【DA】リーンエスの耳

アウレーリア・フォン・ネーベルベルク

『ノベルタイトル:焔は咲くや、咲かざるや』弓月 蒼

●帝国令嬢かく語りき

 生きるということは、“奪われる”ということなのだ――――と。
『カラス娘のお友達』アウレーリア・フォン・ネーベルベルクはこの数年で学んだ。

 彼女は元々、然程頭の回りが鈍い方ではないとは自認しているが。
 さりとて何と言っても籠の鳥。貴族界隈で知識範囲が止まっている、つまり世間知らずだった。

 そんな彼女が、たった1人生き延び本来望むべくもない力を得た時。
 それを指して“遺された民の為に戦う事こそ、私が生き延びた意味なのだ”と信じてしまったこと。

 正しく。より容易に、楽に生きられる生き方など幾らでも在るだろうに。
 そんな道を自ら選択してしまったことは、彼女の幼さと。無知ゆえの純粋さだと言わざるを得ない。

 “貴族”とは望む望まざるとに関わらず、家に縛られ生きる者だ。
 それは同時に、家の庇護下である事を代償として生きる者だ、と言い換える事が出来るだろう。

 家門にせよ郎党にせよ、後ろ盾を持たない者は最早貴族ではない。即ち本来、アウレーリアは貴族ではない。
 にも関わらず、貴き義務(ノブレス・オブリージュ )のみを背負うと言うのは酔狂を通り越して余りある。

 権利を失った彼女は、同時に義務も失った。少なくとも、本来そちらが本道であったと言って良い。
 だが、たった独り生き残った、と言う罪の意識が彼女に要らぬ咎を負わせた事は間違いではあるまい。

 それでも彼女は幼かった。その選択が、果たしてどういう意味を持つのか――――と言うこと。
 我が身を国家安寧に捧げ、民草の為の“犠牲となる”という事が――――どういう事なのか、と言うこと。

 それらを漠然と受け止めながら、けれど漠然としか受け止めないままに日々を積み重ね。
 アウレーリアは少なくとも、祖国の復興と失った家門の再興の為に前に進み続けてきた。

 何故もう少し、その道の果て先を自問しなかったのか、とは敢えて問うまい。
 戦う力を神の恵みと与えられた彼女にとって、生きることと戦いが混同することは必然とすら言えた。

 進み続けて来た――――つもりでいたのだ。あくまで当人の認識に於いては、であるが。
 けれど、では何故。貴族と言う人種が。つまり、国家の旗手と呼ばれる人間たちが。

 これほど家に縛られ、家と共に生き、そして家を立たせる以外何も成し遂げられず死んで行くのか。
 それが、彼ら特有の狭視野と伝統と言う名の愚かしさだけが理由ではないのだという事に。

 彼女はこと至るべき場所へと至るまで、気付くことが出来なかった。
 いや――――或いは。心の何処かで気付くことを避けていた。何故なら、“どうしようもない”からだ。

 物事には段階と言うものがある。個人が干渉し動かせるのは精々個人間の衝突までだ。
 これが集団であれば、動かすには集団の力が要る。国家となればより大きな、特別な何かが必要になる。

 或いは歴史と言った、大きなうねりの前に個人の覚悟や意思は余りに無力だ。
 それが個人の自由を縛り付ける時、人はその者が本来持っていた筈の選択肢をより大きな。

 つまり、集団や、国家や、歴史の、多くは正義の名の下に、一方的に搾取される。
 “どうしようもない”解答を押し付けられ他の選択肢を奪われることが、往々にしてある。

 もっと早く直視出来たろう。独り生き残って以後のアウレーリアは比較的幸運な部類の人間ではあったが。
 つまり出会いに恵まれ、ある程度の地盤とある程度の立場と、ある程度の成果を得られこそしたが。

 しかしそれは、彼女が“何も奪われてこなかった”わけではないからだ。
 全てが思うままになるどころか、思い通りにならず臍を噛む事の方がずっと多かった筈だからだ。

 そうだ。それは彼女が拠り所としていた“祖国の復興と家門の再興”――――すらも。
 彼女自身の預かり知らぬ理由や道理で以て奪われ得る……と、言うこと。

 それが意味することと、もしももう少し真摯に向き合っていたならば。
 彼女がその出来事の“公表”に際し、こうまで痛みを伴う決断をする必要はなかったに違いない。

 生きるということは、“奪われる”ということなのだ――――と。
 彼女はここ数年で自らの内に嫌というほど刻み込んだ教訓を、またもう一度繰り返す事になる。

 詰まるところ、例え籠から理不尽に解き放たれたとしても彼女は所詮籠で育った雛鳥であり。
 どう足掻いても、青き血の宿痾から逃れ得ない。つまり、“世間知らず”な小娘でしかなかった。

