【DA】リーンエスの耳

トーラ/ リカルダ=C=アーレンス

『ノベルタイトル:二人の決断』真柄 葉
 寒風吹き荒ぶ荒野に鳴り響く干戈の音。
 激しい息遣いと共に大地を蹴るは『戈(ほこ)』の一撃。
 対するは不動。大地に根を下ろす大樹のごとき『干(たて)』の壁。

「どうした、息が上がってきたぞ」
「ま、まだまだっ!」

 激しき『戈(トーラ)』が風を切り裂き、堅牢なる『干(リカルダ)』に何度も迫る。
 しかし、『干』は厚く堅い。巨大な生物の骨を削りだした荒々しい大剣をいともたやすく振り回し、神速の連撃を何度となく弾き返す『干』を前にしても、『戈』は諦めることなくその刃を打ち付け続けた――――。

●
「少し休憩をしよう」

『干』リカルダ=C=アーレンスが宝剣を大地へと突き刺すと、『戈』トーラから登り立っていた闘気が見る間に萎み、地面へと崩れ落ちた。
 トーラは手に握った『戈(二本の筒)』を離し、荒い呼吸を繰り返す。

「どう、でしたか。少しは、強くなれていますか……?」

 トーラは越しに吊るしてあった水袋を一気に煽り呼吸を整えると、リカルダに質問した。

「そうだな、強くはなっている。ただ……」
「た、ただ……?」
「うむ。スキルを多用しすぎていると感じたな。もちろん、授恵者としてスキルを活用するのは間違っていない。強敵と対峙した時などスキルの有無が勝敗を分けることも多いからな。だが、もしスキルが使えない場面に遭遇したらどうする?」
「それは……スキルを使わず対応できるように考えます」
「そうだな。しかし、戦闘ではほんの数秒の判断の遅れが生死を分ける。その“考える”一瞬が致命的な隙となる可能性もあるとは思わないか?」
「致命的な隙に……それではスキルを使わない鍛錬を積めということですか」
「そうはいっていない」
「むむ」
「はは、すまない。要はバランスだということだ」

 へそを曲げるように唇を尖らせるトーラに、リカルダは苦笑する。

「これはあくまで客観的な意見だが、貴公の場合、刃に込める気迫が増した分、身体が付いていけていない……とでもいうのか、スキルに依存しすぎてせっかく整っていた心技体のバランスが崩れかけているように感じたな」
「そ、そうなんですか?」

 自分ではまったく気づいていなかった欠点を指摘され、トーラは驚いたように胸に手を当てる。
 その仕草自体が、無意識のうちに『心』の部分が乱れていると示していた。

「強くなろうと必死なのはわかる。だが、焦りすぎているのではないか?」
「焦って……いるのでしょうか」
「……なるほど、思いのほか重症のようだな。
 トーラ、もし心の奥にモヤモヤとしているものが溜まっているのなら、ここで吐き出すといい。聞き上手とは言い難いが、私でよければ聞くぞ」

 リカルダは一瞬空を見上げた後、膝を抱えて座っていたトーラの横に腰かける。

「……わたしは強くなりたいんです……ううん、強くならなきゃいけないんです」
「何のために?」
「何のため……それは」

 トーラは隣に頼もしい気配を感じつつ、胸に手を当てたまま自分の心に問いかけた。
 自分は一体何の為に強くなろうとしているのだ……一体何に心を乱され、何に焦っているのだ、と――――。

(そんなの、聞かなくても分かる)

 心の乱れや焦りの要因は帝国の皇子への恋慕の情。そして、ずっと隣にあった友人との決別だ。
 皇子は大業を成す為に帝国の、いや大陸中の旗手となるべく奮闘している。
 そんな彼の力になりたい。だからこそ強くならなければいけない。
 たとえ僅かな力であっても、彼の役にたてるのなら、努力を惜しむことはない。
 そして、征竜さまの為に生き征竜さまの為に死ぬと平然と言ってのけた彼女。
 せっかく“征竜さまのいない世界”を知って、沢山の繋がりを持ったのに、全てを切り捨てて信仰に殉ずる姿を見ておけないと思った。
 だからこそ決別を宣言した。
 隣で支えてきても結局変わらないのなら、真正面に立ってその考えを改めさせる。
 きっといっても聞かないだろうから、力でねじ伏せる。その為にも力がいるのだ。“征竜さまの加護”なんて軽くブチ破れるくらいの力が。

