【DA】リーンエスの耳
コルネリウス・アーラ/ アルベイル・ライゼンナクト
『ノベルタイトル:いつか華が咲くならば』弓月 蒼
●狂騒
世界は炎と煙に彩られ、互いに滲む赤と黒。視界が痛み涙で烟る。
――――見慣れた教室が――――いや。『学園』そのものが、燃えていた。
“……え”
特別棟は狂騒の中に在った。如何にも衛兵らしき者達が必死に声を上げている。
窓の外では教師も、上級生も、下級生も、誰も彼もが逃げ惑い、方々から悲鳴が、悲痛の声が上がる。
混乱、或いは狂乱。人は突然足場が崩れると、理性や良心よりも本能が先に立つ。
コルネリウス・アーラはそれを知っている。個人の資質や才覚と言った物は窮地でこそ露わになる。
その点。貴族の学園、等と呼ばれてはいても殆どの令息、令嬢達は未だ子供だ。
森人 は見た目相応の齢である方が珍しいが、そんな『気高き白 』コルネリウス・アーラですら。
この学園では、年長者に数えられる事が少なくない。むしろこの惨状で冷静になれ、と言う方が無理があるだろう。
周囲の状況を凡そ把握し、一瞬の動揺から立ち直ったコルネリウスは先ず渡り廊下へ向かう。
彼女のように特別棟から正門へ出ようと思えば最も詰まり易く、混乱を助長しやすい地点。
案の定、少なくない生徒が他の生徒を掴み、引き倒し、掻き分け、怒号と罵倒が飛び交っていた。
「ふざけるな俺は伯爵家の「痛い痛い痛い!「止まるんじゃない、火の手が「助けて! 助けて! 誰かあっ!」
“止めて下さい! そんな、同じ学園の仲間じゃないですか……!”
皆生きるのに精一杯で、誰もコルネリウスの話など聞く耳を持たない。
優れた戦士 である彼女からすればこの程度の人の壁程度、強行突破する事は難しく無いが。
それをすべきとは思わなかったし、出来るなら全員助けてあげたかった。
けれどそうして迷っている間にも混乱は深まり、場合によっては取り返しが付かない事になる。
熱波が、黒煙が背後から迫る。“取捨選択”が必要だ。――――全部が全部。誰も彼もは救えない。
気付けば、手元には形見の剣が在った。亡き兄から託された、“誰かの為に”振るうべき力の象徴。
しかし眼前で起きている狂騒は、誰もが皆被害者に見える。誰を助けるべきか分からない。
答えがない。自分で――――自分だけで選ぶ他はない。例えそれが“間違い”であったとしても。
其処で漸く、コルネリウスは自分もまた突然放り込まれたこの状況に混乱しているのだと気が付いた。
心が焦る。喪くした者は戻らない。そんな当たり前の事――――嫌という程分かっているのに。
心臓が早鐘を打つのが分かった。確かに、剣 を振るえば道は拓ける。
けれど、それで良いのか。その行為を本当に後悔しないのか。迷いが在った。其処には、確かに――――
「――――コルネリウス」
声が、傍らから。慌てて視線を向けると、其処には黒一色の装いの青年。
いつも。いつでも、彼女の背を押してくれた。“それで良い”と応じてくれた彼が佇んでいた。
“彼”が危ういと――――そう感じた瞬間覚悟が決まった。剣の柄に手を掛け―――――一心に抜き放つ。
●響奏
「――――――――あ……れ……?」
ぼや……とした視界、頭が揺れ、腕が載っているのは机の上。
あ――――夢だ。と、コルネリウスは漸く自分が今居る場所を自覚する。授業後、誰も居ない教室内。
『学園』のクラブ活動時間が終わりを告げる鐘 が鳴っていた。
依頼達成から寮を経由し徹夜で登校、最終講義まで気力で耐えたが其処で緊張の糸が切れてしまったらしい。
最近は独りで抱える悩み事も増えた為、じわじわと疲労が溜まっている自覚はあったものの。
体力自慢の授恵者がこれではいけない。と目をごしごしと擦る――――手が、止まる。
――――その視界の端。右手側方廊下側の壁際。誰か居るのに気付いたのがこれ程遅れたのは。
恐らく、殆ど無意識に。無自覚に。にも関わらず……多分、この人は味方だと思っていたからだろう。
血が首辺りからさーっと上がってくるのが分かる。耳が余りの羞恥にぴこぴこと勝手に動く。
心拍が一気に増え、瞳が泳ぐのを止められない。え、いつから? ――――いつから――――!?!?!?
