【DA】リーンエスの耳

ストレガ・L・リベルガストラ
『ノベルタイトル: 永遠のストレガ』おおくまねこ
●
「こんにちは、ストレガさん」
「オポッサム殿、久しぶりなのだ」
ストレガ・L・リベルガストラが挨拶すると、学舎の前の道路を掃除していた老ゴブリンはホウキを動かす手を止め、姿勢を正して挨拶した。
「ずいぶん寒くなってきたが、体調にお変わりはないか?」
「ええ、おかげさまで、この年でも元気なもんですよ」
老ゴブリンはにこにこと言った。ゴブリン種族は貴種であるロード種を除けば、短命な傾向にある。それはここ、ゴールディの首都シルバードでも変わりはない。しかし、目の前のストレガの学舎の掃除夫として雇われたゴブリンは、種族の平均寿命を超えて生き続けていた。
『真面目に生きている者が早死にすることはあってはならない』
法学者であり、清廉だった三代前のストレガの遺言により、ストレガの学舎には高齢になり力が衰えたゴブリンにも、積極的に仕事を斡旋する方針があった。ゴブリン族にとっては大陸で最も暮らしやすい場所であろうこのシルバードでも、『楽園』には程遠い。無能な者はすぐに仕事を失い、ごろつきに身を落とすか、使い捨ての労働力として金持ちに使い潰される。そもそも、老人になれるゴブリンは非常に幸運なのだ。三代前のストレガはそれを嫌い、一定以上の年齢のゴブリンに対し、昔話と引き換えに情報料と称して、金銭援助を行ったりもしていたようだ。皮肉にも、三代前のストレガはあまりに理想が高すぎた故にゴールディのマフィア社会とは折り合いが悪く、非業の死を遂げてしまい、歴代でもかなり短命なストレガとなったのだが。
「それは幸いなのだ。季節の変わり目は病気も流行りやすい。なにかあったら、すぐに管理人殿に知らせるのだ」
「ありがとうございます。ストレガさんもお気をつけて」
●
「さて、まずは資料集めなのだ」
自分の研究室に荷物を降ろした後、ストレガは図書館を訪れた。この図書館こそ、ストレガの学舎の心臓部であり、ゴールディに存在する数少ない図書館である。蔵書量こそ他国の大都市の図書館には及ばないが、歴代ストレガ達の努力により、様々なジャンルの書物が豊富に揃っている。これはあまり自慢にはならないのだが、ゴールディの歴史自体が約二百年と比較的浅いこともあり、書物の保存状態も比較的良好である。ちなみに書物の保存状態のチェックは司書に雇われたゴブリン達が定期的に行っており、虫食いなどによる破損の際は、速やかに補修が行われる。書物の管理・保全は学舎の要となる要素であることもあり、こういった書物の管理方法は、学舎の成立から比較的早い段階で確立されたようだ。これについては、ゴブリンに好意的な他国の学者の協力もあったのだろう。
「おう、ライブラじゃねえか。朝から熱心だねえ」
「サップ殿、久しぶりなのだ」
書物を机に運んでいると、管理人補佐のホブゴブリンが声をかけてきた。彼は学舎きってのパワー系ゴブリンで、一度に大量の書物を運べるうえ、背も高い(高い場所にある本にも手が届く)ので重宝されている。サップは先代ストレガの同期に当たる古株のゴブリンで、ストレガにとっても師の一人である。基本は温厚なのだが、書物の管理にはうるさく、ストレガがまだ修行中だった時代に同年代のゴブリンが図書館におやつを持ち込んだ時は、学舎中に響き渡るような声でブチ切れていたことがある(さすがに学舎の所有者であるストレガが研究室におやつや飲み物を持ち込むことは禁止されていないが、図書館は飲食物は持ち込み禁止である)。
「管理人殿は留守なのだ?」
「ああ、休耕地の様子を見に行くと言って出てった。2、3日すれば戻ってくるさ」
「左様であるか」
ストレガは師でもある学舎の管理人の様子を尋ねてみたが、どうやら入れ違いになったらしかった。
「ところで今度は何の研究だい?」
「ストレガの歴史についてまとめるつもりなのだ」
「ほう。そりゃまた変わった研究テーマだな」
「ああ。もうじき私も帝都奪還作戦に参加するのだ。無論、生きて戻るつもりだが、万が一ということもある。ストレガの歴史について、一つ記録を残しておくことにしたのだ」
「……なるほど、そいつは大事な仕事だ」
サップは神妙な顔になった。日々生きるのが精いっぱいで、時事問題には疎いゴブリンも多いが、サップは学舎のゴブリンなので外国の事情にも比較的明るい。帝都奪還作戦の意味も、もちろん知っていた。
●
