【DA】リーンエスの耳

ハーヴィ/ ヒルルク

『ノベルタイトル:真珠の誓い』真柄 葉
「それじゃ、話を整理するよ」
「う、うん」

 ごくりと喉を鳴らす彼女を微笑ましく感じながら、表情が緩んでしまわないように気を付けながら話を続ける。

 ここはローレラウラ第四衛星都市『ケラエノ』。
 彼ら(傭兵団)に同行させてもらう形でリブラネスタを出立して一月余り。陸路での移動は思いのほか大変だったけど、傭兵団の面々、何より彼女がいてくれたおかげで苦には感じなかった。
 旅は順風満帆――――とは言い難かったけど、彼女も初めて見る景色(記憶にない風景)を楽しんでいるようで、今のところ不満は出ていない。
 このまま傭兵団について気ままに旅を続けるのも悪くない――――もちろん彼女が望むならだけど。
 彼女には目的がある。傭兵団との旅がまったく無意味とは言わないけど、それが彼女の目的の為になっているとも言い難いのが事実だ。
 話を戻そう。
 彼女の目的は“自分を知る”事だ。
 今、正面で真剣な眼差しでこちらを見つめる彼女と、ちょうど“それ”について話し合っている。
 彼女は傭兵団にくっついて旅を続けるつもりだったようだけど、それじゃ目的に対して余りに遠回りだ。
 かつてロスガリア大陸を広く旅した彼女のことだ、その痕跡は確かに各地に転がっているだろう。“想い出の地”へ訪れることができれば彼女が何かを得る事ができる可能性もある。
 だけど、あの頃の彼女は征竜様の耳目だったんだ。
 “お役目”の為だけに生きてきた彼女(ヒルルク)の想い出が、今の彼女(イーラ)にとってプラスになる事があるのだろうか。

「――――一言に“自分(記憶)を知る”といっても、一体何をすればそれが実現できるのかは分からないよね」
「うん」
「その方法――――というか、これはあくまで可能性の話ではあるんだけど、一番確実性が高そうなのは竜の里『ドラグエンダ』へ行くことだと、僕は思うんだ」
「『ドラグエンダ』……前に言ってたわたしの故郷、ね」

 “故郷”の話だというのに彼女には実感がないのだろう。口にした言葉には戸惑いが見え隠れしている。
 僕はそんな彼女に小さく頷いた。

「あの場所には君が彼女(ヒルルク)になる前を知っている人たちがいる。その人たちの話を聞けば、あるいは“自分を知る”何か得られるかもしれない」
「でも、その場所は遠い」
「そう、とても遠い。それにとても過酷な環境なんだ。正直、今の君の実力じゃあの場所へたどり着く前に確実に力尽きる」
「う、うん」

 表情には出していないが、落ち込む気配がひしひしと伝わってくる。
『大丈夫、心配しないで。僕がついている』
 そう言葉にしそうになるのをグッと堪えて、彼女に現実を突きつけた。

「君の今の実力は、初心者冒険者レベルでしかない。授恵者であったことは幸いだけど、それでも弱い事には変わりないんだよ。そんなレベルで極北のあの過酷な世界を越えようだなんて、自殺行為と一緒なんだよ。もちろん、護衛を沢山雇って越えるって手もなくはないけど、君はそれを望まないでしょ?」
「ええ」

 今度は力強く頷いた。
 イーラと話していくうちに気付いたんだけど、彼女にはある種の矜持のようなものがある。
 それは“他人に頼らない”事。
 僕が差し伸べる手ですら、取ることに躊躇する事があるくらいだから、間違いないと思う。
 前の彼女(ヒルルク)にもそういう気質があったから、もしかしたら生来の性格なのかもしれない。もちろんそれ自体は素敵なことだと思うし、自立したいい考えだと思う。でも、目的に対して実力が伴っていない現状、それを主張し続けるのは悪手だ。
 本当はもっと頼ってもらいたいんだけど、こういう事って無理強いすることじゃないって思ってるから、彼女の意志を尊重している。
 周り(傭兵団の面々)から見たらもどかしい関係に見えるんじゃないかな。でも、これが僕達の距離感だと思ってるからいいんだ――――今はね。
 さて、そんな意固地な彼女に対して、僕は何ができるのか。
 色々と考えた結果、僕は彼女に“道(可能性)を示す”ことにした。

