【DA】リーンエスの耳
コルネリウス・アーラ/ リーヴァー・シュランドル
『ノベルタイトル:墓前の誓い』革酎
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ロモズ歩兵団はシルトラース帝国の正式な軍制組織ではなく、帝国崩壊後に編成された民間兵団である。
歩兵団を構成する人員の大半は当時の帝国難民であったが、帝国領土の奪還が進む過程で少なくない数の団員が除隊の上で地元へと帰還し、その総兵数は少しずつではあるが減少し続けている。
しかし今尚、数百という人数が現在の拠点カルケルーア・ロモズに居を構えており、この地を第二の故郷として日々の生活を送っていた。
現ロモズ歩兵団長コルネリウス・アーラはフィルエス大森林を故郷とするエルフの冒険者であり、彼女自身はカルケルーア・ロモズに常駐している訳ではないが、必要に迫られればその都度顔を出し、団長としての職務をこなすということが常と化しつつあった。
そして、夏から秋へと移りゆく季節の変わり目の気配が漂い始めた某日。
コルネリウスはカルケルーア・ロモズの南集落に位置する墓地へと足を運んでいた。
今、彼女の前には真新しいふたつの墓標が並んでいる。重兵2番隊長アーギス・マーレイと遊兵1番隊長ディーグ・ディオロンの名が、それぞれに刻まれていた。
この両名は、ロモズ歩兵団とは関わりの無い場所で、異なるタイミングで死を迎えた。歩兵団員として命を落とした訳ではないから、彼らの死に関してコルネリウスには団長としての責任は欠片も無い。
だがそれでも、コルネリウスの心は鉛の様に重たかった。
前団長リーヴァー・シュランドルから団長職を引き継いだ時、部下であり同胞でもある全歩兵団員を必ずや守り抜いてみせると誓っていたからだ。
勿論、アーギスもディーグも冒険者として活動していたから、常に命の危険とは隣り合わせだったし、本人達も納得の上でのことだっただろう。
命を懸ける覚悟を持った者を止めることは、決して容易ではない。コルネリウスもその様な人々の信念を尊重したいと常々考えている。
その一方で、同胞や部下達には無茶をして欲しくはないという矛盾した思いも抱えている。
このジレンマを理解してくれる者は、そうは居ないだろう。
今、コルネリウスが胸の内に押し込んでいる感情を分かち合える者が居るとすれば、ただひとり――リーヴァーを措いて他には居ない。
そのリーヴァーが、コルネリウスの傍らに佇んでいた。
彼女の表情には責める様な色も無ければ、同情の念も湧いていない。ただ黙然と、死者を悼む。今の彼女に出来ることは、ただそれだけだった。
●
墓標の前で膝をつき、黙祷を捧げていたコルネリウスは何とか必死に気持ちを切り替え、感情を表に出さぬ様に懸命に堪えながら立ち上がった。
そして、リーヴァーに振り向く。
コルネリウスは僅かな気力で声を搾り出そうとしたが、それよりも早くリーヴァーが頭を下げた。
「御免なさいね、コルネ。あなたにこんな重たい役を任せちゃって」
リーヴァーはただただ申し訳ないと、謝るばかりであった。
しかし罪悪感という点では、コルネリウスも同様だった。
「いえ……私の方こそ、本当に申し訳なく思っています。私を信じて歩兵団長という要職を譲って下さったにも関わらず、私はリーヴァーさんから受け継いだものを喪ってしまって……自分の力不足を情けなく思うばかりです」
アーギスもディーグも、コルネリウスにとっては最後まで護らなければならない存在であった。少なくともコルネリウスは、そう考えている。
だが、現実として本当にそれが可能なのか。
絶対に全ての歩兵団員をコルネリウス個人の力で守り通せるものなのか。
戦いの道を選んだ者は、常に死と隣り合わせである。だからこそ別れは突然訪れるのであり、コルネリウス自身その事実を改めて痛感していた。
だから、迷いが生じている。
コルネリウスの中で何かが大きく揺らぎ始めている。
その苦しい心の内を、コルネリウスは正直に吐露した。
「こんな時……リーヴァーさんはどうしてきたのですか?」
