【DA】リーンエスの耳
トーラ/ レイウェスト・バルダス
『ノベルタイトル:大切な想いが思いであるうちに』狐野径
トーラはエドゥノーグの活気に身を浸す。
この活気は人類が未来を描けるようになったということの表れ。
シルトラース帝国の崩壊に始まり、帝都奪還で幕を閉じた戦い。
レイウェスト・バルダスが崩壊したシルトラース帝国への支援を求めてこの地に来た時を思い出す。
トーラが初めて会ったとき、レイウェストが皇子だと知らなかった。
それでも、レイウェストの困難に抗おうという紅の目を見てトーラの心は射貫かれた。
皇子だと言われれば、その瞳の力に納得もできる。
一方で、レイウェストという存在に、なんとしても力になりたかった。
だから、トーラは冒険者として力をつけた。
(ここ数年がすごく長い時間のようにも、あっという間だったようにも思えます)
最初は帝国だけではなく、世界を巻き込む事態だとは思いもしなかったし。
一途な行動にはトーラの恋心もあった。
行動と気持ちに恋心という名があると気づいても、どうすることもできなかった。
想いを打ち明けることもできず、誰かに相談することも難しく――していないはずだ。
レイウェストが関わる思い出が過る。
思い出と言えば、初対面の時のことは、ただただ冷や汗をかく。
(グラスに入った水を渡そうとして、躓いてレイウェストさまに掛けてしまったんですよね……とても恥ずかしいです)
懐かしい思い出でもあるのだけれども。
(今、どうしていらっしゃるんでしょうか? きっと、帝都から出てくることも難しいんでしょうか?)
一国の王となれば身軽に動けるわけがないだろう。
帝国が崩壊して支援を求めている間のように、冒険者であるトーラが不意に会うこともなかろう。
寂しいとはいえ、仕方がない。
わかっているけれども。
レイウェストを想う気持ちは消えるわけではなく。
街を見て回り、今後も考えた。
「征竜のいなくなったところを埋めようと思いますが……、補給は極北から出る必要があるんですよね……」
帝都奪還の際の戦いの中で世界を護っていた征竜は倒された。
征竜と人類の考えの相違。
話し合いでは決着がつかない物事。
征竜を倒したからこそ、今があるが、それで終わらない現実もあった。
征竜がいた極北には魔物も多く出る。
そこに集落がたくさんあるという話は聞かないが、魔物を放置していいものでもなかった。エーテルの澱みと絡むし、世界とも関わる。何より、魔物が人の住まう地に移動すれば事件に発展する。
また、トーラは自分が身につけた――世界や大切な人たちを守る為の超越者の力のこともあった。
それにより「世界から乖離しつつある」と征竜にいわれている。
超越者がどういうものか、どういう道を歩くかは、戦いの中で知っている。
だからこそ、大切な人たちを傷つけることだけはしたくない。
もしも、となれば、大切な想いが残るうちに消える覚悟。
後悔はない。
極北に行くならば何がいるか、必要なものをリストアップしていく。
(補給も兼ねて人里にはいくのですが……近くの集落がどこか、どういう物が手に入るかも知っておくとよいでしょうね)
実際行ってみないと分からないこともあるから、そこは柔軟に考えるとしても。
さて、宿に戻る前に夕食をとりに店に入った。
夕食時間帯には早く混んでいない。
二階のバルコニー席に案内された。
街や店の音を聞きながら、思い出とともに食事をとる。
料理は美味しいのに、寂しさもこみ上げてくる。
(レイウェストさまのことから、色々思い出したからですよね)
日が陰って来ため、感傷的になっているかもしれない。
店内のあちこちに明かりがともされると、ちょっと気持ちが落ち着いてきた。
料理を食べ終わり、グラスの水で喉を潤す。
ふと、人が来る気配がした。
何となく振り返る。
「え? レイウェストさま」
驚いて立ち上がった際、手に持っていたグラスが宙を舞った。
レイウェストはエドゥノーグに来ていた。
自由になりそうな時間がほんの少しあったため、少し街を見て宿に戻るということを勝ち取った。
飲食して帰るというわかりやすいコースなのは、護衛のこともあるから。
いくら自由に動けるとはいえ、単独で行動しているわけではないことくらい理解している。
自分の立場を考えれば、こうして出られるだけ幸せなのだ。
(国の支援を求めこの地にやってきて、三年……いや四年?)
