【DA】リーンエスの耳

ローザリカ・L・ディオール
『ノベルタイトル:最上の嫁入り道具』紀藤トキ
冒険者としての活動を通じて、ローザリカ・L・ディオールは海に興味を惹かれた。川や湖とは違い塩辛く、果てしなく広がる大洋。干された物しか見た事が無かった海産物の生の姿や、それを新鮮なうちに調理した料理。珊瑚や真珠のような海で獲れる装飾品。そして陸を行くよりも迅速に、大量に物を運べる大船。全てが物珍しく、宝の山に思えた。海に面した町が欲しい。港があればなお良い。自分の嫁入り道具代わりに権益や領地を持って行きたい。覇権主義国家のような思考を抱く彼女だが、実行に移すのは流石に問題があった。
「領主のいない土地など、国内に残っている筈が無いか……」
ローザリカはため息をつく。流民の村程度なら見逃される事が無くはないが、港町ともなればどんな領主も管理下に置いている。他領の令嬢に無体に利益を奪われれば、待っているのは戦争だ。
「お嬢様、何かおかしな事をお考えではございませんか……?」
「いや、仮面で顔を隠せば何とかならないだろうか? こう、素行の悪い代官当たりの弱みを握って」
「なりません、お嬢様。ここはゴールディではございません」
そんな風に暴走しがちな主人をいさめるメイドも、しょせんはこの家の人間である。ゴールディであれば良いと言っているようなものであった。ゴールディなら確かに金と暴力 で解決できる気がするが、ローザリカはギリギリで踏みとどまる。
「取ったところで、収支が見合わないか」
そう、そこが難しい所だ。ゴールディの小さな漁村の実質的な支配者にならば、手段を選ばなければなれるかもしれない。だが、四六時中彼女がそこにいる訳にもいかない。彼女の代理で治める者を置くにしても、信用できる人間には限りがある。遠国の漁村一つでは、コストに見合う収支はあるまい。珊瑚や真珠が取れるような貴重な村であれば別だろうが、そう言う村は令嬢一人でどうこうできないようなバックがついているだろう。
「リベラ商会を前面に出せれば楽なのだろうが、それでは嫁入り道具にならないしな……」
リベラ商会はあくまでディオール家の物だ。人材も店も嫁ぎ先に持っていくわけにはいかない。結婚した後までリベラ商会の名で事業を継続したとすれば、それは彼女の手柄というよりもディオール家からの貸しと見られるだろう。さりとて、リベラ商会の看板の無いローザリカはただの貴族令嬢だ。他のふわふわ令嬢と違って商売の何たるかをしっかり学んでいるという自負こそあるが、世間から見れば彼女は未成年の学生である。彼女個人の信頼も信用も実績も無いのだから、独力で事業を起こすのは不可能だ。
「何があろうと、私はお嬢様のメイドでございます」
「それは頼りにしている。だが、連れて行けるのは我儘を言っても一人か二人だろう」
馴染みの侍女、護衛を連れて行く程度ならば嫁入り道具の範疇だろうが、婚家を信用していないようにも見えてしまう。やはり、リベラ商会の一部ではなく彼女個人で動かせる事業が欲しい。そう父や兄に相談したところ、一人の男を紹介された。リベラ商会とも取引のある大手商会の三男と言う。あの兄をして『優秀だが面倒な男』といわせる程だから能力に不安は無さそうだが、ローザリカの話を聞いてから協力するかを決めたいと言う辺り、一筋縄ではいかない相手のようだった。
●
「という訳で、海に関わる事業を起こしたいんだ。リベラ商会を使っても良いが、結婚した後も僕が関われる事が条件だ」
「……お嬢様は思いっきり二兎を追いかけてますが、無理じゃないですかね、それ」
にこやかに笑う日焼けした男からは、恐れていたほどの胡散臭さは感じない。が、その朗らかさで誰かを思い出したらしいメイドは警戒気味で応対していた。
「お嬢様が結婚されるまで、ええと、二年位ですか?」
「おそらく一年。それ以上は待てないと思う」
待てないのが誰とはあえて口にしないが、婚約者も彼女自身も周囲も、学園を卒業すれば駆け足でゴールインを考えている。貴族令嬢の結婚としては別に早過ぎはしない。しかし、一から事業を起こして形にするまでの時間としては二年でもあまりにも短い。
「ただでさえ海洋はリベラ商会にとっては未知の分野でしょう。商会の資金や従業員をフルに使えばまあ、動き始める位はできるかもしれませんが……。その場合、嫁入り先にはお嬢様の経験以外には何も持っていけませんね」
それはローザリカも百も承知だ。その手詰まりの打開のために紹介されたというのなら、何か方策があるのだろうと続きを促す。