リーヴァーも、過去に同じ様な経験を積んでいる。帝国過激派が、帝国崩壊後に初めて表舞台へと姿を現した時だった。
当時団長だったリーヴァーのもとから、歩兵団員数名が拉致され、辺獄へと連れ去られた。彼らはホムンクルス製造の実験台となる過程で苛烈な拷問の末に命を落とした。
今でこそホムンクルスとして新たな生を授かったものの、それは飽くまでも結果論だ。彼らは少なくとも一度は、自らが望まぬ『死』をその身に強いられたことは事実であろう。
「難しい質問ね」
リーヴァーは深い吐息を漏らし、静かにかぶりを振った。
●
リーヴァーもかつては一度、部下を喪った。それも複数同時に。
そういう意味では、彼女は今のコルネリウスの心情を誰よりも深く理解してくれる人物だろう。
しかしひとつだけ決定的な違いがある。
ホムンクルスの実験台とされた者達は、死を望まなかった。
だがアーギスとディーグは己の信念に従って、自らの意思で死を迎え入れた。
そういう意味では、部下や同胞を喪うロモズ歩兵団長としての経験や心根は、余り参考にはならないかも知れない。
「でも、そうね……兄の話って、したことがあったっけ?」
「お兄様の、ですか?」
コルネリウスは思わず、両の瞼を瞬かせた。初めて聞く話だった。
帝国崩壊前、リーヴァーは最愛の兄を喪った。彼女は余り多くは語らなかったが、その兄の死にはリーヴァー自身も少なからず関与していたのだという。
そしてそれ以来、兄を殺したのは自分だという思いがリーヴァーの心の奥底に深々と根を張り続けている。今も時折、あの時の苦い思い出が蘇るという話だった。
「兄と歩兵団員達。あたしは二度も、大切なひと達を自分のミスで死なせていることになるわね」
それでもリーヴァーは己に絶望してはいけないと語った。
今の自分でも、これから先の未来を生き続ける他の人々の命を守ることは出来ると信じているから。
「過去は変えられないけど、自分の力でこの先、守れる命がある。未来がある。だったら、死んだひと達の分まで背負って、背負い続けて、彼らが守れなかったものを己の責任で守り続けるしかない。振り返るのは、私が最期の時を迎えた時で良い。それまでは必死に前を向き続けるしかないんじゃないかな」
確かに、現実と向き合うことは難しい。
だが、死んだ者達にはそれすらも不可能だ。事実を直視し、未来を守るということは、生き残った者にしか出来ないことだろう。
だから前を向くしかない。
リーヴァーはそれだけを考えて、今も前に進み続けているのだという。
「そんな訳で、振り返るのは最期の最期って決めてるの。先に逝った皆には申し訳無いけど、私はそこまで器用じゃないからね」
苦笑を滲ませつつ、小さく肩を竦めるリーヴァー。
成程、だからこのひとはロモズ歩兵団という組織を自ら立ち上げることが出来たのか――コルネリウスは、少しだけ理解出来た様な気がした。
●
しかし、だからといって今すぐに全てを受け入れられるかといえば、それも中々難しい。
「覚悟を決めたひとを受け止める。それ自体の覚悟を、私は持ちたいんです」
コルネリウスは真っ直ぐな瞳でリーヴァーを見た。
これに対してリーヴァーは、出来る出来ないはまだ考えなくて良いんじゃないかと返した。
「今は、その覚悟を持とうとする段階で良いと思う。人間、そんなに簡単に何でもかんでも出来る様になる訳じゃないからね。成長っていうのは、少しずつ重ねていくものだと思う。でなきゃ、それこそ神とか征竜のレベルだわよ」
確かに、その通りだ。
出来ないことを、もがき苦しみながら、出来る様になる。成長する。
だからこそ、人間なのだ。
王国騎士団や帝国近衛連隊の熟練の戦士達にも、そこまでの悟りの境地に達した者が一体、どれ程に居るのだろうか。
リーヴァーの考えるところ、一流の域に達した授恵者でさえ、その真理に辿り着いている者は少ないのではないかとのことであった。
「この先コルネがやるべきことは、受け入れること。受け入れる覚悟を持とうとすること。その心構えの準備をすること。それだけよ。何でも一気に出来ると思わないことが大事ね」
