【DA】リーンエスの耳
シルヴィア・A・カペル/
エル=バ=ノイアン
エクスリオ・カペル/
フィリベル=バラガドゥール
『ノベルタイトル:蒼の祝福、花誓の耀き』久生夕貴
花と芸術の地――カペル領は一年でもっとも美しい季節を迎えていた。
街中で色とりどりの薔薇が咲き誇り、むせかえるほどの甘く高貴な香りに包まれる。
そして今日という特別な日、領民たちは軒先に蒼い薔薇飾りを掲げ、澄み渡った蒼穹を誇らしげに見あげる。
新たな蒼玉候への信愛と、祝福を込めて――
■
天窓から降りそそぐ柔らかな陽光を、シルヴィア・A・カペルは慈しむように見上げた。
カペル家の儀式を行う聖堂。その奥にある小部屋は、穏やかな光と静謐に満ちている。
シルヴィアは幼い頃からこの場所が好きで、蒼を基調に作られたステンドグラスがきらきらと煌めくさまをずっと眺めたり、天窓から陽の光がまっすぐ差し込む瞬間を見て目に見えぬものの愛しさを知ったりしてきた。
そして祖父母や両親がそうしたように、いつかこの場所で愛する人と永遠を誓う日が来ることを――少女の小さな祈りはやがて意志となり、花開いた。
「シルヴィア、ここにいたのか」
かけられた声に振り向くと、父のエクスリオ・カペルが立っていた。
鷹揚にこちらへ歩み寄ってくる姿は、この日のためにと誂えた礼服がこれ以上無いほど様になっていて流石だと思う。
「お祖父様にも、ご報告しておきたくて」
「ああ。父もここが好きだった」
幼い頃、自分と瓜二つと言われた祖父がこの場所が好きだったと聞き、嬉しく思ったものだ。
言葉を交わしたことがなくとも、祖父の愛が確かに自分の中にあるような、温かな気持ちにさせられたから。
「お祖父様も喜んでくれているといいのだけど」
「きっと式に出られないことを悔しく思っているさ」
いつになく穏やかに笑むエクスリオを見て、シルヴィアも微笑む。
カペル因縁の吸血鬼との決着が付いて以降、後顧の憂いが無くなったのか、父のまなざしからはすっかり影がなくなった。
近頃は母との時間をこれまで以上に大切にしているようで、幸せそうな二人を見かけるたびに、両親の元に生を受けたことを誇らしく思う。
ちらりと懐中時計に目をやったエクスリオが、こちらを振り向いた。
「さあ、そろそろ時間だ」
「はい、お父様」
差し出された手の温かさに気づいたとき、シルヴィアの胸に突如として感傷の波が押し寄せた。
幼い頃、何度も自分を導いてくれた手は、大きくて温かった。
今日という日を迎えても、父と娘であることには変わりないのに、どうしてこんなにも胸がいっぱいになるのだろう。
「これは困った。式典前に化粧係が大騒ぎだ」
ぽろぽろとこぼれる娘の涙を、父は笑いながらそっとぬぐった。
「お父様」
「なんだい」
「今まで、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「大好き」
「知ってるよ。こちらこそ」
穏やかな光が降りそそいでいる。雲ひとつない空で、燕が弧を描くように飛んでいた。
鏡に映った自身の姿を見て、エル=バ=ノイアンは不思議な気持ちになっていた。
礼服に身を包んだ目の前の男は、どう見たって貴族のそれで、本当に自分なのか一瞬分からなくなる。
「ごろつきだった頃の俺に『お前は数年後に侯爵家に婿入りするぞ、正式に認可されて』なんて言っても信じないだろうな……」
こちらを覗き込む目から昏い光が無くなったのは、いつからだったろうか。
あの頃の自分は、誰かと生を共にするなんて考えもしなかったのに。
「襟が詰まっとるせいか、息苦しくてかなわんなぁ」
静謐とした場に、そぐわぬ声。
やれやれと振り向いた先で、フィリベル=バラガドゥールが首元を緩めるように捻っている。
養父となった男の隣には、晴れて兄妹となった二人の姿もある。
「ほう。馬子にも衣裳というやつか? 其方もそれらしく見えるではないか」
ノイアンを見てにやりと笑うフィリベルは、かねてから宣言していた通り、ラグラス領主である兄とその腹心らを告発した。
周囲の助言により周到な準備がなされた結果だろう、領主のクレシー=ドロアは寄親貴族と共に失脚。ノイアンの実父であるエニード卿含む腹心たちは連座として処された。
かつてない政変が起きたことでラグラスは大きな混乱に見舞われたが、クレシーの実弟フィリベルが予定通り領主にスライドしたことで、それほど長くは続かないと見られている。
フィリベルが領主として最良というわけではないのだろうが――クレシーの圧政に苦しんでいた領民たちは、新しい時代の始まりを大いに歓迎し、政変による多少の不都合などものともしていないようだ。
