【死軍】ヴァイセントラフ砦防衛戦 3

【貴族喰】ヤコブ・ヴィリアン

フッ……フッフッフ……ッ!!
今回はッ!! このぐらいでッ!!! 堪忍して差し上げましょうかねぇっ!!
極悪非道なヴァイセントラフの悪鬼どもに伝えなさい!!
この世に悪の栄えた試しはないのだとねえ!!!
……あなた達は……まあビジネスだから仕方ないのでしょうが……いざという時、日頃の行いこそが肝要です。悔い改めるなら今のうちですよ!!!!
それではまた!!!!

(IL:楠木なっく)
 ●
「ふぅむ。相手をして差し上げてもいいのですが、流石に面倒にもなってきましたねぇ」
 遠くから迫る冒険者たちの姿を眺めながら、ヤコブ・ヴィリアンは拳についた赤い血を、しびれの残る舌で舐め取る。様々な冒険者の血が混じったそれは、彼らの健闘ぶりも相まって非常に甘美そ〜・すうぃ〜とにだ。

 ……そう。冒険者たち。
 特に、あの――どんな冒険者だったか、多分、美しい女だった気がするが、このエリートで堅牢、かつマッシブで強固なる肉体を毒や麻痺で侵そうなど、何年ぶり――いや、何十年ぶりだろうか。
 その論理的帰結として、ここにいるのはさぞや名のある冒険者たちに違いないと思い至ると、すう、と気持ちが軽くなるのをヤコブは自覚する。ついで、このヤコブと相対してしまった悲運な冒険者たちに、同情ばかりか愛おしさすら湧いてきた。辺り一帯に倒れ伏している冒険者たちを一人ひとり、情深く眺める。意識はある者もいるようだが、身動きを取ることもできないようである。ああ、甘美甘美。
「すうぃぃと……」
 ヤコブは確かに、この勝利の余韻に陶酔していた。しかし、彼は同時に、気づいてもいたのだ。この極端な心の動きは、動かしがたい事実から目をそらすためのものであることにも。

 ――なるほど。ヴァイセントラフの連中のような不心得者だけではこうはいくまい。あの人非人どもに雇われた冒険者たちが、たまさか精強だったのでしょう。ええ。特に縁もゆかりもない冒険者たちであれば、ヴィントの人々がどうなろうと関係ないはずであるし、徹底的に叩き潰そうとすることも、まあ、不幸なすれ違いというところで。ヴァイセントラフの連中がちゃーーんと、家族、們であることを示していれば話は違ったでしょうに。ああ。哀れなる民草……とまれ彼らにとっては仲間であろうはずもないですし、頼まれた仕事を十全に果たしただけでしょうから、冒険者たちがヴィントの哀れなる人々を 鎧袖一触! となったことも仕方がない! ぜええええんぶヴァイセントラフのクソとバルディオンのアホが悪い!!

 そこで、我に返る。
 さりとてさりとて!!! ヴィントの民が哀れにも散ってしまったことワタシの汚点は覆せない!!!
 つまり、できることならば、この勝利の余韻のまま、なんとか取り繕いたい。
 猫の額ほどもの人間的器のない狭量極まるヤコブは、表面上は喜悦を浮かべながらも、内心では焦り続けていた。

 その時。
 足に触れた、小さな気配があった。弾かれるようにヤコブが見下ろすと、そこには、一人の少年がいた。ヤコブの暴威八つ当たりで折れた足で歩くことはもはや叶わず、匍匐前進で進み続け、ここまでたどり着いたアンデッド。

「バルディオンJr.……」

 瞬間、ヤコブの脳裏に閃きが走った。耳朶を打った、哀れなるバルディオンJr.の声幻聴に、ヤコブの双眸から澎湃と涙が溢れた。

『おちちうえが、そそうをしてしまい、まことにもうしわけありません』
「そうですか、そうですか……!」

 ヤコブは流れる涙を拭いもせずに、足元のアンデッドを抱えあげた。流れ落ちる化粧で見るも無残な顔となったヤコブの顔に、バルディオンJr.の体液が落ちていくが、そんなことは気にもとめずに、ヤコブは少年の身体を揺さぶった。

『ちちのつみは、ぼくがせおいますので、ぼくのくび首にめんじて、なんとか、おじひをおめぐみください、やこぶさま』

 聞こえ閃いた! 聞こえ閃いたとも!

