【DA】リーンエスの耳
ローザリカ・L・ディオール/ ジョゼフィーヌ・C・ディオール
『ノベルタイトル:大女人八連制覇』革酎
●
その試練がいつから存在していたのか、正確なところはよく分からない。
だが、ローザリカ・L・ディオールは、ケレス家とディオール家の双方に伝わる古の試練『大女人八連制覇』に挑む権利と栄誉を得た。
この大女人八連制覇の舞台となるのは、八薔薇の長城と呼ばれる回廊状の古代建造物である。
八薔薇の長城は、リーンエス王国ディオール伯爵家の領内某所に存在する。その正確な位置を知る者はごく少数に限られており、ローザリカも目隠しをされたまま当地に連れてこられた。
噂によれば、『淑女神拳ケレス流』の始祖もこの八薔薇の長城で己の腕を磨き、奥義を完成させたとの逸話があるとか、無いとか。
「これが、八薔薇の長城……」
馬車を下りて目隠しを外され、その威容を目にした時、ローザリカは思わず息を呑んだ。
朝の爽やかな時間帯であるにも関わらず、長城の正門から漂う不穏な空気は、闇そのもの。緊張するなという方が無理な話であろう。
そんなローザリカの傍らで、母ジョゼフィーヌ・C・ディオールが穏やかな笑みを浮かべた。
「うふふふ……大丈夫よ。ローザリカちゃんならきっと、達成出来るわ」
「……本当に、そう思う?」
年齢不相応な程に若い顔立ちの母の、柔らかな微笑。その母の言葉に、ローザリカは不安の色を隠さない。
だがジョゼフィーヌは、勿論よ、と太鼓判を押した。
「分かるわ。だって、母ですもの」
何の根拠にもなっていない様なひと言だったが、ローザリカにとってはこれ以上に無い程の心強いエールだった。
「それじゃあ、行きましょう。とっても楽しいところよ」
あくまでも柔らかな笑みを崩さない美貌の母ジョゼフィーヌ。
対するローザリカは、疑心暗鬼の塊だ。何をどう見れば、楽しいところだといえるのだろうか。
だが『淑女神拳ケレス流』の真髄を極められる可能性があるのだとしたら、有意義な時間を過ごせるということでもあり、そういう意味では楽しめる場所、といえなくはないのかも知れない。
ともあれ――ローザリカとジョゼフィーヌは、耳障りな程に軋んだ音を響かせて開け放たれた古臭い大門をくぐり、薄闇に覆われた長城内部へと踏み込んでいった。
●
八薔薇の長城内には、四カ所の武闘場が設置されている。
最初に現れるのは商争百柱林闘、次いで妬冠梯网闘、更に嫉焦六極星闘、そして最後に美衝響針闘といった具合だ。
ローザリカとジョゼフィーヌが第一戦の場として指定された商争百柱林闘に踏み込むと、ラーメンの丼模様みたいな帽子を被った、やたら体格の良い老女が現れた。彼女は王大女と名乗った。
「あらミセス王、ご無沙汰ですこと」
顔見知りなのか、ジョゼフィーヌは余裕の笑みで挨拶を交わしたが、ローザリカは引きつった顔で会釈するのみ。身長2メートル超えの婆さんなど、今まであまり見たことが無かったからだ。というか多分、人生初遭遇。
などと思っているうちに、ローザリカとジョゼフィーヌは高さ30メートル程もあろうかという石造りの円柱群の上部へと案内された。
各円柱は直径1メートル程の足場となっており、これらの円柱上を移動しながら敵と戦うということらしい。
「さぁここからは、私とローザリカちゃんの息の合ったコンビネーションが大事になってくるわね」
大女人八連制覇では各武闘場で二対二の戦いが繰り広げられる。今回ジョゼフィーヌは、娘の助っ人として参戦したという訳だ。
最初の敵は、偏食鬼と卍ママという機動戦が得意な二人組。
王大女も大概インパクトの強い女性だと思っていたローザリカだったが、偏食鬼と卍ママは更に負けていない異様な風貌の女性達だ。偏食鬼は両手に菓子を握り締めたセイウチの様な化け物だし、卍ママは金髪のモヒカンヘアーが中々に斬新な強面マダムだった。
そしてこの商争百柱林闘では、お互いに商売の理念を口頭でぶつけ合い、その理念に対する己の考えを答えられなければ、攻撃の手を繰り出すことは出来ない――すなわち、商人問答を組み入れたエキセントリックな戦闘ルールが導入されている。
(な、成程……ディオールの女たるもの、商機と勝機は決して逃がしてはならないという訳か!)
