【帝国】帝国奪還連動 南部編エピローグ

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ヴィント奪還を成したバルディオンは、その中で比較的被害が少なかった建築物を暫定本部とした。崩れた部分は天幕で補強し、調度品を整える。将官室というにはあまりに殺伐としているが、用は足せる。
最奥にレイウェスト・バルダスが座り、その傍らにはバルディオンが立つ。
周囲の偵察を命じられ、戻ったエフレムが入り口に傅いていた。
エフレムを見つめるレイウェストの顔には、緊張が滲んでいる。
皇子は、こう告げた。
「そなたが、帝国を滅ぼしたかの大樹を喚んだのか?」
●
ヴィントにたどり着いたレイウェスト一行を、『賢猪将軍』バルディオンが迎えた。ヴィント奪還後、数日を経たとはいえ、猪頭には消耗が見て取れた。
ヤコブ・ヴィリアンの手によってゾンビになったバルディオンの息子との間に起こった出来事について、レイウェストはまだ確たる報告は受けていない。それでも、その姿だけで眼前の将がその裡に傷を抱え、その傷は今なお膿みつづけていることは解った。
「苦労を掛けた、バルディオン」
「いえ。殿下こそ、よくお戻りになられました」
レイウェストは多くには触れなかった。一方で、応じるバルディオンの声音には安堵が透ける。私的な感傷を廃せずにいることは、将として容れ難いものでもあったためだ。
「エフレム。私はバルディオンの報告を受ける。そなたはヴィント近郊の調査を頼む」
「心得ました」
レイウェストの命令を受けたエフレムは紫電蛇を召喚し、騎乗する。飛翔するエフレムを見送ったレイウェストは、
「バルディオン。頼みがある」
硬い声音で、告げる。ただならぬ様子にバルディオンはわずかに身を固くした。
「頼み、とは……」
バルディオンの呻きにも似た声に、レイウェストはこう言った。
「リーヴァー・シュランドル子爵に会いたい。今すぐに」
●
シルトラース帝国の国宝、「征竜の虹宝剣」。それは、シルトラース帝国の前身とも言える国家の滅亡期に遺されたという、征竜の遺骨を用いた宝剣である。
レイウェストの治療のために動けぬエフレムの要請を受け、その輸送管理を託されたリーヴァー子爵は、ヴィント奪還に合わせて、その支援のために来訪していた。
突然レイウェストが現れた際、リーヴァーは心底驚嘆したが、
「……宝剣を渡された時の、エフレム殿との会話、ですか」
「ああ。覚えている限りで構わない」
「ふむ……」
思い出す仕草をしながらも、リーヴァーは思索を巡らせていた。皇族の問いである。軽々と応じて、あとから自らの首が締まることになっては敵わない。なぜ、今なのか。それに、なぜ自分なのか。どこか危うい気配を感じながらも、一方で、会話した内容そのものに一切の不審を感じなかった。応じても良いはずだと、自らを奮い立たせる。
「あの災禍の中、よく宝剣を持ち出せたものだと感心し、そうお伝えしました。エフレム様は苦笑なさってましたが……。それ以外は、護送任務について少しお話しした程度です」
「そうか。あのエフレムが……笑った、か……」
「ええ」
沈思するレイウェストに、リーヴァーはどうしたものかと同席しているバルディオンを見やると、そちらはそちらで驚嘆が見て取れた。
なんだこれは。リーヴァーは嫌な予感を覚えながら、しばし途方に暮れることになった。
●
周囲の偵察を終えたエフレムがヴィントの仮設本部に戻った頃には、夕刻となっていた。案内の兵士に促されてエフレムが入室すると、座したレイウェストと、その左前方に控えるバルディオンが居た。