「最終目的地を『ドラグエンダ』に置くとして、一番必要なのはやっぱり強さ(レベル)だね。そして、それを考えた時に取れる選択肢は二つだと思ってる。
 一つはこのまま彼ら(傭兵団)のお手伝いをしながら世界を巡る事。これは“記憶の欠片”を探しつつ、彼らが受けた依頼の手伝いしてレベルアップも図ろうっていう案だね。でも、団体行動になるから“記憶の欠片”があるだろう場所に行けるとは限らないし、常に依頼がある訳じゃない。もしあったとしても彼ら(傭兵団)が受けるかわからないしね。結論的に言えば、時間がとってもかかるってことだね。
 もう一つは、どこかに腰を落ち着けて徹底的に自身を鍛える案。彼ら(傭兵団)と行動を共にできなくなるけど、強くなるためには最短の方法だと思う。もちろん問題点がないわけじゃなくて、まず各地に散らばった“記憶の欠片”を探せなくなる。これは強くなってから改めて“記憶の欠片”探して大陸を巡るって方法も取れるから、完全にないってわけじゃないんだけどね。なによりもっと大きな問題点があって、自力で鍛錬するには限界があるってことなんだ」
「限界?」
「うん、一人で漠然と鍛えても効果はたがか知れてる。もちろん僕が色々と教えて上げられればいいんだけど、僕のスタイルが君のスタイル(殴りヒーラー)に合ってないんだよね。だから僕が指導しても効果は限定的になっちゃう。
 本当なら誰かいい師匠――――それこそ以前(記憶を失う前)みたいにリカルダ将軍に……」
「りかるだ?」
「あー、ごめん、今の無し。とにかく強くて師事できそうな人を見つける必要があるから、下手すればこっちの方が時間がかかるかも。
 もちろん他にいい案があるかもしれないから、ここで決断する必要はないんだけど、当面の目標を立てる事は悪くないと思う。どうかな?」
「……」

 視線を落とし考え込む彼女。
『ゆっくり考えればいい。時間はたっぷりあるんだから』
 そう言ってあげたい。でも、他人(傭兵団)と行動を共にしている以上、止まっていられる時間は有限なんだ。
 チラリと視線を上げた彼女と目が合った。
 でも今度は微笑まない。じっと彼女を見つめ返して答えを待つ。

「……旅を、続けたい」
「そう、それじゃ旅を続けようか」
「いいの……?」
「いいもなにも、僕は君についていくって決めたからね。君が望むものが僕の望むものだよ」
「それは、とてもありがたいんだけど……そんなにあっさり決断していいの? あなたにはあなたのやりたいことがあるでしょ。それを放っておいてまでわたしに付き合うことに、メリットを感じないんだけど……」
「メリットか。うん確かに商人的観点で言えばメリットはないどころか、むしろ時間を無為に浪費しているという点ではデメリットかもしれない」
「……そう、よね」
「でも、僕の考えは変わらないよ。前に言った『僕は君の傍にいる』って言葉は何もその時の感情に任せて出した言葉じゃない。僕が本当にそうしたいと思ったから出た言葉なんだ。それに、あの時、君は僕の言葉を拒絶せず受け入れてくれたじゃないか。僕はそれがとても嬉しかったんだよ」
「あの時は確かにそうだったけど……ねぇ、ハーヴィはわたしが都合よくあなたの善意を利用しているかもしれないって考えないの?」
「どうして?」
「どうしてって、普通そう考えるでしょ? ……確かにわたしは記憶を失くして途方に暮れてる。何をしたらいいかわからないし、この旅も目的だって“自分を知りたい”なんてふんわりしたものよ。でも、あなたを含めてわたしの旧知だって言ってくれた人たちは背中を押してくれた。もちろん全員じゃなかったけど、それはとっても励みになったわ。でもそれって、結局わたしのわがままでしょ。他人の――――あなたとの記憶もない女の旅の手伝いをする理由が思い浮かばないの」
「……」
「あ……えっと、ハーヴィ……?」
「…………あはははっ」
「え、え、えっ……?」
「――――あー、ごめん、真剣に話をしてくれたのに突然笑っちゃって。でも、仕方がないんだよ? とっても可愛い顔(感情)を見せてくるイーラが悪いんだから」
「……ええっ!?」