「あなたは本当に、お父上想いですねえ、バ〜ルディオ〜ンJr.!!! い〜いですとも! その意、その心、寛大なる私は汲んでさしあげましょう!!!」

 遠く、【密偵探索】の面々が引き連れてきた冒険者の姿を認めたヤコブは、バルディオンJr.の頸部を掴んで、何事かを念じた。そうして、

「ごらんなさい! 彼は自らの死をもって父の過ちを詫びたのです……ああ、あなた方に親兄弟を思う情がわずかでもあるならば、せめてこの首を届けて差し上げてください! 彼の愛する、お父上のもとへ!」

 声を張り上げたヤコブは、涙でぐずぐずに濡れた顔のまま、少年の首へと向かい、あいた手を閃かせる。
 少年の体は、鈍く、粘質な音とともに地に落ちた。厳かに見えなくもない仕草で、未だなお動き続ける少年の頭部を地面に置いたヤコブはそのまま、こちらも動き続けている身体を抱き上げる。

「それでは! また会う日まで!!!」
 吸血鬼はそのまま、歴史に残る規模の敗戦のと追想追走を振り切って、ヴィントの方角へと駆けていったのだった。


●
 バルディオンのもとに、ヤコブ撤退の報が届いた時には、少年の頭部は冒険者――おそらくは、バルディオンの護衛についていたものの誰か――たちの手によって処分されていた。それは独断的な対処ではあったが、罠や呪の類の可能性はあった。バルディオン自身が判断を求められたとしても、そのように対処をしたであろう。
 それを配慮と受け取れる程度には、バルディオンはこの数日のやりとりで冒険者たちの人となりを知ることができた。それは、一つの戦果と言えるだろう。

 随所で勝利の喝采が上がる中、激戦を繰り広げることとなった北の砦壁へと向かう。
 段を登り城壁に上がるとすぐに、夥しい数の死体がバルディオンを迎えた。途中で参戦してきた『後続』とあわせれば、4万を下ることはあるまい。その大半が、この北城壁へと押し寄せていた。

 堀を埋め、第一城壁を乗り越え、第二城壁をも越えてきた空前絶後の屍兵たち。それらに対して、強襲戦、城壁防衛、強行輸送、そして後方支援と、冒険者たちは各所で出色の働きぶりを見せた。その成果が、もはや動くことのないアンデッドたちの山である。
 特に、ビッグオウムの扱いにおいては今後を占うに足る実績を示せたといっても過言ではない。将であるバルディオンとしては、ビッグオウムの管理者であるゴールディの動向が気になると同時に、やや昏い気持ちを覚えたのも事実だった。

 ――この兵器があれば、我らの覇道も、成ったかもしれない。

 そんな疼きを、禁じ得ない。
 もはやどうしようもなく終わってしまったことなのだと、眼前の遺体たちが示しているにも関わらず。

「……各部隊への指示が完了次第、部隊長を集めよ。冒険者への褒章の取りまとめを行う」
「は!」
 
 生き残った民がいて、皇族がいる。
 亡国の将としか言えない状況であったとしても、彼らが歩みをとめない限り、軍人たる自分たちが足をとめる道理はない。その意味でも。

「……冒険者彼らの意向は、やはり無視はできんか」


●
「戦勝、おめでとうございます。バルディオン殿」

 戦闘の終結後に顔を合わせたアーチボルト辺境伯は、かつての敵を如才なくそう称えた。防戦の最前線で指揮を執りつづけ、さすがに疲労の色が濃いようだ。

「……戦勝、か」

 返す言葉は苦い。戦った相手はかつて守るべきと誓った民の成れの果てだ。いわば、盛大な同士討ち。その事実こそが、バルディオンへ帝国の滅亡を現実として突き付けていた。だから、という訳ではないが。

「ヤコブ・ウィリアンが現れたそうだな」

 一抹の揶揄を込めてそう呟く。事前の王国側の予測では、最後まで前線に出ないと思われていた相手だ。実際の作戦もその前提で立てられていたのだが。

「いや、それは申し訳ない。たぶん、うまくやりすぎたせいだね。僕らが」

 ウィリアムはあっけらかんと非を認めた。そもそも、彼ら3人の予想では決着がつくのは4~5日後と見込んでいた。2日は耐え、補給を受けてからも耐え、最後に反撃に転じよう、と。それが、ふたを開けてみれば大勢は2日目の夜には決していた。補給物資で持ちこたえるはずが、反撃のダメ押しに使うだけですんだのは嬉しい誤算だ。燃料も食料も資材も、残ってくれる分には誰も困らない。

「やはり、初日の防戦が大きかったと私は思います」

 通して最前線にいたアーチボルト辺境伯によれば、まず長射程の授恵者が堀にたどり着く前に敵を押しとどめようとしたらしい。昼過ぎには押し切られたようだが、そこで半日を稼いだ。ついで、城壁際の戦闘では。死体で梯子か階段のようなものを作ろうとした敵を、火力で焼き払い押しとどめた。どちらも一般兵には不可能な対処だったろう。

