【DA】リーンエスの耳
レタラ・スマリ/ エリゼ・ヴェルハイン
『ノベルタイトル:レタラ、都市同盟へ旅立つ』おおくまねこ
●尊いものを見た
「オレは帝都でとても美しいものを見た。今こそ彼らの尊さを作品に昇華する時だ!」
自宅でペンを強く握りしめながら、レタラ・スマリは叫んだ。帝都奪還作戦の場において、絶体絶命の窮地に立たされたレイウェスト・バルダス皇子は思わずかつての近衛騎士の名を叫んでしまった。そして、あろうことか、近衛騎士は世界を滅ぼす穴を塞ぐ使命を放り捨て、レイウェストに応えてしまった。そして戦いの後、結局レイウェストはエフレムの命を奪わなかった。故国を滅ぼし、世界に滅びをもたらさんとした超越者に対し、レイウェストは極北への流刑を命じた。それが死よりも残酷な罰となることを理解した上で。
「世界を滅ぼしてでも守りたい忠義……なんと美しい愛のカタチなのだろうか。オレもあのような美しいものを描きたい……執筆欲をもてあます」
湧き上がる執筆欲を持て余したレタラは、その類まれな画力を駆使し、とりあえずエフレムとレイウェストのラフスケッチを30枚ほど描いてみた。とてもよく描けているので、その価値の分かる人間ならば、きっとすごい値段で買ってくれるだろう。とりあえず台詞付きにしてドゥジケット準備会の部室に飾って見たところ、部員達は感涙にむせび泣いた。
「このぐらいなら見たままを描いただけだから許されるんだが……問題はドゥジンだな……レイ×エフ……描きたい……」
●レタラの悩み
数日後。レタラはパンクリアース学園のドゥジン系クラブ通称『闇の文芸部』に誘われ、ドゥジン信者の小規模な集まりに参加していた。
「レイウェストとエフレムの絆は美しい。帝都で見た二人のやりとりはそれだけで作品として成立するほどの価値がある。だがやはり、あそこに至るまでの過程を妄想し、形にしたい……! だが、この国は今、レイ×エフドゥジンは冬の時代……!」
レタラの悩みはこのリーンエス王国ではもはや過激なレイウェスト×エフレム本が一般公開できなくなってしまったことであった。過激なら最初から一般公開するなよ、というツッコミが入るかもしれないが、そもそも世界全体の識字率が低いため、模擬店を出しても案外バレないものなのだ。
そんなわけで、パンクリアース学園では教務主任とウィリアム王子の切なくも甘いメモリーが展開されたり、エフレムとアシムベートの友情を超えた熱い絆がなぜか寝床で展開されたり、フォルトゥナ学園長が邪魔する奴を指先一つで爆裂させ、シラー砂漠で蛮族相手に無双する作品が描かれたりと、まさに百花繚乱、かなりフリーダムな妄想が花開いていた。
しかしながら、帝都崩壊以降様々な乙女たちの妄想の餌食となっていたレイウェストは少し前にこの国の王女であるメアリー・リーンエスと正式に婚約してしまった。それは、レイウェスト皇子が正式にリーンエス王家の関係者となったことを意味する。『毀れ者』として特殊な立ち位置におり、ドゥジン界隈では半ばフリー素材扱いされているウィリアム王子とは異なり、リーンエス王家は神聖な存在なのだ。外戚とはいえ、メアリー王女の夫を他の男とカップリングさせることは、もはやタブーとする風潮が強くなってきているのだ。
ちなみにメアリー王女本人のエロいドゥジンシはドゥジケット準備会では書くこと自体が絶対の禁忌とされている。メアリー王女本人がこっそり参加しているクラブなので当たり前だが。
(オレも同志であるメアリー王女の婚約は祝福している。なんならレイウェストとエフレムが向き合うピンナップをお祝いに王室に送りたいほどだ。レイウェストが見たら思い出して泣いてしまうかもしれないが。だが、思うように創作活動ができなくなっていることも事実。悩ましいな……)
「やはりレイ×エフものは少ないな」
色んな作者のドゥジンシを見比べながら、レタラはため息を吐いた。
「そうよねー。昔はよかったわ……いっそエフレム様とレイウェスト皇子が駆け落ちしてくれたらよかったのに」
闇の文芸部員レヴェリアはレタラの言葉にしみじみと頷いた。ちなみにレタラ(闇の文芸部名誉部員)を今日の集まりに誘ったのも彼女だ。レタラはレヴェリアが描いた「夜のマナズィール」シリーズを愛読しており、たまに作画も担当している。
「全くですわ。そうなれば、王女との婚約を破棄して男に走った乱心マンとして、皇子も追われる身に……」
「王家の面目丸潰れになりますから、きっと追手が放たれますわね。そして追手の中に密かに混ざるウィリアム王子。妹との婚約者を破談にしたことに激怒する王子の怒りを鎮めるためには、もう王子の花嫁になるしか道はないのですわ……」
「そして、皇子は名前を変えてバデーニ公爵の花嫁の一人として生きていくのですわね。ノッてきましたわ! 今度この筋書きで書いてみましょう!」
「なるほど、参考になる……!」
レタラは少女達の妄想談義に、深い感銘を受けていた。一般人に聞かれたら「お前達は何を言っているんだ」と突っ込みが入りそうな妄想談義に花を咲かせる闇の文芸部員たち。ドゥジンシとは、こうやって知見が磨かれることによって生み出されていくのである(諸説あり)。
「こうなったらオレもウィル×ラミ本でも書くか……? ウィリアムの方は結婚相手を広く募集しているおかげでむしろ解釈の幅は広がったしな……オレが書くとしたら、なぜかウィリアムの婚約希望者の中に女装させられたラミアスが混ざってる、などのシチュエーションか……いや、しかし……今オレが本当に描きたいのは皇子が近衛騎士を攻めるシチュエーションなんだ……!」