「呼んでおいた俺が言うことでもないが……当主が何日も領を空けて大丈夫なのか。まだ政情が安定したわけじゃないんだろう」
「我輩を誰だと思っておる? いまだにやいのやいの言う輩もおるが、とるに足らぬ些事よ。分からぬのなら、分からせればよいだけのこと」
自信満々の様子にむしろ不安しかないが、付き添いで来ている兄妹や側近たちの様子を見るに、それなりに上手くやっているのだろう。
彼等に不安や疲労の色はなく、これから始まる祝祭にただ期待を膨らませているのが伝わってくる。
「……そろそろ時間か」
立ち上がったノイアンに、フィリベルが声をかけた。
「よいか。バラガドゥールの人間として、恥をさらすでないぞ」
「分かっている」
あんたもなとは口に出さずに。
「それにしても随分動きにくそうな服であるな……そんな靴で大丈夫か? 我輩のを貸してやろう……なんだいらんのか。おいそこの段差気をつけんか!」
「あんた見た目によらず過保護なんだな」
「ああもうよい。とりあえず堂々と往け!」
豪快に笑った養父の声を背に、ノイアンは足を踏み出した。
やわらかな風が、花の香りと共に吹き抜けている。
祝福の鐘の音が、花の領地に鳴り響いた。
カペル侯爵邸に集まった人々は、新たな蒼玉候の誕生を咲きほこる薔薇とともに祝う。
先んじて行われた爵位継承の儀で、シルヴィアはカペル家に代々受け継がれてきた蒼玉の証をエクスリオから譲り受けた。
既にリーンエス国王には爵位継承の報告と承認を得てはいるものの、カペルの地に住む人々にとっては、これをもって正式に新たな蒼玉候誕生となる。
父のエクスリオがいまだ健在なのに、なぜ爵位が継承されたのか疑問に思う民もいたが、そこについては当の本人があらかじめ声明を発表し余計な憶測を排除させた。
内容については以下の通りだ。
「親愛なる民たちも知ってのとおり、ロスガリア大陸は史の転換点を迎え、王国内もかつてない変動を余儀なくされている。
我がカペル領がこれまで以上に豊かかつ健全な発展を望むのならば、新たなる風を迎えねばならない。
変化を知り、最良を知り、あまねき機知と機転で民と共に時代の波を乗り越えられるのは、これからを生きる若き者たちだ。
言うまでもなく、私は後継者であるシルヴィアとその伴侶となるノイアンを支持し、敬愛している。
二人がこの地に長きに渡る恩恵と幸福をもたらしてくれると、大いに確信している。
無論、爵位継承後も私は先代蒼玉候として、娘を持つ父として、若き二人への万全の支援と助言を授けていくことを、ここに誓う」
そして新たなる領主となったシルヴィアとノイアンの結婚式が二度目の祝福の鐘とともに始まった。
式が執り行われる聖堂の中で、ノイアンはやや緊張しながらその時を待っていた。
参列者の中には(早くも居眠りしそうな)フィリベルと、終始にこやかな兄と妹。二人の結婚に尽力してくれた多くの関係者たち、そして冒険者として友人として苦楽を共にしてきた仲間たちが、今日という日を祝福するために、駆けつけてくれた。
彼らの顔を見つけるたびに、いまだこの場にいることが相応しいのか、怖気づきそうになる自分の背が正される。
今自分がここに立っている意味を、何度だって思い出させてくれるから。
開式の宣言がなされ、聖歌の歌唱が始まった。
美しい旋律が流れるなか、聖堂の入り口扉がゆっくりと開かれる。
現れた花嫁の姿に、参列者からため息が漏れた。
(言葉にならないというのは、こういうことだな)
天窓から差し込む陽光のもとで、彼女は誰よりも美しかった。
青薔薇をモチーフにしたというドレスは、気品ある純白と清廉な蒼が互いを称えるよう完璧な仕立てとなっている。
胸元に耀くのは、瑠璃と蒼玉があしらわれた揃いのネックレス。
彩る石たちはどれも華やかで、目を奪われてしまうけれど――
何よりも美しい宝石を、ノイアンは知っている。
エクスリオから手を離したシルヴィアが、ノイアンの手を取った。
花緑青に蒼をひとさじ加えたような瞳が、ゆっくりとこちらを見あげた。
この彩に、何度映りたいと思っただろう。
何度、自分のものにしたいと恋願っただろうか。
「――綺麗だ」
ただひと言、そう告げるだけで精いっぱいで。
誰よりも美しく、愛しいひとが幸せそうに微笑んだ。
二人は立会人の前で婚姻の宣言を行い、晴れて夫婦となった。
互いに伝え合う『誓いの言葉』は、誰の言葉でもない自分たちだけの祈りを乗せる。
ノイアンはシルヴィアの手を取ると、一度だけ天を仰ぎ見た。
ここに至るまでの様々な感情が、万感の想いとともに去来してゆく。