「リベラ商会から出資を受けて、私とお嬢様で商会を始めればそこは解決します」
「……なるほど、迂回取引か。僕とその商会の関係性であれば、僕個人の人脈という事になる」
「御明察です。育てた商売や人材をリベラ商会に取られる事もありません。……私を信用できればですが」
そう笑う男の目は鋭く、ローザリカは自分が試されていると気づいた。考えてみれば当然だ。ローザリカの思い付きに乗るならば、この男は一生を賭けねばならない。自分で事業を立ち上げるというのは、関わる人々の人生の責任を負う事なのだ。
「……新商会ですべてを完結させはしない。そうだな……」
ローザリカを切り捨てては回らないような仕組みを考える。やはり、実家を頼る方策しか思いつかなかったが、まだ半人前なのだと思えば恥ずかしくはない。
「海に関わる仕入れを新商会の事業とし、王国内への販売はリベラ商会を窓口にする。そうすれば、僕を裏切れない筈だ」
「……んー。まあ、合格としておきましょう。私や兄上が若い頃はもっと駄目でしたしね」
男の笑い顔は変わらないが、纏う雰囲気は和らいだ。男が評価したのは内容と言うよりは、今までの話でリベラ商会から切り離すことの必要性を説いていたというのに、必要であればその力を使う事を厭わなかった姿勢らしい。
「そこで独力の事業に拘って、実家に頼れない人ならばこの話は断ろうと思っていました。臨機応変、いい言葉じゃないですか」
聞けばこの男、学園では兄と同期の腐れ縁で、在学中は兄がストッパー役だったらしい。
「在学中に、今のお嬢様のように実際の商売に関わらせて頂いたりもしたんですよ。リベラ商会の会長直々に指導いただけるなんて、まあ贅沢な卒業試験でした」
二人で任されたのは、ディオール領で取れた小麦を王都へ売りに行くという、一見すれば簡単な話だった。扱いの難しい商材でもなく、時期外れでもなく、販路がない場所でもない。しかし、人を使うが故のトラブル、運送中のトラブル、天候によるトラブル。大小問わず、机上で考えていただけでは分からぬ様々な問題が生じ、その解決に奔走している間にあっという間に終わってしまったのだそうだ。
「商売とは、地道な物です。近道などない。私や兄上の時は、リベラ商会が毎年やっている事を自分達でやったというだけなんですが。関わる人も場所も多く、目配りするのも大変で、良かれと思いついたアイデアは実際には役に立たないことばかりでしてね。結局、面白みも無く当たり前の商いをするので精一杯でした」
だが、それはそれで良い経験だったと男はいう。海と言うディオール家にとって未知の世界であっても、商売の基本は何ら変わらない。面白みのない当たり前をこなすことができないのに、新しいチャンスをものにはできまい。
「ですから、仕入れだけに絞るというのは良い思い付きです、お嬢様。まずは国内のどこかの港町で店を構えましょう。辺境伯の領都辺りが良いですかね」
「船か、港の使用権を手に入れるのではないのか?」
男によれば、船を使った運送は参入障壁が大きいのだという。例えば、一つの港の使用権を得るだけでは足りず、商品を得る先の権利も無ければ仕入れができない。
「まずは、王国内で売れる物を探すのが先決ということか」
「ええ。港町で買って、中央でリベラ商会に売ってもらいます。陸路と王都への出店料の分、ただ乗りできるんだから儲かるのは当然ですが、その儲け分は無駄な買い物で勉強しましょう」
仕入れる物は、海産物か外国からの輸入品か。売れるなら何でも良い。中には売れない外れもあるだろうが、それが男の言う『無駄な買い物』だ。
「相手が御実家なら、多少の粗相も許してもらえますよ。何なら、私と兄上のように商談を気の合うご友人と回してみてもいい。店員などは私の方でも手配しますが、気ごころ許せる相手は必要でしょう?」
などと言うのは、きっと父か兄が気をまわしたのだろう。二人を避けるのではなく、今のうちにもっと話を聞いておきたいと、ふと思った。彼らはきっと、彼女の知らない事をたくさん知っている。本に書いてある一般論だけでなく、個別の失敗談や成功談から学ぶ事はきっと多いだろう。目の前の男が話してくれた、兄との過去のように。まだ一年もあるのだ。その知識を束ねて作り上げる事業は、最上の嫁入り道具になるだろう。
「それを、動き出す前に気がつけただけでも、お嬢様はあの頃の私や兄上よりも優秀なんじゃないですかね」
男のお嬢様呼びが今更に気になった。嫁いでからもお嬢様などと呼ばれてはかなわないが、何となく今のままだとそうなりそうな気がする。
