【DA】リーンエスの耳
ゼラルム・エルホワイト/ サニー・フォン・オルライト
『ノベルタイトル:これまでも、これからも』おおくまねこ
●
「この本棚もやっと空になったか……少し、休憩するか」
「ゼーくん、お疲れー」
荷造りの手を止め、ゼラルム・エルホワイトが呟くと、ゴロゴロと絨毯の上を転がり、くつろいでいた、十数年来の幼馴染が寝っ転がったまま返事をした。ゼラルムは今、身辺整理を兼ね、幼馴染のサニー・フォン・オルライトと共に荷物の整理をしている。ゼラルムがここ数年の間、店主代理をしていた書店『エルホワイト』はもうじき店を畳む。この店はゼラルムの養父であるエルフの老人が経営していた店だが、数年前に突然老人が『旅に出る』という一言だけを残して失踪したため、ゼラルムがなし崩し的に経営していたのだ。
しかし、老人は便り一つ寄越さず、一向に戻ってくる気配もないので、ゼラルムも『もうそろそろいいよな』と思い、店を引き払い、どこか外国に引っ越すことにしたのだ。本の売り上げはともかく、冒険者稼業のおかげでそこそこの蓄えはある。しばらくは生活に困ることもないだろう。
(冒険者ギルドには一応クソジジイ宛の新しい住所の言伝を頼んである。あのジジイは冒険者ギルドに所属してないから、役に立つかは知らんが、あっちはこっち がギルドに所属してることは知ってるから、いざとなりゃ聞きに行くだろう。というか下手すりゃあと数年は平気で帰ってこなさそうだ。これだから時間感覚の狂ったエルフという奴は)
エルフという生き物は人間より遥かに長命だ。案外、ゼラルムを育てたのもヒューマンで言えば、犬猫を拾ったのと同じぐらいの感覚だったのかもしれないな、などと思いつつ、ゼラルムは荷物を纏めていく。
(さて、ジジイと店の方はいいとしてだ、後は……)
ゼラルムは椅子から立ち上がると、相変わらず床でゴロゴロしている幼馴染の方を見た。一応サニーはリーンエス王国のいい家柄の子女だが、こうしてゴロゴロしている姿は平民のそれにしか見えない。ゼラルムは新しい木箱を棚から降ろしながら、なんでもないことのように、サニーに問いかける。
「そろそろ正式に結婚するか」
サニーの左手の薬指には、綺麗な指輪が嵌まっていた。
●
「ん、いいけど?」
サニーはごろんと仰向けになりながら、答えた。世間の良家の令嬢が見れば、卒倒しそうなぐらい適当なプロポーズと、同じぐらい適当な了承の返事。サニーの家柄を考慮すれば、あってしかるべき煩雑な儀式を全部すっとばした、衝撃的な成婚だった。本人たちにとってはもうお互いがいるのが当たり前の状態なので、そこまで大仰なものではないのだろうけど。
(別に正式に結婚したからと言って何が変わる訳じゃないしね)
「ああ。一応聞いとくが、後から親に反対されたりはしないよな?」
ゼラルムは過保護気味の、サニーの両親を顔を思い出しながら尋ねた。
「うん、だいじょぶ。たぶん二人とも普通に納得してくれると思う」
サニーは頷いた。幼馴染であるサニーとゼラルムは昔から仲が良く、ゼラルムもサニーの両親とは何度も顔を合わせている。サニーの両親のゼラルムの印象は決して悪いものではないはずだ。
(というかお父さんもお母さんも私に跡を継ぐ事を強要してこなかったし、そうでない事を前提として動いていた節があるし……まぁ昔から仲良くしてたから、こうなる事自体は予測してたんだろうね)
「そうか」
(今更『娘はやらん』とか言われたら面倒だったが、問題なさそうだな)
「ということで、届け出とか、もろもろの手続きはよろしくー」
「おう。やっとく。……新居の場所はどうする? どっか外国ってだけで、まだ決めてないんだが」