「ただ生を繋ぐだけの日々を『あんた』が変えた。それから明日やいつかを考えるようになって、そこに『お前』がいてくれればいいと思ったんだ」
夢物語だと最初は思った。
もしかしたらと考えるようになった頃には、もう彼女を手放すなど考えられなくなっていて。
ただ、その運命に添いたいと。
はじめて自分の命に意味があると、信じられたから。
「この先も共にありたいと願ってやまない。愛している、シルヴィア」
彩の瞳が、わずかに震えただろうか。
まっすぐにノイアンを見つめる彼女のまなざしは、いつだって清廉としていて。
「冒険者だった頃から、君の瞳は何時だって『私』を映していた。私の役目ごと、シルヴィアという人間と向き合おうとしてくれた。それがどれだけ嬉しかったことか」
貴族として、後継者として、令嬢として。常にあるべき姿を描き、恥じない生き方をしてきたつもりだ。
けれど時々自分が何者なのか、足元が見えなくなるときがある。
そんなとき、彼はいつも「ありのままの私」を見てくれていた。
いつも少しだけ離れたところから、自分が戻るべき定点を照らし続けてくれていた。
――貴方が傍にいるだけで、私は私を見失うことはないから。
「私も愛している。この想いを捧げ、君に誓おう」
誓いの証として交換されるのは、互いの名と誓いの言葉が刻まれた指輪。
耀くダイヤモンドの両脇で蒼のダイヤが煌めく意匠は、二人のありさまを象徴したものだ。
シルヴィアが微笑み、ノイアンも微笑んだ。
碧の瞳と、蒼の瞳が、互いの色を映し込み染めつけるように――
光と祈りに満ちた、誓いの口づけがかわされた。
■
春の花々が咲き誇る、カペルの庭園。
式の後に開かれた披露宴は、おごそかな雰囲気とは打って変わって和やかな空気に包まれていた。
招待客たちはワインや料理を楽しみ、たわいのない会話に花を咲かせ、祝福の酔いを享受する。
各テーブルを飾るのは、植物研究所の皆と作出した紫薔薇。振る舞うワインは種族文化を超えて皆で成したものを選んだ。
この結婚は自分たちだけのものではないという、主催者たちの確固たる想いの現れ。
エクスリオは挨拶にきた婿殿に、改めて約束を果たしたことへの敬意を述べた。
「実務はこれから手ほどきしていこう。改めて娘をよろしく頼むよ」
貴族の社交など不慣れだろうに、ノイアンはシルヴィアのサポートを足がかりにそつなく務めているようだった。
(あのぶんなら、貴族社会のあしらいもすぐに身に着けるだろう)
自分たちの都合に彼を巻き込んだことに、一抹の申し訳なさを抱いてはいるけれど。
己の我の通し方を、彼はよく心得ている。
譲るべきときは譲り、貫くべきと判断してしまえば、躊躇すら見せない。
その性質はシルヴィアとはまた異なるベクトルで、人の上に立つ者に相応しいものだとエクスリオは確信している。
シルヴィアは夫のフォローの傍ら、パンクリアース学園の同窓生たちと、思い出話を語り合っていた。
「学園長は女侯爵を目指す私を応援してくださった。約束でもあったし、近況報告も兼ねてワインをお贈りしたけどもう届いたかな」
学園では多くの大切な友人や仲間と出会い、共に未来を模索し、選びとっていった。
あの場所で過ごした日々が無ければ、きっと自分の世界はもっと小さなものだったろう。
(王国の新しい時代の始まりは、学園にも大きな影響を及ぼすだろうし、今後も変革は続くのだろうけれど……)
自分たちがそうだったように、よりよい未来を目指す自負と矜持が学園にある限り、いつだって道は明るいのだと信じている。
そしてシルヴィアたち卒業生も、各々異なる道を歩めども、いつかまた出会えた時に笑顔で語りあえる――
そんな世界であり続けるのだと、共に笑い合う友たちを見て、改めて確信する。
「ほう、さすれば今後の経済効果も狙って、早期の領主交代を? さすがは明主と名高いカペル候でありますなあ!」
エクスリオと領内経営(主に金回り)について意見交換していたフィリベルは、興が乗ったようにワインをあおった。
「シルヴィアの爵位継承も、ノイアン君との結婚も、この先きっとカペルの財産になる。私はそう信じていますよ」
「しかしですなあ。卿はまだまだ現役でありましょうに。未練はござらんのか?」
率直な疑問を投げかけるフィリベルのことを、エクスリオは好ましく思った。
貴族といえば言外の駆け引きで成り立つようなもの。その作法に馴れきってしまっているからこそ、目前の男の単刀直入な物言いが面白い。
「私は父を早くに亡くしましてね。随分若くに爵位を継いだものですから、それなりにやったつもりですよ」
やり切ったとは思わないが、未練を残すほど心残りも無い。