秘めたる願望を駄々洩れにしながらドゥジンシの売り子をしているレタラは、控えめに言って変な人であった。
●ドゥジン・クライシス
数日後、レタラは今度は学園の未認可ドゥジンクラブ『ローズ・ガーデン』主催のドゥジン作家の集まりに招待されていた。しかし、学園の敷地内で開催されたイベントだったため、当局(学園教師)の介入を許してしまった。
「まずい! 当局のガサ入れだわ! エフ×レイとかウィル×ラミとか、ナマモノは急いで隠して!」
学園生が叫んだ。部員達は一斉にブースの後ろの箱(二重底)を開け、大急ぎでやべえブツを箱の中へとしまう。もしも『腹黒王子のスパイな日々~妹の婚約者に物理的に密着24時間』とか、『逆襲の鬼畜眼鏡~僕を差し置いて多重婚なんて許すと思ってるんですか?』などの、禁断の薄い本の数々が教師に見つかれば、たぶん校長室に呼び出されるだろう。しかし間の悪いことに、レタラは机の上に薄い本を広げたまま席を外していた。
「なんだこれは! 『背徳の人妻偽巫女~ぬめる鱗と恩赦の条件』……!? なんと破廉恥な! ディズルと国際問題になるだろうが!」
「すみません、つい出来心で……!」
「これは危険物だ。この薄い本は卒業まで私が預かっておく」
「待ってください! これが描き上がるのを楽しみに待っているクラスメイト(主に男子)がたくさんいるんです!」
「だめだだめだ! そんな変態的な交友関係はこの際見直せ!」
「そんな酷い!」
ドゥジンシを隠しそびれた男子学園生は教師にドゥジンシを没収され、泣いていた。
「『ヨ●フは儂が育てたので体の隅々まで知っておる~バル●スティン宰相の爛れた忠義』……一体どこ向けなんだ!? 没収だ!」
「そんな、殺生ですわ!」
教師の検閲には容赦がなかった。どこに需要があるのかさっぱり分からない極めてマニアックな作品も没収された。
「すまん、お手洗いから戻った……おや?」
トイレから戻ってきたレタラは、いつの間にか教室がものものしい空気に包まれていることにようやく気付いた。
(反ドゥジン派教師の強制査察! まさか奇襲を許してしまうとは……)
「君もここのメンバーだな。君の薄い本も検めさせてもらうぞ」
レタラは渋面になりつつも、両手を上に上げる。そして教師は、レタラの机の上にのっていた書きかけの薄い本に気付いた。
「ふむ、これが君のドゥジンシか……まさか破廉恥な内容ではあるまいな?」
「無論だ。恋愛ものなので、対象年齢は少し上だが」
「なるほど、では検めさせてもらおう」
●追放されし近衛騎士と亡国の皇子
革命を企てた大逆の騎士、チャールズはすったもんだの末に捕縛された。最後の皇族となったマグナムはそれでもチャールズを愛していたが、国民や諸外国の手前、チャールズを処断しないわけにはいかなかった。そしてマグナムはチャールズが流刑に処される前の日の晩に、密かにチャールズの部屋を訪れ、最後の契りを交わす……。
●
「近衛騎士と皇子だとぉ……? これは巧妙に偽装されたレイ×エフ本ではないのか?」
「違う。これはオレの創作だ」
教師の言葉に、レタラは首を横に振った。
「ならば問おう。近衛騎士の一人称が『拙』なのだが、これはエフレムでは?」
「偶然の一致だ。一人称が『拙』の近衛騎士ぐらい、いくらでもいるだろう」
レタラは再び首を横に振った。『近衛騎士』は何もシルトラース帝国のみに存在する役職ではない。近衛騎士ならば、王国内にもたくさんいる(ロスガリア大陸における『騎士』は爵位ではなく名誉称号である)。探せば一人称が『拙』の近衛騎士だっているだろう。たぶん。
「近衛騎士が白いリザードマンなのだが? やはりこいつはエフレムなのでは?」
「偶然の一致だ。リザードマンは勇猛な種族だ。授恵者のリザードマンなら、とても強いはずだ。近衛騎士になることも不可能じゃない。この物語の舞台は王国ではなく架空の国だしな」
「ぐぬぬ……屁理屈を……!」
レタラがとぼけると教師は渋い顔をしながら、さらにページをめくった。
「『そのまま飲み込んでくれ、私の虹宝剣』。おい、なんだこのふざけた台詞は!? やっぱりレイウェスト皇子じゃないか!!」
「よく読むんだ。それは本物の剣ではない。ましてや、シルトラース帝国の国宝である『征竜の虹宝剣』であるはずがない。それはマグナム皇子の●●●●の比喩表現だ。本物の剣が飲み込める(比喩表現)はずがないだろう。そして高貴な存在であれば、『伝家の宝刀』(比喩表現)が虹色に輝いていてもおかしくない。……こんなこと、説明させないでくれないか。周りには女子もいるんだ」
「むむむ……!」
小声でレタラが説明すると、教師はくやしそうに唸った。ちなみにレタラはドゥジンシの作画において、謎の光を使用することが割とある。大事な部分を謎の光で隠し、『登場人物は発光スキルを使用しています』と裏表紙のすみっこなどに記載することでおセンシティブさを緩和するのである。これはレタラが冒険者としての活動で学んだ知恵なのだ。
「いいだろう、お前はシロだ……! 活動を続けてよい。……などと言うと思ったか! これも没収だ!」
「なんだと!?」
結局、レタラの未完成のドゥジンシ(白黒短編)は教師に没収されてしまった。
