イメージノベル『シルトラース帝国崩壊』7

レイウェスト・バルダス

帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが……。
できる限り、詳細に話すつもりだ。長くなるかもしれない。それでもよければ……

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「僕が貴方たちを警戒していたのは事実だし、謀(たばか)ろうとしたことは詫びるけれど……どうだろうか。納得はしてくれたかな?」
「…………ええ。謝罪は、しませんが」
「それでいいとも」
 レイウェストの返答に態度の軟化を感じ、ウィリアムはようやく、両の手を下ろした。身の潔白を証明したとは言い難いが、自身の立場はある程度明確化できた、という判断だろう。ウィリアムは肩を回しながら、
「……ともあれ、殿下。『彼ら』をもとの務めに返してやりたいのだけれど、ご同意いただけるかな?」
「それは、」
 レイウェストはエフレムを見やったが特に、反応はなかった。好きにしろ、ということだろう。エフレムはレイウェストに危険が及ばない状況のとき、意見を求めてもまともに応えた試しがない。逆に言えば、これはある程度状況が上向いたことを示してもいるのだが。
「もちろんです。ウィリアム王子。……あの」
 応諾に、振り返りつつ後方へと手を掲げたウィリアムに対し、レイウェストは深く礼をした。

「我が民を救ってくださったことに、感謝を」
「ふふ。どういたしまして!」


●
「……さて! 殿下の見てきたものを教えてもらう前に、僕の提案を聞いてくれもらってもいいかな?」
「ええ、なんでしょう」
 軽い気持ちで、そう応えただけに。

「王国には、立ち寄らないでほしいんだ」
 ――その言葉には、酷く、打ちのめされた。

「……それ、は。何故でしょう」
「国境を治めるアーチボルト辺境伯は王家(僕たち)寄りだから、ともかく……殿下の身柄を受け入れるには、王国の事情は少しばかり、特殊でね。有り体に言えば……殿下は内争の火種になりこそすれ、王家も……もちろん貴族派も、殿下が政治的活動をするには、帝国の現状があまりに芳しくない」
「……」
 レイウェストにとってそれは、あまりに受け入れがたい話だった。苦しんでいる民がそこにいるのに、その支援を取り付けることができないというのは、当初の目論見から大きく外れてしまう。
 いや。
 衝撃から立ち直りつつある思考の中、思う。得るところもあったのは、事実だ。

 ――リーンエス王家は、貴族の暴走を懸念している。

 領地拡大、すなわち帝国の打倒はリーンエス王国の国家的目標であるという認識だったが、見ているものは王家と貴族で異なるらしい。おそらくは……『王家を超え得る領土と権勢(力)』。目の前にぶら下がった帝国の崩壊という餌を前に、王家が貴族派を御することは困難極まる、という事実。

「もちろん、王家としては難民への糧食の支援を約束するし、アーチボルト辺境伯の説得にも尽力することも約束するよ。だが――殿下らの身柄を、国内で受け入れることだけは、できない。そこだけは、譲れない一線であることを理解してほしい」
「そう、ですか……」
 あまりに固い意思表示に、レイウェストは沈思を余儀なくされた。まさにそういう状況だからこそ活きると思われたレイウェストの血と身体であったが、釘を刺された。だが、貴族が領土的野心を抑えきれないとなれば、レイウェストの意向が叶う可能性もぐっと低くなる。そうなると、とり得る手段は。
「……」
 その距離から、地理的に除外していたが。王国を頼りとできないのであれば、次の候補は自然と定まる。

 ――天秤を司るもの(エラトゥーン都市同盟)、だ。

「僕は特に、リブラネスタを勧めるよ。あそこの商人たちなら、話も早く進むしね。ここからだと少しばかり遠いのは確かだけど……まあ、乗りかかった船だし、そこは僕を頼ってくれてもいい」
「……ただし、条件がある、ということですね」
「ああ」
 レイウェストの言葉は、エフレムの武威と、ウィリアムから得た情報、さらに支援の確約との釣り合いを意識してのことだった。ウィリアムはにこやかに頷いたのち、視線を転じた。レイウェストが視線の先を辿ると、人影が見えた。先程のウィリアムたちの配下のうちのひとりが、どこからともなく馬を引いてきたらしい。
 さて。彼の、要求とは。