「あれで、敵の動きは止まりました。敵方も慌てて2日目に対策を取ってきましたが、それも筒抜けでしたから」

 敵の取った作戦。包囲の外側で戦力を引き抜き、北側への1点集中という対策自体は悪いものではない。だが、上空にはビッグオウムが監視の目として飛んでいた。ゴールディの隠し玉を戦場で用いればここまでの脅威になろうとは。部隊の再編成のために移動した死者の軍は遊撃の手で合流過程にも数を減らす羽目になった。そのことが最後の局面での力不足を招いたのは間違いない。アーチボルト辺境伯の言葉に、ウィリアムはにこやかに頷くと、

「事前の準備も、よくできていたって聞いたよ。いやあ……これもまあ、嬉しい誤算、かな」

 戦力の間引きから、砦の補強まで。限られた時間でできる限りの備えをして迎え撃てたのも、良い結果につながったのだろう。

「四万で、六千の籠る砦を攻めて、攻撃側が2日で文字通りの全滅とは。戦史の教科書に載るような大敗ですから……そのあたりも、ヤコブの心境に影響は与えたのでしょう」
「冒険者たちが見つけたときには部下に当たり散らしていたそうだしね。追走に移ったのも……そもそも冒険者たちがヤコブを見つけた、というのも予想外だったから、これも僕たちにとっては良い結果かな。今後の指標にもなるし」

 冷笑を浮かべたアーチボルト辺境伯へ肩をすくめて、ウィリアムが答えた。なにせ、ヤコブはヴィントから友軍も伴わずに単身で駆けてきたらしい。迎え撃った授恵者相手に大立ち回りを演じて疲れて帰った、とも聞く。一軍の将としては愚か極まりない行動だが、それだけに読み切れない面はあった。

「……」

 ――欲を言えば、最前線まで引き出せていたのならば、違った結果もあったかも知れない。そして、その場に自らがいれば、討てたかもしれない。バルディオンはそうも思うが、それは感傷にすぎなかろう。相手と同じレベルまで墜ちてやる義理はない。そうも思った。

「……第一防壁の陥落は予想よりも早かったが、それをいえば全体としての推移が早すぎたな。どう思うか、辺境伯は」
「どう見ても、冒険者の力でしょうね」

 2人の軍人の意見は当然のようにここでも一致した。そもそも、300名を超す授恵者の独立運用など、神代以来の事かもしれない。帝国常備軍では最精鋭のはずのヴァイセントラフ駐留軍ですら、4000のうち授恵者は100、いや50名に満たないのだ。各国の精鋭からなる騎士団とて、単独ではそこまでの人数を揃えられまい。

「そもそも、彼らは授恵者としての初陣から一カ月程度と言うのは、本当ですか?」

 実際に目でも見たし、自領で部下に確かめもさせた。しかし、アーチボルト辺境伯はいまだに信じ切れない。この場にいる三名とも、授恵者としての個人戦力は今回参陣した冒険者に対して遥かに勝るだろう。彼らはそれだけの研鑽を積んでいる。しかし、初めて剣を取って一か月の頃の自分たちと比較すれば、冒険者たちの働きは予想のはるか上だった。

「それについては、間違いないよ。というか、これはまだ極秘なんだけどね……」

 帝国崩壊後、授恵者が増えているのは周知の事実だが、もう一つ。授恵者達の成長速度も増大しているのだ、とウィリアムは告げた。それは新たに力を得た彼らだけではない。ウィリアムやアーチボルト、バルディオンとてこれまで以上に強くなりうるという意味でもある。それでは、まるで。

「授恵者の質も数も増す一方とは。神代の再現もかくやという状況ですね」
「我が国の難事は、……世界から見ても、それだけの事態と言うことであろうな」

 それが何の慰めにもならないとしても、バルディオンはそう考えたかった。帝国は滅びてなお、世界すら動かすだけの存在だったのだ、と。

「何にせよ。帝国は乱れて、王国も内憂に手いっぱいだ。これは、冗談抜きでリブラネスタの独り勝ちかもなあ」

 苦笑するウィリアムに相槌は返らない。帝国軍人としてのバルディオンは、冒険者たちの力を手にした時のことを考えずにはいられなかった。数百の授恵者。その力が共にあれば、帝国の覇道は為しえただろうか。アーチボルト辺境伯も同じようなことを考えはするだろう。ただ、それが今となってはただの夢想だと理解できる程度には、2人は聡明であった。

執筆:ムジカ・トラス

【死軍】ヴァイセントラフ砦防衛戦1/2/3/4/特別褒章
連動シナリオは冒険者ギルドにて
アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0