再びリーヴァーは言葉を重ねた。私達は神じゃないんだから、と。
意思を持つ。信念を持つ。そして、その信念に従ってもがき苦しむ。その結果、成長を重ねる。
辛いことは辛い。それも事実だろうが、それが出来るのも人間の特権だ。
本能だけで生きる野生動物や昆虫とは違う。クリーパーとも異なる。
「その為には……途轍もなく強い精神力が必要ということですね」
コルネリウスも、こればかりは経験を積むしか無いと悟らざるを得ない。経験以外に、この真理を解き明かす術は無いだろう。
アーギスとディーグは、どうだったのだろうか。
後に残される者達の苦しみを、理解していただろうか。
「あのふたり何も考えていない様に見えて、割りとその辺のことは色々考えていたみたいね」
リーヴァーは、コルネリウスが団長だからこそ命を張れたのではないかと推察した。
部下の死という辛さや悲しみは、他の者では耐えられない。あのふたりは、コルネリウスの強さを信じて命を懸けたのでは――リーヴァーはそう解釈した。
であれば、彼らの期待に応えるのも現ロモズ歩兵団長の務めであろう。
「随分と、重たい仕事を遺していってくれたものですね」
コルネリウスは斜陽の中で静かに佇むふたつの墓標に、改めて視線を送った。
●
そして再び、コルネリウスはリーヴァーに面を向けた。
「これは私の我儘だとわかってはいますが……それでもリーヴァーさんには、どうか居なくならないで欲しいと思っています」
ところがリーヴァーは、それはあなただけの話じゃないわよと思わぬ反応を返してきた。
「今でこそコルネは壁エルフとしての名声を確立してるけど、あなただっていつ、命を落とすかも分からないんだからね。そうなったら、悲しみを与えるのは逆にあなたの方なんだから」
コルネリウスは、息を呑んだ。
その発想は無かった。だがいわれてみれば、確かにその通りだ。
これまでのところは、コルネリウスは生き残った側だ。しかし彼女自身も冒険者である以上、どこで命を落とすかは分からない。
そうなれば後に残った仲間達、彼女に愛を注ぐ者達が悲嘆に暮れることになる。
「あたしも死なない様に努力はするけど、でもこればっかりは約束は出来ないからね。そこは勘弁して頂戴」
肩を竦めるリーヴァー。
己の意思とは関係無く、突如として訪れる死もある。それは否定出来ない。
或いは、死を免れ得ない局面もある。
この時コルネリウスはひとりの男の面影を思い描いた。その人物は、コルネリウスの手にした剣を己の意思で自らに突き刺し、そして死を選んだ。
あの時の感触は今でも覚えている。否、忘れよう筈も無い。
「あたしが思うに」
リーヴァーはそんなコルネリウスの苦い思い出を知ってか知らずか、何ともいえぬ表情で小さくかぶりを振った。
「コルネは、ちょっと色々な経験を積み過ぎて、まだ自分の中で消化し切れてないんじゃないかな。その戸惑いが色々な迷いに繋がっているんだと思う」
確かに、そうかも知れない。
まだ二十年をほんの少し過ぎた程度の人生だ。
ましてや、授恵者になってからの経験はお世辞にも豊富だとはいえない。その間、コルネリウスが積み重ねてきた現実は余りに多く、そして重い。
「だったら尚更よ、コルネ……何もかもを急に受け入れたり、全部をすぐに理解しようとするのは、却って辛いだけだからね」
少しずつ時間をかけて、己の経験とするしか無い。
ロモズ歩兵団長という立場にあるからといって、自らに万能を課する必要性は欠片も無いのだ。
リーヴァーは真正面からコルネリウスと向き合い、そしてその柔らかな肩にそっと手を添えた。
「あたしもコルネも、生き残れる様に努力する。今いえるのは、それだけじゃない?」
人生に絶対というものは無い。
だからこそ、悔いの無い様に生きよう。
ロモズ歩兵団長であるかどうかは、関係無い。
コルネリウス・アーラとして。
リーヴァー・シュランドルとして。
自分で自分に誇ることが出来る人生を、全うしよう。
