【DA】リーンエスの耳
エルゼリオ・レイノーラ/
マリア
トマス・ダンテ
『ノベルタイトル:学友と語り、未来を思う』紀藤トキ
●
王国騎士見習いとなったエルゼリオ・レイノーラの日々は、訓練と学習、たまに先輩騎士との同行などで忙しい物だった。冒険者としての活動からは縁遠くなり、学園へ出入りする事も難しくなっている。フリーダムすぎた元第二王子のように国の要職にありながら偽名で冒険者として活動していた例もあるが、そんなイレギュラーの極みを見習っても良い事はあるまい。
久しぶりの休日。エルゼリオは聴講生としてでは無く、訪問者としてパンクリアース学園を訪れていた。門衛に来意を問われた際には、『旧知の者が学生となっており、入学に際して支援した面々の1人として面会に来た。そのついでに友人にも会って行こうと考えている』と返答した。家が爵位持ちとなり自身も立場を得ると、こういう時に少し面倒になったと感じる。
「遅くなっちゃったけど、入学おめでとう。マリアさん」
「ありがとう。エルゼリオ」
マリアと顔を合わせて学園内へ入り、聴講生時代にも世話になった学内食堂へ。マリアは相変わらず主体性がないようで、敷地内に入ってからはエルゼリオが先を歩いていた。
「元気そうで良かった。試験に備えて、勉強が大変だったんじゃない?」
「私は元気。新しいことを覚えるのは好きだし、楽しかった」
自分が受験したことこそ無いが、エルゼリオは学園編入試験の難易度は知っている。試験に挑む友人達と勉強会をした経験を活かして、マリアに試験対策で覚えるべき内容をアドバイスもした。彼女のことを気に掛けていた他の冒険者が渡していた参考書の類いも役に立っただろう。授恵者ならではのスキルがなくば短時間で全てを身に付けるのは難しいとも思えたのだが、マリアは持ち前の記憶力で何とかしてしまったようだ。
「……そういえば、剣の技も見ただけで覚えたって言ってたっけ。あれは授恵者だからかと思ってたけど、もともと覚える事が得意だったのかな」
「ん。エフィミアにも褒められた」
「ああ。受付をやった時に、上層のダンジョンの場所や特徴は全部覚えてたって、驚いてたっけ」
「全部じゃ無い、かな。ブランと一緒に潜ってたときに、見たことある奴だけ。だから、他のはその後に資料室で覚えた」
「覚えた、の一言でできるのは凄いと思うな」
長命なエフィミアが評価していただけあり、エルゼリオから見てもマリアの記憶力は特異だ。ホムンクルスが皆そうでは無いことは知っているので、彼女自身の特性なのだろう。騎士の心得や振る舞いや権利と義務など、覚えねばならないことが現在進行形で多いエリゼリオからすれば、少しならず羨ましくも思える。
「ご馳走様。ここの食事は変わらずボリュームが多いね。日替わり定食、食べきるの大変じゃ無かった?」
「平気。初めて来たとき、お勧めされた。美味しいね」
「そう。ならいいけど」
ブランとの対決で生き残った時に、マリアはこれからの人生では楽しいものを見たいと願っていたようだ。新しい知識や美味しい食事も、きっと彼女にとっては楽しいものに含まれるのだろう。授恵者としての力を失った彼女が安全に未知に出会える場所として、パンクリアース学園ほど相応しい場所は他にあるまい。相変わらず表情は変わらないが楽しそうな様子を見れば、マリアの歩む道先として学園を薦めたのは間違っていなかったとうなずけた。
●
食堂から出て、エルゼリオはマリアを伴い、次の目的地へ足を進める。友人のトマス・ダンテと約束していた時間まではもう少し。早めに研究室に向かっても居るような気はするのだけれど、ちょうど授業の時間だったりすれば不在と言う可能性もある。急ぐ必要も無いので、少し回り道をして学内の様子を懐かしむ位は構うまい。残念ながら、マリアの社交力では会話が始まることも無く、エルゼリオが糸口を作らねば沈黙の道行きである。
「マリアさんは普段はどうしてるの?」
「図書館にいる。あそこは楽しいね」
「本を読んでいるんだね。ええと、何の本を?」
「端から、順番に。今は王国の建国の頃の本かな」
「端から……。そう、なんだ」
何かを調べるために図書館を利用するならば、目当ての本を探してそれを読むことになる。特に目的も無いのに入り浸っているマリア的には、読む本にはまったく拘りがないからそういう読み方になったらしい。まあ、それは個人の自由なのだが、エルゼリオが内心で気にしていた通り、彼女は友達作りという意味では全然駄目なポンコツのようである。というか、マリアの中には必要が無い場合は誰かに話しかけると言う選択肢そのものがないのでは無いだろうか。任務中の騎士にとっては無駄話をしない姿勢が望ましい、とエルゼリオは教育されている最中の訳であるが、社交や人脈作りを主目的として通学している人々もいるパンクリアース学園の学生としては、いささか寂しく思える。
「友達を作ったりは、していないの?」
