イメージノベル『シルトラース帝国崩壊』2

レイウェスト・バルダス
帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが……。
できる限り、詳細に話すつもりだ。長くなるかもしれない。それでもよければ……
●
「……っ!」
苦悶の声と共に跳ね起きようとしたレイウェストは、すぐに体勢を崩して落下しそうになり、何者かに引き上げられた。レイウェストは呆然と朱色の空を見て、そうして、状況を理解する。
――気絶していたのか。
「エフレム!」
「……殿下。今は、お静かに」
気恥ずかしさと焦りから、思いの外大きな声が出た。そのことにも羞恥を感じながらも、応じた近衛騎士エフレムの声の平静さに、安堵を得た。教師然としたエフレムの言葉も常通り。
「そなたらが私を助けてくれたのか」
「拙ではなく、この者が」
白鱗を斜陽に照らされるエフレムが指し示したのは、エフレムとレイウェストが跨るようにして乗っている、巨大な生物であった。紫色の鱗一つ一つが、レイウェストの手のひらほどもある巨大な存在。
レイウェストはそれが、クリーパーであることを知っている。エフレムがその名を召喚術の到達者として世に知らしめるに至った、完全契約。クリーパーそのものを、長時間マテリアル界に留め、術師の命じることを叶えさせる召喚術の完成形。その契約を受け容れたクリーパーの中でも強大さで知られる紫電蛇だ。アストラル界から喚ばれた紫鱗の蛇は、周囲の様子を警戒しているように見える。
紫電蛇は、今、空に浮かんでいた。翼もなければ、巨大な蛇のようにしか見えないが、クリーパーとして有する異能のためか、こうして空を舞うことができる。そうして、エフレムの命に応じてその身を雷へと変じ、敵を討つ強大な矢とするのだと聞いたことがある。
自身の状況を理解したレイウェストは紫電蛇の胴体から身を乗り出すようにして、眼下を見下ろし――そうして、絶句した。
「…………帝都が」
つい先程見たばかりの帝都の景観は、見る影もなかった。彼方此方から煙があがり、多くは崩壊している。夕刻を過ぎたばかりという時刻も、よくなかったのだろうか。往来には、高空から見下ろした限り、人の姿も見られない。民は、どうした。
「帝国の民は……」
「逃げられる者は、逃げたでしょう。拙も割ける限りを救出に差し向けてはおりますが」
「そうか……、」
その言葉に、予感を得たレイウェストは弾かれるように視線を転じ、帝城を探す。エフレムが帝都を優先している現状は、騎士としては正しい。しかし、彼にはそれ以上に優先するべきものがあるはずだった。
変わり果てた景観であっても、太陽と周囲の風景からおおよその位置はわかる。すぐに、見つけた。
――何も、なかった。
レイウェストの視線の先には、帝都の惨状にみられるような、崩落した建物すらもみられない。
巨大な、大穴。帝城そのものを呑み込んでしまったかのように在る異質を前にして、レイウェストは言葉を無くしていた。無力感が、全身を覆い尽くす。何を、どのようにしたらこのような事態が引き起こされるのか、わからない。だが、滅亡を示すにはこの上なく明瞭な光景だった。なにかに削り取られた――というよりも、大地そのものが落ちていったかのような大穴の底は、見通せない。崩落していったであろう帝城の痕跡は、何一つ、見当たらない。
だから。
「エフレム」
レイウェストからは、その背しか伺えない、自らの近衛の名を呼んだ。
「……距離をとらざるを得なかったのです、殿下」
「エフレム、だが……!」
「あの有り様ではもう、何びとも助かりますまい」
「…………だが…………っ!」
「彼処より、次々とクリーパーが湧き上がっております。今は殿下。御身の命を――」
『語らずの智者』の異名を持つエフレムにしては、言葉を尽くしているのだろう。レイウェストにも、それは理解できる。しかし、反発が先に立った。この異常な事態を前に、レイウェストはまだ、何もしていない。どうすれば、エフレムを動かすことができるのか。口を衝いて出てきたのは、
「母上は」
