【DA】リーンエスの耳
アルマ・ヴァレンタイン/ エヴァン・ピオネロ
『ノベルタイトル:陽の下の、その先へ』崎田航輝
木々の枝葉が、陽光を穏やかに透かす。
春を前にした自然の中。黒汗馬と黒アルパカの足音と共に……エヴァン・ピオネロとアルマ・ヴァレンタインは森の道を進んでいた。
「とってもきれいな場所だねー」
「はい。小川を越えたらもうすぐですよ」
見回すアルマの瞳に、エヴァンは笑顔で返す。
自分が褒められたかのように嬉しいのは、他でもない。
フィルエス大森林。今日はこの一端にあるエヴァンの故郷へと――初めての里帰りにやってきたのだから。
「家族とみなさまと会うの楽しみー」
「ぼくも会ってもらうのが楽しみです」
アルマに応えつつ、エヴァンの声には緊張もあった。
(手紙では色々と伝えてありますけど……)
家族からすれば、目が滑るほどの情報を既に受け取っているだろう。
それでも――
「きちんと挨拶させてもらうの、初めてだもんね」
と、零すのはアルマ。
アルマもこの日ばかりは少し改まった調子で――
(ちゃんと話せるかな?)
淡い桃色が可憐な帽子を、ちょっと正す。
リボンもきゅっと結び直し、くるりと回って全身を見下ろして。目いっぱいのおめかしを改めて確認していた。
そう。これはただの帰郷ではない。
アルマと、エヴァンの家族の初顔合わせ。そして婚約報告も兼ねた訪問なのだった。
木立を抜けると視界が開ける。
そこには翠の美しさの中……人家が点々と立ち並ぶ景色があった。
「ここです! ぼくの村!」
エヴァンは身を乗り出し、懐かしさに目を輝かす。
芽吹きの季節を迎えつつあるその村は、花の色と香りに彩られた人里だ。
一族の力を顕すように、外との境界には剣と杖を模した碑が大きな存在感を示している。
けれど一歩中に入れば……子供達が駆け回り、明るい声を響かせてもいた。
「すてきな場所だねー。子どもたちも楽しそう」
どこか開かれた空気も感じて、アルマは視線を巡らせる。
エヴァンは頷いた。
「少し珍しいかもしれないですね」
そう言うのは、ここがフィルエスにあって外との交流もある村だからだ。
時には旅人や商人も訪れる。だから二人を見た村人達は始め、どんな来客だろうかとこちらに興味を向けていた。
と、その中で――
「エヴァン……!」
見目には若さを保つ、エルフの女性が口を開いていた。
傍らには更に年若く見える男女の姿。
エヴァンはすぐに、アルマも直感的に判った。
「ご家族のみなさま?」
「はい! お祖母ちゃん、お父さん、お母さん――!」
エヴァンは手を振って走り寄る。彼女らこそエヴァン達を待ちわびていた両親、そして祖母だった。
「おかえり、エヴァン」
笑顔で迎える祖母の、声にあるのは慈愛と素直な嬉しさだ。
帰ったのかい、無事に着いてよかったわ、と。迎える父と母もまた同じ。優しい表情の中に、確かにエヴァンと共通した面影があるとアルマは感じた。
「そちらが?」
と、祖母が視線を向けるので、エヴァンが「はい」とアルマの隣に並ぶと――
アルマも姿勢をぴっちりと正して。
「アルマ・ヴァレンタインです」
スカートの裾を少しだけつまみ、淑やかに一礼してみせる。
「まあ、可愛らしい」
感動さえ浮かべた母や、父も各々に名乗り……まずは最初の挨拶。それも済めば、皆で家へ向かう事になった。
小窓から光が差すそこは、ピオネロ家で最も広い部屋の一つ。
その中の大きなテーブルに、エヴァンはアルマと共についていた。ここでゆっくりと本題を、という形である。
改めての挨拶も含め、ここまではつつがなく済んでいた。
……けれど。
(うう、やっぱりどきどきします)
