【DA】リーンエスの耳
●
指先がカードを捉え、薔薇と騎士が描かれた美しい一枚がテーブルに置かれる。相対していた少年は目をぱちぱちと瞬かせ、負けを悟ると瞳を細めて笑った。
本日は学園交流部の交流会。ゲームを絡めたその会で、アルド・シャウアーは精力的に色んな人と対戦をしていた。身分も種族も関係なく声をかけ、また相手も快く受けてくれる。今対戦していた上級生もそうだ。――ただ、声を掛けたのは個人的な事情もあったが。
「君もなかなか強かったです。今度また、お相手ください」
「もちろんです! ……あの」
「ところで」
二人の声がぶつかる。譲り合いの後、アルドは問うた。
「ご兄弟は居ますか?」
上級生は目を見張り、続けて口にする。
「人を探しています。ドゥーベという名に聞き覚え、もしくは俺に似た人を知りませんか」
ドゥーベ、というのは貴族である上級生の家名とのことだ。アルドは貴族知識もまだ浅く、思い当たる知り合いもいない。そこで学生棟にあるギルドクラブを紹介することにした。冒険者ギルドと同様に依頼を受けてくれる窓口があるし、何より、力になってくれる人がいることを知っている。
「おや、アルドくん」
「こんにちは、江流お兄さん」
部室に赴くと、ちょうど活動の最中だったようですぐその人物は見つかった。駆け寄る少年に海神 江流は穏やかな笑みを浮かべる。そうして視線を滑らせ、彼の後方にいる人物を認め――目を丸くした。
「アルドくん、この方は」
「俺はフェクダ・ドゥーベと言います。今日は人探しの依頼をと思い、こちらにお邪魔しました」
「わかった、詳しく聞こう」
青年が話してくれた内容はこうだ。探しているのはドゥーベ家の血族の者。何十年も前にドゥーベと袂を分かった先々代伯爵の伯父の子孫、その捜索をフェクダに任された、という経緯。
「先々代伯爵は今、余命いくばくもない際にあります。せめてその前に、長年気に掛かっていた伯父の子孫に会えればと」
「なるほど」
江流は思案する。ドゥーベ家というのは、伯爵の位を持つ、王党派から集権派に移行した王国貴族だ。貴族間で衝突を起こすような目立った利害関係もなく、話に出た先々代伯爵の代から慈善事業に名を連ねることが多くなったと記憶している。単純にギルド宛ての依頼として承っても問題ないだろう。
「わかった。冒険者宛ての依頼として預かるよ」
江流の言葉に、安心したようにフェクダは感謝を告げる。続けて話す詳細を、一緒に来た少年も真剣な表情で聞いていた。
「どう思う、アルドくん」
部室に残った少年に江流が問いかける。
「すごく、すごく思い当たると、僕は思います。江流お兄さんもきっとそうだよね」
「うん。彼はよく似ていたね――カイン君と」
カイン・ステラ。二人の共通の友人であり、関係も浅くない間柄の青年。その彼と、フェクダという青年は目の色こそ異なるものの、風貌はよく似ていた。それこそ血縁関係を思うほどに。
「慈善事業を通じて見たレシピ本に書かれていた料理が、その伯父考案の野菜料理だった、と」
「今、兄ちゃんたちは同じ活動をしてるんですよね」
「ああ、本も発行しているね」
視線を落とした先にある一冊の冊子。アーダベルト商会から出している、丁寧な図解の描かれた料理のレシピ本だ。江流はそれを荷物へしまう。
「この依頼は俺が引き受けよう。とりあえず、今の話とこのレシピを持ってカイン君に話してみようと思う」
「その前に、僕と一緒に行ってほしいところがあるんだ」
「行ってほしいところ?」
少年は頷く。
「僕の知り合いからもらった手紙にね。カイン兄ちゃんによく似た貴族を見たことがあるって」
「なんだって」
その知り合いはシグモル火山帯に住む信徒であり、地神を信仰するカインと今なお繋がりがあるらしい。話を聞きに行くべき相手だ。でも、と少年は続ける。
「今、なのかな。兄ちゃんが自分のことを知る機会って。それって、僕らが勝手をしていいのかな」
手紙をもらった時から、アルドは一つの決意を胸に秘めていた。もしカインが自分のことを知りたい気持ちを持ったのだとしたら、どんなことも力になろうと。けれど今の状況は、外から伸ばされた手を江流とアルドが見つけたに過ぎない。万が一彼の本流に繋がっているとしたら、勝手に関わってもよいのだろうか。彼に強要することにならないだろうか。迷う少年に膝を折り、江流は優しく肩に手を置いた。