何となく勢いで納得したローザリカ。こういう時は、余り深く考えてはいけない。
「そもさん!」
「せっぱ!」
突如鳴り響く、それちょっと違うんじゃない系の掛け声。ここは商売の理念をぶつけ合う筈なのだが、卍ママも、そして彼女と相対したローザリカも、このやり取りが正しいと信じて疑わない。
その一方でジョゼフィーヌは実に優雅に、そしてにこやかに、偏食鬼との論破バトルに突入。
この場に於いてはジョゼフィーヌ以外、皆揃って暑苦しい女ばかりであった。ローザリカも大層な美人だし、黙っていれば高嶺の花の如き貴婦人だが、今この場に於いては暑苦しい女と呼んで差し支えないだろう。
つまり大女人八連制覇とは、そういう戦いの場なのだ。
●
商争百柱林闘ではジョゼフィーヌが偏食鬼をさくっと退けていたが、ローザリカは花零鳥による自動回復を駆使してやっと、互角に渡り合えるという有様だった。
何とか物理戦で愛用の月季花扇での攻防に持ち込んだから勝てたものの、卍ママは恐るべき強敵だった。
そんな激闘の中で、必死に耐え忍び、そして時には余裕を演出する為に己を治癒しながらも不敵な笑みを向けるなどした。
ディオール家の女子たるもの、常に優雅さを忘れてはならない。
とはいえ、やっぱり何だかんだといいつつ苦労した。卍ママ相手に勝てたのは、多少の運も作用したのかも知れない。
それでもジョゼフィーヌは、
「ほぅらローザリカちゃん。いった通りだったでしょ? 貴方は強い子、元気な子」
などと澄まし顔で笑っていた。
そうして、母娘は次なるステージへと駒を進めた。
第二の闘場たる妬冠梯网闘では、不安定な梯子を超熱いお湯の上に横たえ、その上でお互いの想い人との馴れ初めとか思い出とかをぶつけ合う不毛な戦いが繰り広げられる。
(商売の次は恋愛か……これは頭の切り替えが必要だぞ)
ローザリカは気合を入れ直した。
相手の幸せっぷりに妬みを感じてしまえば、その分だけ己の精神が不安定となり、梯子の上でのバランスを崩してしまい、自分自身が不利になる。
だが商争百柱林闘とは異なり、妬冠梯网闘はローザリカにとって独壇場ともいえた。
何といってもローザリカには愛する許嫁が居る。コイバナ自慢はお手の物だ。尤も、ここは女子会ではなく武闘の場なので、彼氏自慢を大声で叫ぶのはちょっと恥ずかしい気がしないでもなかった。
そしてこの妬冠梯网闘では、独身鉄とヘンガオという、これまたいかつい女共のふたり組が登場。
(うん……やっぱり、負ける気がしないな)
などと楽観していたローザリカだったが、思わぬ苦戦を強いられた。
独身鉄とヘンガオが繰り出す甘いコイバナは、何だか聞いてる方が恥ずかしくなってきて、攻撃と防御が思わずおろそかになってしまう。この両者、意外な程のストーリーテラーだ。
(何の……僕だって負けない!)
