【DA】リーンエスの耳
ナハティガル=ラー/ ジルベル
『ノベルタイトル:卵サンドに垣間見た決意』革酎
●
タワーブレイン・クリムゾンと呼ばれる大型クリーパーが討伐されたのは、帝都シルトラース奪還戦の少し前のこと。
この樹木形態のクリーパーはその名の通り、真紅に彩られた幽界樹といった姿で破壊の嵐を撒き散らし、厄介な脅威として冒険者や帝国軍の前に立ちはだかった。
その規模は『天霧りに消ゆる幽界樹』には遠く及ばないものの、それでも大型クリーパーと呼ぶに相応しい巨体の持ち主であり、その討伐戦の際にも冒険者達は散々手を焼かされた。
ナハティガル=ラーも、タワーブレイン・クリムゾン討伐戦に参加した冒険者のひとりだった。
あの討伐戦時、敵は同じく樹木形態の中型クリーパーを眷属として従えていた。
冒険者達はそれら中型クリーパーも同時に撃破し、タワーブレイン・クリムゾン個体としての脅威は何とか排除することに成功した。
だが、それで本当に終わりだろうか?
実はタワーブレインの名を冠する大型クリーパーはもう一体存在し、こちらは別の討伐戦で同様に排除されている。それは良いのだが、ナハティガルにはどうにも引っかかる点があった。
(小型は居ないのか?)
過去二回のタワーブレイン戦では大型もしくは中型のクリーパーのみが出現した。
だがクリーパーが発生する経緯を考えれば、同系の小型クリーパーが発生していてもおかしくはない。或いはタワーブレイン本体かその中型眷属によって食い殺された可能性もあるが、ナハティガルは念には念を入れ、同系小型クリーパーが周辺地域に存在していないかを調べた。
その結果――。
(矢張り、居たか)
帝都シルトラースから南方面に点在する小さな町や集落周辺で、地上を這い廻る樹木形態小型クリーパーの群れが目撃されている事実を掴んだ。
今は小型だが、こいつらがエーテルをどんどん吸収して成長を続けていけば、いずれタワーブレインと呼べる程の規模に成熟する可能性がある。
危険な芽は早い段階で摘んでおくに越したことは無い。
特段冒険者ギルドから依頼があった訳ではないが、ナハティガルは自らの意思で手近の樹木形態クリーパーの群れを始末する為に動き出した。
●
中堅都市ダルトートから南西へ数日行ったところの小さな町クリアコで、ナハティガルは宿を取った。
この近くで樹木形態の小型クリーパーの群れが何度も目撃されている。つまり奴らの一部は、この地の周辺を拠点としてエーテル簒奪に動いていると見て良い。
小型クリーパーの群れ程度ならば、ナハティガルひとりでも十分に対処可能だ。但し数が多ければ、その討伐戦は数度に亘る。しっかりとした事前準備と継戦維持の為の補給線が必要となるだろう。
このクリアコの町ならばその両方が可能となる。
クリアコの住民らも樹木形態の小型クリーパー共を脅威と見做しており、ナハティガルが討伐の為に滞在することには賛同の意を示していた。
生憎この町には冒険者ギルド支部は無い為、冒険者としての正式な報酬を受けることは出来ないが、滞在中の生活費や食料は全てクリアコ側が持つと申し出てくれた。
もともとクリアコのひとびとの平和な生活を守ることが出来ればそれで良いと腹を括っているナハティガルにしてみれば、それだけでも十分に有り難い報酬といえた。
ところがこのクリアコで、ナハティガルは思わぬ人物と顔を合わせることとなった。
(……ジルベルか?)