「俺たちが思うことは、多分一緒だと思う。アルドくんはそこに向かって進んでいったらいい。そして今回のことは、この先にも道がありそうだよ、とカイン君に教えてあげるだけだ。道を知らないままなのと、知って進まないのは訳が違う。そしてそれを決めるのは、カイン君にしかできないから」
●
カインが療養をする、カペル侯爵領フロル。その街にある一軒家に赴くと、カインが出迎えてくれた。会えなかった時間の雑談もそこそこに、江流は本題を切り出す。
「カイン君。もしかしたらだけど、君のルーツに通ずる人物に会ったかもしれない」
「ルーツ?」
「君と血縁関係を持つ、いわば親戚だ」
カップを持ち上げたカインの手が、そのまま止まる。そうして目を見開き、ゆっくりと江流に視線が向いた。言葉にならない驚きに満ちた瞳に、江流は説明を続ける。
「これが話に出たレシピだ。この料理も、カイン君が提供したもので間違いないかな」
「……。ああ」
「ロイエ様にも会ってきたんだ。話を聞いてみたら、ロイエ様はその家名に覚えがあるって。元々火神様を信仰してる家らしくて、その先々代伯爵はロイエ様と旧知の仲みたい。カイン兄ちゃんのお祈りの仕方……聖句もね。覚えがあって、重なるところが多いんだって」
カインはふと思い出す。以前、そして今もかかわりのある元神官長の男。共に火神へ祈りを捧げた際、彼はカインに、祈りをどこで学んだかと聞いてきた。
次々と集まる情報から、探し人はカインではないかという確信を二人は強くしたという。そしてそれは、カイン自身も同じだ。天涯孤独だと思っていた自分に、血を分けた人たちがいる。しかもそれは貴族で、自分を探しているという――にわかに信じがたい話。
「本当にそう、なのか?」
「わからない。そしてこの先の選択は、カイン君が決めてほしい」
見つめるカインに、江流は柔らかく瞳を細める。
「君にはまだ長い人生が待っている。何があるかわからないけれど、もしかしたら、誰も知らなかった君の起源を知れる、最初で最後の機会になるかもしれない」
「確かに、……こんな運命じみた偶然、二度と起こらないかもな」
「決めるまで時間がかかっても、僕らにどんなお話をしても、大丈夫」
穏やかで包み込むような暖かさを持つ黒の瞳、柔らかくも懸命に支えようとしてくれる水色の瞳がカインを見ていた。安穏で変わらない日々を過ごしていた今に、突然吹き込んできた嵐の気配。その扉を開ければ、どうなるのだろうか。暴風に巻き込まれ今度こそ何もかも壊れるかもしれない。けれど新しい景色が見える可能性だって、ある。
「知ることへの不安もあると思う。けれど、君が何者なのだとしても、俺たちにとってのカイン君は変わらないんだ」
「いつだって、どんな兄ちゃんだって、僕らが大好きな兄ちゃんだから」
「俺も、君を大切な友人だと思ってる。こうした繋がりの他にも、君と繋がる誰かを知ることは、きっとカイン君を支えてくれると思うよ」
どこまでもカインを想う二人の言葉は、扉に手をかけたカインの手を支え。
そうして――カインは、その扉を開けることを選んだ。
●
馬車は軽快に路を進み、窓からは新緑の風景が流れてくる。時折跳ねる振動を受けながら、森の次に草原、川辺、そしてまた草原の後に街が現れた。
「ドゥーベ領にあるウルサムの街です。農業が盛んで、他の地よりも高地ということもあって葉物を中心とした野菜を名産としています。近くの山と森にはそれぞれ花畑もあり、景観も素晴らしいことから、神の恩恵を受けた街としても観光客で賑わいます」
そう話してくれるのは、依頼主であるフェクダだ。二人からの説明、カインと直接顔を合わせたことで彼もまたカインを探し人だと判断し、ドゥーベ領までの案内を買って出てくれた。
「曾祖父はレシピをきっかけに記憶が蘇ったようです。それを孫である伯爵……俺の父に相談し、その頼みを学園に編入予定だった俺が引き受けました」
「そのことを、他の方たちは?」
「知っている方が多いでしょう。曾祖父を訪れた人に、よく昔話をしているようです」
「昔話……その、先々代伯爵の伯父の話か」