「友達は作るもの? 私は作ったことが無いかな」
「……あー……、そうか。そうなるよねー」
そもそもホムンクルスの情緒というのは個体差が激しい。生前の影響か外見相応の言動をする者もいる一方で、どこか欠けたような性格をしている者もいる。ブランによるスパルタ戦闘マシーン育成計画のせいか、マリアにとって初めて出来た友人とは、エルゼリオをはじめとした依頼で知り合った冒険者達の、更にその中の一部であった。依頼を受けてマリアに接していた中で、彼女のことを気に入ったり放っておけなく感じた者が自分から友として接した形だ。つまり、マリアは自分から友達を作った事が無い。誰かに友達になって欲しいと考えた事もないのだろう。とはいえ、友達の作り方など言葉で説明できるようなものとも思えない。必要なときに自分の中からそういう情動は自然に生まれてくる物なのでは無いか、という気もする。
「……やっぱり、マリアさんはもっといろんな人と接した方がいい気がするよ」
「そうかな。なら、人が居る場所で読むようにする」
「そういう意味じゃないんだけどなー……」
なかなか手強い。が、そんなこともあろうかと、エルゼリオはマリアに部活を紹介するつもりであった。学内に部活動は幾つもあるが、エルゼリオの念頭にあったのは政治討論部である。理由の一つは、そこの顧問が友人でどのような人物か分かっており、マリアのことを頼めば気に掛けてくれそうな事。もう一つ理由をあげるなら、エルゼリオ自身も立ち上げから関わった故に、その部活に相応の愛着があることだろうか。あの部活であれば、部員同士の距離感もつかず離れず、立場の弱いマリアが何かを強制されるようなことは無いだろう。平民であるマリアの身分やホムンクルスという種族が気にされるとしたら、差別的な理由ではなく議論の種の一つとしてというような、ある意味王国社会の規範からすれば変わった部活の一つだ。だからこそ、異種族で平民の非授恵者という弱い立場のマリアにとっては良い場所だとも思えた。
「マリアさん、部活には多分入っていない、よね?」
「うん。入ってない」
「良ければ、政治討論部への入部をお勧めしたいんだけど、どうだろう。友達作りも兼ねられるし、何より色んな部員の意見を聞く事で見聞を広げる事もできるよ」
「政治討論部……? 聞いたことがない。けど、どんなところ?」
どんな場所であるか、と言われると一言で答えるにはエルゼリオの中の思い出はいささか分量が多い。学外に出て行ったこともあるし、敵と戦うことになった場合もあった。が、基本的には学園内で雑談をしながら知識と交流を深める場所というイメージが強い。
「ええと。お茶とお菓子を食べながら、分からないことを質問したり、分かることを答えたりするところ、かな?」
「エフィミアが人を集めてくれたときの、試験の勉強会、みたいな?」
「そういえば、雰囲気は似ている、のかな?」
テーマによって教師役と生徒役が入れ替わるあたり、得意分野によって教える者が変わる勉強会と少しは似ているかもしれない。マリアが言う勉強会が、エルゼリオの経験したものと同じような雰囲気であるかはわからないけれど、彼女の側から例に出してくるあたりからすると、余り違わなかったのだろう。
「これからボクが会いに行くのは、そこの顧問の先生なんだ。良ければマリアさんの事も紹介しようと思って」
「先生? 男、女?」
「男で、ボクと同じくらいの年だよ。真面目で……、ええと、真面目な人、かな。専門は王国の歴史だけど、もっと詳しいのは法律とか。あと、伯爵家の跡継ぎで、授恵者のキャスターでもあるね」
「……エルゼリオくらい年の、せんせい?」
トマスの人となりを説明しようとすると、案外難しい。ネガティブな印象の言葉や曖昧な部分を省くと、性格については真面目くらいしか残らなかったので、周辺情報を埋めていく。砂漠の兄妹の後見を引き受けたあたり、よく言えば面倒見が良い人物かもしれないが、自分から何かをしたと言うよりは巻き込まれて縁が出来て頼まれたのでそうしたという、どこか受け身な感じだ。個人としては義理堅い所もあると思うが、貴族の出である以上はそうとばかりは言えないだろう。マリアの側は、先生という単語とエルゼリオと同じくらいの年齢という情報が繋がったところでうまくイメージが出来なくなったらしい。先生というのは年長者という思い込みが崩れて困惑した様子だった。
「実はボク、政治討論部ではダンテ研究室付き事務手伝いっていう役職についてたんだ。――もし興味があるなら、マリアさんボクの後任にならない?」
「研究室付き事務手伝い……? 何をするの?」
「うーんと、部活の時にはお茶を淹れたりお菓子の準備したり。あとは研究室で少しお掃除を手伝ったり、かな」
「その先生は、エルゼリオの友達?」
「うん。そう。見学は今も自由だと思うから、見てから決めればいいからね」
「わかった」