「いや……本当に、僕がここにいたことを内緒にしてほしいんだ。頼むよ」
 ウィリアムは、心底弱りきった笑顔で、そう言ったのだった。

●
「これは、ビッグオウム……?」
「ああ、そうとも! 王族の自家用鳥(プライベートビッグオウム)さ!」
「……それは、運用違反では?」
「そうかもしれないが、蛇の道は蛇、というやつさ。これも内緒にしておいてくれよ?」
 ビッグオウムは、空輸が可能という特性上、原則として冒険者ギルドに関わるものしか扱ってはいけない決まりになっている。それを咎めたレイウェストの指摘を、ウィリアムは軽くいなした。
 ギャアギャアといやに五月蝿いビッグオウムの傍ら、黒いスーツを着込んだ緑肌のホブゴブリンがやけに折り目正しい礼をしている。それを白々と眺めていたレイウェストであったが、痛い腹を自ら――ひょっとすると、好意をもって――開陳したウィリアムの心意気は、まあ、ありがたい。受け容れるべきなのだろう、とも思った。
「……ウィリアム王子も、同道されるのですか?」
「いや。僕は殿下から得た情報をもとにアーチボルト辺境伯への根回しと、調査を進めたいから……ここで、お別れだね」
 言葉に、レイウェストの胸中がわずかに揺らいだ。
 レイウェストの人生において、最も濃密なやり取りをし、暗中を彷徨う中に光をもたらした青年であった。苦境の中、ある程度――いやそれなりに――好意的に接してくれた……ような気が、しないでもない。多分。
 今ひとつすっきりしないが、敵対するような形になってしまったことに、罪悪感を感じてしまうのも、事実だった。
 そうですか、と。こぼれ落ちたような言葉に、ウィリアムは柔らかく笑うと、レイウェストの肩に触れた。
「――これは、同じ王族としての助言であり、戯言でもあるけれど」
 かすかなため息が、ウィリアムの胸中を示すように足元に落ちて、消える。その余韻の中、

「君は、この災禍のなかで死んだことにしても、良いと思うよ。事態は君ひとりが背負うにはあまりにも大きい。腕の立つ従者もいるんだ。ここではないどこか遠くで、静かに暮らすことだって……今ならまだ、出来る」

 ウィリアムは、此処が分水嶺なのだと、暗に告げていた。ビッグオウムが向かう先を、彼は指定していない。好きにしていい……ということなのだろう。
「…………」
 レイウェストは、何も言わなかった。どのような返事をしたところで、ウィリアムはきっと受け容れるだろう。答え自体、求めていないようにも思えた。
「……それでは、ここで。これまでの多大なる配慮、感謝いたします」
「ああ」
 肩に置かれていた手が、離れていく。レイウェストはその感触ごと振り切るように、ビッグオウムへと歩を進めた。エフレムと共に、ビッグオウムの傍らの大籠に乗り込む。ホブゴブリンがいそいそと離陸準備を進める中、レイウェストは籠の中に身を沈めた。礼を失するのは確かだが――ひどく、疲れていた。
 満足に睡眠も取らずに、此処まで来た。足を止めて身体を休めたところで、睡魔が押し寄せてきた。瞼が、落ちる。

「ヘイ、どちらへ行きやすか」
「…………」
 瞬く間に眠りに落ちかけていたレイウェストであったが、準備を終えたホブゴブリンの声に、意識が醒めた。
 レイウェストは……、

 ―・―

 飛び立っていくビッグオウムが砦の方へと向かうのを見上げたまま、ウィリアムは目を細めていた。なんとまあ、健気なことだろうか。
「僕たちは、そうならざるを得ないよなあ」
 共感と、同情と。あるいは――悼(いた)みにも似た声音を、拾う者はいない。

 見送るウィリアムにできることは、ただ。
 血塗られた道を行く同輩に、せめて良き導きの多からんことを、と。
 告げるべき神の名を見つけられないまま、祈ることだけであった。
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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0