だからこそ隠居はせず、今後も若い二人をサポートしていくつもりだと告げると、フィリベルはなるほどと頷いて。
「卿が目を光らせておるなら、この地も安泰でありますな」
となれば今後ますますカペルは栄え、人が集まっていくだろう。
人が増えれば、優秀な人材も増える。せっかくなので将来性のありそうな若者を何人か引き抜かせてもらおうか――
そんなフィリベルの企みなどお見通しなのか、エクスリオはにこやかにワインを勧める。
「それはラグラスも同様でありましょう。長きに渡る圧政を終わらせた英雄が主となったのですから」
「いやはや英雄などと持ち上げられるのは敵わんですなあ! 無論、吾輩が継いだ以上、民が飢えることなどあり得んでしょうな」
「さすがはラグラスの経済秩序を担っておいでた方だ。今後の交易を楽しみにしていますよ。人材の一方通行ではなくてね」
「……おっと! 一本取られましたな」
がははと笑うフィリベルとエクスリオは、今後の経済政策について更なる意見交換を重ねた。
傍らで話を聞いている養子たちにはラグラス支援案だと分かるよう、具体的な話を盛り込んで。
(伯の後継者も誠実で聡明な若者たちのようだ。栄耀の都市の未来も明るい)
娘夫婦を見ていてもそうだが、若者がよりよい未来を信じ、手を伸ばそうとするさまは何よりの希望だ。
「貴殿も良い跡継ぎに恵まれたようですね」
「吾輩はまだまだ引退しませんぞ?」
にやりとグラスを手にするフィリベルの顔は、すっかりほろ酔いだ。
挨拶周りをひと通り終えたシルヴィアとノイアンは、新郎新婦のために設けられたテーブルでひと息ついていた。
参列者たちの楽しそうな様子を見守りながら、ふたりでワインを傾け合う。
「お疲れさま。馴れない社交は大変だったろう」
新妻のいたわりに、ノイアンはかぶりを振りながら微笑んだ。
「大したことはない。これより難しいミッションなど、いくらでもあったからな」
「そうだね。本当に、いろいろなことがあった」
冒険者として向き合った、多くの困難。一歩間違えれば取り返しがつかない綱渡りを、何度乗り越えてきただろう。
二人の結婚だって、そうだ。
身分違いの婚姻を成立させるだけでなく、これほど多くの人たちに祝福してもらうことがどれほど難しいことか。
改めて、今日という日が奇跡のようだと二人は思う。
「国王陛下に報告したときは、さすがに胃が痛かったな」
ノイアンの本音にシルヴィアも笑いながら頷く。
イレギュラーばかりの爵位継承と結婚だけに(事前準備は万端だったとはいえ)承認を得られるか不安が無かったわけじゃない。
「陛下に結婚を認めていただけて良かった。ご容態も気にかかっていたし、拝謁叶って一安心だ」
王族がメドゥの指先幹部の襲撃を受けたと聞いた時は、肝が冷えたものだ。幸い国王の救出に成功し怪我も無かったが、やはり高齢であるため影響がないか心配だった。
「ウィリアム殿下の臣籍降下に女侯爵……今後王国がどう変わるにせよ、来たる日まで一心にお仕えしたい」
そうだなと頷いたノイアンは、誇らしげに咲く紫薔薇に視線を馳せた。
「俺たちにできること。俺たちにしかできないこと……これからひとつずつ、実現していこう」
皆で造り上げた薔薇やワイン。
二人の未来を応援し、後押しし、尽力してくれた人たち。
今ここにあるすべては、一人では成しえなかったこと。
その日を生きることしか考えていなかった自分に、いつしか仲間ができ、友人ができ、最愛のひとができた。
紡いだ縁は波紋のように広がっていき、気がつけば多くの人たちに支えられ、未来をこの手で描きたいと思えるようになった。
――この先も、彼女の傍らで。
己の中で根づいた誓いは、やがて信念となり咲き誇るのだと。
シルヴィアはノイアンの髪についた花びらに手を伸ばした。
こちらに向けられるまなざしは穏やかで、けれどその奥にある熱情にいつだって魅入られてしまう。
「君と出会えて、本当に良かった」
彼を強く意識したのは、花とランタンが灯る夜だった。
月下に流れた髪に、伸ばされた手。ひと房に残された口づけに、狂おしいほど胸を焦がされた。
自身の立場と心に灯った熱の狭間で、迷い立ち止まったときもあったけれど。
応援してくれた友、最終的に背を押してくれた大切な家族、そしてなにより自身の運命ごと添いたいと願ってくれた彼の強さに、どれほど心震わされただろう。
――これからも彼の傍で、私は私であり続ける。
掲げられた青薔薇の紋章を共に見上げ、再び口づけをかわす。
互いに向け合う微笑みに、やわらかな陽ざしが降りそそいだ。
あまたの花々が、風に吹かれてさざめく。