とりあえず、話しているエルゼリオの様子から、トマスとの関係性は何となく察したようだ。実際にどのような相手かは、相対してから判断することにしたらしい。
●
「……と言う訳なんだ」
「なるほど。シオン、カナン、手伝いが増えることに何か問題はあるか?」
説明を受けたトマスは、脇に控えていた2人へ意見を問う。エルゼリオ達が事務手伝いとなったのは、彼女たちが不在で困っていた時期だった。今はその問題は解決しているため、新しく手伝いを入れる是非を問うには彼女たちの意見も確認したのだろう。
「いえ。大丈夫です」
「ん、問題無い」
無論、これが貴族同士の話であれば、家中の相談などは裏でやるべき事だ。『そういう向き』ではなく友人としての会話だと示しているのだが、それがエルゼリオに伝わっているかどうかは定かではない。
「良かった。じゃあ頼めるかな?」
花の咲いたように晴れやかに笑うエルゼリオは、感情を素直に見せるものがいないこの空間では異彩を放っていた。
「エルゼリオの紹介であれば、悪い人間ではあるまい。聞いた限り、大貴族の後見よりは私の名前程度がちょうど良いだろうしな」
マリアの特殊性は分かりやすいところで言えば喪神したホムンクルスという点だ。特筆すべき記憶力の方はまだ知られていない。珍しい研究材料という意味で興味を持つ者が誘拐だの強制だのといった手段に出ないための抑止力としては、法衣貴族の中でも融通の利かない事で名を馳せるダンテ家の名は必要十分だろう。有意な人材という意味で注目を集めているわけでは無い以上、強すぎる後ろ盾はかえって好奇心を煽りかねないのだから。
「事務手伝いは、何をすればいい?」
「この研究室の掃除とかは、今はシオンさんやカナンさんがいるから指示に従って貰うとして。ボクは街で部活の皆のためのお茶やお菓子の買い出しをしていたんだ。どこの店が美味しいとか、買うには何時頃に並べばいいかとかにコツがあるんだよね」
「なるほど、詳しく」
冒険者達との交流で美味しい物に目覚めてしまった彼女は、食べる物への興味が増していた。エルゼリオは持参していた手製の小冊子を取り出す。これこそ、自分の足で調べ、人からも聞き、せっせと集めた王都内の菓子店情報の集大成であった。以前は季節限定の商品情報などに新鮮さが足りなかったらしいが、同じ冒険者の視点でそこも補われたいわば完全版である。貴族御用達で一見さんお断りのような店を除き、部活のお茶請けを買い求める為にちょうど良い菓子店の情報が一通り揃っていた。
「ふぉお……。これを、私に」
「キミならきっと役立てられると思うんだ」
ブラン老人から秘技を教わったときよりも、間違いなくマリアの目は輝いていたであろう。
「そこでお茶請けを、……いつもだと20人分位買っておくとちょうど良いくらいかな。15人だとちょっと足りない」
「なるほど、わかった。任せて欲しい」
まだ政治討論部を見学すらしていないのだが、既にお茶請け購入係についてはやる気満々のマリアにトマスが苦笑する。
「まあ、一度参加してみると良い。試してみて性に合わなければ無理に続けることは無いが、種族や身分、立場は気に掛ける必要が無い場所だから、居心地は悪くないと思う」
「わかった」
「次はちょうど明日の放課後。場所は第三校舎三階の四番教室」
喋り方が似ているせいか、カナンはマリアを気に入ったようだ。仕事の説明もあるだろうし、そちらは女子同士に任せてエルゼリオとトマスは互いの近況を知らせる。といっても、数ヶ月前まではそれなりに顔を合わせていたゆえに、話題になるのは現在というよりもむしろこの先のことだった。
「エルゼリオであれば、お父君のことは陛下がよく知っているのだろう。君個人の能力にも思想にも問題はないだろうし、通例通りの昇格で見習いが取れると思う」
「だといいけどねー。毎日の訓練もだけど、騎士としての振るまいとか、出来ることや出来ないことの勉強が大変だよ」
王国騎士は王国の顔であり王家の剣でもある。振る舞いには様々な規定があり、また制限もあるようだ。戦闘能力の面で言えば、エルゼリオは『新しい授恵者』の中でもかなりの上位にいる。平の王国騎士に混ざってもさほど引けを取ることは無いだろう。対魔獣やクリーパーであれば、むしろ彼の方が経験が多いやもしれない。
「その分、対人戦は先輩達に負けちゃうこともあるんだけどね。特に集団戦だと息がピッタリで崩すのが大変だし、まだまだ頑張らないと」
「ふむ。旧知の者が王国の秩序を護る側にいてくれるのは心強い。精進を続けて出世してくれると私も助かる」
「出世はわからないけどねー。ああ、でも父上のような騎士にはなってみたい、かな」
「なるほど、大きな目標だな。何が出来るわけではないが、友人として私も応援しよう。王国に強い騎士がいることは、それ自体が大事な事だと私は思う」