(こんなこともあろうかと用意しておいたダミードゥジンシが役に立ったか。本物のレイ×エフ本は予め隠しておいてよかったが……まったく、辛い時代だな……)
●ドゥジンシを愛する者同士は引かれ合う
(部室も確実に安全とは言えない、か。見せ合いなどの手間を考えるなら、パンクリアース学園の部室が一番描きやすいのだが。学園の購買部に画材も売っているしな……)
先日の痛ましい事件の数日後、レタラは王都の片隅にある小さな市民会館で開かれたドゥジンシ即売会に参加していた。ここは完全予約制なので、学園の教師などのガサ入れは恐らくない。参加には作家、読者問わず予約が必要だが、名前はペンネームでOKという、プライバシーにも配慮されたシステムだった。イベント主催者はドゥジンシに理解のある大商人だという。イベントの規模は小さく、こじんまりとしているが、久々に当局のガサ入れの危機のなさそうなイベントだったので、レタラはくつろいでいた。
(だが気になるのは参加者名簿に名前のあるこの人物……『エフ×レイ復権派』……一体何者なんだ……)
エフ×レイはレタラが最も推しているカップリングであり、最も得意とする作品のテーマである。その名前を冠する者となると、好奇心を掻き立てられるのも無理はない。レタラは少し会場を探してみたが、どこにもいなかった。どうやら出店側ではなく、参加者側のようだ
「わざわざこんな名前で登録するからには、相当なエフ×レイファンなのだろう。この人物とは気が合いそうだ。ぜひ話をしてみたいものだ」
●
(結局、『エフ×レイ復権派』は姿を見せなかったな……)
イベントが終わるまであと一時間という頃合いになっても、『エフ×レイ復権派』なる人物は姿を見せなかった。レタラの新刊はすでに完売しており、今は既刊の『近衛騎士のアブナイ忠誠~拙はもう辛抱たまりませぬ』が1冊だけと、見せ合い用の見本(印刷技術が未熟なロスガリア大陸では、ドゥジンシは見せ合いが主流であり、十冊も二十冊も刷ることは基本的にない)だけが残っている状態だった。
(おや、あれは……)
「ああ、すっかり遅くなってしまったわ」
客もまばらになり、参加者達が妄想に花を咲かせていた頃、一人の貴婦人が慌てた様子で会場に駆けこんできた。
「全部のサークルを回ってる時間はないわね。ここは特に目ぼしいものだけを……」
きょろきょろと周囲を見渡した貴婦人(貴腐人と呼ぶべきか)は、レタラと一瞬目が合った後、静止した。そして、早歩きでレタラの元へと高速移動してくる。
「見せてもらっていいかしら」
「ああ。売れるモノはそこの一冊だけだが」
「構わないわ」
貴婦人は女性にしては少し低い声音だった。レタラの許可を得た貴婦人は気品に溢れる仕草で、『近衛騎士のアブナイ忠誠~拙はもう辛抱たまりませぬ』を手に取ると、吸い込まれるように薄い本のページを開いた。
(一瞬で本の世界に入り込んでいる……天才というやつか……)
レタラは貴婦人の集中力に感嘆していた。この貴婦人は、レタラが話しかけても恐らく気付かないだろう。もしかすると、この部屋が大爆発しても本を離さずに読み続けるかもしれない。それほどの集中力だった。……貴婦人が熱心に読み耽っているのはリザードマンと紅顔の美少年が●●●する絵物語であることはこの際棚上げしておこう。貴婦人は一気にドゥジンシを読み終えると、にっこりと微笑んだ。
「貴方の作品はとても尊いわ……! エフレムのレイウェスト皇子への歪んだ愛と忠誠心、そして背負った罪のドロドロしたところがすごくリアルね!」
「ありがとう」
「画力も申し分ないわね。私は本物のレイウェストを見たことはないのだけれど、肖像画にそっくり。この美少年っぷりならエフレムやウィリアム王子が執心するのも無理はないわよね」
「ああ、そうだな」
微笑みながら頷くレタラ。貴婦人の言い分は微妙に現実と夢がごっちゃになっていたが、レタラはあえてスルーした。
「よく研究されているわね。資料はどうやって集めたの?」
「いや。実は本物のレイウェストを何度か見たことがあるんだ。それにエフレムも……オレは冒険者だから」
「まあ……! なんということ! 羨ましいわ! それでこんなリアリティのあるドゥジンシが描けるのね。もしかして、エフレムとレイウェストの最後の戦いの時も……」
「ああ、オレもその場にいた」
「なんですって! ああ、私も冒険者になればよかったわ!」
大げさな身振りで嘆く貴婦人。デカい声でしゃべっているので、レタラ達は会場の注目の的となっていた。
「それで、当然描いたのでしょう!? 最後の戦いを題材にしたエフ×レイのドゥジンシ!」
貴婦人が鼻息を荒くしながら詰め寄ると、レタラは首を横に振った。
「いや、それが……まだ描けていないんだ。オレも描きたいのは山々なんだが、レイウェストはこの国の王女と婚約したから」
「ああ、なんということ……!」
レタラの返答に貴婦人は大いに嘆く。その時、イベント時間終了のアナウンスが聞こえてきた。
「イベント終了時間です。来場者の皆様、本日はありがとうございました。お忘れ物のないようにお帰り下さい……」
「すまない、もう片付けの時間のようだ」
「ああ、残念。貴方とはもっとゆっくりお話しがしたいわ。アトリエに遊びに行っていい?」
「ああ、構わない。オレはレタラ・スマリだ」
レタラは貴婦人に自分の名刺を渡した。
「そういえば、名乗ってなかったわね。私はこういう者よ」
貴婦人は完璧な都市同盟の商人の礼儀作法の所作でレタラの名刺を受け取り、自分の名刺を寄越した。そして、一冊残っていたレタラの既刊を買い取り、優雅に去っていった。