ひらひらと舞う花びらは、まるで世界からの祝福のように。
街中で色とりどりの薔薇が咲き誇り、むせかえるほどの甘く高貴な香りに包まれる。
そして今日という特別な日、領民たちは軒先に蒼い薔薇飾りを掲げ、澄み渡った蒼穹を誇らしげに見あげる。
新たな蒼玉候への信愛と、祝福を込めて――
■
天窓から降りそそぐ柔らかな陽光を、シルヴィア・A・カペルは慈しむように見上げた。
カペル家の儀式を行う聖堂。その奥にある小部屋は、穏やかな光と静謐に満ちている。
シルヴィアは幼い頃からこの場所が好きで、蒼を基調に作られたステンドグラスがきらきらと煌めくさまをずっと眺めたり、天窓から陽の光がまっすぐ差し込む瞬間を見て目に見えぬものの愛しさを知ったりしてきた。
そして祖父母や両親がそうしたように、いつかこの場所で愛する人と永遠を誓う日が来ることを――少女の小さな祈りはやがて意志となり、花開いた。
「シルヴィア、ここにいたのか」
かけられた声に振り向くと、父のエクスリオ・カペルが立っていた。
鷹揚にこちらへ歩み寄ってくる姿は、この日のためにと誂えた礼服がこれ以上無いほど様になっていて流石だと思う。
「お祖父様にも、ご報告しておきたくて」
「ああ。父もここが好きだった」
幼い頃、自分と瓜二つと言われた祖父がこの場所が好きだったと聞き、嬉しく思ったものだ。
言葉を交わしたことがなくとも、祖父の愛が確かに自分の中にあるような、温かな気持ちにさせられたから。
「お祖父様も喜んでくれているといいのだけど」
「きっと式に出られないことを悔しく思っているさ」
いつになく穏やかに笑むエクスリオを見て、シルヴィアも微笑む。
カペル因縁の吸血鬼との決着が付いて以降、後顧の憂いが無くなったのか、父のまなざしからはすっかり影がなくなった。
近頃は母との時間をこれまで以上に大切にしているようで、幸せそうな二人を見かけるたびに、両親の元に生を受けたことを誇らしく思う。
ちらりと懐中時計に目をやったエクスリオが、こちらを振り向いた。
「さあ、そろそろ時間だ」
「はい、お父様」
差し出された手の温かさに気づいたとき、シルヴィアの胸に突如として感傷の波が押し寄せた。
幼い頃、何度も自分を導いてくれた手は、大きくて温かった。
今日という日を迎えても、父と娘であることには変わりないのに、どうしてこんなにも胸がいっぱいになるのだろう。
「これは困った。式典前に化粧係が大騒ぎだ」
ぽろぽろとこぼれる娘の涙を、父は笑いながらそっとぬぐった。
「お父様」
「なんだい」
「今まで、ありがとうございました」
「こちらこそ」
「大好き」
「知ってるよ。こちらこそ」
穏やかな光が降りそそいでいる。雲ひとつない空で、燕が弧を描くように飛んでいた。
鏡に映った自身の姿を見て、エル=バ=ノイアンは不思議な気持ちになっていた。
礼服に身を包んだ目の前の男は、どう見たって貴族のそれで、本当に自分なのか一瞬分からなくなる。
「ごろつきだった頃の俺に『お前は数年後に侯爵家に婿入りするぞ、正式に認可されて』なんて言っても信じないだろうな……」
こちらを覗き込む目から昏い光が無くなったのは、いつからだったろうか。
あの頃の自分は、誰かと生を共にするなんて考えもしなかったのに。
「襟が詰まっとるせいか、息苦しくてかなわんなぁ」
静謐とした場に、そぐわぬ声。
やれやれと振り向いた先で、フィリベル=バラガドゥールが首元を緩めるように捻っている。
養父となった男の隣には、晴れて兄妹となった二人の姿もある。
「ほう。馬子にも衣裳というやつか? 其方もそれらしく見えるではないか」
ノイアンを見てにやりと笑うフィリベルは、かねてから宣言していた通り、ラグラス領主である兄とその腹心らを告発した。
周囲の助言により周到な準備がなされた結果だろう、領主のクレシー=ドロアは寄親貴族と共に失脚。ノイアンの実父であるエニード卿含む腹心たちは連座として処された。
かつてない政変が起きたことでラグラスは大きな混乱に見舞われたが、クレシーの実弟フィリベルが予定通り領主にスライドしたことで、それほど長くは続かないと見られている。
フィリベルが領主として最良というわけではないのだろうが――クレシーの圧政に苦しんでいた領民たちは、新しい時代の始まりを大いに歓迎し、政変による多少の不都合などものともしていないようだ。
「呼んでおいた俺が言うことでもないが……当主が何日も領を空けて大丈夫なのか。まだ政情が安定したわけじゃないんだろう」
「我輩を誰だと思っておる? いまだにやいのやいの言う輩もおるが、とるに足らぬ些事よ。分からぬのなら、分からせればよいだけのこと」