ローザリカはここぞとばかりに、許嫁当人が居るところでは絶対に口走らない様なヲトメチックエピソードを次々と開陳。独身鉄がムキィィィィっとなっているところに、鋭いながらも優雅な舞いの如き蹴り技を叩き込んでいった。
恋愛に関しては自分の方が上なのだと相手に叩き込むマウンティングスタイル。
多分、これをそのまま普通の女子達の前でやったら絶対嫌われるパターンだが、ここではそんなこともいっていられない。
●
妬冠梯网闘でも辛うじて勝利を収めたローザリカだったが、ジョゼフィーヌは相変わらず涼しい顔。
その優雅さ、余裕たっぷりの表情、これこそがまさに宮廷格闘術『淑女神拳ケレス流』の基本であり、そして真髄でもあるのだろう。
ここまでの戦いでは優雅さを演出する余裕も無かったローザリカだが、漸く戦いのコツが掴めてきた。次の闘場では今度こそ、雅の極致に達してみせると内心で握り拳を作った。
「次も、似た様なところかしらねぇ」
第三の闘場は嫉焦六極星闘。なみなみと張られた油のプール上に小舟を浮かべ、その舳先では蝋燭が一本、火を灯している。この蝋燭が油上に落ちれば大惨事だ。
つまり、蝋燭を小舟から落とさずにお互いに得物を交えなければならないということだろう。
まさしく、優雅な所作が要求される場だ。ローザリカは現れたふたりの強敵――男爵カイーノと裸刹の両名を前にして、顔が思わずギュッとなった。
「ここは僕に任せて貰おう。ケレス流の真髄、今こそ発揮してみせる」
「あらあら、頼もしいわねローザリカちゃん。えぇ、きっと大丈夫よ、貴方なら」
そんな訳でローザリカが男爵カイーノと裸刹の両女史をひとりで相手に廻すこととなった。
尚、この嫉焦六極星闘でのルールは妬冠梯网闘とよく似ている。ただ一点異なるのは、お互いに披露するのがコイバナではなく、人生勝ち組をアピールする自慢の応酬という点であった。
しかし露骨に自慢してしまっては、それこそ淑女の名折れだ。ここは如何に優雅で、且つ嫌味にならない話運びが出来るかがポイントとなる。
淑女神拳はただ強ければ良いというものではない。宮廷での立ち居振る舞いに於ける淑女かくあるべしという理想のスタイルを身に着けなければならないのだ。
尚、ここ嫉焦六極星闘での戦いは割愛する。
妬冠梯网闘と似た様な展開となってしまい、所謂少年向けドゥジンシ風にいうならば、打ち切りに向けたカットシーンに相当するというものだろう。
ジョゼフィーヌも欠伸を噛み殺してうつらうつらとしていた程だから、推して知るべし。
王大女に至っては、油プール際でシャルガネ風ラーメンを食う有様であった。
●
そしていよいよ最後の闘場、美衝響針闘がディオール母娘を出迎えた。
対戦相手はジャッキー大豪院とオッケイ姐さん。
流石にラスボス級だけあって、両者とも強そうなオバ……もとい、お姉さん方だ。
「ここは、どういうルール?」
「そうねぇ……簡単にいえば、優雅でなかったらお尻にシャルガネ吹き矢の刑、といった感じかしら」
ローザリカの問いに、しれっと答えるジョゼフィーヌ。
どうやら円形状の闘場そこかしこに全身黒タイツの処刑人が潜んでおり、美しくない戦いぶりを見せてしまうと、これら処刑人共がそっと近くに寄ってきてお尻に吹き矢をブスリと吹き込んでくるらしい。
敵は対戦相手のみならず――何とも恐ろしげな最終闘場だ。
だがローザリカは、ここでも自分が前に出ると母を制した。要は吹き矢を何発喰らおうが、相手をボコボコにしてしまえばそれで良かろうなのだ、という精神だ。
そして、戦いが始まった。
ローザリカは必殺の天岳颯衝を駆使してまずはオッケイ姐さんを速攻で仕留めた。その際、お尻に何発か吹き矢を喰らったが、治癒師たるもの、自分で自分を癒せずして如何するとばかりに、余裕の表情で腫れあがった尻をさらりと治癒してみせた。
「まぁローザリカちゃん。何て頼もしい」
ジョゼフィーヌ喜びの笑みを背に受けて、遂にローザリカは最後の敵ジャッキー大豪院を平らげた。
まぁそれなりに修羅場を経験してきた授恵者なのだから、勝って当たり前といえば、それまでなのだが。
「成程……これがケレス流の真髄」
優雅さとヲトメの余裕をちらつかせつつ、腫れた尻も意に介さない。
その精神的なゆとりこそが、『淑女神拳ケレス流』の真の奥義。
と、ここでローザリカはあることに気付いた。
「……でもさ、そうなると途中までの三つの闘場、あんまり意味無くない?」
「あらあら、ローザリカちゃん、勘の良い子は嫌われちゃうわよ」
矢張り、しれっと笑って誤魔化す母ジョゼフィーヌ。