ストレガの歴史について書く、と語ったストレガだったが、彼女の描こうとしているテーマは厳密には少し違う。ストレガが今回書こうとしているのは始祖ストレガの思想についての考察であった。ストレガの名は受け継がれ、始祖が創設した学舎も受け継がれているものの、その思想については謎が多い。その時代はまだ、ゴブリンの文明の黎明期であったがゆえに。
始祖ストレガについて確実に分かっていることは、まず一つに、授恵者であったこと。また、始祖は好奇心旺盛なゴブリンだったらしく、雑多なジャンルに関する記録を遺している。
さらに、始祖自身が残した壁画から、始祖ストレガは弓作りの祖の一人でもあった事も解っている。大樹海で暮らすゴブリン達の文明は、鉄器すら持たない原始的なものだったはずだが、『弓矢』については、どうやら樹海にいた頃から発明に至っていたらしい。……あるいは、素材を求めて樹海に迷い込んだ人間の「落とし物」から、構造を把握したのかもしれないが。
そして、始祖について語る上で欠かせないのは、始祖は壁画記録者であったことだ。なぜ壁画だったのか、それについて考察することは容易い。単純に、二百年前、大樹海の奥地で暮らしていたゴブリン達の識字率は著しく低いものだったからだろう。ゴブリン達が「文字」という文化を獲得したこと自体が、大脱出の後であった可能性も高い。
「……多彩な才能を発揮したと思われる始祖ストレガだが、その研究テーマにはある傾向がある。それは、『記録を残すこと』そのものについてと、生存に直結する分野についての研究が多いことだ。今代のストレガである私ライブラは、始祖が『生き残る事』『記録を残す事』に力を入れた意味を考察したい。そして、始祖は何故次代へ『ストレガ』の名を継いでほしかったのか? その真意について、現ストレガとして。『ストレガ』についての記録の続きとして後世に記したい」
●
始祖から学舎を継いだ二代目ストレガは探検家だった。記憶力に優れたストレガで、樹海の道案内役として活躍し、学舎に富をもたらしたようだ。噂では、二代目ストレガが残した秘宝が大樹海のどこかに眠っているという。もっとも、そんなものがあるのなら後世のストレガに受け継がれていそうなものなので、私はその噂については懐疑的だが。
二代目もまた、始祖と同じように授恵者であったようだが、始祖と血縁関係があったかどうかについては、ハッキリしていない。だが、「生き残る」ことを重視していた始祖が後継者に指名した以上、二代目は多分にサバイバル能力に優れたゴブリンであったことは想像に難くない。実際、二代目ストレガが残した手記には、「毒キノコをうっかり口にしてしまったが、奇跡の生還を果たした」、という記述がある。余談だが、毒キノコや魚など、有毒生物を口にしたことで命を落としたストレガは多いようだ。博識であるが故に、「すでに毒物だと分かっているもの」を自ら口にして死んだストレガはいないが、「新しく発見された、食えるかどうか分からないもの(クリーパーなど)」を自ら食することは真理の探究者たるストレガの宿業なのかもしれない。そのせいか、ストレガの学舎には毒物についての資料は特に多い。マフィアや暗殺者が利用することがある『ストレガダケ』も、あるストレガの命を奪ったことにちなんでいる。
少し話が逸れたが、二代目の後はしばらく非授恵者のストレガが続いたようだ。だが、現代までもストレガの名が途絶えることもなく続いている所をみると、少なくとも、いずれのストレガも『弱者』ではなかったのだろう。先ほども少し述べたが、始祖ストレガは『生き残る』ことを重視していた。当時は今よりも遥かに未成熟だっただろうが、『犯罪都市』とも呼ばれるシルバードで生存するためには、単純な腕っぷしだけではなく、『都会での生存術』とでも呼ぶべき、ある種の専門的な知識が必要になってくる。
たとえば、地図。無論シルバード全域について学ぶ必要はないが、マフィアが麻薬取引によく使うような裏路地には近づかないようにするだとか、シルバードに住む上では、知らないと寿命に直結する知識は存在する。
また、五大ファミリーの縄張りや、その生存戦略についてなども可能であれば知っておくべきである。ストレガの学舎がいずれのマフィア・ファミリーの傘下にも収まらず、今の独立した地位を守り通している(ブラックデスを初めとした為政者に協力することはある)のは、先人達の交渉力の賜物でもあるのだ。始祖が生きていた頃には、まだ現在の「五大ファミリー」は黎明期だっただろうが、始祖の教えの中に「交渉術」が存在することは、特筆に値するだろう。