エフレムが認めている、唯一の人物。リザードマンであるエフレムが、その魂に貴色を見出した人物で。
「母上は、いいのか。エフレム……」
「…………」
レイウェストが僅かな可能性に賭けるのならば、エフレムを動かすしかない。しかし、近衛であるエフレムは、レイウェストの身命を第一とすべき立場であるからこそ、道理は通じない。とり得るのはエフレムの心情を刺す、卑劣極まる手しかなかった。
無言のまま、エフレムがかすかに身じろぎする気配を感じた。自身が手にしている宝杖を、視界の端に捉えているのではないかとレイウェストは思う。けれども、これ以上に押す手立てをレイウェストは持たなかった。
「頼む、エフレム……」
「………………」
沈黙は、重く。しかし、過ぎる時間を厭うように、エフレムは頭を振った。
「……なりませぬ。拙は、近衛ですから」
「エフレム! 駄目だ!」
レイウェストの制止を振り切るように、紫電蛇がその身を虚空で巡らせる。帝都上空を滑るように進みながら、徐々に高度を下げていく。
「エフレム、今を逃せば次はない! 今しか、救う手立てはないのだぞ!」
「であればこそ、御身の安全を得られるのも今だけでしょう、殿下」
「……エフレム、頼む」
「…………」
懇願は、聞き入れられることはなかった。
高度を下げていく紫電蛇は、とうの昔に帝都の防壁を超え、平原に達している。もう、帝城を飲み込んだ大穴はおろか、帝都を伺うこともできない。出来ることはただ、防壁の向こうからあがる黒煙が、その勢いを増していくさまを眺めることだけだ。レイウェストは緊張と後悔に凍える舌を無理やり動かす。
「クリーパーが……湧いていると言っていたな」
「ええ」
「あの大穴は、何だ……?」
「……殿下には、見えておりませぬか」
紫電蛇から先に平原へと降り立ったエフレムは、レイウェストの手を引く。為す術を無くしたレイウェストはそれを容れ、降り立った。空中から降り立つと、鳴動している気配を感じた。不吉さと、絶体絶命の危機が思い返され、背筋が凍る。知らず、剣を大地につき、身を支える杖となしつつ、レイウェストは続きを待った。
「拙には、天を衝く巨木が見えます。殿下が仰る、大穴から」
「……っ!」
苦悶の声と共に跳ね起きようとしたレイウェストは、すぐに体勢を崩して落下しそうになり、何者かに引き上げられた。レイウェストは呆然と朱色の空を見て、そうして、状況を理解する。
――気絶していたのか。
「エフレム!」
「……殿下。今は、お静かに」
気恥ずかしさと焦りから、思いの外大きな声が出た。そのことにも羞恥を感じながらも、応じた近衛騎士エフレムの声の平静さに、安堵を得た。教師然としたエフレムの言葉も常通り。
「そなたらが私を助けてくれたのか」
「拙ではなく、この者が」
白鱗を斜陽に照らされるエフレムが指し示したのは、エフレムとレイウェストが跨るようにして乗っている、巨大な生物であった。紫色の鱗一つ一つが、レイウェストの手のひらほどもある巨大な存在。
レイウェストはそれが、クリーパーであることを知っている。エフレムがその名を召喚術の到達者として世に知らしめるに至った、完全契約。クリーパーそのものを、長時間マテリアル界に留め、術師の命じることを叶えさせる召喚術の完成形。その契約を受け容れたクリーパーの中でも強大さで知られる紫電蛇だ。アストラル界から喚ばれた紫鱗の蛇は、周囲の様子を警戒しているように見える。
紫電蛇は、今、空に浮かんでいた。翼もなければ、巨大な蛇のようにしか見えないが、クリーパーとして有する異能のためか、こうして空を舞うことができる。そうして、エフレムの命に応じてその身を雷へと変じ、敵を討つ強大な矢とするのだと聞いたことがある。
自身の状況を理解したレイウェストは紫電蛇の胴体から身を乗り出すようにして、眼下を見下ろし――そうして、絶句した。
「…………帝都が」
つい先程見たばかりの帝都の景観は、見る影もなかった。彼方此方から煙があがり、多くは崩壊している。夕刻を過ぎたばかりという時刻も、よくなかったのだろうか。往来には、高空から見下ろした限り、人の姿も見られない。民は、どうした。
