【DA】リーンエスの耳

レピド・クロサイト/ コルネリウス・アーラ
ディレイン・オールドケイジ

『ノベルタイトル:もう一度、あの日々を』革酎
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 それまで闇に覆われていた帝都シルトラースに、眩しい程の陽射しが降り注いだ。
 天霧りに消ゆる幽界樹が人類の手によって斃され、凡そ三年に亘ってロスガリア大陸屈指の巨大都市を覆っていた黒い霧が、瞬く間に晴れていったのである。
 幽界樹の支配下にあった無数の眷属クリーパー共も一斉に消滅し、今やこの地は人類の版図の中に再び、取り戻されようとしていた。
 だが、その道は未だ志半ばだ。
 超大型クリーパーが去っても尚、帝都シルトラースには安寧が訪れた訳ではない。寧ろ、ここから本番だといって良い。
 現シルトラース帝国皇帝ヨゼフ・バルダス、極北の征竜、そして幽界樹伐採後の穴から溢れ出ようとしているクリーパー共の群れ。
 これらの始末を付けない限りは、人類に未来は無い。
 そんな中、ディレイン・オールドケイジは対ヨゼフ・バルダス戦に駆けつけんとする姿勢を見せた。
 彼の新たな友人にしてシルトラース帝国近衛連隊長のマクシミリアン・ミルドが、皇帝ヨゼフ打倒に向けていち早く動き出していたからだ。
「矢張り……あの方と共に皇帝と戦うのですね」
 そのディレインの背中を、幾分疲れた色が滲む澄んだ声音が追いかけてきた。
 コルネリウス・アーラだった。
 対幽界樹戦に於いては、コルネリウスはマクシミリアンの盾としてクリーパー共からの数多の矛先をひたすらに受け続け、幽界樹打倒へと繋げる一助となった。
 そしてディレインもそんなコルネリウスの傷だらけの肉体を癒し続け、マクシミリアンの力を最後まで温存させる戦術に一役買った。
 このふたりの助力が無ければ、マクシミリアンが対幽界樹戦でその力を遺憾なく発揮することは、或いは叶わなかったかも知れない。
 そうして幽界樹討伐は成った。が、戦いはまだ終わってはいない。
 次なる標的は皇帝ヨゼフ。あの怪物を斃さねば、帝国による人類圏蹂躙が現実となってしまうだろう。
「うん。折角ここまで肩を並べてきたんだし、最後までお付き合いしようかと思ってね」
 ディレインは柔らかな黒髪を掻きながら、はにかんだ笑みを返した。
 いつもはどこかだらしない雰囲気を漂わせる中年医師という風体のディレインだが、この日は違う。友の為に己の全ての力を注ぎ込む、ひとりの大人としての覚悟を纏っていた。
「おじさま……今日はとても、格好良いですよ」
 くすりと小さく笑うコルネリウス。
 幽界樹の支配によって見渡す限りの荒野と化した帝都シルトラースの中にあって、この一瞬、この空間だけが、どことなく穏やかな空気に包まれた。
 コルネリウスもディレインと共に、マクシミリアンの力になると腹を括った。ここまで共に戦って来たのだから、最後の決着の時までその傍らで立ち続けよう。
 ふたりは、皇帝ヨゼフが落下した位置に向けて一歩踏み出そうとした。が、その歩みがすぐに止まった。
 対ヨゼフ戦に向かおうとするディレインとコルネリウスの視界の中で、別の方角にじっと視線を送り続けている蒼白い顔が、ほんの僅かに躊躇する色を見せていたからだ。
 対幽界樹戦に於いて、チーム『花鳥』の一員としてディレインやコルネリウスと行動を共にしていたレピド・クロサイトが、皇帝ヨゼフではなく、幽界樹討伐後に出現した異界との境界穴と、そこに向かおうとするメドゥの右腕の動きに対し、完全に意識を奪われている様子を覗かせていた。
「レピド君?」
 ディレインが表情を曇らせつつ、静かに呼びかけた。
 しばしメドゥの右腕の動きを凝視し続けていたレピドだったが、ややあって、その端正な面をディレインと、そしてコルネリウスの両名に向けた。
 その面にはどこか、申し訳無さそうな沈んだ色合いが滲んでいる様にも見えた。