その歳月が長いのか短いのか全く理解できない。
生きるか死ぬかわからない状況、何が起こるかわからないその日を乗り越え、今がある。
自分一人の力ではできなくとも、冒険者や、あちこちの国や地域の人々が手を貸してくれた。
(流されて来た――だけにも思える。しかし、あの時は、このようなことになるとは思いもしなかった)
自分のこと、周りのこと、世界のこと――すべてのことが変わったし、変わらないものもある。
ただ、こうして、自分の命の明日を考えず、呼吸できることは、素晴らしいことだった。
食堂で席に案内されているとき、見覚えのある猫耳のイヤーマフに気付いた。
たまたま似たものかもしれないため、失礼にならない程度に相手を見た。
(冒険者のトーラだ)
と、確信に変わった時、彼女が振り返る。
「え? レイウェストさま」
と、トーラが驚き、立ち上がった拍子に、水の入ったグラスが宙を舞った。
トーラは慌てるが、とっさのことで動きがついていかない。
レイウェストはグラスを受け止めようと動くが間に合わない。
結局、間に入った護衛が、水を被り、グラスを受け止めた。
護衛がグラスをテーブルに置き、レイウェストの様子を確認する。
レイウェストはトーラに「驚かせたか?」と苦笑交じりに尋ねた。
トーラは「え、はい!?」と正直に答えたので、慌てて言い直す。
「あ、すみません。レイウェストさまがここにいらっしゃることに驚きました」
「それはそうか。君は濡れなかったか?」
「は、はい!? このくらいはなんとも……レ、レイウェストさま……二度も、申し訳ありません!」
レイウェストは少し考えた。
「……あ、ああ……そういえば、そういうこともあったか。あの時は、親切にも水を持ってきてくれたのに」
「いえ。あれは、ただかけてしまっただけになってしまいました」
「そうだったか? 君にとって残念なことだったとしても、気にしてくれて嬉しいことだ」
トーラは褒められて喜ぶが、多忙なはずのレイウェストがここにいることを考えた。
「……あ、すみません、お邪魔してしまって」
「トーラが急がないなら、少し話をしよう。こうして、顔見しりに会うのも久々な気がする」
レイウェストがテーブルの席に着き、席を勧めた。
トーラは困惑するが、店員か護衛の人かが椅子を引いたので、勧められるまま椅子についていた。
突然、レイウェストに会ったこともあり、気持ちが昂るため、【わたしを見て?】をおさえるのに必死だ。
「……お久しぶりです。遅れましたが戴冠とご結婚おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。そこまでこぎつけられたのは、トーラや冒険者たちのお陰でもある。こちらこそ、礼を言わねばならない」
「い、いいえ! レイウェストさまが尽力されたから、わたしもみんなもついていけたんです」
「そういってもらえると嬉しい」
レイウェストの姿はたおやかさだけでなく堂々とした様子がうかがえた。
「初めて会ったときと比べて見違えましたね」
と、トーラは言う。
「そうだろうか?」
「そうですよ」
レイウェストは少し考え「さっき、動こうと思えたから、授恵者としての力は磨けている……?」とつぶやいた。
「え? 授恵者としての力ではなく、王様としての力量、ですよ?」
トーラが訂正を入れると、レイウェストはきょとんとしたような表情になった。
その視線を感じて思わず見そうになるが、トーラは落ち着いて目を逸らした。
「もちろん、授恵者としてだって成長しているでしょう? でも、これからレイウェストさまに必要なのは王様としての力ですよね?」
「確かに……統治するための力は大切だ」
「そういう意味ですよ」
レイウェストは「多くの人に支えられているのは感じる」と言いつつ、
「施政者としての力がついていると言われると、嬉しい」
と、微笑んだ。
トーラはその微笑みを見て、胸の奥がキュウと締め付けられる。
恋心はそこにある。
決して消えることはなく。
(あの困難を乗り越えて、本当に立派になられました。おそばにいて力になりたいと思っていましたけど、もう、わたしの出る幕はないですね)
意志の籠った紅い瞳に、揺れた不安さの欠片はもう、どこにも見えない。
背負ったものを投げ出さず堪えきり、さらに運ぶだけの力をレイウェストは身につけたのだ。
近況や雑談を話す。
トーラはこの時間が非常に大切で、儚く脆い物だと感じだす。
このままだと、別れることができなくなる。
「そろそろ、お食事の邪魔になりますね」
「そうでもない。こちらこそ、引き留めてしまってすまない」
「いえ! お話しできて嬉しかったです」