討伐準備を始めた日の夜、ナハティガルは町の小さな酒場で、白銀虎の半獣人が店の片隅に席を取っているのを目ざとく見つけた。
その男はメドゥの指先幹部『青の中指』ジルベルだった。
ジルベルは先のタワーブレイン・クリムゾン戦ではナハティガルら冒険者達と共に共同戦線を張り、力を合わせて件の化け物の討伐に一役買った。
勿論ジルベルが居なくとも討伐は出来ただろうが、彼が居なければ冒険者の側にも相当な被害が出たことは間違い無かった。そういう意味では、ジルベルは敵性組織の幹部でありながら戦友と呼んでも差し支えなかったかも知れない。
だがそれ以上にナハティガルは、以前からジルベルには妙な親しみを感じていた。
初めて出会った時からほとんど敵意らしい敵意を覚えず、寧ろ立場が違えば友人として互いに手を取り合うことが出来たかも知れない――少なくともナハティガル自身は、その様に見ていた。
そのジルベルが、陽気に手を振ってきた。向こうもナハティガルの姿に気付いたらしい。
ナハティガルは特に警戒などもせず、手招きするジルベルのテーブルに腰を落ち着けた。
「珍しいこともあるもんだな。ここで何をしている?」
「いやあ、偶々近くを通りかかったら、知った名前がタワーブレインの残党狩りをやろうとしてるって噂を聞きつけたもんでね。んで、ちょっくら見物でも、と思った訳さ」
ジルベルはタワーブレイン・クリムゾン戦で相当な重傷を負っていた筈だが、今はもうほとんどの包帯が取れた状態であり、体調も決して悪くは無さそうだった。
●
ナハティガルは以前から、ジルベルの中に或る匂いを嗅ぎ取っていた。
その匂いは、ナハティガル自身にもよく似た過酷な人生を思わせる何かだった。小鬼と半獣人という違いはあれど、その半生には重い過去が息づいている様に思えた。
だからこうして顔を合わせても、決して嫌な気分にはならなかった。
「まるで他人事だな。俺の討伐戦を邪魔するつもりは無いのか?」
「んなこたぁしねぇよ。あのクリーパー共は、俺の仕事じゃねぇしな」
ジルベルが冒険者に戦いを挑むのは、自らが仕掛けた策の障害となる場合だけだということを、ナハティガルはそれとなく察していた。
今回ジルベルが余計な手を出してこないのも、そういうポリシーに基づいてのことだろう。
であれば、とナハティガルは軽く身を乗り出してジルベルの端正な面を覗き込んだ。
「此処で会ったのも何かの縁だ。どうせ暇なのだろう? ならば少し俺に付き合え」
「うん、まぁ、暇っちゃあ暇だがね……」
木製ジョッキの中身を喉の奥に流し込みながら、ジルベルは少しばかり考え込む仕草を見せた。
「俺も立場ってもんがあるから、ここじゃあ別の名前で呼んでくれるかな。それさえ守ってくれるんなら、幾らでも付き合うぜ」
曰く、ここクリアコではジルベルではなく、ジルヴァーンと呼べ、とのことであった。
聞けば、青の中指としての身分を隠して行動する際の名前のひとつらしい。
かくしてジルベル改めジルヴァーンは、ナハティガルと共にクリアコ周辺の樹木形態クリーパー共を討伐する為の戦力として、肩を並べる運びとなった。
「作戦はあるのかい? っていっても、ただの小型の集団だからな。そこまで深く考えるこたぁ無ぇか」
「但し、この町に被害を出す訳にはいかん。遭遇したらその場で殲滅する必要はある」
ナハティガルの言葉に、それもそうかと頷き返すジルベル。
見つけたクリーパーは片っ端から仕留めなければならない。中途半端に生かしておけば、ナハティガル或いはジルベルのエーテルを追って、ここクリアコまで攻め込んでくる可能性は十分に考えられた。
「気を付けるのは、それぐらいだ。後は自由にやって貰って構わない」
「おう、任せとけ。目撃者の口封じは得意だからな」
物騒な台詞を並べてにやりと笑うジルベル。本人は冗談のつもりなのだろうが、テロリスト組織の幹部という立場を考えれば決して冗談にはなっていなかった。
●
その翌日、朝早くから討伐戦が開始された。
ナハティガルもジルベルも、その個人戦闘術は似通っている。速度と手数の多さで敵を圧倒し、反撃を許さぬうちに斃し切る高速戦闘だ。
唯一の違いは、肉体強度だろう。ジルベルは壊密宗によって強靭な再生力を得る肉体改造を受けている為、タフさという部分ではナハティガルを大きくリードしている。
が、それはあくまでも両者が敵対した時に生じる問題であって、今回の様に協力体制を築いている場合では寧ろ心強いパートナーだといって良い。
事実、ナハティガルとジルベルはお互いの死角を完璧にカバーし合い、その連携には一切の乱れも無く、順調に樹木形態クリーパー共の数を削っていった。
そんな中で、ナハティガルはタワーブレイン・クリムゾン戦に於けるジルベルの言動を、ふと何かの拍子に思い出していた。