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 日頃、余り感情の波を面に乗せることの無いレピドだが、この日は珍しく困惑と躊躇の念が静かに湧き出している様にも見えた。
 だが、それもほんの数瞬の話である。
 レピドの紅い瞳は、決意の色に染まっていた。
「済まない。俺が一緒に戦えるのは、ここまでだ」
「……メドゥの右腕が気になるのですね?」
 コルネリウスの問いかけに、レピドは黙然と頷き返した。
 幽界樹伐採の跡に生じたアストラル界との巨大な境界穴を塞ごうとするメドゥの右腕。レピドは、そのメドゥの右腕の覚悟と意志に、何か思うところがある様だ。
「本当は、ディレインやコルネリウスと共にヨゼフとの戦いに臨む方が……」
「レピドさん、メドゥの右腕のところに行って下さい」
 抑揚の無いレピドの声を、コルネリウスの明るい声が遮った。
 本音をいえば、コルネリウスとて怖い。自身の知らぬところで仲間の命が失われる恐怖を、これ以上味わいたくはない。
 まだ年若い娘に過ぎないコルネリウスだが、彼女は余りに多くのものを喪い過ぎた。
 そして今回も、レピドが目の届かぬところで帰らぬひととなるかも知れない。出来ることならレピドにも同じ戦場で肩を並べて欲しい――それがコルネリウスの、偽らざる心情だった。
 だが同時に、レピドには悔いを残して欲しくはないという思いが湧き起こっているのも事実である。
 それはディレインも同様だった。
 ここは死と隣り合わせの最前線。その地獄の中で友人と離れるということは、己の治癒術では決して救えないところに送り出すということ。
 ともすれば、大事な友人を見捨ててしまったと後々悔やむことになるかも知れない。それでもディレインは目を閉じて、自身に対してかぶりを振った。
 それは違うだろう、と。
「レピド君は、そうしたいんだね?」
 ディレインは努めて感情を押し殺し、淡々と問いかけた。
 これに対してレピドも無表情に頷き返すものの、その仕草にはどこか申し訳無さの様な念が感じられる。レピドもまた、ディレインとコルネリウスが密かに抱いている恐怖を、それとなく察していたのだろう。
 自分の手の届かないところで友を喪ってしまうかも知れない恐怖。
 それは、余程に修練を積んだ熟練の冒険者であっても、決して拭い去ることは出来ない苦しみであろう。
 だがそれでも、ディレインとコルネリウスは、笑顔でレピドを送り出そうとしてくれた。
「分かりました……レピドさん、どうかお気を付けて」
 ほんの僅かな逡巡の後、コルネリウスは穏やかな笑顔を面に乗せた。
 一方のディレインも小さく肩を竦め、
「ま……無茶だけはし過ぎない様にね。おじさん、一緒には行けないんだから」
 いつもの軽い調子で笑うディレイン。ここで重い空気を滲ませるのは、レピドに対して申し訳が無い。
 勿論、心配でない筈が無い。だがマクシミリアンを助けたいのはディレイン自身がやりたいこと。そして当然ながらレピドにも、己の心に従い、やりたいことが出来て良い筈だ。
 誰にも彼を縛る権利は無いし、ディレイン自身にもレピドの心を縛り、抑えつけるのは本意ではなかった。
 そんなふたりの、自身の想いを殺してまで示してくれた理解に、レピドは心から感謝した。
 信じてくれているからこそ、こうして送り出してくれる。その気持ちが何より、嬉しかった。
「たとえ戦場は違っても、心は共にある……必ず生きて帰ろう」
 レピドはそっと拳を突き出した。その彼に倣ってディレインとコルネリウスも腕を上げ、拳先でお互いに軽く触れ合った。

