イメージノベル『シルトラース帝国崩壊』9

レイウェスト・バルダス
帝都の崩壊。それに引き続いた、帝国の崩壊について。あくまでも、私が目にしたものに限るが……。
できる限り、詳細に話すつもりだ。長くなるかもしれない。それでもよければ……
●
そこからは、ヴィルジニアの宣言どおりに長くなった。
ウィリアムがリーンエス王国としての支援を確約したことに、他ならぬ同国貴族の一参加者たちの一部からの反発が飛ぶ。
兵を出すのは我々である。もはや亡国と言うべき帝国を慮る理由はない、と。明言はせずとも野心が滲む言葉には、軍功による領土拡大という、王国貴族派にとっての長きにわたる方針が透けて見える。
もちろん、それを見逃す者たちは、この場にはいなかった。
なぜなら今日、この場は――そのための会議である。レイウェストはあくまでも、その参考人の一人に過ぎなかった。
領土的野心を隠しきれない――正しくは、それを制御しきれないことを露呈したリーンエス王国の実情は、各国ならびに各領代表者にとって、唾棄すべき事態だ。王国が本件の解決の矢面に立った場合、その功績に応じての領地割譲は避け得ない。レイウェストが、「なんでもする」と言い切ったことが、その想定に拍車をかける。
三国鼎立をなんとしても維持したいエラトゥーン都市同盟。
歴史的な交誼からも帝国に天秤が傾くドワーフ王国。
被害を最も受けやすい地勢にある辺境都市群は、共同展開による効率化を期待し。
――そして、他ならぬリーンエス王家にとっても、貴族派に首輪をつけたい意図がある。
帝国を救うかどうか、ではなく。リーンエス王国に、どう首輪をつけるか、こそが、この場の最重要課題だ。
「……ほぅら。言った通りじゃないか」
『女狐』ヴィルジニアは嘆息し、
「根性腐ってんなァ、アンタら。そこの王子みたいに助ける! って言やァいい場面じゃん。空気読め〜〜?」
ドワーフ王のシグルランは睨みつけながら心底呆れ、それに続くように、辺境都市群や同盟各都市の代表が賛同を示す。
「「…………」」
なお、グレイオンスとドン・ゴーフルは沈黙していた。グレイオンスはもとより、ことの推移に興味がないためだろう。腕を組み、静かに目を伏せている。ドン・ゴーフルは、王国貴族たちと表立って事を構えるつもりはなかったから、菓子の山に向かい続けていた。
そうしながらも、ドン・ゴーフルは油断なく周囲に目を配り、趨勢を見守ってはほくそ笑む。
――もちろん、ビジネスチャンスを逃がすつもりも、ないのだった。
―・―
リブラネスタからあてがわれた高級宿に戻ったレイウェストは、真っ先に豪奢なソファに身を沈めた。柔らかい毛皮と弾力が、かえってレイウェストの疲労を意識させる。
なんというか。その。
――面倒くさかった……。
「ともあれ…………最悪の事態は避けられそうか」
「どうやら」
エフレムの煮え切らない応答はさておき、レイウェストは今回の結果に満足している。
結局の所、すっきりとした結論は、出なかった。混迷のなか、軍事行動についての調整は本会議に不参加であったもの達の動向も汲みつつ順次行っていくという玉虫色の結論と、被災支援としてヴァイセントラフ砦を始めとした、帝国辺縁部――ならびに、隣接する各地に対しての物資・金銭的支援を取り急ぎ進める、というもの。
レイウェストが想定していた最悪の事態は『リーンエス王国によるヴァイセントラフ砦の接収』と、そこを足がかりとした戦功の寡占。また、足並みの揃わない軍事活動や情報の専有は、今後を思うと避けたい事態だった。
貴族派の極端な要求は、最終的にそこを狙ってのことだったように思われ、レイウェストとしては会議の動向が気が気でなかったのだが……結果的には、あの場の各国家・各領が『帝国の危機』、つまりは『帝国の存在』を認め、それをヴァイセントラフ砦という残存地域に適用したいという意向があったことが大きく、上手いところに着地できた。
「……手紙が、早く届くとよいのだが」
レイウェストは、会議の結果を受けてすぐにヴァイセントラフ砦の指揮官であるバルディオンへの手紙をヴィルジニアへと託した。
帝都の状況。今の所、安全が確認された皇族が自分ひとりであること。今回の会議の意向。レイウェストが、民のために出来うる限りのことを、この地でしようとしていること。
――そして、砦の運用についての判断を、引き続きバルディオンに任せること。
現場の状況を誰よりもわかっているであろうバルディオンの足を引っ張るつもりもなかったが、民のために、思い切った方針を切ってもいい、ということだけは伝えておきたかった。
なにせ、レイウェストは当分の間、会議と面会のため、リブラネスタを動けない。
今日の会議の末、「ここ数日で授恵者になった者が明らかに増えてきている」と言った冒険者ギルドの代表のせいで――いや、それも貴重な意見には違いないのだが――議題が加わったのも大きい。こちらも、シグモル火山帯の代表者や、ディズル大湿地帯のリザードマンらの到着を待たねば結論が出せない。
