の発展――――利益のためだけにする結婚にはしたくないんです。商会、お客様、友人、そして自分……沢山の『未来』を一緒に創っていける方がいいんです」
「ふふ、とても素敵な願いね。でも、それならなおさら貴女の眼で見極めないといけないわ。心配しないで、もし一緒に歩む未来を想像できないような人なら、きっぱりお断りすればいいんだから」
窓の外から視線を戻したメリッサは、リサの決意にゆっくりと頷いた。
●
「お初にお目にかかります、セルッティ商会傘下ヴァリラ商会のジェレミア・ヴァリラと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。ベイカー商会のリサです。本日はよろしくお願いいたします」
互いに堅苦しい挨拶を交わし、椅子に腰かける。
メリッサに相談してから約一月後、セルッティ商会本館の応接室で二人は初めて顔を合わせた。
二人の隣には付添人として、ベイカー商会からメリッサが、そしてヴァリラ商会からはジェレミアの兄がそれぞれ控えている。
各々自己紹介を終えた四人は、ヴァリラ商会が用意したという高級茶葉で淹れた紅茶を口にしながら、時勢や流行りの話題で場を温めた。
「――――それじゃ、私たちはヴィルジニア様とお話があるのでこれで失礼しますね。お二人はどうぞ、ゆっくりとお話お楽しみくださいね」
顔を合わせてから30分程して、メリッサがそう告げるとゆっくりと立ち上がる。
それに合わせるようにジェレミアの兄も立ち上がり、二人は退室していった。
ドアの向こうで付添いの二人の足音が遠ざかり、部屋は静寂に包まれる。
「ベイカー……いえ、リサさん」
「は、はいっ!」
足音が聞こえなくなるタイミングを見計らっていたかのように、ジェレミアがリサの名前を呼びぐっと身を乗り出してきた。
突然の名前呼びもそうだが、商人らしく品定めするような鋭い視線を向けてくるジェレミアに、リサは無意識のうちに身構える。
「リサさんは冒険者だと伺いました。それは本当なのですか」
「え、ええ、そうですけど……」
「なるほど、やはり本当なのですね」
突然出てきた『冒険者』という言葉に、リサは更に体をこわばらせた。
冒険者に偏見を持つ者はいまだに少なくない。それも当然だと思う。一般人ではどう頑張っても身に着けることのできない超常の力を操り、人知を超える存在と戦う戦士。技術や知識においても、一般人が一生を費やして極める技術を僅か数年で体得してしまうような賢者。それが冒険者だ。
一般人からすれば、超越的な力を持つ彼らは、憧れや希望であると同時に、忌避や畏怖といった対象なのだ。
彼もそういう人種の一人なのかと、リサはじっと考え込んでいるジェレミアを見つめる。
「はっ、これは大変申し訳ありません。もしかして、なにか誤解を与えてしまいましたか」
「……え?」
リサから不穏な気配を感じたのか、ジェレミアは軽く会釈して謝罪してきた。
先ほどまでの抜け目ない商人の雰囲気から一変、ジェレミアは自嘲気味の笑みにリサは驚く。
「兄にはいつも“言葉足らず”だと叱られているのです。本当に申し訳ありません」
「え、えっと……」
「あっ、またやってしまった。すみません、ちゃんと説明します。
実は私も授恵者なのです。とはいっても冒険者登録はしていません。この力が発現したのはもう10年以上も前になりますから」
「は、はぁ……」
ジェレミアが説明を始めるが、リサには相変わらず何の話をされているのかわからなかった。
彼は自分も授恵者であるから、冒険者に対して偏見などないと言いたいのか。それとも、貴女と同じ授恵者だから対等な立場だと宣言したいのか。
自身で言っていたように確かに“言葉足らず”だ。彼は自分に何を語りたいのだろう……。
「私は冒険者に憧れていました」
「そうなのですか……?」
「はい、ですのでリサさんが冒険者と聞いて、今日お会いできるのをとても楽しみにしていたんです」
