【聖祭】聖霊節2020
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リブラネスタの本通りにある大工房は今日も今日とて騒がしい。職人同士の掛け合いや罵声に、何よりひときわ大きく鍛冶の大合唱。
その音量か、はたまた男臭さを厭うてか、「相変わらず騒がしいわね」というハーフリングのショップ店員、ポピーの表情は、苦い。
「呵呵ッ! ったりめェだろ! 職人の戦場だぜ、ここァよ!」
対するドワーフのヴィンダールヴル――この大工房の主であり、『神匠』と謳われる練達の職人――はそういって笑い飛ばす。
「ンで、そいつは……なにか用があるんだろ? 見た感じ、変わった得物を持ってるじゃァねェか。要件は――」
「ああ、鍛冶仕事じゃなくてね」
二人の視線の先には、エルフの少女がいた。興味深げに大工房のあちらこちらを見ては、感嘆の声を上げている。ヴィンダールヴルは、少女の種族を気にしないタチらしい。ただ、少女がどうかは分からない、と声を潜めて言う。
「出たてか?」
『森』を出たばかりのエルフか、という意味である。そういうエルフは往々にして、世間知らずであるがプライドは高く、それ故に他種族との衝突も多くなりやすい。要らぬ衝突を避けるために聞いた形であった。
尤も、世間ずれしていない様子から答えは明らかであったが。
「そんな感じ。アンタ、どうせ暇でしょ。あの子に色々教えてあげてくれない?」
「教えるって……ンだぁ? 職人になりてェのか?」
「いやー、そうじゃなくてね」
視線が交錯する。
ヴィンダールヴルをまっすぐに射抜くポピーの目は、神匠と言われるほどの彼をしても、空恐ろしくなるほどに冷え込んでいた。
「聖霊節についてよ。アンタ、詳しかったわよね?」
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この時節、独身女に逆らってはいけない。
ヴィンダールヴルが弟子たちに常々口を酸っぱくして言っていることである。流れを読め。無理なら酒のせいにしてトンズラこけ。女一つうまく扱えねェで鍛冶ができるか? できるわけがねェ。そうだろ? がはは。
ともあれ、この日は酒が無かった。
「で、聖霊節について、だったか?」
「ええ! わたし、こういうお祭りのこと全然知らなくって! ポピーに聞いたら、忙しいから……って、あなたの所まで案内してくれたの」
「ははァ」
誰だって痛い腹は探られたくないものである。ヴィンダールヴルは髭を弄りながら唸った。そういうことなら、ポピーをさっさと帰して正解だったとも思う。ヒルルク――一部の人々には『征竜の巫女』として知られている――と名乗ったエルフは、ヴィンダールヴルがドワーフであることを気にしていない出たてだ。彼女自身にも何らかの事情もありそうだが、踏み込む理由も特に無かったし、初見の人間の事情に踏み込みすぎても良いことはない。
「ヨシ。ンじゃまァ、ちょいと座れや。弟子たちに茶を用意させるからよ」
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さて。聖霊節についてである。
ロスガリア大陸に住まうものたちにとって、12月は大きな意味を持ち、聖霊節とよばれるこの時期には、様々な祭りや催しが執り行われる。
由来は、ハーフリングの英雄、『ジド・ルウ』が、その身をエーテルと成して世界に穿たれた大穴を塞いだことによる。
その挺身は、微々たる効果しかもたらさなかったが、ジド・ルウに小さな神々が続いたことが、マテリアル界への大型クリーパーの侵入を激減させ、今日の平和の礎となった。
ジド・ルウと、名を失った神々がそれを成させしめたのが、12月――というわけではない。
当時は現代の『新暦』、つまり暦が無かった。神代における『冬の時代』という比喩表現を、12月と解釈したという説が根強い。収穫祭を終え、冬に閉ざされた時節に祝い事がある、というのもヒトの営為としてちょうど良かったのだろう。
ともあれ、ロスガリア大陸ではこれらの冬の催しを、『ユール』、あるいは『ユールフェス』と呼ぶ。
『ユール』という言葉そのものの意味を冬の祭り、あるいは冬至とする説もあるが、これは違う。ジド・ルウの渾名こそがその由来である。ジド・ルウが、自らの名を「呼びにくいから」という理由で渾名として周囲に伝えたのが、『ジュール』あるいは『ユール』であった。