「とりあえず、店の名前を決めて下さい、お嬢様」
余裕の表情が、調子の良い時の誰かを思い出して少し腹が立った。
――後日、『知り合った男性から子供扱いされるのをどうにかしたい』とローザリカが周囲に相談した事で一波乱あったようだが、それはまた別の話である。
「領主のいない土地など、国内に残っている筈が無いか……」
ローザリカはため息をつく。流民の村程度なら見逃される事が無くはないが、港町ともなればどんな領主も管理下に置いている。他領の令嬢に無体に利益を奪われれば、待っているのは戦争だ。
「お嬢様、何かおかしな事をお考えではございませんか……?」
「いや、仮面で顔を隠せば何とかならないだろうか? こう、素行の悪い代官当たりの弱みを握って」
「なりません、お嬢様。ここはゴールディではございません」
そんな風に暴走しがちな主人をいさめるメイドも、しょせんはこの家の人間である。ゴールディであれば良いと言っているようなものであった。ゴールディなら確かに金と暴力 で解決できる気がするが、ローザリカはギリギリで踏みとどまる。
「取ったところで、収支が見合わないか」
そう、そこが難しい所だ。ゴールディの小さな漁村の実質的な支配者にならば、手段を選ばなければなれるかもしれない。だが、四六時中彼女がそこにいる訳にもいかない。彼女の代理で治める者を置くにしても、信用できる人間には限りがある。遠国の漁村一つでは、コストに見合う収支はあるまい。珊瑚や真珠が取れるような貴重な村であれば別だろうが、そう言う村は令嬢一人でどうこうできないようなバックがついているだろう。
「リベラ商会を前面に出せれば楽なのだろうが、それでは嫁入り道具にならないしな……」
リベラ商会はあくまでディオール家の物だ。人材も店も嫁ぎ先に持っていくわけにはいかない。結婚した後までリベラ商会の名で事業を継続したとすれば、それは彼女の手柄というよりもディオール家からの貸しと見られるだろう。さりとて、リベラ商会の看板の無いローザリカはただの貴族令嬢だ。他のふわふわ令嬢と違って商売の何たるかをしっかり学んでいるという自負こそあるが、世間から見れば彼女は未成年の学生である。彼女個人の信頼も信用も実績も無いのだから、独力で事業を起こすのは不可能だ。
「何があろうと、私はお嬢様のメイドでございます」
「それは頼りにしている。だが、連れて行けるのは我儘を言っても一人か二人だろう」
馴染みの侍女、護衛を連れて行く程度ならば嫁入り道具の範疇だろうが、婚家を信用していないようにも見えてしまう。やはり、リベラ商会の一部ではなく彼女個人で動かせる事業が欲しい。そう父や兄に相談したところ、一人の男を紹介された。リベラ商会とも取引のある大手商会の三男と言う。あの兄をして『優秀だが面倒な男』といわせる程だから能力に不安は無さそうだが、ローザリカの話を聞いてから協力するかを決めたいと言う辺り、一筋縄ではいかない相手のようだった。
●
「という訳で、海に関わる事業を起こしたいんだ。リベラ商会を使っても良いが、結婚した後も僕が関われる事が条件だ」
「……お嬢様は思いっきり二兎を追いかけてますが、無理じゃないですかね、それ」
にこやかに笑う日焼けした男からは、恐れていたほどの胡散臭さは感じない。が、その朗らかさで誰かを思い出したらしいメイドは警戒気味で応対していた。
「お嬢様が結婚されるまで、ええと、二年位ですか?」
「おそらく一年。それ以上は待てないと思う」
待てないのが誰とはあえて口にしないが、婚約者も彼女自身も周囲も、学園を卒業すれば駆け足でゴールインを考えている。貴族令嬢の結婚としては別に早過ぎはしない。しかし、一から事業を起こして形にするまでの時間としては二年でもあまりにも短い。
「ただでさえ海洋はリベラ商会にとっては未知の分野でしょう。商会の資金や従業員をフルに使えばまあ、動き始める位はできるかもしれませんが……。その場合、嫁入り先にはお嬢様の経験以外には何も持っていけませんね」
それはローザリカも百も承知だ。その手詰まりの打開のために紹介されたというのなら、何か方策があるのだろうと続きを促す。
「リベラ商会から出資を受けて、私とお嬢様で商会を始めればそこは解決します」
「……なるほど、迂回取引か。僕とその商会の関係性であれば、僕個人の人脈という事になる」
「御明察です。育てた商売や人材をリベラ商会に取られる事もありません。……私を信用できればですが」
