【PT】Prologue of “THE” story ――物語のはじまり―― 4

「ありがとう! みんなのお陰でアロシュナバラも平和になったよ」
「だが油断は禁物だ。メドゥの指先の脅威は残っているぞ」
「そうね。でも――今は無事にみんな戻ってこれて、うれしいわ」
「みんな、本当にお疲れだよ! 大丈夫、何があったってボクたちはやれるさ」


 アロシュナバラの砦や村を占拠していたバルバロイは一掃されました。
 騒動の首謀者であるHenrik・Nieminenは表向きには騒乱の最中に死亡しました。ですが、実際にはHenrietta・Nieminenという名の女性として捕縛され、王都グランスパーダでの取り調べへの協力や、罪を贖うべく王国の判断を待っています。
 一方で、Henrik・Nieminenをそそのかし、武装蜂起に至らせたメドゥの指先の脅威は去っていません。今後、彼らはロスガリア大陸にどのような厄災を振りまくのでしょうか。また、帝国崩壊への関与も疑われていますが真実は明らかにされていません。更なる冒険者・授恵者の働きに期待が寄せられています。
(2021/01/21 更新)
 アロシュナバラの砦に囚われていた村人たちは、授恵者の働きによって一人も欠けることなく解放された。数か月振りの家族や友人との再会に、村が湧く。一度ならず二度までも村を守った戦士たちの働きぶりは、村に残る人々も良く知っている。だからこそ、期待と不安を胸にこうして待つことが出来た。
 その想いが実り、生きて顔を突き合わせることが出来る喜びはいかばかりだろうか。
 この数か月間、沈みがちだったアロシュナバラ村に明るい声が響く。村で大人たちの帰りを待っていた、そんな子供や老人——病人の中にリオ・アリスタの姿があった。

「——みんな! 無事だったんだね!?」
「仕事は果たしましたよ」
「だから……言ったろ。俺達を信じろって」
 人々を先導してきたノックス・マグナとハヤト=ガラン=ヴォルファングがリオへと声を掛ける。意気揚々と引き上げてくるハヤトには、若干の疲れた様子こそ見られるものの傷はない。死線を潜り抜けてきたとは思えぬほどの軽いいつもの調子で軽口を叩くハヤトの様子に、リオは胸に声を詰まらせて涙ぐむ。
「——うん。うん……本当に、ありがとう!」
「お、おい……泣くなって」
 ブレイブファング傭兵団に掛かればこの程度——と強がるハヤトも女の涙には弱い。戸惑う彼の横で、一方のノックスは澄ましたものだ。
「帝国に祖を持つ者として、帝国軍人崩れの蛮行を見過ごせなかっただけです」
 淡々と語るノックスだが、その内心には複雑な感情が渦巻いていた。あれほど忌避していた帝国の在り方だが、こうしてアロシュナバラの渦中に身を置くうちに、ひとつ彼の胎に落ちた想いがある。
(祖国——か)
 帝都は既に滅び、かつての栄華は廃墟になっているという。その原因を探り、祖国復興への足掛かりを探す。その為にも、帝国中枢付近にいた人物——例えば、Henrikヘンリク・Nieminenニエメネンや……あるいは、『語らずの智者』エフレム、『黒曜子』レイウエスト皇子か。そう言った人物からも情報を集め、必ずや帝国を襲った厄災を払ってみせる。
「難しい顔をしていますね」
 そんなノックスの横顔へ話しかけたのはキーゼだった。今日、この場ぐらいは難しいことを抜きにするのが良いだろうと彼は語る。それは、キーゼ自身もまた彼の目的に向かって生きているが故に——余計な軋轢を生んだり、注目を浴びるような言動は生きにくくなると理解しているから。去来する感情をぐっとエールで流し込んで、彼は視線を巡らせる。些末な心の動きよりも、今回の働きによる褒賞の方がキーゼには気にかかった。
 身に掛かる理不尽を払うには、やはり金だ。そして、力だ。先立つものが無ければ、動くことは出来ない。センチメンタルでは生きてはいけない——そう思うからこそ、キーゼはニエメネンという人物が武装蜂起に至った背景が気にかかる。何が——帝国を失った彼、あるいは彼女をして王国を敵に回すほどの激情に駆らせたのか。