やっぱりわからない。冒険者である自分に関心があると示す為に言っているのだろうか。それともただの方便か。
どちらにせよ、今この場で冒険者の話題は適切だとは思わない。
今日は友人が友人を紹介しあうようなただの食事会じゃない。セルッティ商会の仲介の元に行われた商会同士の正式なお見合いだ。
それとも、“言葉足らず”の裏になにか思惑が隠れているのだろうか。
聞いているばかりでは相手の真意はわからない。黙っていないで聞かなくては――――。
「でしたらなぜ冒険者登録をされないのでしょう。わたしもそうですが、商人であっても冒険者をしている人はいます。商人どころか貴族であっても、冒険者として危険な戦場に身を置く方もいらっしゃいます。
確かにあの規則ができる前からの授恵者でしたら登録義務はないですけど、憧れているのでしたら冒険者登録すればいいのではないですか?」
「おっしゃる通りです。私も冒険者として身を立てる事を夢見なかったわけではありません。ですが、その夢は夢のままです」
「……なにか、理由があるのでしょうか」
「ああ、すみません。また“言葉足らず”でしたでしょうか。兄や父からもよく言われるんです、言葉足らずなのは商人として武器になるが、平時であれば“ウザい”だけだとね」
「そ、そんな事は……」
突然のフランクな言葉遣いに、リサは驚いた。
「意図しているわけではないんですが、どうしても……って、また肝心の事をお話できていませんね。私が冒険者にならない理由は、過去の経験からです」
「経験……?」
「リサさん、授恵者の誰もが剣を取り、脅威に立ち向かえる勇者であるとは限らないのです。あれは私がまだ10にもならない子供の時でした――――」
そして、彼の中にある“冒険者”というものを、朗々と語った。
●
「――――つまらない話ですみません」
「い、いえ、そんな事は」
ジェレミアは“昔話”を話し終えると、自嘲するように笑った。
話の内容は、ジェレミアの幼少期の話だった。
規格外の力を得た少年が、自分の力を過信して無謀を繰り返し、ある時、死地に至った。そして、その死地を救ったのが冒険者だったそうだ。少年は命の恩人に憧れ、商会主であった父を説き伏せ冒険者を囲った。
だが、少年の期待とは裏腹に、食い扶持を得た冒険者は目に見えて堕落していった。商会の金で酒を飲み、男を漁り、遂には剣を振ることもやめた。毎日をただ無気力に生きていた冒険者は……ある日、チンピラとの喧嘩で呆気なく死んだ。
彼が冒険者にならない理由は、冒険者――――いや、人の本性に触れた事によるトラウマが原因だったのだ。
「あの一件以来、私は夢を持てなくなってしまいました。何度も新しい夢を探そうとはしたのですが、結局今の今まで見つけることができていません」
昔話を聞き、どう返すか迷っているリサを見て、ジェレミアはこう問いかけた。
「リサさん、貴女には夢はありますか?」
そう問われた瞬間、リサは表情を引き締め、真っ直ぐにジェレミアを見つめる。そして、はっきりと答えた。
「はい、あります」
「よければ、教えていただけますか」
「……笑いませんか?」
「もちろん」
そう言って胸を叩いたジェレミアにリサはくすりと笑う。
それからリサはジェレミアに沢山の話をした。
冒険者となって、沢山の冒険を経験したこと。
学園に入学し、生徒会に身を置いたこと。
実は父親とそりが合わず、家出中なこと――――これには彼も驚いていた。
そして、それらの経験があったからこそ、自分は『夢』を持てた事。
「将来的には王国で築いた人脈なども活かして、多くの人が幸せでいられるような場所を作りたいと思っているんです。それが商会になるのかはまだわからないですけどね」
「そうですか、それはとても素敵な夢ですね」
それが自分の夢だと気恥しそうに笑ったリサに、ジェレミアはこの日一番の笑顔を返した。
●
