【PT】Prologue of “THE” story ――物語のはじまり―― 1
●人目を避けて
――身体に、熱が籠っている。もうどれだけの距離を走ったのだろうか。十里か、百里か。あるいは、まだ一里にも満たないのかもしれない。焦燥感だけがいたずらに募っていき、脚はもつれ、視線はかすむ。
「はぁっはぁっ……はぁっ!」
走らなければ。村を逃げ出したことは遅かれ早かれバルバロイにも知られてしまう。一刻も早く、村の……そしてアロシュナバラ砦の現状を誰か、信頼できる人物に託さなければ。いう事を聞かない脚を叱咤激励し、女は尚も走る。人目に付きやすい街道は避けて、木立の中を、迷わないように。でも、出来る限りの速度で。
そうするうちに、木立の向こうに星明りとは違う、暖かな火の煌めきが見え始めた。あぁ、ようやく着いたのだろうか。数年前に一度だけ訪れた、大きな宿場町。商人の往来も村とは比べ物にならず、ここを拠点とする冒険者も多いと聞いた。ここならば、窮状を救ってくれる誰かが――。
「おいっ、そこの女!」
町の明かりを目にして、気が緩んでいたのだろうか。近くに人の気配があることに、全く気が付かなかった。それも――手を伸ばせば届くほどの距離である。暗い木陰から、ぬっと男のいかつい手が伸びる。追手だろうか。逃げなければ。
踵を返そうと足を半歩下げた拍子に、疲れ切った足先が木の根を引っ掛ける。
ぐらり。
視界が――揺れる。そして、暗転。
●不穏な知らせを告げる者
「――。――、――――!」
どこかで誰かが誰かを呼んでいる。ゆらゆらと、水面に浮かぶように意識が……身体が揺れている。全身が熱っぽく、気だるさの中に僅かな自我が浮き沈みしていた。
(私は……生きている、のだろうか?)
ここまでの記憶があいまいなことに、私は気が付く。何を、していたのだろうか。
(――そうだ! 私は、バルバロイの手を逃れて村を抜け、町の灯が見えたところで……)
がばり。
バネが弾けるように身を起こす。異変はないか。見下ろし、手を遣って確かめる。無数の擦り傷や切り傷はあるものの、いつも通りの見慣れた身体。それに、間に合わせではあるが手当てが施されているのに気が付いた。私は、バルバロイの追手に捕まったのではなかったか――!?
「うおっっと。気が付いたか」
私が置きあがったのに釣られて、弾けるように男が飛び退いた。手には、白い布巾と水を含ませた木鉢を持っている。どうやら彼が私を介抱してくれたようだ。聞けば、林の中で供も連れず、明かりも灯さずに走っている私の姿を見て声を掛けたは良いが、私が転んでそのまま気を失ったのでここまで連れてきたのだとか。町の外れ、壁の中に守られた……安全な『王国領土』の中へと。
時刻は朝方だろうか、窓の外から薄く陽の光が差し込んでいる。物音や人の声は少なく、鳥が口々に歌っているのが聞こえた。
「ありがとう。私は、リオ。アロシュナバラ……バルバロイに襲われた村から、逃げてきたの。アロシュナバラの砦も、バルバロイに」
ここならば、安全だろう。その安堵が、ようやくその言葉を私の口から絞り出させた。
●リオは語る
バルバロイは……恐らく、20~30人程度が中心にアロシュナバラ砦を占拠しています。それぞれ、授恵者と同じぐらいの強さを持っているみたいです。村にいた男は何人かは抵抗しましたが、歯牙にも掛けられずに切り殺されました。
それとは別に、それらに付き従っている亜人……これはコボルトやゴブリンが中心みたいです。――ごめんなさい。こっちは具体的な数は分かりません。中心格のバルバロイの命令を受けて、私の村や、その他の……周辺の村や町を襲っているようです。
クリーパーもここまで逃げてくるまでにたくさん見ました。こっちはバルバロイとは関係があるのか分からないんですけど……村の周囲を守っていた冒険者の人たちがバルバロイにやられたから、出てきたのかも。
生き残った男や成人済みの若い女は砦へ連れていかれました。残りの村に残った女性や子供たち、病人は村に残されて監視されつつ人質となっています。
……だから、もう、誰もバルバロイには逆らえなくて。なんとか村に残っていたバルバロイが酔いつぶれた隙に、監視の目を縫って逃げ出してきたんです。
――どうか、私達を救っては頂けませんか。
●ある地方領主の意見
アロシュナバラ砦がバルバロイに占拠された件?
