【DA】リーンエスの耳

ミア=リゼル/ ロディ=ハイジア

『ノベルタイトル:師馳すのある日に』広大野人
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 王都グランスパーダの一角、規模が小さいとはいえ、病院の長を務められるのは、ロディ=ハイジアという人物の優秀さを現わしていた。
 回復魔法である程度の怪我や傷を癒す事は出来ても、慢性的な持病や落ちてしまった筋力の向上、加齢による身体機能の低下は、魔法によって回復する事はできない。身体の構造を深く知り、適切な技法によって総合的に診る事が出来るのは、医師としての大事な仕事だ。
「急患の受け入れですか……分かりました。手配を急いで下さい」
 騎士団本部からの使者にロディはそう告げると、白衣を取り替えた。
 最前線から移送されてくる戦傷者は様々だ。魔法での完治が難しければ療養する事になる。けれど、その施設がいっぱいになれば、ロディのような病院に協力要請が出るのは当然の事。
 落ち着いた物腰でロディは病院のスタッフ達に声を掛けた。
「数名の患者が搬送されてくるので、各自、準備をお願いします」
 戦場から下がってくる兵士達はどのような怪我をしているのか、具体的には到着するまで分からない。
 ホールを即席の救護所として設営し終わると同時に、馬車が到着した。
 担架代わりの板に乗せられた兵士達が運び込まれ――その状況に職員が声を荒げる。
「こ、こんな患者、看られる訳ないじゃないですか!?」
 異物が突き刺さったままの兵士、四肢が腐りかけている傭兵、目立った外傷はないものの喉元を抑え呼吸の苦しそうな冒険者……いずれも魔法による処置が必要な状況だ。
「慌ててはいけません。それだけ、最前線は過酷という事です」
 ロディはいつもと変わらぬ口調で場を制するように告げた。
 前線に近い基地から搬送されてくる訳だが、負傷者全員が回復魔法を受けられるという保証は全くない。むしろ、回復魔法を温存する為に、戦線復帰が困難と判断されれば、即、後方に送り出すのはある意味、理に適っているとも言える。
 まずは全員の状況を確認する必要があるとロディが一人目の診察に入った時だった。
「ロディ先生! た、た、大変です! 二台目の馬車がぁ!」
 何かの手違いか、多くの患者が運ばれてくるようだ。
「追い返す訳には行かないでしょう。手が空いている者は急いで寝台の用意を」
 手伝ってくれる市民も加わり、ホールはさながら野戦病院の様相を呈してきた。
 人々の様々な声が入り乱れ、場を掻きまわしている……負傷者達の状況の重さと、自分達に出来る事の限界。
 急転直下する気力。
 しかし、それを吹き飛ばすに足る一声がホールに響いた。
「院長(せんせい)!」
 病院の職員なら聞いた事がある声だった。当然、呼ばれた本人であるロディは声の主が誰かを良く知っている。
 兵士に突き刺さったままの異物を引き抜き、血飛沫を受けた顔そのままに、ロディは弟子に視線を向けた。
「ミア、手伝ってくれるのかい?」
「勿論です!」
 ぐっと腕を捲ったミア=リゼルが駆け寄って来た。
 ふわりとした柔らかい髪を揺らしながらホールを見渡して状況を確認する。負傷者のうち、肉体的なダメージを負った者と、呪いのようなものを受けた者に分かれるとすぐさま理解した。
「回復魔法を使います」
 エーテルを高めるミア。
 彼女が扱うスキルは、もはや駆け出しの冒険者とは違う。一線級の力は、瞬く間に次々と負傷者を回復させていくだろう。
 逞しく成長したミアの姿を見て、ロディは微笑を浮かべた。
 数年前に運び込まれた時の幼い頃のミアが不意に脳裏を過ぎったからだ。
(よくぞ、ここまで……)
 医者としての自分が、もはや、ミアに教えられる事はもう無い――改めて、感じるのであった。