ローザリカは何だか触れてはならない部分に触れてしまった様な気がして、それ以上言葉を重ねるのは控えることにした。
そして尻が依然として腫れっぱなしなので、そっちを先にどうにかしようと思い直す。
「流石にこのお尻は、ちょっとひとには見せられないな……」
かくして、大女人八連制覇は終幕。
盛り上がりもクライマックスも何も無かったが、そこは大人の事情を汲んで頂きたい。
その試練がいつから存在していたのか、正確なところはよく分からない。
だが、ローザリカ・L・ディオールは、ケレス家とディオール家の双方に伝わる古の試練『大女人八連制覇』に挑む権利と栄誉を得た。
この大女人八連制覇の舞台となるのは、八薔薇の長城と呼ばれる回廊状の古代建造物である。
八薔薇の長城は、リーンエス王国ディオール伯爵家の領内某所に存在する。その正確な位置を知る者はごく少数に限られており、ローザリカも目隠しをされたまま当地に連れてこられた。
噂によれば、『淑女神拳ケレス流』の始祖もこの八薔薇の長城で己の腕を磨き、奥義を完成させたとの逸話があるとか、無いとか。
「これが、八薔薇の長城……」
馬車を下りて目隠しを外され、その威容を目にした時、ローザリカは思わず息を呑んだ。
朝の爽やかな時間帯であるにも関わらず、長城の正門から漂う不穏な空気は、闇そのもの。緊張するなという方が無理な話であろう。
そんなローザリカの傍らで、母ジョゼフィーヌ・C・ディオールが穏やかな笑みを浮かべた。
「うふふふ……大丈夫よ。ローザリカちゃんならきっと、達成出来るわ」
「……本当に、そう思う?」
年齢不相応な程に若い顔立ちの母の、柔らかな微笑。その母の言葉に、ローザリカは不安の色を隠さない。
だがジョゼフィーヌは、勿論よ、と太鼓判を押した。
「分かるわ。だって、母ですもの」
何の根拠にもなっていない様なひと言だったが、ローザリカにとってはこれ以上に無い程の心強いエールだった。
「それじゃあ、行きましょう。とっても楽しいところよ」
あくまでも柔らかな笑みを崩さない美貌の母ジョゼフィーヌ。
対するローザリカは、疑心暗鬼の塊だ。何をどう見れば、楽しいところだといえるのだろうか。
だが『淑女神拳ケレス流』の真髄を極められる可能性があるのだとしたら、有意義な時間を過ごせるということでもあり、そういう意味では楽しめる場所、といえなくはないのかも知れない。
ともあれ――ローザリカとジョゼフィーヌは、耳障りな程に軋んだ音を響かせて開け放たれた古臭い大門をくぐり、薄闇に覆われた長城内部へと踏み込んでいった。
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八薔薇の長城内には、四カ所の武闘場が設置されている。
最初に現れるのは商争百柱林闘、次いで妬冠梯网闘、更に嫉焦六極星闘、そして最後に美衝響針闘といった具合だ。
ローザリカとジョゼフィーヌが第一戦の場として指定された商争百柱林闘に踏み込むと、ラーメンの丼模様みたいな帽子を被った、やたら体格の良い老女が現れた。彼女は王大女と名乗った。
「あらミセス王、ご無沙汰ですこと」
顔見知りなのか、ジョゼフィーヌは余裕の笑みで挨拶を交わしたが、ローザリカは引きつった顔で会釈するのみ。身長2メートル超えの婆さんなど、今まであまり見たことが無かったからだ。というか多分、人生初遭遇。
などと思っているうちに、ローザリカとジョゼフィーヌは高さ30メートル程もあろうかという石造りの円柱群の上部へと案内された。
各円柱は直径1メートル程の足場となっており、これらの円柱上を移動しながら敵と戦うということらしい。
「さぁここからは、私とローザリカちゃんの息の合ったコンビネーションが大事になってくるわね」
大女人八連制覇では各武闘場で二対二の戦いが繰り広げられる。今回ジョゼフィーヌは、娘の助っ人として参戦したという訳だ。
最初の敵は、偏食鬼と卍ママという機動戦が得意な二人組。
王大女も大概インパクトの強い女性だと思っていたローザリカだったが、偏食鬼と卍ママは更に負けていない異様な風貌の女性達だ。偏食鬼は両手に菓子を握り締めたセイウチの様な化け物だし、卍ママは金髪のモヒカンヘアーが中々に斬新な強面マダムだった。
そしてこの商争百柱林闘では、お互いに商売の理念を口頭でぶつけ合い、その理念に対する己の考えを答えられなければ、攻撃の手を繰り出すことは出来ない――すなわち、商人問答を組み入れたエキセントリックな戦闘ルールが導入されている。
(な、成程……ディオールの女たるもの、商機と勝機は決して逃がしてはならないという訳か!)
