【DA】リーンエスの耳
●エドゥノーグ、特別監獄にて
「囚人201号。面会だ。準備をしろ」
「おや、私に面会人とは珍しいな。もしや、とうとう私の愛する生徒が私が囚われの身をなっていることを察して……?」
エドゥノーグの監獄に投獄された囚人201号は、かつて『ティーチャー』と呼ばれた暗殺者だった。正直エドゥノーグとはあまり関係がない人物なのだが、捕縛された際にエドゥノーグ地下迷宮で事件を起こしたのでエドゥノーグで御用になってしまったのだ。ただ、幸運なことにエドゥノーグは『迷宮犯罪』を扱う関係上、ロスガリア大陸の都市の中では授恵者の犯罪者対策が進んでいる部類の街だ。そのこともあり、なんとか脱獄を許さずにティーチャーを捕縛し続けることができていた。
「妄想逞しいところ悪いが、残念だったな。面会に来たのは、お前を捕えた張本人だ」
その言葉にティーチャーがさらにエキサイトしてしまったことは言うまでもない。
●面会に来た男
「ブラッドォオオオオオオオオオオ!!! きっと会いに来てくれると信じていたぞ、ブラッドォオオオオオオ!!」
「レピドだ」
レピド・クロサイトは両手足を拘束されながらも、エビのように飛び跳ね、涙と鼻水を撒き散らして叫ぶオッサンに冷たく言い放ち、面会室の椅子へと腰掛けた。
(思ったより数倍元気そうだった……『元気か』とか聞いたら間違いなく調子に乗るから、あえて聞かないでおこう)
レピドはちょっと帰りたくなったが、個人的に聞きたいこともあったので、ティーチャーとの面会を続行することにした。
「面会時間は30分です。ご存じかとは思いますが、その囚人は授恵者なので十分に注意してください」
「ああ、分かってる」
レピドは見届け人の看守の言葉に頷いた。武装解除され、手枷と足枷を嵌められている状態とはいっても、こいつは『シーフ』のクラスのスキルを持つ卓越した授恵者だ。捕縛した際は8人がかりだったからなんとかなったが、単独での戦闘力は確実にレピドより上だろう。使用中は本人が動けなくなるという欠点があったらしいが、こいつは今のレピドよりちょっと劣るぐらいの分身を同時に3体も出せる怪物なのだ。正直そのスキルに関してだけは、本当に教えを乞いたいぐらいだ。
「おっと、失礼したね。レピド。嬉しさのあまり、つい興奮してしまったよ。それで、私に何の用かね?」
(呼び方がレピドに戻ったな……最後のやり取りを忘れたわけではないようだ)
レピドがここに来た理由はぶっ壊れスキルを習うためでも、もちろん師弟愛でも全くない。ティーチャーは『最後の授業』と称した冒険者ギルドへの依頼及び、エドゥノーグ迷宮を悪用した咎により、めでたく迷宮都市エドゥノーグで御用となった。そして、ティーチャーは都市同盟の市長暗殺未遂など、世界各地で暗躍していた暗殺者だったので、余罪を追及すべくエドゥノーグが取り調べを行っていたのだが、ティーチャーはなかなか口を割らず、捜査はさっぱり進展しなかった。そこで、身内なら口を割るかもしれないと考えたエドゥノーグは、冒険者ギルド経由でレピドに捜査協力の依頼を出した……というわけであった。
(『身内』ではなくせめて『関係者』と書類に書いてほしかったが……大方、この男が刑務所でも『ブラッド』『ブラッド』と叫んで回ったのだろうな)
変態仮面が刑務所内で自分の名前を連呼しながら走り回る姿を想像し、レピドはどんよりした気持ちになった。
「お前にいくつか聞きたいことがある。まずは、お前のやった暗殺の雇い主についてだ」
「残念ながら、いくら君の頼みでもそれについては答えられないな。クライアントについては口を閉ざすのが暗殺者の掟だ」
(やはり駄目か……)
この質問については彼はこう答えるだろうとレピドは予想していた。ティーチャーは最後の事件でレピドに大切な誰かを殺された者達……通称『レピド被害者の会』を意のままに操ったが、ティーチャーと共に捕縛された被害者の会達は誰一人として、「レピドの雇い主」については知らされていなかったのだ。決して責任転嫁をするわけではないが、被害者の感情を考慮するならば、実行犯であるレピド以上に、暗殺を指示した者に殺意が向くことだって考えられるはずだし、下手人が『ブラッド』だと把握していたなら、ティーチャーはその雇い主の名前を知っていたはずなのに。