パンクリアース学園の改革は、平民や異種族に融和的な意見が既存貴族の中にすらある事も明るみに出した。しかし、早急な意識改革を行った際の弊害も露わにしたとトマスは思う。現王家は改革を進めようとしてはいるが、それはあくまで王国の枠組みを壊さぬ速度でだ。既存の貴族や制度の反発も見つつ、世代単位の時間を掛けて緩やかに進めるつもりだろう。旧態依然たる守旧派貴族の力が大きく失われた今となっては、中庸を行く王家と衝突するのは、急進的な改革を望む者になりかねまい。それが言葉の上での意見の衝突に留まれば良いが、万が一武力を伴う衝突になれば王国は再び大きく揺れるだろう、というのがトマスの見立てであった。
「仮定の話を積み重ねても仕方が無いが。だが、王国騎士団の強さは平和の中にあっても必要とされることは覚えておいて欲しい」
「……というか、キミの方はどうなの? いつまでも教師でいる訳じゃ無い、とは聞いたけど」
当初は謹慎のためにパンクリアース学園の教師をしていたトマスだが、今の王国は猫の手も借りたい状況の筈だ。ダンテ家の嫡男として教育を受け、官僚として働く準備も整えていたトマスを現場が欲しないはずも無い。それでも出仕しない理由について、トマスは以前にも口にしていた。大貴族が没落し、それに連座する貴族も多い。それらの調査と処罰が一段落するまでは、学園に留まることになるだろう、と。
「たとえ妥当な処分であっても、死罪を申し渡せば残された者に恨みを買うことはある。負の感情を引き受ける形で、父は当主の座と官職を辞する事になるだろう。私が官僚として働くのはその後だな」
「そういえばリヴァマス先生の話の時にも、トマス君の家は代替わりしたって言ってたね」
「曾祖父が辞したのは、祖父との衝突の結果でもあるが……。そういう意味合いもあったかもしれないな」
エルゼリオのレイノーラ家は新興貴族であるが故に他家との間に婚姻関係も無く、貸し借りもまだ少ない。だが、古い貴族は幾つもの世代を経る中で、お互いを義理と血縁でがんじがらめに縛りあっているようなものだ。この数年の間に罪を裁かれ没落した貴族にも、その罪状に関わりが無かった親族や友人がいる。もちろん理屈の上ではダンテ家が恨まれる筋合いは無いのだが、たとえば嫁いだ娘や姉妹が毒杯を飲む羽目になった人間が、裁判に関わった者を恨まぬのも心情として難しい。
「だが、恨みの対象も不利益を受けていれば、感情的にも多少は折り合いが付くものだ。というより、そこで折り合いをつけることが求められているのが貴族という者だ、と言うべきか」
「そういうものなのかな……。ボクには分からないけれど、いずれ分かるようにならないといけないんだろうね」
「そうだな。今はそういうことを理解せねば立ち回れぬ時代だと、私は思う」
帝国の悲惨さに隠れて目立ってはいないが、近年の王国は建国以来希に見るほどに混乱が続いた。歴史ある貴族家が幾つも無くなり、その余波はまだ収まっていない。大貴族の手足となっていた下位貴族の罪については、これから調査が進むこともあるだろう。最終的に、どれほどの貴族に累が及ぶかは全てが終わってみなければ分からない。もとより高齢の国王ジョージ四世は、不穏な時代が終わったと内外に見せる意味でも、そう遠くないうちに王太子へ譲位することを考えているだろうとトマスは予想している。その事を思えばダンテ家の代替わりなど、世代交代のほんの一角に過ぎまい。
「……そうか。そういう風に先のことも考えないといけないんだね。もし、陛下が譲位されるとしたら、父上は、その時どうするのかな」
エルゼリオの父が仕えても良いと考えたのは現国王であって、リーンエス王国という国家ではないのだろうと思う。であれば、職を辞してついて行きたいと願うかもしれないが、近衛騎士というのは重職だ。他ならぬジョージ四世から新国王を頼むと言われれば、我慢して残るのかもしれない。我慢と言う言葉があれほど似合わない人もいないと思うし、奔放な父を思えばそれでも自分の欲求に従いそうな気もする。
「その時にボクは……」
授恵者ですらなかったかつてのエルゼリオにとって、父の背中はずっと遠いものだった。授恵者になっても、その強さへの理解が深まりこそすれ、自分が近づけた気にはなかなかならなかった。王都に危機が迫ったあの時、ウィリアム王子の援護を任されて、初めてその背中が見えた気がした。まだ、肩を並べられたとはとても思えないけれども、もしも自分が父と肩を並べられる騎士になれたのならば、その時には父に我慢をさせる必要など無くなるのかもしれない。
「何か、思うことがあったのか? 急に顔つきが変わったように思うが」
「うん。ちょっとね。……強くならなくちゃ、って思ったんだ」
「そうだな。お互いに、強くならねばな」
頷いたエルゼリオの横顔は、知り合ったときから考えれば随分と男らしく見えた。