ええ、存じておりますとも。手前どもの領地のことなれば、当然、この私が兵を率いて対処させていただきます。あの邪魔くさい南の貴族が領有権を主張して、兵士を動かすような猪口才な真似をしなければ、すぐにでも。
ですが、向こうも似たような主張をしておりますのは王もご存じのことでしょう? 今はバルバロイ討伐に向けて子細を調べさせてはおりますが、もしかすると、むしろバルバロイをけしかけたのは彼の貴族やもしれません。何しろ中央の王国軍が撤収してから、長らく所有権が曖昧になっていた砦のことですからな。バルバロイ討伐の名目にかこつけて、支配の実権を握ってしまいたいと考えているのかも知れませぬ。
――おっと。少し、口が滑りましたな。今のは無かったことに。
とにかく! 私どもの領地で起こった問題は、私どもの手で解決致します。領民にも今のところ大きな被害は出ていないと聞いています。バルバロイもバカではないでしょう。領民を皆殺しにしたら、彼らが立ち行かなくなることは分かっていましょう。
なに、私どもが上手く納めて見せます。それに……帝国が崩壊したという話も漏れ聞こえておりますよ。中央の方々は、それこそそちらに労力を割かれた方が、よろしいのでは? こちらのことは、こちらで。万事うまく納めておきます故。
●冒険者ギルドの受付嬢、かく語りき
――という訳で、リーンエス王国は表だって王国軍をバルバロイ討伐に向けられないってわけ。地方だと王国の威光も十分じゃないからね……無理して諸侯の反発を買うと、帝国に引き続いて王国も――ってなりかねないのよ。難しいところね。
とはいっても、何年も長い間に亘って土地の領有権争いを続けているような無能領主どもに任せてたら、それこそバルバロイが何をしでかすか分からない。だから、あなた達授恵者の出番ってわけ。難しい依頼にはなると思うけど、報酬は王国が保証してくれてるから確実よ。授恵者ではない力自慢の冒険者とかが返り討ちに遭ったっていう話も併せて入ってきているから、バルバロイは結構強いみたい。
バルバロイに占拠されたアロシュナバラ砦の奪還、これが最終的な目標。それと並行して、周辺の村や町、例えば情報提供者であるリオが住んでいた村――これも、私達はアロシュナバラって呼んでるけど――の解放。周辺に蔓延っているバルバロイやクリーパーの集団の討伐も、出来る限りお願いするわ。確認され次第、正式な依頼としてギルドから発信するから、我こそはと思う腕自慢は依頼を受けて欲しいわ。
簡単な仕事じゃない。時間の期限もあるし、まだ分かっていないことも多い――でも、大丈夫。
あなたたちならできるって、信じてるから!
執筆:かもめ
――身体に、熱が籠っている。もうどれだけの距離を走ったのだろうか。十里か、百里か。あるいは、まだ一里にも満たないのかもしれない。焦燥感だけがいたずらに募っていき、脚はもつれ、視線はかすむ。
「はぁっはぁっ……はぁっ!」
走らなければ。村を逃げ出したことは遅かれ早かれバルバロイにも知られてしまう。一刻も早く、村の……そしてアロシュナバラ砦の現状を誰か、信頼できる人物に託さなければ。いう事を聞かない脚を叱咤激励し、女は尚も走る。人目に付きやすい街道は避けて、木立の中を、迷わないように。でも、出来る限りの速度で。
そうするうちに、木立の向こうに星明りとは違う、暖かな火の煌めきが見え始めた。あぁ、ようやく着いたのだろうか。数年前に一度だけ訪れた、大きな宿場町。商人の往来も村とは比べ物にならず、ここを拠点とする冒険者も多いと聞いた。ここならば、窮状を救ってくれる誰かが――。
「おいっ、そこの女!」
町の明かりを目にして、気が緩んでいたのだろうか。近くに人の気配があることに、全く気が付かなかった。それも――手を伸ばせば届くほどの距離である。暗い木陰から、ぬっと男のいかつい手が伸びる。追手だろうか。逃げなければ。
踵を返そうと足を半歩下げた拍子に、疲れ切った足先が木の根を引っ掛ける。
ぐらり。
視界が――揺れる。そして、暗転。
●不穏な知らせを告げる者
「――。――、――――!」
どこかで誰かが誰かを呼んでいる。ゆらゆらと、水面に浮かぶように意識が……身体が揺れている。全身が熱っぽく、気だるさの中に僅かな自我が浮き沈みしていた。
(私は……生きている、のだろうか?)
ここまでの記憶があいまいなことに、私は気が付く。何を、していたのだろうか。
(――そうだ! 私は、バルバロイの手を逃れて村を抜け、町の灯が見えたところで……)
がばり。
バネが弾けるように身を起こす。異変はないか。見下ろし、手を遣って確かめる。無数の擦り傷や切り傷はあるものの、いつも通りの見慣れた身体。それに、間に合わせではあるが手当てが施されているのに気が付いた。私は、バルバロイの追手に捕まったのではなかったか――!?