「わたしには護りたい人が二人います。その二人はとっても大事な役目を持っていて、今この瞬間も、世界を左右しかねない選択を迫られているはずです。そんな大変な使命を持った二人の力になりたいんです。だから……」
「だから、あんな真似をしたのか?」

 そう言って口元に苦笑いを浮かべたリカルダ。
 エスタルの復興で多忙を極めるリカルダが、友人とはいえ一冒険者であるトーラの訓練に付き合っているのには理由があった。
 それは今朝早くにもたらされた報から始まる。
 エスタル郊外に手練れの賊が現れたと報告を受けたリカルダは、精鋭を引き連れこれの討伐に向かった。
 しかし、いくら探せど賊の姿はなく、代わりに見つけたのはトーラの姿だった。
 トーラはリカルダに会うや、大きく頭を下げ賊の報は虚報であると告白するとともに、自身に訓練を付けてくれと頼み込んだ。
 側近たちはトーラの身勝手な行動を断罪し、何らかのペナルティを課すべきだと主張するが、リカルダは彼らの主張を黙殺した。
 そして、ずっと頭を下げ続けるトーラへ歩み寄り、こう言った。

『この辺りで賊が出るらしい。よければ討伐に協力してくれるか』

 言われたトーラ自身も何のことかわからずきょとんとしていたが、リカルダは部下たちに賊の捜索を改めて命じ散開させた。当然部下たちは抗議したが、リカルダの『頼む』の一言に何かを察したのか、その命に従うことになった。
 こうしてリカルダと二人になったトーラは、彼女の望み通り訓練を受けているという訳なのだ。

「あっ……そ、それはその……すみませんでした」
「構わないさ。貴公の考えるように、ああでもしなければ私は釣りだせなかっただろう」
「うっ……」

 女傑らしく豪快に笑うリカルダとは対照的に、トーラは申し訳なさそうに俯いた。

「何気にするな。貴公の策が見事にはまったというだけだ。まんまと嵌められた私が勝者のいうことを聞くのは当然だろう。それで、続きは話してもらえるのか?」

 そう問いかけるリカルダ。
 彼女は気付いているのだ。トーラの中にある苦悩がそれだけではないことに。
 それを勘付いたトーラはしばらく逡巡したのち、ようやく話始めた。

「……あの時、征竜さまは言いました。人は増えすぎたと。確かに原初の世界からすれば人は爆発的に増えたのでしょう。でもそれは進化の……世界が成長していく上で必要な事だったのではないでしょうか。
 ……なのに、征竜さまは原初の世界へ戻すため人を減らそうとしています。世界の変化を否定しようとしています……わたしにはそれがどうしても」

 言葉を詰まらせたトーラの肩に、リカルダがそっと手を添える。

「征竜さまはきっと躊躇なく人を殺していきます……征竜さまを慕う人達もきっとその意思に従って同じ道を歩んで、その手を血に染めるはずです……自分の意思とか関係なしに、ただ信仰の対象がそうしろって言ったから……それって、本当にあの人たちが……いえ、あの子が望んでいる事なんでしょうか……」
「あの子……なるほど、二人の内の一人は巫女殿か」

 そう言われトーラはこくりと頷いてから話を続けた。

「里の人たちの事はわかりませんが、あの子はこちらの世界に下ってきて沢山の人たちと出会っています。人と触れ合うことが楽しいってとても素敵な笑顔で言っていました。人を助けることはいい事だよって、得意げな顔で教えてくれました……」

 絞り出すように呟くトーラの声は、少しだけ湿り気を帯びている。

「あの子はいい子なんです……優しくて、面倒見がよくて、好奇心旺盛で。でも世間知らずで、ちょっとお馬鹿で……本当に、普通の女の子なんです。なのに……なのに……」

 膝を抱えるトーラの手が震えていた。
 リカルダは肩に置いていた手を、トーラの背中に回すとゆっくりと撫でてやる。

「貴公の巫女殿への想いはよくわかった。きっと巫女殿も貴公の事を同じように大切な友人だと思っているはずだ」
「……本当にそうでしょうか」
「自信がないか?」
「……正直わかりません。
 わたしは今までヒルルクの心を尊重してきたつもりです。こちらの世界の勝手がわからず、色々とやらかしてくれたりもしましたけど……。でも、あの子はたった一人でこっちの世界にやってきて、色々な人に出会って、心を通わせて……わたしもその一人になれたと思っていたんです。なのに……最後まであの子の心を動かすことはできませんでした」
「そんな事はないと思うが、何かそう感じることがあったのか」