なにせ、神代の末期においては、エーテルは多いに乱れて久しく、季節らしいものは無かった程に荒廃していた。誰も春を知らず、夏も知らず、秋も冬も無い。それらの言葉は、いずれも『人の世』が訪れてからのものである。
由来はさておき、ジド・ルウの英雄的行為を称え、名を失った神々に祈りを捧げることから始まった聖霊節は、様々な土地の風習や営為と重なった結果、亡き祖先や、近しい人々への思いを捧げるようになったのだ。特別信仰心の無いものであっても、神殿や家庭でモミの木や柊を飾り立てて祈りを捧げたり、街をあげて催しを行い、厳しい冬の中でもとっておきのごちそうを食すこの時期は、収穫祭に続く特別な時期となるのだ。
「……というわけよ」
「はー……」
「ジド・ルウは俺みてェなイイ髭を蓄えていたらしくてな。付け髭だったって説もあるが……当時のハーフリングは老けていたやつもいたらしいから、自前かもしれねェ。そういうのもあって、この時期は髭を伸ばしたり付けたりしたオッサン連中が、ジド・ルウの衣服として知られる赤白の服を着て『メリー・ユールフェス!』ってあっちこっち行脚したりするのさ。そんな感じで、なんやかんやと祭りをしたり馬鹿騒ぎをしたりする……って感じだな。あと、ジド・ルウは生涯独身だった、って話もあっ、て……あァっと……」
「……どうしたの?」
舌の滑りが良くなりすぎたヴィンダールヴルが、不意に呻いて言葉を切った。怪訝そうなヒルルクに、ヴィンダールヴルはそっぽを向いたまま、思考を巡らせる。
極力、聖霊節は『想い人と過ごす特別な時期』という、ポピーにとって触れられたくないであろう部分を割愛して話していたのだが、蘊蓄を傾けることに興が向いて、思わぬ所まで話してしまった。
「いや……こう、結婚してなかったり、独り身の連中は、この祭りの時期にいっちょ恋人を作ろう! ってしたりするわけよ。暇だしな。んで、まァ、それでも上手くいかねえ連中の中には、『ジド・ルウは、独身だったってェのに何を浮かれてんだ!』ってキレ散らかしたりするのさ」
「……なんでそんなことするの?」
心底不思議そうに小首を傾げていうヒルルクの純粋な瞳に、ヴィンダールヴルは遠く、白雲を見やる。ヒルルクは、ポピーのあの目を見ていないのだ。それは、なんて幸せなことだろう。
「なんでだろうなァ」
そんなことを、思った。
執筆:ムジカ・トラス
リブラネスタの本通りにある大工房は今日も今日とて騒がしい。職人同士の掛け合いや罵声に、何よりひときわ大きく鍛冶の大合唱。
その音量か、はたまた男臭さを厭うてか、「相変わらず騒がしいわね」というハーフリングのショップ店員、ポピーの表情は、苦い。
「呵呵ッ! ったりめェだろ! 職人の戦場だぜ、ここァよ!」
対するドワーフのヴィンダールヴル――この大工房の主であり、『神匠』と謳われる練達の職人――はそういって笑い飛ばす。
「ンで、そいつは……なにか用があるんだろ? 見た感じ、変わった得物を持ってるじゃァねェか。要件は――」
「ああ、鍛冶仕事じゃなくてね」
二人の視線の先には、エルフの少女がいた。興味深げに大工房のあちらこちらを見ては、感嘆の声を上げている。ヴィンダールヴルは、少女の種族を気にしないタチらしい。ただ、少女がどうかは分からない、と声を潜めて言う。
「出たてか?」
『森』を出たばかりのエルフか、という意味である。そういうエルフは往々にして、世間知らずであるがプライドは高く、それ故に他種族との衝突も多くなりやすい。要らぬ衝突を避けるために聞いた形であった。
尤も、世間ずれしていない様子から答えは明らかであったが。
「そんな感じ。アンタ、どうせ暇でしょ。あの子に色々教えてあげてくれない?」
「教えるって……ンだぁ? 職人になりてェのか?」
「いやー、そうじゃなくてね」
視線が交錯する。
ヴィンダールヴルをまっすぐに射抜くポピーの目は、神匠と言われるほどの彼をしても、空恐ろしくなるほどに冷え込んでいた。
「聖霊節についてよ。アンタ、詳しかったわよね?」
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この時節、独身女に逆らってはいけない。
ヴィンダールヴルが弟子たちに常々口を酸っぱくして言っていることである。流れを読め。無理なら酒のせいにしてトンズラこけ。女一つうまく扱えねェで鍛冶ができるか? できるわけがねェ。そうだろ? がはは。
ともあれ、この日は酒が無かった。
「で、聖霊節について、だったか?」