王国騎士見習いとなったエルゼリオ・レイノーラの日々は、訓練と学習、たまに先輩騎士との同行などで忙しい物だった。冒険者としての活動からは縁遠くなり、学園へ出入りする事も難しくなっている。フリーダムすぎた元第二王子のように国の要職にありながら偽名で冒険者として活動していた例もあるが、そんなイレギュラーの極みを見習っても良い事はあるまい。
久しぶりの休日。エルゼリオは聴講生としてでは無く、訪問者としてパンクリアース学園を訪れていた。門衛に来意を問われた際には、『旧知の者が学生となっており、入学に際して支援した面々の1人として面会に来た。そのついでに友人にも会って行こうと考えている』と返答した。家が爵位持ちとなり自身も立場を得ると、こういう時に少し面倒になったと感じる。
「遅くなっちゃったけど、入学おめでとう。マリアさん」
「ありがとう。エルゼリオ」
マリアと顔を合わせて学園内へ入り、聴講生時代にも世話になった学内食堂へ。マリアは相変わらず主体性がないようで、敷地内に入ってからはエルゼリオが先を歩いていた。
「元気そうで良かった。試験に備えて、勉強が大変だったんじゃない?」
「私は元気。新しいことを覚えるのは好きだし、楽しかった」
自分が受験したことこそ無いが、エルゼリオは学園編入試験の難易度は知っている。試験に挑む友人達と勉強会をした経験を活かして、マリアに試験対策で覚えるべき内容をアドバイスもした。彼女のことを気に掛けていた他の冒険者が渡していた参考書の類いも役に立っただろう。授恵者ならではのスキルがなくば短時間で全てを身に付けるのは難しいとも思えたのだが、マリアは持ち前の記憶力で何とかしてしまったようだ。
「……そういえば、剣の技も見ただけで覚えたって言ってたっけ。あれは授恵者だからかと思ってたけど、もともと覚える事が得意だったのかな」
「ん。エフィミアにも褒められた」
「ああ。受付をやった時に、上層のダンジョンの場所や特徴は全部覚えてたって、驚いてたっけ」
「全部じゃ無い、かな。ブランと一緒に潜ってたときに、見たことある奴だけ。だから、他のはその後に資料室で覚えた」
「覚えた、の一言でできるのは凄いと思うな」
長命なエフィミアが評価していただけあり、エルゼリオから見てもマリアの記憶力は特異だ。ホムンクルスが皆そうでは無いことは知っているので、彼女自身の特性なのだろう。騎士の心得や振る舞いや権利と義務など、覚えねばならないことが現在進行形で多いエリゼリオからすれば、少しならず羨ましくも思える。
「ご馳走様。ここの食事は変わらずボリュームが多いね。日替わり定食、食べきるの大変じゃ無かった?」
「平気。初めて来たとき、お勧めされた。美味しいね」
「そう。ならいいけど」
ブランとの対決で生き残った時に、マリアはこれからの人生では楽しいものを見たいと願っていたようだ。新しい知識や美味しい食事も、きっと彼女にとっては楽しいものに含まれるのだろう。授恵者としての力を失った彼女が安全に未知に出会える場所として、パンクリアース学園ほど相応しい場所は他にあるまい。相変わらず表情は変わらないが楽しそうな様子を見れば、マリアの歩む道先として学園を薦めたのは間違っていなかったとうなずけた。
●
食堂から出て、エルゼリオはマリアを伴い、次の目的地へ足を進める。友人のトマス・ダンテと約束していた時間まではもう少し。早めに研究室に向かっても居るような気はするのだけれど、ちょうど授業の時間だったりすれば不在と言う可能性もある。急ぐ必要も無いので、少し回り道をして学内の様子を懐かしむ位は構うまい。残念ながら、マリアの社交力では会話が始まることも無く、エルゼリオが糸口を作らねば沈黙の道行きである。
「マリアさんは普段はどうしてるの?」
「図書館にいる。あそこは楽しいね」
「本を読んでいるんだね。ええと、何の本を?」
「端から、順番に。今は王国の建国の頃の本かな」
「端から……。そう、なんだ」
何かを調べるために図書館を利用するならば、目当ての本を探してそれを読むことになる。特に目的も無いのに入り浸っているマリア的には、読む本にはまったく拘りがないからそういう読み方になったらしい。まあ、それは個人の自由なのだが、エルゼリオが内心で気にしていた通り、彼女は友達作りという意味では全然駄目なポンコツのようである。というか、マリアの中には必要が無い場合は誰かに話しかけると言う選択肢そのものがないのでは無いだろうか。任務中の騎士にとっては無駄話をしない姿勢が望ましい、とエルゼリオは教育されている最中の訳であるが、社交や人脈作りを主目的として通学している人々もいるパンクリアース学園の学生としては、いささか寂しく思える。
「友達を作ったりは、していないの?」
「友達は作るもの? 私は作ったことが無いかな」
「……あー……、そうか。そうなるよねー」
