【DA】リーンエスの耳

ルアンナ・ミュラー
『ノベルタイトル:命喰らいしオクタヘドロン』空色みなも
●
それは、薄紅の薔薇のように。
地下の迷宮に、ひっそりと咲いていた。
いや、咲いているのではない。
花と例えるにはいささか硬質に過ぎるそれは、どうやら鉱石の類であるようだ。
正三角形の面、八つ。
美しいまでに正確に形作られた正八面体が。
無造作に転がるようにして、迷宮の片隅に佇んでいる。
と、そこへ。
影が、差した。
幾何学的な構造を持つ、石に。
影の伸ばした、柔らかな手が重なる――。
●
ここは、探索支援ギルド。
迷宮都市とも呼ばれるエドゥノーグにおいて、その名の通りダンジョンの探索を支援する組織。
エドゥノーグダンジョンにおける安全・取引・治安を担う探索支援ギルドへは、日々。
迷宮に関する様々な案件が持ち込まれ、それだけ人の出入りも多くある。
この日も、探索支援ギルドは迷宮探索者たちで賑わっていた。
そんな、迷宮探索者たちの中に――。
「こんにちは、ルアンナです。調査の結果が出たと伺ったのですが――」
茶色の髪に、緑の瞳を持つ女性――ルアンナ・ミュラーの姿が混じっていた。
魔法杖を手にしていることから想像されるように、彼女は魔術師の冒険者だ。
冒険者であれば、迷宮探索を仕事として請け負ったことがある者も多いだろう。
それだけ、エドゥノーグダンジョンは冒険者にとって身近な存在となっている。
日銭を稼ぐためにも、冒険者として鍛錬をするためにも、この上なく都合のいい場所であるからだ。
どうやらルアンナも、そうした冒険者の一人として探索支援ギルドに用事がある模様だが――。
受付の職員と、二言、三言のやりとりを交わした後。
ルアンナは、ギルドの奥へと案内される。
そうして辿り着いたとある一室は――実に様々な素材に囲まれていた。
早々とはお目にかかれそうもない、珍妙な植物の標本。
珍しい魔獣の死骸から取り出されたと見られる、骨や牙。
そして色も形も多彩な鉱物が並ぶ中に――それはあった。
ルアンナがエドゥノーグダンジョンで摘み取った、薄紅の薔薇。
もとい正八面体の鉱石が一際の存在感を放ちながら、鉱物標本の間に鎮座している。
そう、この部屋はエドゥノーグダンジョンで採集された素材を預かり。
その性質を深く研究するための場所である。
ルアンナは、以前ダンジョンを探索した際に件の鉱石を見つけ。
詳細不明な物体であったため、探索支援ギルドの研究室に調査を依頼していたのだ。
そして、その研究室でルアンナを出迎えたのが――。
「やあ、来たか」
白い上着を前開きで羽織った、丸眼鏡の男。
短く白い髪はボサボサで、寝不足なのか眼の下には深い隈がある。
そんな男が、はるか低い目線の高さからルアンナを見上げている。
子供のような背丈――というのも、彼の耳が短く尖っているのを見れば納得できるだろう。
別に、こうしたハーフリングを見かけるのもそう珍しい話ではないのだから。
組織の職員が客を出迎えるにしては口調がややぞんざいに聞こえることに関しては、彼の気質に由来するものかもしれないが。
「お久しぶりです。調査結果はいかがでしたか?」
ルアンナが研究員へかけた言葉からするに、彼が鉱石の調査担当であったらしい。
二人がすでに見知った間柄である様子なのも、鉱石を預ける際に顔合わせをしていたということだろう。
「ああ、ちょっと待っていてくれ。持って来る」
研究員はそう言うと、鉱石が収められた棚へと向かう。
普段から彼が出し入れすることを考慮してか、鉱石は棚の中でも低い位置に収められていた。
台を使えば高い位置でも手が届くのかもしれないが、彼は物品の整理に対してもそうした合理性を好むのであろう。
「で、ざっくりと言うと、だ」
持ってきた鉱石をテーブルの上に置いた研究員、曰く――。