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 思えば、ホムンクルスとして第二の生を得てからはディレインやコルネリウスに何かと世話になりっぱなしだった様な気がする。
 冒険者としての依頼をこなす時は勿論のこと、日常の中でも色々と助けて貰った記憶が多い。
 そういえば、愛猫救出作戦では本当に危ないところを助けて貰ったりもした。
 レピドはホムンクルスとして蘇った直後は、ただ漠然とした己の命に困惑せざるを得なかった。この先、どう生きていけば良いのか、まるで見当もつかなかった。
 しかし今は違う。共に戦い、共に苦楽を過ごし、共に生の喜びを分かち合う友人達が居る。
 だからこそ、生きて帰りたいと願うことが出来る。この先も、仲間達と一緒の時間を過ごしたいと思う自分が居る。
 何と素晴らしいことだろう。
 そしてその為ならば、どんなことだって出来る。体の底から力が湧いてくる。今は寧ろ、死への恐怖の方が強い。何が何でも生きて帰りたい。
 友らと生還し、またいつもの様に美味い食事に舌鼓を打ちたい。
 そう思わせてくれる仲間が、目の前で穏やかに笑い、レピドの想いを汲んで送り出してくれる。そんなふたりの想いにも応えたい。
 今やレピドは間違い無く、友を得、そして己の欲するままの心を得た、ひとりの人間だった。
「全部終わったら、また皆で飯食いに行こうよ。あ、マックスも誘っちゃおうか。彼ご自慢の、ミルド家秘伝のタレでじっくり調理した分厚い肉料理なんか、最高なんじゃない?」
 ディレインが悪戯っぽく笑った。
「それは食べ応えがありそうですね。是非、ご一緒させて下さい」
「興味深いな。どんな味なのか気になる。絶対、食べに行こう」
 コルネリウスとレピドのそんな反応に、ディレインは満足げに二度三度、うんうんと頷いた。
 それからレピドは、皇帝ヨゼフが落下した地点に視線を向けた。その先に、友人達が向かおうとする戦場がある。
「此方は任せて下さい! 私は壁エルフのお姉さんですから。絶対に倒れたりはしませんので。約束します」
 軽くガッツポーズを作るコルネリウス。
 これまで幾度と無くその鉄壁ぶりを見てきたレピドは、コルネリウスの言葉に何の疑いも持たなかった。
「ディレインのことは、頼んだ」
「はい! じゃあ、行きましょうか、おじさま! 私達も、もうひと頑張りしましょうね」
 レピドに笑顔を返してから、コルネリウスはディレインに視線を流した。
 その華やかな面の裏に、密かなる決意を込めた。自分を信じてくれる仲間の為にも、己を律した。
(私はまだ、此処では死ねないのです)
 見送ってきた仲間達の為にも。そして、コルネリウス自身が願う未来の為にも。
 何より、三人で約束した、美味しいご飯を食べる為にも。
「そうだね……んじゃ、行こうか」
 へらっとした笑顔を覗かせたディレイン。
 彼の心の中にも、未だ不安は残っている。
 自分とて、危険なのは同じだ。そして傍らに残ってくれるコルネリウスも。
 盾となり、皆を守ってくれる彼女を支え、矢張り己のやりたいことを為そうとするマクシミリアンを後押しして、絶対に皆で生きて帰るのだと、今一度己にいい聞かせる。
 勿論、そうならない可能性があることを思い浮かべない様に、微かに残る不安と恐怖を己の意識の裏側へと押し込んで。
 そして――三人は、踵を返した。
 ディレインとコルネリウスは、マクシミリアンが待つ対皇帝ヨゼフ戦の最前線に。
 レピドはメドゥの右腕がその巨大なエーテルで塞ごうと挑みかかる異界との境界穴へ。
 もう、振り返らない。
 三人は約束した。必ず生きて帰ると、お互いに誓った。