「はい。よかったらカインさんも聞いてあげてください。きっと喜びます」
曖昧に頷き、カインは窓の外に視線を移す。ここが、血の繋がりがあるかもしれない者が作ったという街。
「何とも言えない、という顔をしてるね」
「実感、ないからな」
「でも……綺麗な町だね」
「うん、綺麗だ」
森の近くには湖があり、その周りに美しい街並みが広がっていた。山の側には広い範囲で畑も見え、道具を持って畑仕事をしている者がたくさん見える。それをしばらく、カインは眺めていた。
馬車を降り、フェクダの案内で街を歩く。やがて辿り着いたのは大きな屋敷。従者に迎え入れられた三人は、そのまま屋敷の奥へと通される。重厚な扉をフェクダがノックすると、部屋に控えていた従者がその扉を開いた。
「お待ちしておりました、フェクダ様。こちらはカイン様、江流様、アルド様ですね」
「ああ。失礼します、ひいおじい様」
部屋の中には大きなベッドがあり、そこにその人物はいた。フェクダと言葉を交わした後、こちらに視線を向ける。
「もう少し近くへ寄ってほしいそうです」
「わかった」
意を決したカインは柔らかなカーペットを踏み、一歩ずつ近づいた。ベッドから身を起こした老人は深く皴が刻まれ、生気が薄いように見える。ただ灰がかった瞳は輝きを持ち、カインは不思議と引き込まれた。
「カイン・ステラだ」
「カイン……」
その老人はカインの名を何度か呟く。
「懐かしい名だ」
「懐かしい?」
「私の伯父の名が、カインという。そうか、お前さんは伯父の名を貰ったのか。こちらへおいで」
言われるままに、カインはフェクダと場所を交代して傍に立つ。老人から伸ばされた手が優しく頬を撫でた。
「ああ……よく似ておるよ。そうか、そうか……」
確かめるようにゆっくりと、老人の手がカインをなぞる。その手は頭に伸び、黒髪を柔らかく幾度も撫でた。
「俺のひいひいじちゃん……カイン・シンを知ってるのか?」
「ああ、知っているとも。とても勇敢で、美しい輝きを持つ人だった」
そうして、老人――メグレズ・ドゥーベは語り始めた。
先々代の伯父の名は、カイン・シン・ドゥーベという。高位聖職者の娘という女性と結婚を約束していたが、貴族ではないものと一緒になるべきではない、という当時のドゥーベ家の考えから認められなかった。結果的に二人は駆け落ちを選択し、その後は行方知れずとなる。カイン・シン・ドゥーベという名も除籍され、当時者しかその名を知る者はいなくなった。
「カイン・シンの名を知り、彼とよく似た顔が何よりの証左だ。お前さんはカイン・シン・ドゥーベの玄孫。ドゥーベ家の血を持つ者だよ」
ゆっくりと告げられた言葉は、カインに届く。
「そう、なんだな。俺が、ドゥーベ家の子孫。……ここは、俺の親戚の、家」
「そうとも。お帰り、カイン」
「なら、俺とも親戚となりますね。お帰りなさい、このドゥーベの地へ」
カインは二人を見つめる。血の繋がりがある彼らの言葉は優しい響きを持っていた。
●
カインは自身の生い立ちを二人に語る。思い出せるところからなぞっていこうとして――途中、声を詰まらせたり、七歳の彼に戻ったりした。
「彼はどうしたんですか」
「大丈夫だ、少しすれば落ち着く」
「何やら事情があるようだ」
控えていた江流とアルドの勝手知ったる様子を見て、メグレズは顎を撫でる。
「俺から説明する。大丈夫だ、話せなくなったわけじゃ、ないから」
弱音を話そうとすると、途端に声が出なくなる。声を出して泣くことも出来ない。今は無自覚に七歳の時の彼も覗き、精神と身体が分離しているかのように自分が制御できない。恐らくその年齢の時に起こった事件が原因で、強迫観念ととれるほど愛他的となった。それをカインは、筆談も交えて説明しきった。
(やっぱり、自覚はしていたんだね)
周りの人の様子や聞き込みから、自身の異常性について深く知ったのだろう。気付いていたからこそ、どうにかしたいと願っているからこそ、今も閉じこもらず進み続けようとしている。
「カイン。お前さんは、近しい者の死をその目で見たことはあるか?」
メグレズからの問いかけに、カインは首を振る。