何となく勢いで納得したローザリカ。こういう時は、余り深く考えてはいけない。
「そもさん!」
「せっぱ!」
突如鳴り響く、それちょっと違うんじゃない系の掛け声。ここは商売の理念をぶつけ合う筈なのだが、卍ママも、そして彼女と相対したローザリカも、このやり取りが正しいと信じて疑わない。
その一方でジョゼフィーヌは実に優雅に、そしてにこやかに、偏食鬼との論破バトルに突入。
この場に於いてはジョゼフィーヌ以外、皆揃って暑苦しい女ばかりであった。ローザリカも大層な美人だし、黙っていれば高嶺の花の如き貴婦人だが、今この場に於いては暑苦しい女と呼んで差し支えないだろう。
つまり大女人八連制覇とは、そういう戦いの場なのだ。
●
商争百柱林闘ではジョゼフィーヌが偏食鬼をさくっと退けていたが、ローザリカは花零鳥による自動回復を駆使してやっと、互角に渡り合えるという有様だった。
何とか物理戦で愛用の月季花扇での攻防に持ち込んだから勝てたものの、卍ママは恐るべき強敵だった。
そんな激闘の中で、必死に耐え忍び、そして時には余裕を演出する為に己を治癒しながらも不敵な笑みを向けるなどした。
ディオール家の女子たるもの、常に優雅さを忘れてはならない。
とはいえ、やっぱり何だかんだといいつつ苦労した。卍ママ相手に勝てたのは、多少の運も作用したのかも知れない。
それでもジョゼフィーヌは、
「ほぅらローザリカちゃん。いった通りだったでしょ? 貴方は強い子、元気な子」
などと澄まし顔で笑っていた。
そうして、母娘は次なるステージへと駒を進めた。
第二の闘場たる妬冠梯网闘では、不安定な梯子を超熱いお湯の上に横たえ、その上でお互いの想い人との馴れ初めとか思い出とかをぶつけ合う不毛な戦いが繰り広げられる。
(商売の次は恋愛か……これは頭の切り替えが必要だぞ)
ローザリカは気合を入れ直した。
相手の幸せっぷりに妬みを感じてしまえば、その分だけ己の精神が不安定となり、梯子の上でのバランスを崩してしまい、自分自身が不利になる。
だが商争百柱林闘とは異なり、妬冠梯网闘はローザリカにとって独壇場ともいえた。
何といってもローザリカには愛する許嫁が居る。コイバナ自慢はお手の物だ。尤も、ここは女子会ではなく武闘の場なので、彼氏自慢を大声で叫ぶのはちょっと恥ずかしい気がしないでもなかった。
そしてこの妬冠梯网闘では、独身鉄とヘンガオという、これまたいかつい女共のふたり組が登場。
(うん……やっぱり、負ける気がしないな)
などと楽観していたローザリカだったが、思わぬ苦戦を強いられた。
独身鉄とヘンガオが繰り出す甘いコイバナは、何だか聞いてる方が恥ずかしくなってきて、攻撃と防御が思わずおろそかになってしまう。この両者、意外な程のストーリーテラーだ。
(何の……僕だって負けない!)