膝に手を置くエヴァンは、高鳴る鼓動を自覚している。
「ええと、それで……」
「まずは料理をお出ししようじゃないか」
と、見合う母と父もまた緊張気味の模様。
何しろ息子が婚約相手を連れてきたのである。この二人こそいつも通りに、とは行かないのだろう。
祖母もちょっと咳払いなどする――けれど、こちらはこんな時でも姉御肌。
仕方ないわね、と二人を手伝ってから……口を開いた。
「えっと。手紙で色々とお話は聞いているわ」
「はい。エヴァくんとは、ずっと仲良くさせてもらっていました」
色々な情勢が落ち着いた事もあって、とアルマは続ける。
「この度は婚約のご報告に、伺わせて頂きました」
その口調は丁寧だ。
こんな場だから少々猫かぶりさんで臨んだのだけれど……ぎこちなさも混じるのは、やはりアルマにも緊張の思いがあるからだった。
つまり初めての事に皆でかちこち。
だけれど――婚約には、家族皆が賛成の態度。
気になっていたというように、父が尋ねた。
「出会いは、どんなふうだったんだい」
アルマははい、と話し始める。
きっかけは他でもない、エヴァンの大叔父からの引き合わせ。様々な経験を経る中……冒険を共にする事も多くなっていった、と。
「色んな場所で一緒に戦いました」
アルマは想起する。
エヴァンに対し、始めはちょっぴり頼りなさも感じていた。
けれど冒険を重ねるうちに、それも変わっていった事を。
「沢山の魔物がいました。エヴァくんはその時、体を張ってボクを護ってくれました。それに戦いの外でも」
舞踏会や政治の場。フォーマルな場所でもリードし、先導してくれる。
そんなエヴァンの姿に惹かれたのだと。
「リードだなんて」
と、首を振るのはエヴァンだ。
「ぼくはまだまだですよ。いつも助けられてる方ですから」
「手紙でも、その事は沢山言っていたわね」
祖母の言葉に、エヴァンは頷く。
「アルマの方が、ぼくにとっては尊敬する冒険者の先輩ですから」
アルマはすごいんですよ、と。エヴァンは知らず声に熱を込めていた。
「楽しくて、いつも前を向いていて……困ってる人が居たら必ず助けるんです」
それくらい優しいってだけじゃなくて、と。
「能力者としても冒険者としても、一流なんですから。どんな事件だって解決しちゃいますし」
「そこまでかなー?」
アルマが小首を傾げると、エヴァンは勿論ですと力を入れる。
「そうだ、手紙にも書きましたけど……この前は帝国の代官を拝命したんですよ。さすがアルマです!」
「続けられてるのは、エヴァくんのサポートもあるからだよー」
「そんな。恐れ多いです!」
ぼくは支える事ができるだけで光栄です、と。その息せき切る声音に――顔を見合わせているのは家族達だった。
そこにあるのは驚きだろうか。
母親似で大人しかった筈のエヴァン。そこに生まれていた変化を、今確かに見て取ったかのように。
「素敵な人と出会えたのね」
祖母の言葉に、エヴァンは遅れて照れがやってくる。
けれどその事実は否定しない。アルマの魅力も、出会えた幸運も、ありのままの真実として自分の中に持っているから。
「はい」
その答えに家族は笑みを零す。
それがいつしか、凝り固まった空気を和らげていた。
顔合わせも和やかに終わった、翌日。
数日間の滞在を始めたアルマは……ピオネロ家のキッチンにいた。
というのも、前日頂いたおふくろの味に調理心を刺激されたからである。
「あのお料理、すごく美味しかったので。どんなふうに作るのか興味があります!」
その言葉にエヴァンの母も喜び……一緒に作業する事になったのだ。
作るのは村の名物料理。
