【DA】リーンエスの耳

ルベア・ベルニ/ ミア=リゼル

『ノベルタイトル:あたたかなおもいでを』広大野人
●
「見てほしいものがあるの」
 ルベア・ベルニの畏まった突然の申し出に、テーカップを口につけようとしていたミア=リゼルの動きが止まった。
「私に、ですか?」
「……そこじゃなきゃ言えない事もあるし」
 ミアの真っ直ぐな眼差しにルベアが小さく頷きながらそう告げた。
 そっと差し出したのは一枚の書状。レルドク領を治めていた貴族の本家当主から、領内北西端での探索を許可する旨が記されたものだった。
 彼女(ルベア)の台詞と書状の内容から、ミアは察する。
「学園内も落ち着いてきましたし、冒険者としての活動頻度も考えれば、私もちょうど良い時期かと思っています」
 もっと正確に言うのならば、待っていたとも言えた。彼女から切り出してくれる事を。
「ありがとう、ミアさん。それじゃ、準備してくるわ」
「はい。私は手続きや連絡をしてきますね」
 学園生が無断外出して授業をサボる訳にもいかないし、婚約者や関係者にも行先ぐらいは伝えておく必要はあるからだ。
 それぞれが別方向へと向かう中、ミアが遠く、北西の空を見つめた。
(…………)
 彼女が自身と向き合い、そして、何かを伝えようとしている……その旅を共に出来る事が嬉しかった。

 王都から早馬でも数日。
 旅費を抑える意味もあって、二人乗りで街道を長駆。途中、馬の休憩や交代を兼ねて宿場町で泊まる事はあったが、場所によっては野宿する事にもなる。
 年頃の娘達が旅をする事を許されるのは、二人とも優れた冒険者だからだ。何も知らずに襲い掛かって来る賊は運が無い事、この上ない。
「もう少しで目的地だけど、早めに休んで、夜明け前に出発しようか」
 ルベアの提案にミアは頷くと、リュックから軍幕を取り出した。
「そうですね。それでは、陽が落ちる前にテントを立てましょう」
 冒険者としての経験と知識が、二人をただの女の子にはさせなかった。
 草原の中、平らな地面の一角を見出すと大き目の石を素早く除いて、シートを敷き、その上に軍幕を広げ、隅に幾本かの杭を打ち込んだ。
 ひょいっとミアが投げ渡した長棒が宙を飛ぶ。旅の途中で拾ったもので、ルベアは視線を向けずに手だけを差し出して長棒を受け取った。
 二人の慣れた手付きと阿吽の呼吸が、共に過ごした時間の長さを物語っている。
「柱を立てたら、夕食は私が作るわ。ミアさんは薪をお願い」
 シートに広げた軍幕の中に潜りながら告げ、ルベアは長棒を軸にして、ぐっと力を込めて幕を押し上げた。俗に言うポールテントだ。
「ルベアさんの夕食、楽しみです」
「あまり期待しないでね」
 新鮮な食材が揃っていれば、そこそこのものが作れる自信はあるのだが……タタタと駆け足で薪を探しにいったミアの後ろ姿に微笑みながら、ルベアは食材袋に手を伸ばした。

 ゴトゴトと鉄鍋で煮立つスープとパチパチとなる焚火。舞い上がる火の粉が儚げに散っていく。
「どうだろう……一応、レシピ通りなんだけど……」
 ルベアの自信なさげな言葉に対し、ミアは笑顔を浮かべた。
「とっても美味しいですよ、ルベアさん! 干し肉と根菜が柔らかいし、スープのとろみもあって温まります」
「良かった。ぶっつけ本番だったから、ちょっと心配してたの」
『記憶』に残る根菜の歯ごたえやトロミも風味も物足りなかったからだ。
「このレシピはどこで知ったのですか? 学園の食堂には無かったし……」
 首を傾げたミアにルベアは応える。
「従姉よ。私の故郷の料理らしいわ」
「そういえば、手紙が何回か届いていたような……」
 部屋が一緒なので届くものはお互い知ってしまう環境なのだ。
 レルドク領都から届く手紙の送り主は、ルベアの従姉であり、狼型魔獣を使役する恐ろしい魔獣使いでもあった。
 従姉の父……つまり、ルベアから見れば伯父を含む集落の一部の者達は集落が滅びる前、定期的に街へと顔を出していたようで、その時に振舞われていたらしい。
「食べてみて思い出したけど、たぶん、父もよく作ってたと思う」
「思い出の味、ですね」
 ゴロリとした根菜を匙に取ってミアは微笑んだ。