黒い服の青年――――『黒の後継』アルベイル・ライゼンナクトが小振りな本を開き座っていた。
何故声の一つも掛けてくれなかったのだろう。そう思う一方で、もし声を掛けたけれど起きなかった。などであれば。
こう、あんまりにもあんまりな状況だ。いやいや、例えばこれが自意識過剰なだけでそう偶々偶然。
彼には彼でこの場に留まる理由が有っただけなのかもしれない。と言うかむしろその可能性の方がずっと高い。
だってそこまで暇でも無い筈ですしいつも忙しそうにしてらっしゃる訳できっとそうに違いなく――――
「……起きた様だな。今、少し構わんだろうか」
(――――でしたら無理矢理でも起こして下されば――――っ!!)
思っても、言葉にするのは難しい。何せ、寝起きの。無防備な所を見られたと言うのも勿論あるが。
彼女にとって、件の青年はそれだけでない。少々特別な、込み入った、複雑怪奇な気持ちの向き先でもある。
いよいよ以て、コルネリウスは自分の中にあるこの形容し難い感情と向き合い始めていた。
何せどれだけ沈めても。蓋をしても。叩いても叩いても叩いても浮いてくるのだ。
耐えることに。耐え忍ぶことには定評のある壁エルフのお姉さん もこれには参った。
気が付くと目で追っていたり。何しているかなと考えたり。白い花を見る度気恥ずかしくなったりする。
げに畏るるべきは自らの心だ。果たして身分違いだから諦めよう、などと。
一人前に賢しらに振る舞っていた、あの優等生のコルネリウス・アーラは何処に行ってしまったのか。
そんなただ良い子のコルネは居ませんでした。一度真正面から向き合って見れば明らかだった。
思えばそう。昔から。故郷に居た頃からそうだった――――特別は、譲れないから“特別”なのだ。
●鏡相
――――人は、死ぬ。
それは、この数ヶ月。コルネリウスの胸中の深い所に落ちている一つの影だ。
そんな事は良く知っている。いっそ誰よりも良く知っている筈だった。大切だった兄。大好きだった姉。
2人の犠牲の上に自分は生きている。だからこそ、あの2人に恥じないような生き方を。
明確に言語化した訳ではなくとも。恐らく、コルネリウスを此処まで歩ませてくれたのは。
そんな2つの命に対する感謝と、家族への愛情。そして彼女らしい責任感であったことは然程疑いもない。
けれど、この数ヶ月でもう2つ。彼女がこの先生きていく上で、忘れ難い命が喪われた。
人は死ぬ。別れは。突然訪れる。知っていた筈だったのに、その事実に愕然とさせられた。
眼前の、黒い服の青年は冒険者などやっている彼女から見ても。良く言えば聡明、悪く言えば曲者の類で。
それこそ。凡そどうした所で普段通り平然と生きているのではないか、などと思わせる。
しかし同様に思っていた。コルネリウスが掛け値無しに強いと思っていた友達は、逝った。
寿命の差で。流れる時の違いで、いずれ別れる時が来るとは覚悟していたけれど。
そうではないのだ、と思い知らされ――――ああ、そうだ。こんな所で強がっても仕方がない。
恐かったのだ。それは、自分の知らない場所で大切な物が喪われると言う、途方も無い恐怖だった。
コルネリウスは臆病だ。貴い多くの約束と、生来の頑固さに支えられて未だ立って居られているが。
自分の力が足りなくて。知識が欠けていて。選択が間違っていて。大切な人を失うのは、恐い。
其処を割り切れない。大人になりきれない。だから――――もう、蓋をしてなんて居られなかった。
「これより少しばかり。俺の周囲は騒がしくなるだろう」
ほら――――やっぱり。
「コルネリウス・アーラ。卿に余計な世話は掛けん見込みではあるが。
場合によって巻き込む可能性までは俺にも否定出来ん。故、せめて事前に断りを――――」
「嫌です」
彼が、彼女に。その在りようを“貴い”と言ってくれた様に。