 想像もしていなかった返答に頬を赤らめ驚く彼女に、笑って目じりに浮いた涙をぬぐいながら続けた。

「僕を自分の旅に同伴させることに後ろめたさを感じているのなら、君は僕を侮りすぎだよ。僕だってなんの“利得”もなく君の旅に付き合っているわけじゃないんだから」
「り、利得?」
「そう“利得”。“欲”って言い換えてもいいかな?」
「欲……? えっと、それって何の……?」
「それはもちろん――――んーーー、やっぱり内緒」
「ええーっ!?」
「あははっ。ほら、それを教えたら楽しくないって言うか、気まずいって言うか、色々あるんだよ。だから今は内緒」
「でも、それを教えてもらわなくちゃ、わたしはあなたのその“欲”に協力できないわ――――って、何よその顔っ!?」
「……あ、ああ。ごめん。まさか君からそんな提案があるなんて思ていなかったというか、不意打ち卑怯だなって言うか、うん、本当に君は“君”なんだねっていうか」
「な、何よそれ、答えになってないじゃない」
「うん、ごめん。答えになってないね。でも、そう思ってくれているだけで僕は嬉しいよ。ああ、そうだ。それじゃこういうのはどうかな。もし僕が“欲”を叶えたくなった時には、君が協力してくれる、っていうのは」
「それはもちろん……でも、それってわたしで力になれるものなの?」
「力になる……うーん、力になるかぁ。どうだろ、できるの?」
「いや、わたしが聞いてるんだけどっ!?」
「あははっ、そうだねごめんごめん。えっと、力になるとはちょっと違うかもしれないけど、その時はよろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと、頭を上げてよ! 協力してもらってるのはわたしの方なんだから、お返しするのは当然でしょ! だから、お願いとかお礼はなしでっ!」
「そう? それじゃ、君も僕にお願いもお礼もなしだよ?」
「う゛っ……善処するわ」
「約束したからね?」
「ううっ……ハーヴィの意地悪」
「ふふふ、僕の中には利に聡い商人の血が流れているからね」
「……ハーヴィ。今とっても悪い顔してるの自覚してる?」
「おっと、まずいまずい。商人は常にポーカーフェイスでないとね」
「はぁ……ってことは、やっぱりハーヴィは商人になるの?」

 その口ぶりから話題を変えたいのだろうとわかったから、少し考えるふりをしてから応える。

「いや、今のところは考えていないかな。なにせ父がまだまだ現役バリバリだし、もし仮に商人になったとしても、僕には父さんほどの商才がないから、商会を傾けちゃいそうだしね」
「そんなこと……」
「ない! って僕も言えればいいんだけどね。イーラは僕に商才があるように見える?」
「…………ある、んじゃない?」
「なんで棒読み&疑問形なの」
「だ、だってそんなのわたしにわかるわけないじゃないっ! 商人っていう職業は知ってるけど、どんな人が向いてるとか、どんな能力が必要かとかわからないしっ!」
「うんうん、そうだよね。実は僕も詳しいところはよくわかってない」
「でしょ! ……って、え?」
「これは前にも話したかもしれないけど、僕は幼い頃病弱でベッドから離れられなかったから、父の仕事(商売)にはそこまで詳しくないんだよ。それに病気が治って(授恵者になって)からは冒険者稼業が忙しかったから、商売の勉強といえるようなものはほとんどしていないんだ」
「それじゃ、お父さんの跡は継がないの?」
「うーん、それもわからない、かな。ごめんね、はっきりした答えを出せないで」