ゼラルムが問うと、サニーは少し考えた後、こう答えた。
「じゃあ、ベールコートがいいな。あそこの近郊なら静かで暮らしやすいと思う……そこそこ遠い場所だけど、まぁなんとかなるでしょ」
「分かった。じゃあベールコートにするか」
ゼラルムはあっさり了承した。エラトゥーン都市同盟の一都市ベールコートなら、サニーと一緒に何度も訪れている。暑すぎず寒すぎず、住みやすそうな土地柄だし、特に異存はない。
(適度に都会だしな。田舎は近所付き合いが面倒だ。あとはサニーの言う通り、一応国を跨ぐ移動ではあるが護衛は必要ないだろう。というかこの水準の授恵者が二人いれば一部の相手を除いて普通は過剰戦力だ)
ゼラルムもサニーも、かなり荒事慣れしている授恵者だ。その辺の盗賊団や並の魔獣程度ではまるで歯が立たない。この移動は冒険者ギルドの依頼ではないのでビッグオウムは使えないが、荷物を馬車に積んで旅をするだけなら問題ない。仮に荷馬車強盗などに襲撃されても、ほぼ確実に返り討ちにできるだろう。
「新しい家は今度二人で探しに行こうよ! ずっと一緒に住む場所なんだしさ」
「そうだな」
ゼラルムはそっけなく返事をした。プロポーズの直後でも、彼は平常運転だ。
(これからの関係だが、まぁ何かが大きく変わるということもないだろう。別に正式に結婚したからと言って何が変わる訳でもなし。名前も変わらなきゃ姓名も変わらん。精々が住む国が変わる程度だ。これまでもこれからも、いつも通りだ)
ゼラルムは立ち上がり、中断していた荷造りを再開する。今日中には本は全て箱詰めしてしまいたい。
「ゼーくん」
後ろから声をかけたサニーは首に腕を巻き付けると、頬に唇を落とした。
「ふふ、それじゃあ改めてこれからよろしくね?」
ゼラルムは一瞬驚いた顔をしたが、
「あぁ、まぁ適当に頼む」
と、適当に言葉を返した。照れ隠しでもなんでもない、いつも通りの態度で。
●
「では、御達者で。落ち着いたら手紙を送ります」
「いつでも遊びに来てね!」
ゼラルムとサニーは住み慣れた街を今日出ていく。サニーの両親は二人が見えなくなるまで、街の出口でずっと手を振ってくれていた。
「このぐらいの速さでいいよな?」
「うん、このぐらいのペースでいいよ。あんまりスピード出しちゃうと、景色が見にくいし」
馬車の中からサニーが返事をすると、御者台のゼラルムはふああ、と欠伸をした。サニーの両親から許しをもらい、もろもろの手続きを終えた二人は正式な夫婦となった。新居ももう選んであるので、今はベールコートへと向かう旅の途中である。新婚、というには二人の関係は自然に過ぎるが。つまり、今まで通りである。
(もう、そうそう冒険者ギルドの依頼に関わるつもりはないが、俺たちがいなくとも世界は回っていくだろう)
「ゼーくん、見てみて! あそこでおっきなリスがお昼寝してる!」
「ん? ああ、そうだな」
はしゃぐサニーに促され、ゼラルムがそちらを向くと、犬ほどもある巨大なリスが木にもたれて昼寝をしていた。珍しい動物ではあったが、ゼラルムにはせいぜい「食ったら何人前になるだろうな。たぶん猟師に喰われるだろう」ぐらいの感想しか思い浮かばなかった。サニーは特に不満そうにするでもなく、無邪気に巨大リスを眺めている。しばらく進んだ後、ゼラルムがふと後ろを振り向くと、サニーは窓から身を乗り出して風に当たっていた。
「気持ちいい風だね!」
「ああ、そうだな」
――爽やかな風が吹いている。旅をするにはちょうどいい気候だ。ゼラルムとサニーは住み慣れた場所に別れを告げ、新たな生活へと歩き始めた。……といっても、二人の生活に恐らく劇的な変化はない。これからも、穏やかな日々を送っていくことだろう。