●秘密の花園

 ――――『パンクリアース学園』。その中庭。
 多くの生徒が。特に殊更貴族達が行き交うことが多い、夕暮れ時のそれ。

 アウレーリアは、この教育機関で2年目を迎えるに当たり。最近、腑に落ちた事がある。
 つまりは何故、『王国』は“学園(これ )を必要としたのか”

 本来、学問研究機関に求められるのは何処までも上澄みを掬い集めた、知能の純度(クオリティ )である筈だ。
 国家運営という観点に絞るなら。そして“王家”の官吏教育機構としての役割のみ重視するなら。

 現在の『学園』(パンクリアース )という組織は余りにも不要が多く、土地と金を無駄遣いしている。
 或いは貴族達が権威として、その既得権益を象徴する“箔付け”を求め、それを止められなかったのか。

 などと考えてみた事もあるが――――内部に入り込んでみれば、これは明確に否定された。
 何せ、現行大陸内の教育機関として、『学園』は間違いなく一流のそれの一つだと断言出来るからだ。

 貴族の“遊び”に費やすには――――人的資源も知的資源も――――コストをかけ過ぎている。
 で、ある以上『王国』は必ず『学園』から何かしらの利益(リターン )を受け取っていなければおかしい。

 蓄積し続けた疑念は、けれど彼女からしても意外な形で氷解した。
 その話が、貴族令嬢たちのちょっとした内緒話の最中。何気なく彼女の耳に入ったからだ。

 “そう言えば、レイウェスト皇子は誰と結ばれるのかしら――――”

 “メアリー王女も御年頃ですし、王家と皇家の今後を考えたなら――――”

 “でも、先ずは祖国を取り戻す方が――――”

 “そうですわね。でないと釣り合いが――――”

 最初は、何を話しているのか分からなかった。けれど、良く話を追ってみれば特段不思議でもない。
 年頃の。それも口さがない『学園』の令嬢達はいつでも恋とか愛とか、そういった話題を求めている物。

 それが王家や皇家と言った殿上人の(ロイヤリティ )恋愛話(ロマンス )となれば出ない方がおかしい。
 聞き流せば済む話。何と言っても『帝国』は最早亡国の誹りを受けても仕方がない立場だ。

 勿論、アウレーリア当人は納得していないにせよ、『王国』から見れば個人の物の見方など些末の極み。
 年頃の男女が居れば結び付けたくもなる。――――それが、四方山話(ざれごと )であれば、未だ良かった。

 “レイウェスト・バルダスとメアリー・リーンエスが婚約”

 確かな情報筋から、容易には後に引けぬよう、周到な準備を経た上で、大々的に公表された。
 情報(それ )は力だ。届けるにせよ受け取るにせよ、早ければ早いほど大きな価値を生む。

 そう常々考えてきた彼女はきちんと、大きな指針の転換に繋がりそうな事柄には耳をそばだてて来た。
 にも関わらず、公表段階まで確たる証拠は掴ませなかったのだから王室も中々どうして大した物だ。

 そう、文字通り完璧と言える奇襲だった。がん、と頭を殴られた様な面持ちで虚空を仰ぐ。
 二国の首家が連名で“公に表明”となれば虚偽は有り得ない。果たして話は何時から動いていたのか。

 知らぬ存ぜぬを決め込んでいたアウレーリアからすれば晴天の霹靂も良い所だ。
 先ず呆気に取られ、次に我が目を疑い、瞬間的に激し掛けて、最終的には笑いが溢れて来た。

 “……あーあ”

 決して自分が“らしい”と思っている訳ではないけれど。貴族令嬢らしさ、をかなぐり捨てて。
 本音を心のままに口にしたなら、そんな益体もない言葉へと変換されたろう。

 アウレーリアは、自分に出来る事を精一杯して来た。そう、胸を張って断言出来る。
 家という後ろ盾も失い、家族を失い、祖国を失い、それでも必死に藻掻いて、足掻いて来た。

 身分・立場・コネを最大限に活用し『王国(ライバル )』から学ぶべく『学園』へと潜入し。
 その中でも利害を見定めて立ち回った結果としての、今が、有る。

 それは紛れもなく、彼女が個人で可能な範囲の尽力で以て勝ち取った戦果だが。
 所詮は家柄と志、そして力以外これと言った特別を持たない小娘の、器量的限界だと。

 突き付けられる事実、目を背ける事は許されない現実が、其処には厳然と横たわっていた。
 そこに来て、頼りの祖国。その旗印である“皇家”の陥落。――――ああ、そう。陥落、だ。

 王家と皇家で血が混ざれば、血統主義の『王国』は『帝国』を“自国の範疇”と認識するだろう。
 国家としての地盤の差がある以上、逆は有り得ない。となれば、先は見えている。