そもそもホムンクルスの情緒というのは個体差が激しい。生前の影響か外見相応の言動をする者もいる一方で、どこか欠けたような性格をしている者もいる。ブランによるスパルタ戦闘マシーン育成計画のせいか、マリアにとって初めて出来た友人とは、エルゼリオをはじめとした依頼で知り合った冒険者達の、更にその中の一部であった。依頼を受けてマリアに接していた中で、彼女のことを気に入ったり放っておけなく感じた者が自分から友として接した形だ。つまり、マリアは自分から友達を作った事が無い。誰かに友達になって欲しいと考えた事もないのだろう。とはいえ、友達の作り方など言葉で説明できるようなものとも思えない。必要なときに自分の中からそういう情動は自然に生まれてくる物なのでは無いか、という気もする。
「……やっぱり、マリアさんはもっといろんな人と接した方がいい気がするよ」
「そうかな。なら、人が居る場所で読むようにする」
「そういう意味じゃないんだけどなー……」
なかなか手強い。が、そんなこともあろうかと、エルゼリオはマリアに部活を紹介するつもりであった。学内に部活動は幾つもあるが、エルゼリオの念頭にあったのは政治討論部である。理由の一つは、そこの顧問が友人でどのような人物か分かっており、マリアのことを頼めば気に掛けてくれそうな事。もう一つ理由をあげるなら、エルゼリオ自身も立ち上げから関わった故に、その部活に相応の愛着があることだろうか。あの部活であれば、部員同士の距離感もつかず離れず、立場の弱いマリアが何かを強制されるようなことは無いだろう。平民であるマリアの身分やホムンクルスという種族が気にされるとしたら、差別的な理由ではなく議論の種の一つとしてというような、ある意味王国社会の規範からすれば変わった部活の一つだ。だからこそ、異種族で平民の非授恵者という弱い立場のマリアにとっては良い場所だとも思えた。
「マリアさん、部活には多分入っていない、よね?」
「うん。入ってない」
「良ければ、政治討論部への入部をお勧めしたいんだけど、どうだろう。友達作りも兼ねられるし、何より色んな部員の意見を聞く事で見聞を広げる事もできるよ」
「政治討論部……? 聞いたことがない。けど、どんなところ?」
どんな場所であるか、と言われると一言で答えるにはエルゼリオの中の思い出はいささか分量が多い。学外に出て行ったこともあるし、敵と戦うことになった場合もあった。が、基本的には学園内で雑談をしながら知識と交流を深める場所というイメージが強い。
「ええと。お茶とお菓子を食べながら、分からないことを質問したり、分かることを答えたりするところ、かな?」
「エフィミアが人を集めてくれたときの、試験の勉強会、みたいな?」
「そういえば、雰囲気は似ている、のかな?」
テーマによって教師役と生徒役が入れ替わるあたり、得意分野によって教える者が変わる勉強会と少しは似ているかもしれない。マリアが言う勉強会が、エルゼリオの経験したものと同じような雰囲気であるかはわからないけれど、彼女の側から例に出してくるあたりからすると、余り違わなかったのだろう。
「これからボクが会いに行くのは、そこの顧問の先生なんだ。良ければマリアさんの事も紹介しようと思って」
「先生? 男、女?」
「男で、ボクと同じくらいの年だよ。真面目で……、ええと、真面目な人、かな。専門は王国の歴史だけど、もっと詳しいのは法律とか。あと、伯爵家の跡継ぎで、授恵者のキャスターでもあるね」
「……エルゼリオくらい年の、せんせい?」
トマスの人となりを説明しようとすると、案外難しい。ネガティブな印象の言葉や曖昧な部分を省くと、性格については真面目くらいしか残らなかったので、周辺情報を埋めていく。砂漠の兄妹の後見を引き受けたあたり、よく言えば面倒見が良い人物かもしれないが、自分から何かをしたと言うよりは巻き込まれて縁が出来て頼まれたのでそうしたという、どこか受け身な感じだ。個人としては義理堅い所もあると思うが、貴族の出である以上はそうとばかりは言えないだろう。マリアの側は、先生という単語とエルゼリオと同じくらいの年齢という情報が繋がったところでうまくイメージが出来なくなったらしい。先生というのは年長者という思い込みが崩れて困惑した様子だった。
「実はボク、政治討論部ではダンテ研究室付き事務手伝いっていう役職についてたんだ。――もし興味があるなら、マリアさんボクの後任にならない?」
「研究室付き事務手伝い……? 何をするの?」
「うーんと、部活の時にはお茶を淹れたりお菓子の準備したり。あとは研究室で少しお掃除を手伝ったり、かな」
「その先生は、エルゼリオの友達?」
「うん。そう。見学は今も自由だと思うから、見てから決めればいいからね」
「わかった」
とりあえず、話しているエルゼリオの様子から、トマスとの関係性は何となく察したようだ。実際にどのような相手かは、相対してから判断することにしたらしい。
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「……と言う訳なんだ」