「エリゼ・ヴェルハイン……これがエフ×レイ復権派は都市同盟の貴腐人だったのか……」
レタラは受け取った名刺をまじまじと見つめていた。
●再会
「まさか次の日に訪ねてくるとはな」
「お邪魔だったかしら。締め切り前なら日を改めるわ」
「いや、驚いているだけだ。昨日少し説明したが、最近はスランプというか……レイ×エフものが発表しにくいからな」
エリゼと出会った日の翌日。レタラはさっそくアトリエに遊びにきたエリゼと自分のアトリエで面談していた。急な来訪ではあったが、エリゼはお土産にお茶菓子と自分のコレクションのドゥジンシ(の複製品)をいくつか持参しており、レタラが追い返す理由はなかった。
(『ソウル・ブラザー・●●●●●●●とウィリアム~一夜を共に過ごせば皆兄弟だぜ』……これは『名もなき小鬼』とウィリアムのカップリング……! 『ヤコブがプロデュース~アイドル吸血鬼になりませんか? センターはもちろんワタシです』。こっちはちょっとハイレベル過ぎてオレには理解できないかもしれん……だが珍しい。都市同盟の作家の作品か……オレが見たことが無いものばかりだ)
「気に入っていただけたかしら」
「ああ。このような貴重なものを貰えるとは歓喜の極みだ」
レタラはぶんぶんと頷いた。
「アンタが昨日見そびれたエフ×レイの見本なら何冊かある。というかエフ×レイ以外の既刊も全部あるぞ」
「ぜひ読ませてもらえるかしら!」
「いいだろう。オレはアンタが読んでいる間はお土産のドゥジンシを読ませてもらおう。せっかくだ、紅茶も用意しよう」
「ありがとう」
……。そして、約二時間が経過した。二人は一言も話さず、お互いにドゥジンシを読みふけっていた。
(しかし、まさか翌日にアトリエまで訪ねてくるとは……そんなにオレのエフ×レイが読みたかったのか)
レタラはぐっと拳を握った。まだ感想は聞いていないが、この貴婦人がレタラの作品のファンなのは明らかだ。言葉にはせずとも、エリゼの輝いている目が全てを物語っている。
「やはり、レイ×エフは正義……!」
「あら、いけない。ついドゥジンシに夢中になってしまったわ。私は大事な用があってここにきたの」
レタラの言葉で我に返ったエリゼは読みかけの薄い本に栞を挟み、くるりとレタラに向き直った。
「大事な用だと?」
「ええ。私は貴方をスカウトにきたの。貴方の作品は尊いわ! その才能を、私の元で輝かせてみない?」
●ミコスタへの誘い
「なんだと? アンタは確か都市同盟の富豪だったな。オレに都市同盟に引っ越ししろと言うのか?」
レタラがエリゼに問うと、エリゼは頷いた。
「ええ。その通りよ。私の住んでる街……ミコスタへの引っ越しの費用はもちろん私が負担するわ。私の元で創作活動しない? 決して不自由はさせないわ。専用の工房もつけましょう」
「なんだって?」
レタラは衝撃のあまりぽかんと口を開けた。この婦人が偽物でなければ、エリゼは都市同盟でもそれなりの規模の富豪のはずだ。エリゼが執筆活動の環境を整えてくれるというのなら、ありがたい話だが、レタラにはすでに王国貴族のパトロンがいる。エリゼについていったところで、アトリエのグレードは正直そこまで変わらないだろう。
「待ってくれ。急に言われても……オレはこの国にいるパトロン貴族への義理があってだな……」
「すでにパトロンがいるのね。さすがだわ。納期さえ守れば引っ越しするのは別に不義理にはならないのではなくて? 必要なら、私が引き抜きの話もつけましょう」
「それはありがたいが……しかし……オレはこの国にたくさんのドゥジン仲間がいてだな。それに、オレが挿絵を付けなければ、誰が夜のマナズィールシリーズに挿絵を入れるんだ」(使命感)
「別に軟禁しようというわけではないわ。締め切りさえ守ってくれたら、取材旅行に出かけるのは自由よ。夜のマナズィールの挿絵も好きにつければいいわ。あと私もそれ読みたい。必要な取材旅行なら、経費も出してあげる」
「いや、しかし……」
踏ん切りがつかないのか、レタラはまだ渋っていた。しかし、心の中では「こんなチャンスはもう無いかもしれないぞ」とぐらついている。
「思う存分、レイ×エフが描きたくないの?」
「なにっ!」
「ミコスタならレイエフを描けるわ。外国だもの。萌え語りにも付き合えるわ。……だって、私もレイエフだから!」
「わかった、引き受けよう!」
がしっ。エリゼと固く握手をするレタラ。
「ありがとう、レタラ。そうと決まったら、さっそく引っ越しの手配ね。引っ越しが終わったら私の家に来て頂戴。妻子にも貴方を紹介したいし」
「え!? 妻子?」
レタラは思わず変な声が出た。
「オレの聞き間違いだろうか。妻子と聞こえたんだが。アンタ、ひょっとして男なのか」
「ええ、そうよ。即売会に出入りする時は正体を隠す為に女装しているの」
エリゼはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
●エピローグ
こうして、レタラは都市同盟の富豪、エリゼのお抱えのドゥジン作家となったのだった。エリゼに用意してもらった工房はレタラの注文通りで、のびのびとした執筆活動ができそうだ。
「さて、もうじきドゥジケット大礼拝祭もあるし、レイ×エフを描きつつ、一般向けにメアリー王女の冒険譚でも書いてみるかな。オレからメイへのせめてもの餞けだ。ようし、やるぞ!」
