イメージノベル『シルトラース帝国崩壊』8

レイウェスト・バルダス

帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが……。
できる限り、詳細に話すつもりだ。長くなるかもしれない。それでもよければ……

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 こうしてたどり着いた、会議場で。
 レイウェストは以下の通り語った。

 まずは、レイウェストが直に見た帝都崩壊の全て。
 そして、『ウィル』と名乗った冒険者の導きのもと、ビッグオウムに乗り災禍を免れたレイウェストとエフレムは、彼の家族にと託された物を手にリブラネスタにたどり着いた、という筋書きだ。

 レイウェストにとって、前半は見聞きしたものを語るだけで良い反面、後半については約束もあり苦労した。
 皇族ではあれど演説の心得もなく、話の筋についてはエフレムの監修だけでは(主に、エフレムに拘りがないという点で)心もとなかった。辻褄だけは合わせたが……いずれにせよ、帝都脱出以降の情報は、レイウェスト自身も一次情報源でもなく、正確性には欠ける。踏み込みすぎないという判断は、無用な混乱を避けるためでもある。
 もう一つ別な狙いもありはしたが……そこは、展開次第として伏せた形。

 ――苦心して捏(でっ)ち上げた冒険者の挺身はこの場の参加者に対しては思ったほど響かなかったようだが、さておき。

「……帝都の崩壊は、巨大な地震と、帝城に突如生じた『大穴』……それに続くクリーパーたちによって連鎖的にもたらされた、だと?」
 レイウェストの位置からは最も遠い位置に座る、辺境都市の代表の一人が呻くように言った。ローブを着込んだ灰色髪のハーフリングの目元を覆う手には、震え。
「まるで、神代の再現ではないか……」
 地理上、帝国領土と辺境都市群の間には山脈が存在せず、地続きといっていい。その辺境都市に住まう者にとって、今回の災禍は凡そ最悪の事態だ。悲嘆に暮れるハーフリングの声に、会場にもざわめきが生じる。

「そこの近衛騎士の言では帝城の位置に天にまで届かんとする巨木があったというが……これは、どういうことだ? レイウェスト殿下には、見えなかったのだろう?」
 ハーフリングの悲嘆には目もくれず言ったのは、今回の会議には場違いな、舞踏会の如き装いの青年貴族。王国の貴族派の一人だ。応じたのは、
「……魔生の霧、か」
 グレイオンス。会議冒頭でドン・ゴーフルに因縁をつけられた、フィルエス大森林の代表。
「『小枝』らの報告だが、かの霧には、我らの認識を歪める作用があった。クリーパーの存在を隠し、同朋の気配をも覆い尽くしていた、とな」
 保守的なエルフたちがこの短期間のうちに調査に乗り出していたことと、それを躊躇いもなく明かしたことに、レイウェストは密かに驚きを抱く。厳しい表情を崩すことなく、グレイオンスはレイウェストを見つめ、続けた。

「……あの霧は、おぬしらの蛮行の産物だと考えていたが……動くことが出来ぬクリーパーが、その存在を隠匿するためのもの……ということもまた、あり得るか」

 世界樹の守護者(エルフ)らしい洞察に、再び、会場が騒然とする。帝都崩壊の原因が空前絶後の体躯をもつクリーパーによるものであるという明解かつ最悪な仮説は、波濤のごとく恐怖を伝染させる。

 それが、真実であるならば。
 ――かつて大陸の形を変え、伝説的な勇士たちと数多の神々がその身を捧げてようやく駆逐せしめた、神代に現れたという、超大型級のクリーパーの再現だ。

 帝都崩壊……大きく見積もっても帝国への災禍と捉えていた者たちにの恐慌ぶりは凄まじく、列席する者たちのなかで沈黙を保っている者は殆どいなかった。グレイオンスは厳しい表情のまま黙考し、ドン・ゴーフルは素知らぬ顔で菓子を頬張る。会議の代表として、この展開を予期していたヴィルジニアは愉快げに。
 そして、ウィリアム・リーンエス。両肘をついた姿勢で口元を隠し、何事かを考えている素振りだが……その視線は、レイウェストへと向けられている。