授恵者が増加していると聞いて目の色を変えたヴィルジニアが、こっそりと耳打ちしてくれたところによると。
『貴族は青田買いが得意でね……そこだけはアタシらより何枚も上手だから、こいつは少し、悪材料だ』
つまり、増加した授恵者たちへのアプローチに重きを置く方向もとり得る、ということだった。
帝国での軍事活動における独断専行を留める代わりに、別なところで貴族派の条件を呑まざるを得ない可能性が出てきた、と。ヴィルジニアは舌打ちをしていた。
それらの駆け引きを含めて、自身の弱さをまざまざと見せつけられる会議だった。手札らしい手札はなく、軍事・経済・政治的妥当性も無い。後ろ盾と呼ぶことも烏滸がましい、それぞれの思惑に身を任せるしかない、渓流の浮き枝のような脆さ。
『……殿下。まだ、気を抜いてはいけないよ。同盟は、ドワーフ王国と辺境都市が第三極になってもいいんだ。帝国はこの戦いが終わるまで、あがき続けなきゃいけないのは、変わっちゃいない』
会議の終わり。ヴィルジニアが告げた忠告を、思い出す。
いつか。
いつか――また、帝国の民たちとともに。彼の地を守るために、声を挙げられるようになるだろうか。
ヴァイセントラフ砦の光景が思い返される。皇族として、どれだけのことが出来るだろうか。今も、苦しみや不安の中、眠れぬ夜を過ごしているであろう彼らに。
ただ。
「…………急ぎの支援は、確約できた。それだけでも一歩前進だ」
「いかにも」
今度こそ、エフレムの声に安堵を抱き――レイウェストは、瞼を下ろす。
早く、早くと。気持ちばかりが急いている。明日になれば、次の話が進められる。今よりも、手を尽くすことが出来る。
急速に迫る睡魔を自覚しながら、レイウェストは。
「……エフレム」
ただ一人。己の手札と言える、近衛騎士に向けて、呟いた。
「今しばらく……そなたを、頼らせてくれ」
――授恵者になったばかりのレイウェストでは、何も果たすことができない。
けれど。これからは。
そう願っての言葉だった。対する、エフレムの返答は……。
「……授恵者であっても風邪は引きます。寝台にてお休みくだされ」
なんとも、つれないものではあったけれども。
この、揺れることのない生真面目さに。どこか、救われていることもまた、事実だった。
授恵者として、帝国皇族としての未来ばかりに思いを馳せて眠りに就こうとしていたレイウェスト・バルダスは、考えもしていなかった。
後に貴族派が出した条件に振り回された結果。
よもや――彼自身が、冒険者として活動することになろうとは。
そこからは、ヴィルジニアの宣言どおりに長くなった。
ウィリアムがリーンエス王国としての支援を確約したことに、他ならぬ同国貴族の一参加者たちの一部からの反発が飛ぶ。
兵を出すのは我々である。もはや亡国と言うべき帝国を慮る理由はない、と。明言はせずとも野心が滲む言葉には、軍功による領土拡大という、王国貴族派にとっての長きにわたる方針が透けて見える。
もちろん、それを見逃す者たちは、この場にはいなかった。
なぜなら今日、この場は――そのための会議である。レイウェストはあくまでも、その参考人の一人に過ぎなかった。
領土的野心を隠しきれない――正しくは、それを制御しきれないことを露呈したリーンエス王国の実情は、各国ならびに各領代表者にとって、唾棄すべき事態だ。王国が本件の解決の矢面に立った場合、その功績に応じての領地割譲は避け得ない。レイウェストが、「なんでもする」と言い切ったことが、その想定に拍車をかける。
三国鼎立をなんとしても維持したいエラトゥーン都市同盟。
歴史的な交誼からも帝国に天秤が傾くドワーフ王国。
被害を最も受けやすい地勢にある辺境都市群は、共同展開による効率化を期待し。
――そして、他ならぬリーンエス王家にとっても、貴族派に首輪をつけたい意図がある。
帝国を救うかどうか、ではなく。リーンエス王国に、どう首輪をつけるか、こそが、この場の最重要課題だ。
「……ほぅら。言った通りじゃないか」
『女狐』ヴィルジニアは嘆息し、
「根性腐ってんなァ、アンタら。そこの王子みたいに助ける! って言やァいい場面じゃん。空気読め〜〜?」
ドワーフ王のシグルランは睨みつけながら心底呆れ、それに続くように、辺境都市群や同盟各都市の代表が賛同を示す。
「「…………」」
なお、グレイオンスとドン・ゴーフルは沈黙していた。グレイオンスはもとより、ことの推移に興味がないためだろう。腕を組み、静かに目を伏せている。ドン・ゴーフルは、王国貴族たちと表立って事を構えるつもりはなかったから、菓子の山に向かい続けていた。
そうしながらも、ドン・ゴーフルは油断なく周囲に目を配り、趨勢を見守ってはほくそ笑む。
――もちろん、ビジネスチャンスを逃がすつもりも、ないのだった。
―・―