「じゃあ、別の質問だ。ディズル湿地帯でお前は神具の仮面を盗んだらしいな。その仮面はどこにやった?」
「悪いが、その質問にも答えられない。確かに湿地帯での仕事は暗殺ではなかったが、依頼人からの注文を遂行する、という点では暗殺と同じだよ。覚えておきたまえ、レピド。依頼人を売るような者はたとえどんなに腕が立つ暗殺者だろうと、決して一流とはみなされない。暗殺を依頼する者は、欲に駆られた暗殺者が脅迫者に転じないかと言う恐れを、常に抱いているものだからだ。暗殺者は信用第一の商売なのだよ」
「暗殺者業界の講釈は結構だ」
レピドは憮然と言い返した。ティーチャーは饒舌だが、レピドが聞きたい肝心なことには答えていない。あと、彼の美学が微妙に冒険者の世界でも通用しそうな内容だったことにレピドは少しイラっとした。
「この質問になら答えられるだろう。アンタ、クラスは何なんだ?」
「もちろん、ティーチャーだとも。シーフの上級職だ」
「そうか。そんなクラスもあるんだな……初耳だ」
冒険者仲間に誰一人として「上級職」なんてクラスについた者はいなかったが、レピドはあまりにも堂々とティーチャーがホラを吹いたので信じてしまった。
「他に質問はあるかね? レピド。可愛い教え子が会いに来てくれたんだ。答えられることには答えるよ」
「じゃあ、一応聞くが。アンタ、俺達に捕まったことを恨んではいないのか」
「ふふ。やはり君は優しいな、レピド。その質問の答えもノーだとも。教え子が自分を越えたことに歓喜こそあれ、恨みなどあるはずもない」
ティーチャーは穏やかに微笑んだ。
「『レピド被害者の会』……あいつらがどうなったかは聞いているか?」
「囚人であるがゆえ、私の耳に入ってくる情報は決して多くは無いが、彼らの罪状は私と比べると遥かに軽い。彼らは結局のところ、君達に傷一つつけられなかったのだからね。今はもうみんな出所して、新しい人生を歩んでいるだろうさ。結果は満足いくものではなかったかもしれないが、あの戦いで区切りはついたはずだ」
「そうか」
ティーチャーの口調は穏やかだ。そこには、使い物にならなかった手駒への怒りのような感情はなかった。むしろ、一時とはいえ、教えを授けた教え子たちの行く末を案じているように見えた。
「エラトゥーン都市同盟の都市・ロドスを覚えているか? なぜあの街の市長を狙った?」
「ふむ。その質問ならば答えよう。あの市長はホムンクルスの人類認定に反対した評議会議員の一人だったのだよ。人類に一つの種族を増やす……『帝都奪還が為されるまで、帝都崩壊後に覚醒した全ての授恵者は冒険者ギルド所属とする』という盟約を旗印に、各国首脳レベルでの合意は速やかになされたが、果たして、本当に全人類が心からそれを受け入れたのだろうか? 君はどう思う、レピド」
「それは……」
ティーチャーからの問いに、レピドは答えられなかった。
(奇妙な感覚だな……こいつは危険な悪党だが、敵意も悪意もない。善意で行動している。ショウガと俺の仲間を巻き込んだことは一生許すつもりはないが、かといって憎み切ることもできない。迷惑な奴なのは間違いないんだが……)
ティーチャーはレピドの質問に宣言通りちゃんと答えたが、レピドの、「暗殺者としての余罪を追及する」という本来の目的である質問に対しては、のらりくらりと躱してしまった。いつの間にか、面会のペースはティーチャーが握っていた。
「あんたはなんで、暗殺者を育てようとする?」
「いい質問だよ。レピド。それについて語るには、まずは私の生い立ちについて語らねばなるまい……」
ティーチャーは頷き、己の生い立ちについて語り始めた……。
「『生きる為には働かねばならない』。私はそれを信条として生きてきた。だが、何の技能も持たぬ者は安定した職に就くことなど到底叶わない。ましてや、親にすら見放された孤児であるならばなおさらだ。哀れな孤児達は賢しい者に搾取されるか、路地裏で朽ちるか。その人生はきっと苦難に満ちたものとなる。だから私は、この教えと共に教え子に私の持つ技能を授けてきた。そう、この暗殺術を」