 最早、処置なし。已むなし。対案なし。――――それは、公表だってするだろう。
 故郷は『王家』へ帰順し『属国』と置かれる。慶事だ。ああ、どうして“勝利宣言”せずにいられよう。

 そうしてアウレーリアはようやく。そう、遅れ馳せながらようやく気付いたのだ。
 口さがない令嬢達が殊更語る恋だとか愛だとかの睦み事。そんな話が何故尽きる事なく続くのか。

 何故、この『学園』という場所。『学生』という曖昧な身分が、特権階級たる“貴族”に必要なのか。
 殆どの貴族はその生き方の自由にすら許容範囲(リミット )が敷かれている。であるにも、関わらず。

 なるほど、この場所は貴族の、貴族による、貴族の為の――――社交場(しゅりょうば )なのだ、と。

●狩る者と狩られる者

『学園』を闊歩すると、流石に同年代ばかりを揃えただけは有り。
 貴族、平民を問わず様々な空言、戯言、悲喜交交が入り混じって聞こえてくる。

 それは例えば、一際優れた才人への賞賛、嫉妬、尊崇、反発。年齢相応の偏った価値観の発露。
 その中にはまるで当たり前というように、色恋の彩が潜まない日は無い。

 立場上規制の厳しい高位貴族はともかく、伯爵家以下の中堅貴族。それも三子以降となれば。
 ある程度の“遊び”は嗜みともされるだろうし、何であれば一夫一妻とも限らない。

 勿論、血統の純潔性を重視するなら令嬢は貞淑であるに越したことはないだろうし。
 そういった意味ではアウレーリア自身、自分の中に少女じみた潔癖さが残っている自覚はある。

 強引に花を摘もうとする悪漢は焼き払われて然るべき。とは、かつて自身が吐き捨てた言だ。
 とは言え――――それはそれ、これはこれ。事更に意識を配ってみれば、なるほど。……なるほど?

 例えば、人の恋愛話であれば面白がってつついたりもする。その程度に、彼女の恋愛観は標準的だ。
 が、それをこういった貴族同士の駆け引きの場で特筆して気にした事はなかった。

 恐らく無意識の取捨選択もしていたのだろうけれど、“其処”は彼女の戦場ではなかったからだ。
 先に優先してすべきことも、救わなければならない人も、以前はもっと多かったという事情もある。

 余裕もなかったし、良くも悪くも今ほど情勢が固まっていなかった。なれば自分ごとなど二の次だ。
 それが、遂ぞこういう事態を招いたと言えばまあ。反省すべき部分がないでもないけれど。

 (『王国(このくに )』で、“相手”を見定めるなら……やっぱり)

 圧倒的に、この『学園(ばしょ )』が好都合だ。ということはもう疑いない。
 勿論それが教育機関としての主旨ではないにせよ、そういった意図がないと言えば嘘になるだろう。

 事実人脈形成に最大限利用させて貰っているアウレーリアからすれば、頷ける部分も多い。
 利害、対立、或いは協調、これだけ多種多様な価値観を持った同年代の坩堝などそうはない。

 人が人を値踏みする事が“不躾”とされない環境が、果たしてどれほど世俗と乖離しているか。
 自らも散々やってきて、或いはその値踏みをこそ利用してきた身としては難だが。

 そして彼女自身すっかり慣れてしまっていたが、深く考えてみればこれは十分以上に異常な環境だ。
 どうして今まで其処に重点を置かなかったのか、と問われれば価値基準の問題であり。

 こと現在に至るまで、アウレーリアにとって、これまで色恋と言うのは“道具”に過ぎなかった。
 つまり利用する物ではあってもあくまで副次的な手段に過ぎなかったという事情がある訳だが。

 いざ、主家である皇家が王家に呑まれるとなれば流石に事情が変わって来る。
 嫌が応にも、彼女は自覚しなければ行けない立場になって来たのだ。即ち狩猟場、という側面につて。

 (――――そう、“狩猟”)

 その土壌には歴然たる立場の差が存在する。つまり狩猟者と非狩猟者。狩る者と狩られる者。
 現時点に於いて、『帝国』は後者でありこの立場を覆せるだけの力は無い。

 それは転じて、アウレーリア自身にも波及する。例え生まれが武門であっても、貴族令嬢。
 即ち“姫君(かごのとり )”には役割がある。花として、一時可憐に咲き誇るという役割が。

 実力主義の『帝国』であっても戦場を駆ける女性というのは、流石に度の過ぎたお転婆だ。
 それが、『王国』の規範が今後は中原全土に影響するとなれば最早“お転婆”では済まされまい。

 勿論。今、大陸は過渡期にある。それは、情報に敏い彼女とて肌感覚で感じている。
 これから先、或いはより多彩な女性像が持て囃される時代がいずれはやって来るのかもしれない。