リブラネスタからあてがわれた高級宿に戻ったレイウェストは、真っ先に豪奢なソファに身を沈めた。柔らかい毛皮と弾力が、かえってレイウェストの疲労を意識させる。
なんというか。その。
――面倒くさかった……。
「ともあれ…………最悪の事態は避けられそうか」
「どうやら」
エフレムの煮え切らない応答はさておき、レイウェストは今回の結果に満足している。
結局の所、すっきりとした結論は、出なかった。混迷のなか、軍事行動についての調整は本会議に不参加であったもの達の動向も汲みつつ順次行っていくという玉虫色の結論と、被災支援としてヴァイセントラフ砦を始めとした、帝国辺縁部――ならびに、隣接する各地に対しての物資・金銭的支援を取り急ぎ進める、というもの。
レイウェストが想定していた最悪の事態は『リーンエス王国によるヴァイセントラフ砦の接収』と、そこを足がかりとした戦功の寡占。また、足並みの揃わない軍事活動や情報の専有は、今後を思うと避けたい事態だった。
貴族派の極端な要求は、最終的にそこを狙ってのことだったように思われ、レイウェストとしては会議の動向が気が気でなかったのだが……結果的には、あの場の各国家・各領が『帝国の危機』、つまりは『帝国の存在』を認め、それをヴァイセントラフ砦という残存地域に適用したいという意向があったことが大きく、上手いところに着地できた。
「……手紙が、早く届くとよいのだが」
レイウェストは、会議の結果を受けてすぐにヴァイセントラフ砦の指揮官であるバルディオンへの手紙をヴィルジニアへと託した。
帝都の状況。今の所、安全が確認された皇族が自分ひとりであること。今回の会議の意向。レイウェストが、民のために出来うる限りのことを、この地でしようとしていること。
――そして、砦の運用についての判断を、引き続きバルディオンに任せること。
現場の状況を誰よりもわかっているであろうバルディオンの足を引っ張るつもりもなかったが、民のために、思い切った方針を切ってもいい、ということだけは伝えておきたかった。
なにせ、レイウェストは当分の間、会議と面会のため、リブラネスタを動けない。
今日の会議の末、「ここ数日で授恵者になった者が明らかに増えてきている」と言った冒険者ギルドの代表のせいで――いや、それも貴重な意見には違いないのだが――議題が加わったのも大きい。こちらも、シグモル火山帯の代表者や、ディズル大湿地帯のリザードマンらの到着を待たねば結論が出せない。
授恵者が増加していると聞いて目の色を変えたヴィルジニアが、こっそりと耳打ちしてくれたところによると。
『貴族は青田買いが得意でね……そこだけはアタシらより何枚も上手だから、こいつは少し、悪材料だ』
つまり、増加した授恵者たちへのアプローチに重きを置く方向もとり得る、ということだった。
帝国での軍事活動における独断専行を留める代わりに、別なところで貴族派の条件を呑まざるを得ない可能性が出てきた、と。ヴィルジニアは舌打ちをしていた。
それらの駆け引きを含めて、自身の弱さをまざまざと見せつけられる会議だった。手札らしい手札はなく、軍事・経済・政治的妥当性も無い。後ろ盾と呼ぶことも烏滸がましい、それぞれの思惑に身を任せるしかない、渓流の浮き枝のような脆さ。
『……殿下。まだ、気を抜いてはいけないよ。同盟は、ドワーフ王国と辺境都市が第三極になってもいいんだ。帝国はこの戦いが終わるまで、あがき続けなきゃいけないのは、変わっちゃいない』
会議の終わり。ヴィルジニアが告げた忠告を、思い出す。
いつか。
いつか――また、帝国の民たちとともに。彼の地を守るために、声を挙げられるようになるだろうか。
ヴァイセントラフ砦の光景が思い返される。皇族として、どれだけのことが出来るだろうか。今も、苦しみや不安の中、眠れぬ夜を過ごしているであろう彼らに。
ただ。
「…………急ぎの支援は、確約できた。それだけでも一歩前進だ」
「いかにも」
今度こそ、エフレムの声に安堵を抱き――レイウェストは、瞼を下ろす。
早く、早くと。気持ちばかりが急いている。明日になれば、次の話が進められる。今よりも、手を尽くすことが出来る。
急速に迫る睡魔を自覚しながら、レイウェストは。
「……エフレム」
ただ一人。己の手札と言える、近衛騎士に向けて、呟いた。
「今しばらく……そなたを、頼らせてくれ」
――授恵者になったばかりのレイウェストでは、何も果たすことができない。
けれど。これからは。
そう願っての言葉だった。対する、エフレムの返答は……。
「……授恵者であっても風邪は引きます。寝台にてお休みくだされ」
なんとも、つれないものではあったけれども。
この、揺れることのない生真面目さに。どこか、救われていることもまた、事実だった。
授恵者として、帝国皇族としての未来ばかりに思いを馳せて眠りに就こうとしていたレイウェスト・バルダスは、考えもしていなかった。
後に貴族派が出した条件に振り回された結果。
よもや――彼自身が、冒険者として活動することになろうとは。