 そう言って苦笑を返したら、彼女は大きく首を振った。

「それにほら、僕の今の肩書って“占い師”だしね」
「でもそれ自称よね?」
「うわ、ひどいな。これでも師匠にお墨付きをもらったんだよ?」

 少し大げさに肩を落としてみたら、彼女は口元を手で押さえくすくすと笑っている。
 よかった。少し話題が重くなりかけてたけど、うまく方向転換できたみたいだ。

「そうだ、折角だし何か占う?」
「占い? うーん、でも何を占ってもらえばいいの?」
「特に得意な分野とかないから何でもいけるけど……そうだなぁ、『金運』『健康』『仕事』とかかな? ……あとは『恋愛』もいけるよ」
「ふーん。それじゃ『仕事』運かな」
「『仕事』だね。じゃ、お手を拝借」

 『恋愛』じゃないんだ、と心の中で少し残念に思いつつも、差し出された彼女の手を取った。
 彼女の手はとても細くて綺麗だ。あの巨大な槌を振り回していたとはとても思えないくらいに。
 そういえば以前、美容の話になって、化粧とか肌の手入れとかはやっているのかと聞いたことがある。その時は、少し不思議そうな表情でそういうのよくわからないと応えていたっけ。
 視界に映るシミ一つない真っ白な手。触れた部分から伝わってくる彼女の熱。
 宝物を扱う様に優しく触れ、ゆっくりと丁寧に彼女の掌を視た。

「……ふーむ、なるほど」
「何かわかったの?」
「わかったようなわからなかったような」
「えー、何よそれ」
「ごめんごめん。でも、君の手からは『仕事』に関する未来が視えないんだよ」
「うん? どういうこと?」
「うーん、こういう事はあんまりないから……どういえばいいんだろう」
「な、何か悪い事でも起きるの……?」
「あー、そう言う事じゃなくて、端的に言うと君は仕事と無縁だってこと」
「…………はい? なにそれ、わたしはこの先ずっと仕事をしないってこと?」
「あるいはできないか」
「え……?」
「ともかく、君の未来に“仕事”のビジョンは今のところ視えない」
「そうなん――――ん? “今のところ”ってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。この占いはあくまで今現在の君の未来を視たに過ぎないんだ。この結果を認知した君が何か意識を変えたり行動したりすることによって、未来はすぐに別のものに変わってしまう。だから、例え明日同じ占いをしても、きっと別の結果が視えると思うよ」
「えっと……それって、結局わからないってこと?」
「まあ、簡単に言えばそうだね」

 そう言って苦笑したら、彼女は呆れるように大きくため息をついた。

「まぁ占いはあくまで占い。オペラさんの予知夢みたいな特別な力じゃないからね。だから、占いの結果なんてものは何かを決めるときの判断材料の一つにでもなればいいってくらいの気持ちでいるのが正解かな」
「ふーん、そういうものなんだ」
「うん。それで、君は自分の未来を知って、どうだった?」
「どうって……そんなネタばらしされたら、どう答えていいかわからないわよ」
「判断材料にもならない?」
「仕事できないって言われて、判断材料にできる?」
「うーん、それは捉え方の問題かもね」

 ため息をつく彼女に笑顔を向ける。

「仕事をしない、あるいはできない。そういう未来が確かにあったって事を認知することがとても大切な事なんだよ。自分には望まない未来が訪れるかもしれない。ならそうならないために自分はどうすればいいのか。どう動けばいいのか。それを考える切っ掛けになる事こそ、占いの本懐だと僕は思うな」
「うーん……なにか難しい。占いってもっと気楽なものだと思ってたわ」
「気楽な占いもあるよ? 花占いとかね」
「そっか、あれも占いなんだ」
「もちろん。だからあんまり身構えたりしないで気軽に活用してくれると嬉しいな」
「それは“本職(食い扶持)”としての営業活動?」
「それなら君は代金を払う為に、“仕事”を見つけないとね?」

 二人してじっと見つめ合った(けん制し合った)後、同時に噴出した。

「わかったわ。また何かに迷った時は頼りにさせてもらう」
「はい、いつでもご利用をお待ちしております」
「…………それで、ハーヴィ?」
「うん?」
「占いは終わったのよね」
「うん、終わったよ。他に何か視て欲しいものでもあった?」
「いえ、そうじゃなくて……その、いつまで手を繋いでるのかなって」
「ああ、そういうこと。イーラは嫌だった?」
「嫌とかそう言う事じゃないけど……ほら、なんか視られてるし」