自信満々の様子にむしろ不安しかないが、付き添いで来ている兄妹や側近たちの様子を見るに、それなりに上手くやっているのだろう。
彼等に不安や疲労の色はなく、これから始まる祝祭にただ期待を膨らませているのが伝わってくる。
「……そろそろ時間か」
立ち上がったノイアンに、フィリベルが声をかけた。
「よいか。バラガドゥールの人間として、恥をさらすでないぞ」
「分かっている」
あんたもなとは口に出さずに。
「それにしても随分動きにくそうな服であるな……そんな靴で大丈夫か? 我輩のを貸してやろう……なんだいらんのか。おいそこの段差気をつけんか!」
「あんた見た目によらず過保護なんだな」
「ああもうよい。とりあえず堂々と往け!」
豪快に笑った養父の声を背に、ノイアンは足を踏み出した。
やわらかな風が、花の香りと共に吹き抜けている。
祝福の鐘の音が、花の領地に鳴り響いた。
カペル侯爵邸に集まった人々は、新たな蒼玉候の誕生を咲きほこる薔薇とともに祝う。
先んじて行われた爵位継承の儀で、シルヴィアはカペル家に代々受け継がれてきた蒼玉の証をエクスリオから譲り受けた。
既にリーンエス国王には爵位継承の報告と承認を得てはいるものの、カペルの地に住む人々にとっては、これをもって正式に新たな蒼玉候誕生となる。
父のエクスリオがいまだ健在なのに、なぜ爵位が継承されたのか疑問に思う民もいたが、そこについては当の本人があらかじめ声明を発表し余計な憶測を排除させた。
内容については以下の通りだ。
「親愛なる民たちも知ってのとおり、ロスガリア大陸は史の転換点を迎え、王国内もかつてない変動を余儀なくされている。
我がカペル領がこれまで以上に豊かかつ健全な発展を望むのならば、新たなる風を迎えねばならない。
変化を知り、最良を知り、あまねき機知と機転で民と共に時代の波を乗り越えられるのは、これからを生きる若き者たちだ。
言うまでもなく、私は後継者であるシルヴィアとその伴侶となるノイアンを支持し、敬愛している。
二人がこの地に長きに渡る恩恵と幸福をもたらしてくれると、大いに確信している。
無論、爵位継承後も私は先代蒼玉候として、娘を持つ父として、若き二人への万全の支援と助言を授けていくことを、ここに誓う」
そして新たなる領主となったシルヴィアとノイアンの結婚式が二度目の祝福の鐘とともに始まった。
式が執り行われる聖堂の中で、ノイアンはやや緊張しながらその時を待っていた。
参列者の中には(早くも居眠りしそうな)フィリベルと、終始にこやかな兄と妹。二人の結婚に尽力してくれた多くの関係者たち、そして冒険者として友人として苦楽を共にしてきた仲間たちが、今日という日を祝福するために、駆けつけてくれた。
彼らの顔を見つけるたびに、いまだこの場にいることが相応しいのか、怖気づきそうになる自分の背が正される。
今自分がここに立っている意味を、何度だって思い出させてくれるから。
開式の宣言がなされ、聖歌の歌唱が始まった。
美しい旋律が流れるなか、聖堂の入り口扉がゆっくりと開かれる。
現れた花嫁の姿に、参列者からため息が漏れた。
(言葉にならないというのは、こういうことだな)
天窓から差し込む陽光のもとで、彼女は誰よりも美しかった。
青薔薇をモチーフにしたというドレスは、気品ある純白と清廉な蒼が互いを称えるよう完璧な仕立てとなっている。
胸元に耀くのは、瑠璃と蒼玉があしらわれた揃いのネックレス。
彩る石たちはどれも華やかで、目を奪われてしまうけれど――
何よりも美しい宝石を、ノイアンは知っている。
エクスリオから手を離したシルヴィアが、ノイアンの手を取った。
花緑青に蒼をひとさじ加えたような瞳が、ゆっくりとこちらを見あげた。
この彩に、何度映りたいと思っただろう。
何度、自分のものにしたいと恋願っただろうか。
「――綺麗だ」
ただひと言、そう告げるだけで精いっぱいで。
誰よりも美しく、愛しいひとが幸せそうに微笑んだ。
二人は立会人の前で婚姻の宣言を行い、晴れて夫婦となった。
互いに伝え合う『誓いの言葉』は、誰の言葉でもない自分たちだけの祈りを乗せる。
ノイアンはシルヴィアの手を取ると、一度だけ天を仰ぎ見た。
ここに至るまでの様々な感情が、万感の想いとともに去来してゆく。
「ただ生を繋ぐだけの日々を『あんた』が変えた。それから明日やいつかを考えるようになって、そこに『お前』がいてくれればいいと思ったんだ」
夢物語だと最初は思った。
もしかしたらと考えるようになった頃には、もう彼女を手放すなど考えられなくなっていて。
ただ、その運命に添いたいと。