●
「さあ、朝食ができたのだ。今朝のメインは、パンプキンクリームシチューなのだ」
「「おいしそー!」」
ストレガが学舎に戻ってから二日目の朝。ストレガは自ら厨房に立ち、同胞の為に朝食を作っていた。今代のストレガの探究範囲は授恵者らしく広いが、ここ数年は食の探究にハマっている。これは、冒険者として様々な地域に足を運ぶ関係で、クリーパーや魔獣を含む多種多様な生物に出会う機会に恵まれていることも大きい。
「たかが食事、されど食事なのだ。無人島で漂着した時などは、調理技術の有無が生死を分けることもある。そうでなくとも、『食えるものかどうか』を把握しておくことは重要なのだ。残念ながら、飢えた挙句、食べてはいけないものを食べてしまい、命を落とした同胞は少なくない。また、偏食もよくない。学舎の食事はバランスのとれたものが提供されているが、食べるものが偏っていると、体が弱ってしまう。果物や野菜を長期間食べずにいた者が、口や鼻から出血して死んだという話もあるのだ」
「なにそれ、怖い」
ストレガは自身も食卓につきながら、次代のゴブリン達に少しばかり食事についての講義をした。
(一言一句私の言葉を覚えておく必要はないが、『果物と野菜は定期にとらないと恐ろしいことになる』、それぐらいのことさえ記憶に残れば今は十分なのだ)
ゴールディの未来を担うであろう、小さなゴブリン達を見つめながら、ストレガはふとそんなことを思った。
●
「ここで、塩を一つまみ魚にかける。生臭さがとれれば、グッと味も美味しくなるのだ」
「「へー!」」
執筆に煮詰まったストレガは、厨房で主婦のゴブリン達相手に料理教室をしていた。授恵者といえど、集中力は永遠ではない。時にはこういう気分転換も必要だ。それに、ストレガが気分転換をするたびに学舎の食堂のメニューのレパートリーが増えたりもするので、同胞にも歓迎される。そうこうしていると、学舎で読み書きを教えている教師の一人がストレガに声をかけてきた。
「ストレガさん、午前中はガキ共も連れて、樹海(の入り口)で山菜取りをやろうと思ってるんですが、一緒について来ちゃあくれませんか?」
「ふむ、いいだろう。腹を空かせた魔獣などに出くわす可能性もある。気分転換がてら、付き合うのだ」
「ハハハ、怪物に出くわしても、ストレガさんがいるなら大丈夫そうですな!」
「授恵者とて万能ではない。入り口とはいえ、樹海に危険は多い。各自、注意は怠らないようにするのだ」
「「はーい!」」
こうして、ストレガは山菜取りという名の遠足に同行することとなった。
「ねえストレガ先生、このキノコ、食べられる?」
毒々しい柄のキノコを指差しながらゴブリンの少年が問うと、ストレガは首を横に振った。
「そのキノコは毒キノコなのだ。食べると腹を壊すのだ」
「そうなんだ! でも、なんで毒だって分かるの? 前に食べたことがあるの?」
少年の問いに、ストレガはまた首を横に振る。
「否。図鑑に載っていたから分かるのだ。自分では食べたことがなくとも、先人が食べたことのあるキノコならば、記録される。そうやって、人類は食べられるものを増やしてきたのだ」
「へー。じゃあ、最初に食べたゴブリンは死んじゃったのかな?」
「どうだろう。少量ならば、命は助かったのではないだろうか」
「そっかぁ」
少年はストレガの言葉に感心した様子だった。
(そうだ。大樹海の植物図鑑も、先人の努力と知恵の賜物。積み重ねなくして、我らに発展はないのだ……始祖たるストレガもまた、先祖から受け継いだ知識を次代に残そうとしていたのかもしれない)
●
ここで、始祖ストレガが交渉術を遺した意味について考察する。始祖は交渉術のほかにも、ゴールディと他国との外交の歴史なども、壁画の形で残している。ここからは推測だが、始祖ストレガは『大脱出』を果たした後、樹海の外には広い世界があることを知ったと同時に、そこには我々ゴブリンにとっての異種族である人間の国がいくつもあることを知ったはずだ。そして、我々ゴブリンが人類に「亜人種」と呼ばれ、蔑まれている種族であることを知るまでにはそう時間はかからなかっただろう。『名もなき小鬼』が人類と交渉し、ゴールディの現在の地位を築き上げるまでの間には、筆舌にしがたい苦労と、それに伴う多くの犠牲があったことは間違いない。その時、始祖ストレガはこう思ったのではないだろうか。