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 回復魔法を受けたと言っても完治した訳ではない。幾日か療養は必要だろうし、処遇に関しても関係機関との調整がいるだろう。
 それでも、ミアのおかげで救われた命があるのは事実だ。状況が落ち着いた所で、ロディはミアを院長室へと案内した。
「おかげで助かったよ。これの受け取りが今日で良かった」
 大事そうに抱えた木箱は、丁寧な封がされていた。
 外装ではあるものの、その造りは重厚であった。ドワーフ職人の気質が伺いしれるというものだ。
「せんせいのお力になれたのなら嬉しいです」
 爽やかな笑みで応えるミア。
 木箱を抱えるように受け取ると中身を確認する為、箱の蓋を外した。
 その瞬間、蜂蜜を思わせる甘味と薬草の澄んだ香りが広がる。依頼主の意図を汲み取った職人が仕組んだものだ。
 緩衝材の中央に収まっている装飾豊かな瓶も見事としか言えない形状を魅せる。
「確かに、これは学園には届けられませんね」
 様々な薬草を蒸留酒で繰り返し蒸留した蜂蜜色の混成酒(リキュール)。薬草としての成分と香りを最大限に残しつつ、ベースとしたブランデーの味を損なう事が無い、門外不出の製法で造られた逸品である。
 ミアが慎重に酒瓶を取り出すと出来を確認するように回し見る。
「これは『せんせい』のお誕生日が近いので……作ってもらったんです。抱えるほどの花束は、お墓には目立つかなと思って」
「そのように、気を遣う程の方なのですね」
「……はい」
 少し俯いたミアが小さく応える。
 酒瓶を木箱に戻す様子は、どことなく、ぎこちない。その様に、ロディは穏やかな声調で発した。
「ミア、僕で良ければ話を聞くよ」
 その台詞にハッとなったミアが驚いた視線を向ける。
 師(ロディ)はとても小さな異変でも感じ取り、その背景を察する事が出来る人だったと思い出したからだ。
 静かに頷きながら、ミアはゆっくりと、言葉を悩みながら紡ぐ。
「『せんせい』は……この国の在り方を、変えようとした方、でした。私は『せんせい』の手足となって動けるように……育てられました。そして、ある実験に、臨み……私は……」
「実験は失敗。回復の見込みなく、病院に運び込まれたんだよね」
 詰まった話の先をロディが補足するように告げた。
 色々と細かい所をミアは省いたが、ロディはそれだけで読み取ったのかもしれない。あるいは、当時のミアを看ていた一人として、何かを知っている可能性もある。
「冒険者として、私は『せんせい』の前に立ちました……いえ、立ち塞がりました。『せんせい』が成そうとした事を、止める為に。そして、『せんせい』は……最後に、私に残してくれました『人として生きてみせよ』と」
「その願いの通りに過ごしていますか?」
 ロディの質問にミアはしっかりと頷くと、酒瓶が入っていた木箱の蓋を閉めた。
「私が『せんせい』の手を離れた後も、この病院で、学園で、たくさん勉強したことを知ってもらいたくて。それで、色々と落ち着いたら墓前に伺うつもりなのです」
「それが良いと僕も思いますよ。ぜひとも、伝えてあげてください」
「はい。それと、診ていただきたい人がいて……先方が受け入れてくださるかどうかは、また交渉しないといけないのですが……ケルジア卿をご存知ですか?」
 ミアからの思いもしない質問にロディは傾げた首を支えるように手を当てた。
「どこかで聞いた事があるかもしれない……あぁ、ちょっと待ってね。先代の院長が残した診療録を見てみるから」
 そう言い残すと鍵のかかった棚を開けて何やら仰々しく製本された書類の束を取り出す。
 表紙を捲り、名簿を確認するロディ。
「ケルジア卿……ケルジア卿……あった。卿の名前はジドで間違いないかな?」
「間違いありません。記録が残っている事に驚きます」
「先代院長は王都の中で有名な名医だったからね」
 該当する頁を開いたロディの脇にミアが並ぶ。
 そこには診療の経過が記されていた。
「……どうやら、記憶する力や判断する力が失われる奇病に罹ったようだね。魔法を含め、様々な薬、療法が試みられたが、いずれも劇的な効果は無かったみたいだ」
「記録を読み解く限り、領都まで行って診察しているようですが……」
 その数も多い。治療不可と判断した後でも、幾度も足を運んで診察しているのは、ある意味、誠意を感じるが、王都から領都までの距離を考えれば、不自然とも言える。
 しかし、それもある日を境に唐突に途絶えていた。
「そういえば、昔、先代から聞いた事がある。奇病に罹ったかつての学友が居たとね」
「それが、ケルジア卿だったと?」
「見込みは十分にあると思う」
 ロディの返しに、ミアは心の中で答えを導きだすように考えを並べた。
(私を運び込んだ病院は無作為に選んだ訳ではなかった……助かる見込みが僅かでも高いからという事でしょうか?)
 その当事者はもういないから真相は分からない。
 ミアは一度、深呼吸してから、今一度、ロディをみつめる。
「診ていただけますか?」
「勿論だよ。という事は、ケルジア卿はご存命なんだね?」
 該当する頁を製本から外しながらロディが訊ねた。
 相手方に確認する必要はあるだろうが、診療録が残っている以上、話を持っていきやすいはずだ。
「はい。冒険者として活動している時にお会いしました。これも何かの縁かと思いますので」
「何かの……処ではなさそうな程の奇縁だよ。関わりが代替わりしても続くというのは、希望でもあるからね」
 にこやかな表情でロディはそんな言葉を口にする。
 見捨てられていない。それだけでも救いになる事を、よく知っているからだ。