あの時ジルベルが語った言葉に、強い違和感を覚えていたからだ。
「派手に仕留めてくれ」
冒険者を守る為とはいえ、余りに自殺行為的な行動が多かったジルベルにその真意を問いかけた時、白銀虎の半獣人は陽気にそう答えた。
何か切実な事情があるに違いないと察しつつ、その一方でジルベルとの最後の戦いが近いと直感したナハティガル。
今でこそこうして肩を並べてお互いに協力し合っているが、いずれ決着の時が来る。
が、正直いってナハティガルとしては複雑な気分だった。
彼にとってジルベルは単なる敵ではない。
好敵手――或いは友とすら呼べる存在にまでなろうとしている青の中指。
本当に戦わなければならないのか。
その思いが、ナハティガルの中に暗鬱とした翳を落としつつあった。
「よぉナハティガル。そろそろ飯にしようぜ」
そんな葛藤を知ってか知らずか、遭遇した敵を全て始末し終えたところで、ジルベルが小腹が減ったとばかりに腹部の辺りをさすりながら笑いかけてきた。
ふたりは手近の岩に腰を下ろし、クリアコの酒場で用意して貰った弁当を広げることにした。
●
ジルベルは包みから取り出した卵サンドを美味そうに頬張った。
「お、中々イケるじゃねぇか。あそこの親父、大雑把そうに見えてこんな繊細な味付けが出来るなんて、やることがニクいねぇ」
機嫌良さげに弁当を堪能している青の中指。こうして見ていると、日常をのんびり楽しみたいだけの、ひとりの男に過ぎない。世間を騒がす悪辣なテロリストの影は、微塵にも感じ取ることが出来なかった。
しかしナハティガルは、ジルベルが決死の覚悟を決めていると察していた。だからこそ、派手に仕留めてくれなどという台詞が飛び出してきたのだろう。
出来ればその真意を問いたい。だがジルベルの性格を考えれば、本音を語ってくれるとは到底思えない。
ならば、訊き方を変えるしか無いだろう。
ナハティガルは授恵者としての一般論を語るふりを示して、ジルベルに訊いた。
「アンタは、自分の命の使い方ってものを考えたことはあるか?」
その問いかけに、ジルベルは不思議そうな面持ちを返してきた。
不審を覚えたというよりも、突然何をいい出してくるんだという様な反応だった。
「授恵者はその力も命も特別だと、俺は考えている。必然的に、その使い方を誤れば周りに与える影響も大きくなるだろう。そういう意味では冒険者もメドゥの指先も大して変わらない」
「ふぅん……何か、難しそうなこと考えてんだねぇ」
ジルベルの表情はどこか鈍い。しかしその茫漠たる感情の中で、鋭い眼光が密かに凄みを帯びていることをナハティガルは咄嗟に見抜いていた。
矢張りこの男は、何かの為に決死の覚悟を決めている。
そう考えるに十分な反応だった。
「まぁ俺の命に限った話じゃねぇけど、命なんて道具だよ、道具。野生の世界なら種を存続させる為にある様なもんだしな」
だから己の命も、目的を達する為の道具に過ぎないといい切ったジルベル。
しかし不思議とそこには、何の悲壮感も漂ってはいなかった。
「重要性という点で見れば、命は二番目か……確かに、俺もそう思う。大事なのは何の為に生きるのか。たったひとつの自分の命、何に懸けるかはアンタ次第だが……」
ここでナハティガルはちらりとジルベルの表情を盗み見た。
白銀虎の半獣人は小春日和の暖かな空を見上げ、陽射しの柔らかさを満喫している。その穏やかな顔こそが、覚悟を決めた者の揺ぎ無い鉄の心の表れに違いない。
少なくともナハティガルは、そう解釈した。
己の命を消費することで、必ずや目的を成し遂げようとする鋼の精神。
そこに、ナハティガルは共感を覚えざるを得なかった。
●
弁当の包みを始末してから、小型クリーパーの群れの捜索を再開したふたりだったが、程無くして、ナハティガルの表情に翳が差した。
決して少なくない数の樹木形態クリーパーが、クリアコ方面へと向かっている形跡が見られたからだ。
「……拙いな」
「こいつはいけねぇ。あの卵サンドが、もう食えなくなっちまうぜ」
ふたりは静かに頷き合った。
と思った次の瞬間には、クリアコに向けて駆け出していた。ここから先は何を最優先にすべきか、語らずともお互いに理解し合っていた。
丘を越え、小さな林を抜けたところで、前方に火の手が上がっているのが見えた。
クリアコの自警団が火矢を放って応戦しているのだろう。接近戦では分が悪い為、遠隔で効果的な打撃を叩き込もうとするその戦術は決して悪くない。
だが相手は小型とはいえ、樹木形態クリーパーだ。ナハティガルが見るところ、同じ小型の中でもその戦闘力は上位に値する。一般人の手に負える相手ではないだろう。
「俺があいつらを誘い出す。ナハティガルは町の防衛態勢を立て直してやってくれ」
「心得た」