「お前さんの心がどこかへ居なくなってしまうのは、近しい者が死ぬ恐怖から隠れておるからだ。死を看取れないという後悔が、感情の着地点を見失わせておる。目を逸らさず向き合ってみよ――私の死をもってして」
メグレズは、ほとんど白髪となった眉を柔らかく揺らす。
「私の死を看取ってくれるか、カイン。それがお前さんに贈る、最期の願いだ」
「……わかった。目を逸らさねぇし、向き合ってみる。どんなに辛いって思っても逃げたりはしねえから」
カインは差し出されたメグレズの手を取る。その温もりを喪う恐れから思わず手を放しそうになり――しっかりと自分から握り返した。
●
「伯父は私に優しい人だった。その娘とも、私は会ったことがある。ステラ……ああ、そんな名だ」
「それ、ひいひいばあちゃんの名前か?」
「もちろんだとも。美しい翡翠を持つ人だった……」
ウルサムの街にあるドゥーベ家の屋敷。そこで、二人は穏やかな時間を過ごしていった。
時が過ぎ、やがて大雨が晴れた後、美しい花がいくつも屋敷に手向けられた。
●
そうして、半月も過ぎた頃に、カインはフロルの街に戻ってきた。
「お帰り、カイン君」
「おかえりカイン兄ちゃん!」
江流とアルドは馬車から降りたカインを出迎える。事前に手紙を受け取り、彼の到着を今か今かと待っていた。
「ただいま、江流、アルド。少し留守にしちまったけど、平気だったか」
「うん、変わりないよ。僕と江流お兄さんで掃除もした!」
「ありがとな、助かる」
「ずいぶん大荷物だね、俺も持とう」
「ああ、ドゥーベの人たちからたくさん土産を持たされたんだ。継承権とかはないけど縁戚として顔を見せに来てほしいとか、皆から言われた」
「はは、皆カイン君が可愛くて仕方がないんだよ」
「おっさんみたいな言い方だな」
「俺はそれなりにおっさんだからね」
賑やかに言葉を交わしながら、カインはふと空を見る。遠い空の向こうから、いくつもの輝きが見守ってくれているような気がした。
指先がカードを捉え、薔薇と騎士が描かれた美しい一枚がテーブルに置かれる。相対していた少年は目をぱちぱちと瞬かせ、負けを悟ると瞳を細めて笑った。
本日は学園交流部の交流会。ゲームを絡めたその会で、アルド・シャウアーは精力的に色んな人と対戦をしていた。身分も種族も関係なく声をかけ、また相手も快く受けてくれる。今対戦していた上級生もそうだ。――ただ、声を掛けたのは個人的な事情もあったが。
「君もなかなか強かったです。今度また、お相手ください」
「もちろんです! ……あの」
「ところで」
二人の声がぶつかる。譲り合いの後、アルドは問うた。
「ご兄弟は居ますか?」
上級生は目を見張り、続けて口にする。
「人を探しています。ドゥーベという名に聞き覚え、もしくは俺に似た人を知りませんか」
ドゥーベ、というのは貴族である上級生の家名とのことだ。アルドは貴族知識もまだ浅く、思い当たる知り合いもいない。そこで学生棟にあるギルドクラブを紹介することにした。冒険者ギルドと同様に依頼を受けてくれる窓口があるし、何より、力になってくれる人がいることを知っている。
「おや、アルドくん」
「こんにちは、江流お兄さん」
部室に赴くと、ちょうど活動の最中だったようですぐその人物は見つかった。駆け寄る少年に海神 江流は穏やかな笑みを浮かべる。そうして視線を滑らせ、彼の後方にいる人物を認め――目を丸くした。
「アルドくん、この方は」
「俺はフェクダ・ドゥーベと言います。今日は人探しの依頼をと思い、こちらにお邪魔しました」
「わかった、詳しく聞こう」
青年が話してくれた内容はこうだ。探しているのはドゥーベ家の血族の者。何十年も前にドゥーベと袂を分かった先々代伯爵の伯父の子孫、その捜索をフェクダに任された、という経緯。
「先々代伯爵は今、余命いくばくもない際にあります。せめてその前に、長年気に掛かっていた伯父の子孫に会えればと」
「なるほど」
江流は思案する。ドゥーベ家というのは、伯爵の位を持つ、王党派から集権派に移行した王国貴族だ。貴族間で衝突を起こすような目立った利害関係もなく、話に出た先々代伯爵の代から慈善事業に名を連ねることが多くなったと記憶している。単純にギルド宛ての依頼として承っても問題ないだろう。
「わかった。冒険者宛ての依頼として預かるよ」