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 幽界樹は消えた。
 しかし、その伐採跡に出現した巨大な境界穴からは、無数のクリーパー共が湧き出しつつある。既にその一部は荒野と化した帝都内を這いずり回り、最後の戦いに臨もうとしている冒険者達の前に立ちはだかり、新たな障害として襲い掛かろうとしていた。
 レピドは疾風と化して、目の前に現れ始めたクリーパー共の間を駆けた。
 この化け物共の全てを相手に廻していては到底、メドゥの右腕のもとへは辿り着けないだろう。であれば、境界穴へと辿り着くまでは、自身の高速移動の軌道上に立ち塞がる敵のみを排除することに専念しなければならない。
 絶対的な盾役であるコルネリウスも、そして頼りになる治癒師ディレインも、今は居ない。ここから先はレピド自身の力で切り抜けていかなければならないのだ。
 しかしレピドの振るう刃には、何の迷いも躊躇も無い。
(生きて帰る……それだけだ)
 レピドは、深く考えなかった。考える必要も無かった。
 ただ無心に、ディレインとコルネリウスのふたりと交わした約束を守る。それ以外に、何があろう。
 仲間達と共に、友人達と共に、再びあの穏やかな日々に戻る。その為だけに、今は己の刃を振るう。
 それ以上でもそれ以下でもなかった。

 一方、ディレインとコルネリウスの前にも小型から大型まで、様々な種、様々な色のクリーパーが次々と姿を現しつつあった。
 まだアストラル界から滲み出てきたばかりの為か、一部のクリーパーはその個体組成が不安定で、簡単に押し切ることも出来た。
 だがこの突破戦もいずれは限界が来るだろう。数は然程ではなくとも、中型や大型ともなれば、数名の授恵者でどうにかなる相手ではない。
 幸い、帝都シルトラースにはふたり以外にも多くの冒険者達が居る。帝国近衛連隊兵も、王国騎士団も未だ健在だ。リザードマン部隊も最後の力を振り絞ってくれていることだろう。
 もう負けられない。
 三年前に人類は一度、幽界樹出現による帝都制圧という敗北を味わった。多くの帝国民が難民と化し、凄惨な地獄を見せつけられた。
 ロモズ歩兵団の重兵3番隊長として多くの帝国難民を率いてきたからこそ、その苦難はコルネリウスにもよく分かっている。そして今はコルネリウス自身がロモズ歩兵団長だ。
 もう、あの時とは違うのだ。
「コルネちゃん、どうやら、あそこみたいだね! もうすぐだ!」
 ディレインが少し遅れた位置で声を励ました。
 クリーパー共の一部が、とある地点に向かいつつある。マクシミリアンと共に皇帝ヨゼフの元へ向かった人類戦力を攻撃対象と見做し、吸い寄せられているのだろう。
 最後の激戦の地は、もう間も無くだ。

 1220年、帝都シルトラース壊滅。
 そして現在、1223年末。
 人類は、その存亡を賭けた戦いに挑もうとしている。
 敵は極北の征竜、異界と繋がる境界穴、そしてロスガリア大陸席巻を目論む現皇帝ヨゼフ・バルダス。
 このいずれに負けても、人類に未来は無い。
 ひとびとの願いを、未来を、全ての希望を背負い、冒険者達は突き進んだ。
 自らの命を消費して、最大の戦いに身を投じようとしていた。
 そこに、どの様な終焉が待ち受けているのかは、誰にも分からない。
 だが、彼らは信じた。
 この戦いの行く末にこそ、自分達が望む本当の未来が待っているのだと。
 多くの屍を乗り越え、これまで希望を託してくれてきた仲間達の想いを乗せて。

 コルネリウスは、吠えた。その剣と盾を力一杯に押し出し、絶対的な防御力を誇る壁エルフとして。
 ディレインは、念じた。仲間達を誰ひとり死なせぬとの決意を込めて、その奇跡の治癒師としての力を存分に振るいつつ。
 レピドは、駆けた。立ち塞がる全ての敵を切り刻み、薙ぎ倒し、仲間と友人達を害する全ての敵を葬り去る為に。

 そして――人類は、ひとつの結末を迎えようとしていた。

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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0