頷き返すナハティガルに対し、ジルベルは唇の端を吊り上げた。絶対的な信頼を寄せている様だ。
ふたりは速度を落とさずに、そのまま同時に転身した。
ジルベルは樹木形態クリーパーの群れへ突撃を仕掛け、ナハティガルは町のバリケードの裏側へと一気に駆け込み、状況確認へと動く。
幸い、死者は出ていなかった。が、負傷者の数が恐ろしく多い。矢張り樹木形態クリーパーは小型とはいえども、その戦闘力は非常に厄介だった。
遠隔戦では刃状の葉や炸裂種子を撒き散らし、接近戦では槍状の根を鞭の様にしならせる。間合いに弱点が無いのが何より面倒な相手だった。
ナハティガルやジルベルの様に超人的な速度と圧倒的な火力を誇る授恵者ならば強敵ではないが、一般人にとっては地獄の脅威に他ならない。
「今はジルヴァーンが敵を引きつけてくれている。アンタ達は遠隔攻撃の余波に具えて、厚手の戸板を並べて防御を堅くしてくれ」
ナハティガルの指示を受けて、クリアコ自警団の若者達は一斉に動き出した。
ふたりの強力な授恵者が自分達の為に引き返してきてくれたことに、彼らは大いに勇気を奮い立たせている印象だった。ナハティガル達が居ればきっと大丈夫だという希望が、彼らの中に芽生えているのだろう。
その期待に、応えなければならない。
ナハティガルはひと通りの指示を出し終えると、街門を飛び出していった。
●
クリアコを襲った樹木形態クリーパーの群れは、ものの数分としないうちに全てが沈黙した。
町のひとびとは喝采を上げてふたりの授恵者を称賛したが、しかしタワーブレインの眷属全てが討伐されたという保証は無い。ナハティガルは早めに近隣の大きな町に遣いを出し、冒険者ギルドを通じて樹木形態クリーパーの群れ討伐依頼を出すことを勧めた。
一方、ジルベルは肩を負傷したひとりの中年男性を手当てしている。弁当に卵サンドを包んでくれた、酒場の主人だった。
「お前さんの卵サンドは、ありゃもう最高だったぜ。あの味は絶対、受け継いでいってくれよな」
からからと笑うジルベルに対し、酒場の主人は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
だが、このふたりのやり取りを見ていたナハティガルは改めて、ジルベルが決死の覚悟を決めている事実を知った。
ジルベルは、また食べにくるとはひと言も口にしなかった。折角後世に残す技を、自ら味わいに来るとは口が裂けてもいおうとはしていなかった。
即ち、クリアコにはもう二度と、足を踏み入れることが無いことを物語っている。
しかし、ナハティガルは何もいわなかった。
命を懸ける意思を持つ者は、何者の言葉を受けてもその道が揺らぐことは決して無いであろうことを、よく理解していたからだ。
ただ穏やかな平穏を満喫したいだけの半獣人は、一体どこで道を誤ったのか。
或いは、一体どこでその人生を狂わされたのか。
しかしジルベルは己の過去を決して、ひとに語ろうとはしないだろう。
それはナハティガルも同じだ。己の境遇を無闇にひけらかす様なことはしない。己の凄惨な過去は、ただ己の胸の内に――その生き様こそが、彼らふたりの共通する匂いの根源なのかも知れない。
ただ前だけを向き、己の為すべきことにのみ全てを捧げ、自らの命を消費する。
(最早、何もいうまい)
ナハティガルは静かに瞼を閉じた。
立場さえ違えば、生まれが違えば、境遇が異なれば、友になれたかも知れない男。
だが現実は残酷だ。その男はメドゥの指先の幹部として数々の罪を重ねた。どう足掻いても、既に取り返しはつかないだろう。悪逆非道の冷血漢を討伐することは、各国政府の共通の希望でもある筈だ。
であれば、彼の望み通りに盛大に討ち取ることこそが、一番の友誼に他ならない。
ジルベルがそう願うのであれば、他に為すべき手は無いだろう。
青の中指との決戦は、近い。その予感だけが、ナハティガルの脳裏を静かに過っていった。
タワーブレイン・クリムゾンと呼ばれる大型クリーパーが討伐されたのは、帝都シルトラース奪還戦の少し前のこと。
この樹木形態のクリーパーはその名の通り、真紅に彩られた幽界樹といった姿で破壊の嵐を撒き散らし、厄介な脅威として冒険者や帝国軍の前に立ちはだかった。
その規模は『天霧りに消ゆる幽界樹』には遠く及ばないものの、それでも大型クリーパーと呼ぶに相応しい巨体の持ち主であり、その討伐戦の際にも冒険者達は散々手を焼かされた。
ナハティガル=ラーも、タワーブレイン・クリムゾン討伐戦に参加した冒険者のひとりだった。
あの討伐戦時、敵は同じく樹木形態の中型クリーパーを眷属として従えていた。
冒険者達はそれら中型クリーパーも同時に撃破し、タワーブレイン・クリムゾン個体としての脅威は何とか排除することに成功した。
だが、それで本当に終わりだろうか?