「この鉱石は、授恵者がエーテルを通すと高い魔力を発揮できるようになる代物だ。それも――竜石よりも、高く」
「それって、すごいじゃないですか!」
研究員の説明を聞いて、ルアンナの目が輝いた。
竜石とは、冒険者たちにより討伐されたとある邪竜の体内で発見された赤い結晶であり。
魔法杖の材料として使われ、魔術師たちの活動を支えてきた実績がある素材だ。
そうした邪竜由来の素材が使われるようになった際、冒険者たちの装備の質が革新的に引き上げられたことも記憶に新しい。
もとより品質の高い竜石をも上回る、魔術具の素材ともなれば――。
ルアンナのような魔術師にとって、垂涎ものの存在と言える。
この鉱石はもはや魔術師にとっての宝――宝玉と呼んでも差し支えないだろう。
「ああ、すごい。すごい、んだが――」
しかし、研究員は渋い顔をしている。
この発見を手放しては喜べない何かがある――。
彼の表情は、そのことを如実に物語っていた。
「百聞は一見に如かずと言う。実際に見て貰ったほうが早いだろう」
そう言うと、研究員は宝玉に手を添える。
研究員は話していた。
この宝玉は、授恵者がエーテルを通すことで魔力を発揮するものであると。
それを明らかにすることができたのは彼自身がまた授恵者であり、魔術師でもあったからだ。
今、彼はそのことを実演するため宝玉にエーテルを込めようとしているのであろう。
すると、宝玉に変化が現れた。
淡く透き通った薄紅の中心に――鮮血のような、深紅。
赤は徐々に、徐々に。
滲み出るようにして、宝玉全体へと広がっていく。
とはいえ、こうして宝玉が色を変えるだけであれば何ら支障はない。
多少は不気味に感じる者もいるかもしれないが、その程度の話だ。
問題の本質は、別の点にあった。
「あの……大丈夫ですか?」
ルアンナが研究員の様子を見かねて声をかけたのは、彼が苦悶の表情を浮かべていたからだ。
眉をしかめた研究員の額には、うっすらと冷や汗まで滲んでいる。
「はあっ、はあっ――まあ、見ての通りだ」
研究員も苦痛に耐えかねたのか、宝玉に添えていた手を引っ込める。
それに合わせて、赤く染まっていた宝玉も穏やかな薄紅色を取り戻していく。
どうやら、この宝玉は使用者の生命力を吸い取り、魔力に変換する性質を持つらしい。
授恵者の魔術にも、自らの生命力を魔力へ転化するようなものは存在するが。
この宝玉には物体としてそうした作用がある、といったところだろうか。
「せっかくの品だが、ただでさえ生命力の乏しい魔術師が使いこなすのは難しいな」
口惜しそうに、そう語る研究員。
彼の言うように、魔術師は通常であれば前に出ることは少なく。
敵からの攻撃に耐える必要性も薄いため、豊富な生命力など伴わないことが多い。
そう、通常であれば。
「あの――それなら、私はどうでしょう?」
だがその点、ルアンナは『例外』であった。
彼女は魔術師でありながら、果敢に前へ出ることも多かった。
そして、それは潤沢な生命力という裏付けがあってこその行動であった。
そのために危険な目に遭うこともなくはなかったが――それは、それ。
常識外の近距離魔術によって彼女が数多くの戦果を生み出してきたこともまた、事実だ。
そんなルアンナであれば、あるいは生命力を多少『喰われた』ところで苦にならないのではないか――。
これまで数多くの危機を乗り越えてきた彼女には、そうした自負があった。
「へえ、やってみるかい?」
興味深い対象を見つけたような視線を研究員に向けられ。
ルアンナはこくり、と深く頷いた。
●
それは、言うなれば。
人の根源へと根を下ろし、自らの養分としてしまう紅き薔薇。
貪欲で、後先を考えることもなく。
自らが咲き誇るためには、大地を枯らすことすら厭わない。
または、宝玉は腹をすかせた怪物のように。
命を喰らい、その活力へと変えていく。
あるいは、うねる焔のように。
