『メダル』の行方

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 少しばかり、過日のことである。
 帝国崩壊後、授恵者の増加を各国が把握してからおよそ半年が過ぎた。各国の目ざとい為政者は、それがどれだけ危険な事かを理解している。新手の手つかずの授恵者の一団は、かつて保たれていた力の均衡を容易に崩しうるのだ。故に、この件に関する多国籍会議は今回も速やかに開催された。

「お集まりいただき感謝するよ。いつもこうだと楽なんだけどねえ」
「まあ、ポジション争いや外交的駆け引きをして時間を無駄にして良い問題と、そうでない問題が世の中にはあるからね」

 座長はエラトゥーン都市同盟の『女狐』ヴィルジニア・テレーザ・セルッティ。それに応じるのはリーンエス王国の『放浪王子』ウィリアム・リーンエス。彼らは、シルトラース帝国が事実上滅亡した現在、世界を主導する国家の代弁者としてここにいた。

「そなたと直接会うのは久しぶりな気がするな。ウィリアム王子」
「そういうレイウェスト殿下は、少し痩せたかい。僕と違って替えの利かない身だから、無理は禁物だよ」

 ここで会う以上は冒険者のウィルではない。にせよ、ウィリアムはシルトラース帝国の残滓を細い双肩に背負う『黒曜子』レイウェスト・バルダスへ片目をつぶってみせた。今のところは、王国ウィリアムと同盟ヴィルジニアはこの少年を担いで帝国復興の後押しをする立場だ。

「手短に願いたいがな。儂らは暇ではない」
「分かっているさ。今、あんた達がクリーパー絡みで忙しい事も、授恵者の手を借りたい事もね。ま、だからこそって所かい」

 会議室の一角を埋めるリザードマンの巨躯へ、ヴィルジニアがにんまりと笑みを返した。レイウェストと共に、ディズル大湿地帯を代表する『大酋長』アシムベート・グリオウ本人が出席しているのは、ようやく授恵者の増大と言う事態の意味を彼ら田舎者も理解したという事だろう。国家間で授恵者達の奪い合いが起きれば、かつての都市同盟の歴史を大陸規模でなぞる事になりかねない。国家どころか種族を越えた泥沼の戦乱など誰も望みはしていないのだ。

「で? 今回の議題はなんだ。さっさと進めろ」
「今回はあんたが発端さ。ゴールディの。授恵者に直接粉を掛けるっていうのは――」
「ルール違反か? はて、そんなルールは聞いたこたぁねぇ。俺ぁこう見えても律儀な男でな。決められた事には従うつもりだぜ?」

 ニヤニヤと笑うゴブリンは、『ゴブリンゴッドファーザー』ドン・ゴーフルその人だ。命を狙われているという割に、フットワークの軽い神出鬼没のゴールディの顔役は、今回の会議にも当然のように顔を出している。その様子に眉をしかめるフィルエス大森林のエルフたちの代表『灰火の守部』グレイオンスと、我関せずの態度で泰然と座すシグモル火山帯の『神議長官』オルグレイ。

「律儀とかマジウケる~。キサキっち、あいつらのこないだの分の支払い、まだじゃね?」
「そうですね。半月ほど遅れているようですよ。……って、なんで私があなたの国の事まで答えないといけないんですか」

 椅子にふんぞり返ったドワーフ王国の『匠王』シグルランに、その友人と言う立場で出席している『シャルガネ区の女将』キサキ・アカネが苦笑を返した。彼女達シャルガネ居住区の住人は、かつての恩義から辺境都市群を代表する立ち位置に立とうとはせず、常に表舞台では一歩を引いている。代わりに辺境都市群を代表しているハーフリングの小男は落ち着きなさげに小さくなっていた。

「そいつが律儀かどうかはアタシの知ったこっちゃないけどね。今回の要件はまあ、そろそろルールを決めようってことさ」

 各国の代表を前に、ヴィルジニアはそう口火を切った。ドン・ゴーフルは表向きは顔色を変えずにそれを聞いている。内心は穏やかならぬ状況ではあった。

(ここに来る前に根回し済みじゃねぇか。女狐め……)