「うおっっと。気が付いたか」
私が置きあがったのに釣られて、弾けるように男が飛び退いた。手には、白い布巾と水を含ませた木鉢を持っている。どうやら彼が私を介抱してくれたようだ。聞けば、林の中で供も連れず、明かりも灯さずに走っている私の姿を見て声を掛けたは良いが、私が転んでそのまま気を失ったのでここまで連れてきたのだとか。町の外れ、壁の中に守られた……安全な『王国領土』の中へと。
時刻は朝方だろうか、窓の外から薄く陽の光が差し込んでいる。物音や人の声は少なく、鳥が口々に歌っているのが聞こえた。
「ありがとう。私は、リオ。アロシュナバラ……バルバロイに襲われた村から、逃げてきたの。アロシュナバラの砦も、バルバロイに」
ここならば、安全だろう。その安堵が、ようやくその言葉を私の口から絞り出させた。
●リオは語る
バルバロイは……恐らく、20~30人程度が中心にアロシュナバラ砦を占拠しています。それぞれ、授恵者と同じぐらいの強さを持っているみたいです。村にいた男は何人かは抵抗しましたが、歯牙にも掛けられずに切り殺されました。
それとは別に、それらに付き従っている亜人……これはコボルトやゴブリンが中心みたいです。――ごめんなさい。こっちは具体的な数は分かりません。中心格のバルバロイの命令を受けて、私の村や、その他の……周辺の村や町を襲っているようです。
クリーパーもここまで逃げてくるまでにたくさん見ました。こっちはバルバロイとは関係があるのか分からないんですけど……村の周囲を守っていた冒険者の人たちがバルバロイにやられたから、出てきたのかも。
生き残った男や成人済みの若い女は砦へ連れていかれました。残りの村に残った女性や子供たち、病人は村に残されて監視されつつ人質となっています。
……だから、もう、誰もバルバロイには逆らえなくて。なんとか村に残っていたバルバロイが酔いつぶれた隙に、監視の目を縫って逃げ出してきたんです。
――どうか、私達を救っては頂けませんか。
●ある地方領主の意見
アロシュナバラ砦がバルバロイに占拠された件?
ええ、存じておりますとも。手前どもの領地のことなれば、当然、この私が兵を率いて対処させていただきます。あの邪魔くさい南の貴族が領有権を主張して、兵士を動かすような猪口才な真似をしなければ、すぐにでも。
ですが、向こうも似たような主張をしておりますのは王もご存じのことでしょう? 今はバルバロイ討伐に向けて子細を調べさせてはおりますが、もしかすると、むしろバルバロイをけしかけたのは彼の貴族やもしれません。何しろ中央の王国軍が撤収してから、長らく所有権が曖昧になっていた砦のことですからな。バルバロイ討伐の名目にかこつけて、支配の実権を握ってしまいたいと考えているのかも知れませぬ。
――おっと。少し、口が滑りましたな。今のは無かったことに。
とにかく! 私どもの領地で起こった問題は、私どもの手で解決致します。領民にも今のところ大きな被害は出ていないと聞いています。バルバロイもバカではないでしょう。領民を皆殺しにしたら、彼らが立ち行かなくなることは分かっていましょう。
なに、私どもが上手く納めて見せます。それに……帝国が崩壊したという話も漏れ聞こえておりますよ。中央の方々は、それこそそちらに労力を割かれた方が、よろしいのでは? こちらのことは、こちらで。万事うまく納めておきます故。
●冒険者ギルドの受付嬢、かく語りき
――という訳で、リーンエス王国は表だって王国軍をバルバロイ討伐に向けられないってわけ。地方だと王国の威光も十分じゃないからね……無理して諸侯の反発を買うと、帝国に引き続いて王国も――ってなりかねないのよ。難しいところね。
とはいっても、何年も長い間に亘って土地の領有権争いを続けているような無能領主どもに任せてたら、それこそバルバロイが何をしでかすか分からない。だから、あなた達授恵者の出番ってわけ。難しい依頼にはなると思うけど、報酬は王国が保証してくれてるから確実よ。授恵者ではない力自慢の冒険者とかが返り討ちに遭ったっていう話も併せて入ってきているから、バルバロイは結構強いみたい。
バルバロイに占拠されたアロシュナバラ砦の奪還、これが最終的な目標。それと並行して、周辺の村や町、例えば情報提供者であるリオが住んでいた村――これも、私達はアロシュナバラって呼んでるけど――の解放。周辺に蔓延っているバルバロイやクリーパーの集団の討伐も、出来る限りお願いするわ。確認され次第、正式な依頼としてギルドから発信するから、我こそはと思う腕自慢は依頼を受けて欲しいわ。
簡単な仕事じゃない。時間の期限もあるし、まだ分かっていないことも多い――でも、大丈夫。
あなたたちならできるって、信じてるから!
執筆:かもめ