くべられた命を燃やし、紅き輝きへと変えていく。
「強い力を――感じます」
「驚いた――もはや平然とすら見えるね」
宝玉にエーテルを通すルアンナを、研究員は目を丸くして見守っていた。
強い苦痛を感じているはずのルアンナが、何ら動じていないように見えたからだ。
もちろん、ルアンナとて例外ではなく宝玉に生命力を奪われている。
ただ、絶対量として生命力を同じだけ消費するのであれば。
高い生命力を有するルアンナにとっては相対値としての消費は下がる、というわけだ。
ルアンナの生命力をたっぷりと吸い上げた宝玉は。
深い紅をその内部に湛え、強い光を放っている。
そこに膨大な魔力が発生しているのは、誰の目にも明らかであった。
仮に、この力が攻撃魔術に用いられたとしたら。
ちょっとした敵の軍勢であれば、まとめて吹き飛ばせるのではないか。
これは予測に過ぎないが、そう思わせるだけの光景であったのは確かだ。
「ふぅ――」
しばらくの後、ようやくルアンナの手が宝玉から離されたかと思えば。
やはり宝玉を染めていた紅は消えていく。
先程まで、強い魔力が渦巻いていたとは思えないほど。
研究室は至って平穏な気配に包まれていた。
そう感じることができるのも、宝玉に生命力を注ぎ込んでいたはずのルアンナが余裕の表情を見せているからに他ならない。
「いやぁ。すごいね、君」
研究員は、いいものを見せてもらったと言わんばかりに手を叩いた。
実際、知的好奇心があるからこそ研究職についているのだ。
珍しい出来事を目にすれば、心が躍るのも無理はない。
「これ、いいですね。魔術具として実際に使えたとしたら、とても強力な魔法が撃てますよ」
ルアンナもどことなくはしゃいでいるように見える。
やはり魔術師にとって、特大の魔法を使いこなせるようになることは浪漫があるのだろう。
特に、前へ出て戦うこともあるようなルアンナにとってはなおのこと。
そのような無茶を、時には冒険者仲間に心配されることもあるけれど。
「そうだね――なんならそれ、君が持っていくかい?」
「え、いいんですか?」
その様子を見た研究員が、ニヤリと口角を上げた。
本当にそのような提案があるとは思っていなかったのか、ルアンナは驚いているようであったが。
「ここで単なる研究対象として腐ってしまうよりは、実際に役立ててもらったほうがありがたいからね。探索支援ギルドへ、それなりの金銭的対価さえ支払って貰えるなら問題ない」
どうやら研究員としても、この宝玉を使われないままにしておくのは勿体ないと感じていたようだ。
何物も、実用されてこそ価値がある。
それが、この研究員の持つ哲学であった。
このことはルアンナにとって何よりも幸いな巡り合わせであっただろう。
もし研究員が自らの探求活動のため宝玉を手許に置こうと拘れば、こうはならなかったかもしれない。
「その代わり、実用した時のデータを教えてくれると研究者としては助かるかな」
そう言って研究員が差し出した宝玉は。
しっかりと、ルアンナの手に収められたのだった。
●
ある日の、冒険者ギルド。
様々な得物を手にした冒険者たちが出入りする、この場所で。
数多くの依頼が並ぶ掲示板の前に、ルアンナが立っている。
彼女の手に握られているのは、魔法杖。
その先端に、薄紅色――あの時の宝玉が、取り付けられていた。
ルアンナはあの後、受け取った宝玉を杖へと仕立てるよう手配していたのだ。
金属光沢を放つ柄と、硬質な輝きを放つ宝玉の取り合わせが眩しい逸品である。
やがて、自らの受けるべき依頼を見繕うことができたのか。
ルアンナは受付で手続きを済ますと、ギルドを発つ。
「今度の冒険、よろしくお願いしますね。私の命は、貴方でも食べきれないほどご用意してますから」
目的地へと向かう際、ルアンナは語りかけた。
その特性から『生命喰らいの杖』と名付けられた、自らの冒険の供へ――。