護衛の位置に立つバルディオンの元へと行こうとしたところに、
「よく戻った」
座したまま、レイウェストが告げる。
「エフレム。話がある」
「……は」
膝を折り、頭を垂れた。言葉には、皇族としての威があった。
そうして。
「そなたが、帝国を滅ぼしたかの大樹を喚んだのか?」
●
沈黙が落ちた。
エフレムは微動だにせず、ただ無言のままに膝をついている。
レイウェストは緊張のあまり張り付いて動かない舌を、かろうじて動かさんとした。
状況証拠ばかりではあった。だが、予感があった。
この一言が、決定打となるだろうと。
「答えてくれ、エフレム」
ただ、答えを求めた。
――果たして。
「……ええ」
エフレムは膝を折ったまま、冷然と告げる。
「たしかに、拙が喚んだものです」
言葉に、バルディオンは深く息を吐いた。煮え滾る胸中を、そうでもしないと抑えきれなかった。
対して、レイウェストの姿には悲哀が刻まれていた。
帝国崩壊によって失われたもの、奪われたもの。それらの大きさと同時に、痛ましさが去来する。
「……エフレム。そなたは、こわれてしまっていたのだな」
レイウェストは、英傑といって然るべき無類の人物に、大いなる欠落を見出していた。
本来であれば答えないような事柄も、願われては答えてしまうことも。
自らが壊した帝国を、奪還せんと足掻くレイウェストを支えることも。
主が危機に晒されているなかでも主の願いを聞き入れてしまうことも。
通常であれば考えられない矛盾も、この寡黙な男の精神が破綻しているとなれば理解はできた。
願われれば応えてしまう、虚ろな在りようだ。
「誰が、そなたにそれを望んだのだ」
「イダ様です」
答えに、澱みは見当たらなかった。
同時に、レイウェストは今度こそ瞑目した。
イダ・バルダス。
大陸一の美姫と知られ、自身の実父である皇帝と婚姻した女性。エフレムはもともと、彼女の近衛として見いだされた。レイウェスト自身、彼女を護衛するエフレムを見て育ってきた。二人の間に、たしかに絆は有った。
イダは、レイウェストの母親であった。
●
疑念のきっかけは、エフレムが宝剣を取り出したことだった。
ヴィント奪還の障害となっていたかの分樹の魔霧を晴らすためには、エフレムをしても宝剣の力が必要だったのだろう。
本来であれば、事前に少数をもって帝都の遺跡に宝剣を入手しにいく芝居を打つことなどもできたはずだった。エフレムにはそれを可能とする召喚獣たちがいる。そうしてはじめて宝剣を手にしたとして、それを触媒に事を成せば良かった。
しかし、そうはならなかった。
他ならぬレイウェストの願いによってエフレムは下手人を排除できず、レイウェストは凶刃に倒れた。以降、エフレムはレイウェストの延命と治療に専心せねばならなくなる。一方で、ヴィント奪還も急務であったため、ここでも、エフレムはレイウェストの願いを優先してしまった。
これにより、エフレムの疑惑は確固たるものとなった。
リーヴァー子爵の称賛を、エフレムがどのように受け取ったのかはレイウェストにはわからない。けれど、称賛が疑惑に変わった時、それを払拭することができる分水嶺は、とうの昔に超えてしまっていたのだ。エフレムの苦笑は、そんな感情の表れのように思えた。彼は、ほとんど感情を露わにしないからこそ、語らずの智者と揶揄されていたのである。
もう一つ、疑念があった。
国宝である宝剣を手にすることが可能な人物は限られる。
であるならば、誰かが宝剣をエフレムへと渡したはずだ。そうして、この事態に備えていたということになる。
では、誰が?