 ――頃合い、か。

「ええ、グレイオンス殿。私もあれを……人の手には余る事態だと感じたのは確かだ」
 レイウェストは言いながら、立ち上がる。そうして、会議場を――そこに座る人々と、彼らの付き人たちを見回した。できるだけ、ゆっくりと。この場にいる者たちを、自らの記憶に留めるように。そして、彼らの記憶に、少しでも印象づくように。レイウェストはその麗姿をもって、一人ひとりを見つめていく。
 すこしだけ、緊張していた。握った手に、力が込もる。
 ――ここからが、本番だ。
 グレイオンスに論旨を奪われた形になったことは予定外だったが……この狂奔を、待っていた。

「……しかし、神代を救った英雄も、神々も。もう、いない」
 そしてもちろん、世界の守護者たる征竜を頼る――という頭は、帝国皇族たるレイウェストにはない。『征竜の盾』であろうとする国家理念は、この状況であっても無いものには出来ない。
「だからこそ、帝国(私たち)には、助けが必要だ。被害を受けた帝国の民は難民と化し、無事な城塞や都市にたどり着いてはいる。しかしじきに、さらなるクリーパーたちが押し寄せて来るだろう。国境にあるヴァイセントラフ砦ですら、すでに内部は糞尿にまみれ、兵士は民の盾となって血を流し、平野に屍を晒している」

 レイウェストの双眸に、涙が滲む。高空から見たに過ぎない砦の様相が、民の悲嘆に暮れる光景が、滲んだ視界の中で、鮮明に思い返される。
 ――それは、大陸に覇を唱えんとしていた帝国皇家としてはあるまじき、あまりにか弱い姿だった。
苦礬柘榴石(パイロープガーネット)のごとき紅色の瞳が、宝石のような光を宿すさまを、居並ぶ者たちは目にしただろう。それが、すぐに伏せられる。

「……私に出来ることならば、なんだってする。帝国の民が、一日でも早く、安寧を得られるように……だから、どうか」
 レイウェストは、頭を下げた。強さや立場をかなぐり捨てて、告げる。

「どうか、そなたらの力を、貸してくれないか……」

 ひたりと落ちた静寂。
 最初に滲んできたのは困惑で、ついで、様々な感情と思考が入り交じるようになる。
 同情、驚愕、困惑、興奮、劣情、感傷、焦燥、憤怒、打算、嫌悪、軽蔑、期待、悲哀、懊悩(おうのう)、煩悶(はんもん)、諦観、希望、失望、不信、皮肉、誇り、抑鬱、心配、満足――、誰も彼もが、己の、あるいは己の属するものの立場から、その達成のために思考を巡らせる中、レイウェストは頭を下げたまま、思う。

 他の皇族が現れなかった現状、この場に立てるのは実績のない第八位(レイウェスト)だけ。帝国の内情は劣悪極まり、民の困窮ぶりは加速度的に悪化していく。切れる札は――無い、といってよく。

 この場で、レイウェストに出来ることは。

「もちろんだとも!」

 自作自演(マッチポンプ)。
 ただ、それだけだった。
 声高く、まるで役者のように張り上げられた力強い声。
 ――《約束》に応じた、詐欺師(ストーリーメイカー)の挙手。

「リーンエス王国は、此度の悲劇を見逃せない。我々は最大限の支援をすると約束するよ。傷ついた民草のために、力を貸そうとも!」
「おっと。王国(そちら)は足並みを揃えるのが大変じゃないかい? 同盟(アタシら)のほうが適任だと思うけどねえ」
 ウィリアム・リーンエス王子。そして、『女狐』ヴィルジニア・テレーザ・セルッティの名乗りに、引き出されるように。

 ――会場に、無数の声が弾けた。
 炸裂、とも、爆発、とも付かぬ大音声。追随と反対は互いに引くことなく、それを留める司会役(ヴィルジニア)が真っ先に手を出したものだから、事態は混迷を極めていく。

 轟々たる声の渦の中、だらしなく背もたれに身を預けたヴィルジニアは薄く口元を釣り上げている様が、頭を下げたままのレイウェストの視界の端に映る。その視線に気づいたのか、ヴィルジニアは、いやに長い犬歯を覗かせて、こう言った。

「言ったろ? 長くなる、って。」


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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0