それは、薄紅の薔薇のように。
地下の迷宮に、ひっそりと咲いていた。
いや、咲いているのではない。
花と例えるにはいささか硬質に過ぎるそれは、どうやら鉱石の類であるようだ。
正三角形の面、八つ。
美しいまでに正確に形作られた正八面体が。
無造作に転がるようにして、迷宮の片隅に佇んでいる。
と、そこへ。
影が、差した。
幾何学的な構造を持つ、石に。
影の伸ばした、柔らかな手が重なる――。
●
ここは、探索支援ギルド。
迷宮都市とも呼ばれるエドゥノーグにおいて、その名の通りダンジョンの探索を支援する組織。
エドゥノーグダンジョンにおける安全・取引・治安を担う探索支援ギルドへは、日々。
迷宮に関する様々な案件が持ち込まれ、それだけ人の出入りも多くある。
この日も、探索支援ギルドは迷宮探索者たちで賑わっていた。
そんな、迷宮探索者たちの中に――。
「こんにちは、ルアンナです。調査の結果が出たと伺ったのですが――」
茶色の髪に、緑の瞳を持つ女性――ルアンナ・ミュラーの姿が混じっていた。
魔法杖を手にしていることから想像されるように、彼女は魔術師の冒険者だ。
冒険者であれば、迷宮探索を仕事として請け負ったことがある者も多いだろう。
それだけ、エドゥノーグダンジョンは冒険者にとって身近な存在となっている。
日銭を稼ぐためにも、冒険者として鍛錬をするためにも、この上なく都合のいい場所であるからだ。
どうやらルアンナも、そうした冒険者の一人として探索支援ギルドに用事がある模様だが――。
受付の職員と、二言、三言のやりとりを交わした後。
ルアンナは、ギルドの奥へと案内される。
そうして辿り着いたとある一室は――実に様々な素材に囲まれていた。
早々とはお目にかかれそうもない、珍妙な植物の標本。
珍しい魔獣の死骸から取り出されたと見られる、骨や牙。
そして色も形も多彩な鉱物が並ぶ中に――それはあった。
ルアンナがエドゥノーグダンジョンで摘み取った、薄紅の薔薇。
もとい正八面体の鉱石が一際の存在感を放ちながら、鉱物標本の間に鎮座している。
そう、この部屋はエドゥノーグダンジョンで採集された素材を預かり。
その性質を深く研究するための場所である。
ルアンナは、以前ダンジョンを探索した際に件の鉱石を見つけ。
詳細不明な物体であったため、探索支援ギルドの研究室に調査を依頼していたのだ。
そして、その研究室でルアンナを出迎えたのが――。
「やあ、来たか」
白い上着を前開きで羽織った、丸眼鏡の男。
短く白い髪はボサボサで、寝不足なのか眼の下には深い隈がある。
そんな男が、はるか低い目線の高さからルアンナを見上げている。
子供のような背丈――というのも、彼の耳が短く尖っているのを見れば納得できるだろう。
別に、こうしたハーフリングを見かけるのもそう珍しい話ではないのだから。
組織の職員が客を出迎えるにしては口調がややぞんざいに聞こえることに関しては、彼の気質に由来するものかもしれないが。
「お久しぶりです。調査結果はいかがでしたか?」
ルアンナが研究員へかけた言葉からするに、彼が鉱石の調査担当であったらしい。
二人がすでに見知った間柄である様子なのも、鉱石を預ける際に顔合わせをしていたということだろう。
「ああ、ちょっと待っていてくれ。持って来る」
研究員はそう言うと、鉱石が収められた棚へと向かう。
普段から彼が出し入れすることを考慮してか、鉱石は棚の中でも低い位置に収められていた。
台を使えば高い位置でも手が届くのかもしれないが、彼は物品の整理に対してもそうした合理性を好むのであろう。
「で、ざっくりと言うと、だ」
持ってきた鉱石をテーブルの上に置いた研究員、曰く――。
「この鉱石は、授恵者がエーテルを通すと高い魔力を発揮できるようになる代物だ。それも――竜石よりも、高く」
「それって、すごいじゃないですか!」