伝統の味は複数あるけれど、その中の幾つかに共通するのが葉野菜と木の実を使った出汁だ。
「葉野菜は熟成してあるんですねー」
「ええ。木の実は殻の中だけを使うのよ」
母が手順を教えると、アルマはその通りに進める。
野菜から甘みを出し、機を見て木の実を投入する。そこに調味料を足し、コクと旨味のある味に仕上げるのがこの家のスタイルだった。
「とっても手際が良いのね」
「ありがとうございます! これで……ん、おいしー。お肉や海藻の出汁にも負けないですね」
「ええ。これを色々な料理に使うのよ」
母の言葉にアルマは成程と頷く。
「これが昨日のお鍋なんですね。確かに色々使えそう」
言うとそれをスープやソースにして、サラダやハムにも合わせ……豪華な朝食にしていった。
そんな後ろ姿を――エヴァンと父が眺めている。
「手紙にもあったけど、彼女は料理上手なんだね」
父の言葉に、エヴァンは「そうなんですよ」と頷いた。
「アルマは休日でも冒険先でも、どんな材料でも美味しいものを作れるんですよ」
言うと幾つもの食べ物が脳裏をよぎって……お腹が鳴りそうになる。
夜営での食事。デート先での料理。
場所も時間も問わず、そこには美味な時間があった。
微笑むのは祖母だ。
「あなたが逞しくなったのもアルマさんの料理のおかげかしら?」
「勿論、それもあります」
エヴァンが力強く頷くと……そんな会話にアルマが振り返る。
「エヴァくんが美味しく食べてくれるから、こっちも嬉しくて沢山作っちゃうんだよねー」
「美味しすぎるのがいけないんです。だから気をつけないとお腹のお肉が……」
エヴァンが呟くと、家族達が笑いを零す。
つられてアルマも笑った。
(なんだかすごく、あったかいなー)
いつの間にか緊張もなくなって、素の自分で居られている。そんな自覚もまた生まれていた。
ふと目が合ったエヴァンも同じ。
アルマに向ける瞳とその笑顔は、いつもの見慣れたものだったから。
食事が終わると、アルマは食器の片付けを申し出た。
エヴァンの父も並び……「ありがとう」とアルマへ言葉をかける。
「息子と楽しく過ごしてくれているようで、嬉しい」
こちらこそとアルマが返すと――
父がふと問うた。
「苦労があったりはしないかい」
種族が違えば異なるものもある。そんな心配が、その目にはあった。
アルマは首を振る。
種族の差が生む事と言えば、デートでの楽しい時間くらいだから、と。
「大変な事は……これから先にあっても、エヴァくんと一緒なら大丈夫です」
それは確信に近いもの。
「色んな所で支えてくれるし。すごいなって思う事も多いし――」
「ぼくの方こそ」
と、声が聞こえていたエヴァンが照れくさそうに声を返す。
「アルマはすごいって思ってばかりですよ」
それは卑下ではなく素直な言葉。
今も掛け値なく、心から思っている事だから。
「冒険も、料理も……色んな事を教えて、与えてくれますから。アルマはぼくにとっての……目標でもあります」
その瞳には飾り気のない尊敬の色があった。
隣に立っているけれど、追うべき背中でもある。
だからもっと頑張りたいし、頑張れる。エヴァンにとって、アルマはそう思える存在なのだから。
「……そうか」
父は納得した面持ちをしていた。
きっと、判ったのだ。アルマのどの部分がエヴァンを変えたのか。
ただ魅力を感じるだけでなく。
ただ愛しいと思うだけでなく。
互いが手を取り、前へと導いて。
共に相手の幸せを願い。そしてそれに相応しい人であろうとする――そんな関係で居られる二人だからだと。
やあ、来たよ、と。
玄関から声がして、エヴァン達は振り向いた。