「ああ、また、また会えたら……茶を飲む機会があってもいいのかもしれないな?」
「それは楽しそうですね」
トーラの胸の中に色々なものがたまってくる。
せっかく話せた。
また会う話などしたら、区切りができない。
後ろ髪が引かれる。
「では、さようなら」
トーラはお辞儀をすると、歩き出した。
絶対に振り返らないように、鉱石入りの御守りを握りしめる。
レイウェストを想った思いは胸の奥にしまって。
この活気は人類が未来を描けるようになったということの表れ。
シルトラース帝国の崩壊に始まり、帝都奪還で幕を閉じた戦い。
レイウェスト・バルダスが崩壊したシルトラース帝国への支援を求めてこの地に来た時を思い出す。
トーラが初めて会ったとき、レイウェストが皇子だと知らなかった。
それでも、レイウェストの困難に抗おうという紅の目を見てトーラの心は射貫かれた。
皇子だと言われれば、その瞳の力に納得もできる。
一方で、レイウェストという存在に、なんとしても力になりたかった。
だから、トーラは冒険者として力をつけた。
(ここ数年がすごく長い時間のようにも、あっという間だったようにも思えます)
最初は帝国だけではなく、世界を巻き込む事態だとは思いもしなかったし。
一途な行動にはトーラの恋心もあった。
行動と気持ちに恋心という名があると気づいても、どうすることもできなかった。
想いを打ち明けることもできず、誰かに相談することも難しく――していないはずだ。
レイウェストが関わる思い出が過る。
思い出と言えば、初対面の時のことは、ただただ冷や汗をかく。
(グラスに入った水を渡そうとして、躓いてレイウェストさまに掛けてしまったんですよね……とても恥ずかしいです)
懐かしい思い出でもあるのだけれども。
(今、どうしていらっしゃるんでしょうか? きっと、帝都から出てくることも難しいんでしょうか?)
一国の王となれば身軽に動けるわけがないだろう。
帝国が崩壊して支援を求めている間のように、冒険者であるトーラが不意に会うこともなかろう。
寂しいとはいえ、仕方がない。
わかっているけれども。
レイウェストを想う気持ちは消えるわけではなく。
街を見て回り、今後も考えた。
「征竜のいなくなったところを埋めようと思いますが……、補給は極北から出る必要があるんですよね……」
帝都奪還の際の戦いの中で世界を護っていた征竜は倒された。
征竜と人類の考えの相違。
話し合いでは決着がつかない物事。
征竜を倒したからこそ、今があるが、それで終わらない現実もあった。
征竜がいた極北には魔物も多く出る。
そこに集落がたくさんあるという話は聞かないが、魔物を放置していいものでもなかった。エーテルの澱みと絡むし、世界とも関わる。何より、魔物が人の住まう地に移動すれば事件に発展する。
また、トーラは自分が身につけた――世界や大切な人たちを守る為の超越者の力のこともあった。
それにより「世界から乖離しつつある」と征竜にいわれている。
超越者がどういうものか、どういう道を歩くかは、戦いの中で知っている。
だからこそ、大切な人たちを傷つけることだけはしたくない。
もしも、となれば、大切な想いが残るうちに消える覚悟。
後悔はない。
極北に行くならば何がいるか、必要なものをリストアップしていく。
(補給も兼ねて人里にはいくのですが……近くの集落がどこか、どういう物が手に入るかも知っておくとよいでしょうね)
実際行ってみないと分からないこともあるから、そこは柔軟に考えるとしても。
さて、宿に戻る前に夕食をとりに店に入った。
夕食時間帯には早く混んでいない。
二階のバルコニー席に案内された。
街や店の音を聞きながら、思い出とともに食事をとる。
料理は美味しいのに、寂しさもこみ上げてくる。
(レイウェストさまのことから、色々思い出したからですよね)
日が陰って来ため、感傷的になっているかもしれない。
店内のあちこちに明かりがともされると、ちょっと気持ちが落ち着いてきた。
料理を食べ終わり、グラスの水で喉を潤す。
ふと、人が来る気配がした。
何となく振り返る。
「え? レイウェストさま」
驚いて立ち上がった際、手に持っていたグラスが宙を舞った。
レイウェストはエドゥノーグに来ていた。
自由になりそうな時間がほんの少しあったため、少し街を見て宿に戻るということを勝ち取った。
飲食して帰るというわかりやすいコースなのは、護衛のこともあるから。
いくら自由に動けるとはいえ、単独で行動しているわけではないことくらい理解している。
自分の立場を考えれば、こうして出られるだけ幸せなのだ。
(国の支援を求めこの地にやってきて、三年……いや四年?)