『樹海の外にも、ゴブリンの敵はいた。適切な手段を講じなければ、我々ゴブリンは滅びるだろう。人類の手によって』
現代においても、ゴブリンは人類の社会階層においては最下級であり、賤民として扱われることも多い(無論、全ての人類がゴブリンに対して差別的なわけではない、という点については強調しておきたい。個人的な話になるが、私にはヒューマンや他の異種族の友人もたくさんいるし、出自ではなく能力で冒険者を評価してくれる依頼人も多い)。始祖ストレガが『人類』を恐れた可能性は、決して低くはないと思う。
あるいは、ストレガは人類との「同化」によってゴブリンが滅びる未来を予測したのかもしれない。大脱出直後のゴブリンは知る由もなかったことだが、※ゴブリンはヒューマンやハーフビーストなどの異種族と交わっても、必ず子供はゴブリンとして生まれてくる。ゴールディ文明黎明期に生きたストレガは、この事実を知らなかった可能性は低くないからだ。
※『名もなき小鬼』の残した『人類化の光』の影響で、この性質にも何か変化が起こっている可能性はある。
いずれにせよ、始祖ストレガは人類と接触してすぐ、我々ゴブリンがひどく儚い存在であることに気付いたに違いない。始祖ストレガ自身は授恵者であるがゆえに、強靭な生命を持っていたが、同胞たちは大陸中に勢力圏を築き上げた人類たちと比べて、あまりにも弱かったのだ。
●
「少し、夜風に当たるのだ」
ストレガはふと執筆の手を止め、学舎の庭を散歩することにした。シルバードは雪の降らない暖かい土地とはいえ、夜の風は少し冷たかった。中庭に出ると、すっかり葉が落ちた樹木が、幽霊のように立っていた。
(冬になると樹木の葉は散るが、春になればまた新しく葉をつける。そしてまた、冬になればその葉も散る。繰り返しなのだ。しかし、そのサイクルも永遠に続くわけではない。生命である以上、いつかは終わりが来る。不死などない。命とはそういうものなのだ)
ストレガは枯れた木に諸行無常を感じていた。
「だが、木がなくなっても『ここに木があった』という記録はずっと残るだろう。我々が、それを忘れない限り」
授恵者である自分と、学舎に植えられている木。果たしてその死を見送るのはどちらだろうか。ストレガはふと、そんなことを思った。命である以上いつかは終わりが来る。それは授恵者であっても避けられないことだ。
●
始祖を含め、歴代のストレガ達はみな、肉体の不死については否定してきた。「血統には依らず、優れた者が名を受け継ぐ」という性質ゆえにストレガの名を継いだ者達には授恵者も多かったが、いつの時代のストレガも、己がいつかは朽ちる存在であることを受け入れ、次代にその名と蓄えた知識を受け継がせること使命としてきた。ストレガ達は自然死を恐れなかった。ストレガが真に恐れたのは、『忘却』である。
『独りで知を追い求めるには限界がある。知を求める同士に我が名を託し、更なる知を広く求めん。我等知を紡ぐ者』
これは学舎の門に刻まれた始祖ストレガの言葉であり、ストレガの教えの根幹を為す教えである。自然死は恐れぬ『ストレガ』が恐れしは忘却。『独りで知を追い求めるには限界がある』という言葉からは、記憶は有限である、という始祖の考えが読み取れる。肉体がたとえ不死でも、片端から忘却するようでは真理には到達できない。故に不老長寿の秘訣は探せど、自然の摂理から外れる不死を始祖は不認としたのだ。
だから、ストレガは蓄えた知識を自分の体の外――つまり、記録として残すことにした。そうすればたとえ肉体が滅びても、知識は後世へと受け継がれる。人の世が続く限り。
そして、『ストレガ』の名前を伝承していくことにしたのは、その名を忘れてほしくなかったからに違いない。忘れられることがなければ、ストレガの魂は死なない。つまり、ストレガが求めていたものは……。
「『永遠』なのではないだろうか」
ストレガはペンから手を離し、ぽつりと呟いた。そう、きっと始祖は永遠を求め、学舎を創設したのだ。自らの知識と名を受け継ぐ者がいれば、悠久の時が流れても、その名が忘れられることはない。肉体は滅びても、その魂は受け継がれる。
始祖は同胞に幸あれと願った。だが同時に、ゴブリン族の未来については少し悲観的であったのかもしれない。けれど、たとえ道を違え、いつか同胞が滅んだとしても、ゴブリンという種族が居たことを世界に忘れないでほしい。始祖ストレガはそんな願いを胸に、同胞達に教育を施していたのではないだろうか?