「ええ! わたし、こういうお祭りのこと全然知らなくって! ポピーに聞いたら、忙しいから……って、あなたの所まで案内してくれたの」
「ははァ」
誰だって痛い腹は探られたくないものである。ヴィンダールヴルは髭を弄りながら唸った。そういうことなら、ポピーをさっさと帰して正解だったとも思う。ヒルルク――一部の人々には『征竜の巫女』として知られている――と名乗ったエルフは、ヴィンダールヴルがドワーフであることを気にしていない出たてだ。彼女自身にも何らかの事情もありそうだが、踏み込む理由も特に無かったし、初見の人間の事情に踏み込みすぎても良いことはない。
「ヨシ。ンじゃまァ、ちょいと座れや。弟子たちに茶を用意させるからよ」
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さて。聖霊節についてである。
ロスガリア大陸に住まうものたちにとって、12月は大きな意味を持ち、聖霊節とよばれるこの時期には、様々な祭りや催しが執り行われる。
由来は、ハーフリングの英雄、『ジド・ルウ』が、その身をエーテルと成して世界に穿たれた大穴を塞いだことによる。
その挺身は、微々たる効果しかもたらさなかったが、ジド・ルウに小さな神々が続いたことが、マテリアル界への大型クリーパーの侵入を激減させ、今日の平和の礎となった。
ジド・ルウと、名を失った神々がそれを成させしめたのが、12月――というわけではない。
当時は現代の『新暦』、つまり暦が無かった。神代における『冬の時代』という比喩表現を、12月と解釈したという説が根強い。収穫祭を終え、冬に閉ざされた時節に祝い事がある、というのもヒトの営為としてちょうど良かったのだろう。
ともあれ、ロスガリア大陸ではこれらの冬の催しを、『ユール』、あるいは『ユールフェス』と呼ぶ。
『ユール』という言葉そのものの意味を冬の祭り、あるいは冬至とする説もあるが、これは違う。ジド・ルウの渾名こそがその由来である。ジド・ルウが、自らの名を「呼びにくいから」という理由で渾名として周囲に伝えたのが、『ジュール』あるいは『ユール』であった。
なにせ、神代の末期においては、エーテルは多いに乱れて久しく、季節らしいものは無かった程に荒廃していた。誰も春を知らず、夏も知らず、秋も冬も無い。それらの言葉は、いずれも『人の世』が訪れてからのものである。
由来はさておき、ジド・ルウの英雄的行為を称え、名を失った神々に祈りを捧げることから始まった聖霊節は、様々な土地の風習や営為と重なった結果、亡き祖先や、近しい人々への思いを捧げるようになったのだ。特別信仰心の無いものであっても、神殿や家庭でモミの木や柊を飾り立てて祈りを捧げたり、街をあげて催しを行い、厳しい冬の中でもとっておきのごちそうを食すこの時期は、収穫祭に続く特別な時期となるのだ。
「……というわけよ」
「はー……」
「ジド・ルウは俺みてェなイイ髭を蓄えていたらしくてな。付け髭だったって説もあるが……当時のハーフリングは老けていたやつもいたらしいから、自前かもしれねェ。そういうのもあって、この時期は髭を伸ばしたり付けたりしたオッサン連中が、ジド・ルウの衣服として知られる赤白の服を着て『メリー・ユールフェス!』ってあっちこっち行脚したりするのさ。そんな感じで、なんやかんやと祭りをしたり馬鹿騒ぎをしたりする……って感じだな。あと、ジド・ルウは生涯独身だった、って話もあっ、て……あァっと……」
「……どうしたの?」
舌の滑りが良くなりすぎたヴィンダールヴルが、不意に呻いて言葉を切った。怪訝そうなヒルルクに、ヴィンダールヴルはそっぽを向いたまま、思考を巡らせる。
極力、聖霊節は『想い人と過ごす特別な時期』という、ポピーにとって触れられたくないであろう部分を割愛して話していたのだが、蘊蓄を傾けることに興が向いて、思わぬ所まで話してしまった。
「いや……こう、結婚してなかったり、独り身の連中は、この祭りの時期にいっちょ恋人を作ろう! ってしたりするわけよ。暇だしな。んで、まァ、それでも上手くいかねえ連中の中には、『ジド・ルウは、独身だったってェのに何を浮かれてんだ!』ってキレ散らかしたりするのさ」
「……なんでそんなことするの?」
心底不思議そうに小首を傾げていうヒルルクの純粋な瞳に、ヴィンダールヴルは遠く、白雲を見やる。ヒルルクは、ポピーのあの目を見ていないのだ。それは、なんて幸せなことだろう。
「なんでだろうなァ」
そんなことを、思った。
執筆:ムジカ・トラス
【聖祭】聖霊節 連動シナリオは冒険者ギルドにて