●
予想はできていた。だからこそレイウェストは冷静なままでいられたのだ。
しかし。
「……私を救い、私に付き従ったのは、母上の命令があったからか」
「いえ」
震えの混じった声に、エフレムはやはり動じることなく応じた。
「イダ様は、心のままにせよと」
「……そうか」
その応答は、少しだけ、堪えた。
「で、あるならば。そなたはこれからどうする」
「最早此処には居れますまい」
エフレムが顔を上げ、
「拙は、帝都に向かいます」
瞬後。動きが二つ。
エフレムが杖を立て、床へと打ち鳴らす。バルディオンは即座にサーベルを抜こうとして、
「動くな。バルディオン。……そして、エフレム。もう、殺してくれるな」
レイウェストの声が、二人と一体の動きを止めた。
「これ以上、奪わないでくれ」
「……は」
主の張り詰めた声にエフレムは小さく頷くと、エフレムはバルディオンとの間に召喚した紫雷蛇に跨った。紫鱗の大蛇はその権能により飛翔し、建物を覆う天幕を貫いて飛び立っていく。
その背を見送ったレイウェストは目を伏せ、細く、長く息を吐く。
突然の事態に慌てふためいた兵たちが駆けつけるまでの僅かな間だけ、微かな嗚咽が零れた。
ヴィント奪還を成したバルディオンは、その中で比較的被害が少なかった建築物を暫定本部とした。崩れた部分は天幕で補強し、調度品を整える。将官室というにはあまりに殺伐としているが、用は足せる。
最奥にレイウェスト・バルダスが座り、その傍らにはバルディオンが立つ。
周囲の偵察を命じられ、戻ったエフレムが入り口に傅いていた。
エフレムを見つめるレイウェストの顔には、緊張が滲んでいる。
皇子は、こう告げた。
「そなたが、帝国を滅ぼしたかの大樹を喚んだのか?」
●
ヴィントにたどり着いたレイウェスト一行を、『賢猪将軍』バルディオンが迎えた。ヴィント奪還後、数日を経たとはいえ、猪頭には消耗が見て取れた。
ヤコブ・ヴィリアンの手によってゾンビになったバルディオンの息子との間に起こった出来事について、レイウェストはまだ確たる報告は受けていない。それでも、その姿だけで眼前の将がその裡に傷を抱え、その傷は今なお膿みつづけていることは解った。
「苦労を掛けた、バルディオン」
「いえ。殿下こそ、よくお戻りになられました」
レイウェストは多くには触れなかった。一方で、応じるバルディオンの声音には安堵が透ける。私的な感傷を廃せずにいることは、将として容れ難いものでもあったためだ。
「エフレム。私はバルディオンの報告を受ける。そなたはヴィント近郊の調査を頼む」
「心得ました」
レイウェストの命令を受けたエフレムは紫電蛇を召喚し、騎乗する。飛翔するエフレムを見送ったレイウェストは、
「バルディオン。頼みがある」
硬い声音で、告げる。ただならぬ様子にバルディオンはわずかに身を固くした。
「頼み、とは……」
バルディオンの呻きにも似た声に、レイウェストはこう言った。
「リーヴァー・シュランドル子爵に会いたい。今すぐに」
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シルトラース帝国の国宝、「征竜の虹宝剣」。それは、シルトラース帝国の前身とも言える国家の滅亡期に遺されたという、征竜の遺骨を用いた宝剣である。
レイウェストの治療のために動けぬエフレムの要請を受け、その輸送管理を託されたリーヴァー子爵は、ヴィント奪還に合わせて、その支援のために来訪していた。
突然レイウェストが現れた際、リーヴァーは心底驚嘆したが、
「……宝剣を渡された時の、エフレム殿との会話、ですか」
「ああ。覚えている限りで構わない」
「ふむ……」
思い出す仕草をしながらも、リーヴァーは思索を巡らせていた。皇族の問いである。軽々と応じて、あとから自らの首が締まることになっては敵わない。なぜ、今なのか。それに、なぜ自分なのか。どこか危うい気配を感じながらも、一方で、会話した内容そのものに一切の不審を感じなかった。応じても良いはずだと、自らを奮い立たせる。
「あの災禍の中、よく宝剣を持ち出せたものだと感心し、そうお伝えしました。エフレム様は苦笑なさってましたが……。それ以外は、護送任務について少しお話しした程度です」
「そうか。あのエフレムが……笑った、か……」
「ええ」
沈思するレイウェストに、リーヴァーはどうしたものかと同席しているバルディオンを見やると、そちらはそちらで驚嘆が見て取れた。
なんだこれは。リーヴァーは嫌な予感を覚えながら、しばし途方に暮れることになった。
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周囲の偵察を終えたエフレムがヴィントの仮設本部に戻った頃には、夕刻となっていた。案内の兵士に促されてエフレムが入室すると、座したレイウェストと、その左前方に控えるバルディオンが居た。