ロモズ歩兵団はシルトラース帝国の正式な軍制組織ではなく、帝国崩壊後に編成された民間兵団である。
歩兵団を構成する人員の大半は当時の帝国難民であったが、帝国領土の奪還が進む過程で少なくない数の団員が除隊の上で地元へと帰還し、その総兵数は少しずつではあるが減少し続けている。
しかし今尚、数百という人数が現在の拠点カルケルーア・ロモズに居を構えており、この地を第二の故郷として日々の生活を送っていた。
現ロモズ歩兵団長コルネリウス・アーラはフィルエス大森林を故郷とするエルフの冒険者であり、彼女自身はカルケルーア・ロモズに常駐している訳ではないが、必要に迫られればその都度顔を出し、団長としての職務をこなすということが常と化しつつあった。
そして、夏から秋へと移りゆく季節の変わり目の気配が漂い始めた某日。
コルネリウスはカルケルーア・ロモズの南集落に位置する墓地へと足を運んでいた。
今、彼女の前には真新しいふたつの墓標が並んでいる。重兵2番隊長アーギス・マーレイと遊兵1番隊長ディーグ・ディオロンの名が、それぞれに刻まれていた。
この両名は、ロモズ歩兵団とは関わりの無い場所で、異なるタイミングで死を迎えた。歩兵団員として命を落とした訳ではないから、彼らの死に関してコルネリウスには団長としての責任は欠片も無い。
だがそれでも、コルネリウスの心は鉛の様に重たかった。
前団長リーヴァー・シュランドルから団長職を引き継いだ時、部下であり同胞でもある全歩兵団員を必ずや守り抜いてみせると誓っていたからだ。
勿論、アーギスもディーグも冒険者として活動していたから、常に命の危険とは隣り合わせだったし、本人達も納得の上でのことだっただろう。
命を懸ける覚悟を持った者を止めることは、決して容易ではない。コルネリウスもその様な人々の信念を尊重したいと常々考えている。
その一方で、同胞や部下達には無茶をして欲しくはないという矛盾した思いも抱えている。
このジレンマを理解してくれる者は、そうは居ないだろう。
今、コルネリウスが胸の内に押し込んでいる感情を分かち合える者が居るとすれば、ただひとり――リーヴァーを措いて他には居ない。
そのリーヴァーが、コルネリウスの傍らに佇んでいた。
彼女の表情には責める様な色も無ければ、同情の念も湧いていない。ただ黙然と、死者を悼む。今の彼女に出来ることは、ただそれだけだった。
●
墓標の前で膝をつき、黙祷を捧げていたコルネリウスは何とか必死に気持ちを切り替え、感情を表に出さぬ様に懸命に堪えながら立ち上がった。
そして、リーヴァーに振り向く。
コルネリウスは僅かな気力で声を搾り出そうとしたが、それよりも早くリーヴァーが頭を下げた。
「御免なさいね、コルネ。あなたにこんな重たい役を任せちゃって」
リーヴァーはただただ申し訳ないと、謝るばかりであった。
しかし罪悪感という点では、コルネリウスも同様だった。
「いえ……私の方こそ、本当に申し訳なく思っています。私を信じて歩兵団長という要職を譲って下さったにも関わらず、私はリーヴァーさんから受け継いだものを喪ってしまって……自分の力不足を情けなく思うばかりです」
アーギスもディーグも、コルネリウスにとっては最後まで護らなければならない存在であった。少なくともコルネリウスは、そう考えている。
だが、現実として本当にそれが可能なのか。
絶対に全ての歩兵団員をコルネリウス個人の力で守り通せるものなのか。
戦いの道を選んだ者は、常に死と隣り合わせである。だからこそ別れは突然訪れるのであり、コルネリウス自身その事実を改めて痛感していた。
だから、迷いが生じている。
コルネリウスの中で何かが大きく揺らぎ始めている。
その苦しい心の内を、コルネリウスは正直に吐露した。
「こんな時……リーヴァーさんはどうしてきたのですか?」
リーヴァーも、過去に同じ様な経験を積んでいる。帝国過激派が、帝国崩壊後に初めて表舞台へと姿を現した時だった。
当時団長だったリーヴァーのもとから、歩兵団員数名が拉致され、辺獄へと連れ去られた。彼らはホムンクルス製造の実験台となる過程で苛烈な拷問の末に命を落とした。