「あれ、あなた達。こんなところにいたのー?」
 両手いっぱいに料理を携えてやってきたのはアルマ・ヴァレンタインだ。男たちが気が付けば、帰ってきたばかりの村人たちは、家族らに囲まれて村の中央へと引きずられるように歩いていた。そこには授恵者ら勝利の速報を受けて女たちが準備した料理や酒が、所狭しと並んでいる。今回の一件でアロシュナバラ村が受けたダメージは小さくなく、冬を越す備蓄も十分とは言えない。それでも——今日、この日は無事の再会を喜び、祝おう。誰からとも無しに、宴の準備が為されていた。
 素朴な味付けの料理は正直——アルマの口には物足りなくはあったのだけれど、それでも皆の喜ぶ顔を見ながら楽しむ料理は美味しい。ニコニコと朗らかに笑いながら食事をとる彼女をも村人らは囲み、こぞって自慢の料理を差し出した。そんな人の輪に押し流されるように、キーゼやノックス、ハヤトもアルマと共に村の広場へと連れ去られていく。

(日常——か)
 ようやく、心から笑える日がこの地に返ってきたのだと、サマエラ=フォリウムは実感する。彼女自身の安寧はこの地には無いが、こうして自身の働きの結果として人々が喜ぶ姿を見るのは悪い気分じゃない。人々の輪からは少し外れたところで、サマエラは一人、祝杯を上げた。願わくば、この地に長らくの平穏を。失われた命には長しえの安らぎを。彼女は自身の神に祈る。
「お疲れさまだよ」
 ふらりと立ち寄ったバクル・バスリーがそんなサマエラに声を掛ける。普段は社交的な態度を崩さないバクルであったが、その顔は場に似つかわしくなく——少し険しい。彼の脳裏には、トゥール村で出会った赤毛の少女、そしてひどく略奪を受けた村々の惨状が思い出されていた。
「バクルか」
 声に気が付いて、サマエラは振り返る。見返したその表情に、自分と同じ懸念が浮かんでいることを感じてサマエラは言葉を継ぐ。
「この一件の……黒幕・・は」
 慎重に言葉を選んで発した言葉に、バクルも頷く。
「そうだね。まだ——まだ、終わりじゃないんだよね」
 バルバロイを率いていた男Henrik・Nieminenは、激戦の最中にアロシュナバラ砦で命を落とした。だが、彼をそそのかし、武装蜂起に至らせた存在——メドゥの指先——のことが気に掛かる。噂によれば、帝国の崩壊すらも奴らの仕業だとみる向きもある。今はまだ実態すらも掴めていない、背後に蠢く者への警戒を胸に抱く二人。アロシュナバラは解放された。だが——救わらなかった村々も多い。二度と、繰り返さないためにも。

 真実を知る者Henrietta・Nieminenへの調べが待たれるところであった。

●
「——それで、だ」
 馬車の荷台の上。油断なく得物に手を添えながら、アルベルト=V=シュタールシュヴェーアトは目の前の女Henrietta・Nieminenへと声を掛けた。何とこの女を呼ぶべきか、逡巡の末にアルベルトはその名を呼ぶことなく続ける。
「どうして、アロシュナバラの村を襲ったんだ?」
 視線に射すくめられ、縛られたままで女は肩を竦める。武装蜂起したバルバロイの首魁という仮面を外してみれば、そこにはどこにでもいるような——と言うと語弊があるが、さほど体格に優れるわけでもないヘンリエッタという一人の女戦士である。そんな彼女が、自身を一撃の下に戦闘不能にまで追い込む程の腕前であり、蛮族を率いて砦を落とすクーデターを企む極悪人であるとは実際に身を持って体験したアルベルトをしても信じがたい。そんな戸惑いが、口をついて出た。
「既に、知っていると思っていたが」
 自嘲気味に、ヘンリエッタが呟く。アロシュナバラの砦にて授恵者らに討たれて以来、糸が切れたように彼女は抵抗の意思を失っていた。そんな彼女は今、王都での調べを受けるべくグランスパーダへ向かう馬車の上に在る。