「きっと始祖は、魂の不滅を望んだのだ」
自分なりの答えを見つけた今代のストレガは、始祖の思想についての考察を、こう締めくくった。
「ストレガの学舎は、『魂はなくならない』という物語を紡ぐ、精神的な不死の獲得……すなわち、永遠を目指した結果なのだ」
「こんにちは、ストレガさん」
「オポッサム殿、久しぶりなのだ」
ストレガ・L・リベルガストラが挨拶すると、学舎の前の道路を掃除していた老ゴブリンはホウキを動かす手を止め、姿勢を正して挨拶した。
「ずいぶん寒くなってきたが、体調にお変わりはないか?」
「ええ、おかげさまで、この年でも元気なもんですよ」
老ゴブリンはにこにこと言った。ゴブリン種族は貴種であるロード種を除けば、短命な傾向にある。それはここ、ゴールディの首都シルバードでも変わりはない。しかし、目の前のストレガの学舎の掃除夫として雇われたゴブリンは、種族の平均寿命を超えて生き続けていた。
『真面目に生きている者が早死にすることはあってはならない』
法学者であり、清廉だった三代前のストレガの遺言により、ストレガの学舎には高齢になり力が衰えたゴブリンにも、積極的に仕事を斡旋する方針があった。ゴブリン族にとっては大陸で最も暮らしやすい場所であろうこのシルバードでも、『楽園』には程遠い。無能な者はすぐに仕事を失い、ごろつきに身を落とすか、使い捨ての労働力として金持ちに使い潰される。そもそも、老人になれるゴブリンは非常に幸運なのだ。三代前のストレガはそれを嫌い、一定以上の年齢のゴブリンに対し、昔話と引き換えに情報料と称して、金銭援助を行ったりもしていたようだ。皮肉にも、三代前のストレガはあまりに理想が高すぎた故にゴールディのマフィア社会とは折り合いが悪く、非業の死を遂げてしまい、歴代でもかなり短命なストレガとなったのだが。
「それは幸いなのだ。季節の変わり目は病気も流行りやすい。なにかあったら、すぐに管理人殿に知らせるのだ」
「ありがとうございます。ストレガさんもお気をつけて」
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「さて、まずは資料集めなのだ」
自分の研究室に荷物を降ろした後、ストレガは図書館を訪れた。この図書館こそ、ストレガの学舎の心臓部であり、ゴールディに存在する数少ない図書館である。蔵書量こそ他国の大都市の図書館には及ばないが、歴代ストレガ達の努力により、様々なジャンルの書物が豊富に揃っている。これはあまり自慢にはならないのだが、ゴールディの歴史自体が約二百年と比較的浅いこともあり、書物の保存状態も比較的良好である。ちなみに書物の保存状態のチェックは司書に雇われたゴブリン達が定期的に行っており、虫食いなどによる破損の際は、速やかに補修が行われる。書物の管理・保全は学舎の要となる要素であることもあり、こういった書物の管理方法は、学舎の成立から比較的早い段階で確立されたようだ。これについては、ゴブリンに好意的な他国の学者の協力もあったのだろう。
「おう、ライブラじゃねえか。朝から熱心だねえ」
「サップ殿、久しぶりなのだ」
書物を机に運んでいると、管理人補佐のホブゴブリンが声をかけてきた。彼は学舎きってのパワー系ゴブリンで、一度に大量の書物を運べるうえ、背も高い(高い場所にある本にも手が届く)ので重宝されている。サップは先代ストレガの同期に当たる古株のゴブリンで、ストレガにとっても師の一人である。基本は温厚なのだが、書物の管理にはうるさく、ストレガがまだ修行中だった時代に同年代のゴブリンが図書館におやつを持ち込んだ時は、学舎中に響き渡るような声でブチ切れていたことがある(さすがに学舎の所有者であるストレガが研究室におやつや飲み物を持ち込むことは禁止されていないが、図書館は飲食物は持ち込み禁止である)。
「管理人殿は留守なのだ?」
「ああ、休耕地の様子を見に行くと言って出てった。2、3日すれば戻ってくるさ」
「左様であるか」
ストレガは師でもある学舎の管理人の様子を尋ねてみたが、どうやら入れ違いになったらしかった。
「ところで今度は何の研究だい?」
「ストレガの歴史についてまとめるつもりなのだ」
「ほう。そりゃまた変わった研究テーマだな」
「ああ。もうじき私も帝都奪還作戦に参加するのだ。無論、生きて戻るつもりだが、万が一ということもある。ストレガの歴史について、一つ記録を残しておくことにしたのだ」
「……なるほど、そいつは大事な仕事だ」
サップは神妙な顔になった。日々生きるのが精いっぱいで、時事問題には疎いゴブリンも多いが、サップは学舎のゴブリンなので外国の事情にも比較的明るい。帝都奪還作戦の意味も、もちろん知っていた。