すっかり打ち解けたジェレミアとの話はとても楽しかった。彼が短所だと苦笑していた“言葉足らず”のおかげなのか、要所要所を伏せる彼の話はまるで飽きない。
もっと彼の話が聞いてみたい。
彼の人となりを知ってみたい。
話を聞きながらそんなことを考えていたら、ドアの向こうに人の気配を感じた。
「……時間のようですね。今日は楽しい時間をありがとうございました。もし叶うのなら、またいつかこうしてお話を聞かせてください」
そう言って“契約の右手”を差し出してきたジェレミアに、リサも“契約の右手”を返した。
こうして、リサの最初のお見合いは終わった。
結婚相手が誰になるのかはまだわからない。それはゆっくりと見定めていけばいいとメリッサも言っていた。
リサのお相手探しはまだ始まったばかりなのだから――――。
「はい、伺いましょう」
エスト・ポーラの港の近く、人通りもまばらな路地に佇む小さな喫茶店の奥の席。
マスターがコップを磨き上げる音だけが響く静かな空間で、リサ・ベイカーは正面に座る義母メリッサ・ベイカーと向き合っていた。
「えっと、ご相談というのは、先日いただいた手紙の件なのですけど……」
「はて、どの話かしら。ベイカー商会グランスパーダ支店創設案の件? それとも、フィリップのパンクリアース学園入学の件かしら? ああ、もしかして――――」
「あ、あの! そうじゃなくて、その……ぉ――ぁぃ――の件なんですが……」
「何かしら、聞こえないわ?」
「お、お見合いの件ですっ!」
可愛らしく首をかしげるメリッサに、耳まで真っ赤に染めたリサは恨めし気な視線を向ける。
先月、下宿先であるパンクリアース学園の寮に届いた一通の手紙が届いた。差出人はリサの実父セドリック。
義母であるメリッサとは定期的に手紙のやり取りをしているが、実父であるセドリックとはよほどのことがない限り手紙を交わさないから、だからこそ、もしかしてベイカー商会になにかあったのかと、リサは内心緊張しながら開封してみるが、中身を見た途端、緊張は呆れに変わった。
文体が事務的なのは今に始まった事ではないのでいいとして、問題は手紙の内容だ。
セドリックはリサにお見合いの話を寄こしてきた。
今までもこういったお見合いの話は何度かあった。これでもエスト・ポーラにその名を知られるベイカー商会の長子なので、取引先や同盟の有力者からは見ればそれなりにお買い得な物件なのだろう。
もちろん、自分の立場は分かっているし、そういうことが世の通例だっていうことも知っている。家のためを思えば、積極的に相手を探すべきなのだろうということも。
でも、それらはすべて断ってきた。両親には申し訳ないけど、冒険者として忙しかったのもあるし、学園生活が充実していたからそれどころではなかったというのもある。何より、恋愛というものがよくわかっていなかったからかもしれない。
「ふふ、やっぱりその件ね。わかっているわ、まだ貴女には早いものね。大丈夫よ、お父様には私の方から言っておきますから」
「ち、違うんです! その……せっかくいただいたお話なので、お、お受けしようかと」
「え……?」
また消え入りそうな声でそう言ったリサに、今度はメリッサが驚く番だった。
「一体どういう風の吹き回し……? あれほど興味がないと言っていたのに」
「えっと……その、学園の友人が婚約することになりまして」
「学園の友人というと……例の侯爵令嬢さんかしら」
そう問いかけたメリッサに、リサはあちこちに視線を彷徨わせつつも続きを話す。
頻繁に手紙を交わすメリッサには、リサの言う友人が『白銀の薔薇』だという事はすぐに伝わった。メリッサは居住まいを正し、義娘の話にじっと耳を傾ける。
「彼女は悩んでいました。自分の立場を思えば、家の為に婚姻することは当然だと理解しているのに、実際に自分が何をどうすればいいのかまるで分らないって。そんな彼女のお話を聞いていると、なんだかわたしとかぶる部分があるなって……あ、もちろん立場はぜんぜん違うんですけど、その……」