●
 木箱を持って学園に戻ろうとしたミアが、言い忘れていた事があったと言わんばかりに、声を挙げ、パチクリとした瞳をロディに向けた。
「そういえば、院長。私、嫁ぐことになったんです」
「それはとても素晴らしい話じゃないですか。その薬指の指輪、気になっていたのです」
 視線が向けられた左手。
 芍薬を意匠化したデザインが連なる装飾が施された指輪は、その丁寧な仕上がりからシンプルながらも高貴さを漂わせていた。
 ミアは愛らしく指輪を撫でる。
「婚約したんです」
「お相手を聞いても?」
 ロディからのその質問に頬を赤らめながら、ミアが応える。こんな反応があると、ミアが年相応の少女なのだと感じる。
「エナとは冒険の依頼を通じて……」
(同業の冒険者かな? それとも、依頼主かな?)
 ロディが豊かな想像を巡らしているとは知らず、ミアの話は続く。
「時には共に戦い、また、一緒に出掛けたり、お互いの事を語り合ったり……」
(やっぱり、冒険者仲間だね。気心のしれた相手なら、確かに、将来を誓い合うだろうから)
 うんうんと優しく頷きながら聞き続けるロディだったが、惚気話のように紡がれ続けるミアの台詞に言葉が詰まる事になる。
「エナは……エナハルトはティルム家の跡継ぎなので、私は立場上、領主夫人になるみたいです」
「え……」
「エナは王国騎士で、ティルム領の領主を継ぐ予定ですので」
「え……」
『え』しか言えない呪いに罹ってしまったような反応を示すロディ。
 無理もない事だ。出自不明の女の子が、貴族に嫁ぐなど血統主義が色濃く残る王国では珍しいのだから。それでも過去に例がなかった訳ではない。ロディ自身も出生記録をちょこちょこっと追記した事もある。
 もっとも、それは、どこかの貴族や有力者の家に『養子』として組み入れる必要があった時だ。
『養子』にした後に嫁ぐ事はあっても、そのまま直に嫁入りなど前代未聞かもしれない。
「私が領主夫人の役割を全うできるか自信ありませんが……」
「凄いじゃないか。おめでとう、ミア!」
「それと、院長……学園を卒業したら、王都から引っ越す事になりますので、ここのお手伝いには、来られなくなります……またその時が来たら挨拶に伺いますが、これまでとてもお世話になりました」
 ペコリと頭を下げたミアの言葉の意味をロディはすぐさま理解した。
「じゃ、じゃあ、後継の育成は……また振り出しからということですか!?」
「院長は素晴らしいお医者様ですから、きっと、良いお相手が見つかると思うんです!」
「そうは言っても、僕が恋愛(その手の事)に不得意なのは、ミアもよく知っているでしょう」
 それはとても良く知っている。医療に携わる者としての使命や愛が強すぎて、ついていけない人もいるのだ。
 ミアは木箱を大事に抱えると、ニコッと笑みを魅せた。
「冒険者でよければ紹介しますよ、院長(せんせい)」
 髪を掻くロディに今一度、頭を軽く下げると、足取り軽く学園寮へと向かうミアであった。

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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
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