実はタワーブレインの名を冠する大型クリーパーはもう一体存在し、こちらは別の討伐戦で同様に排除されている。それは良いのだが、ナハティガルにはどうにも引っかかる点があった。
(小型は居ないのか?)
過去二回のタワーブレイン戦では大型もしくは中型のクリーパーのみが出現した。
だがクリーパーが発生する経緯を考えれば、同系の小型クリーパーが発生していてもおかしくはない。或いはタワーブレイン本体かその中型眷属によって食い殺された可能性もあるが、ナハティガルは念には念を入れ、同系小型クリーパーが周辺地域に存在していないかを調べた。
その結果――。
(矢張り、居たか)
帝都シルトラースから南方面に点在する小さな町や集落周辺で、地上を這い廻る樹木形態小型クリーパーの群れが目撃されている事実を掴んだ。
今は小型だが、こいつらがエーテルをどんどん吸収して成長を続けていけば、いずれタワーブレインと呼べる程の規模に成熟する可能性がある。
危険な芽は早い段階で摘んでおくに越したことは無い。
特段冒険者ギルドから依頼があった訳ではないが、ナハティガルは自らの意思で手近の樹木形態クリーパーの群れを始末する為に動き出した。
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中堅都市ダルトートから南西へ数日行ったところの小さな町クリアコで、ナハティガルは宿を取った。
この近くで樹木形態の小型クリーパーの群れが何度も目撃されている。つまり奴らの一部は、この地の周辺を拠点としてエーテル簒奪に動いていると見て良い。
小型クリーパーの群れ程度ならば、ナハティガルひとりでも十分に対処可能だ。但し数が多ければ、その討伐戦は数度に亘る。しっかりとした事前準備と継戦維持の為の補給線が必要となるだろう。
このクリアコの町ならばその両方が可能となる。
クリアコの住民らも樹木形態の小型クリーパー共を脅威と見做しており、ナハティガルが討伐の為に滞在することには賛同の意を示していた。
生憎この町には冒険者ギルド支部は無い為、冒険者としての正式な報酬を受けることは出来ないが、滞在中の生活費や食料は全てクリアコ側が持つと申し出てくれた。
もともとクリアコのひとびとの平和な生活を守ることが出来ればそれで良いと腹を括っているナハティガルにしてみれば、それだけでも十分に有り難い報酬といえた。
ところがこのクリアコで、ナハティガルは思わぬ人物と顔を合わせることとなった。
(……ジルベルか?)