今でこそホムンクルスとして新たな生を授かったものの、それは飽くまでも結果論だ。彼らは少なくとも一度は、自らが望まぬ『死』をその身に強いられたことは事実であろう。
「難しい質問ね」
リーヴァーは深い吐息を漏らし、静かにかぶりを振った。
●
リーヴァーもかつては一度、部下を喪った。それも複数同時に。
そういう意味では、彼女は今のコルネリウスの心情を誰よりも深く理解してくれる人物だろう。
しかしひとつだけ決定的な違いがある。
ホムンクルスの実験台とされた者達は、死を望まなかった。
だがアーギスとディーグは己の信念に従って、自らの意思で死を迎え入れた。
そういう意味では、部下や同胞を喪うロモズ歩兵団長としての経験や心根は、余り参考にはならないかも知れない。
「でも、そうね……兄の話って、したことがあったっけ?」
「お兄様の、ですか?」
コルネリウスは思わず、両の瞼を瞬かせた。初めて聞く話だった。
帝国崩壊前、リーヴァーは最愛の兄を喪った。彼女は余り多くは語らなかったが、その兄の死にはリーヴァー自身も少なからず関与していたのだという。
そしてそれ以来、兄を殺したのは自分だという思いがリーヴァーの心の奥底に深々と根を張り続けている。今も時折、あの時の苦い思い出が蘇るという話だった。
「兄と歩兵団員達。あたしは二度も、大切なひと達を自分のミスで死なせていることになるわね」
それでもリーヴァーは己に絶望してはいけないと語った。
今の自分でも、これから先の未来を生き続ける他の人々の命を守ることは出来ると信じているから。
「過去は変えられないけど、自分の力でこの先、守れる命がある。未来がある。だったら、死んだひと達の分まで背負って、背負い続けて、彼らが守れなかったものを己の責任で守り続けるしかない。振り返るのは、私が最期の時を迎えた時で良い。それまでは必死に前を向き続けるしかないんじゃないかな」
確かに、現実と向き合うことは難しい。
だが、死んだ者達にはそれすらも不可能だ。事実を直視し、未来を守るということは、生き残った者にしか出来ないことだろう。
だから前を向くしかない。
リーヴァーはそれだけを考えて、今も前に進み続けているのだという。
「そんな訳で、振り返るのは最期の最期って決めてるの。先に逝った皆には申し訳無いけど、私はそこまで器用じゃないからね」
苦笑を滲ませつつ、小さく肩を竦めるリーヴァー。
成程、だからこのひとはロモズ歩兵団という組織を自ら立ち上げることが出来たのか――コルネリウスは、少しだけ理解出来た様な気がした。
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しかし、だからといって今すぐに全てを受け入れられるかといえば、それも中々難しい。
「覚悟を決めたひとを受け止める。それ自体の覚悟を、私は持ちたいんです」
コルネリウスは真っ直ぐな瞳でリーヴァーを見た。
これに対してリーヴァーは、出来る出来ないはまだ考えなくて良いんじゃないかと返した。
「今は、その覚悟を持とうとする段階で良いと思う。人間、そんなに簡単に何でもかんでも出来る様になる訳じゃないからね。成長っていうのは、少しずつ重ねていくものだと思う。でなきゃ、それこそ神とか征竜のレベルだわよ」
確かに、その通りだ。
出来ないことを、もがき苦しみながら、出来る様になる。成長する。
だからこそ、人間なのだ。
王国騎士団や帝国近衛連隊の熟練の戦士達にも、そこまでの悟りの境地に達した者が一体、どれ程に居るのだろうか。
リーヴァーの考えるところ、一流の域に達した授恵者でさえ、その真理に辿り着いている者は少ないのではないかとのことであった。
「この先コルネがやるべきことは、受け入れること。受け入れる覚悟を持とうとすること。その心構えの準備をすること。それだけよ。何でも一気に出来ると思わないことが大事ね」
再びリーヴァーは言葉を重ねた。私達は神じゃないんだから、と。
意思を持つ。信念を持つ。そして、その信念に従ってもがき苦しむ。その結果、成長を重ねる。