「だが、それは」
「間違っている、と思うかねレピド。だが、これは事実なんだ。この世界に、誰もが平和に暮らせる楽園など存在しない。この世界には幾つもの、目には決して見えず、けれどグロテスクな壁が存在する。世には自分のような教師も必要だ。救いの手から溢れ落ちた孤児の、生きる為に犯罪に手を染めなければならなかった者達の終着点、それは闇の世界に他ならない。行き着く場所が闇ならば、最初から闇で生き抜く術を教えるべきだ」
「……」
レピドは静かにティーチャーの言葉を聞いている。「人殺しで生計を立てるなど間違っている」と反論しようかと思ったが、テロリストの類ならレピドだって何人も殺してきたし、『能力のない孤児が救われる可能性は限りなく低い』というティーチャーの主張が間違っているとは言えなかった。彼の言う通り、孤児達の人生のスタートラインは極めて厳しいものであることは事実だったからだ。
「時間です。面会を終了してください」
「おっと、もう時間か。名残惜しいが、もうお別れの時間だな、ブラッド。少しは君の人生の役に立てたのならばよいのだが」
ティーチャーは暴れたりはせず、すくっと椅子から立ち上がった。そして連行されていくティーチャーは、最後に一度だけレピドの方を振り返った。
「もう一つだけ教えておこう。私と君の故郷のことだ」
「!」
「かつて私が所属していた組織の名は『曙光の家』という」
「なぜ、今さら俺にそれを教える?」
「なに、今となっては、愛すべき教え子を消そうとした裏切り者の巣だからね。守秘義務などクソ喰らえだとも。ではさようなら、レピド。君の人生が幸福でありますように。最後に会いに来てくれて、嬉しかったよ」
もやもやとしたものを抱えつつも、レピドとティーチャーの面会は終わった。
(ティーチャー……。俺にはアンタの言葉を完全には否定できない。だが、俺はアンタとは違う道で、孤児達を救ってやりたい)
レピドの手の中には、この大陸で最高峰の教育機関のポスターが握られていた。
「囚人201号。面会だ。準備をしろ」
「おや、私に面会人とは珍しいな。もしや、とうとう私の愛する生徒が私が囚われの身をなっていることを察して……?」
エドゥノーグの監獄に投獄された囚人201号は、かつて『ティーチャー』と呼ばれた暗殺者だった。正直エドゥノーグとはあまり関係がない人物なのだが、捕縛された際にエドゥノーグ地下迷宮で事件を起こしたのでエドゥノーグで御用になってしまったのだ。ただ、幸運なことにエドゥノーグは『迷宮犯罪』を扱う関係上、ロスガリア大陸の都市の中では授恵者の犯罪者対策が進んでいる部類の街だ。そのこともあり、なんとか脱獄を許さずにティーチャーを捕縛し続けることができていた。
「妄想逞しいところ悪いが、残念だったな。面会に来たのは、お前を捕えた張本人だ」
その言葉にティーチャーがさらにエキサイトしてしまったことは言うまでもない。
●面会に来た男
「ブラッドォオオオオオオオオオオ!!! きっと会いに来てくれると信じていたぞ、ブラッドォオオオオオオ!!」
「レピドだ」
レピド・クロサイトは両手足を拘束されながらも、エビのように飛び跳ね、涙と鼻水を撒き散らして叫ぶオッサンに冷たく言い放ち、面会室の椅子へと腰掛けた。
(思ったより数倍元気そうだった……『元気か』とか聞いたら間違いなく調子に乗るから、あえて聞かないでおこう)
レピドはちょっと帰りたくなったが、個人的に聞きたいこともあったので、ティーチャーとの面会を続行することにした。
「面会時間は30分です。ご存じかとは思いますが、その囚人は授恵者なので十分に注意してください」
「ああ、分かってる」
レピドは見届け人の看守の言葉に頷いた。武装解除され、手枷と足枷を嵌められている状態とはいっても、こいつは『シーフ』のクラスのスキルを持つ卓越した授恵者だ。捕縛した際は8人がかりだったからなんとかなったが、単独での戦闘力は確実にレピドより上だろう。使用中は本人が動けなくなるという欠点があったらしいが、こいつは今のレピドよりちょっと劣るぐらいの分身を同時に3体も出せる怪物なのだ。正直そのスキルに関してだけは、本当に教えを乞いたいぐらいだ。