はじめて自分の命に意味があると、信じられたから。
「この先も共にありたいと願ってやまない。愛している、シルヴィア」
彩の瞳が、わずかに震えただろうか。
まっすぐにノイアンを見つめる彼女のまなざしは、いつだって清廉としていて。
「冒険者だった頃から、君の瞳は何時だって『私』を映していた。私の役目ごと、シルヴィアという人間と向き合おうとしてくれた。それがどれだけ嬉しかったことか」
貴族として、後継者として、令嬢として。常にあるべき姿を描き、恥じない生き方をしてきたつもりだ。
けれど時々自分が何者なのか、足元が見えなくなるときがある。
そんなとき、彼はいつも「ありのままの私」を見てくれていた。
いつも少しだけ離れたところから、自分が戻るべき定点を照らし続けてくれていた。
――貴方が傍にいるだけで、私は私を見失うことはないから。
「私も愛している。この想いを捧げ、君に誓おう」
誓いの証として交換されるのは、互いの名と誓いの言葉が刻まれた指輪。
耀くダイヤモンドの両脇で蒼のダイヤが煌めく意匠は、二人のありさまを象徴したものだ。
シルヴィアが微笑み、ノイアンも微笑んだ。
碧の瞳と、蒼の瞳が、互いの色を映し込み染めつけるように――
光と祈りに満ちた、誓いの口づけがかわされた。
■
春の花々が咲き誇る、カペルの庭園。
式の後に開かれた披露宴は、おごそかな雰囲気とは打って変わって和やかな空気に包まれていた。
招待客たちはワインや料理を楽しみ、たわいのない会話に花を咲かせ、祝福の酔いを享受する。
各テーブルを飾るのは、植物研究所の皆と作出した紫薔薇。振る舞うワインは種族文化を超えて皆で成したものを選んだ。
この結婚は自分たちだけのものではないという、主催者たちの確固たる想いの現れ。
エクスリオは挨拶にきた婿殿に、改めて約束を果たしたことへの敬意を述べた。
「実務はこれから手ほどきしていこう。改めて娘をよろしく頼むよ」
貴族の社交など不慣れだろうに、ノイアンはシルヴィアのサポートを足がかりにそつなく務めているようだった。
(あのぶんなら、貴族社会のあしらいもすぐに身に着けるだろう)
自分たちの都合に彼を巻き込んだことに、一抹の申し訳なさを抱いてはいるけれど。
己の我の通し方を、彼はよく心得ている。
譲るべきときは譲り、貫くべきと判断してしまえば、躊躇すら見せない。
その性質はシルヴィアとはまた異なるベクトルで、人の上に立つ者に相応しいものだとエクスリオは確信している。
シルヴィアは夫のフォローの傍ら、パンクリアース学園の同窓生たちと、思い出話を語り合っていた。
「学園長は女侯爵を目指す私を応援してくださった。約束でもあったし、近況報告も兼ねてワインをお贈りしたけどもう届いたかな」
学園では多くの大切な友人や仲間と出会い、共に未来を模索し、選びとっていった。
あの場所で過ごした日々が無ければ、きっと自分の世界はもっと小さなものだったろう。
(王国の新しい時代の始まりは、学園にも大きな影響を及ぼすだろうし、今後も変革は続くのだろうけれど……)
自分たちがそうだったように、よりよい未来を目指す自負と矜持が学園にある限り、いつだって道は明るいのだと信じている。
そしてシルヴィアたち卒業生も、各々異なる道を歩めども、いつかまた出会えた時に笑顔で語りあえる――
そんな世界であり続けるのだと、共に笑い合う友たちを見て、改めて確信する。
「ほう、さすれば今後の経済効果も狙って、早期の領主交代を? さすがは明主と名高いカペル候でありますなあ!」
エクスリオと領内経営(主に金回り)について意見交換していたフィリベルは、興が乗ったようにワインをあおった。
「シルヴィアの爵位継承も、ノイアン君との結婚も、この先きっとカペルの財産になる。私はそう信じていますよ」
「しかしですなあ。卿はまだまだ現役でありましょうに。未練はござらんのか?」
率直な疑問を投げかけるフィリベルのことを、エクスリオは好ましく思った。
貴族といえば言外の駆け引きで成り立つようなもの。その作法に馴れきってしまっているからこそ、目前の男の単刀直入な物言いが面白い。
「私は父を早くに亡くしましてね。随分若くに爵位を継いだものですから、それなりにやったつもりですよ」
やり切ったとは思わないが、未練を残すほど心残りも無い。
だからこそ隠居はせず、今後も若い二人をサポートしていくつもりだと告げると、フィリベルはなるほどと頷いて。
「卿が目を光らせておるなら、この地も安泰でありますな」
となれば今後ますますカペルは栄え、人が集まっていくだろう。