その歳月が長いのか短いのか全く理解できない。
生きるか死ぬかわからない状況、何が起こるかわからないその日を乗り越え、今がある。
自分一人の力ではできなくとも、冒険者や、あちこちの国や地域の人々が手を貸してくれた。
(流されて来た――だけにも思える。しかし、あの時は、このようなことになるとは思いもしなかった)
自分のこと、周りのこと、世界のこと――すべてのことが変わったし、変わらないものもある。
ただ、こうして、自分の命の明日を考えず、呼吸できることは、素晴らしいことだった。
食堂で席に案内されているとき、見覚えのある猫耳のイヤーマフに気付いた。
たまたま似たものかもしれないため、失礼にならない程度に相手を見た。
(冒険者のトーラだ)
と、確信に変わった時、彼女が振り返る。
「え? レイウェストさま」
と、トーラが驚き、立ち上がった拍子に、水の入ったグラスが宙を舞った。
トーラは慌てるが、とっさのことで動きがついていかない。
レイウェストはグラスを受け止めようと動くが間に合わない。
結局、間に入った護衛が、水を被り、グラスを受け止めた。
護衛がグラスをテーブルに置き、レイウェストの様子を確認する。
レイウェストはトーラに「驚かせたか?」と苦笑交じりに尋ねた。
トーラは「え、はい!?」と正直に答えたので、慌てて言い直す。
「あ、すみません。レイウェストさまがここにいらっしゃることに驚きました」
「それはそうか。君は濡れなかったか?」
「は、はい!? このくらいはなんとも……レ、レイウェストさま……二度も、申し訳ありません!」
レイウェストは少し考えた。
「……あ、ああ……そういえば、そういうこともあったか。あの時は、親切にも水を持ってきてくれたのに」
「いえ。あれは、ただかけてしまっただけになってしまいました」
「そうだったか? 君にとって残念なことだったとしても、気にしてくれて嬉しいことだ」
トーラは褒められて喜ぶが、多忙なはずのレイウェストがここにいることを考えた。
「……あ、すみません、お邪魔してしまって」
「トーラが急がないなら、少し話をしよう。こうして、顔見しりに会うのも久々な気がする」
レイウェストがテーブルの席に着き、席を勧めた。
トーラは困惑するが、店員か護衛の人かが椅子を引いたので、勧められるまま椅子についていた。
突然、レイウェストに会ったこともあり、気持ちが昂るため、【わたしを見て?】をおさえるのに必死だ。
「……お久しぶりです。遅れましたが戴冠とご結婚おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。そこまでこぎつけられたのは、トーラや冒険者たちのお陰でもある。こちらこそ、礼を言わねばならない」
「い、いいえ! レイウェストさまが尽力されたから、わたしもみんなもついていけたんです」
「そういってもらえると嬉しい」
レイウェストの姿はたおやかさだけでなく堂々とした様子がうかがえた。
「初めて会ったときと比べて見違えましたね」
と、トーラは言う。
「そうだろうか?」
「そうですよ」
レイウェストは少し考え「さっき、動こうと思えたから、授恵者としての力は磨けている……?」とつぶやいた。
「え? 授恵者としての力ではなく、王様としての力量、ですよ?」
トーラが訂正を入れると、レイウェストはきょとんとしたような表情になった。
その視線を感じて思わず見そうになるが、トーラは落ち着いて目を逸らした。
「もちろん、授恵者としてだって成長しているでしょう? でも、これからレイウェストさまに必要なのは王様としての力ですよね?」
「確かに……統治するための力は大切だ」
「そういう意味ですよ」
レイウェストは「多くの人に支えられているのは感じる」と言いつつ、
「施政者としての力がついていると言われると、嬉しい」
と、微笑んだ。
トーラはその微笑みを見て、胸の奥がキュウと締め付けられる。
恋心はそこにある。
決して消えることはなく。
(あの困難を乗り越えて、本当に立派になられました。おそばにいて力になりたいと思っていましたけど、もう、わたしの出る幕はないですね)
意志の籠った紅い瞳に、揺れた不安さの欠片はもう、どこにも見えない。
背負ったものを投げ出さず堪えきり、さらに運ぶだけの力をレイウェストは身につけたのだ。
近況や雑談を話す。
トーラはこの時間が非常に大切で、儚く脆い物だと感じだす。
このままだと、別れることができなくなる。
「そろそろ、お食事の邪魔になりますね」
「そうでもない。こちらこそ、引き留めてしまってすまない」
「いえ! お話しできて嬉しかったです」
「ああ、また、また会えたら……茶を飲む機会があってもいいのかもしれないな?」
「それは楽しそうですね」
トーラの胸の中に色々なものがたまってくる。
せっかく話せた。
また会う話などしたら、区切りができない。
後ろ髪が引かれる。
「では、さようなら」
トーラはお辞儀をすると、歩き出した。
絶対に振り返らないように、鉱石入りの御守りを握りしめる。
レイウェストを想った思いは胸の奥にしまって。
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。