 彼女は僕から視線を逸らし辺りを見る。
 流石は観光地として名高い『ケラエノ』。僕たちがいるオープンカフェにも沢山の観光客が訪れていて、席はほぼ満席だ。
 沢山の観光客の中には、ボク達のやり取りを興味深げに覗く輩もいる。
 前までの僕だったら、周りの視線に遠慮して彼女の手を離すところだけど、今の僕は違う。例えどんな視線に晒されたって、どんな陰口を囁かれたって、彼女の手を離すつもりはないし、その隣を譲るつもりはない。

「そうだね。ここはこういう事には向かないしね」

 とはいえ、それは僕の決意であって彼女のものではないのも理解している。
 嫌ではない。今はそう言ってくれただけで良しとしよう。“焦っては事を仕損じる”って言葉もあるしね。ゆっくりゆっくり僕たちのペースで変わっていけばいい。
 僕は名残惜しく感じながらも彼女の温もりを手放した。

「そういえば、なんでここだったの? ローレラウラっていくつも街があるんでしょ? 傭兵団の人たちは別の街に行ったみたいだし」
「そうだね、理由はいくつかあるんだけど、一番はローレラウラでこの街が一番きれいだからかな。ローレラウラ観光の中心地だからね。あとはやっぱり、ここが以前の君(ヒルルク)に縁がある街だからだよ」
「え、そうなの? 初耳なんだけど」
「あれ、言ってなかったっけ。えっと、出発する前に会ったあの子のこと覚えてる?」
「マーメイドの女の子?」
「そう。あの子を以前の君が庇護して、この街の近くに匿ったんだよ」
「うん? でも、あの子リブラネスタにいるわよね?」
「ああ、そうだね。まぁ、話せば長くなるんだけど、あの子があそこに落ち着くまでに紆余曲折色々あったんだよ。興味があればまた今度話すよ」
「わかったわ。あ、もしかして、そこへわたしを連れて行けば何か思い出すかも知れないと思って?」
「うん、それもあるかな」
「“それも”って、なにか含みのある言い方ね」
「ごめんごめん、別に変な意味じゃないんだ。僕がこの街に君を連れてきたのは、どちらを選択してもいいようにだよ。その場所へ案内することもできるし、行きたくないのであればスルーすることもできる。どちらにせよ、決めるのは君だ。僕は君の決断に従うよ」
「ふーん」
「なんだよ、気のない返事だね」
「気のないって言うか、ハーヴィの思惑が読めないって言うか……結局、あなたはどうしたいの?」
「どうしたいって、さっきも言った通りだけど?」
「さっきって、どのこと? “欲”?」
「正解。“欲”の為」
「うーん……」

 あらら、眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
 やっぱりわかってない。確かに積極的にアプローチしているつもりはないけど、わかる人間が視れば一目瞭然だと思うんだけどな。
 まあ、以前の彼女を含めてイーラはその手の話にとことん疎いみたいだから、考えに至らないのは仕方がない事なのかもしれないけど。
 はぁ先が思いやられる――――とは思わないけど、もう少し察してくれてもいいんじゃない?

「それでどうする? 僕としてはこのまま街を観光するのでも全然かまわないけど、君が行ってみたいのなら案内するよ?」
「う、うーん……」

 今度は腕組みして身体を揺らり揺らり。
 本当に感情表現豊かだなぁ。見ていて全然飽きない。
 そういえば、以前の彼女(ヒルルク)もこうだったな。
 純粋で世間知らず、曲がったことが嫌いでいつも真っ直で……そして、お役目の為に生きて、お役目の為に“死んだ”。
 もうここに彼女(ヒルルク)はいない。
 見た目も性格も本当にそっくりなのに、彼女(イーラ)は彼女(ヒルルク)じゃないんだ。破天荒でお人好しでトラブル巻き込まれ体質なあの『征竜の巫女』は、もうこの世のどこにもいない。