「この本棚もやっと空になったか……少し、休憩するか」
「ゼーくん、お疲れー」
荷造りの手を止め、ゼラルム・エルホワイトが呟くと、ゴロゴロと絨毯の上を転がり、くつろいでいた、十数年来の幼馴染が寝っ転がったまま返事をした。ゼラルムは今、身辺整理を兼ね、幼馴染のサニー・フォン・オルライトと共に荷物の整理をしている。ゼラルムがここ数年の間、店主代理をしていた書店『エルホワイト』はもうじき店を畳む。この店はゼラルムの養父であるエルフの老人が経営していた店だが、数年前に突然老人が『旅に出る』という一言だけを残して失踪したため、ゼラルムがなし崩し的に経営していたのだ。
しかし、老人は便り一つ寄越さず、一向に戻ってくる気配もないので、ゼラルムも『もうそろそろいいよな』と思い、店を引き払い、どこか外国に引っ越すことにしたのだ。本の売り上げはともかく、冒険者稼業のおかげでそこそこの蓄えはある。しばらくは生活に困ることもないだろう。
(冒険者ギルドには一応クソジジイ宛の新しい住所の言伝を頼んである。あのジジイは冒険者ギルドに所属してないから、役に立つかは知らんが、あっちはこっち がギルドに所属してることは知ってるから、いざとなりゃ聞きに行くだろう。というか下手すりゃあと数年は平気で帰ってこなさそうだ。これだから時間感覚の狂ったエルフという奴は)
エルフという生き物は人間より遥かに長命だ。案外、ゼラルムを育てたのもヒューマンで言えば、犬猫を拾ったのと同じぐらいの感覚だったのかもしれないな、などと思いつつ、ゼラルムは荷物を纏めていく。
(さて、ジジイと店の方はいいとしてだ、後は……)
ゼラルムは椅子から立ち上がると、相変わらず床でゴロゴロしている幼馴染の方を見た。一応サニーはリーンエス王国のいい家柄の子女だが、こうしてゴロゴロしている姿は平民のそれにしか見えない。ゼラルムは新しい木箱を棚から降ろしながら、なんでもないことのように、サニーに問いかける。
「そろそろ正式に結婚するか」
サニーの左手の薬指には、綺麗な指輪が嵌まっていた。
●
「ん、いいけど?」
サニーはごろんと仰向けになりながら、答えた。世間の良家の令嬢が見れば、卒倒しそうなぐらい適当なプロポーズと、同じぐらい適当な了承の返事。サニーの家柄を考慮すれば、あってしかるべき煩雑な儀式を全部すっとばした、衝撃的な成婚だった。本人たちにとってはもうお互いがいるのが当たり前の状態なので、そこまで大仰なものではないのだろうけど。
(別に正式に結婚したからと言って何が変わる訳じゃないしね)
「ああ。一応聞いとくが、後から親に反対されたりはしないよな?」
ゼラルムは過保護気味の、サニーの両親を顔を思い出しながら尋ねた。
「うん、だいじょぶ。たぶん二人とも普通に納得してくれると思う」
サニーは頷いた。幼馴染であるサニーとゼラルムは昔から仲が良く、ゼラルムもサニーの両親とは何度も顔を合わせている。サニーの両親のゼラルムの印象は決して悪いものではないはずだ。
(というかお父さんもお母さんも私に跡を継ぐ事を強要してこなかったし、そうでない事を前提として動いていた節があるし……まぁ昔から仲良くしてたから、こうなる事自体は予測してたんだろうね)
「そうか」
(今更『娘はやらん』とか言われたら面倒だったが、問題なさそうだな)
「ということで、届け出とか、もろもろの手続きはよろしくー」
「おう。やっとく。……新居の場所はどうする? どっか外国ってだけで、まだ決めてないんだが」
ゼラルムが問うと、サニーは少し考えた後、こう答えた。
「じゃあ、ベールコートがいいな。あそこの近郊なら静かで暮らしやすいと思う……そこそこ遠い場所だけど、まぁなんとかなるでしょ」