●
 レルドク領都に立ち寄ってから、二人は目的地へと向かい続ける。
 僅かに残る街道の跡は、今にも草原の中に埋もれてしまいそうで、時間の経過を感じさせた。
「馬はここに繋いで、私達は森の中に進もう」
「……目的地はこの森の中、なんですね」
 ルベアが馬の綱を適当な枝に掛けている間、ミアは森を観察する。
 整然とした針葉樹の並びと一本ごとの太さや高さを見て、それが自然に発生したものではないと理解した。
「人の手が入っていたのでしょうか?」
「流石、ミアさんだね。予想通り、植林した場所だと思う。この針葉樹は成長が早いけど、手入れをする人がいなくなったから、弱く育っているのだと思う」
 的確な説明にミアは少し驚いた。
「ルベアさん、凄いです。まるで植物学者みたいな」
「そこまで物知りじゃないって。ただ、最近、ちょっと勉強しているだけだから」
 照れ隠しに視線を樹木に向ける彼女が可愛くてミアはクスっと笑った。
 寮で一緒に生活しているのだ。最近、夜遅くまで本を読んでいるな――と思っていたから、その謎が解けた。
(恋愛小説かと思ってました)
 心の中でそんな感想を漏らす。
「ルベアさん、手入れをする人がいなくなったと言うのは、つまり……この森の中に人が住んでいた……という事でしょうか?」
「そういう事だね。さぁ、行こう」
 下草が伸び放題の森の中を二人は進む。
 時折、授恵者の力を行使して、現在地と目的地を空中から確認するルベアの案内で、想像していたよりも早く、目的地に到着した。
「ここ、は……」
 開けた場所を太陽の光が照らしている。
 群生している雑草が小さな花を沢山咲かせていた。人が住んでいたという情報が無ければ、蔦に覆われた下に焼け焦げた柱の跡があるとミアは気が付かなかっただろう。

 少女(ミア)が静まり返った一面を見つめる中、彼女(ルベア)が一歩一歩、確かめながら進み、独り言のように言葉を紡いだ。
「ここがレルドク領に併合されてたのなんて、ああいうことがなきゃ知らなかった」
 彼女はクルっと振り返り、灰色の髪が寂し気に揺れる。
「……私の……私が、ルーチェと呼ばれていた、故郷へようこそ。本当に文字通り、何も無くて寂しい所だけど」
 苦笑と共に発せられた台詞が風に乗って、かつての集落跡に流れる。
 苔の間にチラリと見える石積み、不自然に傾いた木柱、残骸で荒れた溜め池……確かにそれは、かつて、人が住んでいた跡だった。
 少女が小さく首を振りながら、彼女の元に寄る。
「営みの跡がもの寂しく感じられるのは、そこにあった温もりを感じる事ができてしまうからです……ルベアさん、ここに、何も無いなんてこと、ありません」
「……そうだね」
「ここには、あなたの……ルーチェの大切な思い出が眠っているのでしょう?」
 少女の質問に彼女は頷いた。
「ミアさんの出自を知ったり、私も従姉妹から色々聴いてね。アナタに隠し事をするのは止めよう、って思ったの」
「素敵なお名前ですよ。ね、ルーチェ」
 優し気に告げられた自身の名に気恥ずかしくなる彼女(ルベア)。
「名前を隠してたのは……身体に傷もあって、可愛くもない自分が……その名を名乗るには、とても可愛すぎた名前だったからだし……人前だと、まだ恥ずかしいけどね」
「あなたがご両親から受け取った、最初の贈り物です。大事にして欲しいと、きっと望まれているはず。私も……そうしたいです」
 ニッコリと笑った少女が眩しくて、誤魔化すように茶化す。
「ありがとう。確かに大切な贈り物だね……ところで、ミアさんは、生まれて来る子供の名前ってもう決めているのかな?」
「そ、それは、だ、大事な事、ですから、一人では決めませんよ」
 意表を突いた質問に少女は顔を真っ赤にして応えた。
 こんな反応が見られるから、余計に可愛いんだよねと彼女(ルベア)は思う。話題を変えるように少女が手を叩いた。
「日が陰る前に調べましょう。何か、残っているかもしれませんし」
「両親に纏わる何かが見つかると嬉しいけど……」
 集落は完全に破壊された上に年月も経過している。それだけではなく、レルドク家の本家も調査していたそうで、だいたいの品は回収されていると領都に寄った時、聞かされていた。