「オレは帝都でとても美しいものを見た。今こそ彼らの尊さを作品に昇華する時だ!」
自宅でペンを強く握りしめながら、レタラ・スマリは叫んだ。帝都奪還作戦の場において、絶体絶命の窮地に立たされたレイウェスト・バルダス皇子は思わずかつての近衛騎士の名を叫んでしまった。そして、あろうことか、近衛騎士は世界を滅ぼす穴を塞ぐ使命を放り捨て、レイウェストに応えてしまった。そして戦いの後、結局レイウェストはエフレムの命を奪わなかった。故国を滅ぼし、世界に滅びをもたらさんとした超越者に対し、レイウェストは極北への流刑を命じた。それが死よりも残酷な罰となることを理解した上で。
「世界を滅ぼしてでも守りたい忠義……なんと美しい愛のカタチなのだろうか。オレもあのような美しいものを描きたい……執筆欲をもてあます」
湧き上がる執筆欲を持て余したレタラは、その類まれな画力を駆使し、とりあえずエフレムとレイウェストのラフスケッチを30枚ほど描いてみた。とてもよく描けているので、その価値の分かる人間ならば、きっとすごい値段で買ってくれるだろう。とりあえず台詞付きにしてドゥジケット準備会の部室に飾って見たところ、部員達は感涙にむせび泣いた。
「このぐらいなら見たままを描いただけだから許されるんだが……問題はドゥジンだな……レイ×エフ……描きたい……」
●レタラの悩み
数日後。レタラはパンクリアース学園のドゥジン系クラブ通称『闇の文芸部』に誘われ、ドゥジン信者の小規模な集まりに参加していた。
「レイウェストとエフレムの絆は美しい。帝都で見た二人のやりとりはそれだけで作品として成立するほどの価値がある。だがやはり、あそこに至るまでの過程を妄想し、形にしたい……! だが、この国は今、レイ×エフドゥジンは冬の時代……!」
レタラの悩みはこのリーンエス王国ではもはや過激なレイウェスト×エフレム本が一般公開できなくなってしまったことであった。過激なら最初から一般公開するなよ、というツッコミが入るかもしれないが、そもそも世界全体の識字率が低いため、模擬店を出しても案外バレないものなのだ。
そんなわけで、パンクリアース学園では教務主任とウィリアム王子の切なくも甘いメモリーが展開されたり、エフレムとアシムベートの友情を超えた熱い絆がなぜか寝床で展開されたり、フォルトゥナ学園長が邪魔する奴を指先一つで爆裂させ、シラー砂漠で蛮族相手に無双する作品が描かれたりと、まさに百花繚乱、かなりフリーダムな妄想が花開いていた。
しかしながら、帝都崩壊以降様々な乙女たちの妄想の餌食となっていたレイウェストは少し前にこの国の王女であるメアリー・リーンエスと正式に婚約してしまった。それは、レイウェスト皇子が正式にリーンエス王家の関係者となったことを意味する。『毀れ者』として特殊な立ち位置におり、ドゥジン界隈では半ばフリー素材扱いされているウィリアム王子とは異なり、リーンエス王家は神聖な存在なのだ。外戚とはいえ、メアリー王女の夫を他の男とカップリングさせることは、もはやタブーとする風潮が強くなってきているのだ。
ちなみにメアリー王女本人のエロいドゥジンシはドゥジケット準備会では書くこと自体が絶対の禁忌とされている。メアリー王女本人がこっそり参加しているクラブなので当たり前だが。
(オレも同志であるメアリー王女の婚約は祝福している。なんならレイウェストとエフレムが向き合うピンナップをお祝いに王室に送りたいほどだ。レイウェストが見たら思い出して泣いてしまうかもしれないが。だが、思うように創作活動ができなくなっていることも事実。悩ましいな……)
「やはりレイ×エフものは少ないな」
色んな作者のドゥジンシを見比べながら、レタラはため息を吐いた。
「そうよねー。昔はよかったわ……いっそエフレム様とレイウェスト皇子が駆け落ちしてくれたらよかったのに」
闇の文芸部員レヴェリアはレタラの言葉にしみじみと頷いた。ちなみにレタラ(闇の文芸部名誉部員)を今日の集まりに誘ったのも彼女だ。レタラはレヴェリアが描いた「夜のマナズィール」シリーズを愛読しており、たまに作画も担当している。
「全くですわ。そうなれば、王女との婚約を破棄して男に走った乱心マンとして、皇子も追われる身に……」
「王家の面目丸潰れになりますから、きっと追手が放たれますわね。そして追手の中に密かに混ざるウィリアム王子。妹との婚約者を破談にしたことに激怒する王子の怒りを鎮めるためには、もう王子の花嫁になるしか道はないのですわ……」
「そして、皇子は名前を変えてバデーニ公爵の花嫁の一人として生きていくのですわね。ノッてきましたわ! 今度この筋書きで書いてみましょう!」
「なるほど、参考になる……!」
レタラは少女達の妄想談義に、深い感銘を受けていた。一般人に聞かれたら「お前達は何を言っているんだ」と突っ込みが入りそうな妄想談義に花を咲かせる闇の文芸部員たち。ドゥジンシとは、こうやって知見が磨かれることによって生み出されていくのである(諸説あり)。
「こうなったらオレもウィル×ラミ本でも書くか……? ウィリアムの方は結婚相手を広く募集しているおかげでむしろ解釈の幅は広がったしな……オレが書くとしたら、なぜかウィリアムの婚約希望者の中に女装させられたラミアスが混ざってる、などのシチュエーションか……いや、しかし……今オレが本当に描きたいのは皇子が近衛騎士を攻めるシチュエーションなんだ……!」