「弟が、居たんだ」
 事前に砦の潜入にて得られていた情報と、同じことをヘンリエッタは繰り返す。生き別れた弟を探す、その為に力が必要だったと。帝国が崩壊した今、王国に降りかかる騒乱の隙に乗じて空白となっていた地域を占拠して——。
「ふざけるなっ!?」
 そこまで聞いたところで、珍しくリリアーヌ・ウォルトグレイヴが激高する。そんな、下らない私情を以ってリーンエス王国を敵に取り、罪も無き人々を蹂躙したのかと。
 彼女は憤る。
 歴史ある王国貴族、ウォルトグレイヴ家に連なる者としてヘンリエッタの言葉を見過ごすことはリリアーヌには出来なかった。大剣の柄に手を掛けて、今にもその首を撥ねようとする剣幕で詰め寄るリリアーヌを、ベゴニアが制する。
「まあまあ、そう熱くなるもんじゃないよ」
 理想と祖国愛に燃えるリリアーヌほど、ベゴニアはリーンエスというこの国に愛着を持ってはいない。それは、パンクリアース学園の教師として、酸いも甘いも噛み分けてきたから。だが——その上でベゴニアもまた、ヘンリエッタを許すつもりは無かった。
「とはいえ、キミの仕出かした事で多くの積みも無い人々が苦しんだことは事実だ」
 その償いは、してもらう。諭すように言うと、ヘンリエッタはまたしても笑った。
「どうとでもするがいい。とはいえ——」
 遅かれ早かれ、奴らメドゥの指先が私を殺しに来るかもしれんな。尤も、その価値すら無いとは思うが。そんな彼女の様子にベゴニアは苦笑する。ああ、これは手の掛かる生徒だ。悪戯を咎められた子供が開き直るのと、そう変わらない。
「貴様らの気が済むようにするがいい。問われれば答える」
 囚われの虜囚とは思えぬ口ぶりで言い捨てると、ヘンリエッタは目を閉じようとする。その彼女を、セロンガード・シュタインドルフが遮った。
「貴女がもし——今でも」
 弟君を探したいと思っているのなら。何か、力になれる事があるかもしれない。
 嘗ては同じ帝国軍に籍を置いた者として、セロンガードはヘンリエッタを見捨てることが出来なかった。その優柔不断さが、さらに昔に大きな傷を彼自身の裡に刻み込む理由となってはいたが——、だからこそ情けを捨てることが出来ない。こうして疲れた身体を癒す間もなく、王都へ向かう馬車へ同乗していたのもそれが理由だ。
「誇りを失わぬままに、歩み続ける道もきっとあると」
 そう信じています。セロンガードがそこまで言い切ると、瞑った目は開かぬままにヘンリエッタは笑みを浮かべた。

 王都へ向かう、轍は続く。

●
「さて、ヘンリク自身の調べはリリィ達に任せるとして——じゃ」
「気になることは山ほどあるよな」
 人の気配も薄くなったアロシュナバラの砦。粗方の調べも終わり、バルバロイや亜人の死体も後は埋めるばかりとなった静寂の中に、咲羅とナハシュは居た。二人が調べているのは鍛冶場に残されていた魔法陣だ。
「メドゥに関係することはほぼ間違いないんだが……」
「その使い道が分からないの?」
 横合いからノノアが覗き込む。あちこちに転がる武器や防具に刻まれた帝国の紋章は軍属であった頃によく見た馴染みのものだが、その上から何やら新たに魔力を持った印が刻まれている。恐らくはメドゥの指先が持つ秘術の一種か。詳細な調査はパンクリアース学園の専門家を呼ぶ手筈だったが、それまでの警備として手練れの冒険者らがこの地には残っていた。
「ノノアさんや——皆さんでも知らないとなると、これは怪しいよね!」
 得体のしれない紋章を前に深刻さを含んだ声音の三人とは対照的に、エルゼリオ・レイノーラの調子はいつもと変わらない。むしろ、まだ見ぬ秘奥の技法を前に楽しんでいる節すら感じられた。暗い鍛冶場に籠る空気を吹き飛ばす、そんな彼の調子に三者三様に苦笑を漏らす。
「——そうね。何にしても、ヘンリクとメドゥの指先は繋がっている。それは違いないわ」
「その二人が組んで、王国の転覆を目論んだという訳か」
「どうして、というのはさすがにここでは分からないかな?」
 ノノア、ナハシュにエルゼリオが顔を見合わせる。だが、咲羅にはひとつ、腹案があった。
「そうとも言い切れん。ここに、こんなものが有るんじゃが」
 袂から取り出したのは、一冊の日記帳。砦の南西角に位置する将軍の屋敷、そこに居を構えていたヘンリクの居室から拝借してきたものだ。一度潜入したことがある彼女からすれば、鍵を開けて最奥へ忍び込み直すことなど容易い。手空きの暇を見て、めぼしいものを確保していた。先日は仔細までを読み込むことが出来なかったが、砦を奪還した今であれば思う存分に調べることが出来る。
「これを調べれば、メドゥの指先からどのような支援が来ていたか——分かるやも知れぬ」
 咲羅の言葉に、エルゼリオが期待を胸に目を輝かせる。ノノアやナハシュも、興味があるようだ。

『——それは、困りますね』

 虚空に、見知らぬ男の声が響く。

「何者だッ!」
 ナハシュが誰何する間に、四人の授恵者らは己の武器に手を掛ける。気配はなかったはずだが——否、気が付けば作業場の石畳に描かれた魔法陣が、淡くエーテルの光を帯びている。声はそこの中心から聞こえてくるようだ。