江流の言葉に、安心したようにフェクダは感謝を告げる。続けて話す詳細を、一緒に来た少年も真剣な表情で聞いていた。
「どう思う、アルドくん」
部室に残った少年に江流が問いかける。
「すごく、すごく思い当たると、僕は思います。江流お兄さんもきっとそうだよね」
「うん。彼はよく似ていたね――カイン君と」
カイン・ステラ。二人の共通の友人であり、関係も浅くない間柄の青年。その彼と、フェクダという青年は目の色こそ異なるものの、風貌はよく似ていた。それこそ血縁関係を思うほどに。
「慈善事業を通じて見たレシピ本に書かれていた料理が、その伯父考案の野菜料理だった、と」
「今、兄ちゃんたちは同じ活動をしてるんですよね」
「ああ、本も発行しているね」
視線を落とした先にある一冊の冊子。アーダベルト商会から出している、丁寧な図解の描かれた料理のレシピ本だ。江流はそれを荷物へしまう。
「この依頼は俺が引き受けよう。とりあえず、今の話とこのレシピを持ってカイン君に話してみようと思う」
「その前に、僕と一緒に行ってほしいところがあるんだ」
「行ってほしいところ?」
少年は頷く。
「僕の知り合いからもらった手紙にね。カイン兄ちゃんによく似た貴族を見たことがあるって」
「なんだって」
その知り合いはシグモル火山帯に住む信徒であり、地神を信仰するカインと今なお繋がりがあるらしい。話を聞きに行くべき相手だ。でも、と少年は続ける。
「今、なのかな。兄ちゃんが自分のことを知る機会って。それって、僕らが勝手をしていいのかな」
手紙をもらった時から、アルドは一つの決意を胸に秘めていた。もしカインが自分のことを知りたい気持ちを持ったのだとしたら、どんなことも力になろうと。けれど今の状況は、外から伸ばされた手を江流とアルドが見つけたに過ぎない。万が一彼の本流に繋がっているとしたら、勝手に関わってもよいのだろうか。彼に強要することにならないだろうか。迷う少年に膝を折り、江流は優しく肩に手を置いた。
「俺たちが思うことは、多分一緒だと思う。アルドくんはそこに向かって進んでいったらいい。そして今回のことは、この先にも道がありそうだよ、とカイン君に教えてあげるだけだ。道を知らないままなのと、知って進まないのは訳が違う。そしてそれを決めるのは、カイン君にしかできないから」
●
カインが療養をする、カペル侯爵領フロル。その街にある一軒家に赴くと、カインが出迎えてくれた。会えなかった時間の雑談もそこそこに、江流は本題を切り出す。
「カイン君。もしかしたらだけど、君のルーツに通ずる人物に会ったかもしれない」
「ルーツ?」
「君と血縁関係を持つ、いわば親戚だ」
カップを持ち上げたカインの手が、そのまま止まる。そうして目を見開き、ゆっくりと江流に視線が向いた。言葉にならない驚きに満ちた瞳に、江流は説明を続ける。
「これが話に出たレシピだ。この料理も、カイン君が提供したもので間違いないかな」
「……。ああ」
「ロイエ様にも会ってきたんだ。話を聞いてみたら、ロイエ様はその家名に覚えがあるって。元々火神様を信仰してる家らしくて、その先々代伯爵はロイエ様と旧知の仲みたい。カイン兄ちゃんのお祈りの仕方……聖句もね。覚えがあって、重なるところが多いんだって」
カインはふと思い出す。以前、そして今もかかわりのある元神官長の男。共に火神へ祈りを捧げた際、彼はカインに、祈りをどこで学んだかと聞いてきた。
次々と集まる情報から、探し人はカインではないかという確信を二人は強くしたという。そしてそれは、カイン自身も同じだ。天涯孤独だと思っていた自分に、血を分けた人たちがいる。しかもそれは貴族で、自分を探しているという――にわかに信じがたい話。
「本当にそう、なのか?」
「わからない。そしてこの先の選択は、カイン君が決めてほしい」
見つめるカインに、江流は柔らかく瞳を細める。
「君にはまだ長い人生が待っている。何があるかわからないけれど、もしかしたら、誰も知らなかった君の起源を知れる、最初で最後の機会になるかもしれない」
「確かに、……こんな運命じみた偶然、二度と起こらないかもな」
「決めるまで時間がかかっても、僕らにどんなお話をしても、大丈夫」