「おっと、失礼したね。レピド。嬉しさのあまり、つい興奮してしまったよ。それで、私に何の用かね?」
(呼び方がレピドに戻ったな……最後のやり取りを忘れたわけではないようだ)
レピドがここに来た理由はぶっ壊れスキルを習うためでも、もちろん師弟愛でも全くない。ティーチャーは『最後の授業』と称した冒険者ギルドへの依頼及び、エドゥノーグ迷宮を悪用した咎により、めでたく迷宮都市エドゥノーグで御用となった。そして、ティーチャーは都市同盟の市長暗殺未遂など、世界各地で暗躍していた暗殺者だったので、余罪を追及すべくエドゥノーグが取り調べを行っていたのだが、ティーチャーはなかなか口を割らず、捜査はさっぱり進展しなかった。そこで、身内なら口を割るかもしれないと考えたエドゥノーグは、冒険者ギルド経由でレピドに捜査協力の依頼を出した……というわけであった。
(『身内』ではなくせめて『関係者』と書類に書いてほしかったが……大方、この男が刑務所でも『ブラッド』『ブラッド』と叫んで回ったのだろうな)
変態仮面が刑務所内で自分の名前を連呼しながら走り回る姿を想像し、レピドはどんよりした気持ちになった。
「お前にいくつか聞きたいことがある。まずは、お前のやった暗殺の雇い主についてだ」
「残念ながら、いくら君の頼みでもそれについては答えられないな。クライアントについては口を閉ざすのが暗殺者の掟だ」
(やはり駄目か……)
この質問については彼はこう答えるだろうとレピドは予想していた。ティーチャーは最後の事件でレピドに大切な誰かを殺された者達……通称『レピド被害者の会』を意のままに操ったが、ティーチャーと共に捕縛された被害者の会達は誰一人として、「レピドの雇い主」については知らされていなかったのだ。決して責任転嫁をするわけではないが、被害者の感情を考慮するならば、実行犯であるレピド以上に、暗殺を指示した者に殺意が向くことだって考えられるはずだし、下手人が『ブラッド』だと把握していたなら、ティーチャーはその雇い主の名前を知っていたはずなのに。
「じゃあ、別の質問だ。ディズル湿地帯でお前は神具の仮面を盗んだらしいな。その仮面はどこにやった?」
「悪いが、その質問にも答えられない。確かに湿地帯での仕事は暗殺ではなかったが、依頼人からの注文を遂行する、という点では暗殺と同じだよ。覚えておきたまえ、レピド。依頼人を売るような者はたとえどんなに腕が立つ暗殺者だろうと、決して一流とはみなされない。暗殺を依頼する者は、欲に駆られた暗殺者が脅迫者に転じないかと言う恐れを、常に抱いているものだからだ。暗殺者は信用第一の商売なのだよ」
「暗殺者業界の講釈は結構だ」
レピドは憮然と言い返した。ティーチャーは饒舌だが、レピドが聞きたい肝心なことには答えていない。あと、彼の美学が微妙に冒険者の世界でも通用しそうな内容だったことにレピドは少しイラっとした。
「この質問になら答えられるだろう。アンタ、クラスは何なんだ?」
「もちろん、ティーチャーだとも。シーフの上級職だ」
「そうか。そんなクラスもあるんだな……初耳だ」
冒険者仲間に誰一人として「上級職」なんてクラスについた者はいなかったが、レピドはあまりにも堂々とティーチャーがホラを吹いたので信じてしまった。
「他に質問はあるかね? レピド。可愛い教え子が会いに来てくれたんだ。答えられることには答えるよ」
「じゃあ、一応聞くが。アンタ、俺達に捕まったことを恨んではいないのか」
「ふふ。やはり君は優しいな、レピド。その質問の答えもノーだとも。教え子が自分を越えたことに歓喜こそあれ、恨みなどあるはずもない」
ティーチャーは穏やかに微笑んだ。
「『レピド被害者の会』……あいつらがどうなったかは聞いているか?」
「囚人であるがゆえ、私の耳に入ってくる情報は決して多くは無いが、彼らの罪状は私と比べると遥かに軽い。彼らは結局のところ、君達に傷一つつけられなかったのだからね。今はもうみんな出所して、新しい人生を歩んでいるだろうさ。結果は満足いくものではなかったかもしれないが、あの戦いで区切りはついたはずだ」
「そうか」