――――彼女もまた、彼の在りようを。独り誰よりも遠くを見て歩む姿を“貴い”と、そう想うのは。
そんなに不思議な話だろうか。そうではないと、コルネリウスは想う。
彼が、花に例えた彼女を大切にしてくれているのだろうことは、薄々感じていたけれど。
それを嬉しく想ったことは承知の上で。寂しく想う自分だって、居たのも本当なのだから。
彼は独りで決めて、独りで背負う。弱音は吐かない。危なくても、死にそうな場所でも、きっと。
“助けて欲しい”とは言わない。そして――――すべき事をして、独りで死んでしまう人だ。
予感ではなく確信だった。今なら、女の勘だとすら言って良い。
そうまで言って当たらなければ、だって。一緒に笑って、泣けるから。
●協創
「……嫌、とは」
「その時、その場に居られるかは分かりません。でも、嫌です。
嫌なんです。貴方が独りで全て背負って、後から何も出来なかったと気付くのは」
それは我儘だ。却って困らせるだけだと分からないほど、コルネリウスだって子供ではない。
それでも伝えないわけには行かなかった。言わないで終わりにはしたくなかった。
彼女は自分のことを“特別”だとは思っていない。手の届く人々、全員を守れたら良いとは思うけれど。
溢したくない物ははっきりとしていて、それは他では代わりが効かないのだ。
今、胸に奥にある気持ちを大切にしたいと。そう思えばこそ、その一点だけは譲れない。
正しいと思える自分で居たいから。そんな自分を大切にして行こうと――――あの墓前に誓ったのだから。
「これは俺個人の問題であり、『王国』の問題でもある。“森人 ”である貴女には――――」
「――――“森人 ”か、“唯人 ”かと言うのはそんなに大切な違いですか?」
――――言ってしまった。と、言葉にしてから思ったことは否定出来ない。
コルネリウス自身、考えて来た事だ。悩んで来た事であり、特に寿命など勿論大きな違いはある。
けれど、それを理由として“外”に置かれるなら話は別で。別ということにしたいのが本音で。
そこを自分から踏み越えてしまったことに――――確かに、不安なら幾らでもあるけれど。
「――――……。尊重すべきだ。と、俺は思う」
「それを、同じ輪に入れない理由にしないで欲しいと、私は願っています」
苦しくて。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
息が出来ない位に。なんで、どうしてこんな事を言い合っているんだろうって。
森人 と唯人 だからダメなのかなって。そんな事思いたくはなくて。
こんな事を言いたかった訳でもなくて。ただ、貴方が心配だから。大切だから。
だから我儘でも、自分勝手でも。それでもどうか、傍に居させて欲しい。ただそれだけで――――
「私では、貴方の力になれませんか」
「……、……いや」
言葉を選ぶように、呼吸も忘れる永遠の一秒が間延びして。彼の珍しい表情に。
ああ、この人にも迷うことがあったのだと――――そんな当たり前の姿を、また一つ知った。
「……そんな事はない」
だからその言葉にほっとして。少し泣いてしまう位のことは赦して欲しい。
もしも貴方がその掌を向けてくれるなら。私は決して、その気持ちを裏切りはしないから。
胸の奥に水が注がれ陽が差して、蕾は緩やかに解れ行く。
後悔しない生き方を。その約束を、もう一度確かめて胸に刻み込む。
迷いながら、悩みながら、抗って、藻掻いて、やっと向き合う覚悟が出来たのだから。
――――いつか華が咲くならば、貴方と創る場所が良い。
世界は炎と煙に彩られ、互いに滲む赤と黒。視界が痛み涙で烟る。
――――見慣れた教室が――――いや。『学園』そのものが、燃えていた。
“……え”
特別棟は狂騒の中に在った。如何にも衛兵らしき者達が必死に声を上げている。