研究員の説明を聞いて、ルアンナの目が輝いた。
竜石とは、冒険者たちにより討伐されたとある邪竜の体内で発見された赤い結晶であり。
魔法杖の材料として使われ、魔術師たちの活動を支えてきた実績がある素材だ。
そうした邪竜由来の素材が使われるようになった際、冒険者たちの装備の質が革新的に引き上げられたことも記憶に新しい。
もとより品質の高い竜石をも上回る、魔術具の素材ともなれば――。
ルアンナのような魔術師にとって、垂涎ものの存在と言える。
この鉱石はもはや魔術師にとっての宝――宝玉と呼んでも差し支えないだろう。
「ああ、すごい。すごい、んだが――」
しかし、研究員は渋い顔をしている。
この発見を手放しては喜べない何かがある――。
彼の表情は、そのことを如実に物語っていた。
「百聞は一見に如かずと言う。実際に見て貰ったほうが早いだろう」
そう言うと、研究員は宝玉に手を添える。
研究員は話していた。
この宝玉は、授恵者がエーテルを通すことで魔力を発揮するものであると。
それを明らかにすることができたのは彼自身がまた授恵者であり、魔術師でもあったからだ。
今、彼はそのことを実演するため宝玉にエーテルを込めようとしているのであろう。
すると、宝玉に変化が現れた。
淡く透き通った薄紅の中心に――鮮血のような、深紅。
赤は徐々に、徐々に。
滲み出るようにして、宝玉全体へと広がっていく。
とはいえ、こうして宝玉が色を変えるだけであれば何ら支障はない。
多少は不気味に感じる者もいるかもしれないが、その程度の話だ。
問題の本質は、別の点にあった。
「あの……大丈夫ですか?」
ルアンナが研究員の様子を見かねて声をかけたのは、彼が苦悶の表情を浮かべていたからだ。
眉をしかめた研究員の額には、うっすらと冷や汗まで滲んでいる。
「はあっ、はあっ――まあ、見ての通りだ」
研究員も苦痛に耐えかねたのか、宝玉に添えていた手を引っ込める。
それに合わせて、赤く染まっていた宝玉も穏やかな薄紅色を取り戻していく。
どうやら、この宝玉は使用者の生命力を吸い取り、魔力に変換する性質を持つらしい。
授恵者の魔術にも、自らの生命力を魔力へ転化するようなものは存在するが。
この宝玉には物体としてそうした作用がある、といったところだろうか。
「せっかくの品だが、ただでさえ生命力の乏しい魔術師が使いこなすのは難しいな」
口惜しそうに、そう語る研究員。
彼の言うように、魔術師は通常であれば前に出ることは少なく。
敵からの攻撃に耐える必要性も薄いため、豊富な生命力など伴わないことが多い。
そう、通常であれば。
「あの――それなら、私はどうでしょう?」
だがその点、ルアンナは『例外』であった。
彼女は魔術師でありながら、果敢に前へ出ることも多かった。
そして、それは潤沢な生命力という裏付けがあってこその行動であった。
そのために危険な目に遭うこともなくはなかったが――それは、それ。
常識外の近距離魔術によって彼女が数多くの戦果を生み出してきたこともまた、事実だ。
そんなルアンナであれば、あるいは生命力を多少『喰われた』ところで苦にならないのではないか――。
これまで数多くの危機を乗り越えてきた彼女には、そうした自負があった。
「へえ、やってみるかい?」
興味深い対象を見つけたような視線を研究員に向けられ。
ルアンナはこくり、と深く頷いた。
●
それは、言うなれば。
人の根源へと根を下ろし、自らの養分としてしまう紅き薔薇。
貪欲で、後先を考えることもなく。
自らが咲き誇るためには、大地を枯らすことすら厭わない。
または、宝玉は腹をすかせた怪物のように。
命を喰らい、その活力へと変えていく。
あるいは、うねる焔のように。
くべられた命を燃やし、紅き輝きへと変えていく。
「強い力を――感じます」
「驚いた――もはや平然とすら見えるね」