やってきたのは家族には見慣れた顔。エヴァンの兄であった。
エヴァンの兄や姉やそれぞれ、村に別の家も持っていて――各々やる事もあるからと、後で顔見せに来るとは聞いていた。
だからこの訪問に驚きはない、が。
「えっ?」
と、エヴァンは別の事にびっくりしていた。
兄の傍らに……見覚えのない、一人の小さい子どもがいたのだ。
その幼子は兄の手から離れると――こちらへてとてとと歩み出す。わぁ、とアルマは覗き込んでいた。
「かわいいー」
「この子は?」
エヴァンが問うと、ふと頷き合うのは両親だった。
それから父が口を開く。
「手紙で伝えるつもりだったんだけど、こっちからは中々連絡が取れなくて――」
「落ち着いてから紹介しようと思っていたの。驚かせてしまうかもしれないわね」
と、母が言葉を継ぐ。
「エヴァン。あなたの妹よ」
「……!」
エヴァンは思わずアルマと目を合わす。
兄二人に姉一人。自分が末子の筈だったから――今までは。
何でも、こちらの顔合わせ中は兄の方の家で過ごしていたらしい。
幼子は――本能的にも自分の兄と判るのか、エヴァンに歩み寄って手を伸ばした。
エヴァンがそっと抱き上げると、幼子は目を輝かせて可愛らしい笑顔を見せる。
「ぼくの妹……」
家族が増えているなんて、今回一番の驚きかもしれない。
(新しい家族――)
そこにあるのは不思議な感覚。
幼子はアルマにも手を伸ばす。アルマはエヴァンより小さな体で、それでも幼子を抱きしめてあげた。
心にあるのは、エヴァンと同じ気持ちだったろう。
木漏れ日の中、エヴァンとアルマは二人で散歩に出ていた。
お弁当も作って、気分はピクニック。
草むらで美味を楽しみながら――話すのは先刻の事だ。
「もし、ぼく達に子どもができたら……あんなふうに可愛いのでしょうか」
ただの想像じゃない。
考えるのは決して遠くない将来の事。
アルマはうんと頷いた。
「ボクたち、異種族カップルさんだからねー。どっち似になるのかな?」
「どちらに似ても可愛いでしょうね」
そう返すエヴァンは既に、親馬鹿さんの顔。
愛情たっぷりに自分の子どもと過ごす日々は、幸せに違いない。
もしエルフの血を継いだなら……アルマの面影を持つ子が自分と共に長く生きてくれるかもしれない。
思うと先の事が楽しみになって、微笑みが生まれる。
先に待つ時間の明るさに――アルマも笑みを見せていた。
こうして滞在中、エヴァンの家族とアルマは存分に親睦を深め、皆で楽しい時間を過ごした。
そんな日々も予定の終わりを迎え、二人は帰路へつく。
出立の日。
家族は別れを惜しみ、見えなくなるまで手を振ってくれた。
「しっかりね」
祖母は別れ際、エヴァンへ言ったけれど……それ以上に言葉は重ねなかった。
エヴァンが変わった事。それを理解して、もう心配は要らないと思ってくれたのだろう。
森林の外が近づいて、ゆらゆらと揺れる木漏れ日がカーテンのように開けてゆく。
眩さに目を細めながらアルマは思い返した。
「とっても楽しかったなー」
「本当ですか? 良かったです」
エヴァンが嬉しさに笑うと、アルマも笑みを共にする。
あたたかな時間だった。最初は緊張したけれど、今は家族の一員になれた気がする。
だから考えるのはこれからの事だった。
この先自分達がどんな道をゆくのか。どんな家族になっていくのか。
世界の動乱は終わった。故にこそ新時代はこれからで……今いるのは終着点ではなく、新しいスタートなのだから。
「帰ったら少し休んで、またおデートもしようね」
「はい!」
それが楽しみで、エヴァンは明るく答えた。
仕事に勤しみ、休息を共にして。
支え、支えられ――次はどこに行こうか?