秘めたる願望を駄々洩れにしながらドゥジンシの売り子をしているレタラは、控えめに言って変な人であった。
●ドゥジン・クライシス
数日後、レタラは今度は学園の未認可ドゥジンクラブ『ローズ・ガーデン』主催のドゥジン作家の集まりに招待されていた。しかし、学園の敷地内で開催されたイベントだったため、当局(学園教師)の介入を許してしまった。
「まずい! 当局のガサ入れだわ! エフ×レイとかウィル×ラミとか、ナマモノは急いで隠して!」
学園生が叫んだ。部員達は一斉にブースの後ろの箱(二重底)を開け、大急ぎでやべえブツを箱の中へとしまう。もしも『腹黒王子のスパイな日々~妹の婚約者に物理的に密着24時間』とか、『逆襲の鬼畜眼鏡~僕を差し置いて多重婚なんて許すと思ってるんですか?』などの、禁断の薄い本の数々が教師に見つかれば、たぶん校長室に呼び出されるだろう。しかし間の悪いことに、レタラは机の上に薄い本を広げたまま席を外していた。
「なんだこれは! 『背徳の人妻偽巫女~ぬめる鱗と恩赦の条件』……!? なんと破廉恥な! ディズルと国際問題になるだろうが!」
「すみません、つい出来心で……!」
「これは危険物だ。この薄い本は卒業まで私が預かっておく」
「待ってください! これが描き上がるのを楽しみに待っているクラスメイト(主に男子)がたくさんいるんです!」
「だめだだめだ! そんな変態的な交友関係はこの際見直せ!」
「そんな酷い!」
ドゥジンシを隠しそびれた男子学園生は教師にドゥジンシを没収され、泣いていた。
「『ヨ●フは儂が育てたので体の隅々まで知っておる~バル●スティン宰相の爛れた忠義』……一体どこ向けなんだ!? 没収だ!」
「そんな、殺生ですわ!」
教師の検閲には容赦がなかった。どこに需要があるのかさっぱり分からない極めてマニアックな作品も没収された。
「すまん、お手洗いから戻った……おや?」
トイレから戻ってきたレタラは、いつの間にか教室がものものしい空気に包まれていることにようやく気付いた。
(反ドゥジン派教師の強制査察! まさか奇襲を許してしまうとは……)
「君もここのメンバーだな。君の薄い本も検めさせてもらうぞ」
レタラは渋面になりつつも、両手を上に上げる。そして教師は、レタラの机の上にのっていた書きかけの薄い本に気付いた。
「ふむ、これが君のドゥジンシか……まさか破廉恥な内容ではあるまいな?」
「無論だ。恋愛ものなので、対象年齢は少し上だが」
「なるほど、では検めさせてもらおう」
●追放されし近衛騎士と亡国の皇子
革命を企てた大逆の騎士、チャールズはすったもんだの末に捕縛された。最後の皇族となったマグナムはそれでもチャールズを愛していたが、国民や諸外国の手前、チャールズを処断しないわけにはいかなかった。そしてマグナムはチャールズが流刑に処される前の日の晩に、密かにチャールズの部屋を訪れ、最後の契りを交わす……。
●
「近衛騎士と皇子だとぉ……? これは巧妙に偽装されたレイ×エフ本ではないのか?」
「違う。これはオレの創作だ」
教師の言葉に、レタラは首を横に振った。
「ならば問おう。近衛騎士の一人称が『拙』なのだが、これはエフレムでは?」
「偶然の一致だ。一人称が『拙』の近衛騎士ぐらい、いくらでもいるだろう」
レタラは再び首を横に振った。『近衛騎士』は何もシルトラース帝国のみに存在する役職ではない。近衛騎士ならば、王国内にもたくさんいる(ロスガリア大陸における『騎士』は爵位ではなく名誉称号である)。探せば一人称が『拙』の近衛騎士だっているだろう。たぶん。
「近衛騎士が白いリザードマンなのだが? やはりこいつはエフレムなのでは?」
「偶然の一致だ。リザードマンは勇猛な種族だ。授恵者のリザードマンなら、とても強いはずだ。近衛騎士になることも不可能じゃない。この物語の舞台は王国ではなく架空の国だしな」
「ぐぬぬ……屁理屈を……!」
レタラがとぼけると教師は渋い顔をしながら、さらにページをめくった。
「『そのまま飲み込んでくれ、私の虹宝剣』。おい、なんだこのふざけた台詞は!? やっぱりレイウェスト皇子じゃないか!!」
「よく読むんだ。それは本物の剣ではない。ましてや、シルトラース帝国の国宝である『征竜の虹宝剣』であるはずがない。それはマグナム皇子の●●●●の比喩表現だ。本物の剣が飲み込める(比喩表現)はずがないだろう。そして高貴な存在であれば、『伝家の宝刀』(比喩表現)が虹色に輝いていてもおかしくない。……こんなこと、説明させないでくれないか。周りには女子もいるんだ」
「むむむ……!」
小声でレタラが説明すると、教師はくやしそうに唸った。ちなみにレタラはドゥジンシの作画において、謎の光を使用することが割とある。大事な部分を謎の光で隠し、『登場人物は発光スキルを使用しています』と裏表紙のすみっこなどに記載することでおセンシティブさを緩和するのである。これはレタラが冒険者としての活動で学んだ知恵なのだ。
「いいだろう、お前はシロだ……! 活動を続けてよい。……などと言うと思ったか! これも没収だ!」
「なんだと!?」
結局、レタラの未完成のドゥジンシ(白黒短編)は教師に没収されてしまった。
(こんなこともあろうかと用意しておいたダミードゥジンシが役に立ったか。本物のレイ×エフ本は予め隠しておいてよかったが……まったく、辛い時代だな……)
●ドゥジンシを愛する者同士は引かれ合う