 ――――けれど、それは今、ではない。そこから目を逸してはならない。
 花の命は短く、そしてアウレーリアはあくまで“昔ながらの”貴族令嬢教育を受けて来た。

 女の戦場は婚家に在り。入らずして成るべからず、入りて成すべし
 政治、経済、心理、諜報、房事。いずれにせよ――――踏み入らなければ、“変えられない”

 それは、自らの激情を焔に転じて戦い続けてきた少女に在って尚、悲観的に思える障害だ。
 何せ、狩られる者、と言う立場が彼女の感性と決定的に相容れない。それは、皇家が。

 即ち“祖国”が、狩られる者の立場に置かれた事を突き付けられた瞬間の絶望に近い。
 仮面を被ることには慣れて来た。笑顔を造ることも当たり前になって来た。

 これが未来の礎となると思えばこそ、本心を偽り可憐を演じるのも吝かではない。
 けれど流石に罅も入ろうと言うもの。御しきれない困惑が今も、胸の深い場所に沈殿している。

 (私は……)

 ――――以前。世界が憎いのか、と問われた事があった。
 まさしく。その問を投げた娘は我が身を国家に捧げる事を求められ、真っ向歯向かったのだったか。

 少しだけ。本意ではないにせよほんの少しだけ確かに。そう出来ればさぞ爽快だろうと思えた。
 全て己の荒れ狂う感情に身を任せ、悪鬼滅ぶべしと罵り焼き払う事が叶うならば。

 アウレーリアが今、求められていることは。状況こそ異なれど大意は同じ。
 なるほど。或いは……世界を焼き尽くせる程の力が、もしもこの身に在ったなら。

 心の奥底に燻る幼さの欠片に激情を注ぎ、何もかも台無しにする事で我が身を護るという道も――――
 有り得たのかも、しれない。けれど幸か不幸かこの手には無い。奇跡も、天禀も、言い訳すら叶わない。

 (……ならば甘んじて、在るべき場所に殉じましょう)

 幸いに。我が身を捧げずして得られた場所があり、可能性(つぎ )の芽は残してある。
 この『王国(くに )』に在って、少なくとも一応の信が置ける後ろ盾(かりやど )は得た。

 暫くは恩が嵩んでしまうが、それも含め。互いに上手くやれば良い。
 アウレーリアが入りて成しえた事は――――いずれ一蓮托生となるのだから。

●火の花、一輪

 とは言え――――何と言っても、彼女は何処までも籠から出たばかりの雛鳥だ。
 その手練手管、百戦錬磨には程遠く。貴族としての立ち居振る舞いならばともかくも。

 今更に、事更に、凛と彩れ、豊かに華やかにと言われてもそうそう生き様は変えられない。
 物事には向き不向きという物があり、何よりも。彼女程度の虚々実々を看破出来ない紳士では。

 幼き日に戯れた、手遊びの人形はあの日焔に巻かれて灰となったに違いない。
 であれば傀儡など身近に置いても虚しいだけ。理想を譲歩しては失われた者たちに顔向け出来ない。

 だからこそ。アウレーリアは今日も『学園』の中庭で、秘密のお茶会へと足を運ぶ。
 淑やかに、愛想良く、弁えて。異国の花と愛でられるよう……もっと、もっと先の事まで考えないと。

 花と咲くとはどういう事か。郷に入りて郷に従うには学ぶことは不可欠だ。ならば見て、盗む他ない。
 花園に開く色とりどりの令嬢達は、自らの武器の活かし方をこれ以上なく熟知しているのだから。

 それは諦観ではなく、それは妥協ではない。ただ、これまでにない向き先を定めただけ。
 次の一手を指す戦場が、今までと少しばかり勝手が違う。ただ、それだけの話。

 選択肢は多いほど都合が良く。より頂点に近づこうとすれば……自ずから、手は限られる。
 嗚呼、何も違わない。主家諸共娶られるだけ。ならば可能なだけ深く。もっともっと、深く。

 それは必ずや――――私達の、利と成ろう。

「そして紫水姉様は、彼にこう応じられたのです……ふふ。私とお姉様、二人だけの秘密ですよ?」

 微笑みは偽り。睦言は毒。道標の先に未来は無く。ただ華やかに。造花の愛らしさを象って。
 けれど、それこそが彼女の。彼女たちの戦い(やりかた )。ここから始まる、女の戦場。

 慣れぬ戦装束であろうとも、着こなさなければ“奪われるばかり”と、言うならば。
 艶じて魅せようと決めたのだ。それは、たった独りの決意表明。彼女なりの、宣戦布告。

 かくて花は咲く。時に移ろい、時に抗い、時に足掻いたその先に。覚悟を決めて、花が咲く。
 けれどそれが火の花ならばどうだろう。苛烈に秘めたその焔、或いは咲くや、咲かざるや。

 紫百合の姉妹花が、果たして如何なる色で『王国』の土を彩るのか――――それはまた、別の話。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0