「ゆっくりでいいから、ちゃんと聞かせて」
「……はい。だからわたしは迷う彼女に言ったんです、“結婚って今をよりよい未来へ繋げるための行為ですよ”って」
「そう、素敵な言葉を贈ったのね」
「そうなんでしょうか……、すごく“知ったかぶり”な言葉だったんじゃないかって、今になって思うんです」
「リサさんは、侯爵令嬢さんにその言葉を贈ったことを後悔しているの?」
「い、いえ、言ったことに後悔はありません。でも、結婚はもちろん恋愛もまともにしたことのないわたしが本当に言っていい言葉だったのかなって……」
「なるほど、だから今回のお見合いを受ける事にしたという訳ね」
「調子がいいとは自分でも思っています。彼女には豪語しておいて、自分はまだお見合いすらしたことがないなんて……」
リサは大きく息を吐くと小さく「よしっ」と気合を入れ、彷徨わせていた視線をメリッサに向けた。
「お、お義母様は今回のお見合いのお相手を知っていたりしますかっ!」
そう言うとともに、リサはセドリックから送られてきた手紙を机の上に滑らせる。
「ええ、もちろん知っていますよ」
メリッサは手前に寄せられた手紙に僅かに視線を落とすと、そう答えた。
「あ、あの……その方はどんな方なんでしょう。怖い方だったりしませんか?」
「あら、おかしなことを言うのね。熟練冒険者のあなたが人を怖がるなんて」
「そ、それとこれとは話が別ですっ!」
「ふふ、ごめんなさい。お相手はリブラネスタに店を構える商会の次男坊さんね」
「あ、やっぱり商人さんなんですね」
リサは机の上に置かれた手紙に書かれている名前に視線を落とす。その商会名に聞き覚えはなかったけれど、メリッサが知っているのであれば素性は問題ないのだろう。それに、自分の娘を嫁がせる先として父が吟味した商会だろうから、“格”も確かなはず。
容姿や性格がわからないのは不安材料だけど、それは実際会ってみて確認すればいいだけだし、もし合わないのならその時はその時で……。
「ふふ」
じっと手紙を睨みつけながらぶつぶつと何やら呟いているリサを見てメリッサが嬉しそうに微笑んだ。
「お義母様……?」
「ふふ、ごめんなさい。リサさんが随分と真剣だったから」
「えっ、そんな雰囲気出てましたか……?」
「ええ、今回のお見合いを真剣に考えてくれているのね。お見合い相手を探して東奔西走していただろうあの人の努力も報われるわ」
窓の外から僅かに見える港の景色を眺めながら、メリッサは嬉しそうに笑う。
「お義母様、わたしももう子供じゃありません。今回のお見合いが商会の為だっていうことはちゃんと分かっているつもりです。でも、やっぱりそれだけじゃ嫌なんです。ただ商会の発展――――利益のためだけにする結婚にはしたくないんです。商会、お客様、友人、そして自分……沢山の『未来』を一緒に創っていける方がいいんです」
「ふふ、とても素敵な願いね。でも、それならなおさら貴女の眼で見極めないといけないわ。心配しないで、もし一緒に歩む未来を想像できないような人なら、きっぱりお断りすればいいんだから」
窓の外から視線を戻したメリッサは、リサの決意にゆっくりと頷いた。
●
「お初にお目にかかります、セルッティ商会傘下ヴァリラ商会のジェレミア・ヴァリラと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にありがとうございます。ベイカー商会のリサです。本日はよろしくお願いいたします」
互いに堅苦しい挨拶を交わし、椅子に腰かける。
メリッサに相談してから約一月後、セルッティ商会本館の応接室で二人は初めて顔を合わせた。
二人の隣には付添人として、ベイカー商会からメリッサが、そしてヴァリラ商会からはジェレミアの兄がそれぞれ控えている。