 そうリカルダが問いかけると、小さな自分の体をぎゅっと抱き寄せながらトーラは答えた。

「……征竜さまへの信仰が今のあの子を作っています。ちょっと妄信的すぎるとは思いますけど、わたしも初めはそれでいいと思っていました。それがあの子の役目であり、こちらの世界に出てきた理由でもあったから。それに……」
「それに?」
「信仰を否定すれば、あの子自身を否定することになると思ったから……」

 そう言うと俯いていたトーラが顔を上げ、リカルダの瞳を射抜く程に力強い視線を向ける。
 そこでリカルダは気付いた。トーラの瞳の下には、うっすらとクマが刻まれていることを。

「ですが、今回ばかりは否定しなければなりません。
 たとえあの子に恨まれ、あの子の為にならなかったとしても、わたしの大切な人たちのために……わたしはあの子を止めます」
「……そうか、決断したんだな」

 絞り出すように吐き出した心の内に、リカルダは深く頷いた。

「世界は今混沌へ向かおうとしている。今日の敵は明日の友。はたまた、昨日の味方は今日の敵――――目まぐるしく状況が変わるこのロスガリア大陸で、誰が誰の味方で、誰が敵なのか、はっきりと言葉にできる者は少ないだろう。現に私もヨゼフ皇帝とレイウェスト殿下の間で揺れている。どちらの味方なのだと問われても、答える口を持っていない」
「リカルダ将軍も迷っているんですか……?」
「それは迷っているさ。私だってヒトだ。帝国将軍などと大層な肩書を与えられているというのに、仕える主すら明確にできていない。世が世ならば、帝国に対する背信に当たる行為だろうな」
「そ、そんな……!」
「それでも、私は選べなかった。一軍を預かる将がこのような優柔不断な態度でどうすると副官に叱責されたが返す言葉もなかったよ。まったく、情けない将軍だ」
「そんなことないです! 将軍は立派にエスタルを統治されてるじゃないですか!」
「そうだな、そう言ってくれる者たちも確かにいる。それが正解なのかは私にもわからない。だが、私は自分とそれに連なる者たちの為に生きると誓ったんだ」
「……それがリカルダ将軍の決断なんですね」

 小さく呟いたトーラが再び顔を伏せたのを、リカルダはそっと見守る。

「……リカルダ将軍、わたしはあの子に何と声をかけてあげればよかったんでしょう。なんて話しかけてあげていれば、こんなことにならなかったんでしょう……」

 先ほどはっきりと決断の言葉を口にしたトーラの声は、自信なさげに沈んでいた。
 リカルダは再びトーラの背中に手を当てると、ゆっくりと撫でてやる。

「確かに起こってしまったことは取り消せない。そして、これから起こることは誰にもわからない」
「それはどういう……」
「先ほどの“大切な人達”の中に、彼女も含まれているのだろう?」
「……はい。もちろんです」
「ならば過去を悔いるのではなく、未来を見るべきだ。巫女殿や殿下――――もう一人はそうだと思ったがあっているか?」

 図星を当てられ頬を赤らめるトーラに微笑みながら、リカルダは続ける。

「貴公は二人との未来を想像し、その理想に向かって歩みを進めればいい。まだ何も終わってはいないのだから。
 それに貴公は決断したのだろう? 決断には重い責任がついてくる。それを承知で決断したのなら進むべき道は見えているはずだ」
「……見えて、います」
「ならば、私からはもう何も言うまい」

 そう言って微笑んだリカルダは、ガシャリと鎧の音を響かせて立ち上がった。

「さて、部下たちが戻ってくる前にもう一戦行くか?」
「はいっ!」

 トーラは差し出されたリカルダの手を取り立ちあがると、「次は負けません!」と勢い勇んで得物を両手に構えた。

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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
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