窓の外では教師も、上級生も、下級生も、誰も彼もが逃げ惑い、方々から悲鳴が、悲痛の声が上がる。
混乱、或いは狂乱。人は突然足場が崩れると、理性や良心よりも本能が先に立つ。
コルネリウス・アーラはそれを知っている。個人の資質や才覚と言った物は窮地でこそ露わになる。
その点。貴族の学園、等と呼ばれてはいても殆どの令息、令嬢達は未だ子供だ。
森人 は見た目相応の齢である方が珍しいが、そんな『気高き白 』コルネリウス・アーラですら。
この学園では、年長者に数えられる事が少なくない。むしろこの惨状で冷静になれ、と言う方が無理があるだろう。
周囲の状況を凡そ把握し、一瞬の動揺から立ち直ったコルネリウスは先ず渡り廊下へ向かう。
彼女のように特別棟から正門へ出ようと思えば最も詰まり易く、混乱を助長しやすい地点。
案の定、少なくない生徒が他の生徒を掴み、引き倒し、掻き分け、怒号と罵倒が飛び交っていた。
「ふざけるな俺は伯爵家の「痛い痛い痛い!「止まるんじゃない、火の手が「助けて! 助けて! 誰かあっ!」
“止めて下さい! そんな、同じ学園の仲間じゃないですか……!”
皆生きるのに精一杯で、誰もコルネリウスの話など聞く耳を持たない。
優れた戦士 である彼女からすればこの程度の人の壁程度、強行突破する事は難しく無いが。
それをすべきとは思わなかったし、出来るなら全員助けてあげたかった。
けれどそうして迷っている間にも混乱は深まり、場合によっては取り返しが付かない事になる。
熱波が、黒煙が背後から迫る。“取捨選択”が必要だ。――――全部が全部。誰も彼もは救えない。
気付けば、手元には形見の剣が在った。亡き兄から託された、“誰かの為に”振るうべき力の象徴。
しかし眼前で起きている狂騒は、誰もが皆被害者に見える。誰を助けるべきか分からない。
答えがない。自分で――――自分だけで選ぶ他はない。例えそれが“間違い”であったとしても。
其処で漸く、コルネリウスは自分もまた突然放り込まれたこの状況に混乱しているのだと気が付いた。
心が焦る。喪くした者は戻らない。そんな当たり前の事――――嫌という程分かっているのに。
心臓が早鐘を打つのが分かった。確かに、剣 を振るえば道は拓ける。
けれど、それで良いのか。その行為を本当に後悔しないのか。迷いが在った。其処には、確かに――――
「――――コルネリウス」
声が、傍らから。慌てて視線を向けると、其処には黒一色の装いの青年。
いつも。いつでも、彼女の背を押してくれた。“それで良い”と応じてくれた彼が佇んでいた。
“彼”が危ういと――――そう感じた瞬間覚悟が決まった。剣の柄に手を掛け―――――一心に抜き放つ。
●響奏
「――――――――あ……れ……?」
ぼや……とした視界、頭が揺れ、腕が載っているのは机の上。
あ――――夢だ。と、コルネリウスは漸く自分が今居る場所を自覚する。授業後、誰も居ない教室内。
『学園』のクラブ活動時間が終わりを告げる鐘 が鳴っていた。
依頼達成から寮を経由し徹夜で登校、最終講義まで気力で耐えたが其処で緊張の糸が切れてしまったらしい。
最近は独りで抱える悩み事も増えた為、じわじわと疲労が溜まっている自覚はあったものの。
体力自慢の授恵者がこれではいけない。と目をごしごしと擦る――――手が、止まる。
――――その視界の端。右手側方廊下側の壁際。誰か居るのに気付いたのがこれ程遅れたのは。
恐らく、殆ど無意識に。無自覚に。にも関わらず……多分、この人は味方だと思っていたからだろう。
血が首辺りからさーっと上がってくるのが分かる。耳が余りの羞恥にぴこぴこと勝手に動く。
心拍が一気に増え、瞳が泳ぐのを止められない。え、いつから? ――――いつから――――!?!?!?