寄り添い歩む道はこれからも続く。だから二人はわくわくするように、明るい陽の下へ向かっていった。
春を前にした自然の中。黒汗馬と黒アルパカの足音と共に……エヴァン・ピオネロとアルマ・ヴァレンタインは森の道を進んでいた。
「とってもきれいな場所だねー」
「はい。小川を越えたらもうすぐですよ」
見回すアルマの瞳に、エヴァンは笑顔で返す。
自分が褒められたかのように嬉しいのは、他でもない。
フィルエス大森林。今日はこの一端にあるエヴァンの故郷へと――初めての里帰りにやってきたのだから。
「家族とみなさまと会うの楽しみー」
「ぼくも会ってもらうのが楽しみです」
アルマに応えつつ、エヴァンの声には緊張もあった。
(手紙では色々と伝えてありますけど……)
家族からすれば、目が滑るほどの情報を既に受け取っているだろう。
それでも――
「きちんと挨拶させてもらうの、初めてだもんね」
と、零すのはアルマ。
アルマもこの日ばかりは少し改まった調子で――
(ちゃんと話せるかな?)
淡い桃色が可憐な帽子を、ちょっと正す。
リボンもきゅっと結び直し、くるりと回って全身を見下ろして。目いっぱいのおめかしを改めて確認していた。
そう。これはただの帰郷ではない。
アルマと、エヴァンの家族の初顔合わせ。そして婚約報告も兼ねた訪問なのだった。
木立を抜けると視界が開ける。
そこには翠の美しさの中……人家が点々と立ち並ぶ景色があった。
「ここです! ぼくの村!」
エヴァンは身を乗り出し、懐かしさに目を輝かす。
芽吹きの季節を迎えつつあるその村は、花の色と香りに彩られた人里だ。
一族の力を顕すように、外との境界には剣と杖を模した碑が大きな存在感を示している。
けれど一歩中に入れば……子供達が駆け回り、明るい声を響かせてもいた。
「すてきな場所だねー。子どもたちも楽しそう」
どこか開かれた空気も感じて、アルマは視線を巡らせる。
エヴァンは頷いた。
「少し珍しいかもしれないですね」
そう言うのは、ここがフィルエスにあって外との交流もある村だからだ。
時には旅人や商人も訪れる。だから二人を見た村人達は始め、どんな来客だろうかとこちらに興味を向けていた。
と、その中で――
「エヴァン……!」
見目には若さを保つ、エルフの女性が口を開いていた。
傍らには更に年若く見える男女の姿。
エヴァンはすぐに、アルマも直感的に判った。
「ご家族のみなさま?」
「はい! お祖母ちゃん、お父さん、お母さん――!」
エヴァンは手を振って走り寄る。彼女らこそエヴァン達を待ちわびていた両親、そして祖母だった。
「おかえり、エヴァン」
笑顔で迎える祖母の、声にあるのは慈愛と素直な嬉しさだ。
帰ったのかい、無事に着いてよかったわ、と。迎える父と母もまた同じ。優しい表情の中に、確かにエヴァンと共通した面影があるとアルマは感じた。
「そちらが?」
と、祖母が視線を向けるので、エヴァンが「はい」とアルマの隣に並ぶと――
アルマも姿勢をぴっちりと正して。
「アルマ・ヴァレンタインです」
スカートの裾を少しだけつまみ、淑やかに一礼してみせる。
「まあ、可愛らしい」
感動さえ浮かべた母や、父も各々に名乗り……まずは最初の挨拶。それも済めば、皆で家へ向かう事になった。
小窓から光が差すそこは、ピオネロ家で最も広い部屋の一つ。
その中の大きなテーブルに、エヴァンはアルマと共についていた。ここでゆっくりと本題を、という形である。
改めての挨拶も含め、ここまではつつがなく済んでいた。
……けれど。
(うう、やっぱりどきどきします)
膝に手を置くエヴァンは、高鳴る鼓動を自覚している。
「ええと、それで……」