「やっぱり怖い?」
「怖い……とは少し違うんだけど……ごめん、わたしが自分を知りたいって旅に出たのに足踏みして」
「そんなの気にしないで。僕は君に無理強いするつもりはないから。だからイーラが行きたいと思ったら行けばいいよ。もし行くなら、先方にも連絡しなきゃだけどね」
「先方って、誰かいるの?」
「うん、屈強な退役老将軍が居を構えてる」
「えっ……こ、怖い人……?」
「怖くは……いや、怒ると怖いかも」
「え゛っ……」
「はは、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。退役軍人だから考え方がとても現実的だけど、とても気のいい方だから。それに以前の君(ヒルルク)の事を気に入っていたのか、色々と動いてくれてたみたいだよ。あ、もしかしたらそこに行けば、お目付け役だった女性にも会えるかもしれない」
「ふーん、そうなんだ……ってお目付け役? なにそれ、前のわたしの見張り役的な人?」
「そうだね、ローレラウラ軍からの命令で君のお世話係をしてた人だよ。ちなみに老将軍さんのお孫さんね。君がローレラウラにいる間だけだけど、君と行動を共にしてお世話をしてたよ。
 ほら以前の君の持っていた『征竜の巫女』っていう称号は、このローレラウラにとってとても価値があったから、大切なお客様(プロパガンダ)として、結構丁重に扱われてたんだ」
「へ、へぇ……」

 急に周りが気になったのか、落ち着きなく視線を彷徨わせるイーラ。

「多分そんなに警戒しないでも大丈夫だと思うよ。もう、征竜様はいないっていうのは広く知られているから、『征竜の巫女』さまも……ほらね」
「ああ、なるほど。もう大切にする価値も無くなったって訳ね」
「う、うん、確かにそうなんだけど……なにか君が言うとその……複雑だね」
「そう? だって、マスコット代わりをしなくてよくなったんでしょ。喜ぶべきなんじゃないの? というか、前のわたしはよくそんなの引き受けてたわね」
「引き受けてたわけじゃなくて利用されてたっていうのが正解かな。以前の君はそう言う事にはとことん無頓着だったから」
「えーっ!? 前のわたしってアホなのっ!」
「ちょ、ちょっと言い方……。確かに世間知らずではあったけど、みんなには好かれていたよ。ローレラウラの人たちも以前の君の事を尊敬ではなく親愛の情をもって受け入れていたように感じたし」
「うーん、本当にお人好しだったのね」

 その彼女の口ぶりがどうしようもなく気になった。
 イーラにとってヒルルクさんという存在は、本当に他人なんだと実感させられているようで、とても寂しくなる。
 イーラには話に聞くヒルルクさんが一体どんな風に見えているのだろう。
 『征竜の巫女』として信仰に準じた乙女? それとも、自分にそっくりなだけのただのわがままな女の子? さっきも言ったようにお人好しのおバカさん?
 ヒルルクさんのこと自体は嫌ってはいないようだけど、特別好いているようにも感じない。それは興味がないからなのか、それともどう接していいのかわかりかねているからなのか……。
 あの日、イーラとして目覚めた彼女は『自分を知りたい』と言ったけど、『記憶を取り戻したい』とは言っていないんだよね。
 それが意味するところは即ち――――。

 イーラはヒルルクさんに戻りたくないと思っている。

 もちろん、彼女が言ったわけじゃないけど、彼女の言動を見ていると、あながち間違っているとも思えない。無意識にそう思っていると、半ば確信に近いものを感じてしまう。
 もし、彼女がそれを自覚したら、その時、彼女はどんな行動をするのだろう。
 その時、僕は彼女に何ができるのだろう。

 僕は“君”が大切で、大好きで、心から愛している。

 この先、君にどんな未来が待っていようとも、隣に寄り添って、全てを分かち合うつもりでいる。
 例え君がどんな選択をしても、僕はそれを尊重するし否定しない。
 伸ばされた手を振り払うことは絶対にしない。
 もう、けしてあの時の二の轍は踏まない――――。

「それで結局どうする? 会いに行ってみる?」
「……そうね、行こうかしら。その人に会ってみたら、何か知れるかもしれないし。ハーヴィ、案内してもらえる?」

 一足先に立ち上がったイーラはテーブルを周り、僕の肩に両手を乗せる。
 だから僕は、肩に感じる彼女の温もりに手を重ね、こう答えた。

「もちろん」

 と――――。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0