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ストレガの歴史について書く、と語ったストレガだったが、彼女の描こうとしているテーマは厳密には少し違う。ストレガが今回書こうとしているのは始祖ストレガの思想についての考察であった。ストレガの名は受け継がれ、始祖が創設した学舎も受け継がれているものの、その思想については謎が多い。その時代はまだ、ゴブリンの文明の黎明期であったがゆえに。
始祖ストレガについて確実に分かっていることは、まず一つに、授恵者であったこと。また、始祖は好奇心旺盛なゴブリンだったらしく、雑多なジャンルに関する記録を遺している。
さらに、始祖自身が残した壁画から、始祖ストレガは弓作りの祖の一人でもあった事も解っている。大樹海で暮らすゴブリン達の文明は、鉄器すら持たない原始的なものだったはずだが、『弓矢』については、どうやら樹海にいた頃から発明に至っていたらしい。……あるいは、素材を求めて樹海に迷い込んだ人間の「落とし物」から、構造を把握したのかもしれないが。
そして、始祖について語る上で欠かせないのは、始祖は壁画記録者であったことだ。なぜ壁画だったのか、それについて考察することは容易い。単純に、二百年前、大樹海の奥地で暮らしていたゴブリン達の識字率は著しく低いものだったからだろう。ゴブリン達が「文字」という文化を獲得したこと自体が、大脱出の後であった可能性も高い。
「……多彩な才能を発揮したと思われる始祖ストレガだが、その研究テーマにはある傾向がある。それは、『記録を残すこと』そのものについてと、生存に直結する分野についての研究が多いことだ。今代のストレガである私ライブラは、始祖が『生き残る事』『記録を残す事』に力を入れた意味を考察したい。そして、始祖は何故次代へ『ストレガ』の名を継いでほしかったのか? その真意について、現ストレガとして。『ストレガ』についての記録の続きとして後世に記したい」
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始祖から学舎を継いだ二代目ストレガは探検家だった。記憶力に優れたストレガで、樹海の道案内役として活躍し、学舎に富をもたらしたようだ。噂では、二代目ストレガが残した秘宝が大樹海のどこかに眠っているという。もっとも、そんなものがあるのなら後世のストレガに受け継がれていそうなものなので、私はその噂については懐疑的だが。
二代目もまた、始祖と同じように授恵者であったようだが、始祖と血縁関係があったかどうかについては、ハッキリしていない。だが、「生き残る」ことを重視していた始祖が後継者に指名した以上、二代目は多分にサバイバル能力に優れたゴブリンであったことは想像に難くない。実際、二代目ストレガが残した手記には、「毒キノコをうっかり口にしてしまったが、奇跡の生還を果たした」、という記述がある。余談だが、毒キノコや魚など、有毒生物を口にしたことで命を落としたストレガは多いようだ。博識であるが故に、「すでに毒物だと分かっているもの」を自ら口にして死んだストレガはいないが、「新しく発見された、食えるかどうか分からないもの(クリーパーなど)」を自ら食することは真理の探究者たるストレガの宿業なのかもしれない。そのせいか、ストレガの学舎には毒物についての資料は特に多い。マフィアや暗殺者が利用することがある『ストレガダケ』も、あるストレガの命を奪ったことにちなんでいる。
少し話が逸れたが、二代目の後はしばらく非授恵者のストレガが続いたようだ。だが、現代までもストレガの名が途絶えることもなく続いている所をみると、少なくとも、いずれのストレガも『弱者』ではなかったのだろう。先ほども少し述べたが、始祖ストレガは『生き残る』ことを重視していた。当時は今よりも遥かに未成熟だっただろうが、『犯罪都市』とも呼ばれるシルバードで生存するためには、単純な腕っぷしだけではなく、『都会での生存術』とでも呼ぶべき、ある種の専門的な知識が必要になってくる。
たとえば、地図。無論シルバード全域について学ぶ必要はないが、マフィアが麻薬取引によく使うような裏路地には近づかないようにするだとか、シルバードに住む上では、知らないと寿命に直結する知識は存在する。
また、五大ファミリーの縄張りや、その生存戦略についてなども可能であれば知っておくべきである。ストレガの学舎がいずれのマフィア・ファミリーの傘下にも収まらず、今の独立した地位を守り通している(ブラックデスを初めとした為政者に協力することはある)のは、先人達の交渉力の賜物でもあるのだ。始祖が生きていた頃には、まだ現在の「五大ファミリー」は黎明期だっただろうが、始祖の教えの中に「交渉術」が存在することは、特筆に値するだろう。
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「さあ、朝食ができたのだ。今朝のメインは、パンプキンクリームシチューなのだ」