ティーチャーの口調は穏やかだ。そこには、使い物にならなかった手駒への怒りのような感情はなかった。むしろ、一時とはいえ、教えを授けた教え子たちの行く末を案じているように見えた。
「エラトゥーン都市同盟の都市・ロドスを覚えているか? なぜあの街の市長を狙った?」
「ふむ。その質問ならば答えよう。あの市長はホムンクルスの人類認定に反対した評議会議員の一人だったのだよ。人類に一つの種族を増やす……『帝都奪還が為されるまで、帝都崩壊後に覚醒した全ての授恵者は冒険者ギルド所属とする』という盟約を旗印に、各国首脳レベルでの合意は速やかになされたが、果たして、本当に全人類が心からそれを受け入れたのだろうか? 君はどう思う、レピド」
「それは……」
ティーチャーからの問いに、レピドは答えられなかった。
(奇妙な感覚だな……こいつは危険な悪党だが、敵意も悪意もない。善意で行動している。ショウガと俺の仲間を巻き込んだことは一生許すつもりはないが、かといって憎み切ることもできない。迷惑な奴なのは間違いないんだが……)
ティーチャーはレピドの質問に宣言通りちゃんと答えたが、レピドの、「暗殺者としての余罪を追及する」という本来の目的である質問に対しては、のらりくらりと躱してしまった。いつの間にか、面会のペースはティーチャーが握っていた。
「あんたはなんで、暗殺者を育てようとする?」
「いい質問だよ。レピド。それについて語るには、まずは私の生い立ちについて語らねばなるまい……」
ティーチャーは頷き、己の生い立ちについて語り始めた……。
「『生きる為には働かねばならない』。私はそれを信条として生きてきた。だが、何の技能も持たぬ者は安定した職に就くことなど到底叶わない。ましてや、親にすら見放された孤児であるならばなおさらだ。哀れな孤児達は賢しい者に搾取されるか、路地裏で朽ちるか。その人生はきっと苦難に満ちたものとなる。だから私は、この教えと共に教え子に私の持つ技能を授けてきた。そう、この暗殺術を」
「だが、それは」
「間違っている、と思うかねレピド。だが、これは事実なんだ。この世界に、誰もが平和に暮らせる楽園など存在しない。この世界には幾つもの、目には決して見えず、けれどグロテスクな壁が存在する。世には自分のような教師も必要だ。救いの手から溢れ落ちた孤児の、生きる為に犯罪に手を染めなければならなかった者達の終着点、それは闇の世界に他ならない。行き着く場所が闇ならば、最初から闇で生き抜く術を教えるべきだ」
「……」
レピドは静かにティーチャーの言葉を聞いている。「人殺しで生計を立てるなど間違っている」と反論しようかと思ったが、テロリストの類ならレピドだって何人も殺してきたし、『能力のない孤児が救われる可能性は限りなく低い』というティーチャーの主張が間違っているとは言えなかった。彼の言う通り、孤児達の人生のスタートラインは極めて厳しいものであることは事実だったからだ。
「時間です。面会を終了してください」
「おっと、もう時間か。名残惜しいが、もうお別れの時間だな、ブラッド。少しは君の人生の役に立てたのならばよいのだが」
ティーチャーは暴れたりはせず、すくっと椅子から立ち上がった。そして連行されていくティーチャーは、最後に一度だけレピドの方を振り返った。
「もう一つだけ教えておこう。私と君の故郷のことだ」
「!」
「かつて私が所属していた組織の名は『曙光の家』という」
「なぜ、今さら俺にそれを教える?」
「なに、今となっては、愛すべき教え子を消そうとした裏切り者の巣だからね。守秘義務などクソ喰らえだとも。ではさようなら、レピド。君の人生が幸福でありますように。最後に会いに来てくれて、嬉しかったよ」
もやもやとしたものを抱えつつも、レピドとティーチャーの面会は終わった。
(ティーチャー……。俺にはアンタの言葉を完全には否定できない。だが、俺はアンタとは違う道で、孤児達を救ってやりたい)
レピドの手の中には、この大陸で最高峰の教育機関のポスターが握られていた。
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。