各々自己紹介を終えた四人は、ヴァリラ商会が用意したという高級茶葉で淹れた紅茶を口にしながら、時勢や流行りの話題で場を温めた。
「――――それじゃ、私たちはヴィルジニア様とお話があるのでこれで失礼しますね。お二人はどうぞ、ゆっくりとお話お楽しみくださいね」
顔を合わせてから30分程して、メリッサがそう告げるとゆっくりと立ち上がる。
それに合わせるようにジェレミアの兄も立ち上がり、二人は退室していった。
ドアの向こうで付添いの二人の足音が遠ざかり、部屋は静寂に包まれる。
「ベイカー……いえ、リサさん」
「は、はいっ!」
足音が聞こえなくなるタイミングを見計らっていたかのように、ジェレミアがリサの名前を呼びぐっと身を乗り出してきた。
突然の名前呼びもそうだが、商人らしく品定めするような鋭い視線を向けてくるジェレミアに、リサは無意識のうちに身構える。
「リサさんは冒険者だと伺いました。それは本当なのですか」
「え、ええ、そうですけど……」
「なるほど、やはり本当なのですね」
突然出てきた『冒険者』という言葉に、リサは更に体をこわばらせた。
冒険者に偏見を持つ者はいまだに少なくない。それも当然だと思う。一般人ではどう頑張っても身に着けることのできない超常の力を操り、人知を超える存在と戦う戦士。技術や知識においても、一般人が一生を費やして極める技術を僅か数年で体得してしまうような賢者。それが冒険者だ。
一般人からすれば、超越的な力を持つ彼らは、憧れや希望であると同時に、忌避や畏怖といった対象なのだ。
彼もそういう人種の一人なのかと、リサはじっと考え込んでいるジェレミアを見つめる。
「はっ、これは大変申し訳ありません。もしかして、なにか誤解を与えてしまいましたか」
「……え?」
リサから不穏な気配を感じたのか、ジェレミアは軽く会釈して謝罪してきた。
先ほどまでの抜け目ない商人の雰囲気から一変、ジェレミアは自嘲気味の笑みにリサは驚く。
「兄にはいつも“言葉足らず”だと叱られているのです。本当に申し訳ありません」
「え、えっと……」
「あっ、またやってしまった。すみません、ちゃんと説明します。
実は私も授恵者なのです。とはいっても冒険者登録はしていません。この力が発現したのはもう10年以上も前になりますから」
「は、はぁ……」
ジェレミアが説明を始めるが、リサには相変わらず何の話をされているのかわからなかった。
彼は自分も授恵者であるから、冒険者に対して偏見などないと言いたいのか。それとも、貴女と同じ授恵者だから対等な立場だと宣言したいのか。
自身で言っていたように確かに“言葉足らず”だ。彼は自分に何を語りたいのだろう……。
「私は冒険者に憧れていました」
「そうなのですか……?」
「はい、ですのでリサさんが冒険者と聞いて、今日お会いできるのをとても楽しみにしていたんです」
やっぱりわからない。冒険者である自分に関心があると示す為に言っているのだろうか。それともただの方便か。
どちらにせよ、今この場で冒険者の話題は適切だとは思わない。
今日は友人が友人を紹介しあうようなただの食事会じゃない。セルッティ商会の仲介の元に行われた商会同士の正式なお見合いだ。
それとも、“言葉足らず”の裏になにか思惑が隠れているのだろうか。
聞いているばかりでは相手の真意はわからない。黙っていないで聞かなくては――――。
「でしたらなぜ冒険者登録をされないのでしょう。わたしもそうですが、商人であっても冒険者をしている人はいます。商人どころか貴族であっても、冒険者として危険な戦場に身を置く方もいらっしゃいます。
確かにあの規則ができる前からの授恵者でしたら登録義務はないですけど、憧れているのでしたら冒険者登録すればいいのではないですか?」
「おっしゃる通りです。私も冒険者として身を立てる事を夢見なかったわけではありません。ですが、その夢は夢のままです」