討伐準備を始めた日の夜、ナハティガルは町の小さな酒場で、白銀虎の半獣人が店の片隅に席を取っているのを目ざとく見つけた。
その男はメドゥの指先幹部『青の中指』ジルベルだった。
ジルベルは先のタワーブレイン・クリムゾン戦ではナハティガルら冒険者達と共に共同戦線を張り、力を合わせて件の化け物の討伐に一役買った。
勿論ジルベルが居なくとも討伐は出来ただろうが、彼が居なければ冒険者の側にも相当な被害が出たことは間違い無かった。そういう意味では、ジルベルは敵性組織の幹部でありながら戦友と呼んでも差し支えなかったかも知れない。
だがそれ以上にナハティガルは、以前からジルベルには妙な親しみを感じていた。
初めて出会った時からほとんど敵意らしい敵意を覚えず、寧ろ立場が違えば友人として互いに手を取り合うことが出来たかも知れない――少なくともナハティガル自身は、その様に見ていた。
そのジルベルが、陽気に手を振ってきた。向こうもナハティガルの姿に気付いたらしい。
ナハティガルは特に警戒などもせず、手招きするジルベルのテーブルに腰を落ち着けた。
「珍しいこともあるもんだな。ここで何をしている?」
「いやあ、偶々近くを通りかかったら、知った名前がタワーブレインの残党狩りをやろうとしてるって噂を聞きつけたもんでね。んで、ちょっくら見物でも、と思った訳さ」
ジルベルはタワーブレイン・クリムゾン戦で相当な重傷を負っていた筈だが、今はもうほとんどの包帯が取れた状態であり、体調も決して悪くは無さそうだった。
●
ナハティガルは以前から、ジルベルの中に或る匂いを嗅ぎ取っていた。
その匂いは、ナハティガル自身にもよく似た過酷な人生を思わせる何かだった。小鬼と半獣人という違いはあれど、その半生には重い過去が息づいている様に思えた。
だからこうして顔を合わせても、決して嫌な気分にはならなかった。
「まるで他人事だな。俺の討伐戦を邪魔するつもりは無いのか?」
「んなこたぁしねぇよ。あのクリーパー共は、俺の仕事じゃねぇしな」
ジルベルが冒険者に戦いを挑むのは、自らが仕掛けた策の障害となる場合だけだということを、ナハティガルはそれとなく察していた。
今回ジルベルが余計な手を出してこないのも、そういうポリシーに基づいてのことだろう。
であれば、とナハティガルは軽く身を乗り出してジルベルの端正な面を覗き込んだ。
「此処で会ったのも何かの縁だ。どうせ暇なのだろう? ならば少し俺に付き合え」
「うん、まぁ、暇っちゃあ暇だがね……」
木製ジョッキの中身を喉の奥に流し込みながら、ジルベルは少しばかり考え込む仕草を見せた。
「俺も立場ってもんがあるから、ここじゃあ別の名前で呼んでくれるかな。それさえ守ってくれるんなら、幾らでも付き合うぜ」
曰く、ここクリアコではジルベルではなく、ジルヴァーンと呼べ、とのことであった。
聞けば、青の中指としての身分を隠して行動する際の名前のひとつらしい。
かくしてジルベル改めジルヴァーンは、ナハティガルと共にクリアコ周辺の樹木形態クリーパー共を討伐する為の戦力として、肩を並べる運びとなった。
「作戦はあるのかい? っていっても、ただの小型の集団だからな。そこまで深く考えるこたぁ無ぇか」
「但し、この町に被害を出す訳にはいかん。遭遇したらその場で殲滅する必要はある」
ナハティガルの言葉に、それもそうかと頷き返すジルベル。
見つけたクリーパーは片っ端から仕留めなければならない。中途半端に生かしておけば、ナハティガル或いはジルベルのエーテルを追って、ここクリアコまで攻め込んでくる可能性は十分に考えられた。
「気を付けるのは、それぐらいだ。後は自由にやって貰って構わない」
「おう、任せとけ。目撃者の口封じは得意だからな」
物騒な台詞を並べてにやりと笑うジルベル。本人は冗談のつもりなのだろうが、テロリスト組織の幹部という立場を考えれば決して冗談にはなっていなかった。
●
その翌日、朝早くから討伐戦が開始された。
ナハティガルもジルベルも、その個人戦闘術は似通っている。速度と手数の多さで敵を圧倒し、反撃を許さぬうちに斃し切る高速戦闘だ。
唯一の違いは、肉体強度だろう。ジルベルは壊密宗によって強靭な再生力を得る肉体改造を受けている為、タフさという部分ではナハティガルを大きくリードしている。
が、それはあくまでも両者が敵対した時に生じる問題であって、今回の様に協力体制を築いている場合では寧ろ心強いパートナーだといって良い。
事実、ナハティガルとジルベルはお互いの死角を完璧にカバーし合い、その連携には一切の乱れも無く、順調に樹木形態クリーパー共の数を削っていった。