「まずは料理をお出ししようじゃないか」
と、見合う母と父もまた緊張気味の模様。
何しろ息子が婚約相手を連れてきたのである。この二人こそいつも通りに、とは行かないのだろう。
祖母もちょっと咳払いなどする――けれど、こちらはこんな時でも姉御肌。
仕方ないわね、と二人を手伝ってから……口を開いた。
「えっと。手紙で色々とお話は聞いているわ」
「はい。エヴァくんとは、ずっと仲良くさせてもらっていました」
色々な情勢が落ち着いた事もあって、とアルマは続ける。
「この度は婚約のご報告に、伺わせて頂きました」
その口調は丁寧だ。
こんな場だから少々猫かぶりさんで臨んだのだけれど……ぎこちなさも混じるのは、やはりアルマにも緊張の思いがあるからだった。
つまり初めての事に皆でかちこち。
だけれど――婚約には、家族皆が賛成の態度。
気になっていたというように、父が尋ねた。
「出会いは、どんなふうだったんだい」
アルマははい、と話し始める。
きっかけは他でもない、エヴァンの大叔父からの引き合わせ。様々な経験を経る中……冒険を共にする事も多くなっていった、と。
「色んな場所で一緒に戦いました」
アルマは想起する。
エヴァンに対し、始めはちょっぴり頼りなさも感じていた。
けれど冒険を重ねるうちに、それも変わっていった事を。
「沢山の魔物がいました。エヴァくんはその時、体を張ってボクを護ってくれました。それに戦いの外でも」
舞踏会や政治の場。フォーマルな場所でもリードし、先導してくれる。
そんなエヴァンの姿に惹かれたのだと。
「リードだなんて」
と、首を振るのはエヴァンだ。
「ぼくはまだまだですよ。いつも助けられてる方ですから」
「手紙でも、その事は沢山言っていたわね」
祖母の言葉に、エヴァンは頷く。
「アルマの方が、ぼくにとっては尊敬する冒険者の先輩ですから」
アルマはすごいんですよ、と。エヴァンは知らず声に熱を込めていた。
「楽しくて、いつも前を向いていて……困ってる人が居たら必ず助けるんです」
それくらい優しいってだけじゃなくて、と。
「能力者としても冒険者としても、一流なんですから。どんな事件だって解決しちゃいますし」
「そこまでかなー?」
アルマが小首を傾げると、エヴァンは勿論ですと力を入れる。
「そうだ、手紙にも書きましたけど……この前は帝国の代官を拝命したんですよ。さすがアルマです!」
「続けられてるのは、エヴァくんのサポートもあるからだよー」
「そんな。恐れ多いです!」
ぼくは支える事ができるだけで光栄です、と。その息せき切る声音に――顔を見合わせているのは家族達だった。
そこにあるのは驚きだろうか。
母親似で大人しかった筈のエヴァン。そこに生まれていた変化を、今確かに見て取ったかのように。
「素敵な人と出会えたのね」
祖母の言葉に、エヴァンは遅れて照れがやってくる。
けれどその事実は否定しない。アルマの魅力も、出会えた幸運も、ありのままの真実として自分の中に持っているから。
「はい」
その答えに家族は笑みを零す。
それがいつしか、凝り固まった空気を和らげていた。
顔合わせも和やかに終わった、翌日。
数日間の滞在を始めたアルマは……ピオネロ家のキッチンにいた。
というのも、前日頂いたおふくろの味に調理心を刺激されたからである。
「あのお料理、すごく美味しかったので。どんなふうに作るのか興味があります!」
その言葉にエヴァンの母も喜び……一緒に作業する事になったのだ。
作るのは村の名物料理。
伝統の味は複数あるけれど、その中の幾つかに共通するのが葉野菜と木の実を使った出汁だ。
「葉野菜は熟成してあるんですねー」
「ええ。木の実は殻の中だけを使うのよ」