『あなたたちが、メドゥの指先……と呼んでいる者ですよ』
 正体を隠そうともせずに声は続ける。次第に声が近くなり、それに伴って光も強く、今や鍛冶場全体を煌々と照らしていた。四人は強大な——殺気混じりの気配が近づいてくるような、そんな感覚を覚える。
「そんな——どうやって……!?」
 エルゼリオが困惑する。声を離れたところへ届ける、というだけでもおよそ常人の業ではないが……迫りくる気配は実体を持った『目に見える脅威』のそれとして肌を刺していた。彼の理解を超えた魔法を目の当たりにし、手のひらに冷たい汗が滲む。

「ノノアっ、魔法陣じゃ!」
「——ん」

 寸毫もの余裕無しとみて、咲羅とノノアが素早く動く。咲羅が日記を閉じると同時に、ノノアが手にした剣で魔法陣を石畳ごと叩き割った。魔法陣が崩れると、張りつめた魔力と空気は嘘のように霧散する。男の声も、今は聞こえない。

「……ヤバイな、あれは」
 珍しくナハシュがそんな弱気を口にした。肝を冷やすとはまさにこの事だ。
「思ったより……大ごとに巻き込まれているのかも、しれないね?」
 エルゼリオが漏らした安堵の息は長く、この場の皆の気持ちを代弁していた。

●
 アロシュナバラ砦での予期せぬ邂逅を受け、砦の調査は更に厳重な警戒の下で行われることになった。また、ヘンリクの生死については、戦列に参加した冒険者らを始めとした、ごく一部の者のみにその真実が明かされた。

 そんな中、アロシュナバラ村では復興に向けた作業が着々と進んでいる。

「ハリス殿! この木材はどこへ持っていけば良いのですかな?」
 木材を満載した荷車を、一人で引いているのはウッド・B・ウードだ。恵まれた体格にエーテルの加護を受け、邪気なく勤勉に作業を手伝うウッドは村での人気も高かった。その豪快な言動に反して、貴族としての整った所作も辺境の狭い世界しか知らない村人らには新鮮に映る。
「それは川の方へお願いします!」
 ハリス・アル・ターミルもウッドに負けじと声を張る。別に怒っている訳でもなんでもなく、忙しいのと周囲で作業する物音がうるさく、そうでも無ければ聞こえないのだ。
「ハリスさん」
「ターミルの旦那!」
「おにーさんっ」
 面倒見がよく、土木作業や農耕に優れた知見を持つハリスは復興作業のあちこちで引っ張りだこである。自身も身体を動かして作業を手伝っていたが、それに加えて朝から晩まで村人らがその智慧を借りにくる。アロシュナバラの場所柄、リザードマンはそこまで珍しくないとはいえど、ここまで休む間もなく慕われるのは故郷の村以来か。そんな様子にも、戻りつつある村の活気を感じてハリスは苦笑する。

「川側の守りも大事だが、門の改修と交通の便の解消も急ぐ必要があるね」
 村長の屋敷での打ち合わせを終えたアルフレッド・ラ・ギが、ウッドやハリスへ声を掛ける。アロシュナバラ村がバルバロイに占拠された要因のひとつとして、ここが長らく政治的に空白だったことが挙げられる。村自体の守りを固めると同時に、交通の要所としての位置付けを引き上げてしっかりと所属を定める必要があるだろう。
 アルフレッドのそんな提案を受け、村としてもかつての往来を取り戻すべく街道との接続を強化することにしたのだ。荒れて早馬や馬車の往来に困るような道は整備して、産業を興し直し、この地に人を呼び込む。そんな大局観を語るアルフレッドの姿は、長らくこの地に縁がなかった『希望』を映していた。
「なるほど! やる事は山のようにありますな」
 それでは川へ回ってから、門へも資材を届けましょう。そう言ってウッドは荷車と共に走っていった。

「なに、まだ料理が足りない? ——うむ」
 分かったと一つ頷いて、アンジェラは包丁を握る。彼女は戦場に立っていた。村人らが戻り、復興を手伝う冒険者らが滞在し、砦を調べるパンクリアース学園からの調査員も派遣されている。アロシュナバラの村はまさに人で溢れていた。幸いにして寝泊まりするだけの空き家は村に残されていたが、衣食を賄うだけの人手が村には無い。
 アンジェラは、そんな現状を見かねて厨房へ加勢していたのだ。酒場の手伝いをしていただけあって、疲れた連中が何を好むか——つまりは酒と肉、脂だが——を彼女はよく知っている。あり合わせの材料でも強めの味付けを施せば、それが何よりのごちそうだった。次から次へと平らげられていく皿の上の料理を睨みつけ、アンジェラは思う。
(この村を——人々を、ヒト・・のアンジェラは、守る)
 取り戻したこの輝きを、二度と奪わせやしない。

 そう冒険者は、決意した。

執筆:かもめ  
 
 
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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0