そう笑う男の目は鋭く、ローザリカは自分が試されていると気づいた。考えてみれば当然だ。ローザリカの思い付きに乗るならば、この男は一生を賭けねばならない。自分で事業を立ち上げるというのは、関わる人々の人生の責任を負う事なのだ。
「……新商会ですべてを完結させはしない。そうだな……」
ローザリカを切り捨てては回らないような仕組みを考える。やはり、実家を頼る方策しか思いつかなかったが、まだ半人前なのだと思えば恥ずかしくはない。
「海に関わる仕入れを新商会の事業とし、王国内への販売はリベラ商会を窓口にする。そうすれば、僕を裏切れない筈だ」
「……んー。まあ、合格としておきましょう。私や兄上が若い頃はもっと駄目でしたしね」
男の笑い顔は変わらないが、纏う雰囲気は和らいだ。男が評価したのは内容と言うよりは、今までの話でリベラ商会から切り離すことの必要性を説いていたというのに、必要であればその力を使う事を厭わなかった姿勢らしい。
「そこで独力の事業に拘って、実家に頼れない人ならばこの話は断ろうと思っていました。臨機応変、いい言葉じゃないですか」
聞けばこの男、学園では兄と同期の腐れ縁で、在学中は兄がストッパー役だったらしい。
「在学中に、今のお嬢様のように実際の商売に関わらせて頂いたりもしたんですよ。リベラ商会の会長直々に指導いただけるなんて、まあ贅沢な卒業試験でした」
二人で任されたのは、ディオール領で取れた小麦を王都へ売りに行くという、一見すれば簡単な話だった。扱いの難しい商材でもなく、時期外れでもなく、販路がない場所でもない。しかし、人を使うが故のトラブル、運送中のトラブル、天候によるトラブル。大小問わず、机上で考えていただけでは分からぬ様々な問題が生じ、その解決に奔走している間にあっという間に終わってしまったのだそうだ。
「商売とは、地道な物です。近道などない。私や兄上の時は、リベラ商会が毎年やっている事を自分達でやったというだけなんですが。関わる人も場所も多く、目配りするのも大変で、良かれと思いついたアイデアは実際には役に立たないことばかりでしてね。結局、面白みも無く当たり前の商いをするので精一杯でした」
だが、それはそれで良い経験だったと男はいう。海と言うディオール家にとって未知の世界であっても、商売の基本は何ら変わらない。面白みのない当たり前をこなすことができないのに、新しいチャンスをものにはできまい。
「ですから、仕入れだけに絞るというのは良い思い付きです、お嬢様。まずは国内のどこかの港町で店を構えましょう。辺境伯の領都辺りが良いですかね」
「船か、港の使用権を手に入れるのではないのか?」
男によれば、船を使った運送は参入障壁が大きいのだという。例えば、一つの港の使用権を得るだけでは足りず、商品を得る先の権利も無ければ仕入れができない。
「まずは、王国内で売れる物を探すのが先決ということか」
「ええ。港町で買って、中央でリベラ商会に売ってもらいます。陸路と王都への出店料の分、ただ乗りできるんだから儲かるのは当然ですが、その儲け分は無駄な買い物で勉強しましょう」
仕入れる物は、海産物か外国からの輸入品か。売れるなら何でも良い。中には売れない外れもあるだろうが、それが男の言う『無駄な買い物』だ。
「相手が御実家なら、多少の粗相も許してもらえますよ。何なら、私と兄上のように商談を気の合うご友人と回してみてもいい。店員などは私の方でも手配しますが、気ごころ許せる相手は必要でしょう?」
などと言うのは、きっと父か兄が気をまわしたのだろう。二人を避けるのではなく、今のうちにもっと話を聞いておきたいと、ふと思った。彼らはきっと、彼女の知らない事をたくさん知っている。本に書いてある一般論だけでなく、個別の失敗談や成功談から学ぶ事はきっと多いだろう。目の前の男が話してくれた、兄との過去のように。まだ一年もあるのだ。その知識を束ねて作り上げる事業は、最上の嫁入り道具になるだろう。
「それを、動き出す前に気がつけただけでも、お嬢様はあの頃の私や兄上よりも優秀なんじゃないですかね」
男のお嬢様呼びが今更に気になった。嫁いでからもお嬢様などと呼ばれてはかなわないが、何となく今のままだとそうなりそうな気がする。
「とりあえず、店の名前を決めて下さい、お嬢様」
余裕の表情が、調子の良い時の誰かを思い出して少し腹が立った。
――後日、『知り合った男性から子供扱いされるのをどうにかしたい』とローザリカが周囲に相談した事で一波乱あったようだが、それはまた別の話である。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。