(部室も確実に安全とは言えない、か。見せ合いなどの手間を考えるなら、パンクリアース学園の部室が一番描きやすいのだが。学園の購買部に画材も売っているしな……)
先日の痛ましい事件の数日後、レタラは王都の片隅にある小さな市民会館で開かれたドゥジンシ即売会に参加していた。ここは完全予約制なので、学園の教師などのガサ入れは恐らくない。参加には作家、読者問わず予約が必要だが、名前はペンネームでOKという、プライバシーにも配慮されたシステムだった。イベント主催者はドゥジンシに理解のある大商人だという。イベントの規模は小さく、こじんまりとしているが、久々に当局のガサ入れの危機のなさそうなイベントだったので、レタラはくつろいでいた。
(だが気になるのは参加者名簿に名前のあるこの人物……『エフ×レイ復権派』……一体何者なんだ……)
エフ×レイはレタラが最も推しているカップリングであり、最も得意とする作品のテーマである。その名前を冠する者となると、好奇心を掻き立てられるのも無理はない。レタラは少し会場を探してみたが、どこにもいなかった。どうやら出店側ではなく、参加者側のようだ
「わざわざこんな名前で登録するからには、相当なエフ×レイファンなのだろう。この人物とは気が合いそうだ。ぜひ話をしてみたいものだ」
●
(結局、『エフ×レイ復権派』は姿を見せなかったな……)
イベントが終わるまであと一時間という頃合いになっても、『エフ×レイ復権派』なる人物は姿を見せなかった。レタラの新刊はすでに完売しており、今は既刊の『近衛騎士のアブナイ忠誠~拙はもう辛抱たまりませぬ』が1冊だけと、見せ合い用の見本(印刷技術が未熟なロスガリア大陸では、ドゥジンシは見せ合いが主流であり、十冊も二十冊も刷ることは基本的にない)だけが残っている状態だった。
(おや、あれは……)
「ああ、すっかり遅くなってしまったわ」
客もまばらになり、参加者達が妄想に花を咲かせていた頃、一人の貴婦人が慌てた様子で会場に駆けこんできた。
「全部のサークルを回ってる時間はないわね。ここは特に目ぼしいものだけを……」
きょろきょろと周囲を見渡した貴婦人(貴腐人と呼ぶべきか)は、レタラと一瞬目が合った後、静止した。そして、早歩きでレタラの元へと高速移動してくる。
「見せてもらっていいかしら」
「ああ。売れるモノはそこの一冊だけだが」
「構わないわ」
貴婦人は女性にしては少し低い声音だった。レタラの許可を得た貴婦人は気品に溢れる仕草で、『近衛騎士のアブナイ忠誠~拙はもう辛抱たまりませぬ』を手に取ると、吸い込まれるように薄い本のページを開いた。
(一瞬で本の世界に入り込んでいる……天才というやつか……)
レタラは貴婦人の集中力に感嘆していた。この貴婦人は、レタラが話しかけても恐らく気付かないだろう。もしかすると、この部屋が大爆発しても本を離さずに読み続けるかもしれない。それほどの集中力だった。……貴婦人が熱心に読み耽っているのはリザードマンと紅顔の美少年が●●●する絵物語であることはこの際棚上げしておこう。貴婦人は一気にドゥジンシを読み終えると、にっこりと微笑んだ。
「貴方の作品はとても尊いわ……! エフレムのレイウェスト皇子への歪んだ愛と忠誠心、そして背負った罪のドロドロしたところがすごくリアルね!」
「ありがとう」
「画力も申し分ないわね。私は本物のレイウェストを見たことはないのだけれど、肖像画にそっくり。この美少年っぷりならエフレムやウィリアム王子が執心するのも無理はないわよね」
「ああ、そうだな」
微笑みながら頷くレタラ。貴婦人の言い分は微妙に現実と夢がごっちゃになっていたが、レタラはあえてスルーした。
「よく研究されているわね。資料はどうやって集めたの?」
「いや。実は本物のレイウェストを何度か見たことがあるんだ。それにエフレムも……オレは冒険者だから」
「まあ……! なんということ! 羨ましいわ! それでこんなリアリティのあるドゥジンシが描けるのね。もしかして、エフレムとレイウェストの最後の戦いの時も……」
「ああ、オレもその場にいた」
「なんですって! ああ、私も冒険者になればよかったわ!」
大げさな身振りで嘆く貴婦人。デカい声でしゃべっているので、レタラ達は会場の注目の的となっていた。
「それで、当然描いたのでしょう!? 最後の戦いを題材にしたエフ×レイのドゥジンシ!」
貴婦人が鼻息を荒くしながら詰め寄ると、レタラは首を横に振った。
「いや、それが……まだ描けていないんだ。オレも描きたいのは山々なんだが、レイウェストはこの国の王女と婚約したから」
「ああ、なんということ……!」
レタラの返答に貴婦人は大いに嘆く。その時、イベント時間終了のアナウンスが聞こえてきた。
「イベント終了時間です。来場者の皆様、本日はありがとうございました。お忘れ物のないようにお帰り下さい……」
「すまない、もう片付けの時間のようだ」
「ああ、残念。貴方とはもっとゆっくりお話しがしたいわ。アトリエに遊びに行っていい?」
「ああ、構わない。オレはレタラ・スマリだ」
レタラは貴婦人に自分の名刺を渡した。
「そういえば、名乗ってなかったわね。私はこういう者よ」
貴婦人は完璧な都市同盟の商人の礼儀作法の所作でレタラの名刺を受け取り、自分の名刺を寄越した。そして、一冊残っていたレタラの既刊を買い取り、優雅に去っていった。
「エリゼ・ヴェルハイン……これがエフ×レイ復権派は都市同盟の貴腐人だったのか……」