「「おいしそー!」」
ストレガが学舎に戻ってから二日目の朝。ストレガは自ら厨房に立ち、同胞の為に朝食を作っていた。今代のストレガの探究範囲は授恵者らしく広いが、ここ数年は食の探究にハマっている。これは、冒険者として様々な地域に足を運ぶ関係で、クリーパーや魔獣を含む多種多様な生物に出会う機会に恵まれていることも大きい。
「たかが食事、されど食事なのだ。無人島で漂着した時などは、調理技術の有無が生死を分けることもある。そうでなくとも、『食えるものかどうか』を把握しておくことは重要なのだ。残念ながら、飢えた挙句、食べてはいけないものを食べてしまい、命を落とした同胞は少なくない。また、偏食もよくない。学舎の食事はバランスのとれたものが提供されているが、食べるものが偏っていると、体が弱ってしまう。果物や野菜を長期間食べずにいた者が、口や鼻から出血して死んだという話もあるのだ」
「なにそれ、怖い」
ストレガは自身も食卓につきながら、次代のゴブリン達に少しばかり食事についての講義をした。
(一言一句私の言葉を覚えておく必要はないが、『果物と野菜は定期にとらないと恐ろしいことになる』、それぐらいのことさえ記憶に残れば今は十分なのだ)
ゴールディの未来を担うであろう、小さなゴブリン達を見つめながら、ストレガはふとそんなことを思った。
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「ここで、塩を一つまみ魚にかける。生臭さがとれれば、グッと味も美味しくなるのだ」
「「へー!」」
執筆に煮詰まったストレガは、厨房で主婦のゴブリン達相手に料理教室をしていた。授恵者といえど、集中力は永遠ではない。時にはこういう気分転換も必要だ。それに、ストレガが気分転換をするたびに学舎の食堂のメニューのレパートリーが増えたりもするので、同胞にも歓迎される。そうこうしていると、学舎で読み書きを教えている教師の一人がストレガに声をかけてきた。
「ストレガさん、午前中はガキ共も連れて、樹海(の入り口)で山菜取りをやろうと思ってるんですが、一緒について来ちゃあくれませんか?」
「ふむ、いいだろう。腹を空かせた魔獣などに出くわす可能性もある。気分転換がてら、付き合うのだ」
「ハハハ、怪物に出くわしても、ストレガさんがいるなら大丈夫そうですな!」
「授恵者とて万能ではない。入り口とはいえ、樹海に危険は多い。各自、注意は怠らないようにするのだ」
「「はーい!」」
こうして、ストレガは山菜取りという名の遠足に同行することとなった。
「ねえストレガ先生、このキノコ、食べられる?」
毒々しい柄のキノコを指差しながらゴブリンの少年が問うと、ストレガは首を横に振った。
「そのキノコは毒キノコなのだ。食べると腹を壊すのだ」
「そうなんだ! でも、なんで毒だって分かるの? 前に食べたことがあるの?」
少年の問いに、ストレガはまた首を横に振る。
「否。図鑑に載っていたから分かるのだ。自分では食べたことがなくとも、先人が食べたことのあるキノコならば、記録される。そうやって、人類は食べられるものを増やしてきたのだ」
「へー。じゃあ、最初に食べたゴブリンは死んじゃったのかな?」
「どうだろう。少量ならば、命は助かったのではないだろうか」
「そっかぁ」
少年はストレガの言葉に感心した様子だった。
(そうだ。大樹海の植物図鑑も、先人の努力と知恵の賜物。積み重ねなくして、我らに発展はないのだ……始祖たるストレガもまた、先祖から受け継いだ知識を次代に残そうとしていたのかもしれない)
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ここで、始祖ストレガが交渉術を遺した意味について考察する。始祖は交渉術のほかにも、ゴールディと他国との外交の歴史なども、壁画の形で残している。ここからは推測だが、始祖ストレガは『大脱出』を果たした後、樹海の外には広い世界があることを知ったと同時に、そこには我々ゴブリンにとっての異種族である人間の国がいくつもあることを知ったはずだ。そして、我々ゴブリンが人類に「亜人種」と呼ばれ、蔑まれている種族であることを知るまでにはそう時間はかからなかっただろう。『名もなき小鬼』が人類と交渉し、ゴールディの現在の地位を築き上げるまでの間には、筆舌にしがたい苦労と、それに伴う多くの犠牲があったことは間違いない。その時、始祖ストレガはこう思ったのではないだろうか。
『樹海の外にも、ゴブリンの敵はいた。適切な手段を講じなければ、我々ゴブリンは滅びるだろう。人類の手によって』