そんな中で、ナハティガルはタワーブレイン・クリムゾン戦に於けるジルベルの言動を、ふと何かの拍子に思い出していた。
あの時ジルベルが語った言葉に、強い違和感を覚えていたからだ。
「派手に仕留めてくれ」
冒険者を守る為とはいえ、余りに自殺行為的な行動が多かったジルベルにその真意を問いかけた時、白銀虎の半獣人は陽気にそう答えた。
何か切実な事情があるに違いないと察しつつ、その一方でジルベルとの最後の戦いが近いと直感したナハティガル。
今でこそこうして肩を並べてお互いに協力し合っているが、いずれ決着の時が来る。
が、正直いってナハティガルとしては複雑な気分だった。
彼にとってジルベルは単なる敵ではない。
好敵手――或いは友とすら呼べる存在にまでなろうとしている青の中指。
本当に戦わなければならないのか。
その思いが、ナハティガルの中に暗鬱とした翳を落としつつあった。
「よぉナハティガル。そろそろ飯にしようぜ」
そんな葛藤を知ってか知らずか、遭遇した敵を全て始末し終えたところで、ジルベルが小腹が減ったとばかりに腹部の辺りをさすりながら笑いかけてきた。
ふたりは手近の岩に腰を下ろし、クリアコの酒場で用意して貰った弁当を広げることにした。
●
ジルベルは包みから取り出した卵サンドを美味そうに頬張った。
「お、中々イケるじゃねぇか。あそこの親父、大雑把そうに見えてこんな繊細な味付けが出来るなんて、やることがニクいねぇ」
機嫌良さげに弁当を堪能している青の中指。こうして見ていると、日常をのんびり楽しみたいだけの、ひとりの男に過ぎない。世間を騒がす悪辣なテロリストの影は、微塵にも感じ取ることが出来なかった。
しかしナハティガルは、ジルベルが決死の覚悟を決めていると察していた。だからこそ、派手に仕留めてくれなどという台詞が飛び出してきたのだろう。
出来ればその真意を問いたい。だがジルベルの性格を考えれば、本音を語ってくれるとは到底思えない。
ならば、訊き方を変えるしか無いだろう。
ナハティガルは授恵者としての一般論を語るふりを示して、ジルベルに訊いた。
「アンタは、自分の命の使い方ってものを考えたことはあるか?」
その問いかけに、ジルベルは不思議そうな面持ちを返してきた。
不審を覚えたというよりも、突然何をいい出してくるんだという様な反応だった。
「授恵者はその力も命も特別だと、俺は考えている。必然的に、その使い方を誤れば周りに与える影響も大きくなるだろう。そういう意味では冒険者もメドゥの指先も大して変わらない」
「ふぅん……何か、難しそうなこと考えてんだねぇ」
ジルベルの表情はどこか鈍い。しかしその茫漠たる感情の中で、鋭い眼光が密かに凄みを帯びていることをナハティガルは咄嗟に見抜いていた。
矢張りこの男は、何かの為に決死の覚悟を決めている。
そう考えるに十分な反応だった。
「まぁ俺の命に限った話じゃねぇけど、命なんて道具だよ、道具。野生の世界なら種を存続させる為にある様なもんだしな」
だから己の命も、目的を達する為の道具に過ぎないといい切ったジルベル。
しかし不思議とそこには、何の悲壮感も漂ってはいなかった。
「重要性という点で見れば、命は二番目か……確かに、俺もそう思う。大事なのは何の為に生きるのか。たったひとつの自分の命、何に懸けるかはアンタ次第だが……」
ここでナハティガルはちらりとジルベルの表情を盗み見た。
白銀虎の半獣人は小春日和の暖かな空を見上げ、陽射しの柔らかさを満喫している。その穏やかな顔こそが、覚悟を決めた者の揺ぎ無い鉄の心の表れに違いない。
少なくともナハティガルは、そう解釈した。
己の命を消費することで、必ずや目的を成し遂げようとする鋼の精神。
そこに、ナハティガルは共感を覚えざるを得なかった。
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弁当の包みを始末してから、小型クリーパーの群れの捜索を再開したふたりだったが、程無くして、ナハティガルの表情に翳が差した。
決して少なくない数の樹木形態クリーパーが、クリアコ方面へと向かっている形跡が見られたからだ。
「……拙いな」
「こいつはいけねぇ。あの卵サンドが、もう食えなくなっちまうぜ」
ふたりは静かに頷き合った。
と思った次の瞬間には、クリアコに向けて駆け出していた。ここから先は何を最優先にすべきか、語らずともお互いに理解し合っていた。
丘を越え、小さな林を抜けたところで、前方に火の手が上がっているのが見えた。
クリアコの自警団が火矢を放って応戦しているのだろう。接近戦では分が悪い為、遠隔で効果的な打撃を叩き込もうとするその戦術は決して悪くない。