人が増えれば、優秀な人材も増える。せっかくなので将来性のありそうな若者を何人か引き抜かせてもらおうか――
そんなフィリベルの企みなどお見通しなのか、エクスリオはにこやかにワインを勧める。
「それはラグラスも同様でありましょう。長きに渡る圧政を終わらせた英雄が主となったのですから」
「いやはや英雄などと持ち上げられるのは敵わんですなあ! 無論、吾輩が継いだ以上、民が飢えることなどあり得んでしょうな」
「さすがはラグラスの経済秩序を担っておいでた方だ。今後の交易を楽しみにしていますよ。人材の一方通行ではなくてね」
「……おっと! 一本取られましたな」
がははと笑うフィリベルとエクスリオは、今後の経済政策について更なる意見交換を重ねた。
傍らで話を聞いている養子たちにはラグラス支援案だと分かるよう、具体的な話を盛り込んで。
(伯の後継者も誠実で聡明な若者たちのようだ。栄耀の都市の未来も明るい)
娘夫婦を見ていてもそうだが、若者がよりよい未来を信じ、手を伸ばそうとするさまは何よりの希望だ。
「貴殿も良い跡継ぎに恵まれたようですね」
「吾輩はまだまだ引退しませんぞ?」
にやりとグラスを手にするフィリベルの顔は、すっかりほろ酔いだ。
挨拶周りをひと通り終えたシルヴィアとノイアンは、新郎新婦のために設けられたテーブルでひと息ついていた。
参列者たちの楽しそうな様子を見守りながら、ふたりでワインを傾け合う。
「お疲れさま。馴れない社交は大変だったろう」
新妻のいたわりに、ノイアンはかぶりを振りながら微笑んだ。
「大したことはない。これより難しいミッションなど、いくらでもあったからな」
「そうだね。本当に、いろいろなことがあった」
冒険者として向き合った、多くの困難。一歩間違えれば取り返しがつかない綱渡りを、何度乗り越えてきただろう。
二人の結婚だって、そうだ。
身分違いの婚姻を成立させるだけでなく、これほど多くの人たちに祝福してもらうことがどれほど難しいことか。
改めて、今日という日が奇跡のようだと二人は思う。
「国王陛下に報告したときは、さすがに胃が痛かったな」
ノイアンの本音にシルヴィアも笑いながら頷く。
イレギュラーばかりの爵位継承と結婚だけに(事前準備は万端だったとはいえ)承認を得られるか不安が無かったわけじゃない。
「陛下に結婚を認めていただけて良かった。ご容態も気にかかっていたし、拝謁叶って一安心だ」
王族がメドゥの指先幹部の襲撃を受けたと聞いた時は、肝が冷えたものだ。幸い国王の救出に成功し怪我も無かったが、やはり高齢であるため影響がないか心配だった。
「ウィリアム殿下の臣籍降下に女侯爵……今後王国がどう変わるにせよ、来たる日まで一心にお仕えしたい」
そうだなと頷いたノイアンは、誇らしげに咲く紫薔薇に視線を馳せた。
「俺たちにできること。俺たちにしかできないこと……これからひとつずつ、実現していこう」
皆で造り上げた薔薇やワイン。
二人の未来を応援し、後押しし、尽力してくれた人たち。
今ここにあるすべては、一人では成しえなかったこと。
その日を生きることしか考えていなかった自分に、いつしか仲間ができ、友人ができ、最愛のひとができた。
紡いだ縁は波紋のように広がっていき、気がつけば多くの人たちに支えられ、未来をこの手で描きたいと思えるようになった。
――この先も、彼女の傍らで。
己の中で根づいた誓いは、やがて信念となり咲き誇るのだと。
シルヴィアはノイアンの髪についた花びらに手を伸ばした。
こちらに向けられるまなざしは穏やかで、けれどその奥にある熱情にいつだって魅入られてしまう。
「君と出会えて、本当に良かった」
彼を強く意識したのは、花とランタンが灯る夜だった。
月下に流れた髪に、伸ばされた手。ひと房に残された口づけに、狂おしいほど胸を焦がされた。
自身の立場と心に灯った熱の狭間で、迷い立ち止まったときもあったけれど。
応援してくれた友、最終的に背を押してくれた大切な家族、そしてなにより自身の運命ごと添いたいと願ってくれた彼の強さに、どれほど心震わされただろう。
――これからも彼の傍で、私は私であり続ける。
掲げられた青薔薇の紋章を共に見上げ、再び口づけをかわす。
互いに向け合う微笑みに、やわらかな陽ざしが降りそそいだ。
あまたの花々が、風に吹かれてさざめく。
ひらひらと舞う花びらは、まるで世界からの祝福のように。
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
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