黒い服の青年――――『黒の後継』アルベイル・ライゼンナクトが小振りな本を開き座っていた。
何故声の一つも掛けてくれなかったのだろう。そう思う一方で、もし声を掛けたけれど起きなかった。などであれば。
こう、あんまりにもあんまりな状況だ。いやいや、例えばこれが自意識過剰なだけでそう偶々偶然。
彼には彼でこの場に留まる理由が有っただけなのかもしれない。と言うかむしろその可能性の方がずっと高い。
だってそこまで暇でも無い筈ですしいつも忙しそうにしてらっしゃる訳できっとそうに違いなく――――
「……起きた様だな。今、少し構わんだろうか」
(――――でしたら無理矢理でも起こして下されば――――っ!!)
思っても、言葉にするのは難しい。何せ、寝起きの。無防備な所を見られたと言うのも勿論あるが。
彼女にとって、件の青年はそれだけでない。少々特別な、込み入った、複雑怪奇な気持ちの向き先でもある。
いよいよ以て、コルネリウスは自分の中にあるこの形容し難い感情と向き合い始めていた。
何せどれだけ沈めても。蓋をしても。叩いても叩いても叩いても浮いてくるのだ。
耐えることに。耐え忍ぶことには定評のある壁エルフのお姉さん もこれには参った。
気が付くと目で追っていたり。何しているかなと考えたり。白い花を見る度気恥ずかしくなったりする。
げに畏るるべきは自らの心だ。果たして身分違いだから諦めよう、などと。
一人前に賢しらに振る舞っていた、あの優等生のコルネリウス・アーラは何処に行ってしまったのか。
そんなただ良い子のコルネは居ませんでした。一度真正面から向き合って見れば明らかだった。
思えばそう。昔から。故郷に居た頃からそうだった――――特別は、譲れないから“特別”なのだ。
●鏡相
――――人は、死ぬ。
それは、この数ヶ月。コルネリウスの胸中の深い所に落ちている一つの影だ。
そんな事は良く知っている。いっそ誰よりも良く知っている筈だった。大切だった兄。大好きだった姉。
2人の犠牲の上に自分は生きている。だからこそ、あの2人に恥じないような生き方を。
明確に言語化した訳ではなくとも。恐らく、コルネリウスを此処まで歩ませてくれたのは。
そんな2つの命に対する感謝と、家族への愛情。そして彼女らしい責任感であったことは然程疑いもない。
けれど、この数ヶ月でもう2つ。彼女がこの先生きていく上で、忘れ難い命が喪われた。
人は死ぬ。別れは。突然訪れる。知っていた筈だったのに、その事実に愕然とさせられた。
眼前の、黒い服の青年は冒険者などやっている彼女から見ても。良く言えば聡明、悪く言えば曲者の類で。
それこそ。凡そどうした所で普段通り平然と生きているのではないか、などと思わせる。
しかし同様に思っていた。コルネリウスが掛け値無しに強いと思っていた友達は、逝った。
寿命の差で。流れる時の違いで、いずれ別れる時が来るとは覚悟していたけれど。
そうではないのだ、と思い知らされ――――ああ、そうだ。こんな所で強がっても仕方がない。
恐かったのだ。それは、自分の知らない場所で大切な物が喪われると言う、途方も無い恐怖だった。
コルネリウスは臆病だ。貴い多くの約束と、生来の頑固さに支えられて未だ立って居られているが。
自分の力が足りなくて。知識が欠けていて。選択が間違っていて。大切な人を失うのは、恐い。
其処を割り切れない。大人になりきれない。だから――――もう、蓋をしてなんて居られなかった。
「これより少しばかり。俺の周囲は騒がしくなるだろう」
ほら――――やっぱり。
「コルネリウス・アーラ。卿に余計な世話は掛けん見込みではあるが。
場合によって巻き込む可能性までは俺にも否定出来ん。故、せめて事前に断りを――――」
「嫌です」