 会議の席上であれば、お得意の話術と交渉術で話をひっくり返す事も辞さないつもりだったが、先手を打たれていた。


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 ゴールディが国家や種族の存亡を授恵者達に託す、と言えば聞こえはいいが。要するに彼らにゴールディへ思い入れを深めて、心理的な楔を打ち込もうとしたのだ。似たようなことは、王国も帝国も多かれ少なかれ始めてはいる。これがエスカレートすればどうなるのか。

「次に飛び交うのは現金か地位か。そうなってからでは収拾がつかないからね。彼らには自由でいて貰わないと」
「武器とか作ってあげるのも無し? あー、無しだよね、知ってる知ってる」

 今はまだ、どこかの国や組織に縛り付ける枷は少ない方が良い。クリーパーに侵された帝国の解放も、『泥血啜る月吸蟲』伝説級の大型クリーパーの対処も、それ以外に今後起きうる様々な異変にも、彼らには立ち向かってほしいのだから。

「……で、コレってか? なんだ、こりゃ」

 出席者へと手渡された小さなメダルを手に、ゴーフルは目を細める。話に聞いた事こそあれ、現物を手にするのは初めてだった。

「は、はい。我がエドゥノーグ迷宮で産出するメダルです。エドゥノーグではこいつが通貨代わりに流通しています。なんせ偽造は絶対不可能だってんで、信用がある」

 辺境都市群のハーフリングがそう答える。ヴィルジニアが補足するように言葉をつづけた。

「ただの通貨ってわけじゃないんだ。それを出すことで【迷宮探索者】っていう身分証明にもなる。まあ、迷宮用の武器とかを優先的に回してもらえるっていう不文律があるのさ」

 各国は授恵者達に感謝の意と自分達への思い入れを感じて欲しい。しかし、直接土地や立場で縛る事は望ましくない。ならば、それを表すためのルールを作ろう、と。そのひな型にエドゥノーグのローカルな仕組みが適しているのではないか、というのがヴィルジニアの言い分だった。

「もしも仕組みとして回るようなら……。流石に迷宮産を国別に用意するのは無理だからね。これとよく似た物を各国で作って配るのさ。王国は王国のメダルを。帝国は帝国のメダルを」
「……そんな子供だましで喜ぶか?」
「言っただろ、特別な通貨として流通してるって。これもそうしたらいい」

 ふふん、と笑ったヴィルジニアを受けて、ウィリアムが案を出す。

「わが王国であれば……そうだなあ。王国メダル所持者には王国騎士御用達の武具とかを卸すのはどうだろう。優先的にね」
「……フィルエス大森林では世界樹の枝や葉の持ち出しを許可する事も考えている」
「では、シグモル火山帯からは、神殿で一般向けでない紋具でも卸すかね」

 結局は、金や物で縛ろうという事ではないのか。そういう異論に対しては、交換できる物も国際会議で承認されたものに限る、という事で手を打った。資金面で強い二大国が交換比率の良いメダルをばら撒くようなことは許されないというわけだ。あるいは、帝国のように名誉的な称号を提供するしかない場合もあるやもしれない。その場合は王国や同盟も、同様の名誉称号を用意する。

「偽造対策は?」
「メダルの鍛造はあーし達、表面加工はエルフの爺様で、仕上げにシグモルの紋具加工のアレでちょちょいっとして……」
「素材はディズル大湿地帯とサウゼル大樹林の特産が必須、か。お主らはどう噛むのだ」
「王国と同盟はその流通を担うことになるよ。帝国は……」
「我らも素材を出そう。他に二つとない物を」

 ロスガリアの歴史が長く続くと言えど、征竜の遺骸を所持していた国家はシルトラース帝国以外にはない。なるほど、流通するメダルは色々な意味で、迷宮産と同等に偽造が困難なものとなろう。まあ、それだけに用意するだけでも相応の資金や政治力が必要とはなる。国家を超えた協力と監視の体制を作るという意味合いだけではなく、メダルの制度を悪用して王国の木っ端貴族が自作のメダルをばら撒く、などと言う事を禁じる為の方策でもあった。

「フン。何でもバランス、バランスか。気に喰わねぇが……、席を立つほどガキでもねぇ。いいぜ、それで行こうじゃねぇか」

 最終的にゴーフルが折れた事で、今回の会議は一応丸く収まった。まずは、エドゥノーグのメダルを授恵者達に流通させる。それがうまく機能するようであれば、各国で同様の施策を打つ。そういう事になった。
 
 
 
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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0