だが相手は小型とはいえ、樹木形態クリーパーだ。ナハティガルが見るところ、同じ小型の中でもその戦闘力は上位に値する。一般人の手に負える相手ではないだろう。
「俺があいつらを誘い出す。ナハティガルは町の防衛態勢を立て直してやってくれ」
「心得た」
頷き返すナハティガルに対し、ジルベルは唇の端を吊り上げた。絶対的な信頼を寄せている様だ。
ふたりは速度を落とさずに、そのまま同時に転身した。
ジルベルは樹木形態クリーパーの群れへ突撃を仕掛け、ナハティガルは町のバリケードの裏側へと一気に駆け込み、状況確認へと動く。
幸い、死者は出ていなかった。が、負傷者の数が恐ろしく多い。矢張り樹木形態クリーパーは小型とはいえども、その戦闘力は非常に厄介だった。
遠隔戦では刃状の葉や炸裂種子を撒き散らし、接近戦では槍状の根を鞭の様にしならせる。間合いに弱点が無いのが何より面倒な相手だった。
ナハティガルやジルベルの様に超人的な速度と圧倒的な火力を誇る授恵者ならば強敵ではないが、一般人にとっては地獄の脅威に他ならない。
「今はジルヴァーンが敵を引きつけてくれている。アンタ達は遠隔攻撃の余波に具えて、厚手の戸板を並べて防御を堅くしてくれ」
ナハティガルの指示を受けて、クリアコ自警団の若者達は一斉に動き出した。
ふたりの強力な授恵者が自分達の為に引き返してきてくれたことに、彼らは大いに勇気を奮い立たせている印象だった。ナハティガル達が居ればきっと大丈夫だという希望が、彼らの中に芽生えているのだろう。
その期待に、応えなければならない。
ナハティガルはひと通りの指示を出し終えると、街門を飛び出していった。
●
クリアコを襲った樹木形態クリーパーの群れは、ものの数分としないうちに全てが沈黙した。
町のひとびとは喝采を上げてふたりの授恵者を称賛したが、しかしタワーブレインの眷属全てが討伐されたという保証は無い。ナハティガルは早めに近隣の大きな町に遣いを出し、冒険者ギルドを通じて樹木形態クリーパーの群れ討伐依頼を出すことを勧めた。
一方、ジルベルは肩を負傷したひとりの中年男性を手当てしている。弁当に卵サンドを包んでくれた、酒場の主人だった。
「お前さんの卵サンドは、ありゃもう最高だったぜ。あの味は絶対、受け継いでいってくれよな」
からからと笑うジルベルに対し、酒場の主人は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
だが、このふたりのやり取りを見ていたナハティガルは改めて、ジルベルが決死の覚悟を決めている事実を知った。
ジルベルは、また食べにくるとはひと言も口にしなかった。折角後世に残す技を、自ら味わいに来るとは口が裂けてもいおうとはしていなかった。
即ち、クリアコにはもう二度と、足を踏み入れることが無いことを物語っている。
しかし、ナハティガルは何もいわなかった。
命を懸ける意思を持つ者は、何者の言葉を受けてもその道が揺らぐことは決して無いであろうことを、よく理解していたからだ。
ただ穏やかな平穏を満喫したいだけの半獣人は、一体どこで道を誤ったのか。
或いは、一体どこでその人生を狂わされたのか。
しかしジルベルは己の過去を決して、ひとに語ろうとはしないだろう。
それはナハティガルも同じだ。己の境遇を無闇にひけらかす様なことはしない。己の凄惨な過去は、ただ己の胸の内に――その生き様こそが、彼らふたりの共通する匂いの根源なのかも知れない。
ただ前だけを向き、己の為すべきことにのみ全てを捧げ、自らの命を消費する。
(最早、何もいうまい)
ナハティガルは静かに瞼を閉じた。
立場さえ違えば、生まれが違えば、境遇が異なれば、友になれたかも知れない男。
だが現実は残酷だ。その男はメドゥの指先の幹部として数々の罪を重ねた。どう足掻いても、既に取り返しはつかないだろう。悪逆非道の冷血漢を討伐することは、各国政府の共通の希望でもある筈だ。
であれば、彼の望み通りに盛大に討ち取ることこそが、一番の友誼に他ならない。
ジルベルがそう願うのであれば、他に為すべき手は無いだろう。
青の中指との決戦は、近い。その予感だけが、ナハティガルの脳裏を静かに過っていった。
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メアリー王女が冒険者達の協力を得て稼働させた「王家の耳」。メアリーは無作為に集まってくる情報を、余人に及びもつかぬ閃きを持って分析しながら、今日も世界の動きへ耳を傾けている。
集まった情報の中には、世界の情勢に影響はないかもしれないが興味深い個人の記録があるかもしれない。