「帝国の民は……」
「逃げられる者は、逃げたでしょう。拙も割ける限りを救出に差し向けてはおりますが」
「そうか……、」
その言葉に、予感を得たレイウェストは弾かれるように視線を転じ、帝城を探す。エフレムが帝都を優先している現状は、騎士としては正しい。しかし、彼にはそれ以上に優先するべきものがあるはずだった。
変わり果てた景観であっても、太陽と周囲の風景からおおよその位置はわかる。すぐに、見つけた。
――何も、なかった。
レイウェストの視線の先には、帝都の惨状にみられるような、崩落した建物すらもみられない。
巨大な、大穴。帝城そのものを呑み込んでしまったかのように在る異質を前にして、レイウェストは言葉を無くしていた。無力感が、全身を覆い尽くす。何を、どのようにしたらこのような事態が引き起こされるのか、わからない。だが、滅亡を示すにはこの上なく明瞭な光景だった。なにかに削り取られた――というよりも、大地そのものが落ちていったかのような大穴の底は、見通せない。崩落していったであろう帝城の痕跡は、何一つ、見当たらない。
だから。
「エフレム」
レイウェストからは、その背しか伺えない、自らの近衛の名を呼んだ。
「……距離をとらざるを得なかったのです、殿下」
「エフレム、だが……!」
「あの有り様ではもう、何びとも助かりますまい」
「…………だが…………っ!」
「彼処より、次々とクリーパーが湧き上がっております。今は殿下。御身の命を――」
『語らずの智者』の異名を持つエフレムにしては、言葉を尽くしているのだろう。レイウェストにも、それは理解できる。しかし、反発が先に立った。この異常な事態を前に、レイウェストはまだ、何もしていない。どうすれば、エフレムを動かすことができるのか。口を衝いて出てきたのは、
「母上は」
エフレムが認めている、唯一の人物。リザードマンであるエフレムが、その魂に貴色を見出した人物で。
「母上は、いいのか。エフレム……」
「…………」
レイウェストが僅かな可能性に賭けるのならば、エフレムを動かすしかない。しかし、近衛であるエフレムは、レイウェストの身命を第一とすべき立場であるからこそ、道理は通じない。とり得るのはエフレムの心情を刺す、卑劣極まる手しかなかった。
無言のまま、エフレムがかすかに身じろぎする気配を感じた。自身が手にしている宝杖を、視界の端に捉えているのではないかとレイウェストは思う。けれども、これ以上に押す手立てをレイウェストは持たなかった。
「頼む、エフレム……」
「………………」
沈黙は、重く。しかし、過ぎる時間を厭うように、エフレムは頭を振った。
「……なりませぬ。拙は、近衛ですから」
「エフレム! 駄目だ!」
レイウェストの制止を振り切るように、紫電蛇がその身を虚空で巡らせる。帝都上空を滑るように進みながら、徐々に高度を下げていく。
「エフレム、今を逃せば次はない! 今しか、救う手立てはないのだぞ!」
「であればこそ、御身の安全を得られるのも今だけでしょう、殿下」
「……エフレム、頼む」
「…………」
懇願は、聞き入れられることはなかった。
高度を下げていく紫電蛇は、とうの昔に帝都の防壁を超え、平原に達している。もう、帝城を飲み込んだ大穴はおろか、帝都を伺うこともできない。出来ることはただ、防壁の向こうからあがる黒煙が、その勢いを増していくさまを眺めることだけだ。レイウェストは緊張と後悔に凍える舌を無理やり動かす。
「クリーパーが……湧いていると言っていたな」
「ええ」
「あの大穴は、何だ……?」
「……殿下には、見えておりませぬか」
紫電蛇から先に平原へと降り立ったエフレムは、レイウェストの手を引く。為す術を無くしたレイウェストはそれを容れ、降り立った。空中から降り立つと、鳴動している気配を感じた。不吉さと、絶体絶命の危機が思い返され、背筋が凍る。知らず、剣を大地につき、身を支える杖となしつつ、レイウェストは続きを待った。
「拙には、天を衝く巨木が見えます。殿下が仰る、大穴から」