穏やかで包み込むような暖かさを持つ黒の瞳、柔らかくも懸命に支えようとしてくれる水色の瞳がカインを見ていた。安穏で変わらない日々を過ごしていた今に、突然吹き込んできた嵐の気配。その扉を開ければ、どうなるのだろうか。暴風に巻き込まれ今度こそ何もかも壊れるかもしれない。けれど新しい景色が見える可能性だって、ある。
「知ることへの不安もあると思う。けれど、君が何者なのだとしても、俺たちにとってのカイン君は変わらないんだ」
「いつだって、どんな兄ちゃんだって、僕らが大好きな兄ちゃんだから」
「俺も、君を大切な友人だと思ってる。こうした繋がりの他にも、君と繋がる誰かを知ることは、きっとカイン君を支えてくれると思うよ」
どこまでもカインを想う二人の言葉は、扉に手をかけたカインの手を支え。
そうして――カインは、その扉を開けることを選んだ。
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馬車は軽快に路を進み、窓からは新緑の風景が流れてくる。時折跳ねる振動を受けながら、森の次に草原、川辺、そしてまた草原の後に街が現れた。
「ドゥーベ領にあるウルサムの街です。農業が盛んで、他の地よりも高地ということもあって葉物を中心とした野菜を名産としています。近くの山と森にはそれぞれ花畑もあり、景観も素晴らしいことから、神の恩恵を受けた街としても観光客で賑わいます」
そう話してくれるのは、依頼主であるフェクダだ。二人からの説明、カインと直接顔を合わせたことで彼もまたカインを探し人だと判断し、ドゥーベ領までの案内を買って出てくれた。
「曾祖父はレシピをきっかけに記憶が蘇ったようです。それを孫である伯爵……俺の父に相談し、その頼みを学園に編入予定だった俺が引き受けました」
「そのことを、他の方たちは?」
「知っている方が多いでしょう。曾祖父を訪れた人に、よく昔話をしているようです」
「昔話……その、先々代伯爵の伯父の話か」
「はい。よかったらカインさんも聞いてあげてください。きっと喜びます」
曖昧に頷き、カインは窓の外に視線を移す。ここが、血の繋がりがあるかもしれない者が作ったという街。
「何とも言えない、という顔をしてるね」
「実感、ないからな」
「でも……綺麗な町だね」
「うん、綺麗だ」
森の近くには湖があり、その周りに美しい街並みが広がっていた。山の側には広い範囲で畑も見え、道具を持って畑仕事をしている者がたくさん見える。それをしばらく、カインは眺めていた。
馬車を降り、フェクダの案内で街を歩く。やがて辿り着いたのは大きな屋敷。従者に迎え入れられた三人は、そのまま屋敷の奥へと通される。重厚な扉をフェクダがノックすると、部屋に控えていた従者がその扉を開いた。
「お待ちしておりました、フェクダ様。こちらはカイン様、江流様、アルド様ですね」
「ああ。失礼します、ひいおじい様」
部屋の中には大きなベッドがあり、そこにその人物はいた。フェクダと言葉を交わした後、こちらに視線を向ける。
「もう少し近くへ寄ってほしいそうです」
「わかった」
意を決したカインは柔らかなカーペットを踏み、一歩ずつ近づいた。ベッドから身を起こした老人は深く皴が刻まれ、生気が薄いように見える。ただ灰がかった瞳は輝きを持ち、カインは不思議と引き込まれた。
「カイン・ステラだ」
「カイン……」
その老人はカインの名を何度か呟く。
「懐かしい名だ」
「懐かしい?」
「私の伯父の名が、カインという。そうか、お前さんは伯父の名を貰ったのか。こちらへおいで」
言われるままに、カインはフェクダと場所を交代して傍に立つ。老人から伸ばされた手が優しく頬を撫でた。
「ああ……よく似ておるよ。そうか、そうか……」
確かめるようにゆっくりと、老人の手がカインをなぞる。その手は頭に伸び、黒髪を柔らかく幾度も撫でた。
「俺のひいひいじちゃん……カイン・シンを知ってるのか?」
「ああ、知っているとも。とても勇敢で、美しい輝きを持つ人だった」
そうして、老人――メグレズ・ドゥーベは語り始めた。