「なるほど。シオン、カナン、手伝いが増えることに何か問題はあるか?」
説明を受けたトマスは、脇に控えていた2人へ意見を問う。エルゼリオ達が事務手伝いとなったのは、彼女たちが不在で困っていた時期だった。今はその問題は解決しているため、新しく手伝いを入れる是非を問うには彼女たちの意見も確認したのだろう。
「いえ。大丈夫です」
「ん、問題無い」
無論、これが貴族同士の話であれば、家中の相談などは裏でやるべき事だ。『そういう向き』ではなく友人としての会話だと示しているのだが、それがエルゼリオに伝わっているかどうかは定かではない。
「良かった。じゃあ頼めるかな?」
花の咲いたように晴れやかに笑うエルゼリオは、感情を素直に見せるものがいないこの空間では異彩を放っていた。
「エルゼリオの紹介であれば、悪い人間ではあるまい。聞いた限り、大貴族の後見よりは私の名前程度がちょうど良いだろうしな」
マリアの特殊性は分かりやすいところで言えば喪神したホムンクルスという点だ。特筆すべき記憶力の方はまだ知られていない。珍しい研究材料という意味で興味を持つ者が誘拐だの強制だのといった手段に出ないための抑止力としては、法衣貴族の中でも融通の利かない事で名を馳せるダンテ家の名は必要十分だろう。有意な人材という意味で注目を集めているわけでは無い以上、強すぎる後ろ盾はかえって好奇心を煽りかねないのだから。
「事務手伝いは、何をすればいい?」
「この研究室の掃除とかは、今はシオンさんやカナンさんがいるから指示に従って貰うとして。ボクは街で部活の皆のためのお茶やお菓子の買い出しをしていたんだ。どこの店が美味しいとか、買うには何時頃に並べばいいかとかにコツがあるんだよね」
「なるほど、詳しく」
冒険者達との交流で美味しい物に目覚めてしまった彼女は、食べる物への興味が増していた。エルゼリオは持参していた手製の小冊子を取り出す。これこそ、自分の足で調べ、人からも聞き、せっせと集めた王都内の菓子店情報の集大成であった。以前は季節限定の商品情報などに新鮮さが足りなかったらしいが、同じ冒険者の視点でそこも補われたいわば完全版である。貴族御用達で一見さんお断りのような店を除き、部活のお茶請けを買い求める為にちょうど良い菓子店の情報が一通り揃っていた。
「ふぉお……。これを、私に」
「キミならきっと役立てられると思うんだ」
ブラン老人から秘技を教わったときよりも、間違いなくマリアの目は輝いていたであろう。
「そこでお茶請けを、……いつもだと20人分位買っておくとちょうど良いくらいかな。15人だとちょっと足りない」
「なるほど、わかった。任せて欲しい」
まだ政治討論部を見学すらしていないのだが、既にお茶請け購入係についてはやる気満々のマリアにトマスが苦笑する。
「まあ、一度参加してみると良い。試してみて性に合わなければ無理に続けることは無いが、種族や身分、立場は気に掛ける必要が無い場所だから、居心地は悪くないと思う」
「わかった」
「次はちょうど明日の放課後。場所は第三校舎三階の四番教室」
喋り方が似ているせいか、カナンはマリアを気に入ったようだ。仕事の説明もあるだろうし、そちらは女子同士に任せてエルゼリオとトマスは互いの近況を知らせる。といっても、数ヶ月前まではそれなりに顔を合わせていたゆえに、話題になるのは現在というよりもむしろこの先のことだった。
「エルゼリオであれば、お父君のことは陛下がよく知っているのだろう。君個人の能力にも思想にも問題はないだろうし、通例通りの昇格で見習いが取れると思う」
「だといいけどねー。毎日の訓練もだけど、騎士としての振るまいとか、出来ることや出来ないことの勉強が大変だよ」
王国騎士は王国の顔であり王家の剣でもある。振る舞いには様々な規定があり、また制限もあるようだ。戦闘能力の面で言えば、エルゼリオは『新しい授恵者』の中でもかなりの上位にいる。平の王国騎士に混ざってもさほど引けを取ることは無いだろう。対魔獣やクリーパーであれば、むしろ彼の方が経験が多いやもしれない。
「その分、対人戦は先輩達に負けちゃうこともあるんだけどね。特に集団戦だと息がピッタリで崩すのが大変だし、まだまだ頑張らないと」
「ふむ。旧知の者が王国の秩序を護る側にいてくれるのは心強い。精進を続けて出世してくれると私も助かる」
「出世はわからないけどねー。ああ、でも父上のような騎士にはなってみたい、かな」
「なるほど、大きな目標だな。何が出来るわけではないが、友人として私も応援しよう。王国に強い騎士がいることは、それ自体が大事な事だと私は思う」