ローザリカはここぞとばかりに、許嫁当人が居るところでは絶対に口走らない様なヲトメチックエピソードを次々と開陳。独身鉄がムキィィィィっとなっているところに、鋭いながらも優雅な舞いの如き蹴り技を叩き込んでいった。
恋愛に関しては自分の方が上なのだと相手に叩き込むマウンティングスタイル。
多分、これをそのまま普通の女子達の前でやったら絶対嫌われるパターンだが、ここではそんなこともいっていられない。
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妬冠梯网闘でも辛うじて勝利を収めたローザリカだったが、ジョゼフィーヌは相変わらず涼しい顔。
その優雅さ、余裕たっぷりの表情、これこそがまさに宮廷格闘術『淑女神拳ケレス流』の基本であり、そして真髄でもあるのだろう。
ここまでの戦いでは優雅さを演出する余裕も無かったローザリカだが、漸く戦いのコツが掴めてきた。次の闘場では今度こそ、雅の極致に達してみせると内心で握り拳を作った。
「次も、似た様なところかしらねぇ」
第三の闘場は嫉焦六極星闘。なみなみと張られた油のプール上に小舟を浮かべ、その舳先では蝋燭が一本、火を灯している。この蝋燭が油上に落ちれば大惨事だ。
つまり、蝋燭を小舟から落とさずにお互いに得物を交えなければならないということだろう。
まさしく、優雅な所作が要求される場だ。ローザリカは現れたふたりの強敵――男爵カイーノと裸刹の両名を前にして、顔が思わずギュッとなった。
「ここは僕に任せて貰おう。ケレス流の真髄、今こそ発揮してみせる」
「あらあら、頼もしいわねローザリカちゃん。えぇ、きっと大丈夫よ、貴方なら」
そんな訳でローザリカが男爵カイーノと裸刹の両女史をひとりで相手に廻すこととなった。
尚、この嫉焦六極星闘でのルールは妬冠梯网闘とよく似ている。ただ一点異なるのは、お互いに披露するのがコイバナではなく、人生勝ち組をアピールする自慢の応酬という点であった。
しかし露骨に自慢してしまっては、それこそ淑女の名折れだ。ここは如何に優雅で、且つ嫌味にならない話運びが出来るかがポイントとなる。
淑女神拳はただ強ければ良いというものではない。宮廷での立ち居振る舞いに於ける淑女かくあるべしという理想のスタイルを身に着けなければならないのだ。
尚、ここ嫉焦六極星闘での戦いは割愛する。
妬冠梯网闘と似た様な展開となってしまい、所謂少年向けドゥジンシ風にいうならば、打ち切りに向けたカットシーンに相当するというものだろう。
ジョゼフィーヌも欠伸を噛み殺してうつらうつらとしていた程だから、推して知るべし。
王大女に至っては、油プール際でシャルガネ風ラーメンを食う有様であった。
●
そしていよいよ最後の闘場、美衝響針闘がディオール母娘を出迎えた。
対戦相手はジャッキー大豪院とオッケイ姐さん。
流石にラスボス級だけあって、両者とも強そうなオバ……もとい、お姉さん方だ。
「ここは、どういうルール?」
「そうねぇ……簡単にいえば、優雅でなかったらお尻にシャルガネ吹き矢の刑、といった感じかしら」
ローザリカの問いに、しれっと答えるジョゼフィーヌ。
どうやら円形状の闘場そこかしこに全身黒タイツの処刑人が潜んでおり、美しくない戦いぶりを見せてしまうと、これら処刑人共がそっと近くに寄ってきてお尻に吹き矢をブスリと吹き込んでくるらしい。
敵は対戦相手のみならず――何とも恐ろしげな最終闘場だ。
だがローザリカは、ここでも自分が前に出ると母を制した。要は吹き矢を何発喰らおうが、相手をボコボコにしてしまえばそれで良かろうなのだ、という精神だ。
そして、戦いが始まった。
ローザリカは必殺の天岳颯衝を駆使してまずはオッケイ姐さんを速攻で仕留めた。その際、お尻に何発か吹き矢を喰らったが、治癒師たるもの、自分で自分を癒せずして如何するとばかりに、余裕の表情で腫れあがった尻をさらりと治癒してみせた。
「まぁローザリカちゃん。何て頼もしい」
ジョゼフィーヌ喜びの笑みを背に受けて、遂にローザリカは最後の敵ジャッキー大豪院を平らげた。
まぁそれなりに修羅場を経験してきた授恵者なのだから、勝って当たり前といえば、それまでなのだが。
「成程……これがケレス流の真髄」
優雅さとヲトメの余裕をちらつかせつつ、腫れた尻も意に介さない。
その精神的なゆとりこそが、『淑女神拳ケレス流』の真の奥義。
と、ここでローザリカはあることに気付いた。
「……でもさ、そうなると途中までの三つの闘場、あんまり意味無くない?」
「あらあら、ローザリカちゃん、勘の良い子は嫌われちゃうわよ」
矢張り、しれっと笑って誤魔化す母ジョゼフィーヌ。
ローザリカは何だか触れてはならない部分に触れてしまった様な気がして、それ以上言葉を重ねるのは控えることにした。
そして尻が依然として腫れっぱなしなので、そっちを先にどうにかしようと思い直す。
「流石にこのお尻は、ちょっとひとには見せられないな……」
かくして、大女人八連制覇は終幕。
盛り上がりもクライマックスも何も無かったが、そこは大人の事情を汲んで頂きたい。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。