現代においても、ゴブリンは人類の社会階層においては最下級であり、賤民として扱われることも多い(無論、全ての人類がゴブリンに対して差別的なわけではない、という点については強調しておきたい。個人的な話になるが、私にはヒューマンや他の異種族の友人もたくさんいるし、出自ではなく能力で冒険者を評価してくれる依頼人も多い)。始祖ストレガが『人類』を恐れた可能性は、決して低くはないと思う。
あるいは、ストレガは人類との「同化」によってゴブリンが滅びる未来を予測したのかもしれない。大脱出直後のゴブリンは知る由もなかったことだが、※ゴブリンはヒューマンやハーフビーストなどの異種族と交わっても、必ず子供はゴブリンとして生まれてくる。ゴールディ文明黎明期に生きたストレガは、この事実を知らなかった可能性は低くないからだ。
※『名もなき小鬼』の残した『人類化の光』の影響で、この性質にも何か変化が起こっている可能性はある。
いずれにせよ、始祖ストレガは人類と接触してすぐ、我々ゴブリンがひどく儚い存在であることに気付いたに違いない。始祖ストレガ自身は授恵者であるがゆえに、強靭な生命を持っていたが、同胞たちは大陸中に勢力圏を築き上げた人類たちと比べて、あまりにも弱かったのだ。
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「少し、夜風に当たるのだ」
ストレガはふと執筆の手を止め、学舎の庭を散歩することにした。シルバードは雪の降らない暖かい土地とはいえ、夜の風は少し冷たかった。中庭に出ると、すっかり葉が落ちた樹木が、幽霊のように立っていた。
(冬になると樹木の葉は散るが、春になればまた新しく葉をつける。そしてまた、冬になればその葉も散る。繰り返しなのだ。しかし、そのサイクルも永遠に続くわけではない。生命である以上、いつかは終わりが来る。不死などない。命とはそういうものなのだ)
ストレガは枯れた木に諸行無常を感じていた。
「だが、木がなくなっても『ここに木があった』という記録はずっと残るだろう。我々が、それを忘れない限り」
授恵者である自分と、学舎に植えられている木。果たしてその死を見送るのはどちらだろうか。ストレガはふと、そんなことを思った。命である以上いつかは終わりが来る。それは授恵者であっても避けられないことだ。
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始祖を含め、歴代のストレガ達はみな、肉体の不死については否定してきた。「血統には依らず、優れた者が名を受け継ぐ」という性質ゆえにストレガの名を継いだ者達には授恵者も多かったが、いつの時代のストレガも、己がいつかは朽ちる存在であることを受け入れ、次代にその名と蓄えた知識を受け継がせること使命としてきた。ストレガ達は自然死を恐れなかった。ストレガが真に恐れたのは、『忘却』である。
『独りで知を追い求めるには限界がある。知を求める同士に我が名を託し、更なる知を広く求めん。我等知を紡ぐ者』
これは学舎の門に刻まれた始祖ストレガの言葉であり、ストレガの教えの根幹を為す教えである。自然死は恐れぬ『ストレガ』が恐れしは忘却。『独りで知を追い求めるには限界がある』という言葉からは、記憶は有限である、という始祖の考えが読み取れる。肉体がたとえ不死でも、片端から忘却するようでは真理には到達できない。故に不老長寿の秘訣は探せど、自然の摂理から外れる不死を始祖は不認としたのだ。
だから、ストレガは蓄えた知識を自分の体の外――つまり、記録として残すことにした。そうすればたとえ肉体が滅びても、知識は後世へと受け継がれる。人の世が続く限り。
そして、『ストレガ』の名前を伝承していくことにしたのは、その名を忘れてほしくなかったからに違いない。忘れられることがなければ、ストレガの魂は死なない。つまり、ストレガが求めていたものは……。
「『永遠』なのではないだろうか」
ストレガはペンから手を離し、ぽつりと呟いた。そう、きっと始祖は永遠を求め、学舎を創設したのだ。自らの知識と名を受け継ぐ者がいれば、悠久の時が流れても、その名が忘れられることはない。肉体は滅びても、その魂は受け継がれる。
始祖は同胞に幸あれと願った。だが同時に、ゴブリン族の未来については少し悲観的であったのかもしれない。けれど、たとえ道を違え、いつか同胞が滅んだとしても、ゴブリンという種族が居たことを世界に忘れないでほしい。始祖ストレガはそんな願いを胸に、同胞達に教育を施していたのではないだろうか?
「きっと始祖は、魂の不滅を望んだのだ」
自分なりの答えを見つけた今代のストレガは、始祖の思想についての考察を、こう締めくくった。
「ストレガの学舎は、『魂はなくならない』という物語を紡ぐ、精神的な不死の獲得……すなわち、永遠を目指した結果なのだ」
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。