宝玉にエーテルを通すルアンナを、研究員は目を丸くして見守っていた。
強い苦痛を感じているはずのルアンナが、何ら動じていないように見えたからだ。
もちろん、ルアンナとて例外ではなく宝玉に生命力を奪われている。
ただ、絶対量として生命力を同じだけ消費するのであれば。
高い生命力を有するルアンナにとっては相対値としての消費は下がる、というわけだ。
ルアンナの生命力をたっぷりと吸い上げた宝玉は。
深い紅をその内部に湛え、強い光を放っている。
そこに膨大な魔力が発生しているのは、誰の目にも明らかであった。
仮に、この力が攻撃魔術に用いられたとしたら。
ちょっとした敵の軍勢であれば、まとめて吹き飛ばせるのではないか。
これは予測に過ぎないが、そう思わせるだけの光景であったのは確かだ。
「ふぅ――」
しばらくの後、ようやくルアンナの手が宝玉から離されたかと思えば。
やはり宝玉を染めていた紅は消えていく。
先程まで、強い魔力が渦巻いていたとは思えないほど。
研究室は至って平穏な気配に包まれていた。
そう感じることができるのも、宝玉に生命力を注ぎ込んでいたはずのルアンナが余裕の表情を見せているからに他ならない。
「いやぁ。すごいね、君」
研究員は、いいものを見せてもらったと言わんばかりに手を叩いた。
実際、知的好奇心があるからこそ研究職についているのだ。
珍しい出来事を目にすれば、心が躍るのも無理はない。
「これ、いいですね。魔術具として実際に使えたとしたら、とても強力な魔法が撃てますよ」
ルアンナもどことなくはしゃいでいるように見える。
やはり魔術師にとって、特大の魔法を使いこなせるようになることは浪漫があるのだろう。
特に、前へ出て戦うこともあるようなルアンナにとってはなおのこと。
そのような無茶を、時には冒険者仲間に心配されることもあるけれど。
「そうだね――なんならそれ、君が持っていくかい?」
「え、いいんですか?」
その様子を見た研究員が、ニヤリと口角を上げた。
本当にそのような提案があるとは思っていなかったのか、ルアンナは驚いているようであったが。
「ここで単なる研究対象として腐ってしまうよりは、実際に役立ててもらったほうがありがたいからね。探索支援ギルドへ、それなりの金銭的対価さえ支払って貰えるなら問題ない」
どうやら研究員としても、この宝玉を使われないままにしておくのは勿体ないと感じていたようだ。
何物も、実用されてこそ価値がある。
それが、この研究員の持つ哲学であった。
このことはルアンナにとって何よりも幸いな巡り合わせであっただろう。
もし研究員が自らの探求活動のため宝玉を手許に置こうと拘れば、こうはならなかったかもしれない。
「その代わり、実用した時のデータを教えてくれると研究者としては助かるかな」
そう言って研究員が差し出した宝玉は。
しっかりと、ルアンナの手に収められたのだった。
●
ある日の、冒険者ギルド。
様々な得物を手にした冒険者たちが出入りする、この場所で。
数多くの依頼が並ぶ掲示板の前に、ルアンナが立っている。
彼女の手に握られているのは、魔法杖。
その先端に、薄紅色――あの時の宝玉が、取り付けられていた。
ルアンナはあの後、受け取った宝玉を杖へと仕立てるよう手配していたのだ。
金属光沢を放つ柄と、硬質な輝きを放つ宝玉の取り合わせが眩しい逸品である。
やがて、自らの受けるべき依頼を見繕うことができたのか。
ルアンナは受付で手続きを済ますと、ギルドを発つ。
「今度の冒険、よろしくお願いしますね。私の命は、貴方でも食べきれないほどご用意してますから」
目的地へと向かう際、ルアンナは語りかけた。
その特性から『生命喰らいの杖』と名付けられた、自らの冒険の供へ――。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。