先々代の伯父の名は、カイン・シン・ドゥーベという。高位聖職者の娘という女性と結婚を約束していたが、貴族ではないものと一緒になるべきではない、という当時のドゥーベ家の考えから認められなかった。結果的に二人は駆け落ちを選択し、その後は行方知れずとなる。カイン・シン・ドゥーベという名も除籍され、当時者しかその名を知る者はいなくなった。
「カイン・シンの名を知り、彼とよく似た顔が何よりの証左だ。お前さんはカイン・シン・ドゥーベの玄孫。ドゥーベ家の血を持つ者だよ」
ゆっくりと告げられた言葉は、カインに届く。
「そう、なんだな。俺が、ドゥーベ家の子孫。……ここは、俺の親戚の、家」
「そうとも。お帰り、カイン」
「なら、俺とも親戚となりますね。お帰りなさい、このドゥーベの地へ」
カインは二人を見つめる。血の繋がりがある彼らの言葉は優しい響きを持っていた。
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カインは自身の生い立ちを二人に語る。思い出せるところからなぞっていこうとして――途中、声を詰まらせたり、七歳の彼に戻ったりした。
「彼はどうしたんですか」
「大丈夫だ、少しすれば落ち着く」
「何やら事情があるようだ」
控えていた江流とアルドの勝手知ったる様子を見て、メグレズは顎を撫でる。
「俺から説明する。大丈夫だ、話せなくなったわけじゃ、ないから」
弱音を話そうとすると、途端に声が出なくなる。声を出して泣くことも出来ない。今は無自覚に七歳の時の彼も覗き、精神と身体が分離しているかのように自分が制御できない。恐らくその年齢の時に起こった事件が原因で、強迫観念ととれるほど愛他的となった。それをカインは、筆談も交えて説明しきった。
(やっぱり、自覚はしていたんだね)
周りの人の様子や聞き込みから、自身の異常性について深く知ったのだろう。気付いていたからこそ、どうにかしたいと願っているからこそ、今も閉じこもらず進み続けようとしている。
「カイン。お前さんは、近しい者の死をその目で見たことはあるか?」
メグレズからの問いかけに、カインは首を振る。
「お前さんの心がどこかへ居なくなってしまうのは、近しい者が死ぬ恐怖から隠れておるからだ。死を看取れないという後悔が、感情の着地点を見失わせておる。目を逸らさず向き合ってみよ――私の死をもってして」
メグレズは、ほとんど白髪となった眉を柔らかく揺らす。
「私の死を看取ってくれるか、カイン。それがお前さんに贈る、最期の願いだ」
「……わかった。目を逸らさねぇし、向き合ってみる。どんなに辛いって思っても逃げたりはしねえから」
カインは差し出されたメグレズの手を取る。その温もりを喪う恐れから思わず手を放しそうになり――しっかりと自分から握り返した。
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「伯父は私に優しい人だった。その娘とも、私は会ったことがある。ステラ……ああ、そんな名だ」
「それ、ひいひいばあちゃんの名前か?」
「もちろんだとも。美しい翡翠を持つ人だった……」
ウルサムの街にあるドゥーベ家の屋敷。そこで、二人は穏やかな時間を過ごしていった。
時が過ぎ、やがて大雨が晴れた後、美しい花がいくつも屋敷に手向けられた。
●
そうして、半月も過ぎた頃に、カインはフロルの街に戻ってきた。
「お帰り、カイン君」
「おかえりカイン兄ちゃん!」
江流とアルドは馬車から降りたカインを出迎える。事前に手紙を受け取り、彼の到着を今か今かと待っていた。
「ただいま、江流、アルド。少し留守にしちまったけど、平気だったか」
「うん、変わりないよ。僕と江流お兄さんで掃除もした!」
「ありがとな、助かる」
「ずいぶん大荷物だね、俺も持とう」
「ああ、ドゥーベの人たちからたくさん土産を持たされたんだ。継承権とかはないけど縁戚として顔を見せに来てほしいとか、皆から言われた」
「はは、皆カイン君が可愛くて仕方がないんだよ」
「おっさんみたいな言い方だな」
「俺はそれなりにおっさんだからね」
賑やかに言葉を交わしながら、カインはふと空を見る。遠い空の向こうから、いくつもの輝きが見守ってくれているような気がした。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。