母が手順を教えると、アルマはその通りに進める。
野菜から甘みを出し、機を見て木の実を投入する。そこに調味料を足し、コクと旨味のある味に仕上げるのがこの家のスタイルだった。
「とっても手際が良いのね」
「ありがとうございます! これで……ん、おいしー。お肉や海藻の出汁にも負けないですね」
「ええ。これを色々な料理に使うのよ」
母の言葉にアルマは成程と頷く。
「これが昨日のお鍋なんですね。確かに色々使えそう」
言うとそれをスープやソースにして、サラダやハムにも合わせ……豪華な朝食にしていった。
そんな後ろ姿を――エヴァンと父が眺めている。
「手紙にもあったけど、彼女は料理上手なんだね」
父の言葉に、エヴァンは「そうなんですよ」と頷いた。
「アルマは休日でも冒険先でも、どんな材料でも美味しいものを作れるんですよ」
言うと幾つもの食べ物が脳裏をよぎって……お腹が鳴りそうになる。
夜営での食事。デート先での料理。
場所も時間も問わず、そこには美味な時間があった。
微笑むのは祖母だ。
「あなたが逞しくなったのもアルマさんの料理のおかげかしら?」
「勿論、それもあります」
エヴァンが力強く頷くと……そんな会話にアルマが振り返る。
「エヴァくんが美味しく食べてくれるから、こっちも嬉しくて沢山作っちゃうんだよねー」
「美味しすぎるのがいけないんです。だから気をつけないとお腹のお肉が……」
エヴァンが呟くと、家族達が笑いを零す。
つられてアルマも笑った。
(なんだかすごく、あったかいなー)
いつの間にか緊張もなくなって、素の自分で居られている。そんな自覚もまた生まれていた。
ふと目が合ったエヴァンも同じ。
アルマに向ける瞳とその笑顔は、いつもの見慣れたものだったから。
食事が終わると、アルマは食器の片付けを申し出た。
エヴァンの父も並び……「ありがとう」とアルマへ言葉をかける。
「息子と楽しく過ごしてくれているようで、嬉しい」
こちらこそとアルマが返すと――
父がふと問うた。
「苦労があったりはしないかい」
種族が違えば異なるものもある。そんな心配が、その目にはあった。
アルマは首を振る。
種族の差が生む事と言えば、デートでの楽しい時間くらいだから、と。
「大変な事は……これから先にあっても、エヴァくんと一緒なら大丈夫です」
それは確信に近いもの。
「色んな所で支えてくれるし。すごいなって思う事も多いし――」
「ぼくの方こそ」
と、声が聞こえていたエヴァンが照れくさそうに声を返す。
「アルマはすごいって思ってばかりですよ」
それは卑下ではなく素直な言葉。
今も掛け値なく、心から思っている事だから。
「冒険も、料理も……色んな事を教えて、与えてくれますから。アルマはぼくにとっての……目標でもあります」
その瞳には飾り気のない尊敬の色があった。
隣に立っているけれど、追うべき背中でもある。
だからもっと頑張りたいし、頑張れる。エヴァンにとって、アルマはそう思える存在なのだから。
「……そうか」
父は納得した面持ちをしていた。
きっと、判ったのだ。アルマのどの部分がエヴァンを変えたのか。
ただ魅力を感じるだけでなく。
ただ愛しいと思うだけでなく。
互いが手を取り、前へと導いて。
共に相手の幸せを願い。そしてそれに相応しい人であろうとする――そんな関係で居られる二人だからだと。
やあ、来たよ、と。
玄関から声がして、エヴァン達は振り向いた。
やってきたのは家族には見慣れた顔。エヴァンの兄であった。
エヴァンの兄や姉やそれぞれ、村に別の家も持っていて――各々やる事もあるからと、後で顔見せに来るとは聞いていた。
だからこの訪問に驚きはない、が。