パンクリアース学園の改革は、平民や異種族に融和的な意見が既存貴族の中にすらある事も明るみに出した。しかし、早急な意識改革を行った際の弊害も露わにしたとトマスは思う。現王家は改革を進めようとしてはいるが、それはあくまで王国の枠組みを壊さぬ速度でだ。既存の貴族や制度の反発も見つつ、世代単位の時間を掛けて緩やかに進めるつもりだろう。旧態依然たる守旧派貴族の力が大きく失われた今となっては、中庸を行く王家と衝突するのは、急進的な改革を望む者になりかねまい。それが言葉の上での意見の衝突に留まれば良いが、万が一武力を伴う衝突になれば王国は再び大きく揺れるだろう、というのがトマスの見立てであった。
「仮定の話を積み重ねても仕方が無いが。だが、王国騎士団の強さは平和の中にあっても必要とされることは覚えておいて欲しい」
「……というか、キミの方はどうなの? いつまでも教師でいる訳じゃ無い、とは聞いたけど」
当初は謹慎のためにパンクリアース学園の教師をしていたトマスだが、今の王国は猫の手も借りたい状況の筈だ。ダンテ家の嫡男として教育を受け、官僚として働く準備も整えていたトマスを現場が欲しないはずも無い。それでも出仕しない理由について、トマスは以前にも口にしていた。大貴族が没落し、それに連座する貴族も多い。それらの調査と処罰が一段落するまでは、学園に留まることになるだろう、と。
「たとえ妥当な処分であっても、死罪を申し渡せば残された者に恨みを買うことはある。負の感情を引き受ける形で、父は当主の座と官職を辞する事になるだろう。私が官僚として働くのはその後だな」
「そういえばリヴァマス先生の話の時にも、トマス君の家は代替わりしたって言ってたね」
「曾祖父が辞したのは、祖父との衝突の結果でもあるが……。そういう意味合いもあったかもしれないな」
エルゼリオのレイノーラ家は新興貴族であるが故に他家との間に婚姻関係も無く、貸し借りもまだ少ない。だが、古い貴族は幾つもの世代を経る中で、お互いを義理と血縁でがんじがらめに縛りあっているようなものだ。この数年の間に罪を裁かれ没落した貴族にも、その罪状に関わりが無かった親族や友人がいる。もちろん理屈の上ではダンテ家が恨まれる筋合いは無いのだが、たとえば嫁いだ娘や姉妹が毒杯を飲む羽目になった人間が、裁判に関わった者を恨まぬのも心情として難しい。
「だが、恨みの対象も不利益を受けていれば、感情的にも多少は折り合いが付くものだ。というより、そこで折り合いをつけることが求められているのが貴族という者だ、と言うべきか」
「そういうものなのかな……。ボクには分からないけれど、いずれ分かるようにならないといけないんだろうね」
「そうだな。今はそういうことを理解せねば立ち回れぬ時代だと、私は思う」
帝国の悲惨さに隠れて目立ってはいないが、近年の王国は建国以来希に見るほどに混乱が続いた。歴史ある貴族家が幾つも無くなり、その余波はまだ収まっていない。大貴族の手足となっていた下位貴族の罪については、これから調査が進むこともあるだろう。最終的に、どれほどの貴族に累が及ぶかは全てが終わってみなければ分からない。もとより高齢の国王ジョージ四世は、不穏な時代が終わったと内外に見せる意味でも、そう遠くないうちに王太子へ譲位することを考えているだろうとトマスは予想している。その事を思えばダンテ家の代替わりなど、世代交代のほんの一角に過ぎまい。
「……そうか。そういう風に先のことも考えないといけないんだね。もし、陛下が譲位されるとしたら、父上は、その時どうするのかな」
エルゼリオの父が仕えても良いと考えたのは現国王であって、リーンエス王国という国家ではないのだろうと思う。であれば、職を辞してついて行きたいと願うかもしれないが、近衛騎士というのは重職だ。他ならぬジョージ四世から新国王を頼むと言われれば、我慢して残るのかもしれない。我慢と言う言葉があれほど似合わない人もいないと思うし、奔放な父を思えばそれでも自分の欲求に従いそうな気もする。
「その時にボクは……」
授恵者ですらなかったかつてのエルゼリオにとって、父の背中はずっと遠いものだった。授恵者になっても、その強さへの理解が深まりこそすれ、自分が近づけた気にはなかなかならなかった。王都に危機が迫ったあの時、ウィリアム王子の援護を任されて、初めてその背中が見えた気がした。まだ、肩を並べられたとはとても思えないけれども、もしも自分が父と肩を並べられる騎士になれたのならば、その時には父に我慢をさせる必要など無くなるのかもしれない。
「何か、思うことがあったのか? 急に顔つきが変わったように思うが」
「うん。ちょっとね。……強くならなくちゃ、って思ったんだ」
「そうだな。お互いに、強くならねばな」
頷いたエルゼリオの横顔は、知り合ったときから考えれば随分と男らしく見えた。
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
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