辛いことは辛い。それも事実だろうが、それが出来るのも人間の特権だ。
本能だけで生きる野生動物や昆虫とは違う。クリーパーとも異なる。
「その為には……途轍もなく強い精神力が必要ということですね」
コルネリウスも、こればかりは経験を積むしか無いと悟らざるを得ない。経験以外に、この真理を解き明かす術は無いだろう。
アーギスとディーグは、どうだったのだろうか。
後に残される者達の苦しみを、理解していただろうか。
「あのふたり何も考えていない様に見えて、割りとその辺のことは色々考えていたみたいね」
リーヴァーは、コルネリウスが団長だからこそ命を張れたのではないかと推察した。
部下の死という辛さや悲しみは、他の者では耐えられない。あのふたりは、コルネリウスの強さを信じて命を懸けたのでは――リーヴァーはそう解釈した。
であれば、彼らの期待に応えるのも現ロモズ歩兵団長の務めであろう。
「随分と、重たい仕事を遺していってくれたものですね」
コルネリウスは斜陽の中で静かに佇むふたつの墓標に、改めて視線を送った。
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そして再び、コルネリウスはリーヴァーに面を向けた。
「これは私の我儘だとわかってはいますが……それでもリーヴァーさんには、どうか居なくならないで欲しいと思っています」
ところがリーヴァーは、それはあなただけの話じゃないわよと思わぬ反応を返してきた。
「今でこそコルネは壁エルフとしての名声を確立してるけど、あなただっていつ、命を落とすかも分からないんだからね。そうなったら、悲しみを与えるのは逆にあなたの方なんだから」
コルネリウスは、息を呑んだ。
その発想は無かった。だがいわれてみれば、確かにその通りだ。
これまでのところは、コルネリウスは生き残った側だ。しかし彼女自身も冒険者である以上、どこで命を落とすかは分からない。
そうなれば後に残った仲間達、彼女に愛を注ぐ者達が悲嘆に暮れることになる。
「あたしも死なない様に努力はするけど、でもこればっかりは約束は出来ないからね。そこは勘弁して頂戴」
肩を竦めるリーヴァー。
己の意思とは関係無く、突如として訪れる死もある。それは否定出来ない。
或いは、死を免れ得ない局面もある。
この時コルネリウスはひとりの男の面影を思い描いた。その人物は、コルネリウスの手にした剣を己の意思で自らに突き刺し、そして死を選んだ。
あの時の感触は今でも覚えている。否、忘れよう筈も無い。
「あたしが思うに」
リーヴァーはそんなコルネリウスの苦い思い出を知ってか知らずか、何ともいえぬ表情で小さくかぶりを振った。
「コルネは、ちょっと色々な経験を積み過ぎて、まだ自分の中で消化し切れてないんじゃないかな。その戸惑いが色々な迷いに繋がっているんだと思う」
確かに、そうかも知れない。
まだ二十年をほんの少し過ぎた程度の人生だ。
ましてや、授恵者になってからの経験はお世辞にも豊富だとはいえない。その間、コルネリウスが積み重ねてきた現実は余りに多く、そして重い。
「だったら尚更よ、コルネ……何もかもを急に受け入れたり、全部をすぐに理解しようとするのは、却って辛いだけだからね」
少しずつ時間をかけて、己の経験とするしか無い。
ロモズ歩兵団長という立場にあるからといって、自らに万能を課する必要性は欠片も無いのだ。
リーヴァーは真正面からコルネリウスと向き合い、そしてその柔らかな肩にそっと手を添えた。
「あたしもコルネも、生き残れる様に努力する。今いえるのは、それだけじゃない?」
人生に絶対というものは無い。
だからこそ、悔いの無い様に生きよう。
ロモズ歩兵団長であるかどうかは、関係無い。
コルネリウス・アーラとして。
リーヴァー・シュランドルとして。
自分で自分に誇ることが出来る人生を、全うしよう。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。