「えっ?」
と、エヴァンは別の事にびっくりしていた。
兄の傍らに……見覚えのない、一人の小さい子どもがいたのだ。
その幼子は兄の手から離れると――こちらへてとてとと歩み出す。わぁ、とアルマは覗き込んでいた。
「かわいいー」
「この子は?」
エヴァンが問うと、ふと頷き合うのは両親だった。
それから父が口を開く。
「手紙で伝えるつもりだったんだけど、こっちからは中々連絡が取れなくて――」
「落ち着いてから紹介しようと思っていたの。驚かせてしまうかもしれないわね」
と、母が言葉を継ぐ。
「エヴァン。あなたの妹よ」
「……!」
エヴァンは思わずアルマと目を合わす。
兄二人に姉一人。自分が末子の筈だったから――今までは。
何でも、こちらの顔合わせ中は兄の方の家で過ごしていたらしい。
幼子は――本能的にも自分の兄と判るのか、エヴァンに歩み寄って手を伸ばした。
エヴァンがそっと抱き上げると、幼子は目を輝かせて可愛らしい笑顔を見せる。
「ぼくの妹……」
家族が増えているなんて、今回一番の驚きかもしれない。
(新しい家族――)
そこにあるのは不思議な感覚。
幼子はアルマにも手を伸ばす。アルマはエヴァンより小さな体で、それでも幼子を抱きしめてあげた。
心にあるのは、エヴァンと同じ気持ちだったろう。
木漏れ日の中、エヴァンとアルマは二人で散歩に出ていた。
お弁当も作って、気分はピクニック。
草むらで美味を楽しみながら――話すのは先刻の事だ。
「もし、ぼく達に子どもができたら……あんなふうに可愛いのでしょうか」
ただの想像じゃない。
考えるのは決して遠くない将来の事。
アルマはうんと頷いた。
「ボクたち、異種族カップルさんだからねー。どっち似になるのかな?」
「どちらに似ても可愛いでしょうね」
そう返すエヴァンは既に、親馬鹿さんの顔。
愛情たっぷりに自分の子どもと過ごす日々は、幸せに違いない。
もしエルフの血を継いだなら……アルマの面影を持つ子が自分と共に長く生きてくれるかもしれない。
思うと先の事が楽しみになって、微笑みが生まれる。
先に待つ時間の明るさに――アルマも笑みを見せていた。
こうして滞在中、エヴァンの家族とアルマは存分に親睦を深め、皆で楽しい時間を過ごした。
そんな日々も予定の終わりを迎え、二人は帰路へつく。
出立の日。
家族は別れを惜しみ、見えなくなるまで手を振ってくれた。
「しっかりね」
祖母は別れ際、エヴァンへ言ったけれど……それ以上に言葉は重ねなかった。
エヴァンが変わった事。それを理解して、もう心配は要らないと思ってくれたのだろう。
森林の外が近づいて、ゆらゆらと揺れる木漏れ日がカーテンのように開けてゆく。
眩さに目を細めながらアルマは思い返した。
「とっても楽しかったなー」
「本当ですか? 良かったです」
エヴァンが嬉しさに笑うと、アルマも笑みを共にする。
あたたかな時間だった。最初は緊張したけれど、今は家族の一員になれた気がする。
だから考えるのはこれからの事だった。
この先自分達がどんな道をゆくのか。どんな家族になっていくのか。
世界の動乱は終わった。故にこそ新時代はこれからで……今いるのは終着点ではなく、新しいスタートなのだから。
「帰ったら少し休んで、またおデートもしようね」
「はい!」
それが楽しみで、エヴァンは明るく答えた。
仕事に勤しみ、休息を共にして。
支え、支えられ――次はどこに行こうか?
寄り添い歩む道はこれからも続く。だから二人はわくわくするように、明るい陽の下へ向かっていった。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。