レタラは受け取った名刺をまじまじと見つめていた。
●再会
「まさか次の日に訪ねてくるとはな」
「お邪魔だったかしら。締め切り前なら日を改めるわ」
「いや、驚いているだけだ。昨日少し説明したが、最近はスランプというか……レイ×エフものが発表しにくいからな」
エリゼと出会った日の翌日。レタラはさっそくアトリエに遊びにきたエリゼと自分のアトリエで面談していた。急な来訪ではあったが、エリゼはお土産にお茶菓子と自分のコレクションのドゥジンシ(の複製品)をいくつか持参しており、レタラが追い返す理由はなかった。
(『ソウル・ブラザー・●●●●●●●とウィリアム~一夜を共に過ごせば皆兄弟だぜ』……これは『名もなき小鬼』とウィリアムのカップリング……! 『ヤコブがプロデュース~アイドル吸血鬼になりませんか? センターはもちろんワタシです』。こっちはちょっとハイレベル過ぎてオレには理解できないかもしれん……だが珍しい。都市同盟の作家の作品か……オレが見たことが無いものばかりだ)
「気に入っていただけたかしら」
「ああ。このような貴重なものを貰えるとは歓喜の極みだ」
レタラはぶんぶんと頷いた。
「アンタが昨日見そびれたエフ×レイの見本なら何冊かある。というかエフ×レイ以外の既刊も全部あるぞ」
「ぜひ読ませてもらえるかしら!」
「いいだろう。オレはアンタが読んでいる間はお土産のドゥジンシを読ませてもらおう。せっかくだ、紅茶も用意しよう」
「ありがとう」
……。そして、約二時間が経過した。二人は一言も話さず、お互いにドゥジンシを読みふけっていた。
(しかし、まさか翌日にアトリエまで訪ねてくるとは……そんなにオレのエフ×レイが読みたかったのか)
レタラはぐっと拳を握った。まだ感想は聞いていないが、この貴婦人がレタラの作品のファンなのは明らかだ。言葉にはせずとも、エリゼの輝いている目が全てを物語っている。
「やはり、レイ×エフは正義……!」
「あら、いけない。ついドゥジンシに夢中になってしまったわ。私は大事な用があってここにきたの」
レタラの言葉で我に返ったエリゼは読みかけの薄い本に栞を挟み、くるりとレタラに向き直った。
「大事な用だと?」
「ええ。私は貴方をスカウトにきたの。貴方の作品は尊いわ! その才能を、私の元で輝かせてみない?」
●ミコスタへの誘い
「なんだと? アンタは確か都市同盟の富豪だったな。オレに都市同盟に引っ越ししろと言うのか?」
レタラがエリゼに問うと、エリゼは頷いた。
「ええ。その通りよ。私の住んでる街……ミコスタへの引っ越しの費用はもちろん私が負担するわ。私の元で創作活動しない? 決して不自由はさせないわ。専用の工房もつけましょう」
「なんだって?」
レタラは衝撃のあまりぽかんと口を開けた。この婦人が偽物でなければ、エリゼは都市同盟でもそれなりの規模の富豪のはずだ。エリゼが執筆活動の環境を整えてくれるというのなら、ありがたい話だが、レタラにはすでに王国貴族のパトロンがいる。エリゼについていったところで、アトリエのグレードは正直そこまで変わらないだろう。
「待ってくれ。急に言われても……オレはこの国にいるパトロン貴族への義理があってだな……」
「すでにパトロンがいるのね。さすがだわ。納期さえ守れば引っ越しするのは別に不義理にはならないのではなくて? 必要なら、私が引き抜きの話もつけましょう」
「それはありがたいが……しかし……オレはこの国にたくさんのドゥジン仲間がいてだな。それに、オレが挿絵を付けなければ、誰が夜のマナズィールシリーズに挿絵を入れるんだ」(使命感)
「別に軟禁しようというわけではないわ。締め切りさえ守ってくれたら、取材旅行に出かけるのは自由よ。夜のマナズィールの挿絵も好きにつければいいわ。あと私もそれ読みたい。必要な取材旅行なら、経費も出してあげる」
「いや、しかし……」
踏ん切りがつかないのか、レタラはまだ渋っていた。しかし、心の中では「こんなチャンスはもう無いかもしれないぞ」とぐらついている。
「思う存分、レイ×エフが描きたくないの?」
「なにっ!」
「ミコスタならレイエフを描けるわ。外国だもの。萌え語りにも付き合えるわ。……だって、私もレイエフだから!」
「わかった、引き受けよう!」
がしっ。エリゼと固く握手をするレタラ。
「ありがとう、レタラ。そうと決まったら、さっそく引っ越しの手配ね。引っ越しが終わったら私の家に来て頂戴。妻子にも貴方を紹介したいし」
「え!? 妻子?」
レタラは思わず変な声が出た。
「オレの聞き間違いだろうか。妻子と聞こえたんだが。アンタ、ひょっとして男なのか」
「ええ、そうよ。即売会に出入りする時は正体を隠す為に女装しているの」
エリゼはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
●エピローグ
こうして、レタラは都市同盟の富豪、エリゼのお抱えのドゥジン作家となったのだった。エリゼに用意してもらった工房はレタラの注文通りで、のびのびとした執筆活動ができそうだ。
「さて、もうじきドゥジケット大礼拝祭もあるし、レイ×エフを描きつつ、一般向けにメアリー王女の冒険譚でも書いてみるかな。オレからメイへのせめてもの餞けだ。ようし、やるぞ!」
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。