彼が、彼女に。その在りようを“貴い”と言ってくれた様に。
――――彼女もまた、彼の在りようを。独り誰よりも遠くを見て歩む姿を“貴い”と、そう想うのは。
そんなに不思議な話だろうか。そうではないと、コルネリウスは想う。
彼が、花に例えた彼女を大切にしてくれているのだろうことは、薄々感じていたけれど。
それを嬉しく想ったことは承知の上で。寂しく想う自分だって、居たのも本当なのだから。
彼は独りで決めて、独りで背負う。弱音は吐かない。危なくても、死にそうな場所でも、きっと。
“助けて欲しい”とは言わない。そして――――すべき事をして、独りで死んでしまう人だ。
予感ではなく確信だった。今なら、女の勘だとすら言って良い。
そうまで言って当たらなければ、だって。一緒に笑って、泣けるから。
●協創
「……嫌、とは」
「その時、その場に居られるかは分かりません。でも、嫌です。
嫌なんです。貴方が独りで全て背負って、後から何も出来なかったと気付くのは」
それは我儘だ。却って困らせるだけだと分からないほど、コルネリウスだって子供ではない。
それでも伝えないわけには行かなかった。言わないで終わりにはしたくなかった。
彼女は自分のことを“特別”だとは思っていない。手の届く人々、全員を守れたら良いとは思うけれど。
溢したくない物ははっきりとしていて、それは他では代わりが効かないのだ。
今、胸に奥にある気持ちを大切にしたいと。そう思えばこそ、その一点だけは譲れない。
正しいと思える自分で居たいから。そんな自分を大切にして行こうと――――あの墓前に誓ったのだから。
「これは俺個人の問題であり、『王国』の問題でもある。“森人 ”である貴女には――――」
「――――“森人 ”か、“唯人 ”かと言うのはそんなに大切な違いですか?」
――――言ってしまった。と、言葉にしてから思ったことは否定出来ない。
コルネリウス自身、考えて来た事だ。悩んで来た事であり、特に寿命など勿論大きな違いはある。
けれど、それを理由として“外”に置かれるなら話は別で。別ということにしたいのが本音で。
そこを自分から踏み越えてしまったことに――――確かに、不安なら幾らでもあるけれど。
「――――……。尊重すべきだ。と、俺は思う」
「それを、同じ輪に入れない理由にしないで欲しいと、私は願っています」
苦しくて。
苦しくて、苦しくて、苦しくて。
息が出来ない位に。なんで、どうしてこんな事を言い合っているんだろうって。
森人 と唯人 だからダメなのかなって。そんな事思いたくはなくて。
こんな事を言いたかった訳でもなくて。ただ、貴方が心配だから。大切だから。
だから我儘でも、自分勝手でも。それでもどうか、傍に居させて欲しい。ただそれだけで――――
「私では、貴方の力になれませんか」
「……、……いや」
言葉を選ぶように、呼吸も忘れる永遠の一秒が間延びして。彼の珍しい表情に。
ああ、この人にも迷うことがあったのだと――――そんな当たり前の姿を、また一つ知った。
「……そんな事はない」
だからその言葉にほっとして。少し泣いてしまう位のことは赦して欲しい。
もしも貴方がその掌を向けてくれるなら。私は決して、その気持ちを裏切りはしないから。
胸の奥に水が注がれ陽が差して、蕾は緩やかに解れ行く。
後悔しない生き方を。その約束を、もう一度確かめて胸に刻み込む。
迷いながら、悩みながら、抗って、藻掻いて、やっと向き合う覚悟が出来たのだから。
――――いつか華が咲くならば、貴方と創る場所が良い。
assignment【DA】史実ノベル 関連特設ページ
メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。