「……なにか、理由があるのでしょうか」
「ああ、すみません。また“言葉足らず”でしたでしょうか。兄や父からもよく言われるんです、言葉足らずなのは商人として武器になるが、平時であれば“ウザい”だけだとね」
「そ、そんな事は……」
突然のフランクな言葉遣いに、リサは驚いた。
「意図しているわけではないんですが、どうしても……って、また肝心の事をお話できていませんね。私が冒険者にならない理由は、過去の経験からです」
「経験……?」
「リサさん、授恵者の誰もが剣を取り、脅威に立ち向かえる勇者であるとは限らないのです。あれは私がまだ10にもならない子供の時でした――――」
そして、彼の中にある“冒険者”というものを、朗々と語った。
●
「――――つまらない話ですみません」
「い、いえ、そんな事は」
ジェレミアは“昔話”を話し終えると、自嘲するように笑った。
話の内容は、ジェレミアの幼少期の話だった。
規格外の力を得た少年が、自分の力を過信して無謀を繰り返し、ある時、死地に至った。そして、その死地を救ったのが冒険者だったそうだ。少年は命の恩人に憧れ、商会主であった父を説き伏せ冒険者を囲った。
だが、少年の期待とは裏腹に、食い扶持を得た冒険者は目に見えて堕落していった。商会の金で酒を飲み、男を漁り、遂には剣を振ることもやめた。毎日をただ無気力に生きていた冒険者は……ある日、チンピラとの喧嘩で呆気なく死んだ。
彼が冒険者にならない理由は、冒険者――――いや、人の本性に触れた事によるトラウマが原因だったのだ。
「あの一件以来、私は夢を持てなくなってしまいました。何度も新しい夢を探そうとはしたのですが、結局今の今まで見つけることができていません」
昔話を聞き、どう返すか迷っているリサを見て、ジェレミアはこう問いかけた。
「リサさん、貴女には夢はありますか?」
そう問われた瞬間、リサは表情を引き締め、真っ直ぐにジェレミアを見つめる。そして、はっきりと答えた。
「はい、あります」
「よければ、教えていただけますか」
「……笑いませんか?」
「もちろん」
そう言って胸を叩いたジェレミアにリサはくすりと笑う。
それからリサはジェレミアに沢山の話をした。
冒険者となって、沢山の冒険を経験したこと。
学園に入学し、生徒会に身を置いたこと。
実は父親とそりが合わず、家出中なこと――――これには彼も驚いていた。
そして、それらの経験があったからこそ、自分は『夢』を持てた事。
「将来的には王国で築いた人脈なども活かして、多くの人が幸せでいられるような場所を作りたいと思っているんです。それが商会になるのかはまだわからないですけどね」
「そうですか、それはとても素敵な夢ですね」
それが自分の夢だと気恥しそうに笑ったリサに、ジェレミアはこの日一番の笑顔を返した。
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すっかり打ち解けたジェレミアとの話はとても楽しかった。彼が短所だと苦笑していた“言葉足らず”のおかげなのか、要所要所を伏せる彼の話はまるで飽きない。
もっと彼の話が聞いてみたい。
彼の人となりを知ってみたい。
話を聞きながらそんなことを考えていたら、ドアの向こうに人の気配を感じた。
「……時間のようですね。今日は楽しい時間をありがとうございました。もし叶うのなら、またいつかこうしてお話を聞かせてください」
そう言って“契約の右手”を差し出してきたジェレミアに、リサも“契約の右手”を返した。
こうして、リサの最初のお見合いは終わった。
結婚相手が誰になるのかはまだわからない。それはゆっくりと見定めていけばいいとメリッサも言っていた。
リサのお相手探しはまだ始まったばかりなのだから――――。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。