「分かった。じゃあベールコートにするか」
ゼラルムはあっさり了承した。エラトゥーン都市同盟の一都市ベールコートなら、サニーと一緒に何度も訪れている。暑すぎず寒すぎず、住みやすそうな土地柄だし、特に異存はない。
(適度に都会だしな。田舎は近所付き合いが面倒だ。あとはサニーの言う通り、一応国を跨ぐ移動ではあるが護衛は必要ないだろう。というかこの水準の授恵者が二人いれば一部の相手を除いて普通は過剰戦力だ)
ゼラルムもサニーも、かなり荒事慣れしている授恵者だ。その辺の盗賊団や並の魔獣程度ではまるで歯が立たない。この移動は冒険者ギルドの依頼ではないのでビッグオウムは使えないが、荷物を馬車に積んで旅をするだけなら問題ない。仮に荷馬車強盗などに襲撃されても、ほぼ確実に返り討ちにできるだろう。
「新しい家は今度二人で探しに行こうよ! ずっと一緒に住む場所なんだしさ」
「そうだな」
ゼラルムはそっけなく返事をした。プロポーズの直後でも、彼は平常運転だ。
(これからの関係だが、まぁ何かが大きく変わるということもないだろう。別に正式に結婚したからと言って何が変わる訳でもなし。名前も変わらなきゃ姓名も変わらん。精々が住む国が変わる程度だ。これまでもこれからも、いつも通りだ)
ゼラルムは立ち上がり、中断していた荷造りを再開する。今日中には本は全て箱詰めしてしまいたい。
「ゼーくん」
後ろから声をかけたサニーは首に腕を巻き付けると、頬に唇を落とした。
「ふふ、それじゃあ改めてこれからよろしくね?」
ゼラルムは一瞬驚いた顔をしたが、
「あぁ、まぁ適当に頼む」
と、適当に言葉を返した。照れ隠しでもなんでもない、いつも通りの態度で。
●
「では、御達者で。落ち着いたら手紙を送ります」
「いつでも遊びに来てね!」
ゼラルムとサニーは住み慣れた街を今日出ていく。サニーの両親は二人が見えなくなるまで、街の出口でずっと手を振ってくれていた。
「このぐらいの速さでいいよな?」
「うん、このぐらいのペースでいいよ。あんまりスピード出しちゃうと、景色が見にくいし」
馬車の中からサニーが返事をすると、御者台のゼラルムはふああ、と欠伸をした。サニーの両親から許しをもらい、もろもろの手続きを終えた二人は正式な夫婦となった。新居ももう選んであるので、今はベールコートへと向かう旅の途中である。新婚、というには二人の関係は自然に過ぎるが。つまり、今まで通りである。
(もう、そうそう冒険者ギルドの依頼に関わるつもりはないが、俺たちがいなくとも世界は回っていくだろう)
「ゼーくん、見てみて! あそこでおっきなリスがお昼寝してる!」
「ん? ああ、そうだな」
はしゃぐサニーに促され、ゼラルムがそちらを向くと、犬ほどもある巨大なリスが木にもたれて昼寝をしていた。珍しい動物ではあったが、ゼラルムにはせいぜい「食ったら何人前になるだろうな。たぶん猟師に喰われるだろう」ぐらいの感想しか思い浮かばなかった。サニーは特に不満そうにするでもなく、無邪気に巨大リスを眺めている。しばらく進んだ後、ゼラルムがふと後ろを振り向くと、サニーは窓から身を乗り出して風に当たっていた。
「気持ちいい風だね!」
「ああ、そうだな」
――爽やかな風が吹いている。旅をするにはちょうどいい気候だ。ゼラルムとサニーは住み慣れた場所に別れを告げ、新たな生活へと歩き始めた。……といっても、二人の生活に恐らく劇的な変化はない。これからも、穏やかな日々を送っていくことだろう。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。