●
 特に何も見つからないまま時間が過ぎた頃、ミアが適当な所で敷物を広げる。
「ルベアさん、そろそろ、お昼にしましょう」
 その呼び掛けに応じる返事をしつつ、彼女の手には……農具の残骸のような物が幾つも抱えられていた。
「大したものが無かったかな」
 残骸とはいえ、記憶に引っ掛かったのだろう。大事に敷物脇に置くと、水筒に手を伸ばす。
 ルベアが一息ついた所で、サンドウィッチを手渡しながら、ミアは訊ねた。
「ここでは、どんな風に日々を過ごされていたんですか?」
「どんな風に……今からは想像つかないと思うけど、明るい子だったかな」
 そう答えながら、サンドウィッチを口に運ぶ。
 朝一の領都で買った野菜とハムを挟んだシンプルなものだが、だからこそ、この場には相応しい気がした。
 きっと、幼い頃もこんな風に食べていたかもしれない。
「集落には同世代の子はあまりいなかったから、結構大人に目をかけてもらってたと思う」
「可愛がられていたのですね」
「やんちゃ……だったかもしれない。井戸桶に乗ったり、屋根に上がったり……」
「確かに今のルベアさんからは想像できません」
 昔の記憶というのは曖昧だから、やってなかったかもしれないし、もっと凄い事やっていたかもしれない。
「あとは、父さんの農作業をよく手伝ったかな。母さんのことは、本当に小さい頃、亡くなったから、あまり覚えてないんだけど……でも、穏やかで幸せな暮らしだったと思うわ」
「……素敵な日々だったのですね」
 感慨深くミアは言うと改めて集落跡を見渡した。
 見る影もない空間だが、穏やかな日々が浮かぶ。
 ミアは姿勢を正すとルベアにジッと視線を向けた。
「私は、ここでの思い出が、失われた幸福としてではなく、あたたかな記憶として語られることを望んでいます」
「あたたかい記憶……うん、私もそうしたいから、見せたいと思ったのかも……分かってくれるミアさんだからこそ、ね」
 その微笑みにミアは彼女の手をしっかりと握る。
 見慣れた手だけど、今日はいつも以上に特別な気がした。
「あなたと此処を訪れて、こうして話が出来て、本当に良かった……あなたにも、そう思って欲しいんです」
「私もミアさんと一緒に故郷に帰って来れて、心から良かったと思ってる。ありがとう、ミアさん」
 あたたかな陽だまりが降り注ぎ続けるのであった。

●
 夕陽の中、集落に残っていた物を並べ、持って帰るものをルベアは選んでいた。
 本家当主からは一つだけ自由にして良いと許可を貰っていたからだ。
「父さんが使っていたものとは限らないだろうけど……」
 壊れた農具の一部をリサイクルするのも良いかもしれない。
 真剣に悩んでいた所でミアの声が聞こえた。どうやら、集落跡の端で何か見つけたようだった。
「ミアさん、どうしたの?」
「見て下さいよ、ルベアさん。珍しい花が咲いてますよ」
 確かにミアが指差す一角には大きな葉が並ぶ中、変わった形の花が咲いていた。
 少女にとっては珍しかったようだが、ルベアには懐かしいものだった。
「これって!」
 花が咲いていない別の株をルベアは腰を落として引っこ抜く。
 どさどさと崩れ落ちる土の中、小さく可愛い根菜が幾つも連なった姿を見せた。
「やっぱり……父さんが、よく作ってたものだ」
「根菜の類、ですか?」
 ミアの質問にルベアは興奮気味に答える。
「このサイズに、大きな葉と特段、温かい日にしか咲かない花……間違いないよ。父さんが作ったスープ、これがいっつも沢山、入ってて……」
 鍋いっぱい根菜。それを穏やかな表情で煮る父親の姿と、食器を運んできた母親の姿が、深く沈んだ記憶の海から浮かんだ。
 あたたかな笑顔に満ちたおもいでが頬を濡らす。
「ルベアさん、持って帰る物が見つかりましたね」
 座り込んだままの彼女を――少女が優しく抱き締めるのであった。

 余談ではあるが、その根菜は、見た目も相まって、とても可愛らしい女の子の名前が付けられ、オルセンのとある研究所に持ち込まれた。後に、かの地にて飢えに苦しむ者達の糧となり、多くの人々を救う事になったという。

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