護衛の位置に立つバルディオンの元へと行こうとしたところに、
「よく戻った」
座したまま、レイウェストが告げる。
「エフレム。話がある」
「……は」
膝を折り、頭を垂れた。言葉には、皇族としての威があった。
そうして。
「そなたが、帝国を滅ぼしたかの大樹を喚んだのか?」
●
沈黙が落ちた。
エフレムは微動だにせず、ただ無言のままに膝をついている。
レイウェストは緊張のあまり張り付いて動かない舌を、かろうじて動かさんとした。
状況証拠ばかりではあった。だが、予感があった。
この一言が、決定打となるだろうと。
「答えてくれ、エフレム」
ただ、答えを求めた。
――果たして。
「……ええ」
エフレムは膝を折ったまま、冷然と告げる。
「たしかに、拙が喚んだものです」
言葉に、バルディオンは深く息を吐いた。煮え滾る胸中を、そうでもしないと抑えきれなかった。
対して、レイウェストの姿には悲哀が刻まれていた。
帝国崩壊によって失われたもの、奪われたもの。それらの大きさと同時に、痛ましさが去来する。
「……エフレム。そなたは、こわれてしまっていたのだな」
レイウェストは、英傑といって然るべき無類の人物に、大いなる欠落を見出していた。
本来であれば答えないような事柄も、願われては答えてしまうことも。
自らが壊した帝国を、奪還せんと足掻くレイウェストを支えることも。
主が危機に晒されているなかでも主の願いを聞き入れてしまうことも。
通常であれば考えられない矛盾も、この寡黙な男の精神が破綻しているとなれば理解はできた。
願われれば応えてしまう、虚ろな在りようだ。
「誰が、そなたにそれを望んだのだ」
「イダ様です」
答えに、澱みは見当たらなかった。
同時に、レイウェストは今度こそ瞑目した。
イダ・バルダス。
大陸一の美姫と知られ、自身の実父である皇帝と婚姻した女性。エフレムはもともと、彼女の近衛として見いだされた。レイウェスト自身、彼女を護衛するエフレムを見て育ってきた。二人の間に、たしかに絆は有った。
イダは、レイウェストの母親であった。
●
疑念のきっかけは、エフレムが宝剣を取り出したことだった。
ヴィント奪還の障害となっていたかの分樹の魔霧を晴らすためには、エフレムをしても宝剣の力が必要だったのだろう。
本来であれば、事前に少数をもって帝都の遺跡に宝剣を入手しにいく芝居を打つことなどもできたはずだった。エフレムにはそれを可能とする召喚獣たちがいる。そうしてはじめて宝剣を手にしたとして、それを触媒に事を成せば良かった。
しかし、そうはならなかった。
他ならぬレイウェストの願いによってエフレムは下手人を排除できず、レイウェストは凶刃に倒れた。以降、エフレムはレイウェストの延命と治療に専心せねばならなくなる。一方で、ヴィント奪還も急務であったため、ここでも、エフレムはレイウェストの願いを優先してしまった。
これにより、エフレムの疑惑は確固たるものとなった。
リーヴァー子爵の称賛を、エフレムがどのように受け取ったのかはレイウェストにはわからない。けれど、称賛が疑惑に変わった時、それを払拭することができる分水嶺は、とうの昔に超えてしまっていたのだ。エフレムの苦笑は、そんな感情の表れのように思えた。彼は、ほとんど感情を露わにしないからこそ、語らずの智者と揶揄されていたのである。
もう一つ、疑念があった。
国宝である宝剣を手にすることが可能な人物は限られる。
であるならば、誰かが宝剣をエフレムへと渡したはずだ。そうして、この事態に備えていたということになる。
では、誰が?
●
予想はできていた。だからこそレイウェストは冷静なままでいられたのだ。
しかし。
「……私を救い、私に付き従ったのは、母上の命令があったからか」
「いえ」
震えの混じった声に、エフレムはやはり動じることなく応じた。
「イダ様は、心のままにせよと」
「……そうか」
その応答は、少しだけ、堪えた。
「で、あるならば。そなたはこれからどうする」
「最早此処には居れますまい」
エフレムが顔を上げ、
「拙は、帝都に向かいます」
瞬後。動きが二つ。
エフレムが杖を立て、床へと打ち鳴らす。バルディオンは即座にサーベルを抜こうとして、
「動くな。バルディオン。……そして、エフレム。もう、殺してくれるな」
レイウェストの声が、二人と一体の動きを止めた。
「これ以上、奪わないでくれ」
「……は」
主の張り詰めた声にエフレムは小さく頷くと、エフレムはバルディオンとの間に召喚した紫雷蛇に跨った。紫鱗の大蛇はその権能により飛翔し、建物を覆う天幕を貫いて飛び立っていく。
その背を見送ったレイウェストは目を伏せ、細く、長く息を吐く。
突然の事態に慌てふためいた兵たちが駆けつけるまでの僅かな間だけ、微かな嗚咽が零れた。